説明

有機EL素子及び光配線モジュール

【課題】応答速度が改善された有機EL素子の提供。
【解決手段】透明基板上に誘電体多層膜フィルタを成膜し、該誘電体多層膜フィルタ上に第一電極層、ホスト材料とゲスト材料からなる発光層を含む有機層、第二電極層を順に積層してなり、前記誘電体多層膜フィルタと第二電極層との間に共振器が形成された有機EL素子であって、ホスト材料のHOMOレベルがゲスト材料のHOMOレベルよりも低く、且つホスト材料のLUMOレベルがゲスト材料のLUMOレベルよりも高くなっていることを特徴とする有機EL素子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機エレクトロルミネッセンスを用いた発光素子に関し、特に応答速度を向上せしめた有機エレクトロルミネッセンス素子(以下、有機EL素子と記す。)及び該有機EL素子を用いた光配線モジュールに関する。本発明の有機EL素子は、パルスおよび正弦波電圧印加時の応答速度を向上できるので、フラットパネルディスプレイや照明、光配線モジュールといった用途で用いる有機EL素子に適用可能である。
【背景技術】
【0002】
有機EL素子は、透明なガラス若しくは透明な樹脂からなる透明基板の表面に、第一電極層(陽極)、有機層、第二電極層(陰極)が積層された基本構成を有する。
有機EL素子は、コントラスト比が高い、視野角が広い、薄型化が可能であるといった特徴を有しており、ディスプレイなどの分野に応用され始めている。また、有機EL素子を利用したディスプレイでは、駆動用のトランジスタ回路上に発光部を形成するために、通常の素子構造ではトランジスタ部分で発光した光が吸収若しくは散乱されてしまい、外部への取り出し効率が悪化するという問題がある。この問題を解決するために、ガラス基板上に陰極、有機層、陽極の順番に積層されたトップエミッション構造と呼ばれる構造も検討されている。
【0003】
一般的な有機EL素子の第一電極層(陽極)は、ITO(スズ添加酸化インジウム)に代表される透明導電材料から形成される。また、有機層は、正孔注入層、正孔輸送層、発光層、電子輸送材料層、電子注入層などの複数層から構成される。さらに、第二電極層(陰極)は、Mg:Ag、Al、Caなどの金属材料で構成される。
【0004】
有機EL素子は、多くの研究機関等で研究開発が進められており、その発光特性(発光効率、最大輝度、消費電力など)は飛躍的に向上してきている。例えば、従来の蛍光材料よりも発光効率の高い燐光材料、低い仕事関数を有する陰極材料、電子と正孔のキャリアバランスの最適化など、多くの研究開発が行われている。また、低コスト化が実現可能な製造方法として、従来の真空蒸着だけではなく、スクリーン印刷やグラビア印刷、インクジェット法などを用いた脱真空プロセスが検討されている。
【0005】
一方、この有機EL素子の新しい応用として、光配線モジュール用の光源が期待されている。この光配線モジュールは、光ファイバやポリマー光導波路の両端に発光素子や受光素子を実装した構造をしており、発光素子を用いて電気信号を光信号に変換し、この光信号を光ファイバやポリマー光導波路を通して、受光素子に送る。最後に、受光素子で光信号を電気信号に変換して通信を行っている。
【0006】
従来、有機EL素子を用いた光配線モジュールとしては、例えば、特許文献1,2に記載された技術が提案されている。
特許文献1,2に開示された従来技術を用いることによって、光ファイバやポリマー光導波路に光を伝送するための発光素子として、有機EL素子を利用することができる。
また、有機EL素子は、蒸着などの方法を用いて、耐熱性がそれほど良くないポリマー光導波路が形成された基板上に直接形成できるので、複雑な光軸調整や光導波路端面の加工を必要とせず、簡単に光導波路と有機EL素子とを結合できるという利点がある。
さらに、光導波路や有機EL素子を一体形成してモノシリックに集積することも可能であり、光配線モジュールの実装工程を大幅に短縮でき、低コスト化を実現できる。
【0007】
有機EL素子の応答速度を向上させる方法として、例えば、特許文献3,4に開示された技術が提案されている。
特許文献3に開示された従来技術では、バイアス電圧とパルス電圧を重畳した電圧を印加して100MHzの応答速度を実現している。
また、特許文献4に開示された従来技術では、発光層の隣に正孔障壁層を設けて応答速度の向上を実現している。
さらに、特許文献5には、共振器構造を利用すると、単色性の優れた有機EL素子を実現できることが記載されている。
【特許文献1】特開2003−149541号公報
【特許文献2】特開2003−14995号公報
【特許文献3】特開2003−243157号公報
【特許文献4】特開2002−313553号公報
【特許文献5】特開2003−151761号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献3や特許文献4に開示されている方法では、有機EL素子の応答速度は向上するものの、ここに開示されている有機EL素子は自然放出光を利用していることから、100MHzを超える応答速度を達成することは困難である。さらなる応答速度の向上のためには、無機半導体材料を利用したレーザのように誘導放出を積極的に起こす必要がある。光配線モジュールとしては、100MHz程度の応答速度では、応用範囲が限定されてしまうので、幅広い分野に有機EL素子を用いた光配線モジュールを適用するためには、さらなる応答速度の向上が必須である。
特許文献5には、共振器構造を用いて単色性の優れた有機EL素子を実現することが記載されているものの、有機EL素子の応答速度に関しての記載はない。
【0009】
本発明は、前記事情に鑑みてなされ、応答速度が改善された有機EL素子の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記目的を達成するため、本発明は、透明基板上に誘電体多層膜フィルタを成膜し、該誘電体多層膜フィルタ上に第一電極層、ホスト材料とゲスト材料からなる発光層を含む有機層、第二電極層を順に積層してなり、前記誘電体多層膜フィルタと第二電極層との間に共振器が形成された有機EL素子であって、ホスト材料のHOMOレベルがゲスト材料のHOMOレベルよりも低く、且つホスト材料のLUMOレベルがゲスト材料のLUMOレベルよりも高くなっていることを特徴とする有機EL素子を提供する。
【0011】
本発明の有機EL素子において、ホスト材料のHOMOレベルがゲスト材料のLUMOレベルよりも0.2eV以上小さいことが好ましい。
【0012】
また本発明は、前述した本発明に係る有機EL素子を用いた光配線モジュールを提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の有機EL素子は、発光層のホスト材料のHOMOレベルが発光層のゲスト材料のHOMOレベルよりも低く、且つホスト材料のLUMOレベルがゲスト材料のLUMOレベルよりも高いものなので、共振器構造を用いた有機EL素子において、応答速度を向上することができる。従って、本発明によれば、高速動作可能な有機EL素子を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、後述する実施例は本発明の単なる例示であり、本発明の範囲を限定するためのものではない。
【0015】
(実施例1,比較例1)
図1は、本発明に係る有機EL素子の実施例1の断面図を示す。この実施例1の有機EL素子は、透明基板であるガラス基板1の表面に誘電体多層膜フィルタ5を成膜し、この誘電体多層膜フィルタ5上に有機EL素子を作製した構成になっている。この有機EL素子は、誘電体多層膜フィルタ5上にITOからなる第一電極層2、有機層3、Mg:Agからなる第二電極層4を順番に積層して構成されている。また、前記有機層3は、第一電極層2側から、α−NPD層(正孔輸送層)、rubrene:Alq層(発光層)、Alq層(電子輸送層)、LiF層(電子注入層)を順番に積層した構造になっている。
【0016】
まず、ガラス基板1上に、SiOとTaとを交互に積層して誘電体多層膜フィルタ5を作製した。ここで、SiOとTaの厚さは、有機EL素子の発光スペクトルの中心波長の1/4として、それぞれ86.32nmと56.85nmとした。また、SiOとTaとの組数は4組とした。
【0017】
この誘電体多層膜フィルタ5上に、ITO(100nm)/α−NPD(40nm)/rubrene:Alq(20nm)/Alq(40nm)/LiF(0.4nm)/Mg:Ag(150nm)/Ag(100nm)の順番に成膜することで有機EL素子を作製した。
【0018】
また、比較例1として、誘電体多層膜フィルタ5を作製していないガラス基板1上に、実施例1と同じ第一電極層2、有機層3、第二電極層4を成膜して有機EL素子を作製した。
【0019】
ここで、誘電体多層膜フィルタ5と第二電極層4とで構成される共振器長は、有機EL素子の発光スペクトルの中心波長と次式(1)〜(3)で関連付けされている。
【0020】
【数1】

【0021】
【数2】

【0022】
【数3】

【0023】
式(1)〜(3)中、L(λ)は共振器長、neffは誘電体多層膜フィルタの等価屈折率、ΔnはSiOとTaの屈折率差、nとLは共振器中に存在するITOや有機層のそれぞれの屈折率と厚さ、λは有機EL素子の発光スペクトルの中心波長、nは陰極(第二電極層)に接している有機層の屈折率、nとkは陰極の屈折率の実部と虚部、mはモード次数を示している。
【0024】
実施例1の素子構造では、発光スペクトルの中心波長が560nmであり、使用した有機層やITO、Mg:Agなどの膜厚や屈折率を前記式中に代入して計算した結果、モード次数m=4が得られた。
【0025】
図2は、実施例1と比較例1のそれぞれの有機EL素子に5Vの正弦波電圧と7Vのバイアス電圧を印加したときの、光出力の周波数依存性の測定結果を示すグラフである。
図2から分かるように、実施例1(共振器あり)と比較例1(共振器なし)を比較すると、前者の方があきらかに高周波特性が向上している。この結果は、共振器構造を用いた有機EL素子により応答速度を改善できることを示している。
【0026】
ここで、この有機EL素子における発光層である、rubrene:Alqのホスト材料であるAlqとゲスト材料であるrubreneのHOMOレベル(電子によって占有されている分子軌道のうち最もエネルギーの高い軌道)とLUMOレベル(電子によって占有されていない分子軌道のうち最もエネルギーの低い軌道)は下記表1で表される。
【0027】
【表1】

【0028】
本例では、ホスト材料のHOMOレベルよりもゲスト材料のHOMOレベルが高く、またホスト材料のLUMOレベルよりもゲスト材料のLUMOレベルが低いため、ホスト材料とゲスト材料の間で効率的な電荷(電子と正孔)の移動が起きて、ゲストのHOMO−LUMO間で電子と正孔が再結合するので、高い発光効率を実現できる。また、ゲスト材料のLUMOレベルに正孔が常時蓄えられているために、陰極から注入された電子との再結合を起こすための時間が短くなり、有機EL素子の応答速度が向上する。さらに、発光層近傍で正孔と電子の濃度が高くなるために、共振器中で反転分布を形成する割合が増加し、応答速度の飛躍的な増加が期待される。
【0029】
(比較例2,比較例3)
比較例2として、図3に示すように、実施例1と同じく透明基板1上に成膜した誘電体多層膜フィルタ5上に、ITO(100nm)/α−NPD(28nm)/coumarin6:Alq(20nm)/Alq(22nm)/LiF(0.4nm)/Mg:Ag(150nm)/Ag(100nm)の順番に成膜することで有機EL素子を作製した。この構造も、前記式(3)のモード次数はm=4となる。
【0030】
また、比較例3として、誘電体多層膜フィルタを成膜していないガラス基板1上に比較例2と同じ有機EL素子を作製した。
【0031】
図4は、比較例2と比較例3のそれぞれの有機EL素子に5Vの正弦波電圧と7Vのバイアス電圧を印加したときの、光出力の周波数依存性の測定結果を示すグラフである。
図4から分かるように、比較例2(共振器あり)と比較例3(共振器なし)を比較すると、後者の方があきらかに高周波特性が向上している。この比較においては、coumarin6:Alqを発光層に用いた素子では、共振器構造にすると応答速度が遅くなるという結果になった。
【0032】
ここで、発光層のcoumarin6:Alqのホスト材料であるAlqとゲスト材料であるcoumarin6のHOMOレベルとLUMOレベルは下記表2で表される。
【0033】
【表2】

【0034】
本例では、実施例1と同様にホスト材料のLUMOレベルよりもゲスト材料のLUMOレベルの方が低いが、HOMOレベルはゲスト材料の方が低くなっている。そのため、一度ホスト材料のHOMOレベルからゲスト材料のHOMOレベルへ移動した電子が、エネルギー適に安定なホスト材料のエネルギーレベルに戻ってしまい、効率的に電子と正孔の再結合が起きない。また、ゲスト材料のHOMOレベルに大量の電子が存在できなくなり、反転分布が形成されなくなり、共振器構造を用いても応答速度が向上しないと推測される。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明に係る実施例1の有機EL素子の構造を示す断面図である。
【図2】実施例1と比較例1の測定結果を示すグラフである。
【図3】比較例2の有機EL素子の構造を示す断面図である。
【図4】比較例2と比較例3の測定結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0036】
1…ガラス基板(透明基板)、2…第一電極層、3…有機層、4…第二電極層、5…誘電体多層膜フィルタ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明基板上に誘電体多層膜フィルタを成膜し、該誘電体多層膜フィルタ上に第一電極層、ホスト材料とゲスト材料からなる発光層を含む有機層、第二電極層を順に積層してなり、前記誘電体多層膜フィルタと第二電極層との間に共振器が形成された有機EL素子であって、
ホスト材料のHOMOレベルがゲスト材料のHOMOレベルよりも低く、且つホスト材料のLUMOレベルがゲスト材料のLUMOレベルよりも高くなっていることを特徴とする有機EL素子。
【請求項2】
ホスト材料のHOMOレベルがゲスト材料のLUMOレベルよりも0.2eV以上小さいことを特徴とする請求項1に記載の有機EL素子。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の有機EL素子を用いた光配線モジュール。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2008−85142(P2008−85142A)
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−264677(P2006−264677)
【出願日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【出願人】(000005186)株式会社フジクラ (4,463)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】