説明

止血材及びその製造方法

【課題】本発明は、骨用止血材に使用できるほどの高い止血効果と、炎症等を引き起こさない生体安全性とに優れ、生体内での分解吸収が早く生体組織の再生を阻害しない止血材及びその製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明の止血材は、カルボキシルメチルキチン又はその金属塩から成る吸水性の短繊維の集合体から成り、吸水量が20以上であることを特徴とする。また、本発明の止血材の製造方法は、カルボキシルメチルキチン又はその金属塩から成る吸水性短繊維の集合体から成る止血材の製造方法であって、カルボキシルメチルキチン又はその金属塩を溶媒に溶解して原料溶液とし、該原料溶液を攪拌したアルコール中に注入することにより前記短繊維を紡糸する工程と、前記短繊維を真空中で熱処理して分子間架橋させることにより、吸水量が20以上の短繊維集合体を製造する工程と、を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は止血材及びその製造方法に関するものであり、特に外科的手術中の出血、骨性出血のような多量の出血を伴う止血に適した止血材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、外科施術等の出血を止血するもののうち、出血箇所に押し当てることにより止血を行う止血材としては、古くから脱脂綿やコットンのガーゼ等が使用されてきた。そして近年では、ウシや豚由来のアテロコラーゲンを原料とした微繊維性コラーゲン止血材や、カニやエビの甲殻に含まれるキチンの誘導体を原料とした止血材が利用されている。特に、キチンは原材料が豊富にあり、生体に対する安全性が高いとして注目されている。
【0003】
キチン誘導体とは、例えば、塩酸キチン(部分脱アセチル化キチン塩酸塩)は、キチン繊維を脱アセチル化した後に塩酸処理することにより得ることができる繊維性の材料である(例えば非特許文献1参照。)。このキチン誘導体に、さらにカルボキシル基及び/またはリン酸基の官能基を導入したカルボキシルメチルキチン(CMキチン)から成る止血材も知られている(例えば、特許文献1参照。)。CMキチンは、甲殻類や甲虫類の外骨格から得られたキチンを脱アセチル化してキトサンを含むキチンを作成し、カルボキシルメチル基を導入して製造される。
これらのキチン誘導体は、止血材として十分な吸水量を持ち、血小板を活性化すると共に、血小板第4因子やβ−スロンボグロビンの凝固因子を放出して血小板が凝集塊を作って血小板栓子を形成する作用を促進することにより止血する。
【0004】
また、止血材のうちでも出血量の多い骨用の止血用途には、一般的な止血材では即時止血が不可能であるため、特殊な止血材が利用されてきた。骨用止血材には、古くから利用されている蜜蝋を主成分とするボーンワックスや、近年開発されたポリエチレングリコールとコラーゲンの複合材料がある(例えば、非特許文献2参照。)。これらの骨用止血材は、しばしば止血後にそのまま骨損失部に留置するという使用法が取られる。
【特許文献1】特開2002−35110号公報
【非特許文献1】生体材料 Vol.15 No.4(1997)171-177
【非特許文献2】J. Biomed. Mater. Res. 1998 Mar 5, 39(3) 358-63
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の止血材には、即時止血が可能であることに加え、体内留置が可能であることが求められている。ここで体内留置可能とは、狭義には生体内で炎症を引き起こさない、病原菌を有さない等の生体安全性が確保されていることであるが、より広い定義としては、生体内での分解吸収されること、そして生体組織の再生を妨げないことも含まれる。
脱脂綿やコットンのガーゼ類は、多量の出血を即時止血できない上に、生体内に留置した場合炎症性が強く、分解吸収もされないという問題がある。
微繊維性コラーゲン止血材は、生体内での分解吸収性を有しているが、止血効果が十分に高いとはいえない。また、原材料がウシや豚由来であることから、アテロコラーゲン化されてはいても抗原性が全くないとは言えず、また、人畜共有の感染性病原体による汚染の可能性も否定できない。
【0006】
塩酸キチンは、十分な吸水性を持つものもあるので、即時止血が可能であるが、生体分解性が低く、炎症反応を長期に持続し、骨の欠損部に充填して体内留置した実験では、骨組織の再生を阻害することが確認された。
特許文献1のCMキチンは、塩酸キチンと異なり生体内で炎症を起こさない。しかしながら、止血時の膨潤を抑えるために吸水量が抑制されており、骨性出血のような多量出血の即時止血には適していない。また、骨の欠損部に充填して体内留置すると、骨の再生速度に比べて分解吸収速度が遅いので、骨組織の再生を阻害してしまう。
【0007】
また、ボーンワックスは、出血面をロウ材で封止して止血する方式の止血材であるので、骨以外の止血には使用できない。また、ボーンワックスは生体内で分解吸収されないので、ボーンワックスの付着した骨折面では骨組織が成長できない。さらに、止血時に骨折面に塗り込まれたボーンワックスは骨の微細組織にまで充填されてしまうので、止血後に骨折面から完全除去することは不可能である。
ポリエチレングリコールとコラーゲンの複合材料は、骨性出血の止血が可能な程度に吸水性に優れているが、止血後1ヶ月ほどは、弱い炎症が続く問題がある。また、生体内で分解されるので最終的には体内から消失するが、骨の再生速度に比べて分解吸収速度が遅いので、骨組織の再生を阻害してしまう。
【0008】
そこで、本発明は、骨用止血材に使用できるほどの高い止血効果と、炎症等を引き起こさない生体安全性とに優れ、生体内での分解吸収が早く生体組織の再生を阻害しない止血材及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の止血材は、カルボキシルメチルキチン又はその金属塩から成る吸水性の短繊維の集合体から成り、吸水量が20以上であることを特徴とする。
本発明の止血材は、吸水量を20以上に調整することにより即時止血が可能な止血効果の高い止血材である。また、CMキチン又はその金属塩(これらをまとめて「CMキチン類」と称する)は生体親和性が高く炎症を起こす心配がないばかりでなく、血液中の白血球やマイクロファージを活性化させて出血部の化膿を防ぐ作用がある。そして、本発明のCMキチンは、短繊維状であるので、ブロック状CMキチンに比べて生体内での分解吸収速度が早く、生体組織の再生を阻害しない。
【0010】
また、本発明の止血材の製造方法は、カルボキシルメチルキチン又はその金属塩から成る吸水性短繊維の集合体から成る止血材の製造方法であって、カルボキシルメチルキチン又はその金属塩を溶媒に溶解して原料溶液とし、該原料溶液を攪拌したアルコール中に注入することにより前記短繊維を紡糸する工程と、前記短繊維を真空中で熱処理して分子間架橋させることにより、吸水量が20以上の短繊維集合体を製造する工程と、を含むことを特徴とする。
【0011】
本発明の製造方法は、短繊維CMキチンの集合体から成る止血材の製造方法であり、CMキチン類を簡単に短繊維に紡糸でき、また架橋の程度を制御することにより確実に吸水量を制御することにより、所望の物性を有する止血材を製造することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明の止血材は、高い止血効果と、炎症等を引き起こさない生体安全性とに優れ、生体内での分解吸収が早く生体組織の再生を阻害しない。また、本発明の製造方法は、止血材の製造に適しており、止血材の吸水量の制御を適切に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
[実施の形態1]
本実施の形態にかかる止血材は、CMキチン類から成る短繊維が集合した、綿状の形態で提供される。綿状の止血材は、適当な量をちぎり取って使用できる簡便性と、どのような止血箇所にも適用容易な自由度の高さを備えている。また、この止血材の吸水量は、短繊維自体の吸水量と、繊維間の保水量との総和によって決定される。一般的なCMキチンの止血材の吸水量はCMキチン自体の吸水量のみに依存しており、CMキチン自体の吸水限界(吸水量を増加していくと、CMキチンの溶解に達する)で止血材の最大吸水量が決定されるが、本発明の止血材は、さらに繊維間の保水量だけ止血材の最大吸水量を増加させることができる。言い換えれば、同じ吸水量を確保する場合であっても、短繊維CMキチンの吸水量を抑えることができるので、短繊維CMキチンが溶解して止血材自体が崩壊する可能性が低くなる。
【0014】
本発明の止血材は、特に、吸水量が55以上であるのが好ましく、止血効果が高いとされている塩酸キチンと比べても、止血時間を短縮することができる。
CMキチンの短繊維の平均直径が、10μm〜100μmであると、繊維間の保水量を増加できると共に、CMキチンの生体内での分解吸収速度を早めることができるので好ましい。
【0015】
CMキチン類は比較的早く生体内で分解吸収されるが、本発明の止血材は短繊維状に成形されていることから、従来知られているブロック状CMキチン類に比べて分解吸収速度が早い。特に、4週間以内に分解吸収されると、生体組織の成長速度(例えば、骨欠損部における新生骨の再生や、肉芽組織の増生)よりも分解吸収速度が早いので、生体組織の成長を阻害することがないので好ましい。
【0016】
以下に本実施の形態にかかる止血材の製造方法を説明する。
(1.CMキチンの調整)
まず、甲殻類、または甲虫類などの外骨格を塩酸処理、NaOH処理して無機物を除去し、脱ダンパク化してキチン、すなわちポリ−アセチル−Dグルコサミンを得た。なお、このようにして得られる生物由来のキチンは、その数%〜数十%のアセチルアミノ基が脱アセチル化していることが知られている。
得られたキチン(ポリ−アセチル−Dグルコサミン)のCHOH基をカルボキシルメチル基に置換し(CM化)、カルボキシル基を官能基として有するCMキチンを得た。CM化は、具体的にはキチンを水酸化ナトリウム水溶液中に分散させ、ゲル状のアルカリキチンを作製する。そして、これを低温(−20℃程度)で静置後、プロパノールを加えて粉砕する。この粉砕物を攪拌しながら、モノクロロ酢酸を中和するまで加え、その生成物を洗浄する。これによりCMキチンナトリウム塩(CMキチン金属塩の一種)を得ることができる。このようにして調整されたCMキチン金属塩は、既に数社から販売されているので、それらを購入して用いてもよい。
【0017】
そして、CMキチンは、CMキチン金属塩を透析処理して製造することができる。CMキチン金属塩の水溶液を半透膜チューブに入れ、純水(又は希酢酸水溶液等)で透析することにより、CMキチン金属塩から金属イオンが除去されてCMキチンが得られる。
なお、キチンやキトサンは水に不溶であるが、CMキチン及びCMキチン金属塩はカルボキシルメチル基を有することにより水溶性になり、吸水性を有するようになる。
【0018】
(2.CMキチン水溶液の調整)
CMキチンを水に溶解して、濃度が0.1wt%〜30wt%の水溶液を形成する。水溶液の濃度が0.1wt%未満であると、溶液中のCMキチンの量が少なすぎて、この後の紡糸工程でCMキチン繊維を得ることができず、また30wt%以上であると、ゲル状になって紡糸しにくいので好ましくない。
【0019】
(3.CMキチンの紡糸)
CMキチンはエタノールに不溶であるので、CMキチン水溶液をエタノール中に投入すると、CMキチンが不溶化して析出する。このとき、エタノールを攪拌しながらCMキチン水溶液をゆっくりと流し入れることにより、短繊維状になったCMキチンを析出させることができる。
【0020】
(4.CMキチンの分子間架橋)
析出した短繊維状のCMキチンからエタノール及び残留水分を蒸発させ、その後に真空熱処理装置にて減圧下で熱処理を行った。この熱処理により、短繊維CMキチンの内部で分子間架橋が起こる。これにより、短繊維CMキチンは不溶化し、水中に投入しても溶液とはならず、ハイドロゲルが形成される。
この熱処理温度は架橋度に著しい影響を与え、熱処理温度が高すぎると、架橋が促進しすぎて短繊維CMキチンの吸水率が下がり、止血材の吸水量を20以上にすることができない。また、熱処理温度が低すぎると分子内架橋が適切に起こらず、短繊維CMキチンが水溶性のままとなり、止血材が止血中に溶解する恐れがある。そこで、本発明の止血材では、この熱処理温度を110℃〜145℃にするのが好ましく、止血材の吸水量を20以上にできると共に、水分に対して不溶性にすることができる。さらに、熱処理温度を110℃〜130℃にするとより好ましく、止血材の吸水量を50以上にできると共に、水分に対して不溶性にすることができる。
【0021】
(5.短繊維CMキチンの凍結乾燥)
真空熱処理が完了した短繊維CMキチンは、適量の水に投入して攪拌混合した後に容器に充填して凍結し、その後に凍結乾燥機で乾燥させる。このようにして、短繊維CMキチンの集合体から成る止血材を製造する。
なお、止血材は、無菌環境で製造された場合は、使用時まで密封包装されて用いられる。また、それ以外の場合は、密封包装された後に、γ線滅菌処理などにより滅菌処理される。
【0022】
[実施の形態2]
本実施の形態にかかる止血材は、リン酸カルシウム化合物を含有するCMキチン類から成る短繊維が集合した、綿状の形態で提供される。実施の形態1とは、リン酸カルシウム化合物を含有する点で相違し、その他は同様である。
【0023】
リン酸カルシウムは新生骨の再生を促進することから、リン酸カルシウム化合物を含有するCMキチン類の止血材は、骨欠損部に充填して体内留置する骨用の止血材として好適である。
リン酸カルシウム化合物としては、α−TCP、β−TCP、オクタカルシウムフォスフェート、ハイドロキシアパタイトなどを利用することができる。これらのリン酸カルシウム化合物は、顆粒状にして短繊維CMキチンの繊維間に分散させることができる。リン酸カルシウム化合物の粒径は、1〜1000μmにすると、短繊維中に分散させやすく、また骨に吸収されやすいので好ましい。
【0024】
リン酸カルシウム化合物は、真空熱処理により分子間架橋を行った短繊維CMキチンに分散させて製造することができる。まず、架橋の完了した短繊維CMキチンに、最大吸水量の10〜100%の水分を加えて膨潤させる。添加する水分量が最大吸水量の10%未満であると、短繊維CMキチンに流動性を与えることができないので、リン酸カルシウム化合物の顆粒を繊維間に分散させることができない。また、最大吸水量の100%を越える水分を添加すると、吸収されなかった過剰の水分が過度の流動性を与えて、リン酸カルシウム化合物の顆粒が重力によって沈降や凝集が生じ、分散が不均一になるため好ましくない。
なお、ここで最大吸水量とは、JIS−K7223−1996「高吸水性樹脂の吸水量試験方法」によって測定された短繊維CMキチンの吸水量を意味している。
【0025】
膨潤した試料に、リン酸カルシウム化合物の顆粒を添加して攪拌混合する。顆粒の量は、膨潤前の短繊維CMキチンの乾燥重量の20倍まで添加することができる。リン酸カルシウム化合物を、CMキチンの乾燥重量の20倍を越えて添加すると、短繊維CMキチンの繊維間に均一に分散させることができない欠点がある。また、またリン酸カルシウム化合物はCMキチンに比べて生体内での分解吸収が遅いので、リン酸カルシウム化合y物の添加量が過剰であると、新生骨の再生を促す効果よりも阻害する影響が現れ始めるので好ましくない。
【0026】
リン酸カルシウム化合物を分散させた短繊維CMキチンは、水分をすって膨潤した状態で容器に充填して凍結し、その後に凍結乾燥機で乾燥させる。このようにして、リン酸カルシウム化合物を含有する短繊維CMキチンの集合体から成る止血材を製造する。
【実施例1】
【0027】
[短繊維CMキチン止血材の試料の調整]
市販のCMキチン原料(甲陽ケミカル社製、コーヨーCMキチン)を3g精秤し、ガラス製容器に超純水72gと共に加え、マグネチックスターラーにて攪拌、溶解して、4wt%のCMキチン水溶液を作製した。
【0028】
エタノールを150ml入れたビーカーに、上記のCMキチン水溶液を流し込み、ガラス棒にて素早く攪拌した。この操作により短繊維状のCMキチン沈殿物が析出した。沈殿物を別様器に移し、さらにエタノール100mlを使って数回洗浄した。エタノールをできる限り除去した後、沈殿物を40℃の減圧乾燥器中に12時間以上置き、エタノール及び残留水分を蒸発させた。その後、真空熱処理装置にて減圧下(約2kPa以下)、100〜140℃の所定温度(100、110、130、140、145℃)にて12時間処理して、分子内架橋させた。
【0029】
その後、CMキチンと超純水とを重量比1:32の割合で秤量し攪拌混合した。この混合物をポリスチレン製円筒体に充填し、円筒体の両端をPETフィルムで封止した後、速やかに氷点下の冷凍庫に入れた。混合物が完全に凍結したら、PETフィルムを除いて凍結乾燥機に移し、凍結状態のまま水分を蒸発させた。
その後、凍結乾燥したCMキチンをポリスチレン製円筒体から取出し、γ線滅菌処理して、実験用の試料とした。
【0030】
試料は、真空熱処理の温度によって区別し、処理温度が100℃の試料を「実施例1−100」と称し、同様に130℃を「実施例1−130」、140℃を「実施例1−140」、及び145℃を「実施例1−145」と称する。
【0031】
図1は、実施例1−130の試料の実体顕微鏡写真であり、直径が10μm〜100μmの短繊維CMキチンが多数集合していることがわかる。真空熱処理の処理温度が異なる全ての試料で、同様の短繊維形態を示した。
【実施例2】
【0032】
[リン酸カルシウム含有短繊維CMキチン止血材試料の調整]
市販のCMキチン原料(甲陽ケミカル社製、コーヨーCMキチン)を3g精秤し、ガラス製容器に超純水72gと共に加え、マグネチックスターラーにて攪拌、溶解して、4wt%のCMキチン水溶液を作製した。
【0033】
エタノールを150ml入れたビーカーに、上記のCMキチン水溶液を流し込み、ガラス棒にて素早く攪拌した。この操作により短繊維状のCMキチン沈殿物が析出した。沈殿物を別様器に移し、さらにエタノール100mlを使って数回洗浄した。エタノールをできる限り除去した後、沈殿物を40℃の減圧乾燥器中に12時間以上置き、エタノール及び残留水分を蒸発させた。その後、真空熱処理装置にて減圧下(約2kPa以下)、100〜140℃の所定温度(100、110、130、140、145℃)にて12時間処理した。
【0034】
架橋後の試料に、試料重量に対して32倍の水を加えて撹絆混合して試料を膨潤させる。膨潤した試料に、リン酸カルシウム化合物であるβ−TCP顆粒(粒径1〜1000μm)を、吸水前のCMキチン重量に対して重量比1:5で加え、更に撹絆混合した。この混合物をポリスチレン製円筒体に充填し、円筒体の両端をPETフィルムで封止した後、速やかに氷点下の冷凍庫に入れた。混合物が完全に凍結したら、PETフィルムを除いて凍結乾燥機に移し、凍結状態のまま水分を蒸発させた。
その後、凍結乾燥したCMキチンをポリスチレン製円筒体から取出し、γ線滅菌処理して、実験用の試料とした。
【0035】
試料は、真空熱処理の温度によって区別し、処理温度が100℃の試料を「実施例2−100」と称し、同様に130℃を「実施例2−130」、140℃を「実施例2−140」、及び145℃を「実施例2−145」と称する。
【0036】
[比較例1:塩酸キチン]
塩化リチウム7wt%を含んだ ジメチルアセトアミド溶液にキチンを溶解し、ノズルズから熱水中に押しだして凝固し、繊維を作製した。この繊維を短繊維にカットし、NaOH処理にて中和し、これを綿状体に作製した。さらに、この綿状体を塩酸に浸漬後、洗浄し、塩酸キチンの止血材を作製して比較例1の試料とした。実験時には、γ線滅菌処理して使用した。
【0037】
[比較例2:CMキチン]
本発明の請求範囲外である、吸水量が重量比で20未満であるCMキチン止血材を、特許文献1に、以下のように調製した。
市販のCMキチン(脱アセチル化度0.25、CM化度0.78)にて5wt%の水溶液を作製し、適当な形状の容器に入れ、ドライアイスにて凍結後、そのまま凍結乾燥し、平均孔径100μm、気孔率90%の多孔体を作製した。その後、140℃及び160℃で24時間の熱処理により比較例2の試料とした。実験時には、γ線滅菌処理して使用した。
試料は、真空熱処理の温度によって区別し、処理温度が140℃の試料を「比較例2−140」、及び160℃を「比較例2−160」と称する。
【実施例3】
【0038】
[吸水量の測定実験]
吸水量の測定は、JIS−K7223−1996「高吸水性樹脂の吸水量試験方法」に基づき、実施例1〜2、比較例1〜2の試料の吸水量を測定した。試料の取扱いを容易にするため、各試料は、1gをティーバッグに入れた状態で純水中に浸漬した。また、即時止血の性能を知るために、純水への浸漬時間はJIS規格よりも短く1分とした。
【0039】
吸水量は以下の式に従って計算した。
W=(b−c−a)/a・・・(式1)
ここで、W:吸水量(g/g)
a:試料の質量(リン酸カルシウム顆粒重量を除く)
b:試料を入れたティーバックを所定時間浸漬し、水切り後の質量(g)
c:試料を入れないティーバックを所定時間浸潰し、水切り後の質量(g)
である。
【0040】
[止血時間の測定実験]
試料の止血性能を調べるため、人工的に形成した骨性出血の止血実験を行った。
家兎大腿骨内側顆に直径8mmの円筒状の欠損を形成し、欠損部分表面の血液を除去した後、各試料を欠損大内に挿入し、その上から軽くガーゼで押さえて圧迫止血を行った。欠損部からの出血が完全に止血されるまでの所要時間を測定した。なお、この実験では、比較例1の塩酸キチンの止血時間を基準として、それと同等又はそれよりも優れた止血能を有する場合を即時止血可能な試料と判断した。
表1に吸水量及び止血所用時間の測定実験の結果を示す。
【0041】
【表1】

【0042】
表1の良否判断の記号は、
◎:吸
水量が60以上、止血所要時間が3.5分以下、
○:吸水量が20〜60、止血所要時間が3.5分〜4分、
×:吸水量が20未満、止血所要時間が4分を越える、
とした。すなわち、本発明の止血材として好ましいのは○印又は◎印の試料である。
この結果から、比較例1の試料は、吸水量と止血所要時間は本発明の止血材と同等であるが、比較例2の試料は、吸水量と止血所要時間が劣っていることがわかる。
【0043】
[体内留置実験]
試料の体内留置による炎症の有無、分解吸収性の良否、及び骨組織の再生の阻害の有無を調べるため、人工的に形成した骨欠損に試料を充填したまま縫合し、体内留置実験を行った。
実験に使用した試料には、本発明の試料のうち吸水量及び止血所要時間の試験が優秀であった実施例1−130及び実施例2−130の2試料と、比較の試料として、比較例1、比較例2−160の4種類を用いた。また、比較例3として、市販のボーンワックスについても実験を行った。
【0044】
実験は、家兎大腿骨内側顆に直径8mmの円筒状の欠損を形成し、欠損部分表面の血液を除去した後、各試料を欠損大内に挿入し、その上から軽くガーゼで押さえて圧迫止血を行った。その後、各試料をそのまま骨欠損部に留置し、4週間後に周囲組織とともに回収して骨組織の修復を観察した。
表2に、実験の結果を示す。
【表2】

【0045】
(止血効果について)
比較例2−160を除くすべての試料で優れた止血効果を示した。
【0046】
(炎症反応)
実施例1−130、及び実施例2−130の試料は、埋没直後から4週間経過後までの間に炎症反応が生じていないことが確認された。これに対して、比較例1の試料では強い炎症反応を起こした跡があり、比較例2−160、及び比較例3の試料では、僅かではあるが、炎症反応を起こした形跡が見られた。
【0047】
(試料の分解吸収について)
実施例1−130、及び実施例2−130の試料は、埋入4週間でCMキチンはほぼ完全に分解吸収された。実施例2−130の試料では、内部に分散されたリン酸カルシウム成分(TCP顆粒)が僅かに残存していた。これに対して、比較例1、比較例2−160、及び比較例3の試料では、分解吸収が遅いか又は分解吸収されないため、埋没箇所に残存していた。
【0048】
(骨治癒について)
分解吸収が進んだ実施例1−130では、骨治癒を阻害することがなかったため、自然治癒と同程度の治癒状態であった。また、TCP顆粒を分散させた実施例2−130の試料では、自然治癒を上回る治癒状態を示しており、リン酸カルシウム成分による骨生成の促進効果によるものであると考えられる。
これに対して、試料の残存が見られた比較例1、比較例2−160、及び比較例3の試料では、骨治癒を阻害していることが明らかになった。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】実施例1にかかる短繊維CMキチン集合体から成る止血材の外観を示す実体顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルボキシルメチルキチン又はその金属塩から成る吸水性の短繊維の集合体から成り、吸水量が20以上であることを特徴とする止血材。
【請求項2】
吸水量が55以上であることを特徴とする止血材。
【請求項3】
前記短繊維の平均直径が、10μm〜100μmであることを特徴とする請求項1又は2に記載の止血材。
【請求項4】
生体内において4週間以内に分解吸収されることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の止血材。
【請求項5】
前記集合体が繊維間にリン酸カルシウム化合物を含み、骨用の止血材として使用されることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の止血材。
【請求項6】
前記リン酸カルシウム化合物の粒径が1〜1000μmであることを特徴とする請求項5に記載の止血材。
【請求項7】
カルボキシルメチルキチン又はその金属塩から成る吸水性短繊維の集合体から成る止血材の製造方法であって、
カルボキシルメチルキチン又はその金属塩を溶媒に溶解して原料溶液とし、該原料溶液を攪拌したアルコール中に注入することにより前記短繊維を紡糸する工程と、
前記短繊維を真空中で熱処理して分子間架橋させることにより、吸水量が20以上の短繊維集合体を製造する工程と、を含むことを特徴とする止血材の製造方法。
【請求項8】
真空中での熱処理温度が110℃〜145℃であることを特徴とする請求項7に記載の止血材の製造方法。
【請求項9】
真空中での熱処理温度が110℃〜130℃であることを特徴とする請求項8に記載の止血材の製造方法。
【請求項10】
さらに、前記短繊維中にリン酸カルシウム化合物を分散させる工程を含むことを特徴とする請求項7乃至9のいずれか1項に記載の止血材の製造方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2007−296066(P2007−296066A)
【公開日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−125829(P2006−125829)
【出願日】平成18年4月28日(2006.4.28)
【出願人】(504418084)日本メディカルマテリアル株式会社 (106)
【Fターム(参考)】