説明

植物の減数分裂期組換え位置を変更する方法

【課題】簡便かつ様々な作物に適用できる方法により減数分裂期組換え位置を変更する方法を提供する。
【解決手段】植物染色体のDNAメチル化を人為的に低下させることで、通常は減数分裂組換えが起きにくいセントロメア領域及びその近傍に減数分裂組換えを誘導する。さらに、細胞核内のクロマチン修飾状態を変更した個体を得て、植物の減数分裂期組換えの位置を変更させる方法。当該方法により、作物育種の効率化に大きく貢献することが期待される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物分子育種技術の分野に関する。より詳細には、細胞核内のクロマチン修飾状態を変更した個体を得て、植物の減数分裂期組換えの位置を変更させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、減数分裂期組換えは、ゲノム中でランダムに起こるのではなく、ホットスポットと呼ばれる特定の領域でおきやすい。例えば、ヒトゲノムの一部の領域における減数分裂期組換え点の位置を詳細に調べた結果を見ると、約200kb領域中に6箇所のホットスポットが観察されている。これらのホットスポット領域には、塩基配列またはGC含量等について共通性は見られず、クロマチン構造等の何等かの特徴が組換え点の決定に寄与していると予想されている(非特許文献1)。植物に関しても、例えば、イネについてゲノム中のホットスポットの存在が見出されている。セントロメア領域ではまったく組換えが起こらず、組換えに関してコールドな領域であることが示されている(非特許文献2)。
【0003】
高等生物の細胞核中で、ゲノムDNAはヒストンタンパク質の8量体からなるヌクレオソームに巻きついた状態で存在する。ヌクレオソーム中のヒストンH3タンパク質アミノ末端のリシンは、アセチル化・メチル化等の修飾を受け、特定のリシンの修飾状態が、当該染色体領域の高次構造(クロマチン構造)と関係していることが知られている。特にヒストンH3アミノ末端の第9リシン(H3K9)のメチル化は、当該染色体領域のDNAメチル化と相関している。リシンのアセチル化、脱アセチル化、メチル化状態間の変換は、それぞれの状態変化を司る酵素によって行われる。
【0004】
植物を含め生物一般にとって、染色体の組換えは、進化の過程において遺伝子の多様性を獲得し、多様な活性を持つタンパク質を生み出していくために重要な反応である。そこで、これまでにも、多様な遺伝子または多様な遺伝子を有する生物の獲得を目的として、染色体の組換え頻度を制御する方法が提案されている。例えば、酵母において、クロマチン再編成因子またはヒストンアセチル化酵素に機能欠損を加えることで、クロマチン修飾状態の変更と組換え頻度の低下を誘導する方法が提案されている(特許文献1〜5、非特許文献3)。また、多様な抗体を得ることを目的として、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤等を動物の免疫細胞と接触させることでクロマチン修飾を変更し、体細胞相同組換えを促進する方法も報告されている(特許文献6)。その他、遺伝子改変された動物の作成を目的として、リコンビナーゼを雄性生殖細胞中で発現させる方法(特許文献7)も提案されている。
【特許文献1】特開2005-312462号公報
【特許文献2】特開2005-198548号公報
【特許文献3】特開2004-166659号公報
【特許文献4】特開2003-284567号公報
【特許文献5】特開2003-169681号公報
【特許文献6】WO2004/011644号パンフレット
【特許文献7】特表2002-525084号公報
【非特許文献1】Kauppi et al. (2004) Nat Rev Genet 5: 413-24
【非特許文献2】Wu et al. (2003) Plant J 36: 720-30
【非特許文献3】Yamada et al. (2004) EMBO J 23: 1792-803
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
交配による作物の品種改良・有用形質の蓄積においては、多数の交配後代個体の中から、ゲノム中の特定の領域で減数分裂組換えを起こした個体を選抜することが必要である。減数分裂期組換えは、ホットスポットと呼ばれるゲノム中の特定領域で起こりやすいことが知られており、ホットスポット領域以外の領域で組換えが起きた個体を得るためには、極めて多数の交配後後代個体を扱う必要がある。簡便かつ様々な作物に適用できる方法により減数分裂期組換え位置を変更することができれば、作物育種の効率化に大きく貢献することが期待される。
【0006】
本発明に関連する従来法(特許文献1〜5、非特許文献3)では、クロマチン再編成因子またはヒストンアセチル化酵素に機能欠損を加えることで、クロマチン修飾状態の変更と組換え頻度の低下を誘導する。この方法の場合、標的細胞に対して直接遺伝子操作または阻害剤接触を行う必要があり、対象が単細胞生物(酵母)及び動物培養細胞等への適用に限られる。その他、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤等を標的細胞と接触させることでクロマチン修飾を変更し、体細胞相同組換えを促進する方法も公知であるが(特許文献6)、通常の状態で組換えが起こりやすい領域の体細胞組換え頻度を上昇させるが、組換えが起こりにくい領域に対して組換えを誘導するものではない。
【課題を解決するための手段】
【0007】
植物についても、クロマチン構造等の何等かのその他の特徴が組換え点の決定に寄与していることが予想された。そこで、植物種子をクロマチン修飾酵素阻害剤により処理し、生育させたところ、クロマチン修飾の変更された植物体が得られることが見出された。また、クロマチン修飾状態の維持に必要なDDM1(Decrease in DNA Methylation 1)遺伝子の発現がアンチセンス鎖の発現により抑制された系統と交配した植物体から得られた種子を生育させた場合にも、クロマチン修飾が変更された植物体が得られることが判明した。これらのクロマチン修飾が変更された植物体では、野生型系統では組換えが見られない領域での組換えが起こることが確認された。そこで本発明は、
(1)植物体の減数分裂期組換えの位置を変更させる方法であって、細胞核内のクロマチン修飾状態を変更する工程を含む方法;
(2)細胞核内のクロマチン修飾状態の変更が、植物体の種子を、クロマチン修飾酵素阻害剤を含む水溶液中で吸水させることにより行われる、(1)記載の方法;
(3)クロマチン修飾酵素阻害剤が、トリコスタチンAである、(2)記載の方法;
(4)細胞核内のクロマチン修飾状態を変更が、植物をクロマチン修飾状態の維持に必要な因子の機能欠損系統と交配して得られたF1種子を吸水させることにより行われる、(1) 記載の方法;
(5)クロマチン修飾状態の維持に必要な因子の機能欠損系統がDDM1遺伝子の発現が阻害された植物体である、(4)記載の方法;
(6)DDM1遺伝子の発現が抑制された植物体が、DDM1遺伝子に対するアンチセンス核酸を発現するベクターの導入により作成された植物体である、(5)記載の方法;
(7)減数分裂期組換えの位置が変更される植物体がイネである、(1)〜(6)いずれかに記載の方法;
(8)(a) 野生型植物体の種子を、クロマチン修飾酵素阻害剤を含む水溶液中で吸水させるか、または、野生型植物体をクロマチン修飾状態の維持に必要な因子の機能欠損系統と交配して得られたF1種子を吸水させ、F1種子を得る工程
(b) F1種子を播種し、F1植物を生育させる工程
(c) F1植物の葉よりDNAを精製し、クロマチン修飾の変更を確認する工程
(d) クロマチン修飾の変更が確認されたF1植物を自家受粉させる工程
(e) 自家受粉により得られた種子を播種し、F2植物を生育させる工程
(f) F2植物において、減数分裂期組換えの位置の変更を確認する工程
を含む、植物の育種方法;
(9)工程(a) において用いられるクロマチン修飾酵素阻害剤が、トリコスタチンAである、(8)記載の育種方法;
(10)工程(a) において用いられるクロマチン修飾状態の維持に必要な因子の機能欠損系統が、DDM1遺伝子の発現が阻害された植物体である、(8)記載の育種方法;
(11)DDM1遺伝子の発現が阻害された植物体が、DDM1遺伝子に対するアンチセンス核酸を発現するベクターの導入により作成された植物体である、(10)記載の方法;
(12)工程(c)におけるクロマチン修飾の変更を、DNAのメチル化状態の変更を指標として確認する、(8)記載の育種方法;
(13)DNAのメチル化状態の変更をサザンブロットにより行う、(12)記載の育種方法;
(14)工程(f)における、減数分裂期組換え位置の変更の確認を、遺伝子型を解析することにより確認する、(8)記載の育種方法;
(15)育種される植物体がイネである、(8)〜(14)のいずれかに記載の育種方法
を、提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明では、植物染色体のDNAメチル化を人為的に低下させることで、通常は減数分裂組換えが起きにくいセントロメア領域及びその近傍に減数分裂組換えを誘導することを可能にする。また、目的とする細胞に対する直接の遺伝子操作・阻害剤接触を行うことなく、クロマチン修飾の変更が固定された植物個体を得て、減数分裂期組換えの位置を変更することができる。この簡便に減数分裂期組換えの位置の変更を行うことができる本発明の方法は、様々な作物に適用できるという利点を有する。また、作物の品種改良・有用形質の蓄積において多大な効果を発揮するものであり、作物育種の効率化に役立つものである。
【0009】
[発明を実施するための形態]
本発明は、細胞核内のクロマチン修飾状態を変更することにより植物体の減数分裂期組換えの位置を変更させる方法に関する。より詳細には、クロマチン修飾状態は、生育させる前の植物体の種子を、クロマチン修飾酵素阻害剤を含む水溶液中で吸水させることにより変更することができる。イネ及びシロイヌナズナのような、セントロメア領域の反復塩基配列の情報が得られている植物体については、クロマチン状態変更の確認が容易であること、及びゲノム中の位置マーカーも充実しているため、減数分裂期組換え位置変更の確認が容易である。従って、本発明の方法は、イネ及びシロイヌナズナのような配列情報が得られている植物体に対しては容易に適用できるため、これらの植物体は本発明の方法を適用する対象植物として有利である。しかしながら、本発明の方法はイネ及びシロイヌナズナへの適用に限定される訳ではなく、種子を形成する種々の作物を含む植物体に対して応用することができる。本発明の方法は、そもそも作物の品種改良・有用形質の蓄積に資することを目的としていることから、品種改良の効果が大きな経済効果につながる可能性を持つ主要作物(ダイズ(双子葉)、トウモロコシ(単子葉)等)は、本発明の方法の適用が特に好ましい植物体として挙げることができる。
【0010】
本発明の生育させる前の植物体の種子を、クロマチン修飾酵素阻害剤を含む水溶液中で吸水させる工程において使用されるクロマチン修飾酵素阻害剤は、種子を接触処理することにより細胞核内のクロマチン構造を緩め、結果として、処理された種子から生育された植物体において減数分裂期組換えの位置を変更するものであれば、特に限定されない。例えば、本願明細書の実施例においても用いられている、処理によりDNA低メチル化が生じるかを調べる方法により、特定の化合物がクロマチン修飾酵素阻害剤として機能するか、また本発明の方法において使用可能であるかを検定することができる。例えば、トリコスタチンA(TSA)、酪酸ナトリウム、トラポキシン(trapoxin)、SAHA(suberoylanilide hydroxamic acid)等のヒストン脱アセチル化酵素を阻害する物質、5-アザシチジン及び5-アザ-2’-デオキシシチジン等のDNAメチル化の阻害剤、ヒストンメチルトランスフェラーゼの阻害剤等、クロマチン構造形成に係わる酵素を阻害する物質を、本発明において使用され得るクロマチン修飾酵素阻害剤の好適な例として挙げることができる。
【0011】
この方法において種子が吸水される溶液中のクロマチン修飾酵素阻害剤の濃度は、種子を接触処理することにより細胞核内のクロマチン構造を緩め、結果として、処理された種子から生育された植物体において減数分裂期組換えの位置が変更されるように設定すればよい。当業者であれば、例えば、本願明細書の実施例の方法に従い、植物体の種子を処理し、選択した植物体及びクロマチン修飾酵素阻害剤に適した濃度を決定することができる。例えば、本願明細書の実施例においても用いられている、処理によりDNA低メチル化が生じるかを調べる方法により、どのような濃度において、選択されたクロマチン修飾酵素阻害剤が機能するかを調べることができる。例えば、クロマチン修飾酵素阻害剤としてTSAを選択してイネを処理した場合、30μMではDNA低メチル化が観察されなかったが、100μMの濃度で明確なDNA低メチル化が観察された。また、生長阻害を指標としたTSAの影響解析結果からは、50μMから200μMまでの濃度で、一時的なイネの成長遅延が見られるものの、種子稔性(結実率)に大きな違いは観察されなかった。そこで、イネに対してTSAを用いる際には、30μMより高い濃度、例えば50〜200μMの濃度に設定することができる。当業者であれば、選択した阻害剤のの溶解度、細胞毒性等、及び処理する植物体の種類を勘案して、適宜濃度を設定することができる。
【0012】
阻害剤を含む種子を吸水する水溶液は、必要に応じ、適宜添加物を加えることができる。本発明の方法における阻害剤として用い得る5-アザ-2’-デオキシシチジンは、水に易溶性のため、吸水時に水以外の溶媒と必要としないが、例えば、阻害剤としてTSAを選択した場合、TSAの水に対する溶解度が低いので、一般に、エタノール、メタノール等の溶媒を用いて溶解してから吸水用の水に添加することが考えられる。例えば、本願実施例においては、TSAを含む吸水用の水は、1%エタノールを含んでいる。このように、選択した各阻害剤の性質に応じ、その吸水用の水における溶解性を確保するため、エタノール及びメタノールを始め、ジメチルスルホキシド等を含む様々な溶媒が必要とされる可能性が考えられる。本発明の方法は、このような溶媒を含む水溶液を用いた場合を包含し、当業者であれば選択した阻害剤の性質に応じ、適宜、適当な可溶化方法を選択することができる。
【0013】
本発明の別の態様においては、クロマチン修飾状態の変更されたF1植物体は、クロマチン修飾状態の維持に必要な因子の機能を欠損させた植物体系統と交配して得られた種子より得ることができる。この工程による本発明の方法は、クロマチン修飾を有するあらゆる種類の植物体に対して適用可能であると考えられる。特に適した植物種としては、クロマチン修飾状態の維持に必要な因子が同定されており、また安定な形質転換技術が確立されているものが考えられ、例えば、単子葉植物のイネ、双子葉植物のタバコ等の作物を挙げることができる。
【0014】
この方法において、F1種子を得るための交配に用いる植物体系統において機能欠損される「クロマチン修飾状態の維持に必要な因子」は特に限定されるものでなく、例えば、DNAのメチル化に関与するDDM1遺伝子が挙げられる。DDM1遺伝子は、SWI2/SNF2様クロマチン再編成因子をコードする遺伝子である(Jeddeloh et al., Nat Genet (1999) 22: 94-7)。シロイヌナズナのDDM1遺伝子は、Locus ID = AT5G66750、cDNAアクセション番号 = AY333120としてGenBankに登録されており、クロマチン再編成因子としての活性を有することが報告されている(Brzeski&Jerzmanowski (2003) J Biol Chem 278: 823-8)。また、イネのDDM1遺伝子は、Locus ID = Os09g0442700 (LOC_Os09g27060)、cDNA アクセション番号 = AB177378としてGenBankに登録されており、実施例において使用されたアンチセンス機能欠損系統の作製には、EST配列 アクセション番号 = AU166638が使用された。イネにはさらに、DDM1遺伝子に類似したDDM1類似遺伝子(OsDDM1b:Locus ID = Os03g0722400 (LOC_Os03g51230), cDNA アクセション番号 = AB177379)の存在も知られている。DDM1遺伝子以外では、例えば、シロイヌナズナDNAメチルトランスフェラーゼ1遺伝子(CG配列のDNAメチル化を行う酵素、MET1: Locus ID = AT5G49160, cDNA アクセション番号 = NM_124293)、イネDNAメチルトランスフェラーゼ1様遺伝子(OsMET1:Locus ID = Os07g0182900 (LOC_Os07g08500), cDNA アクセション番号 = NM_001065587)等も、本発明における「クロマチン修飾状態の維持に必要な因子」として挙げられる。
【0015】
ここで、機能欠損とは、細胞内における当該因子の発現または活性が阻害されている状態を指す。阻害とは、完全に阻止された状態だけでなく、正常なレベルと比べ抑制された状態をも包含する。因子の細胞内発現または活性の阻害は、例えば、当該因子をコードする遺伝子が削除されているか、または当該遺伝子の発現制御領域に改変が加えられていることにより、当該因子が発現されない状態により起こる。また、当該遺伝子が改変されていることにより、改変された遺伝子から転写・翻訳される因子が、正常な因子の活性を発現しない場合、または正常な因子の活性と比べて低い活性しか示さない場合にも起こり得る。ここでいう改変には、塩基対の削除、挿入及び置換が含まれる。このような遺伝子や発現制御領域の削除及び改変は、天然において自然に生じる場合もあり、本願発明の「クロマチン修飾状態の維持に必要な因子の機能欠損系統」としては、このような天然において生じた系統が包含される。また、遺伝子や発現制御領域の削除及び改変は、公知の遺伝子組換え技術により行うことができ、例えば、公知の相同組換えを利用した方法により達成され得る。さらに、クロマチン修飾状態の維持に必要な因子の細胞内発現の阻害は、公知のアンチセンス核酸、リボザイム、二本鎖RNA(small interfering RNA; siRNA)等を利用して、当該因子をコードする遺伝子の転写及び転写されたmRNAの翻訳を阻害する方法によっても行い得る。本発明では、このような遺伝子工学の技術により作製された「クロマチン修飾状態の維持に必要な因子の機能欠損系統」を利用しても良い。
【0016】
シロイヌナズナの様々な遺伝子の機能欠損系統は、米国SALK Instituteにおいて作成されたT-DNA挿入系統を含め、The Arabidopsis Information Resource(http://www.arabidopsis.org/)より入手可能である。具体的には、例えば、シロイヌナズナDDM1遺伝子の機能欠損系統として、アクセション番号 = SALK_093009.30.45.x及びSALK_024844.38.95.x等が入手可能である。さらに、シロイヌナズナMET1遺伝子の機能欠損系統としては、アクセション番号 =SALK_001952.23.60.x等が入手可能である。また、イネの様々な機能欠損系統は、農業生物資源研究所(http://www.rgrc.dna.affrc.go.jp/)他の種々の機関からの入手が可能である。これらの一括した情報については、RAP-DB(http://rapdb.lab.nig.ac.jp/index.html)参照。具体的には、イネDDM1遺伝子の機能欠損系統は、例えば、韓国Plant Functional Genomics Laboratory(http://an6.postech.ac.kr/pfg/index.php)から、アクセション番号 = A29302として入手可能である。その他、イネMET1様遺伝子の機能欠損系統としては、同様にアクセション番号 = B03818として入手可能である。
【0017】
本明細書中、アンチセンス核酸とは、標的となる因子をコードする遺伝子またはその転写産物に対してハイブリダイズすることにより、該遺伝子の発現を阻害する核酸構築物を指す。アンチセンス核酸が、遺伝子発現を抑制する機構としては次のようなものが挙げられる(平島及び井上『新生化学実験講座2 核酸IV 遺伝子の複製と発現』日本生化学会編、東京化学同人、319-47頁(1993)):
(1)三重鎖形成による転写開始阻害;
(2)RNAポリメラーゼにより形成される局所的開状ループ構造部位とのハイブリッド形成による転写抑制;
(3)合成中RNAとのハイブリッド形成による転写阻害;
(4)イントロン-エキソン接合点におけるハイブリッド形成によるスプライシング抑制;
(5)スプライソソーム形成部位とのハイブリッド形成によるスプライシング抑制;
(6)mRNAとのハイブリッド形成による、mRNAの細胞質への移行抑制;
(7)キャッピング部位またはポリA付加部位とのハイブリッド形成によるプロセシング抑制;
(8)翻訳開始因子結合部位とのハイブリッド形成による翻訳開始抑制;
(9)リボソーム結合部位とのハイブリッド形成による翻訳抑制;
(10)mRNA翻訳領域またはポリソーム結合部位とのハイブリッド形成によるポリペプチド鎖の伸長抑制;
(11)核酸とタンパク質の相互作用部位とのハイブリッド形成による遺伝子発現抑制;及び
(12)アンチセンス核酸と標的RNAとのハイブリダイズにより形成された二本鎖核酸の分解により生じるsiRNAのRNAiによる標的RNAの分解誘導。
本発明においては、上記どのような機構により標的とする遺伝子の発現を抑制するものであっても良く、発現阻害の標的となる遺伝子の翻訳領域に対してアンチセンスである配列を含むものだけでなく、その非翻訳領域に対してアンチセンスである配列を含むものであってもよい。アンチセンス核酸に含まれるこのような標的に対してアンチセンスな配列は、標的に対して完全に相補的である必要はなく、標的にハイブリダイズでき、その発現を効果的に阻害するものであればよい。また、標的以外の遺伝子配列とは相補性が低いものであることが望ましい。さらに、必要に応じ、標的に対してアンチセンスな配列に、その細胞内での安定性を増すために必要とされる配列等を付加しても良い。好ましくは、本発明におけるアンチセンス核酸に含まれる標的に対してアンチセンスな配列は、発現抑制の標的となる遺伝子の転写産物の相補鎖に対して70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上同一である(例えば、95%以上)。このようなアンチセンス核酸は、少なくとも15bp以上の長さを有し、好ましくは、18bp、20bp、25bp、30bp、50bp、75bp、100bp、200bp、300bp、または500bp以上の長さを有するものであり、通常、3000bp、または2000bp以内、より好ましくは1000bp以内の長さを有するものである。当業者であれば、標的とする遺伝子の核酸配列情報を元に、上述のような公知技術に基づき使用できるアンチセンス核酸を、適宜設計し、その効果につき試験することができる。
【0018】
本発明において、アンチセンス核酸は、例えば、アンチセンス核酸をコードするDNAを発現可能に担持したベクターの形で、遺伝子発現の制御を目的とする細胞に対して導入することができる。即ち、アンチセンス核酸をコードするポリヌクレオチドを、ベクターを導入する細胞での発現に適した、プロモーター等を含む遺伝子発現制御配列に連結した状態で含むベクターを用意し、標的細胞にベクターを導入することにより、アンチセンス核酸を細胞内で発現させ得る。アンチセンス核酸をコードするポリヌクレオチドは、発現抑制の標的となる遺伝子の配列情報を元に、ホスホロチオネート法(Stein, Nucleic Acids Res (1988) 16: 3209-21)等の公知の手法により、容易に作製することもできる。ベクターとしては、植物形質転換用ベクターであればほとんどのものが利用可能であり、アンチセンスRNA発現用プロモーターは、組織特異性が低く、恒常的発現特性をもつ強力なプロモーター(カリフラワーモザイクウィルス35Sプロモーター(主に双子葉植物)、トウモロコシユビキチンプロモーター(主に単子葉植物)等)が好ましい。より具体的には、イネへのアンチセンス鎖の導入は、例えばアンチセンス鎖発現用T-DNAを用いて、Toki S, Hara N, Ono K, Onodera H, Tagiri A, Oka S, Tanaka H (2006) Early infection of scutellum tissue with Agrobacterium allows high-speed transformation of rice. The Plant Journal 47(6): 969-76 の方法に従って行うことができる。
【0019】
本明細書においてリボザイムとは、RNAを構成成分とする触媒の総称であり、大まかにラージリボザイム(large ribozyme)及びスモールリボザイム(small ribozyme)に分類される。前者は、核酸のリン酸エステル結合を切断する反応を触媒し、反応後には、5’-リン酸及び3’-ヒドロキシル基が反応部位に残る。また、さらに(1)グアノシンによる5’-スプライス部位でのトランスエステル化反応を行うグループIイントロンRNA;(2)自己スプライシングをラリアット構造経由二段階反応で行うグループIIイントロンRNA;及び(3)加水分解反応によるtRNA前駆体を5’側で切断するリボヌクレアーゼPのRNA成分に分類される。一方、後者のスモールリボザイムは、より小さな構造単位(約40bp前後)の、RNA切断により5’-ヒドロキシル基と2’-3’環状リン酸を生じさせる酵素である。スモールリボザイムには、ハンマーヘッド型(Koizumi et al., FEBS Lett (1988) 228: 225)、ヘアピン型(Buzayan, Nature (1986) 323: 349; Kikuchi&Sasaki, Nucleic Acids Res (1992) 19: 6751; 菊池洋「化学と生物」(1992)30: 112)等のリボザイムも含まれる。リボザイムは容易に改変及び合成することができ、多くの方法が報告されている。例えば、リボザイムの基質結合部を標的部位の近くのRNA配列と相補的となるように設計することにより、標的RNA中の塩基配列UC、UUまたはUAを認識して切断するハンマーヘッド型リボザイムの作製方法が公知である(Koizumi et al., FEBS Lett (1988) 228: 225; 小泉誠&大塚栄子「蛋白質核酸酵素」(1990) 35: 2191; Koizumi et al., Nucleic Acids Res (1989) 17: 7059)。ヘアピン型リボザイムについても、例えば、Kikuchi&Sasaki, Nucleic Acids Res (1992) 19: 6751、菊池洋「化学と生物」(1992)30: 112を参照することができる。
【0020】
1998年に線虫においてRNA同士が邪魔しあうことにより働きを失う現象が観察され(Fire et al., Nature (1998) 391: 806-11)、RNA干渉と呼ばれているが、現在では多くの遺伝子の発現を抑制するための機構として利用されている。RNA干渉とは、二本鎖のRNA(small interfering RNA; siRNA)を細胞に導入することにより、同じ塩基配列を有するRNAが分解される現象である。本発明において利用し得るsiRNAは、標的とする遺伝子の翻訳を阻害するものであれば良く、アンチセンス核酸の場合と同様に、標的遺伝子の配列と完全に相補的である必要はなく、その配列は特に限定されない。通常、siRNAは、標的となるmRNAの配列に対するセンス鎖とアンチセンス鎖がハイブリッド形成した構造を有する。ここで、センス鎖とアンチセンス鎖はそれぞれ別のポリヌクレオチド鎖上に存在していても、センス鎖とアンチセンス鎖を連結する介在配列を有する一本のポリヌクレオチド鎖上に存在していてもよい。後者においても、センス鎖とアンチセンス鎖はハイブダイズし、介在配列部分はループを形成することとなる。センス鎖とアンチセンス鎖は、その遺伝子発現を阻害する活性が失われない程度に、細胞内での安定性等を勘案して、標的配列とは異なる、及び/またはハイブリッド形成しないヌクレオチド部分を含んでいても良い。例えば、siRNAの阻害活性を増大させるために、アンチセンス鎖の3’末端にウリジン(U)を付加する方法が知られている。付加されるUの個数は特に限定されておらず、アンチセンス鎖の3’側に一本鎖を形成するように、少なくとも2個、好ましくは2〜10個、より好ましくは2〜5個のUが付加される。センス鎖とアンチセンス鎖中に含まれる標的となるmRNAとハイブリッド形成する部分の長さは、15個以上、好ましくは18個以上、より好ましくは25個以上の塩基対からなり、一般には500個以下、好ましくは200個以下、より好ましくは100個以下(例えば、75個、50個、40個、30個以下)の塩基対からなる。また、しRNAに、センス鎖とアンチセンス鎖を介在配列により連結させた一本鎖ポリヌクレオチドの構造を取らせる場合には、介在配列は、3個以上のポリヌクレオチドからなるものであることが好ましく、また、一般には30個以下、好ましく25個以下、例えば、24、23、22、21または20個以下のポリヌクレオチドである。siRNAの塩基配列は、例えば、Ambion website(http://www.ambion.com/techlib/misc/siRNA_finder.html)のコンピュータープログラムを用いて設計することができる。また、機能的なsiRNAをスクリーニングするためのキットも市販されている(BD Knockout RNAi System (BD Biosciences Clontech)等)。
【0021】
標的遺伝子の発現を阻害するため、siRNAを細胞に導入する方法は公知であり、例えば、siRNAは直接細胞へ導入することもできるし、siRNAを発現するベクターを構築し、細胞を該ベクターで形質転換し、細胞内でsiRNAを産生させるようにしても良い。ベクターを用いる場合、一本鎖のポリヌクレオチドにより構成されるsiRNAであれば、該ポリヌクレオチドを転写産物としてコードする塩基配列を、標的とする細胞での発現に適した制御配列下に連結すれば良い。また、センス鎖とアンチセンス鎖が異なるポリヌクレオチド鎖上に存在するsiRNAについては、センス鎖及びアンチセンス鎖それぞれを転写産物としてコードする2種類の塩基配列を、それぞれ別のベクター中の制御配列下に連結しても良いし、1個のベクター上で、2個の制御配列を用いて発現されるように構成してもよい。トランスフェクションにより持続的にsiRNAを産生するプラスミド発現ベクターも市販されている(RNAi-Ready pSIREN Vector、RNAi-Ready pSIREN-RetroQ Vector (BD Biosciences Clontech))。
【0022】
本発明はさらに、減数分裂期組換えの位置の変更された植物を育種するための方法に関するものである。具体的には、上述した、減数分裂期組換えの位置の変更させる方法に従って得られた種子を播種し、生育させた植物のDNAを精製し、クロマチン修飾の変更を確認し、クロマチン修飾の変更が確認された植物をさらに自家受粉させ、種子を得る工程が含まれる。さらに、自家受粉により得られた種子を播種し、生育し、減数分裂期組換え位置の変更を確認することができる。例えばイネの場合、次のようにして播種、生育を行うことができる。籾を取り除いたイネ種子を、70%エタノール中で1分間、続いて2.5%次亜塩素酸ナトリウム溶液中で20分間穏やかに攪拌し、種子表面の滅菌を行う。その後、種子を滅菌蒸留水で3回以上すすぎ、吸水用の滅菌蒸留水に浸し、30度で24時間静置する。クロマチン修飾酵素の阻害剤処理の場合には、吸水用滅菌蒸留水に適当濃度の阻害剤を添加する。吸水後、種子を滅菌蒸留水で3回以上すすぎ、MS 培地(Murashige T, Skoog F (1962) A revised medium for rapid growth and bio assays with tobacco tissue cultures. Physiol Plant 15: 473-97)/0.2%ゲランガム上に置き、25度から30度の温室またはグロースチャンバー内で発芽・生育させる。1週間から2週間後に幼苗を培養土に移し、25度から30度の温室内で生育させる。一方、クロマチン修飾状態の維持に必要な因子の機能欠損系統との交配によって得られたF1系統の場合には、籾付きのイネ種子を30度で24時間吸水させ、その後、直接培養土に移して生育させても良い。
【0023】
本発明の育種方法において、クロマチン修飾の変更を確認するために用いられるDNAを入手するための材料は、特に限定されておらず、例えば、植物体の根、根毛、葉、茎等を利用することができる。特に葉は、その処理の簡便性から好適である。DNAの精製は、CTAB法(Murray MG, Thompson WF (1980) Rapid isolation of high molecular weight plant DNA. Nucleic Acids Res 8: 4321-5)により行うか、または、市販のDNA抽出キット(ニッポンジーン社、ISOPLANTII等)を用いて行っても良い。
【0024】
クロマチン修飾の変更は、例えば、DNAのメチル化状態における変化を調べることにより確認することができる。例えば、本願明細書の実施例において記載されるように、サザンブロットを利用した方法によりDNAのメチル化状態の変化を検出することができる。具体的には、例えば、上述の方法により抽出したDNAを制限酵素HpaIIまたはHhaIで消化し、イネのセントロメア反復配列(RCS2: Dong F, Miller JT, Jackson SA, Wang GL, Ronald PC, Jiang J (1998) Rice (Oryza sativa) centromeric regions consist of complex DNA. Proc Natl Acad Sci USA 95: 8135-40)をプローブとしたサザンブロット法(Sambrook J, Russell DW (2001) Molecular Cloning, a Laboratory Manual. Third edition. Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, NY, USA)を行う。その他のクロマチン修飾の変更を調べる方法としては、亜硫酸水素ゲノム塩基配列決定法(Paulin R, Grigg GW, Davey MW, Piper AA (1998) Urea improves efficiency of bisulphate-mediated sequencing of 5’-methylcytosine in genomic DNA. Nucleic Acid Res 26: 5009-10)、クロマチン免疫沈降法、免疫染色法等を挙げることができる(Bowler C, Benvenuto G, Laflamme P, Molino D, Probst AV, Tariq M, Paszkowski J (2004) Chromatin techniques for plant cells. Plant J 39: 776-89)。
【0025】
最終的な減数分裂期組換え位置の変更の確認は、例えば、得られた植物体の遺伝子型を解析することにより確認することができる。具体的には、例えば、クロマチン修飾の変更が確認されたF1植物から自家受粉によって得られたF2種子(190個前後、または、それ以上)を播種し、生育させた個々のF2植物からDNAを抽出する。DNAの抽出にあたっては、上述したDNAの抽出方法を採用し得る。得られたDNAを鋳型として、染色体上の特定位置の遺伝子型を、位置マーカーを用いたPCR法(McCouch SR, Teytelman L, Xu Y, Lobos KB, Clare K, Walton M, Fu B, Maghirang R, Li Z, Xing Y, Zhang Q, Kono I, Yano M, Fjellstrom R, DeClerck G, Schneider D, Cartinhour S, Ware D, Stein L (2002) Development and Mapping of 2240 New SSR Markers for Rice (Oryza sativa L.) DNA Research 9, 199-207)により解析する。同様の解析を染色体上で隣接した複数の位置マーカーに関して行う。このようにした得られた複数の遺伝子型のパターンを、交配に用いた親系統の遺伝子型パターンと比較し、パターンの変化(減数分裂期組換えによる遺伝子型の変化)がおきている位置を同定すれば、減数分裂期組換え位置が、親系統から変化したかどうかを知ることが出来る。
【実施例】
【0026】
以下、試験例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこの試験例により如何なる意味でも限定されるものではない。
1.方法
イネ日本晴(NB)系統とカサラス(KS)系統との交配によって得られたF1種子の籾を取り除き、70%エタノール中で1分間、続いて2.5%次亜塩素酸ナトリウム溶液中で20分間穏やかに攪拌して、種子表面を滅菌した。続いて、0μMまたは100μMTSAの水溶液中で30度24時間吸水させた。または、イネDDM1遺伝子cDNAの一部(アクセション番号 = AU166638)のアンチセンスRNAの発現により、セントロメア領域反復配列のDNA低メチル化を誘導したNB系統(角谷ら、投稿中)を交配に用いたF1種子を、TSAを含まない水中で同様に吸水させた。その後、種子を滅菌蒸留水で3回以上すすぎ、MS 培地(Murashige T, Skoog F (1962) A revised medium for rapid growth and bio assays with tobacco tissue cultures. Physiol Plant 15: 473-97)/0.2%ゲランガム上に置き、25度から30度の温室またはグロースチャンバー内で発芽・生育させた。1週間から2週間後に幼苗を培養土に移し、25度から30度の温室内で生育させた。播種後2ヶ月頃のF1植物体の葉からCTAB法によりDNAを抽出した。続いて、抽出したDNAを制限酵素HpaIIまたはHhaIで消化し、イネのセントロメア反復配列(RCS2: Dong F, Miller JT, Jackson SA, Wang GL, Ronald PC, Jiang J (1998) Rice (Oryza sativa) centromeric regions consist of complex DNA. Proc Natl Acad Sci USA 95: 8135-40)をプローブとしたサザンブロット法(Sambrook J, Russell DW (2001) Molecular Cloning, a Laboratory Manual. Third edition. Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, NY, USA)を行いセントロメア領域反復配列のDNA低メチル化を確認した。DNA低メチル化が確認されたF1植物体を自家受粉させ、F2種子を得た。TSA処理系統、未処理系統(0μMTSA処理系統)、DDM1遺伝子機能欠損系統のF2種子(それぞれ190個)を播種、生育させ、播種後3週間目のF2植物体の葉からCTAB法によりDNAを抽出した。これらのDNAを鋳型として、複数の位置マーカーを用いて遺伝子型の解析を行った。遺伝子型解析は、第3染色体の全域と、第11染色体のセントロメア領域を解析対象とした。遺伝子型解析に使用したマーカー名とプライマーの塩基配列を表1及び2に示す。
【表1】

【表2】

【0027】
2.結果
(2-1)イネ種子のTSA処理及びDDM1遺伝子機能の阻害によるセントロメア領域のDNA脱メチル化の誘導
セントロメアとその近傍はメチル化DNA及びメチル化H3K9に富み、不活性なクロマチン構造を形成していることが知られている。トリコスタチンA(TSA)処理したイネF1(日本晴(NB)×カサラス(KS))、及びイネDDM1遺伝子のアンチセンス発現NB系統とKSとの交配F1系統の葉からDNAを抽出し、DNAメチル化感受性制限酵素を用いてセントロメア領域のサザン解析を行った結果、いずれの場合にも野生型系統と比較して、セントロメア領域のDNAメチル化が低下していることが示された。TSA処理に関しては、30μMではDNA低メチル化は観察されなかったが、100μMで明確なDNA低メチル化が観察された。以上の結果から、イネ種子のTSA処理によるヒストン脱アセチル化酵素の一過的阻害が、セントロメア領域におけるDNAメチル化の低下を誘導すること、さらに発芽後の細胞分裂を通して低メチル化状態が維持されることが示された。(図2)
【0028】
(2-2)TSA処理及びDDM1遺伝子機能欠損が分離ひずみに及ぼす影響
第3染色体全域をカバーする位置マーカーを用いて、自殖F2集団におけるNBとKSそれぞれの遺伝子型の分離を解析した。野生型無処理のF2(NB×KS)では、第3染色体の62cM付近と160cM付近に分離ひずみが見られることが報告されている(Harushima et al. (1996) Theor Appl Genet 92: 145-50)。TSA処理系統及びDDM1遺伝子アンチセンス系統のいずれにおいても、62cM付近の分離ひずみに影響は見られなかったが、160cM付近の分離ひずみは消失した。さらにアンチセンスDDM1系統では、セントロメア領域の長腕側に強い分離ひずみが新たに観察された。このひずみ領域では、ヘテロ接合体の出現頻度が著しく上昇しており、雌雄いずれかの配偶体系性異常では説明できない、極めて特徴的な現象がおきていることが示された。(図3)
【0029】
(2-3)TSA処理及びDDM1遺伝子機能欠損が第3染色体全域の減数分裂期組換えに及ぼす影響
第3染色体全域をカバーする位置マーカーを用いて、TSA処理系統及びDDM1遺伝子アンチセンス系統の減数分裂期組換え価を解析した結果を図4に示す。図4中、縦軸は、野生型無処理系統における組換え価を1とした場合のTSA処理系統及びDDM1遺伝子アンチセンス系統における、染色体位置マーカー間の相対的な組換え価を示す。幾つかの領域で組換え価の有意な上昇・低下が見られたが、第3染色体全域としての組換え価の上昇・低下は観察されなかった。(図4)
【0030】
(2-4)TSA処理及びDDM1遺伝子機能欠損がセントロメア領域の減数分裂期組換えに及ぼす影響
TSA処理及びDDM1遺伝子機能欠損が、第3染色体セントロメア領域の減数分裂期組換え位置に及ぼす影響を解析した結果を図5Aに示す。TSA処理系統、DDM1遺伝子アンチセンス系統のいずれにおいても。野生型無処理系統では組換えが見られない領域での組換えが観察された。DDM1遺伝子アンチセンス系統で観察されたセントロメア付近の組換え価上昇(上記(2-3)及び図4参照)は、主にセントロメアのギャップ領域に隣接する領域で起こっていた。
同様に、第11染色体に関してもセントロメア付近の組換え位置を調べた(図5B)。その結果、TSA処理系統及びDDM1遺伝子アンチセンス系統の両方において、セントロメアから離れた位置に向かって組換え頻度が上昇する傾向が見られ、ここでも野生型無処理系統では組換えが見られない領域での組換えが観察された。
以上の結果から、TSA処理及びDDM1遺伝子機能欠損によって、イネセントロメア付近の組換え位置を変更し、野生型無処理系統では組換えが見られない領域に組換えを誘導できることが示された。また、第3染色体セントロメア付近においては、過去の解析で組換えが全く観察されていない領域(recombination suppressed region、Harushima et al. (1998) Genetics 148: 479-94)且つセントロメア特異的ヒストンH3結合領域(Yan et al. (2006) Plant Cell 18: 2123-33)の内部でも、野生型無処理系統で組換えが観察されている(図5A、D7722〜D5711間)。本解析では、DDM1遺伝子アンチセンス系統として遺伝子組換え体を利用しているため、野生型無処理系統を含む全ての系統を温室内で生育・自殖させている。従って、上記結果は、環境要因によってセントロメア付近のクロマチン状態が変動する可能性を示すものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明により、植物体の減数分裂期組換えの位置を変更させる方法が提供された。これにより、通常は減数分裂組換えが起きにくいセントロメア領域及びその近傍に減数分裂組換えを誘導することが可能となった。本発明の方法は、ゲノム中の減数分裂期組換えの起こりやすい特定領域(ホットスポット)以外の領域で組換えが起きた個体を簡便に得ることを可能とするものであり、作物育種の効率化に大きく貢献することが期待される。
特に、遺伝子組換え技術を用いずに減数分裂期組換え位置を変更することを可能とする、クロマチン修飾酵素阻害剤を用いた手法は、遺伝子組換え技術が適用できない植物を含め、あらゆる作物に利用できると考えられ、幅広い応用が期待される。また、この手法により得られた植物体は、遺伝子組換え体に対する規制も受けないという利点がある。
他方、クロマチン修飾状態の維持に必要な因子の機能欠損系統との交配を含む手法は、後代において機能欠損の原因となる変異等を分離・除去できる点で有利である。また、特定遺伝子のクロマチン修飾変更の固定により、特定の機能が変更・固定された植物体を選抜し、減数分裂期組換え以外の機能が改変された(エピアリール系統)を得ることにも利用できる。クロマチン修飾の変更・固定は、遠縁間交配の後代で見られる、遺伝子伝達率の偏り(分離ひずみ)にも影響するため、交配育種における有用形質分離に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】ゲノムDNAへのヒストン修飾・DNAメチル化へのトリコスタチンA(TSA)及びDDM1の関与を示す図である。
【図2】TSA処理したイネF1(日本晴(NB)×カサラス(KS))及びイネDDM1遺伝子のアンチセンス発現NB系統とKSとの交配F1系統の葉からDNAを抽出し、DNAメチル化感受性制限酵素を用いてセントロメア領域のサザン解析を行った結果を示す図である。
【図3】第3染色体全域をカバーする位置マーカーを用いて、自殖F2集団におけるNB及びKSそれぞれの遺伝子型の分離を解析した結果を示す図である。
【図4】第3染色体全域をカバーする位置マーカーを用いて、TSA処理系統及びDDM1遺伝子アンチセンス発現系統の減数分裂期組換え価を解析した結果を示す図である。
【図5】TSA処理及びDDM1遺伝子機能欠損が、第3染色体(図5A)及び第11染色体(図5B)セントロメア領域の減数分裂期組換え位置に及ぼす影響を解析した結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物体の減数分裂期組換えの位置を変更させる方法であって、細胞核内のクロマチン修飾状態を変更する工程を含む方法。
【請求項2】
細胞核内のクロマチン修飾状態の変更が、植物体の種子を、クロマチン修飾酵素阻害剤を含む水溶液中で吸水させることにより行われる、請求項1記載の方法。
【請求項3】
クロマチン修飾酵素阻害剤が、トリコスタチンAである、請求項2記載の方法。
【請求項4】
細胞核内のクロマチン修飾状態の変更が、植物をクロマチン修飾状態の維持に必要な因子の機能欠損系統と交配して得られたF1種子を吸水させることにより行われる、請求項1記載の方法。
【請求項5】
クロマチン修飾状態の維持に必要な因子の機能欠損系統がDDM1遺伝子の発現が阻害された植物体である、請求項4記載の方法。
【請求項6】
DDM1遺伝子の発現が阻害された植物体が、DDM1遺伝子に対するアンチセンス核酸を発現するベクターの導入により作成された植物体である、請求項5記載の方法。
【請求項7】
減数分裂期組換えの位置が変更される植物体がイネである、請求項1〜6いずれか一項記載の方法。
【請求項8】
(1) 野生型植物体の種子を、クロマチン修飾酵素阻害剤を含む水溶液中で吸水させるか、または、野生型植物体をクロマチン修飾状態の維持に必要な因子の機能欠損系統と交配して得られたF1種子を吸水させ、F1種子を得る工程
(2) F1種子を播種し、F1植物を生育させる工程
(3) F1植物の葉よりDNAを精製し、クロマチン修飾の変更を確認する工程
(4) クロマチン修飾の変更が確認されたF1植物を自家受粉させる工程
(5) 自家受粉により得られた種子を播種し、F2植物を生育させる工程
(6) F2植物において、減数分裂期組換えの位置の変更を確認する工程
を含む、植物の育種方法。
【請求項9】
工程(1) において用いられるクロマチン修飾酵素阻害剤が、トリコスタチンAである、請求項8記載の育種方法。
【請求項10】
工程(1) において用いられるクロマチン修飾状態の維持に必要な因子の機能欠損系統が、DDM1遺伝子の発現が阻害された植物体である、請求項8記載の育種方法。
【請求項11】
DDM1遺伝子の発現が阻害された植物体が、DDM1遺伝子に対するアンチセンス核酸を発現するベクターの導入により作成された植物体である、請求項10記載の方法。
【請求項12】
工程(3)におけるクロマチン修飾の変更を、DNAのメチル化状態の変更を指標として確認する、請求項8記載の育種方法。
【請求項13】
DNAのメチル化状態の変更をサザンブロットにより行う、請求項12記載の育種方法。
【請求項14】
工程(6)における、減数分裂期組換え位置の変更の確認を、遺伝子型を解析することにより確認する、請求項8記載の育種方法。
【請求項15】
育種される植物体がイネである、請求項8〜14のいずれか一項記載の育種方法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−50162(P2009−50162A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−216916(P2007−216916)
【出願日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)
【Fターム(参考)】