標的物質検出用マイクロチップ
【課題】本発明は、(好ましくは多種類の)標的物質を高感度で検出可能な、標的物質検出用チップを提供することを目的とする。
【解決手段】標的物質を含有する試料を通過させるマイクロ流路を有し、さらに、該マイクロ流路の一端に、試料をマイクロ流路に供給するための試料注入部を有し、該マイクロ流路は、標的物質を認識する検出用物質を固定化した検出領域を1又は2以上有し、検出領域は、マイクロ流路上に形成された(i)凹部底面部、(ii)凸部上面部、又は(iii)環状溝により囲まれた囲い部、において構成される、標的物質検出用チップ。
【解決手段】標的物質を含有する試料を通過させるマイクロ流路を有し、さらに、該マイクロ流路の一端に、試料をマイクロ流路に供給するための試料注入部を有し、該マイクロ流路は、標的物質を認識する検出用物質を固定化した検出領域を1又は2以上有し、検出領域は、マイクロ流路上に形成された(i)凹部底面部、(ii)凸部上面部、又は(iii)環状溝により囲まれた囲い部、において構成される、標的物質検出用チップ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、標的物質検出用マイクロチップに関する。
【背景技術】
【0002】
抗原抗体反応を利用した微量タンパク質の検出法のうち最も一般的な方法の一つとしてELISA法が挙げられる。当該方法では、通常、96穴マイクロプレートのウェル内でサンプルと試薬を反応させている。これに対し、マイクロ流路内に抗体等を固定化してその周辺を反応場とし、流路にサンプル及び検出用試薬を順次流して検出を行うマイクロ流路型チップを用いる方法もある。マイクロ流路型チップは、検出迅速性、省サンプル性、省試薬性の点で優れており、現在様々な研究が進められている。
【0003】
抗体の固体化方法としては、抗体を固定した固体微粒子を流路内に充填し,サンプルを作用させる方法(特許文献1)や、マイクロ流路の一部に直接抗体を固定化する方法(特許文献2及び3)等が知られている。特に、基板表面に化学的処理としてポリマー膜を形成、又はレーザー照射を行うことで、抗体の固定化能を高めた表面上に、インクジェット法で抗体溶液を吐出して固定化する方法が知られている。このような抗体固定化法を用いる場合、例えば次の(1)〜(3)に挙げるような問題があった。
【0004】
すなわち、(1)インクジェット法は基本的に吐出方向の精度が高い方法であるが、使用する抗体溶液の組成及び濃度によっては、吐出方向がばらつき、狙った位置に抗体溶液が付着しない場合がある。この場合、検出領域(抗体が付着した領域)の形状が一定にならなかったり、溶液が流路壁面に付着して形状が大きく変化したりして、チップとしての検出感度再現性が低下する。また、(2)インクジェットの吐出方向が安定であっても、チップ基板の接触角、抗体溶液の粘性等により、試料の広がり方が異なり、検出領域の面積が一定にならない。さらにまた、(3)チップの感度向上のために抗体の固定化密度を上げるには,高濃度の抗体溶液を吐出することが考えられるが、濃度が上がるほど安定吐出が難しくなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−004628号公報
【特許文献2】特開2004−317128号公報
【特許文献3】特開2010−008109号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、(好ましくは多種類の)標的物質を高感度で検出可能な、標的物質検出用チップを提供することを目的とする。特に、インクジェットにより抗体等の溶液を吐出し、所望の位置に所望の形状で抗体等を固定化した検出領域を流路内に製造し、当該検出領域を備えた標的物質検出用チップを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、マイクロ流路上に(i)凹部底面部、(ii)凸部上面部、又は(iii)環状溝により囲まれた囲い部、を形成し、これらの部位へインクジェットにより抗体等の溶液を吐出すれば、所望の位置に所望の形状で抗体等を固定化した検出領域を製造できることを見出し、さらに改良を重ねて本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明は例えば以下の項に係る主題を包含する。
項1.
標的物質を含有する試料を通過させるマイクロ流路を有し、さらに、該マイクロ流路の一端に、試料をマイクロ流路に供給するための試料注入部を有し、
該マイクロ流路は、標的物質を認識する検出用物質を固定化した検出領域を1又は2以上有し、
検出領域は、マイクロ流路上に形成された(i)凹部底面部、(ii)凸部上面部、又は(iii)環状溝により囲まれた囲い部、において構成される、
標的物質検出用チップ。
項2.
検出領域の面積が0.0001〜1mm2である、項1に記載の標的物質検出用チップ。
項3.
検出領域は、マイクロ流路上に形成された(i)凹部底面部において構成される、項1又は2に記載の標的物質検出用チップ。
項4.
前記凹部の断面図における凹部形状が台形(好ましくは等脚台形)であり、当該台形の上底は凸部上面である、項3に記載の標的物質検出用チップ。
項5.
前記台形の上底の端点にある2つの角の角度が、いずれも90°〜150°である、項4に記載の標的物質検出用チップ。
項6.
標的物質を認識する検出用物質が、抗体である、請求項1〜5のいずれかに記載の標的物質検出用チップ。
項7.
試料に含まれる標的物質を検出する方法であって、
項1〜6のいずれかに記載の標的物質検出用チップの検出領域に試料を接触させ、該検出領域内の検出用物質と試料中の標的物質とを結合させる第一工程、
検出用タンパク質と結合した標的物質を検出する第二工程
を含む、標的物質検出方法。
項8.
第一工程と第二工程の間に、
検出用物質と未結合の物質を除去する工程
をさらに含む、項7に記載の標的物質検出方法。
項9.
レーザー照射により、マイクロ流路上に(i)凹部底面部、(ii)凸部上面部、又は(iii)環状溝により囲まれた囲い部、を形成する工程を含む、項1〜6のいずれかに記載の標的物質検出用チップの製造方法。
項10.
項1〜6のいずれかに記載の標的物質検出用チップを備える、標的物質検出用キット。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係るチップは、所望の形状の検出領域を簡便に製造できる上、固定化できる検出用物質量も従来に比べて増加させることができるために検出感度を向上させることが可能である。特に、マイクロ流路上に(i)凹部底面部、(ii)凸部上面部、又は(iii)環状溝により囲まれた囲い部、を形成することで、これらの部位へ、検出用物質(例えば抗体等)を溶解した溶液をインクジェットにより吐出することによって、流路壁面に溶液がくっつくなどすることを防止できる。これにより、吐出部分を所望の形状とすることが容易にできる。さらに、表面張力によって、(i)〜(iii)の各部位以外へと溶液があふれることを抑制できるため、吐出できる溶液量を従来に比べて大幅に増大させることができる。
【0010】
また、1のマイクロ流路中に2以上の検出領域を設けることも可能であるから、例えば1のマイクロ流路中のそれぞれの検出領域において、異なった検出用物質を固定化し、同一の標識で標識された標識物で検出を行えば、ある試料中に存在する複数種の標的物質を一度に検出することも可能となる。また、例えば、1のマイクロ流路中のそれぞれの検出領域において、異なった量の同一検出用物質を固定化すれば、試料中の標的物質の定量的検出も可能である。さらにまた、例えば、各マイクロ流路中の検出領域において、一定量の同一検出用物質を固定化し、各マイクロ流路に同一試料を通過させ、発光強度を比較することで、試料中の標的物質を定量的に検出することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】マイクロ流路上に形成された、(i)凹部底面部、(ii)凸部上面部、又は(iii)環状溝により囲まれた囲い部、それぞれの一態様の模式図を示す。断面図においては、斜線で示される部分が(i)〜(iii)の各部分である。
【図2】凹部断面図における凹部の形状が長方形の場合の例(模式図)、及び凸部断面図における凸部の形状が長方形の場合の例(模式図)、を示す。断面図において、斜線で示される部分が、「凹部の形状」又は「凸部の形状」にあたる。
【図3】(i)凹部(底面部)が形成されたマイクロ流路(一部)の模式図を示す。
【図4】(i)凹部底面部、及び当該部に抗体溶液をインクジェット吐出した際の画像を示す。
【図5】(iii)環状溝により囲まれた囲い部、及び当該部に抗体溶液をインクジェット吐出した際の画像を示す。
【図6】PMMA基板のマイクロ流路に凹部底面部を作製し、抗体溶液をインクジェット吐出して、多量の溶液を所望の形状に吐出できるかを検討した結果を示す。
【図7】(i)凹部底面部を形成したマイクロ流路を備えるチップを作製し、標的物質を検出できるか検討した際に用いた、チップの概要を示す。
【図8】溝及び貫通穴を備えた基板にシートを貼り付け、マイクロ流路並びに試料注入部及び試料貯留部を備える標的物質検出用チップとし、当該チップを用いて標的物質の測定を行う際の、一連の実験の流れの概要を示す。
【図9】図7のチップを用いて標的物質(PICP)を検出したときの、化学発光シグナル強度を定量化し、グラフに表したものを示す。
【図10】検出領域に固定化のため吐出する滴数を増やす(すなわち、固定化される検出用物質料を増加させる)ことにより、発光シグナル強度を強める(すなわち感度を向上させる)ことが可能か検討するために用いたチップの概要を示す。
【図11】図10のチップを用いて標的物質(PICP)を検出したときの、化学発光シグナル強度を定量化し、グラフに表したものを示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について、さらに詳細に説明する。
【0013】
1.標的物質検出用チップ
本発明は、標的物質を含有する試料を通過させるマイクロ流路を有し、さらに、該マイクロ流路の一端に、試料をマイクロ流路に供給するための試料注入部を有し、該マイクロ流路は、標的物質を認識する検出用物質を固定化した検出領域を1又は2以上有し、検出領域は、マイクロ流路上に形成された(i)凹部底面部、(ii)凸部上面部、又は(iii)環状溝により囲まれた囲い部、において構成される、標的物質検出用チップに係る。
【0014】
本発明のチップの材料は、検出用物質や検出のために使用する標識物の検出手段等に応じて、適宜設定できるが、固相基板であることが好ましい。固相基板のなかでも、ポリマー樹脂基板等が好適であり、特にポリマー樹脂のなかでも透明性が高いもの、例えばCOC(環状オレフィン・コポリマー)樹脂、PMMA(ポリメタクリル酸メチル)樹脂等を好ましく用いることができる。
【0015】
また、チップの大きさは特に制限されるものではないが、実験室のベンチやベッドサイド等で手軽かつ簡便に扱えるようにするため、小型であることが好ましい。通常、縦×横が1〜20cm×1〜20cmであり、好ましくは5〜15cm×5〜15cmである。
【0016】
なお、チップの厚さは、後述するマイクロ流路の深さ等を考慮し、適宜設定することができる。
【0017】
本発明のチップは、1又は2以上のマイクロ流路を有する。ここで、マイクロ流路は、微量の試料(液体)を流す微小な流路であって、その幅が数μm以上数千μm以下、深さが数μm以上数千μm以下のものである。なお、当該マイクロ流路は、チップ表面に溝として存在してもよく、チップ内部に管路状で存在してもよい。
【0018】
マイクロ流路の形状は特に限定されず、マイクロ流路における試料の流れに直行する面の断面形状として、例えば、円形、半円形(弦が上部または開口部)、四角形(ある1辺が上部または開口部)、三角形(ある1辺が上部または開口部)等のものであってよい。流路製造加工のし易さ、マイクロ流路が有する検出領域の製造のし易さ等を考慮すると、四角形(特に台形、好ましくは上部または開口部が上底であって上底より下底より短い等脚台形)のものが好ましい。
【0019】
また、マイクロ流路の流路軸形状は、流路に試料を流したときに試料の流れが滞ることが無い限り特に制限されず、例えば直線状、曲線状等の形状であってよいが、直線状が好ましい。最も試料の流れが滞りにくいと考えられるからである。なお、流路軸とはマイクロ流路における流体(試料)の流れ方向の軸を意味する。
【0020】
このようなマイクロ流路は、チップに様々な態様で存在し得る。例えば、チップ表面に形成された溝を、マイクロ流路とすることができる。またさらに、チップ内部に形成された管をマイクロ流路とすることもできる。
【0021】
マイクロ流路の幅及び高さは目的等により上記の範囲内で適宜設定することができる。但し、試料を流したときに毛細管現象により試料が流れ得る程度のものであることが好ましい。マイクロ流路の幅は、10μm以上1000μm以下のものが好ましく、50μm以上500μm以下のものがより好ましい。また、マイクロ流路の高さ(すなわち深さ)は、10μm以上1000μm以下のものが好ましく、50μm以上500μm以下のものがより好ましい。
【0022】
本発明のチップでは、マイクロ流路上に(i)凹部底面部、(ii)凸部上面部、又は(iii)環状溝により囲まれた囲い部、が形成されている。なお、“マイクロ流路上”とは、マイクロ流路の内部(例えば底部や側面部)、好ましくはマイクロ流路の底部である。
【0023】
本発明のチップにおいては、検出領域は、上記(i)〜(iii)のいずれかの部分に形成される。この(i)〜(iii)のいずれかの部分に検出領域が形成されていることが、本発明のチップの重要な特徴の一つである。検出用物質を含む溶液を、インクジェットにより吐出して固定化し、検出用領域を製造するにあたり、(i)〜(iii)の部分に対して吐出することにより、(1)所望の領域及び形状(すなわち、(i)〜(iii)の部分)に該溶液を吐出することが非常に容易にでき、(2)該溶液の広がり方を制御することができ(すなわち、(i)〜(iii)の部分以外へと該溶液が広がることを防止でき)、またさらに(3)比較的大量の該溶液を吐出し固定化することができるので、検出用物質の固定化密度を向上させ得、その結果チップの感度を高めることができる。限定的な解釈を望むものではないが、これらの効果は、(i)〜(iii)の各部分へと溶液を吐出した際、これら部分以外へ該溶液が広がらないよう表面張力がはたらくことにより、もたらされるものと考えられる。
【0024】
以下、(i)〜(iii)の各部分について詳細に説明する。なお、(i)〜(iii)それぞれの一態様を、図1に示す。
【0025】
(i)凹部底面部の凹部とは、マイクロ流路底よりも凹んだ部分をいい、凹部底面部とは、当該凹んだ部分の底面部をいう(図1参照)。凹部を上部からみた図(以下、上部から見た図を「平面図」ともいう)において、凹部の形状は特に制限されず、例えば円形、楕円形、三角形、四角形、五角形、六角形等が例示される。図1では円形である。また、凹部断面図(断面は流路の中心を通る)において、凹部の形状は特に制限はされないが、好ましくは実質的に台形(より好ましくは長方形)である。マイクロ流路が管状ではなく、溝状である場合は、当該台形の上底は、マイクロ流路底が存在していた場合(すなわち凹部が存在しない場合)のマイクロ流路底の断面である。また、ここでの“実質的に”とは、マイクロ流路底が平面でない場合(例えば凹部断面図においてマイクロ流路経が曲線を示すような場合)においても、マイクロ流路底が直線であると仮定した場合に台形であるという意味合いである。図2に、凹部断面図における凹部の形状が長方形の場合の例を示す。
【0026】
凹部断面図における凹部の形状が台形である場合、当該台形の下底は凹部底面であることが好ましい。また、当該台形の下底の端点にある2つの角の角度は、いずれも90°以上であることが好ましく、90°〜150°程度であることがより好ましく、90°〜120°程度であることがさらに好ましく、90°〜100°程度であることがよりさらに好ましい。また、当該2つの角の角度は等しいことが好ましい(すなわち、当該台形が等脚台形であることが好ましい)。
【0027】
また、当該台形の高さは、好ましくはマイクロ流路高さの3割程度(より好ましくは2割程度)以下の長さである。また、当該台形の上底は、好ましくは、マイクロ流路幅の9割程度(より好ましくは8割程度)以下の長さである。
【0028】
(i)凹部底面部に、検出用物質を含む溶液をインクジェットにより複数滴吐出した場合、凹み内に当該溶液が徐々に満たされる。また、凹みがあるため、多少吐出部位がずれたとしても、凹み内であれば検出領域の形状が変わることもない(検出領域形状は凹部底面部の形状と一致する)。また、凹みの存在及び表面張力により、比較的多量の溶液を吐出することが可能となる(凹み内を溶液が満たしたのち、さらに溶液を吐出しても、表面張力がはたらくため、凹部以外へ溶液がこぼれにくい)。
【0029】
なお、図3に、(i)凹部(底面部)が形成されたマイクロ流路(一部)の模式図を示す。
【0030】
(ii)凸部上面部の凸部とは、マイクロ流路底より突き出た部分をいい、凸部上面部とは、当該突き出た部分の上面部をいう(図1参照)。凸部の平面図において、凸部の形状は特に制限されず、例えば円形、楕円形、三角形、四角形、五角形、六角形等が例示される。図1では円形である。また、凸部断面図(断面は流路の中心を通る)において、凸部の形状は特に制限はされないが、好ましくは台形(より好ましくは長方形)である。図2に、凸部断面図における凸部の形状が長方形の場合の例を示す。
【0031】
凸部断面図における凸部の形状が台形である場合、当該台形の上底は凸部上面であり、当該台形の下底は、凸部が無かったと仮定した場合のマイクロ流路底の断面にあたることが好ましい。また、当該台形の上底の端点にある2つの角の角度は、いずれも90°以上であることが好ましく、90°〜150°程度であることがより好ましく、90°〜120°程度であることがさらに好ましく、90°〜100°程度であることがよりさらに好ましい。また、当該2つの角の角度は等しいことが好ましい(すなわち、当該台形が等脚台形であることが好ましい)。
【0032】
また、当該台形の高さは、好ましくはマイクロ流路高さの1割程度以下の長さである。また、当該台形の下底は、好ましくは、マイクロ流路幅の9割程度(より好ましくは8割程度)以下の長さである。
【0033】
(ii)凸部上面部に、検出用物質を含む溶液をインクジェットにより複数滴吐出した場合、凸部上面部に当該溶液が徐々に積み重なり、より大きな液滴へと育ちながら溜まっていく。この際、凸部はマイクロ流路底より突き出しているため、多少吐出部位がずれたとしても、凸部上面部内であれば検出領域の形状が変わることもない(検出領域形状は凸部上面部の形状と一致する)。また、比較的多量の溶液を吐出したとしても、表面張力により凸部上面部にかなり大量の液が溜まり得る(表面張力がはたらくため、凸部上面以外へ溶液がこぼれにくい)。
【0034】
(iii)環状溝により囲まれた囲い部とは、マイクロ流路底に設けられた環状溝により、囲まれたマイクロ流路底面部をいう(図1参照)。ここでの環状溝における“環状”とは、円形のみを意味するものではなく、例えば楕円形、三角形、四角形、五角形、六角形等であってもよい。つまり、溝によりマイクロ流路底の一部が囲まれていれば、囲まれた領域の形は特に制限はされない。好ましくは円形である。図1では円形である。また、溝の幅は、本願発明の効果が得られる限り特に制限されないが、例えば5〜20μm程度が好ましく、10μm程度が特に好ましい。また、当該囲い部の最長幅は、好ましくは、マイクロ流路幅の9割程度(より好ましくは8割程度)以下の長さである。言い換えれば、当該囲い部と流路側面とは、流路幅の{(1〜2割)/2}程度離れていることが好ましい。((1〜2割)を2で除したのは、囲い部と流路側面とが接しないようにするため、両流路側面から囲い部が離れることが望ましいためである。)溝の深さは、特に制限はされないが、好ましくはマイクロ流路高さの1割程度以下の長さである。
【0035】
(iii)環状溝により囲まれた囲い部に、検出用物質を含む溶液をインクジェットにより複数滴吐出した場合、当該囲い部に当該溶液が徐々に積み重なり、より大きな液滴へと育ちながら溜まっていく。この際、囲い部は周りを溝で囲まれているため、多少吐出部位がずれたとしても、凸部上面部内であれば検出領域の形状が変わることもない(検出領域形状は当該囲い部の形状と一致する)。また、比較的多量の溶液を吐出したとしても、表面張力により当該囲い部にかなり大量の液が溜まり得る(表面張力がはたらくため、当該囲い部以外へ溶液がこぼれにくい)。
【0036】
検出領域は、一つのマイクロ流路上に1又は2以上形成され得る。2以上形成される場合には、各検出領域は、(i)〜(iii)のいずれであってもよい。すなわち、一つのマイクロ流路に形成される2以上の検出領域の全てが、(i)、(ii)、又は(iii)のいずれかのみで構成されてもよく、一つのマイクロ流路に形成される2以上の検出領域が、それぞれ、(i)又は(ii)、(ii)又は(iii)、あるいは(i)又は(iii)のいずれかで構成されてもよく、一つのマイクロ流路に形成される2以上の検出領域が、それぞれ、(i)〜(iii)のいずれかで構成されてもよい。好ましくは、一つのマイクロ流路に形成される2以上の検出領域の全てが、(i)、(ii)、又は(iii)のいずれかのみで構成される。
【0037】
上記(i)〜(iii)を備えたマイクロ流路をチップに形成する方法としては、例えば射出成形やレーザー加工など、固相基板の微細加工に用いられる公知の方法を用いることができる。マイクロ流路がチップ表面に存在する溝である場合は、このような公知の方法により、基板表面に溝を作製すればよい。また、マイクロ流路がチップ内部に存在する管状のものである場合は、基板内部を切削加工等により管路状にくり抜くなどして形成することも可能であるが、後述する検出用タンパク質の固定化を容易に行うため、例えば次のようにして形成することが好適である。すなわち、例えばまず基板表面に溝を形成し、次に当該溝の開口部をフィルム又は基板等のカバー部材でカバー(被覆)することにより、チップ内部に管状のマイクロ流路を形成することができる。
【0038】
ここでカバー部材としては特に限定されるものではないが、検出物質の検出に光学的手法を使用可能とするため、透光性を有するものが好ましい。また、該カバー部材の厚さは透光性を確保できる厚さ(カバー部材の材質にもよるが、例えば10〜100μm程度)であることが好ましい。また、マイクロ流路に注入する試料溶液が漏れ出さないよう、密着性に優れるものが好ましい。例えば、抗原抗体反応を妨げない粘着剤の付いたシート又は基板等でできたカバー部材(例えばアクリルシート、アクリル板、PMMAシート、PMMA板、COCシート、COC板など)を、基板に形成した溝全体にわたって貼り付けて被覆することができる。また、例えば、東洋インキ製造株式会社からアクリルシート(品名BT-1、アクリル33μm厚、粘着剤10μm厚)を購入して使用することができる。
【0039】
なお、例えば、住友ベークライト(株)より、射出成型によって好適な溝が形成された基板が販売されており、例えばBS-X2322基板等を本発明のチップの製造に好適に用いることができる。
【0040】
本発明のチップが有するマイクロ流路は、標的物質を含有する試料が(好ましくは毛細管現象により)流れて通過できるように構成される。そして、マイクロ流路は、標的物質を認識する検出用物質を固定化した1又は2以上の検出領域を有する。
【0041】
標的物質は、検出対象となる物質であり、特に制限されるものではなく、例えばタンパク質、核酸、糖鎖、細胞、種々の高分子化合物、低分子化合物などが例示できる。
【0042】
検出用物質は、標的物質を結合する物質であれば特に制限されないが、標的物質を特異的に結合する物質が好ましい。具体的には例えば、タンパク質(ポリペプチドを含む)、核酸、糖鎖、細胞、種々の高分子化合物、低分子化合物などが例示できる。中でも、タンパク質(例えば、抗体、レクチン、抗原等)、核酸(例えばアプタマー)、糖鎖が好ましく、タンパク質が特に好ましい。
【0043】
検出用物質としてタンパク質を用いる場合、制限はされないが、抗体を用いることが特に好ましい。また、標的物質が抗体である場合は、検出用物質として抗原タンパク質を用いることもできる。
【0044】
検出用物質が抗体である場合は、標的物質は当該抗体が認識し得る抗原である。チップのマイクロ流路に供される試料中に、検出用物質(抗体)が認識しえる抗原が存在する場合、抗体抗原反応が起こる。抗体抗原反応が起こった後、当該標的物質(抗原)に特異的に結合する標識物(例えば標的物質を特異的に認識する標識化二次抗体)を適用し、この標識物を検出することで、標的物質を検出することができる。
【0045】
標的物質が抗体である場合は、検出用物質として当該抗体の抗原を用いてもよい。抗原としては、例えば、当該抗体で認識され得るタンパク質(ポリペプチドを含む)、核酸、糖鎖、細胞、種々の高分子化合物、低分子化合物などが挙げられる。
【0046】
検出用物質が抗原である場合、チップのマイクロ流路に供される試料中に、検出用物質(抗原)を認識し得る標的物質(抗体)が存在するとき、抗体抗原反応が起こる。当該抗体抗原反応が起こった後、当該標的物質(抗体)に特異的に結合する標識物(例えば標的物質を特異的に認識する標識化二次抗体)を適用し、この標識物を検出することで、標的物質を検出することができる。
【0047】
標識物としては、例えば、標的物質に特異的に結合し得る分子に標識を施したものであって、検出用タンパク質と標的物質の結合を妨げないものを好ましく利用することができる。例えば、前述した標識化二次抗体の他、標識化アプタマー等が挙げられる。また、この他にも、特定の標的物質に特異的に結合することがよく知られているタンパク質(例えば各種レクチンは特定の糖鎖を認識して結合することが知られている)、核酸、化合物等に標識を施したものも、当該特定の標的物質を検出する標識物として利用可能である。
【0048】
標識物に施される標識としては、例えば、通常抗原抗体反応を検出するための二次抗体に用いられる標識を用いることができ、具体的には蛍光標識、ペルオキシダーゼ標識、アルカリホスファターゼ標識、β-ガラクトシダーゼ標識、グルコースオキシダーゼ標識、ウレアーゼ標識、ビオチン標識、ストレプトアビジン標識、マグネット粒子標識、金・金コロイド標識、放射性物質標識、量子ドット標識等が好ましく例示できる。蛍光標識に用いる蛍光物質としては、検出用タンパク質と標的物質の結合を妨げないものであれば特に制限されず、例えば、フィコビリプロテイン類、各種フルオレセイン、各種シアニン色素等、試薬会社が販売する蛍光化合物はもちろん、GFP等の蛍光タンパク質も適宜選択して使用することができる。また、これらの標識物を検出する方法としては、用いた標識に応じて公知の方法を適宜選択することができる。検出方法の簡便さを考慮すると、ペルオキシダーゼ標識やアルカリホスファターゼ標識が特に好ましい。
【0049】
なお、本発明において抗体とは、検出用タンパク質、標的物質、標識物として用いる標識化二次抗体、いずれに利用する場合おいても、抗原との結合能を有する可変領域を有するタンパク質であれば特に制限されるものではなく、哺乳類又は鳥類由来のポリクローナル抗体、モノクローナル抗体の他、人工的に作製されたキメラ抗体やヒト化抗体、断片化抗体(例えばFabやF(ab’)2)、可変領域を構造に有し特定の分子を特異的に認識する人工タンパク質等も、本発明における抗体として用いることができる。
【0050】
検出領域は、マイクロ流路が有する上記(i)〜(iii)のいずれかの部分に検出用タンパク質を固定化して作製される。また、検出用タンパク質を固定化してから、当該マイクロ流路の開口部をフィルム等でカバーしてもよい(上述したように、この場合、マイクロ流路は溝状ではなく管状になる)。
【0051】
マイクロ流路への上記(i)〜(iii)の形成は、上述したマイクロ流路形成方法と同様に行い得る。すなわち、マイクロ流路を備えたチップを射出成型により製造する場合は、(i)〜(iii)を備えるマイクロ流路を成型できるよう、射出成型の型を作成することができる。また、マイクロ流路に対し、レーザーを照射するなどして、(i)〜(iii)を形成することもできる。なお、用いるレーザーの種類や照射などの各種条件は、チップの材料に応じて適宜設定することができる。例えば、用いるレーザーの種類としては、例えばArFエキシマレーザー(193nm)、XeFエキシマレーザー(351nm)、XeClエキシマレーザー(308nm)、KrFエキシマレーザー(248nm)、F2レーザー(157nm)、3倍波Nd:YAGレーザー(355nm)、4倍波Nd:YAGレーザー(266nm)、5倍波Nd:YAGレーザー(213nm)等が挙げられる。また、CO2レーザー等の長波長レーザーを用いることもできる。
【0052】
なお、レーザー照射によりマイクロ流路形成及び/又は上記(i)〜(iii)の形成を行うと、再付着物(debris)が発生するおそれがある。Debrisはチップを用いた解析に影響を与えるおそれ(特に、再現性が低下するおそれ)があるため、検出用物質を固定化する前に除去することが好ましい。Debrisの除去は、例えば水で洗浄する方法(具体的には、例えば、チップを超純水中で10秒〜10分程度超音波洗浄する方法)が例示できる。さらに、GG処理(例えば、米国特許4393129号、又は第73回レーザ加工学会講演論文集〔ISBN978-4-947684-74-5〕p.143(2010)、等参照)を行うことで、より効率よくdebrisを除去することができ、好ましい。
【0053】
検出用物質をマイクロ流路(の(i)〜(iii)の部分)に固定化する方法としては、例えば、検出用物質を、立体構造をできるだけ安定に保ち得る液体(例えばリン酸緩衝液、PBS等)に溶解させ、これをインクジェット方式で吐出して固定化する方法が挙げられる。当該方法を用いる場合は、(i)〜(iii)の部分へ吐出して固定化した後、フィルム又は基板等のカバー部材でマイクロ流路の開口部を被覆して、マイクロ流路を溝状ではなく管状としてもよい。検出用物質を溶解させた吐出用の溶液の濃度としては、使用する検出用物質等に応じて適宜設定できるが、10〜1000μg/mlであることが好ましく、100〜300μg/mlがさらに好ましい。また、吐出される1滴の溶液量も、使用する検出用物質等に応じて適宜設定できるが、前述の好ましい検出用物質濃度の溶液を吐出する場合は、1〜1000pl(ピコリットル)、特に3〜500pl、なかでも10〜200plであることが好ましい。このような液滴を、一点に連続的に吐出する。1つの検出領域の面積(すなわち、上記(i)〜(iii)の各部分の面積)としては、好ましくは0.0001〜1mm2程度、より好ましくは0.001〜0.5mm2程度、さらに好ましくは0.01〜0.3mm2程度である。
【0054】
なお、特に制限されるものではないが、各検出領域は、マイクロ流路中にほぼ等間隔で存在することが好ましい。すなわち、一つのマイクロ流路において、検出領域と検出領域との間の距離は、ほぼ同じであることが好ましい。
【0055】
また、検出用物質溶液を吐出した後、静置することで、検出用物質を(i)〜(iii)の各部位へと固定化することができる。例えば、室温で4〜24時間静置することで検出用物質を基板に固定することができる。また、固定後、(i)〜(iii)の各部位を、0.5〜2時間程度ブロッキング液で処理することが好ましい。当該処理を行うには、具体的には、例えば、マイクロ流路にブロッキング液を満たして静置させればよい。ブロッキング液を排出させた後、マイクロ流路を洗浄するのがさらに好ましい。当該洗浄は、具体的には、例えば洗浄液(例えばPBS, 0.05 % Triton X-100)でマイクロ流路に満たした後排出する、という操作により行い得る。洗浄は複数回(好ましくは2〜3回)行ってもよい。なお、ブロッキング液としては、スキムミルク溶液、BSA溶液、プロテインフリーの高分子ポリマーや化学合成剤等が好適である。
【0056】
本発明のチップは、さらに、マイクロ流路の一端に、試料を注入するための試料注入部を有する。試料注入部への試料の注入方法は特に制限されないが、ピペット、マイクロピペット、シリンジ等、少量の溶液試料の注入に好ましい用具を用いて行い得る。
【0057】
試料注入部は、検査したい試料を注入する部位であり、ここに注入された試料は、マイクロ流路へ流入するよう、試料注入部は構成されている。試料注入部は、試料を注入しやすいよう、マイクロ流路にくらべ幅が大きい領域でることが好ましいが、試料の注入が可能であれば、単にマイクロ流路の一端を試料注入部として用いてもよい。マイクロ流路への流入は、落下、気圧、電荷等を操作することにより行われてもよいが、特に毛細管現象により起こることが好ましい。なお、マイクロ流路へ流入した試料が、マイクロ流路を流れ各検出領域を通過するのも、例えば上述したマイクロ流路への流入と同じ方法で行われ得、特に毛細管現象により起こることが好ましい。
【0058】
本発明のチップは、さらに、マイクロ流路の試料注入部と逆端に、試料貯留部を有してもよい。試料貯留部は、マイクロ流路を流れてきた試料が貯留される部位である。試料注入部に注入された試料が毛細管現象により全量又はその一部が当該部位まで流れ、貯留される。従って、試料貯留部は、マイクロ流路の端(試料注入部とは異なる端)に存在する。なお、毛細管現象によりマイクロ流路へと供給された溶液は、その後、シリンジ等を用い空気圧により試料貯留部へと排出されてもよい。試料貯留部に貯留された試料は、その後適宜回収され、再利用あるいは廃棄等され得る。当該回収方法は特に制限されないが、ピペット、マイクロピペット、シリンジ等、少量の溶液試料の回収に好ましい用具を用いて行い得る。
【0059】
このように、マイクロ流路の一方の端には試料注入部が存在する。そして、もう一方の端に試料貯留部を有していてもよい。なお、試料注入部は、試料全量の注入が可能となる容積を有することが好ましい。また、試料貯留部は、試料全量の貯留が可能となる容積を有することが好ましい。通常、試料注入部及び試料貯留部は貫通していない穴であり、円筒状である場合、例えばその直径は0.5〜3mm、好ましくは1〜2mmである。穴の深さは、基板の厚み及びマイクロ流路の位置に応じて適宜設定することができる。
【0060】
試料注入部及び試料貯留部は、例えば射出成形や切削加工など、固相基板の微細加工に用いられる公知の方法により、基板を貫通しない穴をマイクロ流路に接続して形成することで作製できる。また、例えば、固相基板を貫通する穴を作製し、当該穴をカバー部材でカバー(被覆)して貫通を無くすることで、試料注入部及び試料貯留部を作製することができる。
【0061】
なお、上述のように、例えばまず基板表面に溝を形成し、次に当該溝の開口部を、フィルム又は基板等のカバー部材でカバー(被覆)することにより、チップ内部にマイクロ流路を形成することができるが、このとき基板において当該溝の両端に貫通穴を作製しておけば、当該溝及び貫通穴をカバー部材で被覆することで、両端に試料注入部及び試料貯留部を備えたマイクロ流路を有するチップを製造することができる。特にこの場合は、当該チップは、カバー部材側を下にして、カバー部材が試料注入部、試料貯留部、マイクロ流路の底になるようにして使用する。
【0062】
カバー部材としては、例えば上述のものを使用できる。
【0063】
本発明に係るチップは、所望の形状の検出領域を簡便に製造できる上、固定化できる検出用物質量も従来に比べて増加させることができるために検出感度を向上させることが可能である。特に、マイクロ流路上に(i)凹部底面部、(ii)凸部上面部、又は(iii)環状溝により囲まれた囲い部、を形成することで、これらの部位へインクジェットにより抗体等の溶液を吐出することにより、流路壁面に溶液がくっつくなどすることを防止できる。これにより、吐出部分を所望の形状とするとともに、吐出できる溶液量を従来に比べて大幅に増大させることができる。
【0064】
また、1のマイクロ流路中に2以上の検出領域を設けることも可能であるから、例えば1のマイクロ流路中のそれぞれの検出領域において、異なった検出用物質を固定化し、同一の標識で標識された標識物で検出を行えば、ある試料中に存在する複数種の標的物質を一度に検出することも可能となる。また、1のマイクロ流路中のそれぞれの検出領域において、異なった量の同一検出用物質を固定化すれば、試料中の標的物質の定量的検出も可能である。
【0065】
2.本発明のチップを用いた標的分子検出方法
本発明は、本発明のチップを用いて、特定の標的物質を検出する方法も提供する。
【0066】
本発明のチップであれば、少量の検出用物質を用いて高感度及び高精度に標的物質の定量測定が可能であり、例えば、大量入手が困難な物質(例えば希少タンパク質、希少糖鎖等)を検出用物質として用い、これに結合する分子(標的物質)を探索、測定するときには特に有用である。
【0067】
具体的には、本発明のチップの検出領域に標的物質を含み得る試料(例えば、体液、血液、細胞破砕液、その他の抗原を含み得る溶液、等)を適用し、必要に応じて、試料中の検出用物質と結合しなかった物質を洗浄して除いた後、標的物質を特異的に検出し得る標識物(例えば標識化二次抗体)を用いて標的物質を定性的及び定量的に分析し得る。
【0068】
本発明の標的分子検出方法は、
試料に含まれる標的物質を検出する方法であって、
本発明に係る標的物質検出用チップの検出領域に試料を接触させ、該検出領域内の検出用物質と試料中の標的物質とを結合させる第一工程、
検出用物質と結合した標的物質を検出する第二工程
を含む、標的物質検出方法
にかかる。
【0069】
前記第一工程で用いる試料としては、標識物質を検出用物質に結合させるのを容易にするために、液体であることが好ましい。例えば、体液、血液、細胞破砕液等が好ましく用いられる。また、標識物質の検出が望まれる検体が固体である場合、これを水やPBS等に溶解させた溶液として、試料として用いることも可能である。
【0070】
また、検出領域に試料を接触させる方法としては、試料をチップの試料注入部に注入し、これが例えば毛細管現象によってマイクロ流路を流れていくことで当該接触が達成される方法が好ましい。
【0071】
なお、1のマイクロ流路に2以上の検出領域がある場合も、試料が順次それぞれの検出領域上を通過し、それぞれの検出領域において当該接触が達成される。
【0072】
前記第二工程では、第一工程で検出用物質と結合した標的物質の検出を行う。当該検出の方法としては、標的物質を特異的に検出できるものであれば特に制限されず、例えば、標的物質に特異的に結合する標識物(例えば標識済み二次抗体)を適用し、当該標識物を検出することで行う検出方法が挙げられる。
【0073】
なお、標識物の適用方法としては、第一工程でマイクロ流路を流れて試料貯留部に溜まった試料を除去した後、試料注入部へ標識物を含む溶液を注入し、例えば毛細管現象により当該溶液をマイクロ流路に流してそれぞれの検出領域へ到達させ、標識物を標的物質に結合させる方法が好適である。
【0074】
使用する標識物としては、標的物質に特異的に結合し得、検出用タンパク質と標的物質との結合を阻害するものでなければ特に制限されず、例えば前述したように、標識化二次抗体、標識化アプタマー等を用いることができる。また、この他にも、特定の標的物質に特異的に結合することがよく知られているタンパク質、核酸、化合物等に標識を施したものも、当該特定の標的物質を検出する標識物として利用可能である。標識物に施される標識としても、例えば前述したものが好ましく用いられ得る。
【0075】
なお、標的物質に特異的に結合する物質(特異的結合物質)を標的物質に適用した後、当該特異的結合物質に特異的に結合する標識物を適用することでも、本発明の標的物質の検出は行い得る。このような検出においては、例えば特異的結合物質として標的物質と結合する抗体(二次抗体)が、標識物としては当該二次抗体に特異的に結合する標識化抗体(三次抗体)が挙げられる。
【0076】
また、標的物質が標識物である場合もあり得、この場合は当該標識物を検出してもよい。
【0077】
標識物を検出する方法としては、前述するように、用いた標識に応じて適宜選択することができる。例えば、ペルオキシダーゼを標識物の標識として用いた場合は、適当な基質を適用し、当該基質がペルオキシダーゼと反応するのを、化学的あるいは光学的に検出することができる。このような基質は多種多様なものが販売されており、適宜選択して使用することが可能である。特に、蛍光標識物を使用すれば、酵素反応時間分を短縮でき、より迅速に標的物質を検出することが可能であり、好ましい。
【0078】
なお、標的物質に標識物を適用する前(すなわち、第一工程と第二工程の間)に、検出用物質と未結合の試料中の物質(分子)を除去する洗浄工程を有することが好ましい。この操作を行うことで、標識物の非特異的な結合を抑制でき、検出精度を上げることができる。検出用物質と未結合の試料中の分子を除去する方法としては、当該除去が可能であり、検出用物質と標的物質との結合を阻害するものでなければ特に制限されず、例えばPBS(リン酸緩衝生理食塩水)+0.05%TritonX-100の洗浄液を用いて洗浄する方法が挙げられる。
【0079】
3.本発明のチップを備える標的物質検出用キット
また、本発明のチップをその一部として備える、標的物質検出用キットも、本発明に含まれる。このようなキットとしては、本発明のチップの他、標的物質を検出用物質と反応(結合)させて検出する実験(例えば抗原抗体反応検出実験)に用いられる各種試薬を備えたものが好ましい。例えば、検出用物質が抗原である場合は、緩衝液、洗浄液の他、標的物質である各動物種の抗体を特異的に認識する標識物(例えば標識化二次抗体)、及び必要であれば該標識物の標識を検出するために必要な試薬等を備えるものである。また、検出用物質が抗体である場合は、緩衝液、洗浄液の他、標的物質である抗原を認識する標識物(例えば標識化二次抗体)、及び必要であれば該標識物の標識を検出するために必要な試薬等を備えるものである。
【実施例】
【0080】
以下、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の例に限定されるものではない。なお、以下インクジェット吐出には[ヘッド部分(クラスターテクノロジー(株)社製パルスインジェクター)、駆動回路部分(WaveBuilder)]を用いた。また、抗PICP抗体は(製品名: Anti-Human Procollagen Type I C-peptide (PIP),Monoclonal (Clone PC8-7); タカラバイオ(株)社製)を用いた。
【0081】
1:マイクロ溝を有する基板の調製
以下のPMMA基板又はCOC基板を購入して、検討に用いた。
PMMA基板(スターライト工業(株)社製:射出成型)又は(日東樹脂工業(株)社製:平板)
COC樹脂基板(住友ベークライト(株)社製:親水性表面処理KP57済み、BS-X2321)
チップサイズは、縦70mm、横30mm、厚さ1mmとした。
【0082】
また、チップにはマイクロ溝(直線状、全長6cm、溝の断面形状は長方形、溝幅0.3mm、溝深さ0.1mm)があり、この両端に、円形状の貫通穴を有する(当該両端の貫通穴は、チップ片面側の穴をカバーなどして塞ぐことで、試料注入部及び試料貯留部となる)。両端の貫通穴はいずれも直径1mmの円筒状である。
【0083】
以下、PMMAチップ又はCOCチップと称する場合、これらのチップは上記のチップサイズ並びに上記マイクロ溝及び貫通穴を備える。
【0084】
2:検出領域作製のための吐出検討
次に、PMMAチップ又はCOCチップのマイクロ溝にArFエキシマレーザー((株)ジーエスユアサ社製EXL-210S)を照射して、マイクロ流路上に(i)凹部底面部を形成した。また、CO2レーザー加工機(トロテックレーザージャパン(株)Speedy300)、(レーザー出力30 W,波長10.6μm)を用いて、レーザーを照射して、(iii)環状溝により囲まれた囲い部、を形成した。形成した(i)凹部底面部、及び当該部に抗体溶液をインクジェット吐出した際の画像を図4に示す。また、形成した(iii)環状溝により囲まれた囲い部、及び当該部に抗体溶液をインクジェット吐出した際の画像を図5に示す。
【0085】
さらに、PMMA基板のマイクロ流路に凹部底面部を作製し、抗体溶液をインクジェット吐出して、多量の溶液を所望の形状に吐出できるか、を検討した。対照として、COC基板のマイクロ流路((i)〜(iii)などの形成処理は一切行わない)を用いた検討も行った。結果を図6に示す。(i)凹部底面部には、抗IL-6抗体溶液を60滴(約2nL)又は120滴(約4nL)吐出することができたが、マイクロ流路に形成処理を行わなかった場合は、60滴吐出すると溶液が流路壁面に付着して所望の形状の検出領域を作製することが困難であった。(120滴吐出すると、完全に溶液が流路壁面に付着した。)
以上のことから、(i)〜(iii)のような形成処理をマイクロ流路に行うことにより、多量の溶液を所望の形状にインクジェット吐出できることが確認できた。
【0086】
3:標的物質検出の検討I
(i)凹部底面部を形成したマイクロ流路を備えるチップを作製し、標的物質を検出できるか検討した。特に、マイクロ流路底にさらに形成処理(凹部のみならず凸部や環状溝も含む)を施したことにより、標的物質の検出に必要となる操作に悪影響が出ないかを調べた。なかでも、標的物質と検出用物質とを結合させた後、結合しない物質を除去するために除去操作(例えば洗浄)を行うが、このような操作に用いる液等がマイクロ流路底の凹部、凸部、或いは環状溝等にトラップされ、検出に悪影響を及ぼすことが懸念されたため、この点を検討した。
【0087】
マイクロ流路を4レーン備えたPMMAチップにおいて、各マイクロ流路に上記と同様にレーザーを照射することで、凹部(α)を作製した。当該凹部(α)は、平面図で円形(直径260μm、流路まで20μmの間隔有り)、断面図では長方形であり、深さは30μmである。また、対照とするため、単にレーザーを照射しただけの領域(β)も作製した。(α)部と(β)部のフルエンスは、いずれも0.05J/cm2とした。一つのマイクロ流路において、試料注入部側から(β)(α)(β)(α)(β)(α)と、6箇所検出領域用部位を作製した。そして、各(α)(β)部に、抗PICP抗体溶液(0.1mg/mL)をインクジェット吐出(1滴あたり53pLを100滴)し、室温で約4時間放置して溶液を蒸発させ、抗PICP抗体を固定化して、検出領域を作製した。
【0088】
またさらに、コントロールとして、COCチップ(2レーン)も用意した。具体的には、住友ベークライトBS-X2321(4レーン)を半分に切断し,2レーン分のみのチップとして使用した。
【0089】
以上のチップについての模式図を図7に示す。
【0090】
さらに、これらのチップについて、特開2010−156585号公報の実施例に記載されるのと同様にしてカバーを施し、標的物質の測定を行った。具体的には、次のようにして行った。
【0091】
各チップのマイクロ溝及び両端の貫通穴がカバー(被覆)されるように、アクリルシート(東洋インキ製造株式会社:品名BT-1、アクリル33μm厚、粘着剤10μm厚)を貼り付け、マイクロ流路並びに試料注入部及び試料貯留部を作製した。
【0092】
そして、当該チップの試料注入部に、ブロッキング液(住友ベークライト)をマイクロピペットにて3μLを各レーンの試料注入部にのせ、毛細管現象により各マイクロ試料排出部まで流すことにより、流路内部をブロッキング液で満たした。室温にて1時間静置後、流路内部の溶液をシリンジを用い空気圧で排出させた後、同様の方法で洗浄液(PBS, 0.05% Triton X-100)を流路内部に導入し洗浄を行った。当該洗浄液による洗浄は3回行った。
【0093】
市販のPICP ELISAキット(製品名:PIP(Procollagen typeI C-peptide)EIA Kit(Precoated);タカラバイオ(株)社製;製品コードMK101)のプロトコールに従い、濃度640ng/ml のPICP抗原(製品名: ヒト培養細胞由来プロコラーゲン; タカラバイオ(株)社製)を、標識抗体溶液(製品名: ペルオキシダーゼ標識抗 PIP モノクローナル抗体; タカラバイオ(株)社製)にて6倍希釈した溶液を試料液とした。
【0094】
この試料液3μLをマイクロピペットにて試料注入部にのせ、毛細管現象により各マイクロ試料排出部まで流し、流路内部を溶液で満たした。室温にて30分静置後、流路内部の溶液をシリンジを用い空気圧で排出させた後、同様の方法で洗浄液(PBS, 0.05% Triton X-100)を流路内部に導入し洗浄を行った。当該洗浄は5回行った。
【0095】
さらに、ペルオキシダーゼの基質としてSuperSignal West Dura Extended Draton Substrate(PIERCE社)を用い、化学発光検出を行った。ペルオキシダーゼ活性により生じた化学発光は、GE ヘルスケア(株)社ImageQuant LAS4000のCCDカメラにて検出(露光時間5分)した.また、得られた化学発光シグナル強度を、ImageQuantTLソフトウェアを用いて定量化した。
【0096】
なお、当該実験においては、試料の注入時はアクリルシート部をチップの底とした。また、化学発光検出は、アクリルシート部をチップ上部とし、アクリルシート側から発光測定を行った。当該実験の一連の流れの概要を、図8に示す。
【0097】
また、化学発光シグナル強度を定量化し、グラフに表したものを図9に示す(用いたCOC基板ではLane1及び2しか無いため、Lane3及び4のグラフはPMMA基板の結果のみである)。当該結果から、深さ30μmの凹部形状の有無によらず、コントロール基板(COC基板)と同等(むしろそれ以上)の発光強度を得ることができることが確認された。そして、流路底に凹部のような段差のある形状を形成しても、発光シグナルが極端に低下したり、非特異的吸着がみられることもない(すなわち、擬陽性、擬陰性も生じない)ことがわかった。また、洗浄等の処理も、結果にはなんら影響を及ぼさないであろうことが確認できた。
【0098】
4:標的物質検出の検討II
検出領域に固定化のため吐出する滴数を増やす(すなわち、固定化される検出用物質料を増加させる)ことにより、発光シグナル強度を強める(すなわち感度を向上させる)ことが可能か検討した。
【0099】
具体的には、上記と同様にして図10に示すチップを作製し(但し、一つの流路に(α)が9箇所ある)、上記と同様に発光シグナルを検出した。当該チップは、抗PICP抗体溶液をインクジェットにより100滴吐出した検出領域、200滴吐出した検出領域、300滴吐出した検出領域を備える。
【0100】
結果を図11に示す。図11a及びbは、いずれも、吐出液滴数が増える(すなわち固定化される検出用物質(抗PICP抗体)量が増える)ことにより、蛍光強度が向上したことを示す。このことは、吐出液滴数を増やすことにより、検出感度を高めることができることを示している。
【0101】
以上のことから、本発明のチップによれば、所望の形状の検出領域を簡便に製造できる上、固定化できる検出用物質量も従来に比べて増加させることができるために、検出感度を向上させることが可能であることがわかった。
【技術分野】
【0001】
本発明は、標的物質検出用マイクロチップに関する。
【背景技術】
【0002】
抗原抗体反応を利用した微量タンパク質の検出法のうち最も一般的な方法の一つとしてELISA法が挙げられる。当該方法では、通常、96穴マイクロプレートのウェル内でサンプルと試薬を反応させている。これに対し、マイクロ流路内に抗体等を固定化してその周辺を反応場とし、流路にサンプル及び検出用試薬を順次流して検出を行うマイクロ流路型チップを用いる方法もある。マイクロ流路型チップは、検出迅速性、省サンプル性、省試薬性の点で優れており、現在様々な研究が進められている。
【0003】
抗体の固体化方法としては、抗体を固定した固体微粒子を流路内に充填し,サンプルを作用させる方法(特許文献1)や、マイクロ流路の一部に直接抗体を固定化する方法(特許文献2及び3)等が知られている。特に、基板表面に化学的処理としてポリマー膜を形成、又はレーザー照射を行うことで、抗体の固定化能を高めた表面上に、インクジェット法で抗体溶液を吐出して固定化する方法が知られている。このような抗体固定化法を用いる場合、例えば次の(1)〜(3)に挙げるような問題があった。
【0004】
すなわち、(1)インクジェット法は基本的に吐出方向の精度が高い方法であるが、使用する抗体溶液の組成及び濃度によっては、吐出方向がばらつき、狙った位置に抗体溶液が付着しない場合がある。この場合、検出領域(抗体が付着した領域)の形状が一定にならなかったり、溶液が流路壁面に付着して形状が大きく変化したりして、チップとしての検出感度再現性が低下する。また、(2)インクジェットの吐出方向が安定であっても、チップ基板の接触角、抗体溶液の粘性等により、試料の広がり方が異なり、検出領域の面積が一定にならない。さらにまた、(3)チップの感度向上のために抗体の固定化密度を上げるには,高濃度の抗体溶液を吐出することが考えられるが、濃度が上がるほど安定吐出が難しくなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−004628号公報
【特許文献2】特開2004−317128号公報
【特許文献3】特開2010−008109号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、(好ましくは多種類の)標的物質を高感度で検出可能な、標的物質検出用チップを提供することを目的とする。特に、インクジェットにより抗体等の溶液を吐出し、所望の位置に所望の形状で抗体等を固定化した検出領域を流路内に製造し、当該検出領域を備えた標的物質検出用チップを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、マイクロ流路上に(i)凹部底面部、(ii)凸部上面部、又は(iii)環状溝により囲まれた囲い部、を形成し、これらの部位へインクジェットにより抗体等の溶液を吐出すれば、所望の位置に所望の形状で抗体等を固定化した検出領域を製造できることを見出し、さらに改良を重ねて本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明は例えば以下の項に係る主題を包含する。
項1.
標的物質を含有する試料を通過させるマイクロ流路を有し、さらに、該マイクロ流路の一端に、試料をマイクロ流路に供給するための試料注入部を有し、
該マイクロ流路は、標的物質を認識する検出用物質を固定化した検出領域を1又は2以上有し、
検出領域は、マイクロ流路上に形成された(i)凹部底面部、(ii)凸部上面部、又は(iii)環状溝により囲まれた囲い部、において構成される、
標的物質検出用チップ。
項2.
検出領域の面積が0.0001〜1mm2である、項1に記載の標的物質検出用チップ。
項3.
検出領域は、マイクロ流路上に形成された(i)凹部底面部において構成される、項1又は2に記載の標的物質検出用チップ。
項4.
前記凹部の断面図における凹部形状が台形(好ましくは等脚台形)であり、当該台形の上底は凸部上面である、項3に記載の標的物質検出用チップ。
項5.
前記台形の上底の端点にある2つの角の角度が、いずれも90°〜150°である、項4に記載の標的物質検出用チップ。
項6.
標的物質を認識する検出用物質が、抗体である、請求項1〜5のいずれかに記載の標的物質検出用チップ。
項7.
試料に含まれる標的物質を検出する方法であって、
項1〜6のいずれかに記載の標的物質検出用チップの検出領域に試料を接触させ、該検出領域内の検出用物質と試料中の標的物質とを結合させる第一工程、
検出用タンパク質と結合した標的物質を検出する第二工程
を含む、標的物質検出方法。
項8.
第一工程と第二工程の間に、
検出用物質と未結合の物質を除去する工程
をさらに含む、項7に記載の標的物質検出方法。
項9.
レーザー照射により、マイクロ流路上に(i)凹部底面部、(ii)凸部上面部、又は(iii)環状溝により囲まれた囲い部、を形成する工程を含む、項1〜6のいずれかに記載の標的物質検出用チップの製造方法。
項10.
項1〜6のいずれかに記載の標的物質検出用チップを備える、標的物質検出用キット。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係るチップは、所望の形状の検出領域を簡便に製造できる上、固定化できる検出用物質量も従来に比べて増加させることができるために検出感度を向上させることが可能である。特に、マイクロ流路上に(i)凹部底面部、(ii)凸部上面部、又は(iii)環状溝により囲まれた囲い部、を形成することで、これらの部位へ、検出用物質(例えば抗体等)を溶解した溶液をインクジェットにより吐出することによって、流路壁面に溶液がくっつくなどすることを防止できる。これにより、吐出部分を所望の形状とすることが容易にできる。さらに、表面張力によって、(i)〜(iii)の各部位以外へと溶液があふれることを抑制できるため、吐出できる溶液量を従来に比べて大幅に増大させることができる。
【0010】
また、1のマイクロ流路中に2以上の検出領域を設けることも可能であるから、例えば1のマイクロ流路中のそれぞれの検出領域において、異なった検出用物質を固定化し、同一の標識で標識された標識物で検出を行えば、ある試料中に存在する複数種の標的物質を一度に検出することも可能となる。また、例えば、1のマイクロ流路中のそれぞれの検出領域において、異なった量の同一検出用物質を固定化すれば、試料中の標的物質の定量的検出も可能である。さらにまた、例えば、各マイクロ流路中の検出領域において、一定量の同一検出用物質を固定化し、各マイクロ流路に同一試料を通過させ、発光強度を比較することで、試料中の標的物質を定量的に検出することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】マイクロ流路上に形成された、(i)凹部底面部、(ii)凸部上面部、又は(iii)環状溝により囲まれた囲い部、それぞれの一態様の模式図を示す。断面図においては、斜線で示される部分が(i)〜(iii)の各部分である。
【図2】凹部断面図における凹部の形状が長方形の場合の例(模式図)、及び凸部断面図における凸部の形状が長方形の場合の例(模式図)、を示す。断面図において、斜線で示される部分が、「凹部の形状」又は「凸部の形状」にあたる。
【図3】(i)凹部(底面部)が形成されたマイクロ流路(一部)の模式図を示す。
【図4】(i)凹部底面部、及び当該部に抗体溶液をインクジェット吐出した際の画像を示す。
【図5】(iii)環状溝により囲まれた囲い部、及び当該部に抗体溶液をインクジェット吐出した際の画像を示す。
【図6】PMMA基板のマイクロ流路に凹部底面部を作製し、抗体溶液をインクジェット吐出して、多量の溶液を所望の形状に吐出できるかを検討した結果を示す。
【図7】(i)凹部底面部を形成したマイクロ流路を備えるチップを作製し、標的物質を検出できるか検討した際に用いた、チップの概要を示す。
【図8】溝及び貫通穴を備えた基板にシートを貼り付け、マイクロ流路並びに試料注入部及び試料貯留部を備える標的物質検出用チップとし、当該チップを用いて標的物質の測定を行う際の、一連の実験の流れの概要を示す。
【図9】図7のチップを用いて標的物質(PICP)を検出したときの、化学発光シグナル強度を定量化し、グラフに表したものを示す。
【図10】検出領域に固定化のため吐出する滴数を増やす(すなわち、固定化される検出用物質料を増加させる)ことにより、発光シグナル強度を強める(すなわち感度を向上させる)ことが可能か検討するために用いたチップの概要を示す。
【図11】図10のチップを用いて標的物質(PICP)を検出したときの、化学発光シグナル強度を定量化し、グラフに表したものを示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について、さらに詳細に説明する。
【0013】
1.標的物質検出用チップ
本発明は、標的物質を含有する試料を通過させるマイクロ流路を有し、さらに、該マイクロ流路の一端に、試料をマイクロ流路に供給するための試料注入部を有し、該マイクロ流路は、標的物質を認識する検出用物質を固定化した検出領域を1又は2以上有し、検出領域は、マイクロ流路上に形成された(i)凹部底面部、(ii)凸部上面部、又は(iii)環状溝により囲まれた囲い部、において構成される、標的物質検出用チップに係る。
【0014】
本発明のチップの材料は、検出用物質や検出のために使用する標識物の検出手段等に応じて、適宜設定できるが、固相基板であることが好ましい。固相基板のなかでも、ポリマー樹脂基板等が好適であり、特にポリマー樹脂のなかでも透明性が高いもの、例えばCOC(環状オレフィン・コポリマー)樹脂、PMMA(ポリメタクリル酸メチル)樹脂等を好ましく用いることができる。
【0015】
また、チップの大きさは特に制限されるものではないが、実験室のベンチやベッドサイド等で手軽かつ簡便に扱えるようにするため、小型であることが好ましい。通常、縦×横が1〜20cm×1〜20cmであり、好ましくは5〜15cm×5〜15cmである。
【0016】
なお、チップの厚さは、後述するマイクロ流路の深さ等を考慮し、適宜設定することができる。
【0017】
本発明のチップは、1又は2以上のマイクロ流路を有する。ここで、マイクロ流路は、微量の試料(液体)を流す微小な流路であって、その幅が数μm以上数千μm以下、深さが数μm以上数千μm以下のものである。なお、当該マイクロ流路は、チップ表面に溝として存在してもよく、チップ内部に管路状で存在してもよい。
【0018】
マイクロ流路の形状は特に限定されず、マイクロ流路における試料の流れに直行する面の断面形状として、例えば、円形、半円形(弦が上部または開口部)、四角形(ある1辺が上部または開口部)、三角形(ある1辺が上部または開口部)等のものであってよい。流路製造加工のし易さ、マイクロ流路が有する検出領域の製造のし易さ等を考慮すると、四角形(特に台形、好ましくは上部または開口部が上底であって上底より下底より短い等脚台形)のものが好ましい。
【0019】
また、マイクロ流路の流路軸形状は、流路に試料を流したときに試料の流れが滞ることが無い限り特に制限されず、例えば直線状、曲線状等の形状であってよいが、直線状が好ましい。最も試料の流れが滞りにくいと考えられるからである。なお、流路軸とはマイクロ流路における流体(試料)の流れ方向の軸を意味する。
【0020】
このようなマイクロ流路は、チップに様々な態様で存在し得る。例えば、チップ表面に形成された溝を、マイクロ流路とすることができる。またさらに、チップ内部に形成された管をマイクロ流路とすることもできる。
【0021】
マイクロ流路の幅及び高さは目的等により上記の範囲内で適宜設定することができる。但し、試料を流したときに毛細管現象により試料が流れ得る程度のものであることが好ましい。マイクロ流路の幅は、10μm以上1000μm以下のものが好ましく、50μm以上500μm以下のものがより好ましい。また、マイクロ流路の高さ(すなわち深さ)は、10μm以上1000μm以下のものが好ましく、50μm以上500μm以下のものがより好ましい。
【0022】
本発明のチップでは、マイクロ流路上に(i)凹部底面部、(ii)凸部上面部、又は(iii)環状溝により囲まれた囲い部、が形成されている。なお、“マイクロ流路上”とは、マイクロ流路の内部(例えば底部や側面部)、好ましくはマイクロ流路の底部である。
【0023】
本発明のチップにおいては、検出領域は、上記(i)〜(iii)のいずれかの部分に形成される。この(i)〜(iii)のいずれかの部分に検出領域が形成されていることが、本発明のチップの重要な特徴の一つである。検出用物質を含む溶液を、インクジェットにより吐出して固定化し、検出用領域を製造するにあたり、(i)〜(iii)の部分に対して吐出することにより、(1)所望の領域及び形状(すなわち、(i)〜(iii)の部分)に該溶液を吐出することが非常に容易にでき、(2)該溶液の広がり方を制御することができ(すなわち、(i)〜(iii)の部分以外へと該溶液が広がることを防止でき)、またさらに(3)比較的大量の該溶液を吐出し固定化することができるので、検出用物質の固定化密度を向上させ得、その結果チップの感度を高めることができる。限定的な解釈を望むものではないが、これらの効果は、(i)〜(iii)の各部分へと溶液を吐出した際、これら部分以外へ該溶液が広がらないよう表面張力がはたらくことにより、もたらされるものと考えられる。
【0024】
以下、(i)〜(iii)の各部分について詳細に説明する。なお、(i)〜(iii)それぞれの一態様を、図1に示す。
【0025】
(i)凹部底面部の凹部とは、マイクロ流路底よりも凹んだ部分をいい、凹部底面部とは、当該凹んだ部分の底面部をいう(図1参照)。凹部を上部からみた図(以下、上部から見た図を「平面図」ともいう)において、凹部の形状は特に制限されず、例えば円形、楕円形、三角形、四角形、五角形、六角形等が例示される。図1では円形である。また、凹部断面図(断面は流路の中心を通る)において、凹部の形状は特に制限はされないが、好ましくは実質的に台形(より好ましくは長方形)である。マイクロ流路が管状ではなく、溝状である場合は、当該台形の上底は、マイクロ流路底が存在していた場合(すなわち凹部が存在しない場合)のマイクロ流路底の断面である。また、ここでの“実質的に”とは、マイクロ流路底が平面でない場合(例えば凹部断面図においてマイクロ流路経が曲線を示すような場合)においても、マイクロ流路底が直線であると仮定した場合に台形であるという意味合いである。図2に、凹部断面図における凹部の形状が長方形の場合の例を示す。
【0026】
凹部断面図における凹部の形状が台形である場合、当該台形の下底は凹部底面であることが好ましい。また、当該台形の下底の端点にある2つの角の角度は、いずれも90°以上であることが好ましく、90°〜150°程度であることがより好ましく、90°〜120°程度であることがさらに好ましく、90°〜100°程度であることがよりさらに好ましい。また、当該2つの角の角度は等しいことが好ましい(すなわち、当該台形が等脚台形であることが好ましい)。
【0027】
また、当該台形の高さは、好ましくはマイクロ流路高さの3割程度(より好ましくは2割程度)以下の長さである。また、当該台形の上底は、好ましくは、マイクロ流路幅の9割程度(より好ましくは8割程度)以下の長さである。
【0028】
(i)凹部底面部に、検出用物質を含む溶液をインクジェットにより複数滴吐出した場合、凹み内に当該溶液が徐々に満たされる。また、凹みがあるため、多少吐出部位がずれたとしても、凹み内であれば検出領域の形状が変わることもない(検出領域形状は凹部底面部の形状と一致する)。また、凹みの存在及び表面張力により、比較的多量の溶液を吐出することが可能となる(凹み内を溶液が満たしたのち、さらに溶液を吐出しても、表面張力がはたらくため、凹部以外へ溶液がこぼれにくい)。
【0029】
なお、図3に、(i)凹部(底面部)が形成されたマイクロ流路(一部)の模式図を示す。
【0030】
(ii)凸部上面部の凸部とは、マイクロ流路底より突き出た部分をいい、凸部上面部とは、当該突き出た部分の上面部をいう(図1参照)。凸部の平面図において、凸部の形状は特に制限されず、例えば円形、楕円形、三角形、四角形、五角形、六角形等が例示される。図1では円形である。また、凸部断面図(断面は流路の中心を通る)において、凸部の形状は特に制限はされないが、好ましくは台形(より好ましくは長方形)である。図2に、凸部断面図における凸部の形状が長方形の場合の例を示す。
【0031】
凸部断面図における凸部の形状が台形である場合、当該台形の上底は凸部上面であり、当該台形の下底は、凸部が無かったと仮定した場合のマイクロ流路底の断面にあたることが好ましい。また、当該台形の上底の端点にある2つの角の角度は、いずれも90°以上であることが好ましく、90°〜150°程度であることがより好ましく、90°〜120°程度であることがさらに好ましく、90°〜100°程度であることがよりさらに好ましい。また、当該2つの角の角度は等しいことが好ましい(すなわち、当該台形が等脚台形であることが好ましい)。
【0032】
また、当該台形の高さは、好ましくはマイクロ流路高さの1割程度以下の長さである。また、当該台形の下底は、好ましくは、マイクロ流路幅の9割程度(より好ましくは8割程度)以下の長さである。
【0033】
(ii)凸部上面部に、検出用物質を含む溶液をインクジェットにより複数滴吐出した場合、凸部上面部に当該溶液が徐々に積み重なり、より大きな液滴へと育ちながら溜まっていく。この際、凸部はマイクロ流路底より突き出しているため、多少吐出部位がずれたとしても、凸部上面部内であれば検出領域の形状が変わることもない(検出領域形状は凸部上面部の形状と一致する)。また、比較的多量の溶液を吐出したとしても、表面張力により凸部上面部にかなり大量の液が溜まり得る(表面張力がはたらくため、凸部上面以外へ溶液がこぼれにくい)。
【0034】
(iii)環状溝により囲まれた囲い部とは、マイクロ流路底に設けられた環状溝により、囲まれたマイクロ流路底面部をいう(図1参照)。ここでの環状溝における“環状”とは、円形のみを意味するものではなく、例えば楕円形、三角形、四角形、五角形、六角形等であってもよい。つまり、溝によりマイクロ流路底の一部が囲まれていれば、囲まれた領域の形は特に制限はされない。好ましくは円形である。図1では円形である。また、溝の幅は、本願発明の効果が得られる限り特に制限されないが、例えば5〜20μm程度が好ましく、10μm程度が特に好ましい。また、当該囲い部の最長幅は、好ましくは、マイクロ流路幅の9割程度(より好ましくは8割程度)以下の長さである。言い換えれば、当該囲い部と流路側面とは、流路幅の{(1〜2割)/2}程度離れていることが好ましい。((1〜2割)を2で除したのは、囲い部と流路側面とが接しないようにするため、両流路側面から囲い部が離れることが望ましいためである。)溝の深さは、特に制限はされないが、好ましくはマイクロ流路高さの1割程度以下の長さである。
【0035】
(iii)環状溝により囲まれた囲い部に、検出用物質を含む溶液をインクジェットにより複数滴吐出した場合、当該囲い部に当該溶液が徐々に積み重なり、より大きな液滴へと育ちながら溜まっていく。この際、囲い部は周りを溝で囲まれているため、多少吐出部位がずれたとしても、凸部上面部内であれば検出領域の形状が変わることもない(検出領域形状は当該囲い部の形状と一致する)。また、比較的多量の溶液を吐出したとしても、表面張力により当該囲い部にかなり大量の液が溜まり得る(表面張力がはたらくため、当該囲い部以外へ溶液がこぼれにくい)。
【0036】
検出領域は、一つのマイクロ流路上に1又は2以上形成され得る。2以上形成される場合には、各検出領域は、(i)〜(iii)のいずれであってもよい。すなわち、一つのマイクロ流路に形成される2以上の検出領域の全てが、(i)、(ii)、又は(iii)のいずれかのみで構成されてもよく、一つのマイクロ流路に形成される2以上の検出領域が、それぞれ、(i)又は(ii)、(ii)又は(iii)、あるいは(i)又は(iii)のいずれかで構成されてもよく、一つのマイクロ流路に形成される2以上の検出領域が、それぞれ、(i)〜(iii)のいずれかで構成されてもよい。好ましくは、一つのマイクロ流路に形成される2以上の検出領域の全てが、(i)、(ii)、又は(iii)のいずれかのみで構成される。
【0037】
上記(i)〜(iii)を備えたマイクロ流路をチップに形成する方法としては、例えば射出成形やレーザー加工など、固相基板の微細加工に用いられる公知の方法を用いることができる。マイクロ流路がチップ表面に存在する溝である場合は、このような公知の方法により、基板表面に溝を作製すればよい。また、マイクロ流路がチップ内部に存在する管状のものである場合は、基板内部を切削加工等により管路状にくり抜くなどして形成することも可能であるが、後述する検出用タンパク質の固定化を容易に行うため、例えば次のようにして形成することが好適である。すなわち、例えばまず基板表面に溝を形成し、次に当該溝の開口部をフィルム又は基板等のカバー部材でカバー(被覆)することにより、チップ内部に管状のマイクロ流路を形成することができる。
【0038】
ここでカバー部材としては特に限定されるものではないが、検出物質の検出に光学的手法を使用可能とするため、透光性を有するものが好ましい。また、該カバー部材の厚さは透光性を確保できる厚さ(カバー部材の材質にもよるが、例えば10〜100μm程度)であることが好ましい。また、マイクロ流路に注入する試料溶液が漏れ出さないよう、密着性に優れるものが好ましい。例えば、抗原抗体反応を妨げない粘着剤の付いたシート又は基板等でできたカバー部材(例えばアクリルシート、アクリル板、PMMAシート、PMMA板、COCシート、COC板など)を、基板に形成した溝全体にわたって貼り付けて被覆することができる。また、例えば、東洋インキ製造株式会社からアクリルシート(品名BT-1、アクリル33μm厚、粘着剤10μm厚)を購入して使用することができる。
【0039】
なお、例えば、住友ベークライト(株)より、射出成型によって好適な溝が形成された基板が販売されており、例えばBS-X2322基板等を本発明のチップの製造に好適に用いることができる。
【0040】
本発明のチップが有するマイクロ流路は、標的物質を含有する試料が(好ましくは毛細管現象により)流れて通過できるように構成される。そして、マイクロ流路は、標的物質を認識する検出用物質を固定化した1又は2以上の検出領域を有する。
【0041】
標的物質は、検出対象となる物質であり、特に制限されるものではなく、例えばタンパク質、核酸、糖鎖、細胞、種々の高分子化合物、低分子化合物などが例示できる。
【0042】
検出用物質は、標的物質を結合する物質であれば特に制限されないが、標的物質を特異的に結合する物質が好ましい。具体的には例えば、タンパク質(ポリペプチドを含む)、核酸、糖鎖、細胞、種々の高分子化合物、低分子化合物などが例示できる。中でも、タンパク質(例えば、抗体、レクチン、抗原等)、核酸(例えばアプタマー)、糖鎖が好ましく、タンパク質が特に好ましい。
【0043】
検出用物質としてタンパク質を用いる場合、制限はされないが、抗体を用いることが特に好ましい。また、標的物質が抗体である場合は、検出用物質として抗原タンパク質を用いることもできる。
【0044】
検出用物質が抗体である場合は、標的物質は当該抗体が認識し得る抗原である。チップのマイクロ流路に供される試料中に、検出用物質(抗体)が認識しえる抗原が存在する場合、抗体抗原反応が起こる。抗体抗原反応が起こった後、当該標的物質(抗原)に特異的に結合する標識物(例えば標的物質を特異的に認識する標識化二次抗体)を適用し、この標識物を検出することで、標的物質を検出することができる。
【0045】
標的物質が抗体である場合は、検出用物質として当該抗体の抗原を用いてもよい。抗原としては、例えば、当該抗体で認識され得るタンパク質(ポリペプチドを含む)、核酸、糖鎖、細胞、種々の高分子化合物、低分子化合物などが挙げられる。
【0046】
検出用物質が抗原である場合、チップのマイクロ流路に供される試料中に、検出用物質(抗原)を認識し得る標的物質(抗体)が存在するとき、抗体抗原反応が起こる。当該抗体抗原反応が起こった後、当該標的物質(抗体)に特異的に結合する標識物(例えば標的物質を特異的に認識する標識化二次抗体)を適用し、この標識物を検出することで、標的物質を検出することができる。
【0047】
標識物としては、例えば、標的物質に特異的に結合し得る分子に標識を施したものであって、検出用タンパク質と標的物質の結合を妨げないものを好ましく利用することができる。例えば、前述した標識化二次抗体の他、標識化アプタマー等が挙げられる。また、この他にも、特定の標的物質に特異的に結合することがよく知られているタンパク質(例えば各種レクチンは特定の糖鎖を認識して結合することが知られている)、核酸、化合物等に標識を施したものも、当該特定の標的物質を検出する標識物として利用可能である。
【0048】
標識物に施される標識としては、例えば、通常抗原抗体反応を検出するための二次抗体に用いられる標識を用いることができ、具体的には蛍光標識、ペルオキシダーゼ標識、アルカリホスファターゼ標識、β-ガラクトシダーゼ標識、グルコースオキシダーゼ標識、ウレアーゼ標識、ビオチン標識、ストレプトアビジン標識、マグネット粒子標識、金・金コロイド標識、放射性物質標識、量子ドット標識等が好ましく例示できる。蛍光標識に用いる蛍光物質としては、検出用タンパク質と標的物質の結合を妨げないものであれば特に制限されず、例えば、フィコビリプロテイン類、各種フルオレセイン、各種シアニン色素等、試薬会社が販売する蛍光化合物はもちろん、GFP等の蛍光タンパク質も適宜選択して使用することができる。また、これらの標識物を検出する方法としては、用いた標識に応じて公知の方法を適宜選択することができる。検出方法の簡便さを考慮すると、ペルオキシダーゼ標識やアルカリホスファターゼ標識が特に好ましい。
【0049】
なお、本発明において抗体とは、検出用タンパク質、標的物質、標識物として用いる標識化二次抗体、いずれに利用する場合おいても、抗原との結合能を有する可変領域を有するタンパク質であれば特に制限されるものではなく、哺乳類又は鳥類由来のポリクローナル抗体、モノクローナル抗体の他、人工的に作製されたキメラ抗体やヒト化抗体、断片化抗体(例えばFabやF(ab’)2)、可変領域を構造に有し特定の分子を特異的に認識する人工タンパク質等も、本発明における抗体として用いることができる。
【0050】
検出領域は、マイクロ流路が有する上記(i)〜(iii)のいずれかの部分に検出用タンパク質を固定化して作製される。また、検出用タンパク質を固定化してから、当該マイクロ流路の開口部をフィルム等でカバーしてもよい(上述したように、この場合、マイクロ流路は溝状ではなく管状になる)。
【0051】
マイクロ流路への上記(i)〜(iii)の形成は、上述したマイクロ流路形成方法と同様に行い得る。すなわち、マイクロ流路を備えたチップを射出成型により製造する場合は、(i)〜(iii)を備えるマイクロ流路を成型できるよう、射出成型の型を作成することができる。また、マイクロ流路に対し、レーザーを照射するなどして、(i)〜(iii)を形成することもできる。なお、用いるレーザーの種類や照射などの各種条件は、チップの材料に応じて適宜設定することができる。例えば、用いるレーザーの種類としては、例えばArFエキシマレーザー(193nm)、XeFエキシマレーザー(351nm)、XeClエキシマレーザー(308nm)、KrFエキシマレーザー(248nm)、F2レーザー(157nm)、3倍波Nd:YAGレーザー(355nm)、4倍波Nd:YAGレーザー(266nm)、5倍波Nd:YAGレーザー(213nm)等が挙げられる。また、CO2レーザー等の長波長レーザーを用いることもできる。
【0052】
なお、レーザー照射によりマイクロ流路形成及び/又は上記(i)〜(iii)の形成を行うと、再付着物(debris)が発生するおそれがある。Debrisはチップを用いた解析に影響を与えるおそれ(特に、再現性が低下するおそれ)があるため、検出用物質を固定化する前に除去することが好ましい。Debrisの除去は、例えば水で洗浄する方法(具体的には、例えば、チップを超純水中で10秒〜10分程度超音波洗浄する方法)が例示できる。さらに、GG処理(例えば、米国特許4393129号、又は第73回レーザ加工学会講演論文集〔ISBN978-4-947684-74-5〕p.143(2010)、等参照)を行うことで、より効率よくdebrisを除去することができ、好ましい。
【0053】
検出用物質をマイクロ流路(の(i)〜(iii)の部分)に固定化する方法としては、例えば、検出用物質を、立体構造をできるだけ安定に保ち得る液体(例えばリン酸緩衝液、PBS等)に溶解させ、これをインクジェット方式で吐出して固定化する方法が挙げられる。当該方法を用いる場合は、(i)〜(iii)の部分へ吐出して固定化した後、フィルム又は基板等のカバー部材でマイクロ流路の開口部を被覆して、マイクロ流路を溝状ではなく管状としてもよい。検出用物質を溶解させた吐出用の溶液の濃度としては、使用する検出用物質等に応じて適宜設定できるが、10〜1000μg/mlであることが好ましく、100〜300μg/mlがさらに好ましい。また、吐出される1滴の溶液量も、使用する検出用物質等に応じて適宜設定できるが、前述の好ましい検出用物質濃度の溶液を吐出する場合は、1〜1000pl(ピコリットル)、特に3〜500pl、なかでも10〜200plであることが好ましい。このような液滴を、一点に連続的に吐出する。1つの検出領域の面積(すなわち、上記(i)〜(iii)の各部分の面積)としては、好ましくは0.0001〜1mm2程度、より好ましくは0.001〜0.5mm2程度、さらに好ましくは0.01〜0.3mm2程度である。
【0054】
なお、特に制限されるものではないが、各検出領域は、マイクロ流路中にほぼ等間隔で存在することが好ましい。すなわち、一つのマイクロ流路において、検出領域と検出領域との間の距離は、ほぼ同じであることが好ましい。
【0055】
また、検出用物質溶液を吐出した後、静置することで、検出用物質を(i)〜(iii)の各部位へと固定化することができる。例えば、室温で4〜24時間静置することで検出用物質を基板に固定することができる。また、固定後、(i)〜(iii)の各部位を、0.5〜2時間程度ブロッキング液で処理することが好ましい。当該処理を行うには、具体的には、例えば、マイクロ流路にブロッキング液を満たして静置させればよい。ブロッキング液を排出させた後、マイクロ流路を洗浄するのがさらに好ましい。当該洗浄は、具体的には、例えば洗浄液(例えばPBS, 0.05 % Triton X-100)でマイクロ流路に満たした後排出する、という操作により行い得る。洗浄は複数回(好ましくは2〜3回)行ってもよい。なお、ブロッキング液としては、スキムミルク溶液、BSA溶液、プロテインフリーの高分子ポリマーや化学合成剤等が好適である。
【0056】
本発明のチップは、さらに、マイクロ流路の一端に、試料を注入するための試料注入部を有する。試料注入部への試料の注入方法は特に制限されないが、ピペット、マイクロピペット、シリンジ等、少量の溶液試料の注入に好ましい用具を用いて行い得る。
【0057】
試料注入部は、検査したい試料を注入する部位であり、ここに注入された試料は、マイクロ流路へ流入するよう、試料注入部は構成されている。試料注入部は、試料を注入しやすいよう、マイクロ流路にくらべ幅が大きい領域でることが好ましいが、試料の注入が可能であれば、単にマイクロ流路の一端を試料注入部として用いてもよい。マイクロ流路への流入は、落下、気圧、電荷等を操作することにより行われてもよいが、特に毛細管現象により起こることが好ましい。なお、マイクロ流路へ流入した試料が、マイクロ流路を流れ各検出領域を通過するのも、例えば上述したマイクロ流路への流入と同じ方法で行われ得、特に毛細管現象により起こることが好ましい。
【0058】
本発明のチップは、さらに、マイクロ流路の試料注入部と逆端に、試料貯留部を有してもよい。試料貯留部は、マイクロ流路を流れてきた試料が貯留される部位である。試料注入部に注入された試料が毛細管現象により全量又はその一部が当該部位まで流れ、貯留される。従って、試料貯留部は、マイクロ流路の端(試料注入部とは異なる端)に存在する。なお、毛細管現象によりマイクロ流路へと供給された溶液は、その後、シリンジ等を用い空気圧により試料貯留部へと排出されてもよい。試料貯留部に貯留された試料は、その後適宜回収され、再利用あるいは廃棄等され得る。当該回収方法は特に制限されないが、ピペット、マイクロピペット、シリンジ等、少量の溶液試料の回収に好ましい用具を用いて行い得る。
【0059】
このように、マイクロ流路の一方の端には試料注入部が存在する。そして、もう一方の端に試料貯留部を有していてもよい。なお、試料注入部は、試料全量の注入が可能となる容積を有することが好ましい。また、試料貯留部は、試料全量の貯留が可能となる容積を有することが好ましい。通常、試料注入部及び試料貯留部は貫通していない穴であり、円筒状である場合、例えばその直径は0.5〜3mm、好ましくは1〜2mmである。穴の深さは、基板の厚み及びマイクロ流路の位置に応じて適宜設定することができる。
【0060】
試料注入部及び試料貯留部は、例えば射出成形や切削加工など、固相基板の微細加工に用いられる公知の方法により、基板を貫通しない穴をマイクロ流路に接続して形成することで作製できる。また、例えば、固相基板を貫通する穴を作製し、当該穴をカバー部材でカバー(被覆)して貫通を無くすることで、試料注入部及び試料貯留部を作製することができる。
【0061】
なお、上述のように、例えばまず基板表面に溝を形成し、次に当該溝の開口部を、フィルム又は基板等のカバー部材でカバー(被覆)することにより、チップ内部にマイクロ流路を形成することができるが、このとき基板において当該溝の両端に貫通穴を作製しておけば、当該溝及び貫通穴をカバー部材で被覆することで、両端に試料注入部及び試料貯留部を備えたマイクロ流路を有するチップを製造することができる。特にこの場合は、当該チップは、カバー部材側を下にして、カバー部材が試料注入部、試料貯留部、マイクロ流路の底になるようにして使用する。
【0062】
カバー部材としては、例えば上述のものを使用できる。
【0063】
本発明に係るチップは、所望の形状の検出領域を簡便に製造できる上、固定化できる検出用物質量も従来に比べて増加させることができるために検出感度を向上させることが可能である。特に、マイクロ流路上に(i)凹部底面部、(ii)凸部上面部、又は(iii)環状溝により囲まれた囲い部、を形成することで、これらの部位へインクジェットにより抗体等の溶液を吐出することにより、流路壁面に溶液がくっつくなどすることを防止できる。これにより、吐出部分を所望の形状とするとともに、吐出できる溶液量を従来に比べて大幅に増大させることができる。
【0064】
また、1のマイクロ流路中に2以上の検出領域を設けることも可能であるから、例えば1のマイクロ流路中のそれぞれの検出領域において、異なった検出用物質を固定化し、同一の標識で標識された標識物で検出を行えば、ある試料中に存在する複数種の標的物質を一度に検出することも可能となる。また、1のマイクロ流路中のそれぞれの検出領域において、異なった量の同一検出用物質を固定化すれば、試料中の標的物質の定量的検出も可能である。
【0065】
2.本発明のチップを用いた標的分子検出方法
本発明は、本発明のチップを用いて、特定の標的物質を検出する方法も提供する。
【0066】
本発明のチップであれば、少量の検出用物質を用いて高感度及び高精度に標的物質の定量測定が可能であり、例えば、大量入手が困難な物質(例えば希少タンパク質、希少糖鎖等)を検出用物質として用い、これに結合する分子(標的物質)を探索、測定するときには特に有用である。
【0067】
具体的には、本発明のチップの検出領域に標的物質を含み得る試料(例えば、体液、血液、細胞破砕液、その他の抗原を含み得る溶液、等)を適用し、必要に応じて、試料中の検出用物質と結合しなかった物質を洗浄して除いた後、標的物質を特異的に検出し得る標識物(例えば標識化二次抗体)を用いて標的物質を定性的及び定量的に分析し得る。
【0068】
本発明の標的分子検出方法は、
試料に含まれる標的物質を検出する方法であって、
本発明に係る標的物質検出用チップの検出領域に試料を接触させ、該検出領域内の検出用物質と試料中の標的物質とを結合させる第一工程、
検出用物質と結合した標的物質を検出する第二工程
を含む、標的物質検出方法
にかかる。
【0069】
前記第一工程で用いる試料としては、標識物質を検出用物質に結合させるのを容易にするために、液体であることが好ましい。例えば、体液、血液、細胞破砕液等が好ましく用いられる。また、標識物質の検出が望まれる検体が固体である場合、これを水やPBS等に溶解させた溶液として、試料として用いることも可能である。
【0070】
また、検出領域に試料を接触させる方法としては、試料をチップの試料注入部に注入し、これが例えば毛細管現象によってマイクロ流路を流れていくことで当該接触が達成される方法が好ましい。
【0071】
なお、1のマイクロ流路に2以上の検出領域がある場合も、試料が順次それぞれの検出領域上を通過し、それぞれの検出領域において当該接触が達成される。
【0072】
前記第二工程では、第一工程で検出用物質と結合した標的物質の検出を行う。当該検出の方法としては、標的物質を特異的に検出できるものであれば特に制限されず、例えば、標的物質に特異的に結合する標識物(例えば標識済み二次抗体)を適用し、当該標識物を検出することで行う検出方法が挙げられる。
【0073】
なお、標識物の適用方法としては、第一工程でマイクロ流路を流れて試料貯留部に溜まった試料を除去した後、試料注入部へ標識物を含む溶液を注入し、例えば毛細管現象により当該溶液をマイクロ流路に流してそれぞれの検出領域へ到達させ、標識物を標的物質に結合させる方法が好適である。
【0074】
使用する標識物としては、標的物質に特異的に結合し得、検出用タンパク質と標的物質との結合を阻害するものでなければ特に制限されず、例えば前述したように、標識化二次抗体、標識化アプタマー等を用いることができる。また、この他にも、特定の標的物質に特異的に結合することがよく知られているタンパク質、核酸、化合物等に標識を施したものも、当該特定の標的物質を検出する標識物として利用可能である。標識物に施される標識としても、例えば前述したものが好ましく用いられ得る。
【0075】
なお、標的物質に特異的に結合する物質(特異的結合物質)を標的物質に適用した後、当該特異的結合物質に特異的に結合する標識物を適用することでも、本発明の標的物質の検出は行い得る。このような検出においては、例えば特異的結合物質として標的物質と結合する抗体(二次抗体)が、標識物としては当該二次抗体に特異的に結合する標識化抗体(三次抗体)が挙げられる。
【0076】
また、標的物質が標識物である場合もあり得、この場合は当該標識物を検出してもよい。
【0077】
標識物を検出する方法としては、前述するように、用いた標識に応じて適宜選択することができる。例えば、ペルオキシダーゼを標識物の標識として用いた場合は、適当な基質を適用し、当該基質がペルオキシダーゼと反応するのを、化学的あるいは光学的に検出することができる。このような基質は多種多様なものが販売されており、適宜選択して使用することが可能である。特に、蛍光標識物を使用すれば、酵素反応時間分を短縮でき、より迅速に標的物質を検出することが可能であり、好ましい。
【0078】
なお、標的物質に標識物を適用する前(すなわち、第一工程と第二工程の間)に、検出用物質と未結合の試料中の物質(分子)を除去する洗浄工程を有することが好ましい。この操作を行うことで、標識物の非特異的な結合を抑制でき、検出精度を上げることができる。検出用物質と未結合の試料中の分子を除去する方法としては、当該除去が可能であり、検出用物質と標的物質との結合を阻害するものでなければ特に制限されず、例えばPBS(リン酸緩衝生理食塩水)+0.05%TritonX-100の洗浄液を用いて洗浄する方法が挙げられる。
【0079】
3.本発明のチップを備える標的物質検出用キット
また、本発明のチップをその一部として備える、標的物質検出用キットも、本発明に含まれる。このようなキットとしては、本発明のチップの他、標的物質を検出用物質と反応(結合)させて検出する実験(例えば抗原抗体反応検出実験)に用いられる各種試薬を備えたものが好ましい。例えば、検出用物質が抗原である場合は、緩衝液、洗浄液の他、標的物質である各動物種の抗体を特異的に認識する標識物(例えば標識化二次抗体)、及び必要であれば該標識物の標識を検出するために必要な試薬等を備えるものである。また、検出用物質が抗体である場合は、緩衝液、洗浄液の他、標的物質である抗原を認識する標識物(例えば標識化二次抗体)、及び必要であれば該標識物の標識を検出するために必要な試薬等を備えるものである。
【実施例】
【0080】
以下、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の例に限定されるものではない。なお、以下インクジェット吐出には[ヘッド部分(クラスターテクノロジー(株)社製パルスインジェクター)、駆動回路部分(WaveBuilder)]を用いた。また、抗PICP抗体は(製品名: Anti-Human Procollagen Type I C-peptide (PIP),Monoclonal (Clone PC8-7); タカラバイオ(株)社製)を用いた。
【0081】
1:マイクロ溝を有する基板の調製
以下のPMMA基板又はCOC基板を購入して、検討に用いた。
PMMA基板(スターライト工業(株)社製:射出成型)又は(日東樹脂工業(株)社製:平板)
COC樹脂基板(住友ベークライト(株)社製:親水性表面処理KP57済み、BS-X2321)
チップサイズは、縦70mm、横30mm、厚さ1mmとした。
【0082】
また、チップにはマイクロ溝(直線状、全長6cm、溝の断面形状は長方形、溝幅0.3mm、溝深さ0.1mm)があり、この両端に、円形状の貫通穴を有する(当該両端の貫通穴は、チップ片面側の穴をカバーなどして塞ぐことで、試料注入部及び試料貯留部となる)。両端の貫通穴はいずれも直径1mmの円筒状である。
【0083】
以下、PMMAチップ又はCOCチップと称する場合、これらのチップは上記のチップサイズ並びに上記マイクロ溝及び貫通穴を備える。
【0084】
2:検出領域作製のための吐出検討
次に、PMMAチップ又はCOCチップのマイクロ溝にArFエキシマレーザー((株)ジーエスユアサ社製EXL-210S)を照射して、マイクロ流路上に(i)凹部底面部を形成した。また、CO2レーザー加工機(トロテックレーザージャパン(株)Speedy300)、(レーザー出力30 W,波長10.6μm)を用いて、レーザーを照射して、(iii)環状溝により囲まれた囲い部、を形成した。形成した(i)凹部底面部、及び当該部に抗体溶液をインクジェット吐出した際の画像を図4に示す。また、形成した(iii)環状溝により囲まれた囲い部、及び当該部に抗体溶液をインクジェット吐出した際の画像を図5に示す。
【0085】
さらに、PMMA基板のマイクロ流路に凹部底面部を作製し、抗体溶液をインクジェット吐出して、多量の溶液を所望の形状に吐出できるか、を検討した。対照として、COC基板のマイクロ流路((i)〜(iii)などの形成処理は一切行わない)を用いた検討も行った。結果を図6に示す。(i)凹部底面部には、抗IL-6抗体溶液を60滴(約2nL)又は120滴(約4nL)吐出することができたが、マイクロ流路に形成処理を行わなかった場合は、60滴吐出すると溶液が流路壁面に付着して所望の形状の検出領域を作製することが困難であった。(120滴吐出すると、完全に溶液が流路壁面に付着した。)
以上のことから、(i)〜(iii)のような形成処理をマイクロ流路に行うことにより、多量の溶液を所望の形状にインクジェット吐出できることが確認できた。
【0086】
3:標的物質検出の検討I
(i)凹部底面部を形成したマイクロ流路を備えるチップを作製し、標的物質を検出できるか検討した。特に、マイクロ流路底にさらに形成処理(凹部のみならず凸部や環状溝も含む)を施したことにより、標的物質の検出に必要となる操作に悪影響が出ないかを調べた。なかでも、標的物質と検出用物質とを結合させた後、結合しない物質を除去するために除去操作(例えば洗浄)を行うが、このような操作に用いる液等がマイクロ流路底の凹部、凸部、或いは環状溝等にトラップされ、検出に悪影響を及ぼすことが懸念されたため、この点を検討した。
【0087】
マイクロ流路を4レーン備えたPMMAチップにおいて、各マイクロ流路に上記と同様にレーザーを照射することで、凹部(α)を作製した。当該凹部(α)は、平面図で円形(直径260μm、流路まで20μmの間隔有り)、断面図では長方形であり、深さは30μmである。また、対照とするため、単にレーザーを照射しただけの領域(β)も作製した。(α)部と(β)部のフルエンスは、いずれも0.05J/cm2とした。一つのマイクロ流路において、試料注入部側から(β)(α)(β)(α)(β)(α)と、6箇所検出領域用部位を作製した。そして、各(α)(β)部に、抗PICP抗体溶液(0.1mg/mL)をインクジェット吐出(1滴あたり53pLを100滴)し、室温で約4時間放置して溶液を蒸発させ、抗PICP抗体を固定化して、検出領域を作製した。
【0088】
またさらに、コントロールとして、COCチップ(2レーン)も用意した。具体的には、住友ベークライトBS-X2321(4レーン)を半分に切断し,2レーン分のみのチップとして使用した。
【0089】
以上のチップについての模式図を図7に示す。
【0090】
さらに、これらのチップについて、特開2010−156585号公報の実施例に記載されるのと同様にしてカバーを施し、標的物質の測定を行った。具体的には、次のようにして行った。
【0091】
各チップのマイクロ溝及び両端の貫通穴がカバー(被覆)されるように、アクリルシート(東洋インキ製造株式会社:品名BT-1、アクリル33μm厚、粘着剤10μm厚)を貼り付け、マイクロ流路並びに試料注入部及び試料貯留部を作製した。
【0092】
そして、当該チップの試料注入部に、ブロッキング液(住友ベークライト)をマイクロピペットにて3μLを各レーンの試料注入部にのせ、毛細管現象により各マイクロ試料排出部まで流すことにより、流路内部をブロッキング液で満たした。室温にて1時間静置後、流路内部の溶液をシリンジを用い空気圧で排出させた後、同様の方法で洗浄液(PBS, 0.05% Triton X-100)を流路内部に導入し洗浄を行った。当該洗浄液による洗浄は3回行った。
【0093】
市販のPICP ELISAキット(製品名:PIP(Procollagen typeI C-peptide)EIA Kit(Precoated);タカラバイオ(株)社製;製品コードMK101)のプロトコールに従い、濃度640ng/ml のPICP抗原(製品名: ヒト培養細胞由来プロコラーゲン; タカラバイオ(株)社製)を、標識抗体溶液(製品名: ペルオキシダーゼ標識抗 PIP モノクローナル抗体; タカラバイオ(株)社製)にて6倍希釈した溶液を試料液とした。
【0094】
この試料液3μLをマイクロピペットにて試料注入部にのせ、毛細管現象により各マイクロ試料排出部まで流し、流路内部を溶液で満たした。室温にて30分静置後、流路内部の溶液をシリンジを用い空気圧で排出させた後、同様の方法で洗浄液(PBS, 0.05% Triton X-100)を流路内部に導入し洗浄を行った。当該洗浄は5回行った。
【0095】
さらに、ペルオキシダーゼの基質としてSuperSignal West Dura Extended Draton Substrate(PIERCE社)を用い、化学発光検出を行った。ペルオキシダーゼ活性により生じた化学発光は、GE ヘルスケア(株)社ImageQuant LAS4000のCCDカメラにて検出(露光時間5分)した.また、得られた化学発光シグナル強度を、ImageQuantTLソフトウェアを用いて定量化した。
【0096】
なお、当該実験においては、試料の注入時はアクリルシート部をチップの底とした。また、化学発光検出は、アクリルシート部をチップ上部とし、アクリルシート側から発光測定を行った。当該実験の一連の流れの概要を、図8に示す。
【0097】
また、化学発光シグナル強度を定量化し、グラフに表したものを図9に示す(用いたCOC基板ではLane1及び2しか無いため、Lane3及び4のグラフはPMMA基板の結果のみである)。当該結果から、深さ30μmの凹部形状の有無によらず、コントロール基板(COC基板)と同等(むしろそれ以上)の発光強度を得ることができることが確認された。そして、流路底に凹部のような段差のある形状を形成しても、発光シグナルが極端に低下したり、非特異的吸着がみられることもない(すなわち、擬陽性、擬陰性も生じない)ことがわかった。また、洗浄等の処理も、結果にはなんら影響を及ぼさないであろうことが確認できた。
【0098】
4:標的物質検出の検討II
検出領域に固定化のため吐出する滴数を増やす(すなわち、固定化される検出用物質料を増加させる)ことにより、発光シグナル強度を強める(すなわち感度を向上させる)ことが可能か検討した。
【0099】
具体的には、上記と同様にして図10に示すチップを作製し(但し、一つの流路に(α)が9箇所ある)、上記と同様に発光シグナルを検出した。当該チップは、抗PICP抗体溶液をインクジェットにより100滴吐出した検出領域、200滴吐出した検出領域、300滴吐出した検出領域を備える。
【0100】
結果を図11に示す。図11a及びbは、いずれも、吐出液滴数が増える(すなわち固定化される検出用物質(抗PICP抗体)量が増える)ことにより、蛍光強度が向上したことを示す。このことは、吐出液滴数を増やすことにより、検出感度を高めることができることを示している。
【0101】
以上のことから、本発明のチップによれば、所望の形状の検出領域を簡便に製造できる上、固定化できる検出用物質量も従来に比べて増加させることができるために、検出感度を向上させることが可能であることがわかった。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的物質を含有する試料を通過させるマイクロ流路を有し、さらに、該マイクロ流路の一端に、試料をマイクロ流路に供給するための試料注入部を有し、
該マイクロ流路は、標的物質を認識する検出用物質を固定化した検出領域を1又は2以上有し、
検出領域は、マイクロ流路上に形成された(i)凹部底面部、(ii)凸部上面部、又は(iii)環状溝により囲まれた囲い部、において構成される、
標的物質検出用チップ。
【請求項2】
検出領域の面積が0.0001〜1mm2である、請求項1に記載の標的物質検出用チップ。
【請求項3】
検出領域は、マイクロ流路上に形成された(i)凹部底面部において構成される、請求項1又は2に記載の標的物質検出用チップ。
【請求項4】
前記凹部の断面図における凹部形状が台形であり、当該台形の上底は凸部上面である、請求項3に記載の標的物質検出用チップ。
【請求項5】
前記台形の上底の端点にある2つの角の角度が、いずれも90°〜150°である、請求項4に記載の標的物質検出用チップ。
【請求項6】
標的物質を認識する検出用物質が、抗体である、請求項1〜5のいずれかに記載の標的物質検出用チップ。
【請求項7】
試料に含まれる標的物質を検出する方法であって、
請求項1〜6のいずれかに記載の標的物質検出用チップの検出領域に試料を接触させ、該検出領域内の検出用物質と試料中の標的物質とを結合させる第一工程、
検出用タンパク質と結合した標的物質を検出する第二工程
を含む、標的物質検出方法。
【請求項8】
第一工程と第二工程の間に、
検出用物質と未結合の物質を除去する工程
をさらに含む、請求項7に記載の標的物質検出方法。
【請求項9】
レーザー照射により、マイクロ流路上に(i)凹部底面部、(ii)凸部上面部、又は(iii)環状溝により囲まれた囲い部、を形成する工程を含む、請求項1〜6のいずれかに記載の標的物質検出用チップの製造方法。
【請求項10】
請求項1〜6のいずれかに記載の標的物質検出用チップを備える、標的物質検出用キット。
【請求項1】
標的物質を含有する試料を通過させるマイクロ流路を有し、さらに、該マイクロ流路の一端に、試料をマイクロ流路に供給するための試料注入部を有し、
該マイクロ流路は、標的物質を認識する検出用物質を固定化した検出領域を1又は2以上有し、
検出領域は、マイクロ流路上に形成された(i)凹部底面部、(ii)凸部上面部、又は(iii)環状溝により囲まれた囲い部、において構成される、
標的物質検出用チップ。
【請求項2】
検出領域の面積が0.0001〜1mm2である、請求項1に記載の標的物質検出用チップ。
【請求項3】
検出領域は、マイクロ流路上に形成された(i)凹部底面部において構成される、請求項1又は2に記載の標的物質検出用チップ。
【請求項4】
前記凹部の断面図における凹部形状が台形であり、当該台形の上底は凸部上面である、請求項3に記載の標的物質検出用チップ。
【請求項5】
前記台形の上底の端点にある2つの角の角度が、いずれも90°〜150°である、請求項4に記載の標的物質検出用チップ。
【請求項6】
標的物質を認識する検出用物質が、抗体である、請求項1〜5のいずれかに記載の標的物質検出用チップ。
【請求項7】
試料に含まれる標的物質を検出する方法であって、
請求項1〜6のいずれかに記載の標的物質検出用チップの検出領域に試料を接触させ、該検出領域内の検出用物質と試料中の標的物質とを結合させる第一工程、
検出用タンパク質と結合した標的物質を検出する第二工程
を含む、標的物質検出方法。
【請求項8】
第一工程と第二工程の間に、
検出用物質と未結合の物質を除去する工程
をさらに含む、請求項7に記載の標的物質検出方法。
【請求項9】
レーザー照射により、マイクロ流路上に(i)凹部底面部、(ii)凸部上面部、又は(iii)環状溝により囲まれた囲い部、を形成する工程を含む、請求項1〜6のいずれかに記載の標的物質検出用チップの製造方法。
【請求項10】
請求項1〜6のいずれかに記載の標的物質検出用チップを備える、標的物質検出用キット。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2012−251927(P2012−251927A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−126195(P2011−126195)
【出願日】平成23年6月6日(2011.6.6)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年6月6日(2011.6.6)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
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