説明

歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメント

【課題】高分子系歯科系小窩裂溝封鎖材(レジン系シーラント材)の諸欠点をすべて解消すると共に、高い強度を有し、狭い隙間である歯の小窩裂溝にスムーズに浸入でき、フッ素イオンの徐放量を多くし、かつGIC本来の特徴と利点を保有し、さらに材料に安価なハイドロキシアパタイトを使用することで材料コストを著しく低減できる化学硬化型の歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアケノエート系セメントを提供する。
【解決手段】本発明の化学硬化型のグラスアイオノマーセメントは、平均直径を0.5μm〜100μmとし、かつ圧縮強度を0.9Mpa以下とし、なおかつ単位重量に対する比表面積を30m/g以上とする微粒子状とするハイドロキシアパタイトを添加して、ガラス粉末とハイドロキシアパタイトとの混合粉末と反応液の重量比率であるP/L(混合粉末/反応液の重量比)を0.3以上であって2未満としている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、予防歯科において、むし歯が発生しやすい狭い隙間である小窩裂溝を填塞してむし歯予防およびむし歯進行抑制をする際に使用する予防的歯科材料である小窩裂溝填塞材(シーラント材)に使用する歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメントに関する。
【背景技術】
【0002】
小窩裂溝であるフッシャーをシーラント材を用いて封鎖する小窩裂溝填塞法(シーラント)は、乳臼歯の小窩裂溝、ならびに幼若永久歯の小窩裂溝、頬側面溝および上顎前歯口蓋側面を対象として、歯の萌出直後に処置することが適切である。
【0003】
小児に最も多い疾病はむし歯である。その理由のひとつが、生えて間もない歯は、十分に硬くなっておらず、石灰化が完全に進むまでに生えてから2〜4年かかるからである。また、砂糖を含んだ飲料やお菓子を好むことも要因として挙げられる。小児のむし歯の8割以上が、歯ブラシの届かない臼歯の狭い溝(小窩裂溝)から発生しているという報告がある。また、主に小窩裂溝から発生するむし歯は、砂糖の摂取量や摂取頻度とあまり関係なく発生することがわかってきた。そのため、現在の小児のむし歯予防には、歯科医院における小窩裂溝填塞とフッ化物の利用が特に重要になる。
【0004】
フッシャーにシーラント材を充填するシーラントは、奥歯の溝を物理的に封鎖したり、填塞材の中に含まれるフッ化物により再石灰化作用を促進したりするむし歯予防法である。シーラントは、1967年にCuetoとBuonocoreにより、臨床成功例が初めて報告された。4年以上で約60%のむし歯予防効果が認められ、特にフッ化物応用との併用によりむし歯予防効果はさらに増加する。シーラントはむし歯発症リスクの高い歯に行うと特に有効である。
【0005】
シーラントによるむし歯予防が今日のように効果をあげた背景には、シーラント材の改善が大きく寄与している。奥歯の溝をレジンで物理的に封鎖することで口腔内の環境から遮断する方法、グラスアイオノマーセメント(GIC)で奥歯の溝を物理的に封鎖することに加え、シーラント材の中に含まれるフッ化物が再石灰化作用を促進する方法などがある。
【0006】
シーラントに使用するレジン系のシーラント材は開発されている。(特許文献1参照)しかしながら、レジン系のシーラント材は、GIC系のシーラント材に比較して種々の欠点がある。
1955年Buonocore(非特許文献1参照)により開発された接着性レジン系シーラント材は、その後改良が重ねられ、今日は光重合型が広く普及している。しかし、レジン系シーラント材は歯質に接着させるために
(1)酸による歯の脱灰処理が必要不可欠である。シーラントを必要とする歯の多くは石灰化の不十分な成熟途上の幼若歯であるが、口腔環境から歯質を遮断するレジン系シーラントは
(2)幼若永久歯の萌出後成熟を阻害してしまう欠点がある。そこで、近年、歯質脱灰による歯の損傷および萌出後成熟の阻害に対する対策としてフッ素を徐放するレジン系シーラント材が作られているが、その徐放されるフッ素イオン量は少ないため(非特許文献2参照)、確かな効果が認められるには至っていない。さらに、
(3)唾液による汚染防止や防湿のためにラバーダムを装着する必要がある。しかも、
(4)レジン系シーラント材は一部脱離した場合、何もしていない歯より二次う蝕の発生の可能性が高くなるため、歯科医院における定期的な管理を必要とする。
(5)レジン系シーラント材は、in vitroの研究で細胞毒性が認められており、レジンに含まれているビスフェノールAの安全性に関しての懸念は未だ払拭されていない。
【0007】
このレジン系シーラント材の欠点を補うため、グラスアイオノマーセメント(グラスポリアルケノエート系セメントともいう)系シーラント材(以下GIC系シーラント材という)が販売されている。GIC系シーラント材の利点は、酸処理が不要で、ラバーダム装着の必要がなく、長期間フッ素を徐放し、脱離してもフッ素により歯質が強化されており、う蝕発生の可能の可能性は極めて少ないため定期管理の不可能な症例にも応用可能なことである。さらに、生体親和性がレジン系シーラントに比べて優れている。
【0008】
GIC系シーラント材は、レジン系シーラント材に比較して優れた特徴を有するが、さらに優れたフッ素徐放能が要求される。ところが、従来のGIC系シーラント材はフッ素徐放能が十分でない欠点がある。
【0009】
ところで、シーラント材として、レジン系4材料およびグラスアイオノマー系2材料の合計6材料の発生に及ぼす影響が、マウス由来のES−D3細胞から分化した心筋細胞の鼓動率から調べられている。実験には50%細胞分化率(ID50)、および同細胞ならびに分化した同種の他細胞(Balb/c 3T3cell)の50%細胞生存率(IC50)とを合わせた3つのパラメータを用い、ヒトへの発生毒性を予測するEmbryonic Stem Cell Test法にて検討されている。その結果、ID50 については、レジン系4材料で平均6.4〜9.2g/mlを示した。GIC系2材料の液では、Fuji IIIで平均157.3g/ml、Fuji III LCで54.1g/mlを示す。両細胞のIC50 はID50 と類似の結果を示す。一方、GIC系2材料の粉末ではID50 およびIC50 が得られない。また、同時に調べた硬化後の材料の細胞毒性について、レジン系4材料はGIC系より強い細胞毒性を示す。
【0010】
以上、シーラント材としてレジン系の材料は弱いながら発生毒性を疑わす結果であったのに対し、GIC系2材料の液には発生毒性の疑いはない。
【0011】
ところで、アメリカ防疫予防センターの2004年の声明においては、シーラントの使用が促進されている。この声明において、 臼歯部の咬合面をプラステックで填塞するシーラントが、児童に対する安全で効果的なむし歯予防方法であるとしている。すでに、初発したむし歯を停止させるケースもある。シーラントは、未処置むし歯のある子どものリスクを有意に減少させる。
【0012】
このことから、アメリカの「ヘルシーピープル2010」においては、2010年までに子どもの50%がシーラントを持つように目標設定している。CDCの研究者はいくつかの方策を評価し、経済的に恵まれない通学児にシーラント処置することがシーラント使用における格差を是正するための最も費用効果の高い方策であることを認めている。さらに地域予防のサービスに関する特別対策本部は、むし歯予防とコントロールの有効な方法として、スクールベースのシーラント・プログラムあるいは学校に関連したシーラント・プログラムを推奨している。
【0013】
さらにまた、国際歯科連盟(FDI)の声明文(2001年)においては、50年以上にわたる世界中の広範な調査研究では、一貫してむし歯予防に対するフッ化物の安全性と効果を示している。フッ化物の使用と安全性の科学的根拠は、数え切れないほど多くの科学者、専門家グループ、政府機関などに認められている。フッ化物の使用によって、むし歯の発生率と有病率が減少し、多数の人々の生活の質の改善につながっている。現在では、口腔内に適切な濃度のフッ化物が絶え間なく供給されていることが最も重要な因子であることが明らかにされている。低濃度のフッ化物が存在することでエナメル質の脱灰を抑制し、再石灰化を促進している。これらの発見は予防的、治療的手段としてフッ化物利用を考える上でとても重要である。 フッ化物の局所的応用、あるいは口腔内フッ化物の適正濃度を持続させるあらゆる手段がむし歯予防上、この上なく重要であることが確認されている。
【0014】
本発明者は、GICがハイドロキシアパタイト(HAp)である歯との境界で速やかに反応して新しい生成物を生成して、歯の表面に無処理で強固に化学的結合することに着目し、この状態をGIC全体に実現することで、硬化状態におけるGICの機械的強度を向上することで、これを歯科充填用グラスポリアルケノエートセメントに使用することに成功した。この歯科充填用グラスポリアルケノエートセメントに使用されるGICは、特定のHApを添加混合することで、このGICとガラス粉末との境界で新しい化合物を生成して全体を硬化して機械的強度を向上させる。(特許文献2参照)
この充填用グラスポリアルケノエートセメントに使用されるGICは、ハイドロキシアパタイトとガラス粉末とを境界で速やかに反応させることで、GICの硬化初期から機械的強度を増強することができる。
【0015】
特許文献2のGICは、約95%HApである歯質と化学的に反応して結合され、結合部分のGICが他の大部分より強いという事実から起想したものである。この歯科充填用グラスポリアルケノエートセメントは、特定のHApを添加混合することで、歯質とGICとの境界で起こる反応を、GICのガラス粉末とハイドロキシアパタイトとの境界に発生させることで、GICの全体を硬化させることで、硬化初期から機械的強度を増強することに成功したものである。
【0016】
ところで、近年、歯科では世界的にMinimal Intervention(MI)の概念が広まりつつあり、歯質接着性材料で組織親和性の高いGICの使用頻度が増加してきている。特に、化学硬化型GICは、WHOにより、発展途上国でのAtraumatic Restrative Treatment(ART)の修復材料として採用されると共に、歯を削らないままむし歯の凹部に充填する歯科充填用グラスポリアルケノエート系セメントとして使用することで、むし歯の進行阻止と新しいむし歯の発生を予防すると共に、その治療に高い効果と評価を上げている。従って、特許文献2に示す、歯に無処理で接着する高品質の安全な化学硬化型GICの提供は、世界における急務の課題であり、全ての人類からむし歯を予防し、また患者には全く痛みを与えることなく理想的な状態に治療できる極めて優れた福音をもたらす。歯を削らないままむし歯の凹部に充填されたGICがむし歯の進行を阻止、新しいむしの発生を予防できるのは、フッ素イオンの放出(リリース)および取り込み(リチャージ)による、二次齲蝕抑制効果および抗菌作用を生じるからである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特表2007−524635号
【特許文献2】特願2008−513227号
【非特許文献1】Buonocore, M. G.: Caries prevention in pits and fissures sealed with adhesive resin polymerized by ultraviolet light: A two year study of a single adhesive application. J.A.D.A. 82: 1090-1093, 1971.
【非特許文献2】和田 活利:各種小窩裂溝封鎖材に関する基礎的研究.福岡歯科大学学会雑誌,22(2): 229-246,1995.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
以上のように、特許文献2に記載されるGICは、歯を削らないで虫歯などの治療ができるGICとして開発されたが、液量を多くして粉液比を低くすることにより歯科小窩裂溝封鎖用としても応用できる可能性を持つ。それが実現できれば、とくに発展途上国においては、理想的な治療方法となり、歯科治療が充分でないこれらの国々において虫歯を理想的な状態で予防できる。
【0019】
しかしながら、この特許文献2に記載されるグラスポリアルケノエート系セメントは、狭い隙間である小窩裂溝に奥までスムーズに浸入させるのが難しく、またハイドロキシアパタイトに特定のものを使用する必要があって価格が極めて高くなる欠点があり、さらに液量を多くすることにより機械的強度の著しい低下がみられること、また、フッ素イオンの放出量も十分でない欠点がある。
【0020】
この用途に使用されるGIC系シーラント材には以下の特性が要求される。
(1)狭い小窩裂溝にスムーズに浸入できるように、粘稠性が高くならないこと。
(2)材料コストの低減
(3)フッ素イオンの長期持続的徐放濃度(リリース量)を向上させること、および外部のフッ素イオン取り込み後のフッ素イオン放出濃度(リチャージ量)を向上させること。
(4)生体親和性に優れること
【0021】
とくにGIC系シーラント材は、効率よく虫歯を予防し、さらに虫歯の治療として有効に作用するために、狭くてシーラント材を奥まで侵入させるのが難しい小窩裂溝にスムーズに浸入でき、しかもフッ素イオンの徐放量を多くすることが極めて大切である。狭い小窩裂溝に奥まで浸入されたGIC系シーラント材が、フッ素イオンの放出(リリース)および取り込み(リチャージ)をすることで、二次齲蝕抑制効果および抗菌作用を生じるからである。しかも、その用途から優れた特性を実現しながら、材料コストを低減することも極めて大切である。
【0022】
本発明は、さらに以上の目的を達成することを目的に開発されたもので、本発明の大切な目的は、狭い隙間である歯の小窩裂溝にスムーズに浸入できるると共に、液量を多くしても高い強度を有し、フッ素イオンの徐放量を多くし、かつGIC本来の特徴と利点を保有する高品質なものであって、さらに材料に安価なハイドロキシアパタイトを使用することで材料コストを著しく低減できる化学硬化型のGICからなる歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメントを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0023】
この発明は、歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメントに使用されるGICであって、このGICには、結晶性の低い微粒子状のハイドロキシアパタイトを添加混合すると共に、ハイドロキシアパタイトとガラス粉末との混合粉末に特定量の反応液を添加混合して歯の狭い隙間である小窩裂溝にスムーズに浸入できる粘性と高い強度を実現し、さらに安価なハイドロキシアパタイトを使用しながら、フッ素イオンの徐放量を多くして、小窩裂溝に充填されて速やかに硬化するものである。
【0024】
本発明の化学硬化型のGICである歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメントは、前述の課題を解決するために以下の構成を備える。
(1)平均直径を0.1μm以上であって100μm以下とし、かつ圧縮強度を0.9MPa以下とし、なおかつ単位重量に対する比表面積を30m/g以上とする微粒子状のハイドロキシアパタイトを使用する。
(2)ハイドロキシアパタイトとガラス粉末とを含む混合粉末は、ハイドロキシアパタイトの混合量を15重量%ないし50重量%としている。
(3)ガラス粉末とハイドロキシアパタイトとの混合粉末と反応液の重量比率であるP/L(混合粉末/反応液の重量比)を0.3以上であって2未満とする量の反応液が添加混合されて、化学硬化している。
【0025】
本発明の歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメントは、ハイドロキシアパタイトの平均直径を、5μm以上とすることができ、さらに10μm〜30μmとすることができる。
【0026】
本発明の歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメントは、反応液を、ポリアクリル酸と、蒸留水と、硬化のための化学反応用のカルボン酸を主成分とする溶液とすることができる。
【0027】
さらに、本発明の歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメントは、ガラス粉末の平均粒径をハイドロキシアパタイトよりも小さくすることができ、たとえばガラス粉末の平均粒径を1μm〜30μmとすることができる。さらにまた、本発明の化学硬化型の歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメントは、ガラス粉末の粒度分布において、粒径を10μm以上とする粉末の割合を20%以下とするものを使用して、狭い隙間の小窩裂溝よりスムーズに侵入できる。
【発明の効果】
【0028】
本発明の化学硬化型の歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメントは、光硬化型のGICの諸欠点をすべて解消することに加えて、従来の化学硬化型のGIC系シーラント材で実現できなかった、高い強度を有し、狭い隙間の小窩裂溝に奥までスムーズに侵入させながら、フッ素イオンの徐放量を多くし、しかも安価なハイドロキシアパタイトを使用して小窩裂溝で速やかに硬化できるという理想的な特徴を実現する。
それは、本発明の化学硬化型のGICが、圧縮強度を0.9MPa以下とする結晶性が低くて、比表面積を30m/g以上とする特定のハイドロキシアパタイトを使用し、さらに、ガラス粉末とハイドロキシアパタイトとの混合粉末と反応液の重量比率であるP/L(混合粉末/反応液の重量比)を0.3以上であって2未満とする量の反応液を添加して硬化しているからである。
【0029】
図1は、特許文献2に記載する本発明者が先に開発したGIC(曲線B)と、本発明のGIC系シーラント材(曲線A)とのフッ素イオンの放出(リリース)量を示すグラフである。曲線Aと曲線BのGICは、混合粉末に混合しているハイドロキシアパタイトの混合量を32重量%と同じ混合量としているにもかかわらず、曲線Aで示す本発明のGIC系シーラント材は、フッ素イオンの放出(リリース)が特許文献2のGICよりも約35%も多く、多量のフッ素イオンを放出して優れた二次齲蝕抑制効果および抗菌作用を生じる。
【0030】
図1において、フッ素イオンの放出(リリース)は、以下のようにして測定する。
直径10mm、厚さ2mmのアクリル製円盤状モールドに練和セメントを填入し、セルロイドストリップスおよびスライドガラスを介して500gの荷重で圧接する。室温で10分間経過後、試料をモールドから取り出し、温度37℃、湿度100%の状態で50分間保存した後、試料を10mlの蒸留水に浸漬し、37℃で23時間保存する。その後に試料を取り出し、溶出液を得る。溶出液中のフッ素溶出量は複合電極を接続したイオンメーターで測定する。取り出した試料は水分を軽く拭きとり、再び10mlの新鮮な蒸留水に浸漬させる。フッ素の再取り込み能を評価するために、7日目の測定後に試料を9000ppmFに調整したNaF水溶液10mlに5分間浸漬して取り出し、5mlの蒸留水で洗浄し軽く水分を拭き取った後に10mlの蒸留水に浸漬させ、再び24時間毎に14日目までフッ素溶出量を測定する。
【0031】
さらに、図2は本発明のグラスポリアルケノエート系セメントのフッ素イオンを徐放(リリース)量を示している。この図は、P/L(混合粉末/反応液の重量比)を1.2及び1.6とするもので、
曲線Aは、HApの混合量を28重量%、P/L比を1.2とし、
曲線Bは、HApの混合量を28重量%、P/L比を1.6とするものである。
また、曲線CはHApの混合量を0重量%、P/L比を1.2とし、曲線Dは、HApの混合量を0重量%、P/L比を1.6とするものである。
【0032】
図2において、フッ素イオンの放出(リリース)量は以下のようにして測定する。
直径10mm、厚さ2mmのアクリル製円盤状モールドに練和セメントを填入し、セルロイドストリップスおよびスライドガラスを介して500gの荷重で圧接する。室温で10分間経過後、試料をモールドから取り出し、温度37℃、湿度100%の状態で50分間保存した後、試料を8mlの蒸留水に浸漬し、37℃で23時間保存する。その後に試料を取り出し、浸漬した蒸留水上で2mlの新鮮な蒸留水で洗浄し、計10mlの溶出液を得る。溶出液中のフッ素溶出量は複合電極を接続したイオンメーターで測定する。取り出した試料は水分を軽く拭きとり、再び8mlの新鮮な蒸留水に浸漬し、30日までは24時間毎に、その後5日毎に90日まで測定を行う。
【0033】
本発明の歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメントは、HApである歯質と界面で速やかに反応して強く硬く結合する。本発明は、硬いHApをフィラーとし添加してGICを硬くするのではない。添加するHApを圧縮強度が低い、すなわち結晶性の低い特定の微粒子状とし、かつ比表面積を大きくし、歯がGICと速やかに反応するように、微粒子状のHApとGICとを速やかに反応させて硬化させる。とくに、本発明のGICは、結晶性が低くて比表面積の大きいHApを使用することから、フッ素イオンの放出(リリース)および取り込み(リチャージ)が効果的にされてフッ素イオンの徐放量が多く、さらに多量の反応液を使用することから、微粒子状のHApの内部まで反応が進行して、HApとGICとを均一なマトリクス状に結合して速やかに硬化させる。さらにHApを結晶性が低くて比表面積の大きいものを使用することによっても、GICとの反応性を良くして、さらに硬化時間を短縮して速やかに硬化させる。
【0034】
本発明の以下に記述する実施例1の歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメントは、結晶性の低く、しかも引用文献2のGICに使用するHApの1/10と極めて安価なHApを使用しながら、狭い小窩裂溝に奥までスムーズに侵入させて、速やかに硬化し、しかもフッ素イオンの徐放量を多くする。
【0035】
本発明の歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメントは、化学反応で速やかに硬化することから、光硬化樹脂に比較して、GIC系シーラント材に必要な次の(a)〜(f)に記載の優れた特性も実現する。
(a)フッ素イオンの放出(リリース)および取り込み(リチャージ)による二次齲蝕抑制効果および抗菌作用を生じる。
(b)歯面処理(酸エッチング)を必要としない歯質接着性(化学的接着)を示す。
(c)光硬化樹脂に比べると、歯髄への低刺激性と高い生体親和性を実現する。無刺激なGICに、無刺激なハイドロキシアパタイトを添加しているからである。
(d)歯質に近似した熱膨張係数を有する。
(e)機械的強度は光硬化型のGICに匹敵する。
(f)室温にて15分以下の短時間で臨床に有効な程度まで硬化する。
【0036】
さらに、近年、歯科領域では世界的にMinimal Intervention(MI)の概念が広まりつつあり、組織親和性の高い歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメントの使用頻度が増加してきており、この発明は、かかる世界規模の需要を満たすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明と特許文献2のGICのフッ素イオンのリリース量を示すグラフである。
【図2】本発明のグラスポリアルケノエート系セメントのフッ素イオンのリリース量を示すグラフである。
【図3】本発明の実施例に使用するGIC系シーラント用ガラス粉末の粒度分布図である。
【図4】本発明の実施例に使用するGIC系シーラント用ガラス粉末の電子顕微鏡写真である。
【図5】本発明の実施例に使用するHApSの表面状態を示す電子顕微鏡写真である。
【図6】本発明の実施例に使用するHApSの表面状態を示す電子顕微鏡写真である。
【図7】本発明の実施例に使用するHApSの内部状態を示す電子顕微鏡写真である。
【図8】本発明の実施例1で得られるGIC系シーラント材の破断面の電子顕微鏡写真である。
【図9】本発明の実施例1で得られるGIC系シーラント材の破断面の電子顕微鏡写真である。
【図10】比較例1に使用するHAp100fの表面状態を示す電子顕微鏡写真である。
【図11】比較例1に使用するHAp100fの内部状態を示す電子顕微鏡写真である。
【図12】実施例1、2および比較例2、3の3点曲げ強度を示すグラフである。
【図13】比較例2のGICのフッ素イオンのリリース量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0038】
この発明の実施の形態に関し、次の通り詳述する。
本発明の歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメントは、粉成分にHApを配合した化学硬化型のGIC系シーラント材である。歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメントである本GIC系シーラント材は、アルミノシリケートガラス等のGIC用ガラス粉末とHAp粉末からなる粉と、ポリカルボン酸水溶液等のGIC用の反応液からなる。さらに、本GIC系シーラントは、粉と液を手で練和する手練り方式および粉と液をカプセルに入れ機械で自動練和するカプセル方式の両方式のものが開発できる。
【0039】
[GIC系シーラント用ガラス粉末]
ガラス粉末には、好ましくは平均粒径を1μm〜30μmとするものを使用する。さらに、ガラス粉末は、その粒度分布において、粒径を10μm以上とする粉末の割合を20%以下、さらに好ましくは10%以下とするものを使用する。このガラス粉末を使用するグラスポリアルケノエート系セメントは、狭い小窩裂溝部の深部にまで浸透できる特徴かある。ただし、ガラス粉末には、多種多様に市販されている化学硬化型GIC用のガラス粉末を使用することもできる。
【0040】
[GIC系シーラント用の反応液]
また、反応液は、ポリアクリル酸と、蒸留水と、硬化のための化学反応用のカルボン酸等を主成分とする溶液を使用する。ただし、この反応液には、すでにGICの反応液として市販され、さらにこれからGICの反応液として開発されるすべてのカルボン酸を使用することができる。
【0041】
[ハイドロキシアパタイト]
本発明のGIC系シーラントは、特定のHApを配合している。HApの添加は、フッ素イオンの徐放(リリース)及び取り込み(リチャージ)、GICの硬化時間、GICと歯質との熱膨張率の差異、生体親和性等を考慮し、微粒子状であって、特定の平均直径と圧縮強度を有する結晶性の低い、比表面積を30m/g以上とする多孔質なHAp[Ca10(PO(OH)]を使用する。
【0042】
さらに、このHApには、圧縮強度を0.9MPa以下とするもの、好ましくは0.5MPaよりも大きく、0.9MPaよりも小さいものを使用する。HApは、結晶性が高くなると圧縮強度が大きくなる。本発明者が先に開発して特許文献2に記載しているGICはむし歯の凹部につめる充填用であって、本発明に使用するHApよりも結晶性に優れたHApを使用し、このHApとガラス粉末とを境界で速やかに反応させて機械的強度を向上するものであった。
【0043】
これに対して本発明のGICは健全な小窩裂溝を塞ぐシーラント用として開発したもので、圧縮強度が低くて結晶性の低い安価な多孔質HApを多量に配合するものであるが、硬化反応の過程においては、多孔空のHApの空隙内部まで反応液を浸透させて内部まで均一に硬化させることで、速やかに硬く硬化させる。本発明のGIC系シーラント材に使用する結晶性の低いHApには、化粧品用材料や吸着剤として市販されている安価なものが使用できる。たとえば、歯磨剤用添加材として市販されている、平均粒径を21μm、比表面積を42m/g、圧縮強度を0.6、平均細孔径を25nmとする太陽化学産業製のHApSを使用できるが、このHApは、特許文献2に記載されるHApに比較して1/10と極めて安価である。このように安価なHApを使用しながら、本発明のグラスポリアルケノエート系セメントは、GIC系シーラント材として極めて優れた特性を実現する。
【0044】
さらに、本発明のグラスポリアルケノエート系セメントは、反応液の添加量も多く、すなわちガラス粉末とハイドロキシアパタイトとの混合粉末と反応液の重量比率であるP/L(混合粉末/反応液の重量比)を0.3以上であって2未満と多くして、結晶性の低いHApの空隙内部まで反応液およびセメント基質成分を速やかに浸透するようにしている。
【0045】
P/L(混合粉末/反応液の重量比)は、練和直後のシーラント材として好ましい流動性が得られるよう、凹部に充填されるものより低い2未満とする。しかし、あまり低い場合、流れが良すぎ、硬化時間も延長するため操作性が悪くなり、しかも強度が低くなるため好ましくない。従って、P/L(混合粉末/反応液の重量比)は0.3以上とする。液成分は従来型GIC液を使用し、粘稠性を低くし流動性を向上させるためP/L(混合粉末/反応液との重量比)を0.3以上2未満とする。
【0046】
本発明の歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメントは、以下のようにして硬化反応する。
(1)粉末成分のガラス粉末であるアルミノケイ酸塩ガラスと、HApが、反応液のポリアルケン酸(多くはポリアクリル酸)と練和により反応すると、ガラスから金属イオン(Al3+、Ca2+、Sr2+など)とフツ化物イオンが同時にHApからCa2+ が放出され、それが液層へ移動し価陰イオン水和ゲルとして沈殿する。同時に、ガラス粉末の外層にはイオンが枯渇したシリカゲルが生成される。
【0047】
(2)次に、生成したセメント泥中のシリカゲルおよび水和ゲルの一部は、結晶性の低い比表面積の大きいHApの吸着力により多孔質HApの空隙内部に侵入する。
(3)ポリアクリル酸も吸着によってHAp分子の表面に侵入し、HApの結晶表面のリン酸塩の移動あるいは置換を惹起する。
(4)さらに、吸着されたセメント泥中に存在する遊離カルポキシル基とHApが水素結合する。その後、水素結合はイオン結合に置換し、ガラス粉末あるいはHApより供給される陽イオンと置換する。
この反応(セメントマトリクスとHAp結晶との接着)に重要な働きをするのは高分子電解質のポリアルケン酸で、その役割は、セメントマトリックスおよびHAp結晶の界面に架橋することである。
つまり、ポリアクリル酸塩イオンが生じ、カルシウムイオンとイオン結合が形成される。
(5)続いて起こる複雑なイオン交換の一部として、カルシウムイオンはリン酸塩とともにHApから離れ、リン酸カルシウム、リン酸アルミニウム、ポリアクリル酸塩からなる中間層がセメントマトリックスおよびHApの結晶の界面に形成される。
【0048】
なお、HApは、平均直径が小さくても大きくても機械的強度が低下しする。また、小さ過ぎると硬化時間が長くなることから、フッ素イオンの放出量、機械的強度、硬化時間および流動性等を考慮して、平均直径を0.1μm〜100μm、好ましくは5μm以上、さらに好ましくは10μm〜30μmのものを使用する。さらに、HApは、反応性をよくすることから比表面積を30m/g以上とするものを使用する。
【0049】
[HApの配合量]
微粒子状のHApが配合混合されて、硬化物中のGICガラス成分粒子を保持するマトリックスの機械的強度の増強およびフッ素イオン放出の増量にあることを思慮し、GIC系シーラント用粉末に対する微粒子状のHApの添加混合量は、混合粉末に対して15重量%〜50重量%であり、望ましくは約15重量%〜30重量%とし、最適には約20重量%〜28重量%とする。
【0050】
HApの添加混合量を多くして、フッ素イオン放出の増量できる。しかしながら、HApの添加混合量は硬化した状態における曲げ強度を影響を与え、添加混合量が多すぎても少なすぎても曲げ強度は低下する。したがって、HApの添加混合量は、フッ素イオン放出と曲げ強度の両方を考慮して、混合粉末に対して15重量%〜50重量%に設定する。
【0051】
[化学硬化の工程]
(1)GIC系シーラント用粉末に、HApを添加混合の後、これを十分に混和する。
(2)次いで、GIC系シーラント用粉末とHApの混合粉末に、GIC系シーラント用の反応液を添加混合して、十分に練和する。このとき、混合粉末とGIC用反応液の比率であるP/L(混合粉末/反応液の重量比)を1.2あるいは1.6とする。ただしP/Lの重量比は、0.3以上であって2未満の範囲とすることができる。
(3)得られた練和物は、硬化を開始し、室温や体温等にて約3〜30分間、望ましくは約5〜10分間、静置あるいは経過すると、所望の機械的強度まで硬化する。
【0052】
以下、本発明の実施例を挙げ、この発明の構成と効果を具体的に説明する。但し、この発明は、これ等の実施例にのみに制限されるわけではない。
【0053】
[実施例1]
以下の工程で、HApを添加してなる化学硬化型のGICである歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメントを硬化させる。
GICの反応液とGIC用粉末には、市販の化学硬化型のGIC「FujiIII[(株)ジーシー社(日本)製]」のガラス粉末(以下「III粉末」と表記する)と反応液(以下「III液」と表記する)を使用する。図3はIII粉末の粒度分布を示し、図4はIII粉末の電子顕微鏡写真を示している。
【0054】
ガラス粉末に添加するHApには、歯磨剤用添加材として市販されている太陽化学産業製1のHApSを使用する。HApSは、平均粒径を21μm、比表面積を42m/g、圧縮強度を0.6、平均細孔径を25nmとするものである。このHApSの電子顕微鏡写真を図5ないし図7に示す。図5はHApSの表面状態を示し、図6はさらに拡大した表面状態を示し、図7はHApSの内部状態を示す。このHApSは、0.2μm〜0.3μmの微粒子が内部に微細な空隙ができる状態で凝集している。
【0055】
上記のHApSを28重量%を、72重量%のガラス粉末(III粉末)添加して試作粉末とする。
次いで、試作粉末に、重量比で、P/L(混合粉末/反応液)が1.2になるようIII液を添加混合の後、練和して試料を作製する。
【0056】
試料は以下のようにして硬化させる。
(1)IX粉末とHAp粉末は、自動混和器(ボルテックス)にて1分間、混和する。
(2)ステンレススチール製のモールド(3.0mm×3.0mm×25.0mm)に分離材(SURE SEP)を小筆で塗布した後、エアーで薄くのばす。
(3)プラスチックスパチュラを用いて紙練板上で混和粉末とIII液を45秒間、練和する。
(4)次いでこれをシリンジ(注射器のようなもの)に入れ、モールド内に注入する。この時、気泡や隙間が生じないプラガーで圧接し、ガラス練板上に置く。
(5)透明ストリップスを介して分銅(500g)で押さえ、室温にて10分間、静置する。
この状態でGIC系シーラント材を硬化させる。
(6)モールドから試料を取り出し、37℃、湿度100%の状態(水を含ませた濾紙で試料を包む)で50分間、静置して硬化させる。
この工程は、GICが使用される口のなかの環境としてストレスを与える工程である。
【0057】
以上の工程で硬化されるGIC系シーラント材は、未硬化な状態で狭い小窩裂溝に奥までスムーズに侵入し、かつ速やかに硬化して、多量のフッ素イオンを放出(リリース)する。フッ素イオンの放出(リリース)量を図2の曲線Aで示している。
【0058】
さらに、このGIC系シーラント材の破断面の電子顕微鏡を図8と図9に示している。硬化したGIC系シーラント材におけるHApSは、図7の電子顕微鏡写真で示すように、内部まで反応液が浸透して硬化している。
また、このGIC系シーラント材の3点曲げ強さを図12に示している。
【0059】
[実施例2]
P/L比を1.2から1.6とする以外、実施例1と同様にしてGIC系シーラント材を硬化させる。
以上の工程で硬化されるGIC系シーラント材も、未硬化な状態で狭い小窩裂溝に奥までスムーズに侵入し、かつ速やかに硬化して、多量のフッ素イオンを放出(リリース)する。フッ素イオンの放出(リリース)量を図2の曲線Bで示している。
【0060】
[実施例3]
HApSの添加量を32重量%とする以外、実施例1と同様にしてGIC系シーラント材を硬化させる。
以上の工程で硬化されるGIC系シーラント材も、未硬化な状態で狭い小窩裂溝に奥までスムーズに侵入し、かつ速やかに硬化して、多量のフッ素イオンを放出(リリース)する。フッ素イオンの放出(リリース)量を図1の曲線Aで示している。
【0061】
[比較例1]
比較のために、HApSを以下のものとする以外、実施例3と同じようにしてGICを硬化させる。
HApは、骨充填材として(株)太平化学産業社(日本)から市販されている平均粒径を200μmとするHAp100を、自動乳鉢(電動ダンシングミル、日陶科学株式会社)で極微細に粉砕することにより調製して、平均粒径を11μmとするものを使用する。このHAp100fの電子顕微鏡写真を図10と図11に示している。図10はHAp100fの表面状態を示し、図11はHAp100fの内部構造を示している。この、HAp100fは、図10の電子顕微鏡写真で示すように、表面に数nm〜数百nmの超微粒子が付着したもので、圧縮強度を1MPaとするものである。
【0062】
以上の工程で硬化されるGICのフッ素イオンを放出(リリース)量を図1の曲線Bで示している。このGICは、実施例3と同じ量のHApを添加するにもかかわらず、フッ素イオンの放出(リリース)量が図1の曲線Aで示す実施例3に比較して相当に少なくなる。
【0063】
以上の比較例1で得られるGICと、実施例1で得られるGIC系シーラント材に含まれる元素をエネルギー分散型X線分析装置を用いて点分析を行うと以下の表1で示すようになる。
【0064】
【表1】

【0065】
HApの含有元素はCa、P、OおよびHである。これを使用して得られる比較例1のGICと実施例1のGIC系シーラント材の主な含有元素はC、O、F、Al、Si、 PおよびSrとなる。EDSによりGICに添加したHAp中央部を点分析するとGIC成分が検出されたことより、HApがGICの成分を吸着していることが明らかとなった。さらに、HApの種類によって吸着される各種GIC元素の量に差があり、HApSはHAp100fに比べてFおよびSiの割合が高いことが認められる。また、HAp100fよりHApSの方がHAp由来元素のCa値(%)が低かったことは、HApSの方がHAp内部にGIC成分を多量に吸着していることを示している。HAp内に吸着されるFの含有量が多いほど、GICからのフッ素イオン徐放量が向上し、また、HAp内に吸着されるSi量が多いほどGICの強度が向上する。以上の結果より、GICに添加するHApは、HAp100fよりHApSの方が有効であることが判る。
【0066】
[比較例2]
比較のために、HApSを添加せずに、それ以外は実施例1と同じようにしてP/L比を1.2としてGICを硬化させる。このGICのフッ素イオン放出(リリース)量を図2の曲線Cに示している。比較例2の90日間のフッ素イオンリリース量は実施例1のフッ素イオンリリース量(図2の曲線A)の42%である。また、3点曲げ強度を図12に示している。比較例2の3点曲げ強度は、実施例1に比較して58%劣る。
【0067】
[比較例3]
また、HApSを添加せずに、それ以外は実施例2と同じようにしてP/L比を1.6としてGICを硬化させる。このGICのフッ素イオン放出(リリース)量を図2の曲線Dに示している。比較例3の90日間のフッ素イオンリリース量は実施例2のフッ素イオンリリース量(図2の曲線B)の61%である。また、3点曲げ強度を図12に示している。比較例3の3点曲げ強度は、実施例2に比較して40%劣る。
【0068】
[比較例4]
さらに、ガラス粉末を市販の化学硬化型のGIC「FujiIX[(株)ジーシー社(日本)製]」のガラス粉末とし、反応液をIII液からIX反応液とし、さらにP/L比を1.2から3.6とし、HApSの添加量を10重量%とする以外、実施例1と同じようにしてGICを硬化させる。
【0069】
このGICは、未硬化な状態で、狭い隙間の小窩裂溝に奥までスムーズに侵入できず、また、硬化した状態においてフッ素はイオンを放出(リリース)量が相当に少なくなる。このGICのフッ素イオンの放出(リリース)量を図13に示している。このGICは、実施例1と同じHApを添加するにもかかわらず、フッ素イオンの放出(リリース)量が図1の曲線Aで示す実施例3に比較して相当に少なくなる。
【産業上の利用可能性】
【0070】
歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメントは、歯学分野におけるむし歯予防に有効である。とくに乳歯および永久歯の、全ての部位の小窩裂溝部のシーラント材料として有効である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均直径を0.1μm以上であって100μm以下とし、かつ圧縮強度を0.9MPa以下とし、なおかつ単位重量に対する比表面積を30m/g以上とする微粒子状のハイドロキシアパタイトと、このハイドロキシアパタイトに混合されてなるガラス粉末とを含み、ハイドロキシアパタイトとガラス粉末とを含む混合粉末は、ハイドロキシアパタイトの混合量を15重量%ないし50重量%としており、
さらに、前記ガラス粉末と前記ハイドロキシアパタイトとの混合粉末と反応液の重量比率であるP/L(混合粉末/反応液の重量比)を0.3以上であって2未満とする量の反応液が添加混合されて化学硬化してなる歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメント。
【請求項2】
前記ハイドロキシアパタイトの平均直径が5μm以上である請求項1に記載される歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメント。
【請求項3】
前記ハイドロキシアパタイトの平均直径が10μm〜30μmである請求項2に記載される歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメント。
【請求項4】
前記反応液が、ポリアクリル酸と、蒸留水と、硬化のための化学反応用のカルボン酸を主成分とする溶液である請求項1ないし3のいずれかに記載される化学硬化型の歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメント。
【請求項5】
前記ガラス粉末の平均粒径がハイドロキシアパタイトよりも小さい請求項1ないし4のいずれかに記載される化学硬化型の歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメント。
【請求項6】
前記ガラス粉末の平均粒径が1μm〜30μmである請求項1ないし5のいずれかに記載される化学硬化型の歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメント。
【請求項7】
前記ガラス粉末の粒度分布において、粒径を10μm以上とする粉末の割合が20%以下である請求項1ないし6のいずれかに記載される化学硬化型の歯科小窩裂溝封鎖用グラスポリアルケノエート系セメント。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図12】
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【図13】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−6896(P2012−6896A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−146955(P2010−146955)
【出願日】平成22年6月28日(2010.6.28)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20〜22年度、独立行政法人科学技術振興機構、重点地域研究開発推進プログラム(育成研究)委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(304020292)国立大学法人徳島大学 (307)
【Fターム(参考)】