説明

歯肉形成促進剤

【課題】 歯肉上皮および上皮下結合組織の再生および増加を促進することができる移植材料を提供すること。
【解決手段】 細胞増殖因子を含有する生体吸収性高分子ハイドロゲルと,生体親和性多孔質担体との組み合わせからなる歯肉形成促進剤が開示される。細胞増殖因子としては,例えば塩基性線維芽細胞増殖因子を,生体吸収性高分子ハイドロゲルとしては,例えばゼラチンハイドロゲルを用いることができる。生体親和性多孔質担体としては,例えばコラーゲンスポンジを用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,歯肉形成を促進するための材料に関する。
【背景技術】
【0002】
歯周形成外科領域においては,退縮または欠損した歯肉を修復するために,上皮下結合組織移植(connective tissue graft: CTG)が汎用されている。具体的には,患者の口蓋歯肉よりドナー組織であるCTGを採取し,歯肉退縮した露出根面に対してCTGを移植して根面被覆を行ったり,また,陥没した歯肉部位に対して歯槽堤増大術としてCTGを移植して陥没の改善を行っている。しかし,これらの術式は,CTGの採取が必須なので,正常組織の侵襲やドナーサイトの術後障害,特に,採取部位の疼痛などの臨床上の問題点がある。また,口蓋歯肉の厚みが薄く,ドナー組織を採取できない症例も多い。
【0003】
近年,この問題点を解決するために,生体材料(特に,コラーゲンスポンジやヒト無細胞真皮マトリックス:acellular dermal matrix)をドナー組織の代用移植材料として使用して,根面被覆や歯槽堤増大術が行われている。しかし,必ずしも満足いく臨床成績は得られておらず,形成軟組織が長期経過後には吸収され,体積減少が認められることがしばしばである。したがって,これらの吸収現象を抑制し,かつ病的部位以外を傷つけることのない,根面被覆や歯槽堤増大術(歯肉増大術)に適用可能な移植材料の開発が求められている。
【特許文献1】WO94/27630
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは,結合組織の再生と血管新生とを促す細胞増殖因子の作用に着目し,さらに,その場に,結合軟組織の再生誘導が起こりやすい場を与えることを目的として,細胞増殖因子とコラーゲンスポンジと併用することにより,積極的に歯肉上皮および上皮下結合組織を再生・増加し得る新しい移植材料が得られることを見いだした。
【0005】
本発明は,細胞増殖因子を含有する生体吸収性高分子ハイドロゲルと,生体親和性多孔質担体との組み合わせからなる歯肉形成促進剤を提供する。好ましくは,生体親和性多孔質担体はコラーゲンスポンジである。細胞増殖因子含有ハイドロゲルは,細胞増殖因子を徐放化することにより,その生物活性を増強させる能力をもつ。
【発明の効果】
【0006】
本発明の歯肉形成促進剤を移植材料として用いることにより,歯肉上皮および上皮下結合組織の再生および増加を促進することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明において用いられる生体親和性多孔質担体としては,例えば,コラーゲンスポンジを用いることができる。コラーゲンスポンジは,火傷治療,止血剤,あるいは皮膚,軟骨,および脂肪組織などの再生誘導足場材料として臨床に広く用いられている生体親和性材料である。コラーゲンスポンジは,コラーゲン溶液をホモジナイザーで発泡させた後,真空凍結乾燥を行うことにより容易に製造することができる。また,スポンジ作製時に化学試薬,熱,電子線,γ線などにより架橋処理を行ってもよい。コラーゲンスポンジの製造は,既に公知の方法を用いることができる。コラーゲンの動物種,採取する部位などに特に限定されるものではなく,いずれのコラーゲンでも,その作製方法に関係なく利用可能である。2種類以上のコラーゲンを混合したものでも,この目的に用いることができる。
【0008】
好ましくは,本発明において用いる生体親和性多孔質担体は,その乾燥時の初期圧縮強度が約500kPa以上であるものである。このような圧縮強度のコラーゲンスポンジを用いると,治療処理後,長期における歯肉厚の減少が有意に抑制される。圧縮強度が低い場合には,初期の4週までは軟結合組織の形成促進が認められるが,時間とともに形成組織の吸収による歯肉厚の減少が見られる。コラーゲンスポンジの圧縮強度は,通常の力学強度測定用の装置で測定することができる。生体親和性多孔質担体の圧縮強度は,コラーゲンスポンジ作製時の条件,例えば,コラーゲンの種類,コラーゲン溶液濃度,化学架橋剤濃度,熱処理時間と温度,電子線やγ線の線量などの条件を変えることにより調節することができる。
【0009】
また,生体親和性多孔質担体の材料としては,コラーゲンの他,ゼラチン,アルブミン,フィブリンなどのタンパク質,ヒアルロン酸,キチン,キトサン,アルギン酸カルシウム,カラゲニン,寒天などの多糖類,あるいは,それらの化学誘導体,それらの混合物などを用いることができる。
【0010】
本発明において用いられる細胞増殖因子としては,結合軟組織再生と血管新生とを促す作用を有する細胞増殖因子であればいずれのものを用いてもよく,例えば,塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF),酸性線維芽細胞増殖因子(aFGF),血小板由来増殖因子(PDGF),トランスフォーミング増殖因子β1(TGF−β1),血管内皮細胞増殖因子(VEGF)および結合組織増殖因子(CTGF)等を挙げることができる。
【0011】
細胞増殖因子は,当該技術分野において一般的に知られる方法により化学的に合成することができる。また,医薬として使用できる程度に精製されたものであれば,種々の方法で調製されたものを用いてもよい。例えば,遺伝子工学的手法によりタンパク質をコードする遺伝子を適切なベクターに組み込み,これを適当な宿主細胞に導入して形質転換し,この形質転換体の培養上清から目的とする組換えタンパク質を得ることができる。上記の宿主細胞は特に限定されず,従来から遺伝子工学的手法で用いられている各種の宿主細胞,例えば大腸菌,酵母,昆虫細胞,または動物細胞などを用いることができる。タンパク質は,所望の活性を有する限り,そのアミノ酸配列中の1若しくは複数のアミノ酸が置換,欠失及び/又は付加されていてもよく,また同様に糖鎖が置換,欠失及び/又は付加されていてもよい。
【0012】
本発明において用いられる生体吸収性高分子ハイドロゲルとしては,生体内で加水分解や酸素分解により分解されるハイドロゲルであればいずれのものを用いてもよい。具体的にはキチン,キトサン,ヒアルロン酸,アルギン酸,デンプン,ペクチン等の多糖類,ゼラチン,コラーゲン,フィブリン,アルブミン等のタンパク質,ポリ−γ−グルタミン酸,ポリ−L−リジン,ポリアルギニンなどのポリアミノ酸,ならびにそれらの誘導体など,生体吸収性の合成高分子,あるいは上記化合物の混合物や化学結合物などが挙げられる。生体吸収性高分子としては,好ましくはゼラチンあるいはその誘導体が用いられる。誘導体とは,グアニジル基,チオール基,アミノ基,カルボキシル基,硫酸基,リン酸基などの化学官能性基,またはアルキル基,アシル基,フェニル基,ベンジル基などの疎水性の残基,およびこれらの残基をもつ化合物などを化学的に導入したもの,あるいは,乳酸,グリコール酸などからなる生体吸収性のオリゴマー,高分子,共重合体など,またはポリエチレングリコール,そのプロピレングリコールとの共重合体などの水溶性のオリゴマー,高分子などを化学的に導入したものなどが挙げられる。好ましくは,細胞増殖因子と生体吸収性高分子ハイドロゲルとの安定な複合体が形成されるよう,生体吸収性高分子をカチオン化する。
【0013】
生体吸収性高分子ハイドロゲルは,種々の化学的架橋剤を用いて生体吸収性高分子の分子間に化学架橋を形成させることにより不溶化することができる。化学的架橋剤としては,例えばグルタルアルデヒド,例えばEDC等の水溶性カルボジイミド,例えばプロピレンオキサイド,ジエポキシ化合物,水酸基,カルボキシル基,アミノ基,チオール基,イミダゾール基などの間に化学結合を作る縮合剤を用いることができる。好ましいものは,グルタルアルデヒドである。また,生体吸収性高分子は,熱処理,紫外線,ガンマ線,電子線照射によっても化学架橋することもできる。また,これらの架橋処理を組み合わせて用いることもできる。さらに,塩架橋,静電的相互作用,水素結合,疎水性相互作用などを利用した物理架橋によりハイドロゲルを作製することも可能である。
【0014】
上述のようにして作成した生体吸収性高分子ハイドロゲルを凍結乾燥し滅菌した後,細胞増殖因子の水溶液を滴下するか,あるいは生体吸収性高分子ハイドロゲルを細胞増殖因子の水溶液中に含浸させて,細胞増殖因子を含有する生体吸収性高分子ハイドロゲルを作成する。細胞増殖因子を含有する生体吸収性高分子ハイドロゲルの種々の例およびその製造方法は,例えば,WO94/27630に記載されている。次に,コラーゲンスポンジ等の生体親和性多孔質担体と細胞増殖因子含有生体吸収性高分子ハイドロゲルとを組み合わせて歯肉形成促進剤を形成する。その組み合わせ方は,特に限定されるものではないが,例えば,シート状のハイドロゲルを2枚のシート状のコラーゲンスポンジでサンドウイッチ状に挟むことにより,本発明の歯肉形成促進剤を製造することができる。
【0015】
本発明の歯肉形成促進剤は,移植すべき歯肉上皮および上皮下結合組織部位の形状およびサイズに応じて,種々の形状およびサイズで製剤化することが可能である。例えば,粒状,円・角柱状,シート状,ディスク状,スティック状,ロッド状等の固形や,半固形の形状で製造することができる。
【0016】
本発明の歯肉形成促進剤は,歯肉形成の足場としての生体親和性多孔質担体と,細胞増殖因子の徐放性効果とを併せ持つため,歯肉上皮および上皮下結合組織の所望の部位において細胞増殖因子を長時間にわたって放出し,歯肉の再生および増加を促進することができる。
【0017】
以下に実施例により本発明をより詳細に説明するが,本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例1】
【0018】
歯肉増大に及ぼす効果の評価
酸性ゼラチン(等電点5.0)は,新田ゼラチン株式会社(大阪)から入手した。その他の試薬は特に精製せずに用いた。ゼラチン2.5gと蒸留水47.5gをビーカーに入れ,30分間室温で攪拌した。その後40℃に加温しながらさらに30分間攪拌し,5 wt%ゼラチン水溶液を作製した。新しいビーカーに,このゼラチン水溶液を40 ml入れ,攪拌しながら70μlのグルタルアルデヒド水溶液を滴下した。その後,すぐに反応水溶液をポリエチレンディッシュに流延して,アルミホイルにて蓋をして4℃,24時間架橋反応させた。得られたゼラチンハイドロゲルを適当な大きさに切り,0.1Mグリシン水溶液に入れて,室温で1時間攪拌することにより,未反応のアルデヒド基をブロックした。その後,蒸留水中で室温1時間攪拌を2回行い,-80℃の冷凍庫において24時間凍結した。凍結後,凍結乾燥を行い,動物実験にもちいる前にエチレンオキサオドガスによる滅菌を行った。
【0019】
細胞増殖因子としてbFGF(科研製薬,京都)を使用した。あらかじめ作製したゼラチンハイドロゲルシート(7×5×1 mm)にbFGFを10μgを滴下し,37℃1時間静置することで,bFGF含浸ゼラチンハイドロゲル(徐放化bFGF)を用意した。次に,コラーゲンスポンジ(10×7×3 mm)2枚の間に徐放化bFGFをサンドウイッチ状に挟むことで,コラーゲンスポンジー徐放化bFGF複合体を用意した。
【0020】
実験材料として,成犬(ビーグル,メス,体重約10 kg)を用いた。塩酸ケタミン(150 mg)キシラジン(60 mg)および硫酸アトロピン(0.25 g)の皮下注射による全身麻酔を行った。麻酔奏功確認後,上顎犬歯歯肉の歯槽粘膜境,根尖側2 mmの2箇所の歯肉厚を歯科用ファイルで測定した。また測定部位は墨汁で入れ墨をした。測定後,上顎犬歯周囲歯肉に2%塩酸リドカイン(1/8万エピネフリン含有)による局所麻酔を行った後,上顎犬歯唇側付着歯肉を部分層弁にて剥離した。実験群として,コラーゲンスポンジー徐放化bFGF複合体を同部に留置して6-0吸収性縫合糸を用いて骨膜縫合にて固定した。対照群としては,同量のbFGF水溶液を同様のコラーゲンスポンジに滴下させたもの,コラーゲンスポンジ単独,および臨床で行われている術式によるCTGを行った。すなわち,口蓋歯肉より採取したCTGを上顎犬歯唇側歯肉に留置し同様の縫合固定した。各群,剥離した部分層弁歯肉を元の位置に戻し,6-0ナイロン糸を用いて縫合した。
【0021】
術後,4週,12週に,再度,入れ墨した部位の歯肉厚を測定して増大した歯肉厚を比較した。結果を図1に示す。図中,CTG:上皮下結合組織,bFGF sol:bFGF水溶液をコラーゲンスポンジに含浸させたもの,collagen only:コラーゲンスポンジ単独,bFGF-gelatin hydrogel:コラーゲンスポンジー徐放化bFGF複合体(実験群)。*, p<0.05; vs bFGF-ゼラチンハイドロゲル。
【0022】
図から明らかなように,術後4週では,歯肉厚は実験群,対照各群ともに大きく増大した。術後12週において,実験群では増大した歯肉が保たれていた。一方,対照各群では増大した歯肉は実験群に比べて有意に低かった。また,埋入4週後の段階で,再生された歯肉を組織学的に比較したところ,実験群は,対照群に比べて,歯肉結合組織の成熟が高かった。
【0023】
以上の結果から,bFGF含有ゼラチンハイドロゲルとコラーゲンスポンジとからなる本発明の歯肉形成促進剤は,歯肉厚を増大させる効果と,その厚みを長期間維持できる特性とを有することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明の歯肉形成促進剤を用いることにより,現在,臨床で用いられているドナー組織に代わる新たな移植材料として,歯肉欠損部位の治癒を促進することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】図1は,本発明の歯肉形成促進剤による歯肉増大の促進を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞増殖因子を含有する生体吸収性高分子ハイドロゲルと,生体親和性多孔質担体との組み合わせからなる歯肉形成促進剤。
【請求項2】
生体親和性多孔質担体がコラーゲンスポンジである,請求項1記載の歯肉形成促進剤。
【請求項3】
生体親和性多孔質担体が,乾燥時の初期圧縮強度が500kPa以上であるコラーゲンスポンジである,請求項2記載の歯肉形成促進剤。

【図1】
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【公開番号】特開2008−63262(P2008−63262A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−241330(P2006−241330)
【出願日】平成18年9月6日(2006.9.6)
【出願人】(503265876)株式会社メドジェル (15)
【Fターム(参考)】