説明

板材の板厚評価方法

【課題】板材(部材)の信頼性の高い板厚評価が可能な板材の板厚評価方法を提供する。
【解決手段】板材の板厚を算出して板材の評価を行う板材の板厚評価方法である。実構造物から作成した試験体10を実測してその実測値の板厚分布を統計処理する。これによって、板材の寸法効果を考慮した補正係数αを有する有効板厚式を求め、この有効板厚式を用いて板材の板厚を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、板材の板厚評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水力発電所などのダムでは、ダム内に貯留されている水量を調整する目的で、洪水吐ゲートが設けられている(特許文献1及び特許文献2)。洪水吐ゲートのうちラジアルゲートは図4に示すように、ダムの上流側に向かって凸状に湾曲した扉体4を有し、この扉体4は、回転軸1を中心として上下方向に首振り運動し得るように取付けられている。また、扉体4にワイヤーロープ3が連結され、このワイヤーロープ3は巻上げ装置2にて巻き上げられる。
【0003】
扉体4の外面下部にワイヤーロープ連結用の固定金具5が設けられ、この固定金具5にワイヤーロープ3の先端部の連結具6が連結されている。このため、図4に示す状態から、巻上げ装置2を介してワイヤーロープ3を巻き上げれば、仮想線で示すように、扉体4が回転軸1を中心に矢印A1方向に回動して開状態となる。また、この仮想線で示す状態から、巻上げ装置2からワイヤーロープ3を繰り出せば、扉体4が回転軸1を中心に矢印A2方向に回動して閉状態となる。この閉状態では、扉体4の下端縁がゲート底7に当接した状態となる。
【0004】
扉体4はそのおもて面が水に漬かる状態となる。このため、扉体4に水圧負荷がかかり、各部位において引張応力が作用することとなる。また、おもて面が水に漬かることによって特に腐食が顕著となる。このため、このような扉体4の維持管理のため、腐食度合い等を把握する必要がある。
【0005】
ところで、図6に示すように、扉体4のような板材20においてに、引張応力Sが作用した場合、この引張応力Sの生じる方向に対して直交する垂直断面a,b,c,・・・kのうち、最小の平均板厚を有する垂直断面の位置で破断が生じる。ここでいう平均板厚とは、たとえば垂直断面cにおける板材20の断面形状を図7(a)とし、垂直断面fにおける板材20の断面形状を、図8(a)とした場合、図7(b)や図8(b)に示すように、肉厚を平均化した板材20の板厚tをいう。また、最小の平均板厚とは、垂直断面a,b,c,・・・kそれぞれの平均板厚のうち最小となるものをいう。したがって、たとえば図6において垂直断面cでの平均板厚が最小平均板厚であった場合には、この垂直断面cにおいて破断が生じることとなる。なお、図6に示す黒点は、たとえば5mm間隔に設定した板厚実測点である。
【0006】
このように腐食部を有する板材に、引張応力が作用した場合、この引張応力の生じる方向に対して直交する垂直断面のうち、最小の平均板厚を有する垂直断面の位置で破断が生じることになる。このため、扉体4等を保守・管理する場合、最小平均板厚を把握することによって扉体4等の残存強度を評価し、この結果をもとに扉体4等の将来的な補修計画などをたてることができる。
【0007】
そこで、実構造物である扉体等に対して板厚の計測を行い、この板厚計測値から有効板厚評価式を用いて有効板厚を設定する。これによって、耐力評価や余寿命評価を行うようにできる。すなわち、経年的に腐食作用により板厚減耗した鋼構造物の健全性評価手法として、従来には、実構造物の板厚測定を行い、少数の板厚測値から有効板厚評価式を用いて有効板厚を設定することで、耐力評価や余寿命評価を行うものがある。このような有効板厚評価式を用いたものとして、特許文献1に記載の板材の最小平均板厚推定方法がある。特許文献1に記載の推定方法は、板材の長手方向と直交する方向と略平行となる板材の垂直断面における最小平均板厚を推定するものである。
【0008】
図5は、扉体4の簡略図を示し、図5における黒丸が計測点である。すなわち、扉体4において、右岸側と中央部と左岸側とに分けるとともに、上部と中央部と下部とに分ける。そして、右岸側上部a1と、右岸側上部中央部a2と、右岸側下部a3と、中央部上部b1と、中央部中央b2と、中央部下部b3と、左岸側上部c1と、左岸側中央部c2と、左岸側下部c3とにおいて計測する。
【0009】
計測点a1、a2、a3は第1の計測ラインL1上に設けられ、計測点b1、b2、b3は第2の計測ラインL2上に設けられ、計測点c1、c2、c3は第3の計測ラインL3上に設けられる。
【0010】
特許文献1に記載の推定方法は、板材において、特定領域を定め、この特定領域全体の平均板厚(a1、a2、a3、b1、b2、b3、c1、c2、c3の平均板厚)を算出し、特定領域内において設定したラインL1,L2,L3毎の平均板厚を算出する。そして、特定領域全体の平均板厚およびライン毎の平均板厚から標準偏差を算出する。その後、設定した最小平均板厚推定式に、特定領域全体の平均板厚および標準偏差を代入して、最小平均板厚を算出するものである。
【0011】
最小平均板厚推定式は、te=tave−α×σである。ここで、teは最小平均板厚であり、taveは特定領域全体の平均板厚であり、αは補正係数であり、σは標準偏差である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2003−121138号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
ところで、腐食により生じた凹凸が強度特性に与える影響は、鋼構造物の部材寸法により異なる。しかしながら、前記特許文献1に記載の方法では、その計測点は、図5に示すように、少数である。すなわち、従来では、小規模の試験体の板厚評価や引張試験の結果に基づいている。
【0014】
ところで、応力や圧力、表面積などの量は、寸法の2乗に比例して働き、重量や体積、磁力、熱容量などの量は、寸法の3乗に比例して作用する。寸法(長さ)に対する次数が高ければ、メカニズムを拡大することで影響が大きくなり、縮小することでより小さくなる。このように構造が同じでも寸法が異なるために予想と違った結果が生ずることを寸法効果という。例えば、ミニチュアの自動車を机の上から落下させたときと、実物の自動車をそれに対応する高さから落下させたときとを比べた場合、実物の自動車のほうが大きく損傷する。これは、大きくなることにより、それに対応して重量や慣性、速度などは大きくなるが、構造を支える分子や原子の大きさ、相互に作用する結合力などは拡大させないため、同じ材料なら大きなものほど形を保とうとする力が弱くなるからである。
【0015】
このため、実構造物に適用する場合、寸法の違いにより、推定値の信頼性が低下する可能性がある。すなわち、小規模の試験体の板厚評価に基づくものであれば、実構造物の板厚評価が正確ではない。そこで、本発明は斯かる実情に鑑み、板材(部材)の信頼性の高い板厚評価が可能な板材の板厚評価方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の板材の板厚評価方法は、板材の板厚を算出して板材の評価を行う板材の板厚評価方法であって、実構造物から作成した試験体を実測してその実測値の板厚分布を統計処理することによって、板材の寸法効果を考慮した補正係数を有する有効板厚式を求め、この有効板厚式を用いて板材の板厚を算出するものである。
【0017】
本発明の板材の板厚評価方法によれば、有効板厚式は板材の寸法効果を考慮した補正係数を有するものであるので、信頼性の高い板厚評価が可能となり、構造物の余寿命評価精度及び耐力評価精度の向上を図ることができる。
【0018】
前記有効板厚式teffは次の数1である。ここで、平均板厚とは、試験体の複数個所の板厚を実測した値の平均値である。すなわち、計測点での板厚(計測板厚)をti(i=1,2,3、・・・nとする。)とした場合に、平均板厚taveは次の数2で表される。また、標準偏差ρは次の数3で表される。
【数1】

【0019】
【数2】

【0020】
【数3】

【0021】
前記板材として、例えば腐食により表面に凹凸のある鋼構造部材である。鋼構造部材として、具体的にはダム洪水吐ゲートのスキンプレートである。
【発明の効果】
【0022】
本発明の板材の板厚評価方法によれば、信頼性の高い板厚評価が可能となり、板材が使用された設備に対して、高経年化設備の余寿命評価精度が向上し、補修におけるコストダウンにつながる。
【0023】
特に、有効板厚式が前記数1に示すものとすることによって、高精度の板厚評価が可能となる。
【0024】
本発明の板材の板厚評価方法では、耐力評価精度が向上するので、評価する板材がダム洪水吐ゲートである場合、維持管理における安全性が向上する。このため、本発明の板材の板厚評価方法がダム洪水吐ゲートに対して最適となる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の板材の板厚評価方法において計測する板材を示し、計測点と板材の肉厚との関係を示す簡略図である。
【図2】標準偏差と、平均板厚と最小断面板厚との差との関係を示すグラフ図である。
【図3】試験片(試験体)の幅と係数との関係を示すグラフ図である。
【図4】ダム洪水吐ゲートであるラジアルゲートの簡略図である。
【図5】ラジアルゲートの扉体の簡略図である。
【図6】破断が生じる部位の説明図である。
【図7】板材の断面形状を示し、(a)は図6の垂直断面fにおける断面図であり、(b)は垂直断面fにおける断面形状を平均化した断面図である。
【図8】板材の断面形状を示し、(a)は図6の垂直断面cにおける断面図であり、(b)は垂直断面cにおける断面形状を平均化した断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下本発明の実施の形態を図1〜図3に基づいて説明する。
【0027】
図1は本発明の板材の板厚評価方法において計測する板材を示す。すなわち、本発明は、実構造物から作成した試験体10(幅寸法をBとする)を実測してその実測値の板厚分布を統計処理することによって、板材の寸法効果を考慮した補正係数を有する有効板厚式を求める。そして、この有効板厚式を用いて板材の板厚を算出するものである。
【0028】
このため、例えば、横方向(長さ方向であって、幅方向に対して直交する方向)に沿って所定ピッチで複数配設される計測ライン(幅方向に延びるライン)Lを設定し、各ラインL毎の幅方向に沿って所定ピッチで計測点Tを決定する。なお、この図例において、計測ラインLは3本であるが、実際には、多数設けられる。例えば、計測ラインLを等ピッチとしたときに、この計測ラインLのピッチを5mm程度とし、計測ラインL毎の計測点Tを等ピッチとしたとき、この計測点Tのピッチを5mm程度とする。
【0029】
板材の板厚の測定は、例えば超音波厚さ計で行うことができる。超音波厚さ計は、トランスデューサー(プローブ、探触子)と呼ばれるセンサーから発信した超音波が、測定物の反対面に反射し戻ってくる時間(伝播時間)をもとに、厚さを算出するものである。すなわち、伝播時間に測定物の音速を乗じることによって、厚さ(板厚)を求めることになる。
【0030】
この場合、実測による全計測結果から全体の平均板厚taveを算出する。また、各計測ラインL上の計測点Tの平均板厚をそれぞれ算出する。この計測ラインL上の計測点Tの平均板厚としては、図1(b)に示すように、計測ラインLの各計測点Tの板厚をti(t1、t2、t3・・・tn)とした場合に、このt1、t2、t3・・・の平均値である。
【0031】
そして、全体の平均板厚taveと、各計測点Tの板厚とで、標準偏差σを算出する。計測点Tの平均板厚taveは次の数4で示され、標準偏差σは次の数5で示される。
【数4】

【0032】
【数5】

また、前記数4と数5に基づいて有効板厚式(teff)を求める。有効板厚式(teff)は、最小断面板厚を現す。ここで、この場合、標準偏差σと、平均板厚(tave)−最小断面板厚(teff)との関係は、図2に示す関係となる。すなわち、標準偏差をX軸とし、tave−teffをY軸とすれば、この関係は一次関数となって、tave−teff=α×σとなる。この場合、この一次関数の傾き(α)が、1.3程度となる。
【0033】
このため、試験片(試験体)の幅Bと係数(傾き)αとの関係は図3に示すグラフとなる。従って、有効板厚式(teff)は次の数6にて表される。この有効板厚式(teff)は、部材の寸法効果を考慮した補正係数(α)を有することになっている。
【数6】

【0034】
ここで、寸法効果とは、部材の寸法が大きいほど、腐食による凹凸のばらつきが強度に与える影響が減少する現象のことをいう。応力や圧力、表面積などの量は、寸法の2乗に比例して働き、重量や体積、磁力、熱容量などの量は、寸法の3乗に比例して作用する。寸法(長さ)に対する次数が高ければ、メカニズムを拡大することで影響が大きくなり、縮小することでより小さくなる。このように構造が同じでも寸法が異なるために予想と違った結果が生ずることを寸法効果という。すなわち、板材の板厚を算出する有効板厚式を、このような寸法効果を考慮することなく求めたものでは、信頼性の高い板厚評価を行うことができない。
【0035】
これに対して、本発明の板材の板厚評価方法によれば、板材の板厚を算出する有効板厚式は、板材の寸法効果を考慮した補正係数を有するものであるので、信頼性の高い板厚評価が可能となり、板材が使用された設備に対して、高経年化設備の余寿命評価精度が向上し、補修におけるコストダウンにつながる。
【0036】
特に、有効板厚式が前記数6に示すものとすることによって、高精度の板厚評価が可能となる。
【0037】
本発明の板材の板厚評価方法では、耐力評価精度が向上するので、評価する板材がダム洪水吐ゲートである場合、維持管理における安全性が向上する。このため、本発明の板材の板厚評価方法がダム洪水吐ゲートに対して最適となる。
【0038】
以上、本発明の実施形態につき説明したが、本発明は前記実施形態に限定されることなく種々の変形が可能であって、例えば、板材として、ダム洪水吐ゲートのスキンプレートに限るものではなく、腐食により表面に凹凸のある種々の鋼構造部材に本発明の板材の板厚評価方法を適用できる。また、板厚を計測する計測器として、超音波を用いたもの以外、レーザ等を用いたものであってもよい。すなわち、計測手段として、前記鋼構造部材に板厚を測定できるものであれば、さまざまな測定方式(レーザや赤外線、接触式、超音波、マイクロ波など)を用いることができる。また、測定方式として、非接触であっても、接触式であってもよい。
【0039】
1枚の試験体の計測点の数は任意に設定できるが、少なすぎれば、求める有効板厚式の精度が低下し、多すぎれば、処理データ数が多くなるにもかかわらず、精度のさらなる向上を望めず、処理が無駄になる。
【符号の説明】
【0040】
10 試験体
α 補正係数
ave 平均板厚
σ 標準偏差

【特許請求の範囲】
【請求項1】
板材の板厚を算出して板材の評価を行う板材の板厚評価方法であって、
実構造物から作成した試験体を実測してその実測値の板厚分布を統計処理することによって、板材の寸法効果を考慮した補正係数を有する有効板厚式を求め、この有効板厚式を用いて板材の板厚を算出することを特徴とする板材の板厚評価方法。
【請求項2】
前記有効板厚式は次の数1であることを特徴とする請求項1に記載の板材の板厚評価方法。
【数1】

【請求項3】
前記板材が腐食により表面に凹凸のある鋼構造部材であることを特徴とする請求項1に記載の板材の板厚評価方法。
【請求項4】
前記板材がダム洪水吐ゲートのスキンプレートであることを特徴とする請求項1に記載の板材の板厚評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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