説明

植物の発酵産物を培地に用いるバイオサーファクタントの生産方法

【課題】未利用資源である酒類の生成工程において副生する酒類を除く組成物を有効利用し、微生物由来の高機能界面活性物質(バイオサーファクタント)の効率的生産方法の提供を目的とする。
【解決手段】酒類の生成工程において副生する酒類を除く組成物を含む培地を用いることで、従来の生産培地を用いた場合より、低コスト、短時間、かつ効率的にバイオサーファクタントを発酵生産するとともに、未利用資源であった酒類の生成工程において副生する酒類を除く組成物を有効利用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酒類の製造工程において得られる植物を発酵させた発酵産物を培地に用いるバイオサーファクタントおよび/またはバイオサーファクタント以外の高機能代謝産物の生産方法に関する。
本発明において、バイオサーファクタントは微生物由来の高機能界面活性物質を意味している。
【背景技術】
【0002】
一般的に、糖脂質は、脂質に1〜10数個の単糖が結合した物質であることが知られている。また、生体内において細胞間の情報伝達に関与しているため、神経系・免疫系の機能維持にも重要な役割を果たしていること等が明らかにされつつある。その上、この糖脂質は、糖の性質に由来する親水性と脂質の性質に由来する親油性の二つの性質を合わせ持つ両親媒性物質であるため、界面活性物質と呼ばれている。
【0003】
また、一部の微生物によって効率良く生産されるバイオサーファクタントは、生分解性が高く、また低毒性で環境に優しい新規な生理機能を持つといわれている。そのため、食品工業、化粧品工業、医薬品工業、化学工業、環境分野等にバイオサーファクタントを幅広く適用することは、持続可能社会の実現と高機能製品の提供という、両面を兼ね備えており極めて有意義である。
【0004】
このバイオサーファクタントは、糖脂質系、アシルペプチド系、リン脂質系、脂肪酸系および高分子化合物系の5つに分類されている。また、特に糖脂質系のバイオサーファクタントについては最もよく研究されており、細菌および酵母によって生産された多くの種類の物質が報告されている。
【0005】
ラムノリピッド(Rhamnolipid;以下、RLと省略する。)は、結核菌の抗生物質としてシュードモナス アエルジノーサ(Pseudomonas aeruginosa)(緑膿菌)の培養液から最初に発見されている(非特許文献1参照)。
また、これまでにシュードモナス(Pseudomonas)属の細菌から4種類の同族体が報告されており、当初は数g/L程度の生産量であったが、現在では100g/L以上の生産を可能にしている(非特許文献2参照)。
【0006】
トレハロースリピッド(Trehalose lipid;以下、TLと省略する。)は、コリネバクテリウム(Corynebacterium)等の細胞表層物質として発見された。また、類似の物質が、マイコバクテリウム(Mycobacterium)、ノカルディア(Nocardia)、ロドコッカス(Rodococcus)属細菌からも報告されている(非特許文献3参照)。
一般的に、細胞壁に結合しているために生産量は低いが、ロドコッカス エリスロポリス(Rodococcus erythropolis)を窒素制限下で培養を行うとサクシノイルトレハロースリピッドを32g/L生産することが報告されている(非特許文献4参照)。
【0007】
ソホロースリピッド(Sophorose lipids;「ソホロリピッド」とも言われる;以下、SLと省略する。)は、P.A.Gorinらによってスターメレラ(キャンディダ)・ボンビコーラ(StarmerellaCandidabombicola)の培養液から発見されている(非特許文献5参照)。
その後、その他の酵母菌、例えば、キャンディダ・ボゴリエンシス(Candida bogoriensis)、キャンディダ・マグノリエ(Candida magnoliae)、キャンディダ・グロペンギッセリ(Candida gropengisseri)、キャンディダ・アピコーラ(Candida apicola)によっても、その培養液中に比較的多量に生産されることが報告されている(非特許文献6参照)。
さらに、現在では、300g/L以上の生産を可能にしている(非特許文献7、8参照)。
【0008】
セロビオースリピッド(Cellobiose lipid;以下、CLと省略する。)は、ウスチラジン酸(ustilagic acid)、フロキュロシン(flocculosin)とも呼ばれる抗微生物活性の高い糖脂質である。
また、CLはウスチラゴ マイディス(Ustilago maydis)により15g/L(非特許文献9、10および11参照)以上生産されるほか、クリプトコッカス・フミコーラ(Cryptococcus humicola)(非特許文献12参照)、シュードザイマ・フロキュローサ(Pseudozyma flocculosa)(非特許文献13参照)、シュードザイマ・フジフォルメータ(Pseudozyma fusiformata)(非特許文献14参照)などからも生産されることが報告されている。
さらに、Tsukamurella(ツカムレラ)属の酵母により30g/L生産される(非特許文献15参照)オリゴ糖リピッドについても報告例がある。
【0009】
上述した糖脂質系バイオサーファクタントの中のソホロースリピッド(SL)は、比較的安価な原料から高い生産量を得ることができる。そのため、現在商業利用されている代表的なバイオサーファクタントの一種である。
このSLは、ソホロースあるいはヒドロキシル基が一部アセチル化したソホロースと、ヒドロキシ脂肪酸とからなる糖脂質である。ソホロースは、β1→2結合した2分子のブドウ糖からなる糖であり、ヒドロキシ脂肪酸は、構造中にヒドロキシル基を有する脂肪酸である。
また、SLは、ヒドロキシ脂肪酸のカルボキシル基が遊離した酸型と、分子内のソホロースと結合したラクトン型と、に大別される(式1)。一般的に、発酵生産によって得られるSLは、ラクトン型と酸型の混合物として得られ、通常、ラクトン型を50%以上含む。
【化1】

【0010】
近年、SLは、洗剤、化粧品、食品等幅広い分野で工業利用が進められている。
例えば、ソホロリピッド誘導体の化粧品の湿潤剤(非特許文献16参照)およびゲル化剤(特許文献1参照)としての利用、および小麦製品の品質改良における混合物の形態のソホロリピッドの利用(特許文献2参照)、ソホロリピッドを配合した洗浄剤(特許文献3、4参照)、漂白剤(特許文献5参照)、等の報告がなされている。
【0011】
ところで、幅広い用途でSLを用いるためには、生産コストを抑え効率よく発酵生産する必要がある。SLを効率的に生産する方法として、高濃度の糖と油性基質を継続的に与える方法(非特許文献17、特許文献6参照)や植物油あるいは廃食用油に脂肪酸を混合することによりSLの生産量および収率を増大させる方法(特許文献7参照)などが挙げられている。
しかしながら、これらの方法は主に炭素源となる基質の添加に関する解決手段であり、炭素源以外の培地中の副原料に関する有効な解決手段は報告されていない。
【0012】
また、一般的にSLを生産する際の副原料として、尿素、硝酸塩、アンモニウム塩などの窒素源や、リン酸塩、マグネシウム塩、などを培地に添加する必要がある。さらに、ビタミン等の微量元素やアミノ酸などを供給するために、高価な酵母エキス等も用いられる必要がある(特許文献7参照)。
したがって、SLの産業利用を広く進めるためには、生産に係るコストを抑えなければならず、より安価な副原料が求められている。特に、廃棄物を主原料、副原料に用いるなど、安価な培地から高い収率でSLを生産できる方法が開発できれば極めて有効であると思われる。
【0013】
一例として、日本酒、ビール等のアルコール発酵を行ったもろみをろ過する工程と、ワイン等のもろみを圧搾する工程と、焼酎、ウイスキー、ブランデー等のもろみを蒸留する工程およびもろみを遠心分離する工程と、を経ることにより得られる日本酒、酒粕、ビール、ビール粕、ワイン、ワイン粕、焼酎、焼酎蒸留残渣、ウイスキー、ウイスキー蒸留残渣、ブランデー、ブランデー蒸留残渣等の酒類の製造工程において副生する酒類を除く組成物は、栄養源が豊富に含まれている。
特に、焼酎製造に際して副生する焼酎蒸留残渣には、上記栄養源が豊富に存在し、家畜飼料(特許文献8参照)、堆肥(特許文献9、10参照)への利用のほか、発酵原料としてブタノール生産(特許文献11参照)、乳酸(特許文献12参照)、ジピコリン酸(特許文献13参照)、γ−アミノ酪酸(特許文献14参照)、ナイシン(特許文献15参照)などの発酵代謝産物の生産への利用が報告されている。
しかしながら、酒類の製造工程において得られる酒類を除く組成物には豊富な栄養源が含まれているにもかかわらず、一部は焼却処理等の廃棄処理がなされている。このように、すべてが有効に利用できていないというのが現状であり、有効な利用方法の開発が望まれている。
【0014】
植物の発酵残渣の有効利用法の一つとして、しょうゆの生成工程に副生する発酵産物であるしょうゆ油を原料としてマンノシルエリスリトールリピッド(MEL)を生産する方法(特許文献16参照)があるが、本件において原料として使用するのはしょうゆの生成工程に副生する発酵産物のごく一部であるしょうゆ油(あぶら)部分のみであり、副産物全体を有効利用する技術ではない。また、BS生産用の培地という観点から見た場合にも、このしょうゆ油はあくまで、オレイン酸やオレイン酸エチルといった脂肪酸類の代替、すなわちMELを生産する微生物の炭素源として利用されているにすぎず、その他の微生物の増殖に必要な窒素源、ビタミン類、無機塩類といった成分は別途添加をする必要がある。
このように、酒類の生成工程において副生する酒類を除く組成物の実質的に全体を培地として用いてバイオサーファクタントを大量かつ高効率で生産したという報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特公平7−17668号公報
【特許文献2】特開昭61−205449号公報
【特許文献3】特開2003−13093号公報
【特許文献4】特開2006−83238号公報
【特許文献5】特開2006−274233号公報
【特許文献6】特開平6−62877号公報
【特許文献7】特開2002−45195号公報
【特許文献8】特開平10−287485号公報
【特許文献9】特許3449757号
【特許文献10】特許2784642号
【特許文献11】特開2005−328801号公報
【特許文献12】特開2000-236891号公報
【特許文献13】特開2004-275075号公報
【特許文献14】特開2004−290114号公報
【特許文献15】特許3672259号
【特許文献16】特開2007-101847号公報
【特許文献17】特願2009−1914号
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】「ジャーナル オブ ザ アメリカン ケミカル ソサイティ(J.J.Am.Chem.Soc.)」,71巻,p4124−4126(1949).
【非特許文献2】「アプライド マイクロバイオロジー アンド バイオテクノロジー(Appl.Microbiol.Biotechnol.)」,51巻,p22−32(1999).
【非特許文献3】「バイオサーファクタント アンド バイオテクノロジー(Biosurfactant and Biotechnology)」,(米国),マーシャル デッカー インコーポレーション ニューヨーク(Marcel Dekker, New York)(1987).
【非特許文献4】「ジャーナル オブ バイオテクノロジー(J.Biotechnol.)」,(英国),13巻,p257−266(1990).
【非特許文献5】「カナデアン ジャーナル オブ ケミストリー(Can.J.Chem.)」,39巻,p846−855(1961).
【非特許文献6】「バイオデグラデーション(Biodegradation)」,1巻,p107−119(1990).
【非特許文献7】「アプライド マイクロバイオロジー アンド バイオテクノロジー(Appl.Microbiol.Biotechnol.)」,47巻,p496−501(1997).
【非特許文献8】「バイテクノロジー レターズ(Biotechnol.Lett.)」,20巻,p1153−1156(1998).
【非特許文献9】「バイオテクノロジー レターズ(Biotechnol.Lett.)」,(オランダ),クルーワー アカデミック パブリッシャー(KLUWER ACADEMIC PUBLISHERS),8巻,p757−762(1986).
【非特許文献10】「アプライド マイクロバイオロジー アンド バイオテクノロジー(Appl.Microbiol.Biotechnol.)」,(ドイツ),スプリンガー−バーラグ(Springer−Verlag),51巻,p33−39(1999).
【非特許文献11】「モルキュラー バイオロジー(Mol.Microbiol.)」,ブラックウェル(Blackwell Publishing),66巻,p525−533(2007).
【非特許文献12】「バイオキミカ エト バイオフィジカ アクタ(Biochimica Biophysica Acta)」,(オランダ),エルゼビア(Elsevier),1558巻,p161−170(2002).
【非特許文献13】「アプライド エンバイアメント アンド マイクロバイオロジー(Appl.Environ.Microbiol.)」,(米国),アメリカ微生物学会(Amercan Society for Microbiolgy),69巻,p2595−2602(2003).
【非特許文献14】「フェムス イースト リサーチ(FEMS YEAST Res.)」,(オランダ),エルゼビア(Elsevier),5巻,p919−923(2005).
【非特許文献15】「フェット/リピッド(Fett/Lipid.)」,101巻,p389−394(1999).
【非特許文献16】木村 義晴,「油化学」,36,p748−753(1987).
【非特許文献17】「ジャーナル オブ アメリカン オイル ケミストリー(J. Am. Oil. Chem.)」,65巻,p1460−1466(1988).
【非特許文献18】「バイテクノロジー レターズ(Biotechnol.Lett.)」,28巻,p253−260(2006).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
そこで、本発明の発明者は鋭意努力し、酒類の製造工程において得られる植物を発酵させた発酵産物をバイオサーファクタント生産の培地として用いることにより、このような問題を解決できることを見出し、本発明を完成させたものである。
すなわち、本発明は、未利用資源である酒類の製造工程において生じる酒類以外の副生物を有効利用し、微生物由来の高機能界面活性物質(バイオサーファクタント)および/またはバイオサーファクタント以外の高機能代謝産物の効率的生産方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明によれば、微生物を用いたバイオサーファクタントの発酵生産法であって、微生物としてバイオサーファクタント生産能を有する微生物を用いること、および微生物を培養する培地として植物をアルコール発酵させることにより得られる発酵産物を用いることを特徴とするバイオサーファクタントおよび/またはバイオサーファクタント以外の高機能代謝産物の生産方法が提供され、上述した問題を解決することができる。
【0019】
また、本発明のバイオサーファクタントおよび/またはバイオサーファクタント以外の高機能代謝産物の生産方法を実施するにあたり、前記発酵産物がアルコール発酵を行ったもろみをろ過する工程、当該もろみを圧搾する工程、当該もろみを蒸留する工程および当該もろみを遠心分離する工程からなる群より選ばれた少なくとも一種の工程を経ることにより得られる酒類または該酒類以外の副生物であることが好ましい。
【0020】
また、本発明のバイオサーファクタントおよび/またはバイオサーファクタント以外の高機能代謝産物の生産方法を実施するにあたり、前記植物が、大麦、はと麦、さつまいも(甘藷)、米、黒糖、そば、ぶどうおよびごまからなる群より選ばれる少なくとも一種の植物であることが好ましい。
【0021】
また、本発明のバイオサーファクタントおよび/またはバイオサーファクタント以外の高機能代謝産物の生産方法を実施するにあたり、バイオサーファクタントがソホロースリピッドであることが好ましい。
【0022】
また、本発明のバイオサーファクタントおよび/またはバイオサーファクタント以外の高機能代謝産物の生産方法を実施するにあたり、バイオサーファクタントがセロビオースリピッドであることが好ましい。
【0023】
また、本発明のバイオサーファクタントおよび/またはバイオサーファクタント以外の高機能代謝産物の生産方法を実施するにあたり、バイオサーファクタント生産能を有する微生物が、スターメレラ(キャンディダ)・ボンビコーラ(StarmerellaCandidabombicola)、キャンディダ・ボゴリエンシス(Candida bogoriensis)、キャンディダ・マグノリエ(Candida magnoliae)、キャンディダ・アピコーラ(Candida apicola)、ウスチラゴ・マイディス(Ustilago maydis)、またはウスチラゴ・エスキュレンタ(Ustilago esculenta)に属する微生物であることが好ましい。
【0024】
また、本発明のバイオサーファクタントおよび/またはバイオサーファクタント以外の高機能代謝産物の生産方法を実施するにあたり、培地に、炭素源としてグルコース、ショ糖、グリセリン、植物油、脂肪酸、脂肪酸メチルエステル、廃糖蜜および廃食用油からなる群より選ばれる少なくとも一つを添加することが好ましい。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、炭素源のほか、アルコール発酵を行ったもろみをろ過する工程、当該もろみを圧搾する工程、当該もろみを蒸留する工程および当該もろみを遠心分離する工程からなる群より選ばれた少なくとも一種の工程を経ることにより得られる酒類を製造することを目的として植物を発酵させた発酵産物若しくは該発酵産物より得られる酒類および/または酒類の製造工程において生じる酒類以外の副生物を培地として使用し、より安価にバイオサーファクタントの一種であるSLを生産することができる。すなわち、これまで一般的に副原料として用いられてきた、尿素等の窒素源、リン酸一水素カリウム、硫酸マグネシウム等の無機塩類や、高価な酵母エキスを培地成分に使用することなく、より安価で単純な組成の培地からSLの高効率生産が可能となる。
なかでも、大麦、はと麦、さつまいも(甘藷)、米、黒糖、そば、ぶどう、ごま等の植物を原料として、アルコール発酵を行ったもろみを蒸留する工程を経ることにより得られる酒類および/または該酒類の製造工程において生じる酒類以外の副生物は、より安価にバイオサーファクタントの一種であるSLを生産する培地として適しており、該蒸留残液の濃度を制御した培養液を用意し、炭素原料の組み合わせを適切に設定することで、従来の生産方法よりも短い培養時間でSLを生産することが可能となる。
すなわち、本発明に記載しているように、バイオサーファクタントの一種であるSL生産の培地として未利用の資源である酒類の製造工程において生じる酒類以外の副生物、より好ましくは酒類の製造工程において副生する蒸留残渣を利用することにより培地コストを低減できること、培養時間の短縮によりランニングコストおよび人件費などの固定費を低減できることから、SL生産コストの大幅な低減が可能となる。またそれに伴うSLの幅広い分野への利用拡大が期待される。
また同時に、本発明は、これまで利用方法の限られていた酒類の製造工程において生じる酒類以外の副生物の処理および有効利用に向けた一つの方法を提供するものであり、酒類の製造工程に副生する酒類を除く組成物による量的環境負荷の大幅な低減も期待される。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】実施例3において、培地中のSS分除去大麦製焼酎蒸留残渣濃度に対するSL生産試験の結果を示すグラフである。
【図2】実施例5において、発酵槽を用いて行った培養試験の結果を培養時間に沿って追跡したグラフである。
【図3】実施例6において、発酵槽を用いて行った流加培養試験の結果を培養時間に沿って追跡したグラフである。
【図4】焼酎蒸留残渣を培地として使用した場合(実施例8)と、焼酎蒸留残渣を培地として使用しない場合の(比較例2)、ウスチラゴ・エスキュレンタ(Ustilago esculenta)MK-1株の流加培養試験の結果を培養時間に沿って追跡したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、適宜図面を参照して、本発明のバイオサーファクタントの生産方法にかかる実施の形態について具体的に説明する。
【0028】
[使用微生物]
本発明に係るバイオサーファクタントの一種であるSLの製造方法に使用可能な微生物としては、SLを生産する能力を有するものであれば特に限定されるものではない。SLを生産する微生物の例としては、例えばスターメレラ(キャンディダ)・ボンビコーラ(StarmerellaCandidabombicola)、キャンディダ・ボゴリエンシス(Candida bogoriensis)、キャンディダ・マグノリエ(Candida magnoliae)、またはキャンディダ・アピコーラ(Candida apicola)等に属する微生物が挙げられ、このうち特に、スターメレラ(キャンディダ)・ボンビコーラに属する微生物が好ましい。
これらは保存機関から分譲された菌株、あるいはその継代培養菌株であってもよい。
【0029】
また、本発明に係るバイオサーファクタントの一種であるCLの製造方法に使用可能な微生物としては、CLを生産する能力を有するものであれば特に限定されるものではない。CLを生産する微生物の例としては、例えばウスチラゴ・マイディス(Ustilago maydis)、ウスチラゴ・エスキュレンタ(Ustilago esculenta)等に属する微生物が挙げられる。
これらは保存機関から分譲された菌株、あるいはその継代培養菌株であってもよい。
上記ウスチラゴ・エスキュレンタ(Ustilago esculenta)に属する微生物としてウスチラゴ・エスキュレンタ MK-1株が好ましい菌株として例示される(特許文献17参照)。
ウスチラゴ・エスキュレンタ(Ustilago esculenta)MK-1株は、日本国内で採取した植物(マコモ)から分離された菌株であり、YM寒天培地、PDB寒天培地および5%麦芽エキス培地上にて25℃で7日間培養後に、波型、半レンズ状、湿性でクリーム色のコロニーを形成する。YM液体培地およびPD液体培地にて、25℃で、3日間培養後に、幅4-5μm程度の菌糸の形成が確認される。YM寒天培地、PDB寒天培地および5%麦芽エキス培地の平板培地上においても、25℃で7日間培養後に、隔壁のある菌糸ならびに偽菌糸の形成が認められる。また、いずれの場合も、明らかな有性生殖器の形成は認められない。
ウスチラゴ・エスキュレンタ(Ustilago esculenta)MK-1株は、リボゾームRNA遺伝子の26SrDNA−D1/D2領域の塩基配列(rDNA配列)を決定し、DNAデータベース(DDBJ)にアクセスし、FASTAプログラム(http://www.ddbj.nig.ac.jp/search/fasta-j.html)を用いて相同性検索を行ったところ、ウスチラゴ・エスキュレンタ(Ustilago esculenta)のrDNA配列と100%一致した。MK-1の生理性状試験の結果も合わせて、本菌株は担子菌門の一種であるウスチラゴ・エスキュレンタに属することがわかり、ウスチラゴ・エスキュレンタ(Ustilago esculenta)MK-1株と命名された。生理性状試験の結果は、表1に示す通りである。本菌株は、平成20年11月17日付で独立行政法人産業技術総合研究所特許微生物寄託センター(IPOD)(茨城県つくば市東1−1−3)に受託番号FERM P-21725として寄託されている。
【表1】

+ :試験開始後に数日で反応が陽性、 - : 反応が陰性、 S : 試験開始後に2週間から3週間以上にかけて徐々に陽性反応が認められた、 L : 試験開始2週間以降に急速に陽性反応が認められた
【0030】
[培地・培養条件]
本発明において、培地には酒類の製造工程において得られる植物を発酵させた発酵産物を用いるが、BS生産を効率よく行うためには主原料である炭素原料を培地に加えるのがより好ましい。
上記の酒類は、日本酒、ビール等のアルコール発酵を行ったもろみをろ過する工程、ワイン等のもろみを圧搾する工程、焼酎、ウイスキー、ブランデー等のもろみを蒸留する工程およびもろみを遠心分離する工程を経ることにより得られる酒類など特に制限されないが、もろみを蒸留する工程を経ることにより得られる酒類が好ましい。
【0031】
上記の発酵に供される植物は、大麦、はと麦、さつまいも(甘藷)、米、黒糖、そば、ぶどう、ごまなど特に制限されないが、大麦、はと麦、米等の穀類が好ましい。
また、上記の発酵産物としては、酒類を製造することを目的として植物を発酵させたもろみ等のアルコール発酵産物、該発酵産物より得られる酒類および/または酒類の製造工程において生じる酒類以外の副生物など特に制限されないが、安価で入手が可能という点から酒類の製造工程において生じる酒類以外の副生物が好ましい。
【0032】
酒類の製造工程において生じる酒類以外の副生物としては、日本酒の製造工程において副生する酒粕、ビールの製造工程において副生するビール粕、ワインの製造工程において副生するワイン粕、焼酎の製造工程において副生する焼酎蒸留残渣、ウイスキーの製造工程において副生するウイスキー蒸留残渣、ブランデーの製造工程において副生するブランデー蒸留残渣など特に制限されないが、焼酎の製造工程において副生する焼酎蒸留残渣が好ましい。
また、上記の酒類の製造工程において得られる植物を発酵させた発酵産物を培地として用いる際には、発酵産物の全体を培地として用いてもよいし、水不溶性の発酵残渣等(SS分)を除去してもよい。
【0033】
また、発酵産物から水不溶性の発酵残渣等(SS分)を除去する方法としては、スクリュープレス、フィルタープレス、薮田式諸味圧搾装置、F型諸味圧搾装置などの圧搾操作、セラミックろ過装置、限外ろ過装置などのろ過操作および/またはデカンター連続式横型遠心分離装置、デコーン式連続遠心装置など特に制限されないが、スクリュープレスおよびセラミックろ過装置の組み合わせにより得られる発酵産物を用いるのが好ましい。
さらに、水不溶性の発酵残渣等(SS分)を除去した発酵産物を合成吸着剤で処理した際の非吸着画分、イオン交換樹脂で処理した際の非吸着画分および/または炭素ろ過処理した際の非吸着画分を用いることもできる。
【0034】
上記炭素原料としては、糖類および油脂類を用いることが好ましい。糖類は当該酵母が資化できるものあれば特に限定されるものではない。例えば、グルコース、ガラクトース、フルクトースなどの単糖類、ショ糖、マルトースなどの二糖類が用いられるが、好ましくはグルコースである。培養初発濃度は20−150g/L、好ましくは50−120g/Lで用いられる。また、用いる油脂類としては、特に限定されるものではないが、植物油を用いるのが好ましい。さらに、脂肪酸またはそのエステル類を用いても良い。
【0035】
使用する植物油としては、例えばダイズ油、ナタネ油、コーン油、綿実油、ヒマワリ油、カポック油、ゴマ油、コメ油、落花生油、ベニバナ油、オリーブ油、アマニ油、キリ油、ヒマシ油、パーム油、パーム核油、ヤシ油もしくはこれらの混合物等が挙げられる。
また、使用する脂肪酸および脂肪酸エステルには、炭素鎖が10−24のもの、好ましくは炭素鎖が16−18の脂肪酸または脂肪酸エステルを用いることができる。これらの脂肪酸または脂肪酸エステルは分子内に1−3個の不飽和結合を含んでいてもよい。例えば、デカン酸、ウンデカン酸、ラウリン酸、トリデカン酸、ミリスチン酸、ペンタデカン酸、パルミチン酸、マルガリン酸、ステアリン酸、ノナデカン酸、アラキジン酸、ベヘン酸、リグノセリン酸などの飽和脂肪酸またはそのエステル、あるいはトウハク酸、リンデル酸、ツズ酸、ミリストレイン酸、パルミトレイン酸、ペトロセリン酸、オレイン酸、エライジン酸、バクセン酸、エルカ酸、ソルビン酸、リノール酸、リノエライジン酸、γ―リノレン酸、リノレン酸、アラキドン酸などの不飽和脂肪酸またはそのエステルが挙げられる。
【0036】
培地に添加する上記油脂類の濃度は、20−200g/L、好ましくは50−150g/Lの範囲である。流加培養の様式をとる場合には、培地中濃度が上記の範囲に収まるように培養期間中に連続的もしくは断続的に添加する。
培養形態は液体培地を用いた回分培養あるいは培養系に油脂および/または焼酎蒸留残渣を連続添加する流加培養であり、通気攪拌することが好ましい。培地の初期pHは4.0−6.0に調整することが好ましいが、pH調整は行わなくてもよい。また、培養に適した温度範囲は20−35℃、より好ましくは28−30℃である。
【0037】
[ソホロースリピッドの回収・精製方法]
培養液からのSLの抽出・精製は以下の文献に記載されたAshbyらの方法に準じて以下のように行う。
まず、培養液と等量の酢酸エチルを加えた後、SLおよび疎水性成分を抽出し、酢酸エチル相を分取する。そして、酢酸エチルをエバポレーター等で取り除くことで、SLおよび疎水性成分を含む画分を得る。さらに、得られた画分をヘキサンで洗浄することにより、SL以外の疎水性成分を除去し、残渣を乾燥させることでSL標品を得る。
ヘキサン洗浄液についても、エバポレーター等でヘキサンを除去することにより、SL以外の疎水性成分を回収し重量を測定することによって、培地中に残存する疎水性成分の量を得る。
Ashbyらの方法:非特許文献18参照
[セロビオースリピッドの回収・精製方法]
培養液からのCLの抽出・精製についても、上記SLの操作と同様にして行うことができる。
【0038】
以下に、実施例によって本発明を詳細に説明するが、これらの実施例は、本発明の一実施例を示すものであり、本発明を何ら限定するものではなく、本発明の範囲内で任意に変更することは可能である。
【実施例1】
【0039】
(酒類の製造工程において生じる酒類以外の副生物の調整方法と成分組成)
〈焼酎の製造工程において副生する蒸留残渣の調整〉
植物原料として大麦を用い、アルコール発酵を行ったもろみを蒸留する工程を経ることにより得られる酒類を除く組成物(いわゆる大麦焼酎蒸留残渣)を用いて、評価試験を行った。原料としては、70%精白した大麦を用いた。麹の製造は大麦を40%(W/W)吸水させ40分間蒸した後、40℃まで放冷した。そして、大麦トンあたり1kgの種麹(白麹菌)を接種させた後、38℃、RH5%で24時間、32℃、RH92%で20時間行った。蒸麦に大麦を40%(W/W)吸水させ40分間蒸した後、40℃まで放冷し、1次仕込みに加えた。1次仕込みでは、前述の方法で製造した大麦麹(大麦として3トン)に水3.6キロリットルおよび酵母として焼酎酵母の培養菌体1kg(湿重量)を加えて1次もろみを得、得られた1次もろみを5日間の発酵(1段目の発酵)に付した。
次いで、2次仕込みでは、上記1段目の発酵を終えた1次もろみに、水11.4キロリットル、前述の方法で製造した蒸麦(大麦として7トン)を加えて11日間の発酵(2段目の発酵)に付した。また、発酵温度は1次仕込み、2次仕込みとも25℃とした。上記2段目の発酵を終えた2次もろみを常法により単式蒸留に付し、大麦製焼酎10キロリットルと大麦製焼酎蒸留残渣15キロリットルを得た。さらに、得られた大麦製焼酎蒸留残渣5キロリットルをスクリュープレスおよびセラミックろ過装置で処理し、SS分を除去した。その結果、得られた4キロリットルのSS分除去大麦製焼酎蒸留残渣を以下の実施例に用いた。
なお、得られたSS分除去大麦製焼酎蒸留残渣の成分組成分析値を表2に記す。
【0040】
【表2】

【実施例2】
【0041】
(酒類の製造工程において生じる酒類以外の副生物を培地として様々な微生物を増殖させたときのBSの生産性比較試験)
〈供試菌株〉
Starmerella bombicola NBRC10243
Candida bogoriensis NBRC1966
Candida magnoliae NBRC0705
Candida apicola NBRC10261
【0042】
〈種培養〉
ディープフリーザー(-80℃)で冷凍保存されたスターメレラ(キャンディダ)・ボンビコーラ(StarmerellaCandidabombicola)NBRC10243株、キャンディダ・ボゴリエンシス(Candida bogoriensis)NBRC1966株、キャンディダ・マグノリエ(Candida magnoliae)NBRC0705株およびキャンディダ・アピコーラ(Candida apicola)NBRC10261株を30mLのYM培地(グルコース10 g/L、酵母エキス3 g/L、麦芽エキス3 g/L、ペプトン5 g/L)に0.5 mL播種し、25℃で1日間、振とう培養を行った。
【0043】
〈本培養〉
300mL容量の三角フラスコに、Brix.濃度で2%に調整した段落[0039]に記載のSS分除去大麦製焼酎蒸留残渣を30 mLを加えた。また、50 g/Lのグルコースと50 g/Lの大豆油を加えた培地を調製し、121℃、20分間オートクレーブで滅菌した培地を用意した。さらに、段落[0042]に記載の各々の種培養液1.5 mLを播種し、25℃で7日間、振とう培養を行った。そして、培養終了後の培養液から段落[0036]に記載の回収・精製方法を用いてSL標品を精製し、SL標品の重量を測定することで、培地体積あたりのSL生産量を算出した。
【0044】
表3に示すように、酒類の製造工程において生じる酒類以外の副生物であるSS分除去大麦製焼酎蒸留残渣を培地としたとき、試験に用いた株のすべてでBSの生産が確認された。すなわち、酒類の製造工程において生じる酒類以外の副生物は微生物培養およびBS生産の良好な基質となることが確認された。
また、Stamella bombicola NBRC10243株を用いたときに特に多量のBSが生産されることが確認された。よって、以降の酒類の製造工程において生じる酒類以外の副生物を培地としたBS生産性の評価にはStamella bombicola NBRC10243株を用いることとした。
【0045】
【表3】

【実施例3】
【0046】
(酒類の製造工程において生じる酒類以外の副生物を培地として用いたソホロースリピッドの生産1・培地中の焼酎蒸留残渣濃度がSL生産に及ぼす影響)
【0047】
[種培養]
ディープフリーザー(-80℃)で冷凍保存されたスターメレラ(キャンディダ)・ボンビコーラ(StarmerellaCandidabombicola)NBRC10243株を、30mLのYM培地(グルコース10 g/L、酵母エキス3 g/L、麦芽エキス3 g/L、ペプトン5 g/L)に0.5 mL播種し、28℃で1日間、振とう培養した。
【0048】
[本培養]
300mL容量の三角フラスコに、Brix.濃度で0.5〜16%に調整した段落[0039]に記載のSS分除去大麦製焼酎蒸留残渣を30 mLを加えた。さらに、50 g/Lのグルコースと50 g/Lのオリーブ油を加えた培地を調製し、121℃、20分間オートクレーブで滅菌した培地を用意した。段落[0047]に記載の種培養液を1.5 mLを播種し、28℃で3日間、振とう培養を行った。培養終了後の培養液から段落[0036]に記載の回収・精製方法を用いてSL標品を精製し、SL標品の重量を測定することで、培地体積あたりのSL生産量を算出した。また、酢酸エチルで抽出された培養液に含まれる菌体をメタノールおよび水で洗浄した後、105℃で一晩乾燥させた。その後、重量を測定することで菌体量を測定した。
【0049】
図1に示すように、SS分除去大麦製焼酎蒸留残渣のBrix.濃度が1から2%のとき、SLの生産は良好で生産量は約50 g/Lであった。また、SS分除去大麦製焼酎蒸留残渣がBrix.4%以上の濃度範囲では、SL生産量が減少した。このことから、50 g/Lのオリーブ油を炭素源として、三角フラスコを用いた回分培養方式におけるSL生産において、SS分除去大麦製焼酎蒸留残渣の培地濃度はBrix.1から2%が適していること示された。
さらに、Brix.濃度の増加に伴い菌体増殖量は大きく増加しているため、SS分除去大麦製焼酎蒸留残渣は微生物培養の良好な基質となることが確認された。
【実施例4】
【0050】
(焼酎蒸留残渣を培地として用いたソホロースリピッドの生産2・炭素原料の種類がSL生産量に及ぼす影響)
300mL容量の三角フラスコにBrix.濃度2.0%に調整された0018に記載のSS分除去大麦製焼酎蒸留残渣30 mLを加え、50 g/Lのグルコースと50 g/Lの植物油(オリーブ油、ダイズ油、パーム油)を加えた培地を調製し、121℃、20分間オートクレーブで滅菌した培地を用意した。実施例1と同様に調製した種培養液を1.5 mL播種し、実施例1と同様の条件で2.5日間培養し、SLを生産した。
[比較例1]
【0051】
(従来の培地によるソホロースリピッドの生産)
一方、比較例として、焼酎蒸留残渣を使用せず、無機塩類や酵母エキスを副原料として添加する特許文献6に準じた従来の培地を使用してSL生産を行った。より具体的には、以下の培地組成で培養試験を行った。
【0052】
300 mL容量の三角フラスコに50 g/Lのグルコース、1.0 g/Lの尿素、5.0 g/Lの硫酸マグネシウム、1.0 g/Lの塩化ナトリウム、10 g/Lのリン酸二水素カリウム、2.5 g/Lの酵母エキスを含む培地A30 mLに50 g/Lの植物油(オリーブ油、ダイズ油、パーム油)を加えた培地を調製し、121℃、20分間オートクレーブで滅菌した培地を用意した。実施例3と同様に調製した種培養液を1.5 mL播種し、実施例3と同様の条件で2.5日間培養し、SLを生産した。
【0053】
実施例4および比較例1で生産したSLの生産量を比較した結果をまとめて表4に示す。SS分除去大麦製焼酎蒸留残渣を用いた培地(実施例4)によるSL生産量は、従来の培地(比較例1)によるSL生産量と比べて、使用する油脂にかかわらず、約2倍に増加しており、焼酎蒸留残渣をSL生産培地として使用する有効性が示された。
【0054】
実施例4および比較例1において、異なる培地で各種植物油を炭素原料として行っ
たSL生産試験の結果である。
【表4】

【実施例5】
【0055】
(発酵槽を用いたソホロースリピッドの生産)
[種培養]
300 mL容量の三角フラスコに調製した30 mLのYM培地3本に、凍結保存したスターメレラ(キャンディダ)・ボンビコーラ(StarmerellaCandidabombicola)NBRC10243株を播種し、28℃で1日間振とう培養して用意した。
[本培養]
5 L発酵槽(丸菱バイオエンジ)にBrix.濃度4%の段落[0039]に記載のSS分除去大麦製焼酎蒸留残渣、100 g/Lのグルコース、50 g/Lのオリーブ油、50 g/Lのオレイン酸含む培地を2 L用意した。グルコース以外の成分は、発酵槽に投入後、オートクレーブ滅菌を行った。また、グルコースはメーラード反応による変質を避けるため、50 %(w/v)の水溶液を用意し、他の成分と別にオートクレーブし、室温まで冷却した後、発酵槽に投入した。通気量は1 vvm(2 L/min)、攪拌速度は600 rpm、培養温度28℃に設定し、上記種培養液を全量播種して行った。さらに、1日おきにサンプリングを行い、SL生産量、疎水性基質量、グルコース量、乾燥菌体重量を測定した。
[グルコースの定量]
培養液を遠心分離し、水溶液相を分取した。分取した水溶液相を市販のグルコース検出キット(グルコーステストワコーC−II、和光純薬工業)を用いて、水溶液相に含まれるグルコース量を測定した。
【0056】
図2に示すように、本培養開始2日目で、炭素源であるグルコースおよび油脂を完全に消費し、SL合成が終了した。またその際、SL生産量は80 g/Lに達した。培地の体積あたりのSL生産性を算出すると40 g/L/dayとなり、従来の報告(特許文献6実施例2参照)から算出される15.5 g/L/dayと比べて、短時間で効率的にSLを生産できることが示された。
【実施例6】
【0057】
(流加培養によるSL生産)
[種培養]
実施例5と同様の方法で行った。
[本培養]
実施例5と同様の方法で培養を行い、培養期間中、適時50 g/Lのグルコース、50 g/Lのオリーブ油、50 g/Lのオレイン酸に相当する量の流加培地を添加した。また、適時サンプリングを行い、SL生産量、乾燥菌体重量を上述の方法で測定した。
【0058】
図3に示すように、流加培地を適時添加する(図3中の矢印のタイミングで添加)ことにより、6日間の培養で184 g/LのSLを生産できることが確認された。
【実施例7】
【0059】
(セロビオースリピッドの生産)
[種培養]
300mL容量の三角フラスコに調整したポテトデキストロース培地(PDB培地)に、凍結保存したウスチラゴ・マイディス(Ustilago maydis)NBRC6907株を播種し、28℃で2日間振とう培養した。
[本培養]
300mL容量の三角フラスコにBrix.濃度1%に調整された段落[0039]に記載のSS分除去大麦製焼酎蒸留残渣30mLを加え、50g/Lのグルコースを加えた培地を用意した。前述の種培養液を1.5mL播種し、実施例1と同様の条件で4日間培養し、セロビオースリピッド(CL)を生産した。
[CLの定量]
培養液を希塩酸でpH3に調整した後、当量の酢酸エチルを加え、CL成分を抽出し、ロータリーエバポレーターで酢酸エチルを除去し、酢酸エチル抽出画分を得た。酢酸エチル抽出画分を、ヘキサンで洗浄し、残存油脂を取り除いた。さらに、減圧乾燥器でヘキサンを除いた後、残渣にエタノールを加え、アンスロン硫酸法を用いて、酢酸エチル抽出画分中のグルコース当量を測定した。CL濃度はグルコース当量に分子量を乗ずることで、CL濃度を算出した。
【0060】
SS分除去大麦製焼酎蒸留残渣を含む培地を用いて、CLを1.4±0.2g/L生産することができた。すなわち、SS分除去大麦製焼酎蒸留残渣を含む培地を用いたBS生産方法は、CLを生産にも適用できることが確認できた。
【実施例8】
【0061】
<焼酎蒸留残渣を培地として発酵槽を用いたセロビオースリピットの生産・培地の種類が培地体積当たりのCL生産性に及ぼす影響>
(焼酎蒸留残渣を使用した培地によるセロビオースリピッドの生産)
焼酎製造の際、副生する焼酎蒸留残渣(発酵大麦エキス)を用いたCL発酵生産を実施した。
[種培養]
ディープフリーザー(-80℃)で冷凍保存されたウスチラゴ・エスキュレンタ(Ustilago esculenta)MK-1株を、30 mLのYM培地(グルコース10 g/L、酵母エキス3 g/L、麦芽エキス3 g/L、ペプトン5 g/L)に0.5 mL播種し、28℃で1日間、振蕩培養することにより第一段の種培養液を調製した。300 mL容量の三角フラスコ3本にグルコース濃度を50g/Lにした発酵槽用CL生産用培地30 mlを表5〔発酵槽用CL生産培地組成〕のごとく調製し、121℃、20分間オートクレーブで滅菌した。該発酵槽用CL生産用培地30 mlに前記第一段の種培養液1.5 mLを播種し、2日間培養したものを第二段の種培養液とした。
[本培養]
5Lジャーファーメンターに手持ち屈折計を用いて5%Brix.に濃度を調整した発酵大麦エキス1.5Lを作成し、121℃、20分間オートクレーブで滅菌した。別にオートクレーブ滅菌した50%(w/v)グルコース溶液を400 ml添加し、前記第二段の種培養液をジャーファーメンターに播種し、培養温度25℃、攪拌回転速度500 rpm、通気速度 2 L/min (1 VVM)の条件で培養した。培養65時間で、オートクレーブした50%(w/v)グルコース溶液を400 mL添加した。培養途中でサンプルを抜き出し、培地中CL濃度、菌体濃度、グルコース濃度を測定した。
CL濃度に関しては上述の実施例5、グルコース濃度に関しては上述の実施例7に記載の方法で測定した。
【0062】
【表5】

【0063】
図4に示したように、食用として用いうるマコモから分離したウスチラゴ・エスキュレンタ(Ustilago esculenta)MK-1株を用いて、焼酎蒸留残渣を使用した培地で発酵槽を用いてCLを生産した場合、7日間で、36,000mg/LのCLを培地中に蓄積した。7日目における、培地体積当たりのCL生産性は5,100mg/L/dayであった。また、TLC,NMRの結果、MEL等のCL以外のバイオサーファクタントは検出されなかった。これまでの報告では、ウスチラゴ・マイディス(Ustilago maydis)を用いた培養によって7日間で30 g/Lの糖脂質を生産できるという報告例(Appl. Microbiol. Biotechnol., 51, 33-39 (1999))があるが、この場合、得られる糖脂質はMELとCLの混合物であり、その含有比はMEL/CL = 9/1となる。つまり、純粋なCLの生産量は約3 g/Lにしか満たない。また最近、別の属の酵母であるシュードザイマ・フロキュローサ(Pseudozyma flocculosa)を用いた培養によって、これまでの最高値である7日間で15 g/Lのフロキュロシンが生産できると言う報告がある(Appl. Microbiol. Biotechnol., 80, 307-315 (2008))が、本技術では従来技術の2倍以上の生産量で簡便にCLのみを生産することができる。すなわち、発酵大麦エキスを用いた天然培地にて、効率的にCLを生産できることが確認された。さらに培養終了後の発酵液から、酢酸エチル・2-プロパノール混合溶媒(混合比4:1)を用いて、CLを回収したところ、90.1 gのCLを回収することができた。
[比較例2]
【0064】
(焼酎蒸留残渣を使用しない培地によるセロビオースリピッドの生産)
一方、比較例として、MK-1株を用いて焼酎蒸留残渣を使用しない培地を使用してCL生産を行った。即ち、5Lジャーファーメンターに2L分の発酵槽用CL生産用培地を表5〔発酵槽用CL生産培地組成〕のごとく調製し、121℃、20分間オートクレーブで滅菌した。実施例8に記載の第二段の種培養をジャーファーメンターに播種し、培養温度25℃、攪拌回転速度500 rpm、通気速度 2 L/min (1 VVM)の条件で培養した。培養55時間で、オートクレーブした50%(w/v)グルコース溶液を400 ml添加した。培養途中でサンプルを抜き出し、培地中CL濃度、菌体濃度、グルコース濃度を測定した。CL濃度、グルコース濃度に関しては上述の実施例8と同様に測定した。
【0065】
図4に示したように、食用として用いうるマコモから分離したウスチラゴ・エスキュレンタ(Ustilago esculenta)MK-1株を用いて、焼酎蒸留残渣を使用しない培地でCLを生産した場合、5日間で、13,000mg/LのCLを培地中に蓄積した。5日目における、培地体積当たりのCL生産性は2,580mg/L/dayであった。また、TLC、NMRの結果、MEL等のCL以外のバイオサーファクタントは検出されなかった。
【0066】
実施例8および比較例2の培地体積当たりのCL生産性を比較した結果をまとめて表6に示す。SS分除去大麦製焼酎蒸留残渣を使用した培地(実施例8)による培地体積当たりのCL生産性(5,100mg/L/day)は、焼酎蒸留残渣を使用しない培地(比較例2)による培地体積当たりのCL生産性(2,580mg/L/day)と比べて、約2倍に増加しており、焼酎蒸留残渣をCL生産培地として使用する有効性が示された。
【0067】
【表6】

【産業上の利用可能性】
【0068】
酒類の製造工程において得られる酒類を除く組成物の有効な利用方法を提供することができ、当該組成物による量的環境負荷の大幅な低減も期待される。
ソホロースリピッド(SL)生産コストの大幅な低減が可能となるため、SLの幅広い分野への利用拡大が期待される。セロビオースリピッド(CL)についても同様である。
【受託番号】
【0069】
FERM P-21725

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バイオサーファクタント生産能を有する微生物を用いること、および当該微生物を培養する培地として植物をアルコール発酵させることにより得られる発酵産物を用いること、を特徴とするバイオサーファクタント(Mannosylerythritol lipid;MELを除く。)の生産方法。
【請求項2】
前記発酵産物が、アルコール発酵を介して得られるもろみをろ過する工程、当該もろみを圧搾する工程、当該もろみを蒸留する工程および当該もろみを遠心分離する工程からなる群より選ばれた少なくとも一種の工程を経ることにより得られる酒類または該酒類以外の副生物である請求項1に記載のバイオサーファクタント(Mannosylerythritol lipid;MELを除く。)の生産方法。
【請求項3】
前記植物が、大麦、はと麦、さつまいも(甘藷)、米、黒糖、そば、ぶどうおよびごまからなる群より選ばれる少なくとも一種の植物である請求項1または2に記載のバイオサーファクタント(Mannosylerythritol lipid;MELを除く。)の生産方法。
【請求項4】
前記バイオサーファクタントがソホロースリピッドである請求項1、2または3に記載のバイオサーファクタント(Mannosylerythritol lipid;MELを除く。)の生産方法。
【請求項5】
前記バイオサーファクタントがセロビオースリピッドである請求項1、2または3に記載のバイオサーファクタント(Mannosylerythritol lipid;MELを除く。)の生産方法。
【請求項6】
前記バイオサーファクタント生産能を有する微生物が、スターメレラ(キャンディダ)・ボンビコーラ(StarmerellaCandidabombicola)、キャンディダ・ボゴリエンシス(Candida bogoriensis)、キャンディダ・マグノリエ(Candida magnoliae)、キャンディダ・アピコーラ(Candida apicola)、ウスチラゴ・マイディス(Ustilago maydis)、またはウスチラゴ・エスキュレンタ(Ustilago esculenta)に属する微生物である請求項1〜5のいずれか一項に記載のバイオサーファクタント(Mannosylerythritol lipid;MELを除く。)の生産方法。
【請求項7】
前記培地の炭素源として、グルコース、ショ糖、グリセリン、植物油、脂肪酸、脂肪酸メチルエステル、廃糖蜜および廃食用油からなる群より選ばれた少なくとも一つを添加することを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載のバイオサーファクタント(Mannosylerythritol lipid;MELを除く。)の生産方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−207493(P2009−207493A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−26973(P2009−26973)
【出願日】平成21年2月9日(2009.2.9)
【出願人】(000177508)三和酒類株式会社 (11)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】