説明

有機塩素系農薬による環境汚染の浄化方法

【課題】 複雑な浄化工程を用いることなく、低コストおよび低環境負荷に土壌および地下水中にある有機塩素系農薬を分解させる浄化方法を提供する。
【解決手段】 有害な有機化合物で汚染された土壌および地下水を微生物の働きにより生物学的に分解させる方法において、植物エキスを汚染部に添加することにより、有機塩素系農薬を分解させることを特徴とする浄化方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機塩素系農薬による土壌および地下水汚染に対する低コストかつ低環境負荷型の浄化方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
土壌および地下水汚染を低コストで低環境負荷の方法により浄化するために、土壌および地下水中の微生物の働きを利用することは一般的である。有機塩素系農薬は、非特許文献1に解説されているように、白色腐朽菌など一般的な嫌気性微生物により、脱塩素分解されることは示されているが、浄化方法としてはいまだに確立されていない。
【0003】
例えば、特許文献1には、有機塩素化合物の浄化方法が提案されているが、有機塩素系農薬は浄化の対象物質になっていない。
【0004】
例えば、特許文献2には、鉄系の浄化剤を用いて化学的に有機塩素系農薬を分解する方法が提案されている。還元的に脱塩素分解させるために鉄系浄化剤を用いている。特殊な浄化剤を用いた化学的反応による浄化方法であるため簡易な浄化方法ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】 特開2006−272118号 公報
【0006】
【特許文献2】 特開2010−17219号 公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】 ジョン・T・クックソンJr.(著),藤田 正憲,矢木 修身(訳)「バイオレメディエーションエンジニアリング−設計と応用」エヌ・ティー・エス
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来、土壌および地下水中にある有機塩素系農薬が存在した場合、それを掘削し、焼却施設へ運び、熱分解させるなどの高いコストと環境負荷のかかる方法で浄化されていた。あるいは、化学分解を起こす浄化剤を土壌中に散布分解する方法も提案されているが、強力な化学反応の制御や浄化剤の残留リスクに懸念がある。浄化をしない限り、有機塩素系農薬の自然中での半減期は一般に数年から数十年と非常に長いため、その汚染土壌または汚染地下水を人が摂取することにより健康被害が発生する恐れがある。
【0009】
本発明は、前記のような課題に対して、複雑な浄化工程を用いることなく、低コストおよび低環境負荷に土壌および地下水中にある有機塩素系農薬を分解させる浄化方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決する手段は以下の通りである。
【0011】
(1) 有害な有機化合物で汚染された土壌および地下水を微生物の働きにより生物学的に分解させる方法において、植物エキスを汚染部に添加することにより、有機塩素系農薬を分解させることを特徴とする浄化方法。
【0012】
(2) 植物エキスを汚染部に添加することにより、有機塩素系農薬を分解させることを特徴とする浄化方法において、植物エキスとして糖蜜を利用することを特徴とする方法。
【0013】
(3) 植物エキスを汚染部に添加することにより、有機塩素系農薬を分解させることを特徴とする浄化方法において、植物エキスを汚染部に注入することで、汚染部の土壌および地下水の化学的酸素要求量を150〜300(mg/L)に維持し、土壌および地下水中の嫌気性微生物により有機塩素系農薬を脱塩素化させることを特徴とする方法。
【発明の効果】
【0014】
高コストかつ高環境負荷型の浄化方法しかなかった有機塩素系農薬による土壌および地下水汚染の浄化が積極的に実施され、環境の保全および人の健康の確保につながる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
一般微生物の活性を促進させる資材として用いる植物エキスは、栽培植物から抽出されるものであり、有機分を多量に含む液体である。それは、水分と固形分からなり、固形分は、有機分と灰分からなる。灰分はカリウム、カルシウム、リンなどからなる。植物エキスの代表例として糖蜜がある。製糖工場などの副産物である廃糖蜜も糖蜜の一種である。それらは食品または食品添加物などの原料として用いられており、低コストで容易に入手できる。また、それらは土壌および地下水中で容易に生分解されるため、環境中への残留のリスクが極めて低い。よって、植物エキスだけを汚染部に注入して浄化することは低コストで低環境負荷の方法として好ましい。
【0016】
浄化方法の流れを図1に示す。まず、土壌および地下水において確定された汚染範囲に植物エキスを注入する。植物エキスの充填の度合いおよび有機塩素系農薬の濃度を評価する。ここで、植物エキスは有機物であるため、その充填の度合いは、全有機炭素(TOC)または化学的酸素要求量(COD)を測定して調べる。有機塩素系化合物は、ガスクロマトグラフ質量分析(GC−MS)を用いて測定し、初期濃度からの減衰を調べる。植物エキスの充填部分は、充填前より嫌気性が高まり在来の嫌気性微生物が活性化され、それらの脱ハロゲン呼吸により、有機塩素系農薬の脱塩素分解が進行していく。過度の植物エキスの注入を避けるため、分解の進行に応じて植物エキスの注入量を加減する。最終的に所定の浄化目標値に達したら、植物エキスの注入を停止し、土壌・地下水中に残存する植物エキスが自然に生分解されるのを確認する。
【0017】
植物エキスは、井戸を設置して土壌および地下水中に注入する。土壌をよび地下水中が嫌気的な状況であり、植物エキスが浸透しやすい地質であることが好ましい。ここで、土壌・地下水中の嫌気的な状況は、溶存酸素量(DO)2以下が目安となる。植物エキスが浸透しやすい地質とは、透水係数1×10−4以上が目安となる。
【0018】
それらの条件に適さない場合でも工学的に調整あるいは生化学的に前処理することで条件を最適化することができる。例えば、植物エキスの注入は井戸や配管ではなく、浸透桝を用いてもよいし、攪拌重機(オーガマシン)を用いてもよい。また鋼矢板などで充填したいエリアを囲むことも有効である。
【0019】
植物エキスを添加したときの土壌および地下水の状況は化学的酸素要求量(COD)を150〜300(mg/L)、酸化還元電位(ORP)を−200(mV)以下に維持することが好ましい。植物エキスを過剰に注入すると、地下水の富栄養化などが起きるため、化学的酸素要求量(COD)は必要以上に高くならないようにする。
【0020】
有機塩素系農薬の代表的な物質であるヘキサクロロシクロヘキサンは脱塩素化が進行して、ベンゼンに変換される。ベンゼンは一般の好気性微生物の働きにより、水と二酸化炭素にまで分解されることでよく知られているため、土壌・地下水中にエアレーション(送気)することで、さらに分解を進めるとよい。
【0021】
ここで、ヘキサクロロシクロヘキサン(1,2,3,4,5,6−Hexachlorocyclohexane,HCH)は、ベンゼンヘキサクロリド(benzene hexachloride,BHC)と一般に呼ばれる。シクロヘキサン環が持つ6個の炭素のそれぞれに塩素原子と水素原子がひとつずつ結合したものである。γ異性体(γ−BHC)はリンデンと呼ばれ、かつて日本はじめ世界中で使用された農薬であるが、人への健康リスクが明らかになり、日本では使用禁止となっている。
【実施例】
【0022】
以下、本発明の実施例を説明する。ただし、本発明は、下記の実施例に限定されない。
【0023】
BHCによる地下水汚染が確認されるサイトにおいて、BHC濃度の分解を実証した。実施時の平面図を図2、また断面図を図3に示す。本サイトでは地下水中のBHC濃度が高濃度で存在していた。そこで、約10m四方のエリアと深さG.L.−2m〜−3mまでの帯水層部分7において、揚水井戸1、注入井戸2,3,4、および観測井戸5を設置した。観測井戸から各井戸への距離は地質の状況から5mとした。揚水井戸から地下水を揚水し、その水に糖蜜を1日に1L添加し、それぞれの注入井戸に分配し、注入を開始した。地上には揚水用のポンプ、揚水した地下水に糖蜜を添加するポンプを設置して糖蜜の土壌および地下水中への充填を連続して行った。
【0024】
汚染部分の中央地点の観測井戸5におけるBHC濃度の低減の結果を表1に示す。添加開始から、観測井戸5において当初(浄化日数0日)16,000(μg/L)の地下水濃度(BHC Total)に対して、17日目には4,000(μg/L)濃度低下が見られ、72日目には1,100(μg/L)まで、初期値から93%以上分解をした。ここで、BHCの測定は、公定法(平成10年環水管大278号準拠、溶媒抽出−GC/MS法)による。
【0025】
試験開始前(浄化日数0日)に化学的酸素要求量(COD)は46.8(mg/L)、酸化還元電位(ORP)は−80(mV)であったが、糖蜜の注入により、分解が進行している期間の化学的酸素要求量(COD)は150〜300(mg/L)、酸化還元電位(ORP)は−200(mV)以下を満たしている。
【0026】
【表1】

【0027】
また、別のサイトで同様の試験を行った。BHCの初期濃度は544(μg/L)であった。75日後には3.2(μg/L)にまで分解した。環境省の埋設農薬調査・掘削マニュアル(平成20年)で定義されている環境水中の環境管理指針値である13(μg/L)を満たす程度にまで浄化できることが分かった。
【0028】
さらに、BHCによる土壌汚染に対する試験を行った。汚染土壌を掘削し、10Lのステンレス製容器に、汚染土壌を10kg詰め、現地の清水5Lで浸漬状態とし、糖蜜を5mL添加した。汚染土壌のBHCの初期濃度は土壌溶出量で2,300(μg/L)であった。糖蜜の溶液に浸漬してから42日後には440(μg/L)、また、浸漬開始から182日後には、84(μg/L)まで分解した。掘削残土のような形態の土壌においても有効であることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明はBHCのような有機塩素系農薬によって汚染された土壌や地下水の浄化に利用される。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の実施フロー図である。
【図2】本発明の実施事例の平面図である。
【図3】本発明の実施事例の断面図である。
【符号の説明】
【0031】
1 揚水井戸
2 注入井戸
3 注入井戸
4 注入井戸
5 観測井戸
6 透水層・非帯水層
7 地下水・帯水層
8 不透水層
9 汚染部分
10 揚水及び植物エキス注入設備

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有害な有機化合物で汚染された土壌および地下水を微生物の働きにより生物学的に分解させる方法において、植物エキスを汚染部に添加することにより、有機塩素系農薬を分解させることを特徴とする浄化方法。
【請求項2】
植物エキスを汚染部に添加することにより、有機塩素系農薬を分解させることを特徴とする浄化方法において、植物エキスとして糖蜜を利用することを特徴とする方法。
【請求項3】
植物エキスを汚染部に添加することにより、有機塩素系農薬を分解させることを特徴とする浄化方法において、植物エキスを汚染部に注入することで、汚染部の土壌および地下水の嫌気度を高め、土壌および地下水中の嫌気性微生物により有機塩素系農薬を脱塩素化させることを特徴とする方法。
【請求項4】
植物エキスを汚染部に添加することにより、有機塩素系農薬を分解させることを特徴とする浄化方法において、植物エキスを汚染部に注入することで、汚染部の土壌および地下水の化学的酸素要求量を150〜300(mg/L)に維持し、土壌および地下水中の嫌気性微生物により有機塩素系農薬を脱塩素化させることを特徴とする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−22585(P2013−22585A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−174337(P2011−174337)
【出願日】平成23年7月25日(2011.7.25)
【出願人】(511195172)株式会社アースソリューション (1)
【出願人】(500553372)株式会社クロサキ (8)
【Fターム(参考)】