説明

標的分子の分離・検出方法

【課題】フォトアプタマーを用いずに、フォトアプタマーのコンセプトを通常のアプタマーで実施することによって、標的分子を簡易かつ安価で効率よく検出する方法の提供。
【解決手段】試料中の標的分子を検出するための方法であって、(1)試料中の標的分子と、その標的分子と特異的に反応するアプタマー(フォトアプタマーを除く)を接触させる工程、(2)前記標的分子と前記アプタマーとを含む試料に対して240〜280nmの紫外線を照射することにより、標的分子とアプタマーとの間の共有結合を促進させ、標的分子とアプタマーとの複合体を得る工程、および(3)前記工程(2)にて得られた、標的分子とアプタマーとの複合体を分離して標的分子を検出する工程、を含むことを特徴とする標的分子の検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料中の蛋白質などの標的分子を分離、検出するための技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より蛋白質等の標的分子を分離する手法として、各種クロマトグラフィー、電気泳動などが知られている。これらの技術は標的物質に反応する分子(マーカー)を用いて標的分子に目印をつけ、マーカーと標的分子の複合体を検出する技術と組み合わせて利用されてきた。
【0003】
例えば、ELISA法などにおいてマーカー分子として従来から利用されている抗体は、特異性は高いものの作成に時間と費用がかかるため、昨今ではDNAもしくはRNAからなるアプタマーと呼ばれる機能性分子を用いることがある。これらアプタマーは抗体と同じように標的分子に対し特異的に反応し、かつ化学的に合成可能である。
【0004】
アプタマーが比較的合成の容易な分子であることを利用し、一部におよそ310nm程度の光励起により共有結合による架橋を促進する分子(光反応性官能基)を導入したものがフォトアプタマー(photoaptamer)と呼ばれるもので、これを用いた分離・検出技術も報告されている(例えば、特許文献1〜3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許第6458539号
【特許文献2】米国特許第6544776号
【特許文献3】米国特許第5763177号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のようなフォトアプタマーは、標的分子とアプタマーを共有結合によって強固に固定化することにより、分離、検出に係る処理の制限を軽減することができる点において優れている。特に洗浄においては、強力な洗浄を行っても標的分子とアプタマーの結合が外れないので、背景雑音となる非特異吸着を洗浄することができ、その結果として検出感度が高くなるなどの利点を有する。
【0007】
しかしながら、フォトアプタマーを用いた分子デザインはアプタマーの機能向上を一部限定するもので、特異性の向上が阻害される可能性もあり、かつ作製が通常のアプタマーより複雑なためコストが増加する。
【0008】
本発明は、このような事情に鑑み、これらフォトアプタマーと同じコンセプトを、低コストであり、かつ機能が限定されることのない通常のアプタマーで行うための技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、鋭意検討した結果、フォトアプタマーでない通常のアプタマーに、特定範囲の紫外線を照射することにより、そのアプタマーと標的分子間の共有結合が促進され、強固になることを見出し、かかる知見に基づいて更に検討を重ねることによって本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明の一態様に係る、試料中の標的分子を検出するための方法は、(1)試料中の標的分子と、その標的分子と特異的に反応するアプタマー(フォトアプタマーを除く)を接触させる工程、(2)前記標的分子と前記アプタマーとを含む試料に対して240〜280nmの紫外線を照射することにより、標的分子とアプタマーとの間の共有結合を促進させ、標的分子とアプタマーとの複合体を得る工程、および(3)前記工程(2)にて得られた、標的分子とアプタマーとの複合体を分離して、標的分子を検出する工程、を含むことを特徴とする。
【0011】
通常のアプタマーは前記範囲の紫外線に強い吸収を有するため、この範囲の波長で励起すると、特にアプタマーに含まれるチミンが近傍に存在するアミノ酸分子と共有結合するため、アプタマーと標的分子が強固な結合を有する複合体を形成することになる。また、これらの結合反応が起きるためには分子間距離が十分に近距離である必要があるため、非特異的吸着を形成している分子と複合体を形成することは一般的に困難である。よって、アプタマーが特異的に吸着する分子のみがアプタマーと架橋されることになる。
【0012】
さらに、標的分子が蛋白質である場合、前記範囲の紫外線照射では蛋白質を分解する恐れがあるが、あらかじめアプタマーと特異的吸着をした蛋白質は分解される速度が吸着していない蛋白質よりも遅くなるため、アプタマーと反応しない蛋白質(夾雑物)は分解され、目的の分子のみが残る。よって、前記範囲の紫外線を高強度に照射するだけで、結合と分離を同時に行うことができる。
【0013】
また、前記範囲の波長としては、水銀ランプなどの強い発光を用いることができ、励起光源は比較的安価に入手可能であるため、高価な光源設備も必要がない。
【0014】
したがって、前記検出方法によれば、フォトアプタマーよりも安価で構成上の規制もない通常のアプタマーを用いて、上述したようなフォトアプタマーの利点を有しつつ、簡易かつ迅速に標的分子を分離・検出することができる。
【0015】
さらに、前記検出方法において、前記(3)工程で、前記アプタマーと一部相補配列を持つDNAを用いて、標的分子とアプタマーとの複合体を分離することが好ましい。
【0016】
また、前記検出方法において、前記(3)工程で、標的分子とアプタマーとの複合体を分離する前に、DNA分解酵素によって未反応のアプタマーを分解することが好ましい。こうして、未反応アプタマーの残渣を優先的に排除することにより、分離を行う際、例えばDNAの相補鎖を利用したアフィニティークロマトに順ずる手法を用いる場合やDNAマイクロアレイへのハイブリダイゼーションを行う場合における、未反応のアプタマーが競合することを抑えることができる。紫外線架橋によって作成した複合体は標的蛋白質とアプタマーが近距離を保つため、分解酵素との反応性が低く、基本的には未反応のアプタマーから優先的に分解されることとなる。
【0017】
また、本実施形態の検出方法において検出される標的分子は、蛋白質であることが好適である。
【0018】
さらに、本発明は、別の一態様として、標的分子に特異的に反応するアプタマー、240〜280nmの紫外線を照射可能な光源、および標的分子とアプタマーとの複合体を分離する手段を含む、標的分子を検出するためのキットも提供する。
【発明の効果】
【0019】
以上のように、本発明によれば、フォトアプタマーではない通常のアプタマーを用いて、簡易、安価かつ迅速に標的分子を検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1は、本発明の分離工程における一例(SDS−PAGE電気泳動)の結果のサンプルを示す。
【図2】図2は、実施例1におけるSDS−PAGE電気泳動(1-a)およびウェスタンブロッティング(1-b)の結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明に係る実施形態について説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0022】
[標的分子の検出方法]
本実施形態に係る、試料中の標的分子の検出方法は、以下の工程を含む:
(1)試料中の標的分子と、その標的分子と特異的に反応するアプタマー(フォトアプタマーを除く)を接触させる工程、
(2)前記標的分子と前記アプタマーとを含む試料に対して240〜280nmの紫外線を照射することにより、標的分子とアプタマーとの間の共有結合を促進させ、標的分子とアプタマーとの複合体を得る工程、および
(3)前記工程(2)にて得られた、標的分子とアプタマーとの複合体を分離して、標的分子を検出する工程。
【0023】
以下、それぞれの工程について詳細に説明する。
(1)接触工程
本工程は、試料中の標的分子と、その標的分子と特異的に反応するアプタマーを接触させる工程である。本工程における、標的分子とアプタマーを接触させる条件は、特に制限されないが、標的分子が変性などを起こさないような条件(温度、pHなど)を採用することが好ましい。具体的には、例えば、適切な条件に調整した溶液(バッファーなど)中にて標的分子とアプタマーを混合することによって、両者を接触させる方法などが挙げられる。
【0024】
(試料)
本実施形態において、「試料」とは、複数の分子を含有し、少なくとも一つの標的分子を含んでいる可能性のある、あらゆる溶液、物質、混合物などをさす。
【0025】
(標的分子)
本実施形態における「標的分子」とは、試料中において分離・検出を所望する標的の分子を指し、特に限定はされない。例えば、蛋白質、糖、ヌクレオチド、ビタミン、基質などの分子が本実施形態の検出方法の標的となり得る。
【0026】
なお、後述するように、特定範囲の紫外線照射により、アプタマーに含まれるチミン(T)と、近傍に存在するアミノ酸分子(中でも、リジン、チロシン、セリン、スレオニンなどのアミノ酸分子)との共有結合が促進されるため、標的分子中にこれらのアミノ酸分子が含まれていることが好ましい。よって、本実施形態における標的分子は、リジン、チロシン、セリン、スレオニンなどのアミノ酸分子を有する蛋白質であることが好ましい。
【0027】
また、検出方法に適しているという観点からは、標的分子が水溶性蛋白質であることが好ましい。
【0028】
さらに、本実施形態において標的分子として好ましい蛋白質の具体例としては、例えば、酵素、疾病マーカー、薬効作用を有する蛋白質などが挙げられる。なかでもトロンビン、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、免疫グロブリン(IgE)などが、標的分子として好適である。
【0029】
また、標的分子を修飾して、標的分子とアプタマー間の相互作用が強くなるよう設計することも可能である。
【0030】
(アプタマー)
本実施形態における「アプタマー」とは、特定の標的分子に結合する核酸リガンドをさし、フォトアプタマーを除くアプタマーであって、上述したような標的分子に特異的に反応するものであれば、特に限定なく本実施形態で用いることができる。
【0031】
このようなアプタマーは、1990年にGoldら(Tuerk,C.and Gold L.(1990).Systematic evolution of ligands by exponential enrichment:RNA ligands to bacteriophage T4 DNA polymerase.Science,249,505−510)によって初めてその概念が報告されている。
【0032】
アプタマーは、化学的に合成が可能なことから抗体などのマーカー分子よりも低コストで用いることができ、さらに容易に化学修飾ができることや、容易に特定の構造を持つように設計できることなど、マーカー分子としての利点を多く有する。
【0033】
本実施形態で用いられるアプタマーは、15〜50塩基程度の一本鎖DNAであることが好ましく、20〜40塩基程度の一本鎖DNAであることがより好ましい。
【0034】
さらに、本実施形態に係るアプタマーの配列には、標的分子と結合する部分とは別に、制限酵素の切断配列、バッファ配列、またはタグ配列など、必要に応じた修飾のための配列などが含まれていてもよい。
【0035】
また、後述するように、特定範囲の紫外線照射により、核酸塩基の1つであるチミン(T)と近傍にある所定のアミノ酸との共有結合が促進されるため、本実施形態で用いるアプタマーは、チミンを含む配列を有するアプタマーであることが好適である。
【0036】
このようなアプタマーは、例えば、Systematic Evolution of Ligands by EXponential Enrichment(SELEX)と呼ばれる方法(前述のGoldらの文献(1990)参照)などに記載の方法によって、獲得または同定され得る。
【0037】
具体的には、例えば、SELEX法を用いた場合、標的分子を担体に固定化し、これに核酸ライブラリを添加し、標的分子に結合する核酸を回収し、これを増幅して再び標的分子を固定化した担体に添加する。この工程を10回程度繰り返すことにより、標的分子に対して結合力の高いアプタマーを濃縮し、その塩基配列を決定して、標的分子を認識するアプタマーを取得することが可能である。
【0038】
さらに、特開2007−14292号公報には前記SELEX法をより効率よくしたアプタマーの同定方法が記載されているが、該文献記載の同定方法によってもアプタマーを同定・獲得することができる。
【0039】
このようなSELEX法やその改良法などにより、上述したような具体例以外にも、あらゆる分子に対して特異的に結合するアプタマーを得ることができると考えられるため、所望の標的分子などについてその活性を阻害するアプタマーを取得し、その配列に基づいてアプタマーを設計することもできる。
【0040】
また、SELEX法などによって得られたアプタマー、または既知のアプタマーを用いて、進化模倣的アルゴリズムを使用することによって、標的分子に対してより高い結合能を示すアプタマーを得ることもできる(K. Ikebukuro, Y. Okumura, K. Sumikura, I. Karube, A novel method of screening thrombin−inhibiting DNA aptamers using an evolution−mimicking algorithm, Nucleic Acids Res 33 (2005) e108.参照)。
【0041】
また、得られたアプタマーの標的分子との架橋(結合)効率は、例えば、後述する実施例1記載の方法などを用いて調べることができる。
【0042】
本実施形態において使用できるアプタマーの具体例としては、前記標的分子と特異的に結合するアプタマー、例えば、トロンビン、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、免疫グロブリン(IgEなど)などと特異的に結合するそれぞれのアプタマーが挙げられる。なお、例えば、トロンビンアプタマーは配列番号1、VEGFアプタマーは配列番号2で表される塩基配列を有するものを使用することができる。
【0043】
(2)複合体形成工程
次の工程(2)は、前記工程(1)で接触させた標的分子とアプタマーとを含む試料に対して、240〜280nmの範囲の紫外線を照射する工程である。この工程により、標的分子とアプタマーとの間の共有結合を促進させ、標的分子とアプタマーとの複合体を得ることができる。
【0044】
前記波長範囲で励起すると、アプタマー、特にそのアプタマーに含まれるチミン(T)が、近傍に存在するアミノ酸分子(中でも、リジン、チロシン、セリン、スレオニンなどのアミノ酸分子)と共有結合するため、結果としてアプタマーと標的分子が強固な結合を有する複合体を形成する。
【0045】
また、前記反応が起きるためには分子間距離が十分に近距離である必要があるため、非特異的吸着を形成している分子と複合体を形成することは一般的に困難である。したがって、アプタマーが特異的に吸着する分子のみがアプタマーと結合(架橋)されることになる。特に結合能の高いアプタマーを用いることで、より特異性の高い結合(架橋)反応を行うことができ、フォトアプタマーの機能を代替することが可能である。
【0046】
照射の波長範囲は、通常、240〜280nmの範囲であり、好ましくは245〜265nmの範囲である。照射波長が240nm未満であると、照射に対する光吸収の効率が小さく、架橋が十分に進まないため不適であり、280nmを超えるとアプタマーの光吸収は小さくなる一方、蛋白質分子に対しては光吸収の効率が高くなり、試料へのダメージが大きくなるため好ましくない。特に280nmを超える紫外線はタンパク質中のチロシン、トリプトファンの吸収強度が高く、標的分子の破壊が促進されるため適さない。
【0047】
なお、標的分子が蛋白質である場合は、前記波長範囲の紫外線照射で蛋白質が分解される恐れがあるが、前記工程(1)によりあらかじめ標的分子(蛋白質)はアプタマーと吸着しているため、吸着している蛋白質の分解される速度は遅くなるため、アプタマーと反応しない蛋白質(夾雑物)のみが分解され、目的の標的分子(蛋白質)は全長を保ったまま得られる。つまり、本実施形態によれば、前記波長範囲の紫外線を高強度に照射するだけで、標的分子とアプタマーの結合および標的分子の分離を同時に行うことができるため、非常に迅速な検出が可能となる。
【0048】
前記紫外線照射は、照射する紫外線の総量として10W〜1000W、より好ましくは15W〜150Wであり、その際の紫外線強度密度は100mW/cm〜2000mW/cmが好ましい。紫外線総量が10W以下であると標的分子とアプタマーとの間の共有結合が十分に促進されず、1000W以上であると紫外線照射による標的分子の損傷が起こる恐れがあるので好ましくない。また、照射密度が100mW/cmよりも小さくなると照射時間が長く必要になり、2000mW/cm以上になると分子の損傷程度をコントロールすることが困難になる他、光源の入手も困難となるため、好ましくない。
【0049】
本工程で紫外線照射に用いられる光源としては、前記波長範囲の紫外線を照射できることが可能な光源であれば、特に限定されずに用いることができる。具体例としては、水銀ランプ、LED、固体レーザ(YAG4倍波)などの光源が挙げられ、入手容易性・コストなどの観点から、水銀ランプなどを用いることが好ましい。
【0050】
本工程における、具体的な照射方法の一例としては、水銀ランプからバンドパスフィルターなどを用いて前記範囲の紫外線を取り出し、前記強度の範囲にて前記照射時間内で、前記工程(1)にて接触させた標的分子とアプタマーとを含む試料に対して照射する方法などが挙げられる。
【0051】
以上より、本工程によって、標的分子と、その標的分子に特異的に反応するアプタマーとの強固な共有結合による複合体が得られる。
【0052】
(3)分離・検出工程
次に、前記工程(2)で得られた標的分子とアプタマーの複合体を分離し、標的分子を検出する。試料中に標的分子が存在すれば、前記工程(2)における紫外線照射により、その標的分子と特異的に反応するアプタマーとの複合体が試料中に生成されるはずであるから、その複合体を分離することにより、迅速に試料中の標的分子の存在の有無を調べることができる。
【0053】
前記複合体を分離する方法としては、特に限定はされないが、例えば、種々の電気泳動(1次元、2次元)、ゲルろ過クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィーなど、公知の分離方法を適宜選択して用いることができる。
【0054】
分離した分子の検出手法には、染色、蛍光、化学発光、吸光光度法、光熱変換法など、蛋白質あるいはDNAを検出する一般的な手法を特に制限なく用いることができる。
【0055】
例えば、より具体的な分離・検出工程の一実施形態として、SDS−PAGE(SDS−ポリアクリルアミドゲル)電気泳動によって分離を行う場合を以下に説明する。
【0056】
まず、標的分子およびその標的分子と特異的に反応するアプタマーを含む試料に上述の範囲の紫外線を照射した試料を架橋試料、照射しない試料を混合試料とする。
【0057】
別途そのアプタマーと標的分子のみで作成しておいた紫外線架橋複合体(試料1)および非紫外線架橋複合体(試料2)を質量マーカーとし、得られた混合試料と架橋試料を適切な条件でSDS−PAGE電気泳動法にて分離する。
【0058】
すると、SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)の作用により、通常のアプタマー−標的分子の複合体は結合を失い、マーカーと同位置のバンドは消失あるいは淡くなるが、紫外線架橋された複合体はSDSの作用後も結合を保持しているため、マーカーと同位置のバンドが消失することは無い。このように定性的には、得られたSDS−PAGEゲルのバンド濃淡を視覚的に判断することで試料中の標的分子の有無を判断することが出来る(図1参照)。
【0059】
また、CCD画像等で得られるバンドの濃淡を比較することで、試料中の標的分子の濃度を簡便に定量することができる。
【0060】
例えば架橋試料のマーカー位置のバンド濃度をL、ネガティブコントロールに紫外線照射した試料のマーカー位置のバンド濃度をNとすると、L−Nが紫外線架橋複合体量に相当する。マーカーに使用した試料1との濃度比から標的分子の量を検出することが可能である。
【0061】
本実施形態における分離方法として、より好ましくは、前記複合体の分離・回収を容易にするため、前記アプタマーと一部相補配列を持つDNAを用いて、前記複合体分離する方法が挙げられる。より具体的には、例えば、前記DNAの相補配列を利用したアフィニティークロマトグラフィー、あるいはDNAマイクロアレイへのハイブリダイゼーションなどの公知の方法が挙げられる。なお、これらの方法を用いる場合、未反応のアプタマーが競合する可能性が十分に考えられるため、未反応アプタマーの残渣を優先的に排除して阻害を防ぐことが重要である。
【0062】
そのために、標的分子とアプタマーとの複合体を分離する前に、DNA分解酵素などを用いて未反応アプタマーを分解し排除することが好ましい。紫外線架橋によって作成された複合体は、標的蛋白質とアプタマーが近距離を保つため、分解酵素との反応性が低く、基本的には未反応のアプタマーから優先的に分解されることとなる。従って、通常のDNA同士のハイブリダイゼーションのように、未反応の1本鎖DNAは1本鎖分解酵素を用いて分解することが可能である。
【0063】
具体的には、例えば、後述の実施例3に記載したような方法を用いることができる。
【0064】
[標的分子検出用キット]
本発明は、さらに、標的分子を検出するためのキットを提供する。本発明に係るキットの一実施形態としては、上述したアプタマーを含む標的分子検出用キットが挙げられる。このようなキットには、前記アプタマーに加え、標的分子、240〜280nmの紫外線照射可能な光源、標的分子とアプタマーとの複合体を分離する手段(試薬、溶液、器機など)、及び使用のための説明書などが含まれていてもよい。なお、キットに包含されるアプタマーなどは、凍結乾燥させた試薬の形態や保存溶液中の溶液の形態など、種々の形態で提供され得る。
【実施例】
【0065】
以下に、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例により何ら限定されるものではない。
【0066】
トロンビンを含む試料に対する分離、検出の実施形態を下記に説明する。
[実施例1]
(トロンビン−アプタマー複合体)
既知のトロンビンアプタマー(配列番号1)(K. Ikebukuro, Y. Okumura, K. Sumikura, I. Karube, A novel method of screening thrombin-inhibiting DNA aptamers using an evolution-mimicking algorithm, Nucleic Acids Res 33 (2005) e108.参照)を用いて、トロンビンとトロンビンアプタマーの反応性及びUVでの架橋を調べるために次の操作を行った。
【0067】
まず、使用するトロンビンアプタマーをビオチン化し(以後、単にトロンビンアプタマーと呼称することもある)、調整したバッファー(50mM Tris−HCl、5mM KCl、5mM MgCl2、100mM NaCl(pH8.0))中にてトロンビンとトロンビンアプタマーを混合し、15〜30分室温にてインキュベートした。液量は100μLとし、トロンビン終濃度3μM、トロンビンアプタマー終濃度1μMに調整した。
【0068】
調整した試料を、波長254nmを透過する容器、例えば石英製のセルなどに移し、高圧水銀ランプからバンドパスフィルター254nm±10nmにて取り出した強度200mW/cmの励起光を照射した。ここでは1分、2分、5分照射した3種類のサンプルを準備した。それぞれのサンプルを20μLずつBioRad社製15%Tris−HCl gelにてSDS−PAGEを行った後、ニトロセルロース膜へ転写した。
【0069】
SDS−PAGEの結果は(図2、結果1−a)に示すとおりであり、紫外線照射時間が増加するとトロンビンのバンドが消失して分子量の大きい部分にスメアが見られるようになった。
【0070】
さらに、これを詳細に確認するため、ウェスタンブロッティングを行った。まず、トランスファーバッファーとして、25mM Tris−HCl、192mM グリシン、20%エタノールに調整したものを用い、95Vで60分間転写した。次に、TBS−T中に調整した4%スキムミルクにて1時間ブロッキングを行った。洗浄後、HRPコンジュゲートアビジンを室温にて1時間インキュベートし、Millipore社のImmobilon Wester chemiluminescent HRP substrateにて可視化した。
【0071】
ウェスタンブロッティングの結果は(図2、結果1−b)に示すとおりで、紫外線照射時間が増加するに従ってトロンビンとトロンビンアプタマーの複合体に相当するバンドが増加していることがわかる。また、対象として流したトロンビンアプタマーではバンドが見られないことから、アプタマーによるノイズではないことが確認できた。
【0072】
[実施例2]
(標的分子の分離・検出)
実施例1で得られた紫外線架橋可能なトロンビンアプタマーを用いて分離、検出を行う手法を次に述べる。
【0073】
トロンビンを含む試料を2分し、片方をトロンビンアプタマーおよびトロンビンを含む試料をトロンビンアプタマーの終濃度を1μmとなるようにバッファー中(成分:50mM Tris−HCl、5mM KCl、5mM MgCl2、100mM NaCl(pH8.0))に調整する。もう片方にはネガティブコントロールとなる配列(他蛋白質検出アプタマー(例えば、VEGFアプタマー(配列番号2)、Hasegawa et al., Biotechnology Letter (2009)参照)、ポリAなど)を混合し、同様の濃度で調整する。
【0074】
トロンビンアプタマーを含む試料を測定試料、含まない試料をネガティブコントロールとする。
【0075】
それぞれの試料を25℃で5分間反応させた後、測定試料半分量とネガティブコントロール半分量に対し、高圧水銀ランプからバンドパスフィルター254nm±10nmにて取り出した励起光を強度200mW/cmで10分間照射した。以後、紫外線を照射した試料を架橋試料、照射しない試料を混合試料と呼称する。
【0076】
別途トロンビンアプタマーとトロンビンのみで作成しておいたトロンビン−トロンビンアプタマー紫外線架橋複合体(試料1)およびトロンビン−トロンビンアプマター複合体(試料2)を質量マーカーとし、得られた混合試料と架橋試料をSDS−PAGE電気泳動法で分離した(条件は実施例1と同じ)。
【0077】
SDSの作用により、通常のアプタマー−トロンビンの複合体は結合を失い、マーカーと同位置のバンドは消失あるいは淡くなるが、紫外線架橋された複合体はSDSの作用後も結合を保持しているため、マーカーと同位置のバンドが消失することは無い。このように定性的には、得られたSDS−PAGEゲルのバンド濃淡を視覚的に判断することで試料中のトロンビンの有無を判断することが出来る。
【0078】
また、CCD画像等で得られるバンドの濃淡を比較することで、試料中のトロンビン濃度を簡便に定量することができる。
【0079】
例えば架橋試料のマーカー位置のバンド濃度をL、ネガティブコントロールに紫外線照射した試料のマーカー位置のバンド濃度をNとすると、L−Nが紫外線架橋複合体量に相当する。マーカーに使用した試料1との濃度比からトロンビンの量を検出することが可能である。
【0080】
[実施例3]
(アプタマーと相補配列を持つ配列を利用した分離)
アプタマーの配列を、標的分子と結合する部分とは別箇所に制限酵素の切断配列を含む20〜50塩基程度の配列を含むものとする。なお、ここではSma1(cccggg)の切断配列を利用する。
(アプタマー配列+バッファー配列(例えば、caacaa)+Sma1+バッファー配列)
ガラスビーズや磁性ビーズ等にSma1配列を含むアプタマー分子(以降、捕捉配列と称する)を固定する。固定方法は一般的に知られるものであれば特に問題なく、各社から発売されているキットを用いるものを用いてもかまわない。
【0081】
DNA分子の長さは制限酵素が基板に阻害されること無く働くことができる距離を保っておればよく、例えば50塩基程度の長さを持った任意の1本鎖配列とする。これより短くなっても実施が不可能ではないが、場合によっては極端に反応が阻害される可能性がある。
【0082】
次に、捕捉配列を固定したビーズおよびトロンビンを含む試料をバッファー中に懸濁する。懸濁後、25℃で5分間反応させ、高圧水銀ランプからバンドパスフィルター254nm±10nmにて取り出した励起光を強度400mW/cmで20分間照射する。以後、この処理を行ったサンプルを架橋試料と呼称する。
【0083】
試料の量は特に限定されるものではないが実験の都合やサンプルの量を考慮すると、10μL以上、10mL未満が望ましい。
【0084】
その後、ビーズを回収、洗浄することで、目的の蛋白質(ここではトロンビン)を回収することが可能となる。この際、アプタマーとトロンビンは強固に結合しているため、ビーズからDNAがはがれない範囲内であれば、一般的な複合体回収では用いることの出来ない強固な洗浄・回収処理を行うことが出来る。
【0085】
ここで、架橋試料に対し、捕捉配列の制限酵素サイト部分相補配列を含む相補配列を混合した試料を混合し、ハイブリダイゼーションを行うとSmaI認識2本鎖配列が作成される。SmaI酵素を作用させることでビーズからアプタマー−トロンビン複合体を分離することが出来るため、濃縮することも可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中の標的分子を検出するための方法であって、
(1)試料中の標的分子と、その標的分子と特異的に反応するアプタマー(フォトアプタマーを除く)を接触させる工程、
(2)前記標的分子と前記アプタマーとを含む試料に対して240〜280nmの紫外線を照射することにより、標的分子とアプタマーとの間の共有結合を促進させ、標的分子とアプタマーとの複合体を得る工程、および
(3)前記工程(2)にて得られた、標的分子とアプタマーとの複合体を分離して、標的分子を検出する工程
を含むことを特徴とする標的分子の検出方法。
【請求項2】
前記(3)工程において、前記アプタマーと一部相補配列を持つDNAを用いて、標的分子とアプタマーとの複合体を分離する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記(3)工程において、標的分子とアプタマーとの複合体を分離する前に、DNA分解酵素によって未反応のアプタマーを分解する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記標的分子が蛋白質である、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
標的分子に特異的に反応するアプタマー、240〜280nmの紫外線を照射可能な光源、および標的分子とアプタマーとの複合体を分離する手段を含む、標的分子を検出するためのキット。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−244753(P2011−244753A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−121990(P2010−121990)
【出願日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【Fターム(参考)】