説明

構造解析方法

【課題】火災時における鋼製梁の弾塑性挙動を簡単かつ精度よく解析できるうえ、解析時間、コンピュータ負荷、作業労力の大幅な低減を図ることを可能とする。
【解決手段】鋼製梁の材端の材軸直交断面での軸力及びモーメントそれぞれの釣り合いを示す式と、鋼製梁の材端での材軸方向の変位適合条件を示す式と、温度上昇により塑性化する鋼製梁の材軸直交断面での降伏条件を示す式とを有する4元連立方程式を作成する。4元連立方程式を解くことにより、4元連立方程式の未知数の解を算出する。4元連立方程式の解を温度Tで積分することにより、軸力N、塑性領域長さlp、圧縮歪εc及び引張歪εtの温度履歴を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼構造建築物の鋼製柱間に架設された鋼製梁の火災時における弾塑性挙動を解析するための構造解析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、鋼構造建築物のような不静定構造物の火災時における非線形弾塑性挙動を解析する手段としては、有限要素法を用いた構造解析方法が用いられている(例えば、特許文献1参照)。有限要素法は、構造物を複数の有限要素に離散化してその有限要素の支配方程式を求め、支配方程式を解くことにより構造物の挙動を求める方法である。
【0003】
このとき求められた支配方程式は非線形な方程式であり、その支配方程式の解を求めるうえでは、ニュートン−ラプソン法等の反復法が好適に用いられる。反復法は、支配方程式の未知数に適当な初期値を設定し、その初期値から出発して支配方程式を用いた演算を反復的に繰り返すことにより、その支配方程式の近似解を求める方法である。この反復法では、初期値の設定が適当でなければ反復演算により近似解に収束しない。このため、反復法では、反復演算後の解が近似解に収束しているか否か判定する収束判定を適当な回数の反復演算後に行い、収束していない場合は初期値を修正し、その修正後の値から出発して反復演算を繰り返す必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−141645号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述のように有限要素法を用いて不静定構造物の挙動を解析する場合、その有限要素の支配方程式の解を求めるために収束判定を伴う反復演算を行う必要があるため、その分、解析時間の長時間化やコンピュータの演算負荷の増大を招くこととなっていた。また、この場合、不静定構造物を複数の有限要素に分割するための入力作業を行う必要があるため、その分、解析時間の長時間化や人的労力の負担増大を招くこととなっていた。
【0006】
そこで、本発明は、上述した問題点に鑑みて案出されたものであり、その目的とするところは、火災時における鋼製梁の弾塑性挙動を簡単かつ精度よく解析できるうえ、解析時間、コンピュータ負荷、作業労力の大幅な低減を図ることを可能とする構造解析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上述した課題を解決するために、鋭意検討の末、下記の構造解析方法を発明した。
【0008】
第1発明に係る構造解析方法は、鋼構造建築物の鋼製柱間に架設された鋼製梁の火災時における弾塑性挙動を解析するための構造解析方法において、前記鋼製梁の軸力Nと、当該鋼製梁の材端及びスパン中央からの塑性領域長さlpと、当該鋼製梁の材端の材軸直交断面での下側断面の圧縮歪εcと、上側断面の引張歪εtとについて、前記鋼製梁が温度Tから増分dTだけ温度上昇した場合におけるそれぞれの増分をdN、dlp、dεc、dεtとしたとき、前記増分dN、増分dlp、増分dεc及び増分dεtのうち何れか一つ以上を未知数として含むとともに前記増分dTを含む式として、前記鋼製梁の材端の材軸直交断面での軸力及びモーメントそれぞれの釣り合いを示す式と、前記鋼製梁の材端での材軸方向の変位適合条件を示す式と、温度上昇により塑性化する前記鋼製梁の材軸直交断面での降伏条件を示す式とを有する4元連立方程式を作成し、前記4元連立方程式を解くことにより前記未知数それぞれの解を算出し、前記4元連立方程式の解を温度Tで積分することにより、軸力N、塑性領域長さlp、圧縮歪εc及び引張歪εtの温度履歴を算出することを特徴とする。
【0009】
第2発明に係る構造解析方法は、第1発明において、前記鋼製梁が温度Tから増分dTだけ温度上昇したときの前記塑性領域の材軸方向での変形量の増分について、下記式(1)により表されるγを用いて評価されている式を、前記変位適合条件を示す式として用いることを特徴とする。
【数1】

ここで、式(1)におけるEt(ε,T)は歪ε、温度Tとしたときの鋼製梁の応力−歪関係の接線剛性であり、E0は、鋼製梁の応力−歪関係において歪硬化が始まる点での歪をεsとしたときに、下記式(2)により表される。
【数2】

【0010】
第3発明に係る構造解析方法は、第1発明又は第2発明において、前記鋼製梁の材端及びスパン中央の材軸直交断面での降伏条件を示す式に基づいて、当該鋼製梁の材端及びスパン中央の材軸直交断面が全塑性化するときの弾性限界温度T0を算出し、前記4元連立方程式の解を前記温度T0以上の範囲において温度Tで積分することにより、軸力N、塑性領域長さlp、圧縮歪εc及び引張歪εtの温度履歴を算出することを特徴とする。
【0011】
第4発明に係る構造解析プログラムは、第1発明〜第3発明の何れかに係る構造解析方法をコンピュータに実行させることを特徴とする。
【0012】
第5発明に係る記録媒体は、第4発明に係る構造解析プログラムがコンピュータに読み取り可能に記録されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
第1発明〜第5発明によれば、火災時における鋼製梁の弾塑性挙動を解析するうえで、収束判定を伴う反復演算が不要となるため、演算時間の短縮により解析時間の短縮化を図ることが可能となるうえ、コンピュータの演算負荷の低減を図ることが可能となる。また、火災時における鋼製梁の弾塑性挙動を解析するうえで、複数の要素からなる連続体となるように鋼製梁をモデル化する入力作業が不要となるため、入力作業時間の短縮により解析時間の短縮化を図ることが可能となるうえ、人的労力の負担低減を図ることが可能となる。
【0014】
特に、第2発明によれば、バイリニア型以外の応力−歪関係、即ち、実際の鋼材の素材特性に則した応力―歪関係を有する鋼製梁でも、その弾塑性挙動を精度よく解析することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】(a)は鋼構造建築物の構成を模式的に示す側面図であり、(b)はその火災時の変形後の状態を模式的に示す側面図である。
【図2】鋼製梁の軸力比N/Nyの温度履歴を示すグラフである。
【図3】(a)は本発明に係る構造解析方法において解析対象となる鋼製梁を有する鋼構造建築物のモデルを示す側面図であり、(b)はその解析対象となる鋼製梁のモデルを示す側面図である。
【図4】本発明に係る構造解析方法において解析対象となる鋼製梁のモデルを示す正面断面図である。
【図5】(a)はバイリニア型の応力−歪関係を示すグラフであり、(b)はラウンドハウス型の応力−歪関係を示すグラフである。
【図6】鋼製梁の材端での圧縮歪εcの温度履歴を示すグラフである。
【図7】(a)はラウンドハウス型の応力−歪関係を有する鋼製梁の軸力比の温度履歴を示すグラフであり、(b)はその鋼製梁の圧縮歪εcの温度履歴を示すグラフである。
【図8】第1実施形態に係る構造解析装置の構成を概略的に示すブロック図である。
【図9】第1実施形態に係る構造解析装置のプロセッサが実行する構造解析プログラムの処理手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を適用した構造解析方法を実施するための形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0017】
まず、火災時における鋼製梁の一般的な弾塑性挙動から説明する。
【0018】
鋼構造建築物1内において火災が発生した場合、図1(a)に示すように、加熱された鋼製梁2が温度上昇により伸び出し、その伸び出しが鋼製柱3、他の鋼製梁等の周辺部材に拘束されることによって、鋼製梁2に対して熱応力による軸圧縮力が発生する。このとき、鋼製梁2に対しては、熱応力の他に、鋼製梁2に載荷された長期荷重による曲げモーメントが作用している。
【0019】
鋼製梁2が弾性挙動のみを示す温度範囲S1では、図2に示すように、鋼製梁2に座屈等の不安定現象が生じない限り、その熱応力が温度上昇とともに線形に増加することになる。そして、ある温度T0を超えた時点で、鋼製梁2の応力が最大となる材軸直交断面が全塑性化することになる。以下、この温度T0を弾性限界温度T0として説明する。図1(b)に示す例では、鋼製梁2の両側の材端21とスパン中央22が全塑性化した場合を示している。
【0020】
弾性限界温度T0以降においては、温度上昇に応じた熱応力の線形な増加が止まる。そして、温度上昇に伴い、図1(b)に示すように、鋼製梁2全体が下方にたわむような塑性変形と、塑性領域の断面が材軸方向に縮んだり、弾性領域の一部が塑性領域となる塑性圧縮変形とが進行する。この梁全体のたわむような塑性変形時においては、全塑性状態の断面が塑性ヒンジとしてふるまうことになる。
【0021】
この後、鋼材の耐力が低下し始める温度T1までは、温度上昇によって歪硬化とともに熱応力が増大する。図2に示す例では、温度範囲S2においてこのような挙動が示されている。
【0022】
温度T1を超えた以降においては、鋼材の耐力低下が大きくなり始め、温度上昇に伴い上述の塑性圧縮変形が進行することにより熱応力が減衰し始める。この温度上昇に伴う塑性圧縮変形による変形量は温度上昇とともに増加し、これに伴い熱応力も減衰し続け、最終的には熱応力がゼロとなる。図2に示す例では、温度範囲S3においてこのような挙動が示されている。この状態は、鋼製梁2に載荷された長期荷重による材端21での曲げモーメントと、その材端21での材軸直交断面の曲げ耐力とが釣り合っている状態を示しており、火災時の鋼製梁2の終局状態を示している。
【0023】
以上のような鋼製梁2の弾塑性挙動を解析するため、本願発明に係る構造解析方法では、鋼製梁2の軸力及びモーメントそれぞれの釣り合いを示す式と、その材端での材軸方向の変位適合条件を示す式と、その材軸直交断面での降伏条件を示す式とを有する4元連立方程式を作成し、その4元連立方程式に基づき鋼製梁2の弾塑性挙動を表す軸力N、塑性領域長さlp等のパラメータの温度履歴を算出することとしている。以下、その詳細について更に説明する。
【0024】
まず、本発明に係る構造解析方法で用いられるモデルについて説明する。
【0025】
このモデルでは、図3に示すように、鋼製梁2の材端21周りに配置された鋼製柱3、他の鋼製梁2等の周辺部材によって、鋼製梁2の温度上昇による線膨張が拘束されるものと仮定している。このとき、鋼製柱3、他の鋼製梁2等の周辺部材は、解析対象となる鋼製梁2の温度上昇に依らず常温(20℃)のままであると仮定する。
【0026】
また、このモデルでは、図3(b)に示すように、鋼製梁2のスパン中央22から材端21までの半スパン分の長さlを解析対象としている。この半スパン分の長さlを、ここでは3.5(m)と仮定する。鋼製梁2は図4に示すようなH型断面であると仮定する。鋼製梁2に作用する長期荷重は、スパン中央22の一点に作用する一定の集中荷重P(N)で代表させる。
【0027】
鋼製梁2の材端21は、周辺部材によりその曲げ変形が拘束されて、回転自由度が拘束されているものとして境界条件を仮定する。これは、材軸方向の曲げモーメント分布を、スパン中央22を対称中心とした逆対称とすることにより、後述の理論計算を簡単にするためである。また、鋼製梁2の材端21は、その材端21に接続された弾性バネ41によって、鋼製梁2の線膨張による水平方向の変形が拘束されているものとして境界条件を仮定する。この弾性バネ41は、鋼製梁2の材端21の周辺部材による拘束部分が鋼製梁2の水平変位に対して弾性を有するものとして考えたとき、その拘束効果を表すものとして機能する。この弾性バネ41のバネ剛性K(N/m)は、鋼製梁2の線膨張を拘束する周辺部材の剛性と等価であるものとし、鋼製梁2の材端上下に配置された鋼製柱3の材端31が固定されているものとすると、下記の式(3)により評価できる。

【数3】

【0028】
次に、上述のモデルを用いて、弾性限界温度T0以上の任意の温度Tから微小温度増分dTだけ温度上昇した場合について考える。
【0029】
まず、鋼製梁2の材端21の材軸直交断面での軸力及びモーメントの釣り合いについて考える。この材軸直交断面においては、増分dTの温度上昇により、中立軸25より上側の上側断面25aにおいて引張応力σtが増分dσtだけ均等に増加し、中立軸25より下側の下側断面25bにおいて圧縮応力σcが増分dσcだけ均等に増加するものとする。この場合、その材軸直交断面での軸力Nの増分dNは材軸直交断面内での全応力の増分と釣り合うので、材軸直交断面での軸力の釣り合いを示す式として、下記の式(A0)が導出されることになる。また、この場合、その材軸直交断面でのモーメントの釣り合いを示す式として、下記の式(B0)が導出されることになる。なお、下記の式(A0)のAは鋼製梁2の材軸直交断面の断面積(mm2)である。
【数A0】

【数B0】

【0030】
ここで、温度T時の鋼製梁2の応力−歪関係が、下記の式(4)に記載の関数fにより表されるものとすると、式(4)の両辺を偏微分することにより下記の式(5)が導出される。
【数4】

【数5】

【0031】
すると、材端21の材軸直交断面での材軸方向の力の釣り合いを示す式(A0)は、式(B0)及び式(5)を組み合わせることにより、下記の式(A1)により表されることになる。なお、下記の式(A1)のεcは、鋼製梁2の材端21の材軸直交断面においての、中立軸25より下側の下側断面25bでの圧縮歪(−)である。
【数A1】

【0032】
同様に、材端21の材軸直交断面でのモーメントの釣り合いを示す式(B0)は、式(5)を組み合わせることにより、下記の式(B1)により表されることになる。なお、下記の式(B1)のεtは、鋼製梁2の材端21の材軸直交断面においての、中立軸25より上側の上側断面25aでの引張歪(−)である。
【数B1】

【0033】
次に、鋼製梁2の材端21での材軸方向の変位適合条件について考える。増分dTだけ温度上昇したときの、鋼製梁2の材端21の材軸方向に対する変位に影響する因子としては、図3(b)に示すような、鋼製梁2の弾性領域24における材軸方向の変形量の増分dδe、鋼製梁2の塑性領域23における材軸方向の変形量の増分dδp、鋼製梁2の材端21に接続された弾性バネ41の変形量の増分、鋼製梁2全体の線膨張による変形量の増分とが挙げられる。弾性バネ41の変形量の増分はdN/Kにより表せ、鋼製梁2全体の線膨張による変形量の増分はα・l・dTにより表せることから、鋼製梁2の材端21の変位適合条件を示す式として、下記の式(C0)が導出されることになる。なお、αは鋼材の線膨張係数(1/℃)である。
【数C0】

【0034】
ここで、鋼製梁2の弾性領域24における材軸方向の変形量の増分dδeは、フックの法則から、下記の式(6)により評価できる。なお、下記の式(6)におけるE(T)は温度Tのときの鋼製梁2の弾性係数(N/m2)である。また、下記の式(6)においては、温度Tの増分dT、塑性領域長さlpの増分dlpが考慮されていないが、この場合でも、温度変化に対する弾性領域24の変形量増分dδeが塑性領域23の変形量増分dδpに比べて十分小さいことから、後述の積分演算時において増分dTを十分小さくしておけば、無視しても計算誤差が非常に小さいものとなる。
【数6】

【0035】
また、鋼製梁2の塑性領域23における材軸方向の変形量の増分dδpは、鋼製梁2の応力−歪関係が図5(a)に示すようなバイリニア型である場合、その塑性領域23における材軸直交断面での平均圧縮歪をε0とすると、鋼製梁2の材端21側及びスパン中央22側それぞれの塑性領域23の変形量(ε0・lp)の増分を合計したものとなるので、下記の式(7)により評価できる。
【数7】

【0036】
このとき、鋼製梁2の材端21での材軸直交断面の平均歪増分は、その上側断面25aの引張歪εtの増分dεtと、下側断面25bの圧縮歪εcの増分dεcとの平均値(dεt+dεc)/2で表せる。また、塑性領域23の材軸方向全長に亘る範囲での平均圧縮歪増分dε0は、鋼製梁2の応力―歪関係がバイリニア型である場合、材端21での材軸直交断面の平均歪増分の1/2の値となるので、下記の式(8)が導出される。
【数8】

【0037】
そして、式(7)と式(8)とから下記の式(9)が導出される。
【数9】

【0038】
すると、鋼製梁2の材端21での材軸方向の変位適合条件を示す式(C0)は、式(6)、式(9)を組み合わせることにより、下記の式(C1)により表されることになる。なお、下記の式(C1)は、あくまで応力−歪関係がバイリニア型である場合を前提としている。
【数C1】

【0039】
次に、温度Tからの増分dTの温度上昇によりちょうど塑性化する材軸直交断面での降伏条件について考える。ここでいう、塑性化する材軸直交断面とは、図3(b)に示すような、境界26の断面であり、即ち、梁材端21又はスパン中央22から塑性領域長さlp+dlpの位置にある断面である。この降伏条件は、その材軸直交断面に作用する軸力、曲げモーメントと、降伏耐力Ny(T)、全塑性モーメントMp(T)とから、下記の式(D1)により表せる。なお、降伏耐力Ny(T)は温度Tのときの降伏耐力(N/m2)、全塑性モーメントMp(T)は温度Tのときの全塑性モーメント(N・m)を示す。
【数D1】

【0040】
ここで、上述の式(A1)、(B1)、(C1)、(D1)それぞれは、軸力Nの増分dNと、塑性領域長さlpの増分dlpと、材端21の材軸直交断面での下側断面25bの圧縮歪εcの増分dεcと、その上側断面の引張歪εtの増分dεtのうち何れか一つ以上を含むとともに、温度Tの増分dTとを含んでいる。そこで、これら4つの増分dN、dlp、dεc、dεtが未知数であるとすると、その未知数に対して同数の方程式が成立していることになるので、上述の式(A1)、(B1)、(C1)、(D1)を一組とする4元1次連立方程式を解くことにより、各未知数それぞれの解が求められることになる。
【0041】
このようにして求めた4元1次連立方程式の解は、何れも温度Tからの温度増分dTを含むように表されている。このことから、積分範囲を弾性限界温度T0以上として、求められた解を温度Tで積分することにより、弾性限界温度T0以上の温度範囲での軸力N、塑性領域長さlp、圧縮歪εc、引張歪εtの温度履歴が求められることになる。このとき、積分演算の初期値は、lpをゼロ、N、εc、εtは弾性限界温度T0での弾性解を用いる。
【0042】
図2は、上述の4元1次連立方程式の解を求めた後、その解を温度Tで積分することにより求められた軸力Nについて、軸力比N/Nyで表した温度履歴を示すグラフであり、図6は求められた圧縮歪εcの温度履歴を示すグラフである。なお、図2、図6においては、歪硬化係数と弾性係数との比を歪硬化係数比e(=歪硬化係数/弾性係数)としたとき、歪硬化係数比eが異なる複数の鋼製梁2の温度履歴を示している。
【0043】
また、図2や図6においては、弾性係数、降伏耐力、全塑性モーメント等の材料条件と、解析処理を行なうコンピュータとを同一にした条件の下で、火災時における鋼製梁の弾塑性挙動を有限要素法(FEM)により解析したときの結果も併せて示している。このように、本願発明に係る構造解析法による解析結果と有限要素法による解析結果とはほぼ一致しており、鋼製梁2の弾塑性挙動が精度よく解析できていることが把握できる。
【0044】
なお、上述のように、式(C1)は、鋼製梁2の応力−歪関係がバイリニア型である場合を前提としている。この場合、塑性領域23内での材軸方向の剛性が一定であるため、上述の式(8)が成立することになる。これに対して、図5(b)に示すように、鋼製梁の応力−歪関係がラウンドハウス型のような場合、塑性領域23内での材軸方向の剛性が変化してしまうため、上述の式(8)では、鋼製梁2の材端21での材軸直交断面の平均歪が過小評価される。
【0045】
そこで、このような問題を解決するため、本願発明においては、鋼製梁2の塑性領域23における材軸方向の変形量の増分dδpについて、下記式(E1)により表されるγを用いて評価されている下記のような式(C2)を、変位適合条件を示す式として用いることとしている。なお、下記式(E1)におけるEt(ε,T)は、歪ε、温度Tのときの鋼製梁2の応力−歪関係の接線剛性であり、Et(εc,T)は、図5(b)に示すような歪εcのときの接線剛性として表される。また、E0は、平均歪硬化係数であり、図5(b)に示すように、鋼製梁2の応力−歪関係において歪硬化が始まる点での歪をεsとしたときに、下記式(E2)により表される。式(E1)は、塑性領域23内の平均的な接線剛性をE0で代表させるものとして、そのE0と鋼製梁2の材端21の材軸直交断面での接線剛性Et(εc、T)との比を示している。
【数E1】

【数C2】

【数E2】

【0046】
図7(a)は、ラウンドハウス型の応力−歪関係を有する鋼製梁2について、上述の式(A1)、(B1)、(C2)、(D1)を一組とする4元1次連立方程式の解を求めた後、その解を温度Tで積分することにより求められた軸力Nについて、軸力比N/Nyで表した温度履歴を示すグラフであり、(b)は求められた圧縮歪εcの温度履歴を示すグラフである。また、図7においては、弾性係数、降伏耐力、全塑性モーメント等の材料条件と、解析処理を行なうコンピュータとを同一にした条件の下で、火災時における鋼製梁2の弾塑性挙動を有限要素法(FEM)により解析したときの結果も併せて示している。
【0047】
このように、ラウンドハウス型の応力−歪関係を有する鋼製梁について、本願発明に係る構造解析方法によって弾塑性挙動を解析した場合でも、その解析結果と有限要素法による解析結果とがほぼ一致しており、上述の式(E1)で表されるγを用いて評価されている式を用いることによって、鋼製梁2の弾塑性挙動が精度よく解析できていることが把握できる。
【0048】
また、鋼製梁2の材端21及びスパン中央22の材軸直交断面が全塑性化するときの弾性限界温度T0の求め方についてであるが、これは、鋼製梁2の材端21及びスパン中央22の材軸直交断面が降伏するときの降伏条件から求められる。具体的には、この降伏条件は下記の式(10)により示されることから、弾性限界温度T0は、この式(10)を解くことにより求められる。
【数10】

【0049】
なお、上述の式(10)が導出された根拠について詳細に説明すると、もともと、圧縮軸力と曲げモーメントを受ける棒材の材軸直交断面が降伏するときの降伏条件は、下記の式(11)で表されることが知られている。ここで、Mは降伏する材軸直交断面に作用する曲げモーメントであり、図3(b)に示す条件の下では0.5×P×lにより表される。
【数11】

【0050】
ここで、弾性バネ41の硬さが無限大である場合、鋼製梁2の材端21及びスパン中央22に作用する熱応力による軸力Nとして、下記の式(12)により表されるものが作用する。これに対して、弾性バネ41の硬さが有限である場合、軸力Nが式(12)により表されるものより減少することになり、その軸力Nは、下記の式(13)により表されることが知られている。この式(13)と式(11)とを組み合わせることにより、上述の式(10)が導出されることになる。
【数12】

【数13】

【0051】
次に、本発明の第1実施形態に係る構造解析方法を実行するのに好適な構造解析装置について説明する。
【0052】
構造解析装置5は、図8に示すように、作業員が各種情報を入力するための入力部51と、構造解析装置5全体の動作を制御するためのプロセッサ52と、各種情報を記憶するための記憶部53と、各種情報を出力するための出力部54と、記録媒体56に各種情報を記憶するための外部記憶装置55とを備えるコンピュータとして構成されている。構造解析装置5の入力部51、プロセッサ52等の各構成要素は互いにデータバス57により接続されている。
【0053】
入力部51はキーボード、マウス等から構成される。プロセッサ52はCPU等から構成される。記憶部53はROM、RAM、ハードディスク等から構成される。出力部54はディスプレイ、プリンタ等から構成される。
【0054】
外部記憶装置55は記録媒体56を装填可能に構成されている。外部記憶装置55は、記録媒体56の装填時において記録媒体56に対して情報を読み取り及び書き込み可能に構成されている。記録媒体56は、CD−ROM、MO、DVD等から構成される。
【0055】
第1実施形態においては、上述の構造解析方法を実現するための構造解析プログラム58がCD−ROMとしての記録媒体56に記録されているものとする。構造解析時においては、記録媒体56から構造解析プログラム58が読み出された後、プロセッサ52によりその構造解析プログラム58が実行される。
【0056】
図9は、プロセッサ52により実行される構造解析プログラムの処理手順を示すフローチャートである。
【0057】
まず、ステップS1において、上述の構造解析方法を実行するために必要となる初期パラメータを設定する。この初期パラメータとしては、例えば、上述した鋼製梁2の断面積A、線膨張係数α、弾性係数E(T)、降伏耐力Ny(T)、全塑性モーメントMp(T)、応力―歪関係f(ε、T)等の材料条件や、弾性バネ41の剛性K、長期荷重P、鋼製柱3の断面2次モーメントIc、階高h、総数n等の境界条件等が挙げられる。この材料条件は、解析対象となる鋼製梁の材料に応じたものが設定され、公知の値や実験により求められた値が設定される。境界条件は、解析対象となる鋼構造建築物1に応じたものが適宜設定される。初期パラメータは、記憶部53に予め記憶されたものを用いたり、作業員が入力部51を操作して入力されたものが用いられる。
【0058】
次に、ステップS2において、鋼製梁2の弾性限界温度T0を算出する。弾性限界温度T0は、例えば、式(8)に基づき算出される。
【0059】
次に、ステップS3において、上述した4元連立方程式を作成する。4元連立方程式は、例えば、バイリニア型の応力−歪関係を有する鋼製梁2の弾塑性挙動を解析するうえでは式(A1)、(B1)、(C1)、(D1)を用い、ラウンドハウス型の応力−歪関係を有する鋼製梁2の弾塑性挙動を解析するうえでは式(C1)の代わりに式(C2)を用いる。4元連立方程式の未知数、増分dT以外のパラメータはステップS1において設定したものを用いる。
【0060】
次に、ステップS4において、前ステップS3において作成した4元連立方程式を解くことにより、その4元連立方程式の未知数の解を算出する。ここでいう未知数とは、軸力Nの増分dNと、塑性領域長さlpの増分dlpと、鋼製梁2の材端21の材軸直交断面での下側断面25bの圧縮歪εcの増分dεcと、上側断面25aの引張歪εtの増分dεtとのことをいう。
【0061】
次に、ステップS5において、前ステップS4において算出された4元連立方程式の解、即ち、増分dN、増分dlp、増分dεc、増分dεtを、積分範囲をT0以上の範囲として、温度Tで積分することにより、軸力N、塑性領域長さlp、圧縮歪εc、引張歪εtの温度履歴を算出する。これらパラメータの温度履歴は、記憶部53や記録媒体56に記憶される。また、これらパラメータの温度履歴は、必要に応じて、次ステップS6において出力部54により出力される。出力部54による出力は、ディスプレイの表示、プリンタの印刷等により実行される。
【0062】
以上によれば、火災時における鋼製梁2の弾塑性挙動を解析するうえで、収束判定を伴う反復演算が不要となるため、演算時間の短縮により解析時間の短縮化を図ることが可能となるうえ、コンピュータの演算負荷の低減を図ることが可能となる。また、火災時における鋼製梁2の弾塑性挙動を解析するうえで、複数の要素からなる連続体となるように鋼製梁2をモデル化する入力作業が不要となるため、入力作業時間の短縮により解析時間の短縮化を図ることが可能となるうえ、人的労力の負担低減を図ることが可能となる。
【0063】
本願発明の適用により、どの程度解析時間が短縮化されるのか検討した結果を説明する。鋼製梁2の弾塑性挙動を解析する手段として従来の有限要素法を利用した場合と、本願発明に係る構造解析手段を利用した場合とで、同一の材料条件、境界条件を有する鋼製梁2の弾塑性挙動を解析するのに必要となる時間を測定した。この結果、初期パラメータを設定する等の入力作業が完了した後に、実際に解析結果が算出されるまでに必要となる時間として、従来の有限要素法による構造解析では20秒程度であったのに対して、本願発明に係る構造解析方法では1.3秒程度の時間で解析結果が算出された。この例では、本願発明に係る構造解析方法の適用により、従来の有限要素法を利用した場合より、15倍程度の解析時間の短縮化が図れたことになる。
【0064】
以上、本発明の実施形態の例について詳細に説明したが、前述した実施形態は、何れも本発明を実施するにあたっての具体化の例を示したものに過ぎず、これらによって本発明の技術的範囲が限定的に解釈されてはならないものである。
【符号の説明】
【0065】
1 鋼構造建築物
2 鋼製梁
3 鋼製柱
5 構造解析装置
21 材端
22 スパン中央
23 塑性領域
24 弾性領域
25 中立軸
26 境界
31 材端
41 弾性バネ
51 入力部
52 プロセッサ
53 記憶部
54 出力部
55 外部記憶装置
56 記録媒体
57 データバス
58 構造解析プログラム



【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼構造建築物の鋼製柱間に架設された鋼製梁の火災時における弾塑性挙動を解析するための構造解析方法において、
前記鋼製梁の軸力Nと、当該鋼製梁の材端及びスパン中央からの塑性領域長さlpと、当該鋼製梁の材端の材軸直交断面での下側断面の圧縮歪εcと、上側断面の引張歪εtとについて、前記鋼製梁が温度Tから増分dTだけ温度上昇した場合におけるそれぞれの増分をdN、dlp、dεc、dεtとしたとき、前記増分dN、増分dlp、増分dεc及び増分dεtのうち何れか一つ以上を未知数として含むとともに前記増分dTを含む式として、前記鋼製梁の材端の材軸直交断面での軸力及びモーメントそれぞれの釣り合いを示す式と、前記鋼製梁の材端での材軸方向の変位適合条件を示す式と、温度上昇により塑性化する前記鋼製梁の材軸直交断面での降伏条件を示す式とを有する4元連立方程式を作成し、
前記4元連立方程式を解くことにより前記未知数それぞれの解を算出し、
前記4元連立方程式の解を温度Tで積分することにより、前記軸力N、塑性領域長さlp、圧縮歪εc及び引張歪εtの温度履歴を算出すること
を特徴とする構造解析方法。
【請求項2】
前記鋼製梁が温度Tから増分dTだけ温度上昇したときの前記塑性領域の材軸方向での変形量の増分について、下記式(1)により表されるγを用いて評価されている式を、前記変位適合条件を示す式として用いること
を特徴とする請求項1記載の構造解析方法。
【数1】

ここで、式(1)におけるEt(ε,T)は歪ε、温度Tのときの鋼製梁の応力−歪関係の接線剛性であり、E0は、鋼製梁の応力−歪関係において歪硬化が始まる点での歪をεsとしたときに、下記式(2)により表される。
【数2】

【請求項3】
前記鋼製梁の材端及びスパン中央の材軸直交断面での降伏条件を示す式に基づいて、当該鋼製梁の材端及びスパン中央の材軸直交断面が全塑性化するときの弾性限界温度T0を算出し、
前記4元連立方程式の解を前記温度T0以上の範囲において温度Tで積分することにより、軸力N、塑性領域長さlp、圧縮歪εc及び引張歪εtの温度履歴を算出すること
を特徴とする請求項1又は2記載の構造解析方法。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかに記載の構造解析方法をコンピュータに実行させること
を特徴とする構造解析プログラム。
【請求項5】
請求項4に記載の構造解析プログラムがコンピュータに読み取り可能に記録されていること
を特徴とする記録媒体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−30138(P2013−30138A)
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−167742(P2011−167742)
【出願日】平成23年7月29日(2011.7.29)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】