説明

架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂とその製造方法

【課題】粉末状の非晶性の架橋構造を有する架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂とその製造方法を提供すること。
【解決手段】重合した後に熱履歴を経ていない状態での結晶融解熱量が55J/g未満であり、かつ結晶融解温度が327℃未満であることを特徴とする非晶性の架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特別の工程が不要であり、粒径の細かい樹脂粉末のものとすることが可能で、更には特に溶媒の除去が不要である架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂及び該架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリテトラフルオロエチレン(以下、PTFEとする)は、その分子量および粒径を調節することにより、産業界に幅広く利用されている。技術の高度化、製品の高付加価値化が求められる今日、増々需要の増加が見込まれているエンジニアリングプラスチック樹脂である。具体的にはPTFEの優れた特徴(耐薬品性、耐熱性、低摩擦性、低い誘電率など)を生かしてPTFE成形品として化学装置配管材料、電気絶縁材料、軸受け、摺動材、低溶出の高性能フィルター材など種々な製品として使用されている。また特にPTFE粉末は、塗料、インク、潤滑剤などへの添加剤として利用されている。
【0003】
現在、PTFE成形品の原料粉体はテトラフルオロエチレンモノマー(以下、TFEとする)を化学触媒法により重合し、製造されている。得られるPTFEの分子鎖は、直鎖状で分岐はほとんどなく、結晶化度の高いものである。乳化重合あるいは懸濁重合により製造される市販のPTFE原料粉体は分子量に左右されるが重合した後に熱履歴を経ていない状態の結晶化度はどちらの重合方法によっても90%を越え、昇温速度10℃/minでの示差走査熱分析機による測定ではその結晶融解温度は340℃以上で、結晶融解熱量は55J/gを越える。これらの重合法により得られるPTFEは、一度、結晶融解温度以上の温度で焼成(シンター)させることにより、融点は327℃にシフトし、結晶化熱量は30J/g以下に低下する。焼成により結晶化度は90%を越える値から、数十%へと低下する。
【0004】
また得られる原料粉体の一次粒子の平均粒径は1μmを下回るものもあるが、それらが二次凝集した製品として粉体の平均粒径は懸濁重合により製造されるモールディングパウダーで約数十μm、乳化重合により製造されるファインパウダーにおいては数百μmである。
【0005】
さらに一部の低分子量PTFE粉体は、高分子量のPTFE原料粉体に空気中(酸素存在下)において放射線を照射し、放射線分解による分子鎖切断によって分子量を低下させて、低分子量PTFE粉体を得ているものもある。当然ながら、これら低分子量PTFEは架橋構造を持たない直鎖状分子構造をとっている。
【0006】
これらの架橋構造を持たないPTFEは、上述のPTFEの優れた特徴(耐薬品性、耐熱性、低摩擦性、低い誘電率など)は有するものの、空気中で放射線照射するため酸化反応が生じるため分子鎖中への酸素の混入は避けられないという問題があった。
【0007】
そこで、本発明者らは、電離性放射線(以下、放射線とする)をPTFE樹脂の結晶融点以上の温度で且つ酸素不在下で照射してなる架橋構造を有するPTFE樹脂を提案している(特許文献1)。かかる架橋構造を有するPTFE樹脂により、その特性を大きく変化させることに成功した。かかる提案のPTFE樹脂は、一般に重合されたPTFE樹脂を原料として、架橋処理を行うものである。
【0008】
またさらにテトラフルオロエチレン(TFE)をアセトン溶媒中において、放射線を照射することにより得られる、粉体粒径が1μmm以下の超微粉末状ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)も提案している(特許文献2)。かかる提案によれば、条件を制御することにより分子量の制御が可能であり、低分子量から高分子量まで種々の分子量のもので且つ架橋構造を有する超微粉末状PTFEを、製造することを可能にしている。
【0009】
現在、原料モノマーから直接、架橋構造を有するPTFEを製造する手法は存在せず、市販もされていない。このことはPTFEに限らずその他のパーフルオロ樹脂(PFA、FEP)についても同様である。
【0010】
架橋フッ素樹脂粉体を製造する方法は、数少ないが、架橋させたフッ素樹脂を機械的に粉砕して、架橋フッ素樹脂粉体を製造する方法などがある(特許文献3、特許文献4等)。
【特許文献1】特許第3317452号公報
【特許文献2】特開平2000-26614号公報
【特許文献3】特開平9-278907号公報
【特許文献4】特開2000-129019号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかし、上述の従来の架橋されたPTFE樹脂では、原料樹脂同士が融着してしまい、粉体を得るためには別途機械的粉砕工程という特別の工程を設ける必要があり、製造が煩雑になるという問題があった。しかも、これらの手法で得られる樹脂粉体の平均粒径は20μm程度に止まっており、現在では更に粒径の細かい樹脂粉末の開発が要望されている。またTFEをアセトン溶媒中において放射線を照射することにより架橋化してなる超微粉末状PTFE(上記特許文献2)では、最終的に溶媒であるアセトンを除去する必要があり、アセトンの除去が不十分であるとPTFEの特長である純粋性を保証できない等の問題が生じる。
【0012】
本発明は、かかる欠点を解消することが目的であり、詳細には特別の工程が不要であり、粒径の細かい樹脂粉末のものとすることが可能で、更には特に溶媒の除去が不要であるポリテトラフルオロエチレンの製造方法及び架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、このようなPTFEの問題点を解決するために鋭意研究した結果、モノマーを固相状態で重合する方法、及びかかる方法により得られる特定の結晶融解熱量及び結晶融解温度を有するPTFE樹脂が上記目的を達成しうることを知見し、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明は、昇温速度10℃/minでの示差熱走査系分析(DSC)により測定した、重合した後に熱履歴を経ていない状態での結晶融解熱量が55J/g未満であり、かつ結晶融解温度が327℃未満であることを特徴とする非晶性の架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂を提供するものである。
【0015】
結晶融解温度および結晶化熱量は、熱分析装置(パーキンエルマー製のDiamond DSC)により昇温速度:10℃/min、サンプル採取量:5〜10mg窒素雰囲気中において得られた一回目(1st run)の昇温過程の結晶融解曲線のピーク温度を結晶融解温度、同じく昇温過程の結晶融解曲線のピーク面積を結晶融解熱量とした。
【0016】
また、本発明は、テトラフルオロエチレンモノマーを融点以下の温度における固相状態とし、固相状態の該テトラフルオロエチレンモノマーに電離性放射線を照射する放射線照射工程を行うことを特徴とする上記架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂の製造方法を提供するものである。
【0017】
上述のように、本発明は、結晶融解熱量が55J/g未満で、なおかつ結晶融解温度が327℃未満であることを特長とする非晶性の架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂に関するものである。また、本発明の製造方法により、化学触媒重合法では不可能であった、架橋構造を有する低結晶性の架橋PTFEを、TFEを原料として直接製造するプロセスを見出したことに重要な意義がある。本発明の製造方法における架橋プロセスは、架橋したPTFE樹脂を粉砕する必要もなく、PTFEの結晶化融点以上の温度に昇温することなく、アセトン等の溶媒を共存させる必要もなく、架橋構造を付与することができるものであり、従来の概念には無かったものである。
【発明の効果】
【0018】
本発明の架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂は、上述の課題がなく、特別の工程が不要であり、粒系の細かい樹脂粉末のものとすることが可能で、更には特に溶媒の除去が不要なものである。
【0019】
また、本発明の製造方法によれば、上記の本発明の架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂を、原料であるTFEから直接、前述のPTFE粉体を生成させることができ、温度の制御を行いながらTFE原料のみを放射線照射するだけで得ることができ、特別の工程が不要で、粒系の細かい樹脂粉末のものとすることが可能で、更には特に溶媒の除去が不要である。また、得られたPTFE粉体を一旦、取り出して原料モノマーであるTFEと分離し、得られたPTFEに対して再び酸素不在下でなおかつTFEの融点以上の温度の条件で照射することにより、架橋の進行を早めることも可能である。
【発明の実施の形態】
【0020】
以下、本発明について更に詳細に説明する。
本発明の架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂は、テトラフルオロエチレンモノマーを重合して得られるポリテトラフルオロエチレンに架橋構造を付与してなるものである。
【0021】
そして、本発明の架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂は、非晶性であり、重合した後に熱履歴を経ていない状態の結晶融解熱量が55J/g未満、好ましくは40〜0J/gであり、かつ結晶融解温度が327℃未満、好ましくは320℃以下であることを特徴とする。
【0022】
上記結晶融解熱量は、示差走査熱分析装置(DSC)により昇温過程(昇温速度10℃/min)における結晶融解ピーク面積を計算することにより測定できる。また、上記結晶融解温度は示差走査熱分析装置(DSC)により昇温過程(昇温速度10℃/min)における結晶融解ピークの温度を計測することにより測定できる。
【0023】
本発明において「非晶性」とは、結晶性と相反する特長であって、分子鎖が規則性を持たずランダムに並んでいる状態を意味する。
また、前記架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂が、Y字型の分岐を持つ高分子鎖による網目構造を有するのが好ましい。Y字型の分岐を持つ高分子鎖の詳細は、以下のとおりである。
【0024】
【化1】

【0025】
【化2】

【0026】
【化3】

【0027】
【化4】

【0028】
【化5】

【0029】
【化6】

【0030】
【化7】

【0031】
【化8】

【0032】
なお、本発明の架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂は、ポリテトラフルオロエチレン分子のすべてが架橋している必要はなく、樹脂を構成するポリテトラフルオロエチレンの最大2.5%が架橋構造を有していれば良い。
【0033】
前記架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂は、添加材としての利用を考慮した場合、分散性や添加した製品の外観、質感を保持する目的からは平均粒径が20μm以下、更に望ましくは10μm以下の粉末状の粒子であるのが好ましい。
【0034】
上述のような特徴を有する本発明の架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂は、後述する本発明の製造方法により製造することにより得ることができる。
そして、本発明の架橋PTFE樹脂は、新規なパーフルオロ樹脂として成形加工品原料としての利用や、添加剤としての利用が期待される。またその他のフッ素樹脂や多種多様な高分子樹脂と混合することにより、新規な成形加工品原料として利用されることも期待される。
【0035】
以下に、本発明の製造方法を説明する。
本発明の製造方法は、テトラフルオロエチレンモノマーを融点以下の温度における固相状態とし、固相状態のテトラフルオロエチレンモノマーに電離性放射線を照射する放射線照射工程を行うことを特徴とする。
〔放射線照射工程〕
放射線は、照射時の酸化を防止するため酸索不在下すなわち真空中もしくは不活性ガス雰囲気(窒案、アルゴン、ヘリウムなど)においてTFEに照射するのが好ましい。また、放射線の照射は、この種の放射線による重合に際して用いられる手法を特に制限なく用いて行うことができる。用いられる放射線としては、電子線、X線、中性子、高エネルギーイオンなどが挙げられる。
【0036】
上記放射線照射工程における放射線を照射する際の温度は、-142.5℃以下であるのがTFEモノマーを固相状態に保持する点で好ましく、更に好ましくは-142.5〜-160℃である。
上記放射線照射工程における放射線の線量は、10〜1000kGyであるのが、十分に架橋構造による特長を発現させるためには20kGy以上とするのが好ましい。
【0037】
また、上記放射線照射を行う際の酸素濃度は、10-2torr以下とするのが、反応過程における酸素の影響を除去する点で好ましく、比較的平易な真空装置によって十分に酸素の影響を排除するためには10-2〜10-5torrとするのが更に好ましい。
【0038】
上記放射線照射工程を行うことにより、反応生成物として、最終目的物である本発明の非晶性の架橋PTFE樹脂が得られる。
次に、上記放射線照射工程以外に行うことができる工程について説明する。
〔再照射工程〕
本発明においては、上記放射線照射工程以外の工程として、上記放射線照射工程の後、未反応のテトラフルオロエチレンモノマーを分離・除去した後に、分離されたポリテトラフルオロエチレンにテトラフルオロエチレンモノマーの融点以上の温度、望ましくは-78〜30℃(室温)で、かつ酸素濃度10-2torr以下、望ましくは10-2〜10-5torrとした状態において再び電離性放射線を照射する、再照射工程を行うのが好ましい。
【0039】
上記再照射工程を行うことにより、架橋の進行を促進でき、より架橋率の向上された架橋PTFE樹脂を得ることができる。
上記「分離されたポリテトラフルオロエチレン」には、放射線照射工程により架橋されたものと架橋されていないものとの両者を含む。
【0040】
上記再照射工程における放射線の線量は、10〜1000kGyであるのが、架橋の進行を促進でき、より架橋率の向上を図るためには10〜400kGyとするのが好ましい。
〔前処理工程・後処理工程〕
本発明においては、上記放射線照射工程の前に、TFEの固相化等の前処理工程を行うことができる。また、上記放射線照射工程又は上記再照射工程の後に、精製工程などの後処理工程を行うこともできる。
【実施例】
【0041】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に制限されるものではない。
[実施例1]
真空ラインに接続したTFEボンベから、同真空ラインに接続して液体窒素により-196℃に冷却したガラスアンプルに約2mlのTFEを導入し、その後、10-4torrまで十分に凍結脱気を行い、ガラスアンプルを封じ切った。同様の操作を数回行い複数のTFEが封入されたガラスアンプルを得た。これらのガラスアンプルを液体窒素で-196℃に冷却しTFEを固相状態に保持した状態で、コバルト60によるガンマ線を10、20、104、182、400、700および1000kGyそれぞれ照射した。ガンマ線の照射線量率は2.6kGy/hで行った。照射が終了し、ガラスアンプルをTFEの融点直上まで昇温してTFEを取り除き、重合した後に熱履歴を経ていない状態の架橋PTFE樹脂の粉体の熱特性を調べた。熱特性の分析にはパーキンエルマー製のDiamond DSCを使用し、窒素雰囲気中で昇温速度:10℃/minにより行った。結晶融解温度および結晶化熱量は、DSC(熱分析装置)による一回目の測定結果(1st run)により評価した。
【0042】
[実施例2]
TFEが封入されたガラスアンプルを-158℃に冷却し、コバルト60によるガンマ線を20、104、182、400および700kGyそれぞれ照射した以外は、実施例1と同様にして、架橋PTFE樹脂を得、得られた架橋PTFE樹脂の粉体について実施例1と同様に熱分析を行った。
【0043】
[比較例1]
TFEが封入されたガラスアンプルをドライアイスとメタノールの混合冷媒で-78℃に冷却しTFEを液相状態とし、コバルト60によるガンマ線を20、104および182kGyそれぞれ照射した以外は、実施例1と同様にして、架橋PTFE樹脂を得、得られた架橋PTFE樹脂の粉体について実施例1と同様に熱分析を行った。
【0044】
[比較例2]
TFEが封入されたガラスアンプルを25℃において液相状態とし、コバルト60によるガンマ線を20、104および182kGyそれぞれ照射した以外は、実施例1と同様にして、架橋PTFE樹脂を得、得られた架橋PTFE樹脂の粉体について実施例1と同様に熱分析を行った。
【0045】
実施例1及び2、比較例1及び2で得られたPTFE粉体の示差走査熱分析による結晶融解温度および結晶融解熱量の測定結果を表1および2、図4および5にそれぞれ示す。
【0046】
【表1】

【0047】
【表2】

【0048】
[実施例3(再照射工程を行う実施例)]
実施例1で20、および182kGy照射して得たPTFEを未反応のTFEと分離し、未反応のTFEを除去した。分離して得られたPTFEを再びガラスアンプルに入れ、10-4torrまで十分に脱気した後ガラスアンプルを封じ切った。同様の操作を数回行い、複数の試料が封入されたガラスアンプルを得た。ここでTFEの分離は、TFEの融点直上の温度で行った。TFEの融点直上の温度でTFEを分離する理由は、照射後の重合(ポストポリメリゼーション)を抑制するためである。その後、25℃、-78℃および-196℃の各温度条件下においてコバルト60によるガンマ線を20、182および400kGyそれぞれ照射し(再照射工程)、架橋PTFE樹脂を得た。
【0049】
実施例3で得られたPTFE粉体の示差走査熱分析により得られた結晶融解温度および結晶融解熱量の測定結果を表3及び表4、図6〜9にそれぞれ示す。また比較のため各図には実施例1の結果を加えて示す。
【0050】
【表3】

【0051】
【表4】

【0052】
〔評価〕
(1)実施例1で-196℃においてガンマ線を700kGy照射して得られたPTFE粉体を走査型電子顕微鏡により観察した。観測写真を図1に示す。測定はJEOL JSM-6700Fにより加速電圧10kVで行った。観察の結果、得られたPTFE粉体の平均粒径は1〜10μm程度であり、大部分は2〜5μm程度であった。
(2)実施例1で-196℃の固相状態において700kGy照射して得られたPTFEと市販のPTFE粉体の19F HS MAS NMRによる解析結果を図2に示す。市販のPTFEにおいては-CF2-CF2-CF2-(下線のあるフッ素原子が観測対象。以下、同じ)に帰属される-121.9ppmが唯一のピークである(90.5、15.7、-228.1および334.1は同ピークのスピニングサイドバンド)。
【0053】
一方、-196℃において照射して得られたPTFEには>CF-に帰属される-184.5ppmのシグナル(-3.4および-215.8ppmは同ピークのスピニングサイドバンド)あるいは-CF2-CF(CF2-)-CF2-に帰属される-109.2ppmのシグナルが観測された。いずれのシグナルも三級炭素の存在を示すものである。三級炭素による分岐は、直鎖上である市販のPTFEには決して観られない部位である。この点が、TFEを固相状態で照射して得られた本発明の架橋PTFE樹脂に特有のPTFEにおける架橋点(ブランチ)であり、架橋構造を形成している証拠である。
【0054】
また-CF2-CF3に帰属されるシグナルが-82.2ppm(24.1は同ピークのスピニングサイドバンド)に、-CF2-CF3に帰属されるシグナルが-126.4ppm(-20.4および-232.5は同ピークのスピニングサイドバンド)に、さらにCF2-CF(CF3)-CF2-の非晶部に帰属されるシグナルが-66.8ppmに、同結晶部に帰属されるシグナルが-70.3ppmに観測された。いずれも末端基に属するシグナルでありTFHを固相状態で照射して得られたPTFEには分子鎖末端が多いことを示している。その他に、-90.7ppmのシグナルがCF2=CF−CF2−に、-157.7ppmのシグナルがRf-CF=CF-Rfに帰属される。TFEを固相状態で照射して得られたPTFEには架橋構造の他に多種の二重結合も形成されている。
【0055】
また架橋点の数については以下のように算出した。NMRスペクトルの全てのシグナルについて帰属を行い、それぞれのシグナルのピーク面積を求めた。さらに各構造式中のシグナルに起因するフッ素(F)原子数でピーク面積を割り、各シグナルを規格化した。規格化した値の総数に対する各シグナルの割合を百分率で算出し、それぞれのシグナル(構造式)の存在比を求めた。分岐構造を有するシグナルの存在比を表5に示した。
【0056】
【表5】

【0057】
表5より、CF3のブランチング含まない架橋点の存在比は約1%であり(ピーク番号4)、CF3のブランチングを含めるとその存在比は約2.5%となる(ピーク番号2,3および4の和)。よって-196℃の固相状態において700kGy照射して得られたPTFEにおける架橋点(ブランチング点)の総数は約2.5%である。
【0058】
また19F HS MAS NMRスペクトルデータから架橋点数を求める方法については、“Radiochemical Yields for Cross-Links and Branches in Radiation-Modified Poly(tetrafluoroethylene)”Macromolecules 2002, 35, 9079-9082にも記されている。
(3)実施例1および2において得られたPTFE粉体の収率(仕込みモノマーに対するPTFE粉体の生成量)を図3に示す。なお収率は次式により求めた。
収率=(生成したPTFE粉体の重量)/(仕込みモノマーの重量)×100
(4)実施例1および2の結果から、本発明の製造方法における上記放射線照射工程を行うと、放射線線量の増加に伴い、結晶融解温度が低下しなおかつ結晶化熱量も減少する。つまり固相状態での照射により架橋構造が形成され、PTFEの結晶化度が低下し、低結晶性のPTFEが得られることを示している。
【0059】
また同じ固相状態でも-158℃の方が-196℃よりも早く架橋が進行し、その収率も高くなり、TFE融点である-142.5℃に近い温度の方が、収率を高めるのに有利であることがわかる。
【0060】
一方、比較例1,2のように、液相状態(-78℃および25℃)における照射では、結晶融解温度の低下は見られず、結晶化熱量も大きな値を示しており、結晶性の低下は見られない。つまりこれらの温度条件で照射を行っても、非晶性の架橋PTFEは得られないことを示している。
【0061】
以上の結果からTFEモノマーと重合生成したPTFEを分離して、PTFEのみを酸素不在下で照射しても架橋反応が進行することがわかる。さらにTFEモノマーと重合生成したPTFEを分離した後の照射(再照射工程)においては、TFEの融点よりも高い温度で照射を行っても、架橋反応が進行する。さらに実施例1の温度条件-196℃で照射をして重合させる条件よりも、TFEモノマーと分離したPTFEのみを照射する場合は、-196℃よりもより高い温度で照射した方が、架橋が効率的に進行することがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】実施例1で、-196℃においてガンマ線を700kGy照射して得られたPTFEの走査型電子顕微鏡による観測写真である。
【図2】実施例1で、-196℃においてガンマ線を700kGy照射して得られたPTFEの19F HS MAS NMRによる構造解析結果である。
【図3】実施例1および2における-196℃と-158℃において、ガンマ線を照射して得られたPTFEの仕込みTFE量に対する収率である。
【図4】実施例1及び2、比較例1及び2でTFEにガンマ線を照射して得られたPTFEの結晶融解温度である。
【図5】実施例1及び2、比較例1及び2でTFEにガンマ線を照射して得られたPTFEの結晶融解熱量である。
【図6】実施例3で-196℃でTFEにガンマ線20kGyを照射し、その後TFEと分離して得られたPTFEを再び照射したPTFEの結晶融解温度である。
【図7】実施例3で-196℃でTFEにガンマ線20kGyを照射し、その後TFEと分離して得られたPTFEを再び照射したPTFEの結晶融解熱量である。
【図8】実施例3で-196℃でTFEにガンマ線182kGyを照射し、その後TFEと分離して得られたPTFEを再び照射したPTFEの結晶融解温度である。
【図9】実施例3で-196℃でTFEにガンマ線182kGyを照射し、その後TFEと分離して得られたPTFEを再び照射したPTFEの結晶融解熱量である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
昇温速度10℃/minでの示差熱走査系分析(DSC)により測定した、重合した後に熱履歴を経ていない状態での結晶融解熱量が55J/g未満であり、かつ結晶融解温度が327℃未満であることを特徴とする非晶性の架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂。
【請求項2】
前記架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂が、
【化1】

【化2】

【化3】

【化4】

【化5】

【化6】

【化7】

【化8】

で示されるいずれか1種以上のY字型の分岐を持つ高分子鎖による網目構造を有する請求項1記載の架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂。
【請求項3】
前記架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂が、平均粒径が10μm以下の粉末状の粒子である請求項1記載の架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂。
【請求項4】
テトラフルオロエチレンモノマーを融点以下の温度における固相状態とし、固相状態の該テトラフルオロエチレンモノマーに電離性放射線を照射する放射線照射工程を行うことを特徴とする請求項1記載の架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂の製造方法。
【請求項5】
上記放射線照射工程の後、未反応のテトラフルオロエチレンモノマーと分離・除去し、得られたポリテトラフルオロエチレンにテトラフルオロエチレンモノマーの融点以上の温度でかつ酸素濃度10-2torr以下とした状態において再び電離性放射線を照射する、再照射工程を行うことを特徴とする請求項4記載の架橋ポリテトラフルオロエチレン樹脂の製造方法。
【請求項6】
上記放射線照射工程における放射線を照射する際の温度が-142.5℃以下である請求項4に記載の方法。
【請求項7】
上記放射線照射工程における放射線の線量が10〜1000kGyである請求項4に記載の方法。
【請求項8】
上記再照射工程における放射線の線量が10〜1000kGyである請求項5に記載の方法。
【請求項9】
前記樹脂の平均粒径が10μm以下の粉末状であることを特徴とする諸求項4あるいは5に記載の方法。
【請求項10】
前記架橋構造は、
【化9】

【化10】

【化11】

【化12】

【化13】

【化14】

【化15】

【化16】

で示されるいずれか1種以上のY字型の分岐を持つ高分子鎖による網目構造である、請求項4あるいは5に記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2008−69280(P2008−69280A)
【公開日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−249629(P2006−249629)
【出願日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【出願人】(592109097)株式会社レイテック (4)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】