説明

樹脂製摺動部品の摩耗量予測方法及びそれを使用した樹脂製摺動部品の設計方法

【課題】 熱可塑性樹脂製擢動部品の精度の高い摩耗量の予測方法と、これを用いて所定時間使用後の摩耗量を所定の値以下とする樹脂製摺動部品の設計方法を提供することである。
【解決手段】 摺動部品の摩耗量Yを下記(1)〜(4)により予測する。
(1)二つの摺動部品と同じ材料の標準試験片の限界PV値Pvを標準条件中で測定し、限界滑り線速度Vcを求める。
(2)Vc、摺動面圧P、滑り線速度V、低樹脂流動温度Tm、雰囲気温度Trから、摺動面温度Tを式(i):T=(V/Vc)×(Tm-23)+Trにより推算する。
(3)標準試験片と同じ試験片から温度Tにおける比摩耗量Aを測定する。
(4)比摩耗量A、摺動距離Dと摺動面負荷荷重Fから、摩耗量Yを式(ii):Y=A×D×Fにより推算する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂製摺動部品の滑り摩耗量の予測方法及びそれを使用した樹脂製摺動部品の設計方法に関し、詳しくは、(1)二材料の標準試験片を用いて限界PV値Pvを測定する、(2)上記Pvを用い、摺動面温度Tを式により推算する、(3)二材料の標準試験片を用いて種々の摺動面温度における比摩耗量を測定しておき、上記摺動面温度Tにおける比摩耗量Aを求める、(4)上記A、及び、設計上の摺動距離Dと摺動面負荷荷重Pから、設計上の摩耗量Yを式により推算する過程からなる。
【背景技術】
【0002】
樹脂の機構部品への応用は金属代替から始まり、ポリアセタール、ポリブチレンテレフタレート、ポリアミド、ポリフェニレンサルファイド等のエンジニアリングプラスチックが採用され、おのおのの特長をいかした用途に使用されている。
機構部品の一種である樹脂製摺動部品としては、歯車、軸受、カム、クラッチ、ワッシャー、コロなど多くの種類が挙げられる。
金属からの代替の理由の一つは、摺動部位に無給油で使用できることであるが、現在では用途拡大及び要求性能の高度化に伴い、より広範囲な条件・環境下での"無給油"に対応できるよう、材料自体が進歩している。
【0003】
摺動部品に樹脂を使用するに当たり、強度、摩耗を事前に予測することは重要である。強度予測に関しては「材料力学」を基本に、様々な予測を行い、最近ではCAEによる強度予測が進歩し、樹脂加工業界にて広く使用されている。一方、摩耗に関しては強度予測における「材料力学」のような基本となる考え方が確立されておらず、多くの試行錯誤が繰り返されている。
【0004】
プラスチックの滑り摩耗試験では、二つの試験部品を、試験荷重F(単位:N)、二つの試験部品の接触面積をS(単位:cm2)として、面間接触圧力(本発明では面圧という。)P(単位:Pa、P=F/Sで求まる。)、滑り速度V(単位:m/s)で、一方の試験部品が他の試験部品上を、距離D(単位:km)だけ、転がることなく滑った場合の摩耗量Y(単位:mm3)を求める。この場合、PとVの積をPV値(単位:Pa・m/s)という。
プラスチックの摩耗量を予測する指標としては、比摩耗量を使用することが多い。比摩耗量とは、単位滑り距離、単位負荷荷重当たりの摩耗量である。従って、比摩耗量の単位は"mm3/(N・km)"や"m3/(N・m)"が使用され、この単位から分かるように、予め標準試験により材料ごとに荷重と摺動距離あたりの摩耗量を求めたものである。(非特許文献1参照)。
この材料の組み合わせごとに実験で求められる比摩耗量と、設計構想を図面化する段階で決められるところの部品の摺動面に負荷される荷重、摺動距離を元に、摩耗量が計算出来る。
【0005】
例えば、材料がポリアセタール樹脂の場合、ポリプラスチックス株式会社の発行した「ジュラコン技術シリーズ/ジュラコン設計データ」P33に、ポリアセタールコポリマー非強化材料であるジュラコンTMM90を同じ材質同士で組み合わせたときの比摩耗量が記載されている。(非特許文献2参照)。
しかし、実際の部品における比摩耗量は、滑り線速度、摺動面荷重、雰囲気温度などの影響を大きく受けるため、計算値と実際の摩耗量が一致しないことがほとんどである。
【0006】
プラスチックエージ、「摩擦・摩耗を支配する接触圧力、摩擦速度、温度などの諸要因の影響(その2)」(1985年9月号、p143-p148)には、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)の場合について、様々な温度、滑り線速度、面圧における摩耗を測定した結果が記載されている。(非特許文献3参照)。
しかし、これだけのデータの測定を行うためには極めて多くの時間を必要とするので、市場で想定される材料の組み合わせの種類は多岐にわたるため、様々な材料の組み合わせについてもこのような広範囲なデータをすべて測定することは現実的には極めて困難である。
また、このようなデータを測定したとしても、温度/滑り線速度/面圧条件が同じでも、摺動面接触形態の違いに起因した熱放散性の違いにより比摩耗量が異なることがほとんどで、計算で得た摩耗量と実際の部品による摩耗量との違いはまだ大きいため、設計に応用することは極めて困難な状況であった。
【0007】
このような状況から、従来は製品を作製し耐久試験を行い摩耗を測定するしかなく、この結果に基づき設計変更、材料の見直しを行い再び製品を作製し耐久試験を行うという試行錯誤を繰り返せざるを得ず、非常に手間と時間がかかり、樹脂製摺動部品を短期に開発することが難しかった。
【0008】
【非特許文献1】JIS K7218(1986年)「プラスチックの滑り摩耗試験方法」
【非特許文献2】ポリプラスチックス株式会社発行「ジュラコンTM技術シリーズ/ジュラコンTM設計データ」のP33
【非特許文献3】プラスチックエージ、1985年9月号、p143-p148
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
樹脂製擢動部品の精度の高い摩耗量の予測方法と、これを用いて所定時間使用後の摩耗量を所定の値以下とする樹脂製摺動部品の設計方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、樹脂製摺動部品の摺動面温度を計算で求め、これをもって上記非特許文献1やJIS K7218等の従来の計算方法を補正することによって、摩耗量予測が十分使用可能な程度にまで精度を高めることが出来ることをみいだし本発明を完成させるに至った。
【0011】
即ち、本発明の第1は、片方もしくは両方が熱可塑性樹脂製である二つの部品が摺動する場合に、下記(1)〜(4)の過程により、樹脂製摺動部品の摩耗量Yを予測する摩耗量予測方法を提供する。
(1)上記二つの部品と同じ材料の各標準試験片を用い、両者を組み合わせて限界PV値Pvを標準条件中で測定し、Pv/P=Vcにより限界滑り線速度Vcを求める。
(ここで、PV値とは、摺動面圧P(単位:MPa)、滑り線速度V(単位:cm/sec)で、摺動させた時のPとVの積であり、限界PV値であるPvは樹脂が流動温度に達する時のPとVの積であり、面圧PでPvを与える限界滑り線速度をVcという。流動温度とは結晶性樹脂では融点、非結晶性樹脂ではガラス転移点である。標準試験片とはJIS K7218に記載されたもの、標準条件とは23℃、50%RH雰囲気を言う。なお、上記Pvは標準試験片の限界PV値である。)
(2)上記Vc、摺動面面積を示す部品形状ならびに滑り線速度と摺動面への荷重と使用雰囲気温度を示す使用条件から、摺動面温度T(単位:℃)を式(i)により推算する。
T=(V/Vc)×(Tm-23)+Tr 式(i)
V:実際の滑り線速度(cm/s)
Vc:限界滑り線速度(cm/s)
Tm:二つの材料のうち流動温度の低い方の材料の流動温度(℃)
Tr:使用雰囲気温度
(3)上記(1)の標準試験片と同じ試験片を用い、両者を組み合わせて摺動面温度Tにおける比摩耗量A(単位:mm3/(N・km))を測定する。
(但し、摺動面温度Tは、別途、上記(1)の標準試験片に切欠きを設けた準標準試験片を用い、切欠き部を通して試験片温度を測定して求める。)
(4)上記比摩耗量A、及び、設計上の摺動距離D(単位:km)と摺動面負荷荷重F(単位:N)から、摩耗量Y(単位:mm3)を下記式(ii)により推算する。
Y=A×D×F 式(ii)
本発明の第2は、設計の対象となる部品の摺動面の摺動直角方向接触幅を考慮し、以下の補正式で求めた真の限界PV値PvRを、標準試験片のPvの代りに使用する本発明の第1に記載の摩耗量予測方法を提供する。
PvR=Pv(Tm-Tr)/(t1-23+αb2) 式(iii)
PvR:真の限界PV値
Pv:標準試験片を用いて測定した限界PV値
Tm:二つの材料のうち流動温度の低い方の材料の流動温度(℃)
Tr:使用雰囲気温度
t1:特定試験片をPvに相当する条件で摺動させたときの摺動端面温度
α:定数
b:摺動面の摺動直角方向接触幅(mm)
本発明の第3は、本発明の第1又は2に記載の摩耗量予測方法を使用し、希望の摩耗量以下になるように形状と物性を有する樹脂製摺動部品を設計する方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
摺動の条件は、滑り線速度条件の数と面圧条件の数と使用雰囲気温度条件の数の組み合わせ数即ちこれらの数の積だけ条件が存在するが、この極めて多い条件数に相当する基礎データを測定することは莫大な時間を要するため現実的には不可能であったし、条件に対応した適切な摩耗計算を行うこともできなかった。
本発明によれば、標準条件中の限界PV値Pv−面圧の関係と比摩耗量−摺動面温度の関係の2つの基礎データがあるだけで、あらゆる条件の摩耗を予測することが可能となる。このため、樹脂製摺動部品の設計段階で摩耗量の予測を行うことが出来るようになり、実際に部品を用いての多大な時間とコストを要する磨耗試験を行うまでも無く、摩耗が起こりにくい形状への設計変更、或いは適切な材料の選択が可能になり、開発期間を大幅に短縮することができ、産業に与える影響は絶大である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明は、二つの部品が摺動する場合の滑り摩耗量の予測方法であり、二つの部品の片方もしくは両方が熱可塑性樹脂である。
即ち、本発明では、熱可塑性樹脂材料と熱可塑性樹脂材料との組み合わせ、又は熱可塑性樹脂材料と他の材料との組み合わせを対象とする。
熱可塑性樹脂材料としては、主な成分としてポリアセタール樹脂、ポリブチレンテレフタレートをはじめとするポリエステル樹脂、ポリアリレンサルファイド樹脂、液晶性樹脂といった結晶性樹脂からなるエンジニアリングプラスチックやそれを主体とした樹脂組成物が好ましく用いられる。また、これらには、液状や固体状の様々な潤滑成分を配合してもよい。また、粒状、繊維状等の様々な有機物もしくは無機物からなる補強材もしくは充填材、又はこれらの混合物を配合してもよい。
他の材料としては、特に制限されず、熱硬化性樹脂材料でも、金属材料でも、セラミック材料等でもよい。
【0014】
片方もしくは両方が熱可塑性樹脂である二つの材料からなる部品が摺動する場合を対象として、本発明では下記(1)〜(4)の過程により、樹脂製摺動部品の摩耗量を予測する。
(1)の過程として、設計対象となる部品と同じ材料の組合せにおいて、同じ摺動形態(後記)での標準試験片を用いた試験により、設計対象となる部品が使用される面圧Pにおける限界滑り線速度Vc(樹脂が流動点に達する時の滑り線速度Vの値である)を実験的に求める。
あるいは、予め様々な面圧Pの条件下で限界PV値Pvを測定して、Pv−Pの関係を示すグラフ(例えば図1)を作成しておき、特定の面圧PにおけるPvを求め、Pv/Pより限界滑り線速度Vcを求めてもよい。具体的には、摺動接触面形状から算出される摺動接触面積(前述の接触面積Sである。)と摺動面負荷荷重(前述の試験荷重Fである。)から面圧Pを算出し、この面圧Pに対応した限界PV値Pvを上記グラフから算出する。算出された限界PV値Pvを設計上の面圧Pで除した値が、求めるべき限界滑り線速度Vcである。
図1の例は、JIS K7218において、A法指定の中空円筒試験片同士(外径25.6mm、内径20.0mm、長さ15mm)を組み合わせ、材料にポリアセタールコポリマー非強化材料ジュラコンTMM90S同士を用いた例である。
【0015】
上記(1)の過程でいう摺動形態は、以下の3つに大別される。
(イ)両連続摺動形態:JIS K7218/A法に記載の試験形態が代表例であるが、摺動接触面が面と面であり、摺動する互いの部品の全摺動面が見掛け上、常に摺動接触している形態である。具体的には、平板摩擦クラッチ等が該当する。
(ロ)連続−間欠摺動形態:JIS K7218/B法に記載の試験形態が代表例であるが、組み合わされる片方の部品の全摺動面は常に相手部品と摺動接触し、他方の部品は、全摺動面の内、摺動する部位が時間と共に変化し、全摺動面は相手部品と同時には摺動接触しない形態である。具体的には、カム機構等が該当する。
(ハ)両間欠摺動形態:ギヤが代表例であるが、組み合わされるそれぞれの部品の摺動する部位が互いに時間とともに変化し、双方の全摺動面が同時には摺動接触しない形態である。この場合は、Vは相対速度である。
【0016】
以上により、組み合せる材料の種類/摺動形態/摺動面負荷荷重を元に、標準条件中において、摺動熱で樹脂が溶融する限界滑り線速度値Vcが算出される。
【0017】
(2)の過程として、(1)の過程で得られた限界滑り線速度値Vcを用いて、以下の式(i)から摺動面温度Tを算出する。
T=(V/Vc)×(Tm-23)+Tr 式(i)
V:実際の滑り線速度(cm/s)
Vc:限界滑り線速度(cm/s)
Tm:二つの材料のうち流動温度の低い方の材料の流動温度(℃)
Tr:使用雰囲気温度
【0018】
(3)の過程として、予め、比摩耗量A−摺動面温度Tの関係を測定し、グラフ(例えば、図2(使用試験片は図1と同じである。))にしておく。グラフより、上記(2)の過程で求めた摺動面温度Tにおける比摩耗量Aを読み取る。
摺動面温度Tの測定方法は、摺動形態に応じて、下記のように測定した。
(イ)両連続摺動形態の場合は、図3に示すように、JIS K7218/A法にて指定されている中空円筒試験片同士を組合せ、固定側試験片に温度測定用の加工処理を施し、例えば図3の様に摺動面に切欠きを設ける。こうすることにより、切欠きを設けない移動側試験片の表面が常に見える状態となる。切欠き部を通して回転側試験片の摺動面に放射温度計のレーザー光を照射し摺動面温度を直接測定する。固定側摺動面は1回転に1回、瞬間的に摺動しない時間が存在するが、切欠きは数mm程度の幅で作製しているため、1回転中に9割以上は摺動しており、切欠きのない場合と比較し大きな温度差はない。放射温度計はタスコジャパン(株)製THI-301Sを用いた。摺動面温度は摺動開始後15分程度で安定するので、30分経過時の摺動面温度を用いた。
摩耗測定時は、切欠きのない試験片を用いるが、温度測定時では別途切欠きを設けた試験片を用いて、滑り線速度V、面圧P、使用雰囲気温度を摩耗測定時と同じにした。
(ロ)連続−間欠形態の場合は、図4に示す方法で摺動面温度Tを測定できる。
(ハ)両間欠摺動の場合は、図5に示す歯車を用いて摺動面温度Tを測定できる。
【0019】
(4)の過程として、(3)の過程で読み取った比摩耗量A(単位:mm3/(N・km))、及び、設計上の摺動距離D(単位:km)と摺動面負荷荷重F(単位:N)から、摩耗量Y(単位:mm3)を下記式(ii)により推算する。
Y=A×D×F 式(ii)
【0020】
以上が基本的な摩耗量を予測する方法の過程であるが、特定の組み合わせに対し、標準条件中の限界PV値−面圧に関するグラフと比摩耗量−摺動面依存性の2つの基礎データがあるだけで、あらゆる滑り線速度、あらゆる面圧、あらゆる雰囲気温度における摩耗が予測できる。
【0021】
以下、部品形状による限界PV値Pvの補正について説明する。
同じ材料組み合わせ/同じ摺動形態であっても摺動面接触形状が異なると、限界PV値が異なる場合がある。すなわち設計の対象となる部品の摺動接触面形状と、限界PV値−面圧の関係を測定した標準試験片の摺動面形状が異なり、設計の対象となる部品の限界PV値と、前記(1)の過程でいう限界PV値が異なり、摩耗量計算結果の精度が低下する場合がある。
本発明者は、摺動面接触形状が異なると摺動面からの摺動熱の熱放散性が異なることを見出し、計算精度を向上させるために、摺動面接触形状の違いに応じて、限界PV値を補正することが有効であることを見出した。
設計の対象となる部品の摺動面の摺動直角方向接触幅(単に接触幅と略す場合がある。)を考慮し、標準試験片の限界PV値Pvを以下の補正式(ii)で補正し、真の限界PV値であるPvRを算出する。
PvR=Pv(Tm-Tr)/(t1-23+αb2) 式(iii)
PvR:真の限界PV値
Pv:標準試験片を用いて測定した限界PV値
Tm:二つの材料のうち流動温度の低い方の材料の流動温度(℃)
Tr:使用雰囲気温度
t1:特定試験片をPvに相当する条件で摺動させたときの摺動端面温度
上記特定試験片とは、上記(1)の過程で説明した(イ)〜(ハ)のそれぞれの摺動形態向けに作製された試験片のことであり、標準試験片でもよく、例えばJIS K7218のA法に記載された中空円筒試験片などでもよい。
α:発熱定数
b:摺動面の摺動直角方向接触幅
【0022】
上記α、t1は、標準試験片の限界PV値と、標準試験片とは異なる摺動直角方向接触幅を有する特定試験片での限界PV値を実験で求め、両結果を式(iii)に代入した連立方程式から求められる。
以下は、ジュラコンTMM90S(融点163℃)同士の組み合わせた場合の例である。
まず、JIS K7218/A法指定のφ25.6×φ20.0を有する中空円筒試験片(摺動直角方向接触幅は(25.6-20.0)/2=2.8mm、摺動面面積約2cm2である。)を用いて、滑り線速度が15cm/sで、限界PV値を測定すると8MPa・cm/sとなる。
一方、中空円筒試験片の摺動接触面形状をφ21.6×φ20.0と変更した狭い接触幅を有する中空円筒試験片(摺動直角方向接触幅は(21.6-20.0)/2=0.8mm、摺動面面積約0.52cm2である。)を用い、同じ滑り線速度15cm/sで、限界PV値を測定すると12.5MPa・cm/sとなる。
つぎに、特定試験片の材料の流動点Tmは、融点である163℃である。また、23℃中での実験結果であるため、Tr=23である。これらと各限界PV値の実験値を式(iii)に代入した連立方程式は以下になる。
8.0=8.0(163-23)/(t1-23+α×2.82)
12.5=8.0(163-23)/(t1-23+α×0.82)
これらより、t1=108.12、α=7.0となる。
従って、ジュラコンTMM90S同士の23℃中での具体的補正式はつぎの様になる。
PvR=Pv(Tm-Tr)/(t1-23+αb2)=8(163-23)/(108.12-23+7b2)=1120/(85.12+7b2)
実際の摺動直角方向接触幅bを有する材料について上記補正式を用い、真の限界PV値PvRを算出する。
【0023】
式(iii)において標準試験片で測定した場合の限界PV値Pvを1.0とおき、摺動直角方向接触幅の違いにより真の限界PV値PvRがどのように変化するかをグラフ化したものを図9に示す。図9はジュラコンTMM90Sを使用した場合の摺動直角方向接触幅b−真の限界PV値PvRの関係を求める補正式(iv)の一例であるが、該ポリアセタールを代表的樹脂としてもよいし、他の適当な樹脂を代表的樹脂に選んでもよい。その理由は、熱放散性、摩擦発熱に大きな差はないためである。
しかし、相手が金属材料となる場合や熱伝導率の高い充填材が多く配合される場合、熱放散性が大きく異なるため、別途実験によって、それぞれに対応する摺動直角方向接触幅b−真の限界PV値PvRの関係式(iv')を作成しておくとよい。
【0024】
以上が本発明における摩耗量の予測方法であるが、特定の組み合わせに対し、標準条件中の限界滑り線速度−面圧の関係と、比摩耗量−摺動面温度の関係を示す二種の基礎データによって、あらゆる滑り線速度、あらゆる面圧、あらゆる雰囲気温度における様々な摺動面接触形状の摩耗が予測できるし、さらには、摺動直角方向接触幅に対応した限界PV値の補正を行うことによって、予測精度を向上させることができる。
【0025】
(実施例)
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
図6に示すような外径25.6mm、内径20.0mm、長さ15mmのJISK 7218/A法記載の中空円筒試験片(下記試験片A)をポリアセタールコポリマーを用い射出成形によって作製した。ポリアセタールコポリマーはポリプラスチックス株式会社製、ジュラコンTMM90S及びジュラコンTMNW-02を用いた。また、外径21.6mm、内径20.0mm、長さ15mmの狭接触幅タイプ中空円筒試験片(下記試験片B)を同様にポリアセタールコポリマーを用い射出成形によって作製した。これらの試験片を用い表1に示す組み合わせ、条件にて摩耗試験を行った。摩耗量の測定結果も表1に記載した。
試験片A:JIS K7218/A法中空円筒試験片(外径25.6mm、内径20.0mm、長さ15mm、摺動面面積201mm2)
試験片B:狭接触幅タイプ中空円筒試験片(外径21.6mm、内径20.0mm、長さ15m、摺動面面積52mm2)
【0026】
【表1】

【0027】
(実施例1)
本発明に従って、表1中の試験番号1#、3#、4#の摩耗量を、前述の過程(1)〜(4)に対応させて求めると、以下のようになる。
(1)標準条件における各限界滑り線速度Vcを求める。
いずれの試験も組み合せ材料が、ポリアセタールコポリマー非強化材料ジュラコンTMM90S同士であることと、摺動形態が両連続摺動形態であるから、該当する組み合せ、摺動形態の限界PV値−面圧の関係を測定し、図1のようにグラフ化した。
この関係から、所定の面圧P(摺動面荷重F/接触面積Sである。)における限界滑り線速度Vc(標準条件における値である。)を求めると以下のようになる。
試験番号1#:100cm/s、
試験番号3#:100cm/s、試験番号4#:100cm/s
(2)Vcから摺動面温度Tを求める。
上記で得られたVcを用い、実際の滑り線速度、使用雰囲気温度における摺動面温度Tを前記式(i)により推算した結果を下記に示す。
摺動面温度(1#)=50/100×(163-23)+23=93(℃)
摺動面温度(3#)=50/100×(163-23)+(-30)=40(℃)
摺動面温度(4#)=120/100×(163-23)+23=191(℃)
(3)摺動面温度−比摩耗量の関係から、摺動面温度における比摩耗量を求める。
予め、設計計算の対象となる部品と同じ摺動形態である標準試験片を用いて、摺動面温度−比摩耗量の関係を測定した結果を図2に示す。
上記(2)で求めた各摺動面温度における各比摩耗量(mm3/(N・km))を図2から求めた結果を下記に示す。
試験番号1#:300×10-3
試験番号3#:50×10-3、試験番号4#:摺動面温度が融点を越えているため溶融。
(4)摩耗量を推算する。
上記各比摩耗量、及び、設計上の各摺動距離D(単位:km)と各摺動面負荷荷重F(単位:N)から、各摩耗量Y(単位:mm3)を前記式(ii)により推算した結果を以下に示す。なお、摩耗量を重量基準で表示する場合、材料の密度を乗じた。
試験番号1#:300×10-3mm3/(N・km)×12N×43.2km×1.41mg/mm3=219.3mg
試験番号3#:50×10-3mm3/(N・km)×12N×43.2km×1.41mg/mm3=36.5mg
試験番号4#:摺動面温度が融点を越えているため測定不可。
以上の推算結果は、回転側も固定側も等しい値になる。
表2に摩耗量計算結果と測定結果を示す。
計算値と測定結果が良く一致しており、本発明の予測手法を用いることにより、樹脂製摺動部品の摩耗量を極めて精度良く予測することが可能であった。
【0028】
【表2】

【0029】
(実施例2)
表1の試験番号2#の摩耗量を、実施例1と同様に推算した。
材料組合せがポリアセタールコポリマー樹脂同士であるが、非強化グレードジュラコンM90Sと樹脂摺動グレードジュラコンNW-02の組合せとなるため、この組合せに相当する限界PV値−面圧の関係(図7)と比摩耗量−摺動面温度の関係(図8)を用いた。表2に摩耗についての推算結果と測定結果を示す。
計算値と測定結果が良く一致しており、本発明の予測手法を用いることにより、樹脂製摺動部品の摩耗量を極めて精度良く予測することが可能であった。
固定側に摺動グレード使用した場合、M90S同士を使用した場合に較べて、全体的な摩耗量は減少している。
【0030】
(実施例3)
本発明により、表1中の試験片Bを用いた試験番号5#、6#の摩耗量を計算した。
(1)標準条件における限界滑り線速度Vcを算出する場合、実施例1と同様に限界PV値Pvを求めた後、標準試験片と摺動接触幅の補正を行う。
材料組合せが、ポリアセタールコポリマー非強化材料ジュラコンM90S同士であること、摺動形態が両連続摺動形態であるから、図1の関係を用いてVcを求めた。
試験番号5#:限界滑り線速度Vc=100cm/s
試験番号6#:限界滑り線速度Vc=100cm/s
試験番号5#の滑り線速度は30cm/sである。
試験番号6#の滑り線速度は120cm/sであり、限界滑り線速度100cm/sを越えることから、摺動面が溶融するという結論となってしまう。しかし、実際には摺動接触幅の違いによる限界PV値の補正を行なわなければならない。M90S同士の組合せであることより、補正は図9を用いて行なう。
試験番号5#、6#いずれとも試験片Bであり、摺動直角方向接触幅は0.8mmであるから、図9より限界PV値Pvより真の限界PV値PvRを求める補正係数は1.55となる。以下にこの補正係数を用いて真の限界滑り線速度VcRを算出した。
試験番号5#真の限界滑り線速度VcR=100cm/s×1.55=155cm/s
試験番号6#真の限界滑り線速度VcR=100cm/s×1.55=155cm/s
このことから試験番号6#の滑り線速度120cm/sにおいては摺動面が溶融しないことになる。
以下、(2)〜(4)の過程は実施例1と同様に行ない、結果を表2に示す。
計算値と測定結果が良く一致しており、本発明の予測方法を用いることにより、種々の幅の樹脂製摺動部品の摩耗量を極めて精度良く予測することが可能であった。
【0031】
(比較例1)
従来の方法である固定条件で測定された比摩耗量を用いて摩耗計算を行なった。
表3の試験番号1#〜6#(表1の試験番号1#〜6#と同じ組合わせ材質、同じ摺動形態である。)について、表3に示す測定条件で比摩耗量を測定した。この比摩耗量を用いて、式(ii)により、表1と同じ、面圧、摺動距離で、摩耗量を求めた。結果を表4に示す。
【0032】
【表3】

【0033】
【表4】

【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】ポリアセタール非強化材料同士を用い、両連続摺動の場合の限界PV値−面圧の関係を実験で求め、グラフにしたものである。
【図2】ポリアセタール非強化材料同士を用い、両連続摺動の場合の摺動面温度−比摩耗量の関係を実験で求め、グラフにしたものである。
【図3】両連続摺動形態の場合の摺動面温度の測定法を示す図である。
【図4】連続−間欠摺動形態の場合の摺動面温度の測定法を示す図である。
【図5】両間欠摺動形態の場合の摺動面温度の測定法を示す図である。
【図6】JISK 7218/A法記載の中空円筒試験片を示す図である。
【図7】ポリアセタール非強化材料−ポリアセタール摺動グレードを用い、両連続摺動の場合の限界PV値−面圧の関係を実験で求め、グラフにしたものである。
【図8】ポリアセタール非強化材料−ポリアセタール摺動グレードを用い、両連続摺動の場合の摺動面温度−比摩耗量の関係を実験で求め、グラフにしたものである。
【図9】ポリアセタール非強化材料同士で各種の幅の試料片を用い、両連続摺動の場合の摺動面温度−比摩耗量の関係を実験で求め、摺動直角方向接触幅b−真の限界PV値PvRの相対関係をグラフにしたものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
片方もしくは両方が熱可塑性樹脂製である二つの部品が摺動する場合に、下記(1)〜(4)の過程により、樹脂製摺動部品の摩耗量Yを予測する摩耗量予測方法。
(1)上記二つの部品と同じ材料の各標準試験片を用い、両者を組み合わせて限界PV値Pvを標準条件中で測定し、Pv/P=Vcにより限界滑り線速度Vcを求める。
(ここで、PV値とは、摺動面圧P(単位:MPa)、滑り線速度V(単位:cm/sec)で、摺動させた時のPとVの積であり、限界PV値であるPvは樹脂が流動温度に達する時のPとVの積であり、面圧PでPvを与える限界滑り線速度をVcという。流動温度とは結晶性樹脂では融点、非結晶性樹脂ではガラス転移点である。標準試験片とはJIS K7218に記載されたもの、標準条件とは23℃、50%RH雰囲気を言う。なお、上記Pvは標準試験片の限界PV値である。)
(2)上記Vc、摺動面面積を示す部品形状ならびに滑り線速度と摺動面への荷重と使用雰囲気温度を示す使用条件から、摺動面温度T(単位:℃)を式(i)により推算する。
T=(V/Vc)×(Tm-23)+Tr 式(i)
V:実際の滑り線速度(cm/s)
Vc:限界滑り線速度(cm/s)
Tm:二つの材料のうち流動温度の低い方の材料の流動温度(℃)
Tr:使用雰囲気温度
(3)上記(1)の標準試験片と同じ試験片を用い、両者を組み合わせて摺動面温度Tにおける比摩耗量A(単位:mm3/(N・km))を測定する。
(但し、摺動面温度Tは、別途、上記(1)の標準試験片に切欠きを設けた準標準試験片を用い、切欠き部を通して試験片温度を測定して求める。)
(4)上記比摩耗量A、及び、設計上の摺動距離D(単位:km)と摺動面負荷荷重F(単位:N)から、摩耗量Y(単位:mm3)を下記式(ii)により推算する。
Y=A×D×F 式(ii)
【請求項2】
設計の対象となる部品の摺動面の摺動直角方向接触幅を考慮し、以下の補正式で求めた真の限界PV値PvRを、標準試験片のPvの代りに使用する請求項1に記載の摩耗量予測方法。
PvR=Pv(Tm-Tr)/(t1-23+αb2) 式(iii)
PvR:真の限界PV値
Pv:標準試験片を用いて測定した限界PV値
Tm:二つの材料のうち流動温度の低い方の材料の流動温度(℃)
Tr:使用雰囲気温度
t1:特定試験片をPvに相当する条件で摺動させたときの摺動端面温度
α:定数
b:摺動面の摺動直角方向接触幅(mm)
【請求項3】
請求項1又は2に記載の摩耗量予測方法を使用し、希望の摩耗量以下になるように形状と物性を有する樹脂製摺動部品を設計する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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