説明

歯科用セメント

【課題】デュアルキュア型も含め、光重合により硬化する歯科用セメントにおいて、上記光重合した際の半硬化状態の時間を十分に長く、良好な余剰セメント除去性を有し、セメント自体の強度や歯質との接着強度にも優れたものを開発すること。
【解決手段】(イ)重合性単量体、
(ロ)α−ジケトン類化合物、
(ハ)i)4−ジメチルアミノ安息香酸エチル等、ii)N,N−ジ(2−ヒドロキシエチル)−p−トルイジン等、iii)N,N−ジメチル−p−トルイジン等の、夫々特定の一般式で示される3種からなる第3級芳香族アミン組成物、
(ニ)フィラー
を含んでなる歯科用セメント。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯と補綴物を接着するための歯科用セメントに関する。
【背景技術】
【0002】
齲蝕や事故等により機能を失った歯牙は、例えば、インレーやクラウンと呼ばれる金属やセラミックス製の歯冠用修復材料を、機能を失った箇所に固定することにより修復される。歯冠用修復材料の歯牙への固定には、歯科用セメントと呼ばれる接着材が用いられる。
【0003】
歯科用セメントを用いて、歯質と歯冠用修復材料とを接着する方法は、過剰量の歯科用セメントを歯冠用修復材料に盛り付け、該歯冠用修復材料を歯質に圧接させることにより行なわれるのが一般的である。上記歯冠用修復材料の歯質への圧接の際には、歯科用セメントの過剰分がマージン部と呼ばれる歯質と歯冠用修復材料との接合部からはみ出るため、該余剰セメントは除去することが必要になる。従って、歯科用セメントは、歯冠用修復材料に盛り付けやすく、かつ、マージン部から適切に余剰分がはみ出すように流動性の高いペースト状の組成物として提供することが求められる。また、余剰セメントは完全に除去しないと、審美性を低下させるだけでなく、はみ出して硬化したセメントが口腔内の組織を傷つける可能性がある。
【0004】
通常、余剰セメントは、歯科用短針等を用いて掻き取っているが、この手法では、セメントがまったく硬化していない流動性の高い状態や、完全に硬化した状態では除去が困難である。従って、余剰セメントの硬化が進行して流動性がある程度なくなった状態(半硬化状態)で除去している。ここで、近年の歯科用セメントは、化学重合と光重合を組み合わせた、デュアルキュア型のセメントが主流になっており、該デュアルキュア型セメントを用いた場合、余剰セメントの上記半硬化状態への硬化は、適度な量で光照射する方法と化学重合の進行を待つ方法の2通りが行われている。すなわち、これらは、症例や先生の好みによって使い分けられている。
【0005】
口腔内での余剰セメントの除去は、セメントを半硬化状態にして除去しやすくしたとしても、神経を使うような細かい作業であるため、長い時には2分以上かかることがある。しかしながらセメント中には、高い物性を得るために、セメントを完全硬化可能なだけの量の重合開始剤が配合されている。そのため、半硬化状態に達してから、その状態が続く時間が短くなり、余剰セメントを除去している間に完全に硬化してしまい、除去できなくなるという問題がある。特に、光硬化の場合は、反応が速すぎて、少し照射時間を長くすると、完全に硬化してしまい、除去できなくなるなど、僅かな照射時間の差異でコントロールしなければならず操作性が悪かった。
【0006】
上述した余剰セメント除去の問題に対して、重合禁止剤を添加して硬化時間を遅延させる技術が開示されている(特許文献1参照)。しかしながら、この場合には、重合禁止剤が重合時間遅延の為に使い尽くされた場合には、重合反応が一気に進行してしまう。従って、余剰セメントを除去するタイミングを延長するという点では、充分満足できるものではない。また、重合禁止剤を増量するに従い、歯質に対する接着強度が低下する等の問題が生じる場合がある。
【0007】
別の方法として、特定構造のスチレン誘導体である連鎖移動剤を配合することにより、接着強度をほとんど低下させることなく余剰セメントの除去時間を延長させることができる技術が提案されている(特許文献2参照)。しかして、この方法は化学重合を意図したものであるが、光重合への応用も考えられる。しかしながら、化学重合と光重合とでは、硬化速度、つまり、単位時間あたりのラジカル発生量が違うため、連鎖移動剤であるスチレン誘導体の適切な添加量は化学重合と光重合とでは大きく異なる。したがって、ラジカル発生量が化学重合と比較し極めて多い光重合の場合には、スチレン誘導体を大量に添加しなければならず、セメント自体の強度や歯質との接着強度が低下する等の問題が生じることが避けられない。さらに、用いる歯科用セメントが、前記デュアルキュア型の場合には、光硬化と化学硬化のどちらかの硬化性や半硬化時間を犠牲にせざるを得ない。
【0008】
そもそも、光重合に対する硬化時間の遅延対策というものは、ほとんど研究されてこなかった。なぜならば、光重合のメリットは、その重合活性の高さから、硬化時間を早めたり、硬化体の理工学物性を高めることにあると考えられてきたからである。そのため研究の方向性も、重合活性をいかに高めるかということに重きがおかれてきた(特許文献3、4、5)。
【0009】
つまり、これまでの技術では、セメントの物性を維持しつつ、光重合による余剰セメント除去時間を延長させることは困難であった。特に、デュアルキュア型のセメントの場合には、化学重合との、物性および余剰セメント除去性の両立ができていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平9−67222号公報
【特許文献2】国際公開第2003/057180号パンフレット
【特許文献3】特開昭63−273602号公報
【特許文献4】特開平1−138204号公報
【特許文献5】特開2005−89729号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
以上から、デュアルキュア型も含め、光重合により硬化する歯科用セメントにおいて、上記光重合した際の半硬化状態の時間を十分に長く、良好な余剰セメント除去性を有し、セメント自体の強度や歯質との接着強度にも優れており、且つ上記デュアルキュア型の場合には、化学重合した際の半硬化状態も十分に長くなるものを開発することが大きな課題であった。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記技術課題を克服すべく鋭意検討を重ねてきた。その結果、ラジカルを発生させる重合触媒として、α−ジケトン類化合物を用い、これと組合せる助触媒として、3種類の互いに異なる第3級芳香族アミン組成物を用いることで、セメントの物性にはほとんど影響を与えずに、光重合速度を緩やかにできることを見出した。そして、さらに、該セメントがデュアルキュア型の場合でも、化学重合に影響を与えず、セメントの物性および余剰セメント除去性の両立が可能であることも見出し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、
(イ)重合性単量体、
(ロ)α−ジケトン類化合物、
(ハ)以下の3種からなる第3級芳香族アミン組成物、及び
i)一般式(1)
【0014】
【化1】

【0015】
(ただし、Aは、芳香環に対して共鳴効果による電子吸引性を示す基であり、RおよびRは各々独立に、炭素数1〜6の低級アルキル基であり、nは1〜3の整数である。)
で示される第3級芳香族アミン
ii)一般式(2)
【0016】
【化2】

【0017】
(ただし、Rは、炭素数1〜4の低級アルキル基であり、RおよびRは、各々独立に、炭素数1〜6の低級アルキル基であり、RおよびRの少なくとも一方は置換基として、誘起効果による電子吸引性を示す基であり、mは0〜3の整数である。)
で示される第3級芳香族アミン
iii)一般式(3)
【0018】
【化3】

【0019】
(ただし、R、RおよびRは各々独立に、炭素数1〜4の低級アルキル基であり、pは0〜3の整数である。)
で示される第3級芳香族アミン
(ニ)フィラー
を含んでなる歯科用セメントである。
【発明の効果】
【0020】
本発明の最大の特徴は、α−ジケトン類化合物に対し、助触媒として特定の構造を有する3種類の第3級芳香族アミンを組み合わせていることにある。これにより、本発明のセメントは、化学重合速度にはほとんど影響を受けずに、光重合速度を緩やかにでき、化学硬化および光硬化共に、最終的な重合活性、つまり、最終的に得られる硬化体の強度などは維持したまま、光硬化における半硬化状態の時間を延長することができる。この理由は定かではないが、次の機構によるものと推察している。
【0021】
α−ジケトン類化合物と第3級芳香族アミンの重合開始機構は、α−ジケトン類化合物と第3級芳香族アミンとがエキサイプレックスと呼ばれる中間体を経由して進行すると考えられている。ここで、使用される第3級芳香族アミンの種類によって、これらがα−ジケトン類化合物と中間体を形成する反応速度は異なる。
【0022】
本発明における、i)の第3級芳香族アミンは、α−ジケトン類化合物とエキサイプレックスを形成したならば、3種類の中でも最も活発にラジカルを生成させるものであり、光重合を進める主軸になる成分である。このi)の第3級芳香族アミンは、α−ジケトン類化合物とエキサイプレックスを形成するために必要なエネルギー(活性化エネルギー)が高く、該エキサイプレックスは比較的形成され難いアミンになる。しかしながら、α−ジケトン類化合物とエキサイプレックスを形成したならば、水素引き抜き反応を起こし易く、ラジカルを活発に生成させて、重合を高活性に開始させる。そのため、i)の第3級芳香族アミンのみを使用した歯科用セメントでは、光照射開始後、硬化が開始され始めると、半硬化状態を殆ど経ずに一気に完全硬化するものになる。すなわち、半硬化状態が極めて短く、余剰セメント除去時間が十分にとれないものになることが避けられない。
【0023】
一方、ii)の第3級芳香族アミンもiii)の第3級芳香族アミンも、i)のそれに比べ、α−ジケトン類化合物とのエキサイプレックスを形成する為に必要なエネルギー(活性化エネルギー)が共に低い。そのため、これらの第3級芳香族アミンをi)のものと組合せて使用すると、これらは、該i)の第3級芳香族アミンよりも優先的にα−ジケトン類化合物とのエキサイプレックスを形成する。そして、ii)の第3級芳香族アミンは、そのα−ジケトン類化合物と形成するエキサイプレックスにおいて水素引き抜き反応がi)のそれよりも、格段に緩やかに進行するため、これを併用することによりi)の第3級芳香族アミンによる硬化の本格化を大きく遅らせることができる。すなわち、半硬化状態の終期を有意に遅らせることが可能になる。
【0024】
ただし、この場合、光照射開始当初において、ラジカルが極めて発生し難い状態になり、半硬化状態に至るまでの時間が大幅に遅くなる問題が生じる。しかしながら、iii)の第3級芳香族アミンは、前記ii)のものと同様に、i)の第3級芳香族アミンに比べ、α−ジケトン類化合物とのエキサイプレックスを形成し易いものでありながら、そのエキサイプレックスにおける水素引き抜き反応は、i)の第3級芳香族アミンのそれに近い活発さがある。したがって、上記i)とii)の第3級芳香族アミンの併用に加えて、さらに、該iii)の第3級芳香族アミンも使用すれば、上記した光照射を開始してから半硬化状態に至るまでの遅延を防止できる。
【0025】
画して、これら3種の第3級芳香族アミンの組合せにより、光硬化における半硬化時間を長く確保することが可能になる。具体的には、光照射を開始してから通常、2秒、より好ましくは1秒経過すれば半硬化状態に達し、この状態は、光照射を開始してから5秒、より好ましくは9秒経過しても通常は維持できる。したがって、上記光照射を開始してから半硬化状態が保持される時間は容易にコントロールできるため、この期間光照射して半硬化状態にし、その後一旦光を止め、余剰セメントの除去作業を余裕を持って行なえば良い。そして、余剰セメントをしたならば、再度、光照射するか、歯科用セメントがさらに過酸化物も含有するデュアルキュア型ならば放置して化学重合を進行させ、硬化を完了させれば良い。
【0026】
なお、ii)の第3級芳香族アミンもiii)の第3級芳香族アミンも(特に後者)、i)のそれに比べて、エキサイプレックスにおける水素引き抜き反応が緩やかというだけであり、重合禁止剤のようにラジカルをトラップするわけではない。よって、これらを併用したからといって、最終的な硬化性が妨げられるものではなく、硬化時間を十分量確保すれば最終的にはi)の第3級芳香族アミンの単独使用と同等に強固な硬化体を得ることができる。
【0027】
また、上記3種の第3級芳香族アミンを利用して、本発明の歯科用セメントをデュアルキュア型にした場合にも、上記の機構はその化学重合活性に対して実質的な影響を与えるものではない。詳述すれば、これら第3級芳香族アミンの中で、化学重合触媒として高活性なのは、その酸化還元電位の低さからii)の第3級芳香族アミンになる(酸化還元電位は、1.0V以下)。前記したとおり、この第3級芳香族アミンは、光重合の機構では、エキサイプレックスが形成されやすいものの、その後の水素引き抜き反応は緩やかに進行するものになる。したがって、デュアルキュア型の歯科用セメントにおいて、先に、半硬化状態が得られる程度まで光を短時間照射しても、それでは分解されず(ラジカルを発生させることなく)、大部分がエキサイプレックス構造を維持してものになる。そのため、光照射を停止した場合、その大部分が、もとの第3級芳香族アミンに戻り、その後は化学重合機構を良好に進行させる。したがって、化学重合反応に必要な該ii)の第3級芳香族アミンは十分に残存するため、完全硬化に至るまで化学硬化反応が円滑に進むことになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、本発明の歯科用セメントを構成する各成分について詳述する。

(イ)重合性単量体
本発明における重合性単量体は、公知のものが特に制限されることなく使用できるが、通常、ラジカル重合性単量体が好ましく使用される。ラジカル重合性単量体が有するラジカル重合性不飽和基としては、例えば、(メタ)アクリロイル基、(メタ)アクリロイルオキシ基、(メタ)アクリロイルアミノ基、(メタ)アクリロイルチオ基等の(メタ)アクリロイル系基、ビニル基、アリル基、スチリル基が例示される。
【0029】
重合性や生体への安全性の点から、ラジカル重合性単量体は、(メタ)アクリル酸エステル系のラジカル重合性単量体が好適に使用される。具体例は以下の通りである。
【0030】
(1)単官能重合性単量体
単官能重合性単量体としては、例えば、エチルヘキシル(メタ)アクリレート、イソデシル(メタ)アクリレート、n―ラウリル(メタ)アクリレート、トリデシル(メタ)アクリレート、n―ステアリル(メタ)アクリレートシクロヘキシル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、フェノキシエチル(メタ)アクリレート、イソボルニル(メタ)アクリレート、2―ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、3―ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、テトラヒドロフルフリル(メタ)アクリレート、若しくはグリシジル(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸のアルキルエステル、1H,1H,3H―ヘキサフルオロブチルメタクリレート、1H,1H,5H―オクタフルオロペンチルメタクリレート、1H,1H,6H―デカフルオロヘキシルメタクリレート若しくは1H,1H,7H―ドデカフルオロヘプチルメタクリレート等の含フッ素(メタ)アクリレート、あるいは下記式(i)から(v)、(vi)〜(vii)で示される(メタ)アクリレート等が挙げられる。
【0031】
【化4】

【0032】
【化5】

【0033】
なお、上記各式中のRは、水素原子またはメチル基である。また、上記各式中のR若しくはRは、それぞれ独立なアルキレン基である。また、上記各式中のRは、アルキル基である。上記各式中のmは、0もしくは1〜10の整数であり、nは1〜10の整数(但し、m+nは2〜10の整数である。)である。
【0034】
(2)二官能重合性単量体
二官能重合性単量体としては、例えば、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ブチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ネオペンチルグリコールジ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、1,3―ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、1,4―ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、1,6―へキサンジオールジ(メタ)アクリレート、1,9―ノナンジオールジ(メタ)アクリレート、1,10―デカンジオールジ(メタ)アクリレート、2,2―ビス((メタ)アクリロキシフェニル)プロパン、2,2―ビス[4―(3―(メタ)アクリロキシエトキシ)―2―ヒドロキシプロポキシフェニル]プロパン、2,2―ビス(4―(メタ)アクリロキシエトキシフェニル)プロパン、2,2―ビス(4―(メタ)アクリロキシジエトキシフェニル)プロパン、2,2―ビス(4―(メタ)アクリロキシテトラエトキシフェニル)プロパン、2,2―ビス(4―(メタ)アクリロキシペンタエトキシフェニル)プロパン、2,2―ビス(4―(メタ)アクリロキシジプロポキシフェニルプロパン、2―(4―メタクリロキシエトキシフェニル)―2―(4―(メタ)アクリロキシジエトキシフェニル)プロパン、2―(4―(メタ)アクリロキシジエトキシフェニル)―2―(4―(メタ)アクリロキシトリエトキシフェニル)プロパン、2―(4―(メタ)アクリロキシ
ジプロポキシフェニル―2―(4―(メタ)アクリロキシトリエトキシフェニル)プロパン、2,2−ビス(4―(メタ)アクリロキシプロポキシフェニル)プロパン、あるいは2,2−ビス(4―(メタ)アクリロキシイソプロポキシフェニル)プロパン等が挙げられる。
【0035】
(3)三官能重合性単量体
三官能重合性単量体としては、例えば、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、トリメチロールエタントリ(メタ)アクリレート、ペンタエルスリトールトリ(メタ)アクリレートあるいはトリメチロールメタントリ(メタ)アクリレート等が挙げられる。
【0036】
(4)四官能重合性単量体
四官能重合性単量体としては、例えば、ペンタエリスリトールテトラ(メタ)アクリレート、ジトリメチロールプロパンテトラ(メタ)アクリレート、あるいはペンタエリスリトールヘキサ(メタ)アクリレート等が挙げられる。
【0037】
また、上述の酸性基非含有重合性単量体の中でも、機会的強度の点から、二官能以上の重合性単量体が好ましい。
【0038】
本発明においては、上述のような重合性単量体を単独で用いても良いし、あるいは、2種類以上の重合性単量体を併用しても良い。さらに、官能基数が異なる複数種の重合性単量体を組み合わせても良い。

(ロ)α−ジケトン類化合物
本発明の光重合開始剤としては、第3級芳香族アミンとエキサイプレックスを形成する、α−ジケトン類化合物を使用することが重要であり、可視または紫外光線を照射することによって重合性単量体の重合を開始し得るものであれば特に制限なく用いることができる。
【0039】
具体例としては、ジアセチル、アセチルベンゾイル、ベンジル、2,3−ペンタジオン、2,3−オクタジオン、4,4’−ジメトキシベンジル、4,4’−オキシベンジル、カンファーキノン、9,10−フェナンスレンキノン、アセナフテンキノン、4,4'−ジクロロベンジル、αシクロヘキサンジオン、カンファーキノン−10−スルホン酸、カンファーキノン−10−カルボン酸などが挙げられる。
【0040】
これら光重合開始剤は1種あるいは2種以上を混合して用いても差し支えない。上記光重合開始剤の中でも、重合活性、生体への為害性の観点から、カンファーキノンおよびベンジルが好適に使用される。
【0041】
また、α−ジケトン類化合物の配合量は、特に限定されないが、硬化性の観点からセメント中の重合性単量体100質量部に対して、0.01〜5質量部の範囲とするのが好ましく、0.05〜2質量部の範囲とするのが特に好ましい。

(ハ)3種の第3級芳香族アミン組成物
本発明においてセメントには、3種の第3級芳香族アミン組成物が含有される。これにより、本発明のセメントは、化学重合には全く影響を与えずに、光重合速度を緩やかにでき、化学硬化および光硬化共に、良好な物性を維持したまま、半硬化状態の時間を延長できる。その原理は既に説明したとおりである。
【0042】
本発明において、i)の第3級芳香族アミンは、一般式(1)
【0043】
【化6】

【0044】
(ただし、Aは、芳香環に対して共鳴効果による電子吸引性を示す基であり、RおよびRは各々独立に、炭素数1〜6の低級アルキル基であり、nは1〜3の整数である。)
で示される。
【0045】
一般式(1)においてAは芳香環に対して共鳴効果による電子吸引性を示す基であり、同時に誘起効果による電子供与性も有するような基であっても、上記電子吸引性の方が優先的なものは、これに該当する。こうした電子吸引性としては、具体的には、シアノ基、ニトロ基、アルキルオキシカルボニル基、スルホン酸基等が挙げられる。アルキルオキシカルボニル基としては、メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、ブトキシカルボニル基、アミルオキシカルボニル基、イソアミルオキシカルボニル基、2−エチルヘキシルオキシカルボニル基、3−メチルブチルオキシカルボニル基等のアルキル基部分の炭素数が1〜10のものが挙げられる。これらの電子吸引基の中でも、アルキルオキシカルボニル基が特に好ましい。
【0046】
また、RおよびRの炭素数1〜6の低級アルキル基は、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、i−プロピル基、n−ブチル基、n−ヘキシル基、等を挙げることができる。中でも、メチル基、エチル基が好ましい。
【0047】
芳香環に対するAの電子吸引基の置換数を示すnは1〜3の整数であり、特に1であるのが好ましい。該電子吸引基は、パラ位に置換しているのが、その活性の高さから好ましい。
【0048】
このようなi)の第3級芳香族アミンを具体的に例示すると、4−ジメチルアミノ安息香酸、p−ジメチルアミノ安息香酸2−エチルヘキシル、4−ジメチルアミノ安息香酸エチル、4−ジメチルアミノ安息香酸メチル、3−(ジメチルアミノ)安息香酸メチル等が挙げられる。これらの中でも、入手または合成が容易であり、かつ化合物の化学的な安定性および重合性単量体への溶解性に優れること等の理由から、4−ジメチルアミノ安息香酸エチルまたは4−ジメチルアミノ安息香酸メチルを用いることが好ましい。
【0049】
本発明において、ii)の第3級芳香族アミンは、一般式(2)
【0050】
【化7】

【0051】
(ただし、Rは、炭素数1〜4の低級アルキル基であり、RおよびRは、各々独立に、炭素数1〜6の低級アルキル基であり、RおよびRの少なくとも一方は置換基として、誘起効果による電子吸引性を示す基を有するものであり、mは0〜3の整数である。)
で示される。
【0052】
一般式(2)において、Rの炭素数1〜4の低級アルキル基は、前記一般式(1)におけるRおよびRで説明したものと同じものが好適に使用できる。RおよびRの炭素数1〜6の低級アルキル基も同様であるが、これらは誘起効果による電子吸引性を示す基で置換されていても良いものである。置換したこれらの基は低級アルキル基に対して電子吸引性を示し、その結果、該低級アルキル基の水素引き抜き反応を抑制する作用が発揮される。
【0053】
こうした誘起効果による電子吸引性を示す基としては、ヒドロキシル基、ニトロ基、スルホン酸基、ハロゲン等が挙げられる。上記ハロゲンとしては、塩素原子、臭素原子、フッ素原子、ヨウ素原子等が挙げられる。これらRおよびRの炭素数1〜6の低級アルキル基は、その少なくとも一方が、上記置換基を有するものである必要があるが、中でも該置換基はヒドロキシル基であるのが入手の容易さや生体への安全性の観点から好ましい。
【0054】
芳香環に対するRの置換数を示すmは0〜3の整数であり、特に1であるのが好ましい。Rは、パラ位に置換しているのが、その活性の高さから好ましい。
【0055】
このような第3級芳香族アミン化合物を具体的に例示すると、2,2−[3−(メチルフェニル)イミノ]ビスエタノールアセタート、1,1−[(4−メチルフェニル)イミノ]ビス(2−プロパノール)、p−トリルジエタノールアミン、N,N−ビス(2,2,2−トリフルオロエチル)−p−トルイジン、N,N−ジ(1−ヒドロキシエチル)−p−トルイジン、N,N−ジ(2−ヒドロキシプロピル)−p−トルイジン、N−(1−シアノエチル)−N−(1−アセトキシエチル)−m−トルイジン、N,N−ジ(1−クロロエチル)−p−トルイジン等が挙げられる。これらアミン化合物の中でも、入手または合成が容易であり、かつ化合物の化学的な安定性および重合性単量体への溶解性に優れること等の理由から、p−トリルジエタノールアミンまたはN,N−ジ(2−ヒドロキシプロピル)−p−トルイジンを用いることが好ましい。
【0056】
本発明において、iii)の第3級芳香族アミンは、一般式(3)
【0057】
【化8】

【0058】
(ただし、R、RおよびRは各々独立に、炭素数1〜4の低級アルキル基であり、pは1〜3の整数である。)
で示される。
【0059】
一般式(3)において、R、RおよびRの炭素数1〜4の低級アルキル基は、前記一般式(1)におけるRおよびRで説明したものと同じものが好適に使用できる。例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、i−プロピル基、n−ブチル基等が挙げられる。中でも、メチル基、エチル基が好ましい。
【0060】
芳香環に対するRの置換数を示すpは0〜3の整数であり、特に1であるのが好ましい。Rは、パラ位に置換しているのが、その活性の高さから好ましい。
【0061】
これらの第3級芳香族アミン化合物を具体的に例示すると、N,N−ジメチル−p−トルイジン、N−エチル−N−メチルアニリン、N,N−ジメチル−アニリン、N,N−ジプロピル−o−トルイジン、N,N−ジプロピル−m−トルイジン、N,N−ジプロピル−p−トルイジン等が挙げられる。これらアミン化合物の中でも、入手または合成が容易であり、かつ化合物の化学的な安定性および重合性単量体への溶解性に優れること等の理由から、N,N−ジメチル−p−トルイジンまたはN,N−ジエチル−4−メチルアニリンを用いることが好ましい。
【0062】
本発明の歯科用セメントにおいて、上述したi)成分、ii)成分、およびiii)成分の第3級芳香族アミン化合物の配合量は、光照射時における最適なセメントの硬化時間となるように、適宜決定すればよいが、具体的には、各第3級芳香族アミンのi):ii):iii)で示される質量比が、1: 1〜5:0.1〜2であるのが好ましく、1: 2〜4:0.5〜1.5であるのがより好ましい。ii)成分の第3級芳香族アミン化合物が、i)成分の第3級芳香族アミン化合物1質量部に対して1重量部未満の場合は、i)成分のアミン化合物とα−ジケトン類化合物のエキサイプレックス生成速度を、十分に遅延させることができない傾向にあり、5質量部以上の場合は、光重合速度が大幅に遅延してしまう傾向にある。また、iii)成分の第3級芳香族アミン化合物が、i)成分の第3級芳香族アミン化合物1質量部に対して、0.1質量部未満の場合には、光重合活性が低下することで、セメントを除去し易い半硬化状態のセメントが得られ難くなる傾向にあり、2質量部以上の場合には、光重合活性が高くなり、十分なセメント除去可能時間を確保できなくなる傾向にある。
【0063】
さらに、本発明の歯科用セメントにおいて、上述したi)成分、ii)成分、およびiii)成分からなる第3級芳香族アミン組成物の配合量は、重合性単量体100質量部に対して、0.01〜10質量部、特に0.02〜5重量部が好ましい。
【0064】
このような配合量で3種からなる第3級芳香族アミン組成物を配合することにより、本発明の歯科用セメントは、十分な光重合活性を有し、且つ余剰セメントの除去が十分可能な半硬化状態を確保できるものになり、例えば光源として歯科治療で一般的に使用されるハロゲンを光源に用いて光照射して、光照射開始から通常5〜10秒光照射しても半硬化状態を保持可能なものにできる。
【0065】
(ニ)フィラー
本発明において、セメントに配合されるフィラーは、セメントの強度を向上させ、かつ重合時の収縮を抑える作用を有する。また、フィラーの添加量により、セメントが硬化する前の粘度(操作性)を調節することができる。フィラーとしては、無機フィラー、有機フィラーおよび無機一有機複合フィラーから選択される1種以上を適宜用いることができる。
【0066】
本発明に使用される有機フィラーについて具体的に例示すると、ポリメチル(メタ)アクリレート、ポリエチル(メタ)アクリレート、メチル(メタ)アクリレート・エチル(メタ)アクリレート共重合体、メチル(メタ)アクリレート・ブチル(メタ)アクリレート共重合体あるいはメチル(メタ)アクリレート・スチレン共重合体等の非架橋性ポリマー若しくは、メチル(メタ)アクリレート・エチレングリコールジ(メタ)アクリレート共重合体、メチル(メタ〕アクリレート・トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート共重合体あるいは(メタ)アクリル酸メチルとブタジエン系単量体との共重合体等の(メタ)アクリレート重合体等が使用できる。また、これらの2種以上の混合物を用いることもできる。
【0067】
本発明に使用される無機フィラーについて具体的に例示すると、石英、シリカ、シリカチタニア、シリカジルコニア、ランタンガラス、バリウムガラス、ストロンチウムガラス、フッ化ナトリウム、炭酸カルシウム、アルミニウムシリケート、フルオロアルミノシリケートガラス等が挙げられる。なお、これらを2種以上組み合わせて使用することもできる。
【0068】
また、無機一有機複合フィラーも好適に使用できる。例えば、無機フィラーに重合性単量体を予め添加し、ペースト状にした後、重合させ、粉砕することにより、粒状の有機一無機複合フィラーを得ることができる。有機無機複合フィラーとしては、例えば、TMPTフィラー(トリメチロールプロパンメタクリレートとシリカフィラーを混和、重合させた後に粉砕したもの)等を使用できる。
【0069】
上述の無機フィラーあるいは無機一有機複合フィラーは、シランカップリング剤に代表される表面処理財で処理することにより、重合性単量体との親和性、重合性単量体への分散性、硬化体の機械的強度および耐水性を向上できる。かかる表面処理剤は、なんら制限されるものではなく、公知のものを使用することができる。これらを用いた表面処理方法も、公知の方法に準ずれば良い。
【0070】
塩基性無機材料の表面処理に用いられるシランカップリング剤としては、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、メチルトリクロロシラン、ジメチルジクロロシラン、トリメチルクロロシラン、ビニルトリクロロシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリス(β一メトキシエトキシ)シラン、γ一メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン、γ一クロロプロピルトリメトキシシラン、γ一グリシドキシプロピルトリメトキシシランあるいはヘキサメチルジシラザン等が好適に用いられる。また、シランカップリング剤以外にも、チタネート系カップリング剤、アルミネート系カップリング剤、ジルコーアルミネート系カップリング剤を用いる方法、あるいは、フィラー粒子表面に前記重合性単量体をグラフト重合させる方法により、塩基性無機材料の表面処理を行うことができる。
【0071】
フィラーの粒径や形状は適宜選択して使用されるが、平均粒径は通常0.001〜50μmであり、補綴物への適合性の観点から、特に0.001〜10μmであることが好ましい。
フィラーの配合量は、好ましくは、重合性単量体100質量部に対して、50〜500質量部の範囲である。特に好ましくは、重合性単量体100質量部に対して150〜400質量部である。フィラーの量が50質量部未満の場合には、セメントとしての十分な強度が得られず、500質量部を越えて配合される場合には、粘度が高くなり、練和感が重くなる等の操作性が悪くなったり、セメントが厚くなってしまい、補綴物との適合性を悪くなったりすることがある。

(ホ)過酸化物
本発明の歯科用セメントを、光重合だけでなく化学重合でも硬化するデュアルキュア型のものとする場合には、化学重合触媒として、過酸化物を配合すれば良い。化学重合触媒としての過酸化物は、特に制限されるものではなく公知のものを使用することができる。代表的な過酸化物としては、ケトンパーオキサイド、ハイドロパーオキサイド、ジアシルパーオキサイド、ジアルキルパーオキサイド、パーオキシケタール、パーオキシエステル、パーオキシジカーボネート等がある。
【0072】
ケトンパーオキサイドとしては、メチルエチルケトンパーオキサイド、メチルイソブチルケトンパーオキサイド、メチルシクロヘキサノンパーオキサイド及びシクロヘキサノンパーオキサイド等が挙げられる。
【0073】
ハイドロパーオキサイドとしては、2,5−ジメチルヘキサン−2,5−ジハイドロパーオキサイド、ジイソプロピルベンゼンハイドロパーオキサイド、クメンハイドロパーオキサイド及びt−ブチルハイドロパーオキサイド等が挙げられる。
【0074】
ジアシルパーオキサイドとしては、アセチルパーオキサイド、イソブチリルパーオキサイド、ベンゾイルパーオキサイド、デカノイルパーオキサイド、3,5,5−トリメチルヘキサノイルパーオキサイド、2,4−ジクロロベンゾイルパーオキサイド及びラウロイルパーオキサイド等が挙げられる。
【0075】
ジアルキルパーオキサイドとしては、ジ−t−ブチルパーオキサイド、ジクミルパーオキサイド、t−ブチルクミルパーオキサイド、2,5−ジメチル−2,5−ジ(t−ブチルパーオキシ)ヘキサン、1,3−ビス(t−ブチルパーオキシイソプロピル)ベンゼン及び2,5−ジメチル−2,5−ジ(t−ブチルパーオキシ)ヘキシン−3等が挙げられる。
【0076】
パーオキシケタールとしては、1,1−ビス(t−ブチルパーオキシ)−3,3,5−トリメチルシクロヘキサン、1,1−ビス(t−ブチルパーオキシ)シクロヘキサン、2,2−ビス(t−ブチルパーオキシ)ブタン、2,2−ビス(t−ブチルパーオキシ)オクタン及び4,4−ビス(t−ブチルパーオキシ)バレリックアシッド−n−ブチルエステル等が挙げられる。
【0077】
パーオキシエステルとしては、α−クミルパーオキシネオデカノエート、t−ブチルパーオキシネオデカノエート及びt−ブチルパーオキシピバレート、2,2,4−トリメチルペンチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート、t−アミルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート、t−ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート、ジ−t−ブチルパーオキシイソフタレート、ジ−t−ブチルパーオキシヘキサヒドロテレフタラート、t−ブチルパーオキシ−3,3,5−トリメチルヘキサノエート、t−ブチルパーオキシアセテート、t−ブチルパーオキシベンゾエート及びt−ブチルパーオキシマレリックアシッド等が挙げられる。
【0078】
パーオキシジカーボネートとしては、ジ−3−メトキシパーオキシジカーボネート、ジ−2−エチルヘキシルパーオキシジカーボネート、ビス(4−t−ブチルシクロヘキシル)パーオキシジカーボネート、ジイソプロピルパーオキシジカーボネート、ジ−n−プロピルパーオキシジカーボネート、ジ−2−エトキシエチルパーオキシジカーボネート及びジアリルパーオキシジカーボネート等が挙げられる。
【0079】
中でも安定性、毒性および触媒活性の点からジアシルパーオキサイドが好ましく、特にベンゾイルパーオキサイドを使用することが好ましい。
【0080】
また、過酸化物の配合量は、特に限定されないが、硬化性の観点から重合性単量体100質量部に対して、0.01〜5質量部の範囲とするのが好ましく、0.1〜3質量部の範囲とするのが特に好ましい。
【0081】
本発明の歯科用セメントには、性能を低下させない範囲で、公知の添加剤を配合することができる。かかる添加剤としては、重合禁止剤、連鎖移動剤、酸化防止剤、顔料、染料、紫外線吸収剤、増粘剤が挙げられる。
【0082】
本発明の歯科用セメントは、前記した各成分を配合してペースト化し使用に供すれば良く、係る一剤の状態で遮光容器に収容して保管しても良い。無論、2包装以上に分割して保管しても良く、特に、過酸化物を配合してデュアルキュア型にしてある場合は、該過酸化物は第3級芳香族アミン組成物と分けないと保管中に硬化が進行するため、2包装以上に分割してこれを満足することが必要になる。
【0083】
本発明の歯科用セメントの使用方法は特に限定されないが、通常は、過剰量のセメントを歯冠用修復材料に盛り付け、該歯冠用修復材料を歯質に圧接し、そこで歯冠用修復材料の上方から光照射して該歯冠用修復材料を透光させてセメントを重合硬化させることにより使用される。歯冠用修復材料を歯質に圧接した際には、セメントの過剰分がマージン部にはみ出すが、本発明の歯科用セメントにおいては前記したようにその半硬化状態が長いため(光照射を開始してから通常、1〜9秒)、この状態になるよう光照射時間をコントロールし、これを歯科用短針等を用いて掻き取って除去すれば良い。そして、余剰セメントを除去したならば、再度、光照射するか、歯科用セメントがさらに過酸化物も含有するデュアルキュア型ならば放置して化学重合を進行させ、硬化を完了させれば良い。
【0084】
なお、係るデュアルキュア型において、光照射せずに化学重合のみで硬化させる場合は、化学重合における半硬化状態が維持される期間は通常、硬化が開始してから60〜210秒、より好ましくは120〜360秒であるため、この間に行なえば良い。
【0085】
このように本発明の歯科用セメントを用いて歯冠用修復材料を歯質に接着するに際して、その接着性を更に向上させるために、歯質を事前に歯面処理剤で処理しても良い。また、歯冠用修復材料が貴金属製やセラミックス製である場合には、各々、貴金属プライマーやセラミックスプライマーと称される表面処理剤で処理してから用いるのが好ましい。
【実施例】
【0086】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に制限されるものではない。各実施例および比較例で使用した化合物とその略称は、以下のとおりである。
【0087】
[(イ)重合性単量体]
「D−2.6E」:2,2’―ビス(4―(メタクリロキシエトキシ)フェニル)プロパン
「BisGMA」:2.2’ ―ビス[4―(2―ヒドロキシ―3―メタクリルオキシプロポキシ)フェニル]プロパン
「3G」:トリエチレングリコールジメタクリレート
「HEMA」:2―ヒドロキシエチルメタクリレート
「SPM」:2―メタクリロイルオキシエチルジハイドロジェンフォスフェートおよびビス(2―メタクリロイルオキシエチル)ハイドロジェンフォスフェートを質量比2:1の割合で混合した混合物
[(ロ)α−ジケトン類化合物]
「CQ」:カンファーキノン
「BN」:ベンジル
[(ハ)第3級芳香族アミン化合物]
・i)成分
「DMBE」:4−ジメチルアミノ安息香酸エチル
「DMAB」:エチル−p−ジメチルアミノベンゾエート
・ii)成分
「DEPT」:N,N−ジ(2−ヒドロキシエチル)−p−トルイジン
「MAET」:2−(N−メチルアニリノ)エタノール
「CEPT」:N,N−ジ(1−クロロエチル)−p−トルイジン
・iii)成分
「DMPT」:N,N−ジメチル−p−トルイジン
「EMAN」:N−エチル− N−メチルアニリン
[(ニ)フィラー]
「F1」:球状シリカ―ジルコニア(平均粒径0.4μm)をγ―メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシランにより疎水化処理したもの
「F2」:不定形シリカ―ジルコニア(平均粒径3μm)γ―メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシランにより疎水化処理したもの
「F3」:ヒュームドシリカ(平均粒径0.02μm)をメチルトリクロロシランにより表面処理したもの
[(ホ)過酸化物]
「BPO」:ベンゾイルパーオキサイド
「HPO」:3,5,5―トリメチルヘキサノイルパーオキサイド
[(へ)その他]
(連鎖移動剤)
Me−Me:2,4−ジフェニル−4−メチル−1−ペンテン
(重合禁止剤)
BHT:2,6−ジ−t−ブチル−4−メチルフェノール

また、実施例および比較例で評価した各物性の試験方法は、以下のとおりである。

(1)余剰セメント除去性の試験方法
牛を屠殺し、屠殺後24時間以内に牛前歯を抜去した。抜去した牛前歯を、注水下、#600のエメリーペーパーで研磨し、唇面に平行かつ平坦になるように、1cm程度エナメル質を削り出し、37℃恒温槽内で2時間保温した。ペースト1−aとペースト1−bとを等量ずつ混合して10秒間練和し、練和開始から30秒後に牛歯を恒温槽内から取り出して、エナメル質平面に、上記練和して得られたセメント15mgを盛りつけた。盛り付けたセメント上に2mm四方のアルミ板を圧接し、アルミ板の周りにセメントをはみ出させた状態にし(はみ出したセメントが余剰セメント)、試験用サンプルを作製した。
【0088】
このようにして得た試験用サンプルは恒温槽内に戻し、これを用いて、余剰セメント除去性試験を実施した。試験は、光硬化の場合と化学硬化の場合の2方式で実施した。光硬化評価の場合は、試験用サンプルから1cm程度離して、余剰セメントに照射される照射強度が380〜420mW/cmとなるように、トクソーパワーライト(トクヤマ製)を用いて、真上から光照射を行なった。光照射は、試験用サンプルの作製において、盛り付けたセメントにアルミ板を圧接して余剰セメントがはみ出した直後に開始するようにし、1秒〜10秒まで1秒ずつ時間を変えて実施した。上記各秒数で光照射した試験用サンプルについて、直ちに、余剰セメントとアルミ板の境の部分に、歯科用短針を刺し込み、次いで起こすことで、該余剰セメントの除去を試みた。その際に、歯科用短針に付着して除去できる余剰セメントの程度を、以下の基準で評価した。

○:短針はスムーズに刺せ、それを起こすと、先に余剰セメントが大きな塊として付着して効率的に除去できる。
△:余剰セメントの粘度が足りないため、短針を刺し、それを起こしても、短針の先に余剰セメントは付着するが、塊は小さい/余剰セメントの硬度がかなり高く、短針はかなり力を込めないと刺せない
×:余剰セメントの流動性が高く、短針を刺し、それを起こしても、余剰セメントは塊として付着しない/余剰セメントはほぼ完全硬化しており、短針が刺せない。
【0089】
また、化学硬化評価の場合は、ペースト1−aとペースト1−bとの練和終了後、得られたセメントについて、1分後〜6分後まで0.5分ずつ時間を変えて放置し、放置後直ちに、余剰セメントとアルミ板の境の部分に、歯科用短針を刺し込み、次いで起こすことで、該余剰セメントの除去を試みた。なお、余剰セメントの除去性の評価の基準は、上記光硬化評価の場合と同じとした。

(3)硬化体曲げ強度の試験方法
10秒間練和したペーストを、2×2×25mmの角柱状の孔を有する型に填入し、両側をPE製フィルム、さらにアクリル板で挟んで、クリップを用いて圧接した。これを、光硬化の場合には、両面20秒ずつ光照射を行い、化学硬化の場合には、37℃インキュベータに1時間放置して硬化させた。型から取り出した硬化体を37℃水中に一晩浸漬したものを試験片とし、オートグラフ2AGI-50kN(島津製作所社製)を用いて、クロスヘッドスピード1.0mm/minで、試験片の3点曲げ破壊強度を測定した。

(4)接着試験方法(化学硬化)
牛を屠殺し、屠殺後24時間以内に牛前歯を抜去した。抜去した牛前歯を、注水下、#600のエメリーペーパーで研磨し、唇面に平行かつ平坦になるように、エナメル質および象牙質平面を削り出した。次に、削り出した平面に圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥させた。次に、この平面に直径3mmの穴を有する両面テープを貼り付け、この穴にトクヤマデンタル製「エステライトコアクイックボンド」を塗布し、エアブローで乾燥させた。次に、セメントを塗布し、さらにその上にステンレス製アタッチメントを圧接することで、接着試験片を作製した。上述の接着試験片を37℃の水中に24時聞浸漬した後、引張り試験機(オートグラフ、株式会社島津製作所製)を用いて、クロスヘッドスピード2mm/minにて引っ張り、歯質と接着材との引っ張り接着強度を測定した。歯質と接着材との引張接着強度の測定は、各実施例あるいは各比較例につき、各種試験片4本についてそれぞれ測定した。その4回の引張接着強度の平均値を、該当する実施例若しくは比較例の接着強度とした。
【0090】
実施例1
(イ)重合性単量体として、1.0gのBis−GMA、1.5gの3Gおよび2.5gのD−2.6Eを用い、(ハ)第3級芳香族アミン組成物として、0.05gのDMBE、0.15gのDEPT、および0.05gのDMPTを用い、これらを均一になるまで攪拌した。得られた混合物に、(ニ)フィラーとして、9.0gのF1、6.0gのF2、および0.25gのF3を、メノウ乳鉢で混合し真空下にて脱泡することにより、フィラー充填率74.8%のペースト1−aを調製した。
【0091】
同様に(イ)重合性単量体として、1.0gのBis−GMA、1.5gの3Gおよび2.5gのD−2.6Eを用い、(ロ)α−ジケトン類化合物として、0.2gのCQを用い、さらに(ホ)過酸化物として、0.2gのBPOを用い、これらを均一になるまで攪拌した。得られた混合物に(ニ)フィラーとして、9.0gのF1、6.0gのF2、および0.25gのF3をメノウ乳鉢で混合し、真空下にて脱泡することにより、フィラー充填率74.8%のペースト1−bを調製した。
【0092】
使用直前に上記ペースト1−aとペースト1−bとを等量ずつ混合して、本発明の歯科用セメントを得る態様で、余剰セメント除去性試験、硬化体曲げ強度試験、および接着試験を行なった。その結果を表3および表4に示した。
【0093】
実施例2〜29
実施例1において、ペースト1−aに配合する(イ)重合性単量体、(ハ)第3級芳香族アミン組成物、(ニ)フィラー、およびペースト1−bに配合する(イ)重合性単量体、(ホ)過酸化物、(ニ)フィラーの種類および配合量を、夫々表1および表2に示すように変更した以外、実施例1と同様に実施して、組成の異なる歯科用セメントを各製造した。夫々の歯科用セメントについて、余剰セメント除去性試験、硬化体曲げ強度試験、および接着試験を行なった。その結果を表3に示した。
【0094】
【表1】

【0095】
【表2】

【0096】
【表3】

【0097】
実施例1〜29は、各成分が本発明で示される構成を満足するように配合された歯科用セメントであるが、いずれも、光硬化における、余剰セメント除去性試験では、光照射2秒〜3秒で除去性は最良の○の評価になり、ここから○の光照射時間が少なくとも4秒間は確保できた。すなわち、半硬化時間が長く、余剰セメントの除去可能時間が長い結果であった。また、化学硬化における、余剰セメント除去性試験でも、いずれも、除去性は○の評価が2分間以上確保できる、余剰セメントの除去可能時間が長いものであった。さらに、硬化体の曲げ強度は、光硬化でも化学硬化でも共に高く、化学硬化における、エナメル質及び象牙質に対する接着強度も良好であった。なお、実施例29は、ペースト1−bに(ホ)過酸化物が配合されておらず、光硬化性しか有さない歯科用セメントであるが、その光硬化の物性は、上記実施例1〜28と場合と同様に、余剰セメント除去性や硬化体強度に優れるものであった。

比較例1〜6
比較例1〜3では、実施例1において、ペースト1−aに配合する(ハ)第3級芳香族アミン組成物を、夫々表4および表5に示すように変更した以外、実施例1と同様に実施して、組成の異なる歯科用セメントを各製造した。また、比較例4では、実施例1において、ペースト1−aに配合するDEPTの代わりに、重合禁止剤(BHT)をペースト1−aおよび1−bに加えた場合であり、実施例1と同様に実施して、組成の異なる歯科用セメントを各製造した。さらに、実施例5および6では、実施例1において、ペースト1−aに配合するDEPTの代わりに、連鎖移動剤(Me−Me)をペースト1−aおよび1−bに加えた場合であり、実施例1と同様に実施して、組成の異なる歯科用セメントを各製造した。これらの歯科用セメントについて、余剰セメント除去性試験、硬化体曲げ強度試験、および接着試験を行なった。その結果を表6に示した。
【0098】
【表4】

【0099】
【表5】

【0100】
【表6】

【0101】
比較例1〜3は、(ハ)成分である3種からなる第3級芳香族アミン組成物の1種類を含まない場合である。iii)成分の第3級芳香族アミン化合物がない場合(比較例1)には、評価が△になるまでの時間でも9秒かかり、良好な除去性は得られなかった。ii)成分の第3級芳香族アミン化合物がない場合(比較例2)には、光硬化速度が速く、光照射3秒で×の評価(完全硬化)になってしまった。i)成分の第3級芳香族アミン化合物がない場合(比較例3)には、余剰セメント除去性は化学および光硬化共に良好であったが、光照射を10秒間行っても除去性は○の評価のままで、表6では表示していないが、これはさらに光照射を20秒間行っても完全硬化するまでには至らなかった。このため。曲げ強度試験片を作製することができなかった。
【0102】
比較例4は、(ハ)のii)成分の代わりに重合禁止剤(BHT)を配合した場合である。光硬化における、余剰セメント除去性試験では、○の評価になってからが2秒しかなく、良好な除去性は得られなかった。また、化学硬化における、余剰セメント除去性試験では、○の評価になるのが放置3.5分後と非常に遅くなり、良好な除去性は得られなかった。さらに、化学重合において、曲げ強度、接着強度の大幅な低下が見られた。
【0103】
比較例5は、(ハ)のii)成分の代わりに、連鎖移動剤(Me−Me)を、光硬化において余剰セメントの除去性が良好になる量で配合した場合である。しかしながら、その配合量が多量になったため、硬化体の曲げ強度は、光硬化でも化学硬化でも共に大幅に低下し、化学硬化における、エナメル質及び象牙質に対する接着強度も同様であった。さらに、化学硬化における、余剰セメント除去性試験では、放置6分後でも×の評価のままで、良好な除去性は得られなかった。
【0104】
他方、比較例6は、上記比較例5において、連鎖移動剤(Me−Me)の配合量を、光硬化において余剰セメントの除去性が良好になる量に少量化して実施した場合であるが、光硬化における、余剰セメント除去性試験では、光照射3秒で完全硬化してしまい、良好な除去性は得られなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(イ)重合性単量体、
(ロ)α−ジケトン類化合物、
(ハ)以下の3種からなる第3級芳香族アミン組成物、及び
i)一般式(1)
【化1】

(ただし、Aは、芳香環に対して共鳴効果による電子吸引性を示す基であり、RおよびRは各々独立に、炭素数1〜6の低級アルキル基であり、nは1〜3の整数である。)
で示される第3級芳香族アミン
ii)一般式(2)
【化2】

(ただし、Rは、炭素数1〜4の低級アルキル基であり、RおよびRは、各々独立に、炭素数1〜6の低級アルキル基であり、RおよびRの少なくとも一方は置換基として、誘起効果による電子吸引性を示す基を有するものであり、mは0〜3の整数である。)
で示される第3級芳香族アミン
iii)一般式(3)
【化3】

(ただし、R、RおよびRは各々独立に、炭素数1〜4の低級アルキル基であり、pは0〜3の整数である。)
で示される第3級芳香族アミン
(ニ)フィラー
を含んでなる歯科用セメント。
【請求項2】
ii)一般式(2)で示される第3級芳香族アミンにおいて、RおよびRの炭素数1〜6の低級アルキル基が有する置換基が、ヒドロキシル基またはハロゲンである請求項1記載の歯科用セメント。
【請求項3】
(ハ)第3級芳香族アミン組成物における、各第3級芳香族アミンのi):ii):iii)で示される質量比が、1: 1〜5:0.1〜2である、請求項1または請求項2に記載の歯科用セメント。
【請求項4】
(イ)重合性単量体100質量部に対して、(ロ)α−ジケトン類化合物0.01〜5質量部、(ハ)第3級芳香族アミン組成物0.01〜10質量部、(ニ)フィラー50〜500質量部が配合されてなる、請求項1〜3のいずれか一項に記載の歯科用セメント。
【請求項5】
更に、(ホ)過酸化物を含んでなる、請求項1〜4のいずれか一項に記載の歯科用セメント。歯科用セメント。
【請求項6】
(ホ)過酸化物の配合量が、(イ)重合性単量体100質量部に対して、0.01〜5質量部である、請求項5記載の歯科用セメント。

【公開番号】特開2012−162490(P2012−162490A)
【公開日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−24317(P2011−24317)
【出願日】平成23年2月7日(2011.2.7)
【出願人】(391003576)株式会社トクヤマデンタル (222)
【Fターム(参考)】