説明

核酸増幅反応における阻害を回避する方法

【課題】
培養法によって得られた菌体について遺伝子検査を実施する場合において、検出感度を上げるために被検試料を濃縮し、かつ培地中に含まれる成分、特に胆汁成分による核酸増幅反応の阻害を回避する方法と前記方法を用いた核酸増幅法を提供すること。
【解決手段】
菌体由来の核酸を増幅する方法において、培養法によって得られた菌体を含む増菌培養液を被検試料とし、遠心濃縮およびアルカリ処理により前記培養液中の胆汁成分を除去することによって、胆汁成分による核酸の増幅反応阻害を回避する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養法によって得られた菌体に対して遺伝子検査を実施する場合において、培地中に含まれる成分、特に胆汁成分による核酸増幅反応の阻害を回避する方法および前記方法を利用した核酸増幅法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
食品、飲料水、医薬品等の安全性の指標として、また、ヒト、家畜等の哺乳動物への病原菌感染ルートの原因究明の一助として、微生物検査は欠かすことができない。そして、その結果、もし種々の微生物の感染が疑われたならば、その後の処置、対応等が図られることになる。
【0003】
食品分野における微生物検査では、培養法が基本となっており、目的に応じて様々な方法、手順が公定法として採用されている。平板培地等で培養した後発育したコロニー数から試料中の微生物数を計測する微生物数測定法、試験材料に目的とする菌が非常に少ない場合に用いられる増菌培養法、試料に存在する多種の微生物から目的とする微生物を取り出す分離培養法、分離培養した微生物について形態学的性状、生物学的性状等を調べる同定検査等が挙げられる。例えば、食中毒菌の検査手順としては、試験材料に存在すると思われる起因菌を増菌培養後、増殖した菌を分離培養することによって疑わしいコロニーを釣菌し、さらに生化学的検査および免疫学的検査等により菌種を同定し、食中毒の起因菌であるか否かの判定を行うという方法が採られる。
【0004】
しかし、このように培養法を基本とした微生物検査では、ステップ数が多く、また培養法よっては一回の培養時間も長いため、結果判定までに時間がかかるという問題が否めない。そこで、近年の遺伝子技術の発展に伴い、迅速性、鑑別診断に優れた遺伝子検査が、微生物の検査法として取り入れられるようになってきた。培養が困難な微生物、発育が遅い菌、微生物がウイルスである場合、病原性を有した菌株の鑑別を行う場合等積極的に行われるようになってきたが、菌の迅速な同定を目的とする場合には特に有用とされている。
【0005】
遺伝子検査では、ウイルス、細菌、酵母・真菌等から由来するDNA、RNA等の核酸を含む材料が検査の対象となるが、検査材料として、前述した増菌培養した培地を直接用いられる場合がある。遺伝子検査は、目的とする標的遺伝子を認識する方法であるため特異性が優れ、また迅速性の面から分離培養、同定検査とさらに時間を要す培養法の代替法として注目されている。しかし、このように増菌培養された菌体は、培地といっしょに遺伝子検査に供することが多いため、一部の培地成分が遺伝子検査、特に核酸増幅反応に影響を及ぼす場合がある。
【0006】
培地の基本的な構成成分は、栄養素、目的以外の微生物と区別するための鑑別剤の他に、目的とする微生物の性質に適した選択剤が用いられている。例えば、食中毒菌である腸管出血性大腸菌0−157増菌用培地(例えばmEC培地)には、通常、栄養素としてペプトン、無機塩類等、鑑別剤として糖類等、さらに選択剤として胆汁酸塩等の胆汁成分が含まれる。
【0007】
ここで、食材(例えば微生物の侵入したカット野菜、挽肉等)を試料として増菌培養を行い、実際に大腸菌が発育した場合を例に挙げる。発育した大腸菌は、鑑別剤である糖(乳糖)を分解して培地を酸性化し、その結果、胆汁酸塩が不溶性の胆汁酸として培地中に析出する。この大腸菌を含んだ培地を被検試料として遺伝子検査に使用する場合、感度を上げるため手段として遠心濃縮を行うが、同時に菌体と共に不溶化した胆汁酸も濃縮されることになる。そして、この後に、大腸菌由来の核酸を増幅する場合、この胆汁酸が増幅反応を阻害することが知られている。
【0008】
一方、サルモネラ属菌の増菌用培地(例えばEEM培地)には、胆汁成分としてウシ胆汁末が多量に使用されているため、特段の処理無しでそのまま被検試料として遺伝子検査に使用した場合、核酸増幅反応を阻害することが知られている。また、感度を上げるために遠心濃縮を行う場合も、前述したように不溶化した胆汁酸が菌体と共に濃縮され、その後の核酸増幅反応を阻害する。そこで、このように胆汁酸による増幅反応の阻害を回避する方法として、以下の方法が検討されている。
【0009】
例えば、核酸抽出操作により、増菌培養した菌体の核酸を回収する方法が知られている。この方法は、まず菌体を、培地ごと遠心分離して菌体を沈殿させる。さらにこの沈殿物に酵素等で溶菌処理し、フェノール・クロロホルム法等によって除蛋白後、アルコールで核酸を沈殿させ回収する方法である。
【0010】
また、培地中に含まれる阻害物質を核酸増幅に影響を及ぼさない濃度にまで希釈する方法も提案されている。この方法では、増幅反応時の培地成分の最終濃度は100倍程度に希釈され、同時に、増殖した菌体も100倍程度に希釈されることになるが、阻害物質が培地に多く含まれる場合には、更なる希釈が必要となってくる。本来、増菌培養とは、検査に耐え得るだけの目的の菌量を確保するために行われるのであるが、核酸増幅を行うためには、せっかく増殖した菌体を希釈してしまうという結果に終わる。
【0011】
さらに、増菌後の培地を遠心操作により菌体を沈殿させ、さらに沈殿物をPBSで3回洗浄した後、沈殿物を精製水に浮遊させたものを被検材料として、PCR法を行う方法が開示されている(非特許文献1参照)。しかし、この方法でも、特に培地中の胆汁成分の濃度が高い、あるいは増殖した菌体量が少ない場合、胆汁成分が十分に除かれないという問題を有している。このように、従来では、増菌培養法によって得られた菌体の核酸を増幅反応に供する場合は、様々な問題点を有していた。
【0012】
【非特許文献1】塚本定三「臨床と微生物」1996年、23巻、臨時増刊号、p.801-806
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明はこのような従来の課題に着目してなされたものであって、培養法によって得られた菌体について遺伝子検査を実施する場合において、検出感度を上げるために被検試料を濃縮すると共に、かつ培地中に含まれる成分、特に胆汁成分による核酸増幅反応の阻害を回避する方法と前記方法を用いた核酸増幅法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、増菌培養した菌体を遠心濃縮およびアルカリ処理を行うことによって、培地成分による核酸増幅反応の阻害を回避する方法と前記方法を用いた核酸増幅法を見出し本発明を完成した。
【0015】
すなわち、本発明は以下の構成からなる。
(1)菌体由来の核酸を増幅する方法において、培養法によって得られた菌体を含む増菌培養液を被検試料とし、遠心濃縮およびアルカリ処理により前記培養液中の胆汁成分を除去することによって、胆汁成分による核酸の増幅反応阻害を回避する方法。
(2)培養法が、胆汁成分を含む液体培地を使用する増菌培養法である(1)記載の方法。
(3)胆汁成分が、胆汁酸塩またはウシ胆汁末である(1)または(2)記載の方法。
(4)アルカリ処理が、pH7.5以上で行われることを特徴とする(1)記載の方法。
(5)以下の工程を含むことを特徴とする核酸増幅法。
(a)菌体を含む増菌培養液を遠心濃縮し沈殿物を得る工程、
(b)前記沈殿物にアルカリ化剤を添加し、pH7.5以上にする工程、
(c)さらに遠心分離を行って沈殿物として菌体を得る工程、
(d)前記菌体由来の核酸を増幅する工程。
(6)以下の工程を含むことを特徴とする核酸増幅法。
(a)菌体を含む増菌培養液にアルカリ化剤を添加し、pH7.5以上にする工程、
(b)さらに遠心分離を行って沈殿物として菌体を得る工程、
(c)前記菌体由来の核酸を増幅する工程。
(7)アルカリ化剤が、アルカリ金属水酸化物、アルカリ金属炭酸塩、アルカリ金属リン酸塩およびグッド緩衝剤から選ばれる少なくとも1種を成分とすることを特徴とする(5)または(6)記載の方法。
(8)核酸増幅法が、LAMP法、PCR法、ICAN法、NASBA法、LCR法、SDA法、TRC法およびTMA法よりなる群から選ばれたいずれかの方法であることを特徴とする(5)または(6)記載の方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、培養法によって得られた菌体について遺伝子検査を実施する場合において、増殖した菌体を培地ごと遠心処理およびアルカリ処理を行うことによって、培養後に実施する核酸増幅反応に阻害を及ぼす培地成分、特に胆汁成分を除去することによって増幅反応の阻害を回避する方法を提供することができる。この方法を用いることによって、培養後の煩雑な核酸抽出操作を不要とし、さらには、増殖培地の希釈操作を必要とすることなしに、目的とする菌体由来の核酸を感度よく増幅することができる。以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明で使用される培地は、成分として胆汁酸塩またはウシ胆汁末等の胆汁成分を含む培地であれば特に限定されないが、増菌培養の結果として、胆汁酸として析出してくる培地であればよく、例えば、mEC( modified Escherichia coli の略)培地、(目的とする病原菌以外の一般細菌の発育抑制剤として添加された)ノボビオシン加mEC培地、さらにはEEM( Enterobacteriaceae Enrichment Mannitol の略)培地等の食中毒病原菌の増菌用液体培地が挙げられる。
【0018】
本発明で使用されるアルカリ化剤とは、析出してきた胆汁酸を塩として溶解できれば特に限定されないが、アルカリ金属水酸化物、アルカリ金属炭酸塩、アルカリ金属リン酸塩またはグッド緩衝剤から選ばれる少なくとも1種を成分とする水溶液であり、例えば、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、リン酸水素二ナトリウムまたはトリスアミノヒドロキシメタン等のアルカリ成分を含む水溶液が挙げられる。
【0019】
ここで、本発明で使用されるアルカリ化剤は、増菌培養液を遠心濃縮後に得られた沈殿物に添加されるか、または増菌培養液に直接添加されるが、このアルカリ処理におけるpHは7.5以上で行われることが好ましい。pH7.5未満だと析出してきた胆汁酸を塩として溶解させてから遠心処理で除去するには不十分である。
【0020】
本発明で用いる核酸増幅法は、LAMP法、PCR法、ICAN法、NASBA法、LCR法、SDA法、TRC法およびTMA法等が挙げられる。このうちLAMP法は、増幅効率が良く、特異性が高いほか、温度制御が不要であり、さらに検出は目視あるいは安価な検出装置で行えるため、より広汎な施設における微生物検査のための遺伝子検査を行うことを可能とする技術であり、より好適な核酸増幅法といえる。
【0021】
LAMP法は、鋳型となるヌクレオチドに自身の3’末端をアニールさせて相補鎖合成の起点とするとともに、このとき形成されるループにアニールするプライマーを組み合わせることにより、等温での相補鎖合成反応を可能とした増幅法であり、プライマーの3’末端が常に試料に由来する領域に対してアニールするために、塩基配列の相補的結合によるチェック機構が繰り返し機能し、その結果として、高感度にかつ特異性の高い核酸増幅反応を可能としている。なお、LAMP法を原理とした食中毒菌検出用試薬キット、例えば腸管出血性大腸菌検出試薬キットやサルモネラ検出試薬キットが栄研化学株式会社から販売されており、これらキットを使用することができる。
【0022】
本発明における実施形態の一例を示す。菌に汚染されている可能性のある食材を規定重量採取し、前記食材を規定容量のノボビオシン加mEC培地に加え、室温で1分間ストマッカー処理し、一定時間培養(増菌培養)する。一定量の培地(増菌培養された菌体を含む)を遠心チューブに採取し、遠心分離を行うことによって、培養によって析出した胆汁酸および増殖した菌体の混合物を沈殿物として得ることができる。その後、上清を除去し、沈殿物にアルカリ化剤を添加しよく攪拌する。析出した胆汁酸は胆汁酸塩となり溶解し、再度遠心分離を行うことで、菌体のみを沈殿物として取り出すことできる。このようにして集められた菌体を熱処理し、核酸を溶出させる。溶出した核酸は、(その後の増幅反応の阻害となる)胆汁酸の影響を受けることもなく、増幅反応に供することができる。
【0023】
さらに、本発明の別の実施形態の一例を示す。前述の通り、一定時間増菌培養した培地の一定量を遠心チューブに採取し、アルカリ化剤を添加しよく攪拌する。遠心処理を行うことによって、培養によって析出した胆汁酸は塩となり可溶化するため上清に移行し、増殖した菌体は沈殿物として分離することができる。このようにして集められた菌体の核酸を、前述通り増幅反応に供することができる。
【実施例】
【0024】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらにより何ら限定されるものではない。
【0025】
実施例1.培地成分を含む菌体を用いたLAMP反応
(1)試料の調製
もやし25gにノボビオシン加mEC培地225mLを加えて、室温で1分間ストマッカー処理した後、42℃で18時間培養し10%もやし食材液を得た。この食材液に、腸管出血性大腸菌O157:H7( Escherichia coli ATCC43889 )(以下「 E. coli 」と略)を各々1.5×102〜4cfu/mLの濃度になるように添加して菌希釈液を作製した。菌希釈液50μLを0.2mL容PCRチューブ(以下「PCRチューブ」と略)に採取し、次いで0.05mol/L水酸化ナトリウム水溶液(以下「NaOH水溶液」と略)50μL添加し、95℃で5分間加熱処理した後、0℃に冷却した。さらに、遠心機プチはち Model 2816 型( WAKEN社製 )を用いて、25℃、6,000rpm、1分間の条件で遠心処理を行い、再度0℃に冷却して得られた上清を試料とした。
(2)核酸増幅反応
試料5μLを、Loopamp(商標登録)腸管出血性大腸菌検出試薬キット( 栄研化学株式会社製 )から調製したLAMP反応試薬20μL( Reaction Mix.VT 20μLと Bst DNA polymerase 1μLの混合溶液から20μL分注した溶液 )に添加し、リアルタイム濁度測定計 LA-320C( テラメックス社製 )(以下「 LA-320C 」と略)を用い、波長650nmおける濁度(吸光度)変化を指標として、65℃、1時間LAMP反応を行った。
【0026】
その結果を図1に示す。E. coli が1.5×104cfu/mLの濃度では約35分後に、1.5×103cfu/mLでは約40分後に濁度の上昇が観察されたが、1.5×102cfu/mLでは60分反応させても濁度の上昇は見られなかった。本試薬キットの規格によれば、60分以内に濁度が上昇しなければ陰性と評価されるため、今回の結果においては、低濃度(1.5×102cfu/mL)では、菌の検出はできず陰性と判定された。
【0027】
実施例2.遠心濃縮法を利用したLAMP反応
(1)試料の調製
実施例1(1)同様に、10%もやし食材液を調製し、3濃度の菌希釈液を作製した。この菌希釈液1mLを、小型微量遠心機 PMC-060 型( TOMY社製 )(以下「遠心機A」と略)を用いて、25℃、2,000×g、10分間の条件で遠心処理し、上清を除去後、得られた沈殿物に0.5mol/L EDTAを含む1mol/L Tris・HCl緩衝液(pH8.0)(以下「TE緩衝液」と略)10μLおよびNaOH水溶液10μLを添加し、よく攪拌した。全量をPCRチューブに移し、実施例1(1)での加熱処理以降と同様の操作を行って得られた上清を試料とした。
(2)核酸増幅反応
実施例1(2)に準じて、LAMP反応を行った。
【0028】
その結果を図2に示す。実施例2で使用した菌体量(培地量として1mL)は、実施例1で使用した菌体量(同50μL)の100倍であるにもかかわらず、1.5×104cfu/mLの濃度でも、濁度の上昇する時間が約55分と非常に遅かった。このことは、培地成分がLAMP反応を阻害している可能性があることを示唆している。
【0029】
実施例3.胆汁成分のLAMP反応への影響
(1)試料の調製
培地成分として汎用されており、かつ増幅反応の阻害が予測される胆汁成分として胆汁酸塩またはウシ胆汁末を選び、各胆汁成分のLAMP反応時の最終濃度が0〜20mg/mL、さらに各濃度の水溶液に鋳型核酸として E. coliを、7.5×104cfu/testの濃度となるように添加し、被検試料を調製した。
(2)核酸増幅反応
試料5μLを、Loopamp(商標登録)腸管出血性大腸菌検出試薬キット( 栄研化学株式会社製 )から調製したLAMP反応試薬20μL( Reaction Mix.VT 20μLと Bst DNA polymerase 1μLの混合溶液から20μL分注した溶液で、蛍光色素オキサゾールイエロー0.625μg/mLを含む)に添加し、蛍光検出計 ABI PRISM 7000 Sequence Detection System( Applied Biosystems社製 )を用いて、65℃、2時間LAMP反応を行った。なお、実施例1および2では、LAMP反応への阻害を、増幅反応の副生成物であるピロリン酸マグネシウムの生成に伴う濁度の検出によって評価した。しかし、阻害が、増幅反応そのものより、濁度の生成速度に影響を及ぼしている可能性も考えられたため、実施例3では、主生成物である核酸増幅産物を指標とした蛍光法を採用した。
【0030】
その結果を図3および図4に示す。胆汁成分が無添加では、蛍光強度の上昇は12〜13分後から観察された。無添加の上昇時間から約2倍程度(25〜30分)まで遅れる濃度は、胆汁酸塩、ウシ胆汁末とも7.5mg/mLであった。さらに、60分以内に蛍光強度の上昇が確認できた濃度は、いずれも12.5mg/mLであった。実施例1〜3の結果より、培地成分に含まれる胆汁成分がLAMP反応を阻害しているものと推察された。
【0031】
実施例4.2ステップ遠心濃縮法によるLAMP反応(ノボビオシン加mEC培地を使用した例)
(1)試料の調製
遠心濃縮を2回行う方法を検討した。まず、実施例1(1)同様に10%もやし食材液を調製した。この食材液に、 E. coli が3.5×104cfu/mLの濃度になるように添加して菌希釈液を作製した。菌希釈液1mLを、遠心機Aを用いて、25℃、2,000×g、10分間の条件で遠心処理し、上清を除去後、得られた沈殿物にTE緩衝液、NaOH水溶液、蒸留水または生理食塩水1mLを加え、よく攪拌洗浄した。さらに遠心機Aを用いて、同条件で遠心処理を行い、上清を除去後、沈殿物を回収した。各洗浄液によって得られた沈殿物に、TE緩衝液10μLおよびNaOH水溶液10μLを添加し、よく攪拌、懸濁し、全量をPCRチューブに移し、実施例1(1)での加熱処理以降と同様の操作を行って得られた上清を試料とした。
(2)比較対照試料の調製
実施例2に準じ、沈殿物の洗浄工程を省いて得られた試料を比較対照とした。
(3)核酸増幅反応
実施例1(2)に準じて、LAMP反応を行った。
【0032】
その結果を図5に示す。いずれの洗浄液を使用した場合でも60分以内に濁度の上昇が観察されたが、TE緩衝液またはNaOH水溶液を使用した場合、蒸留水または生理食塩水と比較し、濁度が上昇する時間が顕著に回復された。また、菌希釈液から得られた沈殿物に、蒸留水、生理食塩水、TE緩衝液またはNaOH水溶液を添加したときのpHは、各々6.4、6.4、7.7、12.6であった。これらのことは、アルカリ洗浄によって、LAMP反応を阻害する胆汁成分が効果的に除去されたことを示唆している。
【0033】
実施例5.2ステップ遠心濃縮法によるLAMP反応(EEM培地を使用した例)
(1)試料の調製
実施例4同様に、遠心濃縮を2回行う方法を検討した。鶏挽肉25gにEEM培地225mLを加えて、室温で1分間ストマッカー処理後、35℃18時間培養して10%鶏挽肉食材液を得た。この食材液に、サルモネラ属菌( Salmonella enteritidis ATCC13076 )(以下「Sal.」と略)を3.5×104cfu/mLの濃度になるように添加して菌希釈液を作製した。菌希釈液1mLについて、実施例4(1)の遠心後と同様の操作を行って得られた上清を試料とした。なお、洗浄液には、NaOH水溶液のみを使用した。
(2)比較対照試料の調製
実施例2に準じ、沈殿物の洗浄工程を省いて得られた試料を比較対照とした。すなわち、実施例5(1)同様の10%鶏挽肉食材液を調製し、Sal. が3.5×104cfu/mLの濃度になるように添加して菌希釈液を作製した。この菌希釈液1mLを、遠心機Aを用いて、25℃、2,000×g、10分間の条件で遠心処理し、上清を除去後、得られた沈殿物にTE緩衝液10μLおよびNaOH水溶液10μLを添加し、よく攪拌、懸濁し、全量をPCRチューブに移し、実施例1(1)での加熱処理以降と同様の操作を行って得られた上清を比較対照試料とした。
(3)核酸増幅反応
試料5μLを、Loopamp(商標登録)サルモネラ検出試薬キット( 栄研化学株式会社製 )から調製したLAMP反応試薬20μL( Reaction Mix.Sal 20μLと Bst DNA polymerase 1μLの混合溶液から20μL分注した溶液 )に添加し、LA-320Cを用いて、波長650nmおける吸光度(濁度)変化を指標として、65℃、1時間LAMP反応を行った。
【0034】
その結果を図6に示す。沈殿物のアルカリ洗浄により、濁度が上昇する時間が顕著に回復された。また、菌希釈液から得られた沈殿物に、NaOH水溶液を添加したときのpHは12.6であった。これらのことは、アルカリ洗浄によって、LAMP反応を阻害する胆汁成分を除去されたことを示唆している。
【0035】
実施例6.1ステップ遠心濃縮法によるLAMP反応(NaOH水溶液を添加した例)
(1)試料の調製
遠心濃縮を1回行う方法を検討した。実施例1(1)同様に10%もやし食材液を調製した。この食材液に、 E. coli が3.5×104cfu/mLの濃度になるように菌体を添加して菌希釈液を作製した。この菌希釈液1mLに、NaOH水溶液を各々0.25、0.5、0.6または1mLを添加し、さらに、遠心機Aを用いて、25℃、2,000×g、10分間の条件で遠心処理し、上清を除去後、沈殿物を回収した。沈殿物にTE緩衝液10μLを添加し懸濁させた。この懸濁液全量をPCRチューブに移し、さらにNaOH水溶液10μLを添加した後、実施例1(1)での加熱処理以降と同様の操作を行って得られた上清を試料とした。
(2)比較対照試料の調製
実施例6(1)で、NaOH水溶液無添加のものを比較対照試料とした。
(3)核酸増幅反応
実施例1(2)に準じて、LAMP反応を行った。
【0036】
その結果を図7に示す。NaOH水溶液の添加量の増加に伴い、濁度が上昇する時間が顕著に回復された。また、菌希釈液に、NaOH水溶液を0(無添加)、0.25、0.5、0.6または1mLを添加したときのpHは各々、6.5、6.7、7.5、8.2、10.3であった。これらのことは、培地(菌希釈液)に添加するNaOH水溶液量を増やす(培地のpHを7.5以上にする)ことによって、効果的にLAMP反応を阻害する胆汁成分を除去されることを示唆している。
【0037】
実施例7.1ステップ遠心濃縮法によるLAMP反応(TE緩衝液を添加した例)
(1)試料の調製
実施例6(1)同様に菌希釈液を作製した。この菌希釈液1mLのpHが〜8.0になるようにTE緩衝液を添加し、さらに、遠心機Aを用いて、25℃、2,000×g、10分間の条件で遠心処理し、上清を除去後、沈殿物を回収した。沈殿物にTE緩衝液10μLを添加し懸濁させた。この懸濁液全量をPCRチューブに移し、さらにNaOH水溶液10μL添加した後、実施例1(1)での加熱処理以降と同様の操作を行って得られた上清を試料とした。
(2)比較対照試料の調製
実施例7(1)で、TE緩衝液無添加のものを比較対照試料とした。
(3)核酸増幅反応
実施例1(2)に準じて、LAMP反応を行った。
【0038】
その結果を図8に示す。実施例6同様に、培地のpHを上げてから遠心処理を行うことによって、濁度の上昇する時間が顕著に回復された。このことは、pHを上げることによって、効果的にLAMP反応を阻害する胆汁成分を除去されることを示唆している。
【0039】
実施例8.LAMP法およびPCR法による検出感度の比較
(1)試料の調製
貝割れ大根25gにノボビオシン加mEC培地225mLを加えて、室温で1分間ストマッカー処理後、42℃18時間培養して10%貝割れ大根食材液を得た。この食材液に、 E. coli を各々2.4×102〜5cfu/mLの濃度になるように添加して菌希釈液を作製した。実施例6に準じ、培地にアルカリ化剤を添加後遠心処理を行って培地中の胆汁成分を除去した方法(1ステップ遠心濃縮法)によって得られたものを試料とした。
(2)比較対照試料の調製
LAMP用は、実施例1に準じ、特に培地中の胆汁成分を除去しない方法によって得られた試料を比較対照とした。また、PCR用は、菌希釈液10μLを0.5mL容PCRチューブに採取し、次いでTE緩衝液90μL添加し、95℃で5分間加熱処理した後、0℃に冷却した。さらに、遠心機 Centrifuge 5414 R(ローターNo. F45-36-8、eppendorf社製 )を用いて、4℃、12,000rpm、10分間の条件で遠心処理を行い、再度0℃に冷却して得られた上清を比較対照試料とした。
(3)核酸増幅反応
実施例1(2)に準じて、LAMP反応を行った。なお、反応時間は2時間とした。また、PCR反応は、試料5μLを、PCR反応試薬45μLに添加し、熱変性94℃で1分、アニーリング55℃で1分、ポリメラーゼ伸長反応72℃で1分(最終サイクル10分)を1サイクルとして計35サイクルの条件で、行った。反応装置は、T3 Thermocycler( Biometra 社製 )を使用した。反応終了後、反応液3.5μLについて1%アガロースゲル電気泳動を行い、反応産物の確認を行った。
【0040】
その結果を表1に示す。LAMP法、PCR法とも、1ステップ遠心濃縮法は、比較対照と比べ、10〜100倍の検出感度の改善がみられた。このことから、本発明は、胆汁成分を含む培地で増菌培養させた菌体の核酸を増幅する場合に、様々な増幅反応において、反応阻害を回避できるという効果を有することが示唆される。
【0041】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明は、以上のように、培養法によって得られた菌体について遺伝子検査を実施する場合において、検出感度を上げるために被検試料を遠心濃縮すると同時に、培地中に含まれる成分、特に胆汁成分による核酸増幅反応の阻害を回避する方法と前記方法を用いた核酸増幅法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】培地成分を含む菌体を用いたときのLAMP反応を示すグラフである。
【図2】遠心濃縮法を利用したLAMP反応を示すグラフである。
【図3】胆汁酸塩によるLAMP反応への影響を示すグラフである。
【図4】ウシ胆汁末によるLAMP反応への影響を示すグラフである。
【図5】2ステップ遠心濃縮法によるLAMP反応(ノボビオシン加mEC培地使用例)を示すグラフである。
【図6】2ステップ遠心濃縮法によるLAMP反応(EEM培地使用例)を示すグラフである。
【図7】1ステップ遠心濃縮法によるLAMP反応(NaOH水溶液添加例)を示すグラフである。
【図8】1ステップ遠心濃縮法によるLAMP反応(TE緩衝液添加例)を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の、培養液中の胆汁成分を除去する工程を含むことを特徴とする核酸増幅法。
(a)菌体を含む増菌培養液を遠心濃縮し沈殿物を得る工程、
(b)前記沈殿物にアルカリ化剤を添加し、pH7.5以上にする工程、
(c)さらに遠心分離を行って沈殿物として菌体を得る工程、
(d)前記菌体由来の核酸を増幅する工程。
【請求項2】
以下の、培養液中の胆汁成分を除去する工程を含むことを特徴とする核酸増幅法。
(a)菌体を含む増菌培養液にアルカリ化剤を添加し、pH7.5以上にする工程、
(b)さらに遠心分離を行って沈殿物として菌体を得る工程、
(c)前記菌体由来の核酸を増幅する工程。
【請求項3】
アルカリ化剤が、アルカリ金属水酸化物、アルカリ金属炭酸塩、アルカリ金属リン酸塩およびグッド緩衝剤から選ばれる少なくとも1種を成分とすることを特徴とする請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
核酸増幅法が、LAMP法、PCR法、ICAN法、NASBA法、LCR法、SDA法、TRC法およびTMA法よりなる群から選ばれたいずれかの方法であることを特徴とする請求項1または2記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−50400(P2011−50400A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−281152(P2010−281152)
【出願日】平成22年12月17日(2010.12.17)
【分割の表示】特願2004−295629(P2004−295629)の分割
【原出願日】平成16年10月8日(2004.10.8)
【出願人】(000120456)栄研化学株式会社 (67)
【Fターム(参考)】