説明

残留農薬の抽出方法及び抽出キット

【課題】 畜肉脂肪分中の残留農薬の抽出方法及びそれに使用するキットである。
【解決手段】 本発明の残留農薬の抽出方法は、(1)畜肉脂肪分を、水の存在下、脂肪が凝固した状態でホモジナイズした後、脂肪を分離する工程;(2)上記の処理がされた脂肪を脱水剤で処理する工程;(3)脱水処理された脂肪を脂溶性溶媒に溶解した後、親水性溶媒へ農薬を転溶し、次いで当該親水性溶媒溶液を濃縮し、残留農薬測定用検液を得る工程からなる。また本発明のキットは当該方法に使用されるキットである。本発明の方法及びキットによれば、操作の簡便化が図れると共に有機酸などの夾雑物の抽出量を低減することができるという効果を奏する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は残留農薬の抽出方法及び抽出キットに関する。より詳細には、畜肉脂肪分中の残留農薬を簡便にして且つ効率的に抽出する方法及びそれに使用する抽出キットに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、農産物の生産性を高めるために種々の農薬が使用されてきた。近年、食物中の残留物質への関心が高まり、食物中の残留物質の測定が重視されてきている。これに対応する形で、国の方でも、食品(農産物、畜肉等)中に残存する残留物質に関する基準を設定しようとしている(非特許文献1及び2参照)。
しかし、従来法は、少数の残留物質の測定を目標にしており、多くの残留物質の測定には適していなかった。農薬としては極めて多種多様の薬剤が使用されており、測定の簡便化及び迅速化を図るためには、多種類の農薬を一度に測定する方法の重要性が高まっている。
特に畜肉脂肪分中の残留農薬の測定において、従来の抽出法は、抽出ステップが煩雑で、時間(約8H)、費用、手間(約40工程)がかかり、より簡便な手法及びキットが必要とされていた。より詳細には、先ず、脂肪を抽出した後に脂肪から農薬を分離し、分離した農薬から夾雑物を除去するために、GPCなどの高価な機器を用いたり、固相抽出カラムによるクリンナップが必要であり、操作性が著しく劣っていた。
【非特許文献1】食安発第0124001号厚生労働省医薬食品局食品安全部長通知 別添 「食品に残留する農薬、飼料添加物又は動物用医薬品の成分である物質の試験法」
【非特許文献2】食品衛生法等の一部を改正する法律(平成15年法律第55号、平成15年5月30日公布)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上述のように、従来の残留農薬の測定法においては、畜肉脂肪分から残留農薬を抽出する工程が非常に長く且つ煩雑であって、時間を要し、測定上の問題となっていた。
そこで、本発明者らは、簡易な残留農薬の抽出方法を検討したところ、簡便且つ効率的に残留農薬を抽出し得ることを見出した。
より具体的には、動物の脂肪は低温下では凝固することおよび、比重が小さいため水に浮くことに着目した。具体的には、脂肪分の多い組織に冷水を加え、脂肪が凝固した状態、具体的には氷冷下でホモジナイズしたのち、遠心分離し、遠沈管の上部に固まっている脂肪組織を採取することにより、脂肪中の夾雑物を著しく低減し得ることを見出した。
係る処理をした脂肪分は水分を含有しているので、脂溶性溶媒に脂肪を溶解し難いので、脱水剤を使用して水分を除去した後、脂肪を脂溶性溶媒に溶解し、脂溶性溶媒から親水性溶媒に農薬を転溶し、更に該親水性溶媒溶液を濃縮乾固し、疎水性溶媒−親水性溶媒の混合溶媒に溶解することにより、簡便にして且つ夾雑物も少ない残留農薬測定用検液を調製できることが判明した
本発明は係る知見に基づくもので、畜肉脂肪分から簡便且つ効率的に残留農薬を抽出する方法及びそれに使用する抽出キットを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
上記の課題を解決するためになされた本願発明は、下記の工程からなる畜肉脂肪分中の残留農薬の抽出方法である。
(1)畜肉脂肪分を、水の存在下、脂肪が凝固した状態でホモジナイズした後、脂肪を分離する工程;
(2)上記の処理がされた脂肪を脱水剤で処理する工程;
(3)脱水処理された脂肪を脂溶性溶媒に溶解した後、親水性溶媒へ農薬を転溶し、次いで当該親水性溶媒溶液を濃縮し、残留農薬測定用検液を得る工程。
上記の(3)の工程において、親水性溶媒溶液を濃縮乾固した後、溶媒に溶解し、当該溶液を固相吸着剤で処理するのが好ましく、当該固相吸着剤としては珪酸マグネシウム系吸着剤を使用するのが好ましい。
また、本発明のキットは、上記の抽出方法に使用されるキットであって、脱水剤及び固相吸着剤を少なくとも含む畜肉脂肪分中の残留農薬の抽出キットである。上記の脱水剤としては珪藻土が、固相吸着剤としては珪酸マグネシウム系吸着剤を使用するのが好ましい。
【発明の効果】
【0005】
本発明の方法によれば、水の存在下、畜肉脂肪分を凝固状態でホモジナイズしているので、脂肪分に影響を与えることなく、試料中の夾雑物の除去を行うことができ、カラム精製などの複雑な工程を要することなく、残留農薬測定用検液を調製することができる。従って、本発明の方法によれば、抽出操作の著しい簡便化を図ることができるという格別な効果を奏する。
また、本発明のキットは、上記の方法に使用されるキットであって、当該キットを使用することにより、上記の方法を容易に実施することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
本発明の方法は前記の工程よりなる残留農薬の抽出方法である。
本発明の方法においては、まず、畜肉脂肪試料を、水の存在下、脂肪が凝固した状態でホモジナイズする。動物の脂肪は低温下では凝固するので、この状態でホモジナイズすると、脂肪に影響を与えることなく、試料中の夾雑物を水相に移行させることができ、夾雑物含量を低減できる。
より具体的には、畜肉脂肪分試料に対して、0.5〜3重量倍、好ましくは0.8〜2.0重量倍、更に好ましくは2.0重量倍程度の冷水を添加した後、氷冷下にホモジナイズする。なお、脂肪が凝固した状態を維持できる温度であれば、氷冷下に限定されるものではなく、一般的に0〜15℃程度の範囲が好ましい。
ホモジナイズ時間は特に限定されないが、通常1〜5分間程度、好ましくは2〜3分間程度行われる。
ホモジナイズ終了後、遠心分離し、静置すると、脂肪分は遠沈管の縁に固まった状態になるので、水切りをした後、脂肪を採取する。
【0007】
かくして採取された脂肪は、次いで脱水工程に付される。本発明の方法においては、次の工程として、脂肪を脂溶性溶媒に溶解するので、その際、脂肪が水分を含んでいると、脂肪の溶解及び農薬の抽出を効率的に行うことができないので、上記のとおり、脂肪を脱水し含水量を低減する。
脱水剤としては慣用の脱水剤の何れも使用することができ、例えば珪藻土、モレキュラーシーブ、シリカゲル、無水硫酸ナトリウム、無水硫酸マグネシウムなどが例示でき、珪藻土が好適に使用される。
係る脱水剤の使用量は、脂肪中の水分含量、脱水剤の脱水能などに応じて適宜調整することができるが、通常、脂肪に対して0.5〜3倍量(重量比)程度、好ましくは1〜1.5倍量(重量比)程度とされる。
【0008】
上記で脱水された脂肪は、次いで脂溶性溶媒に溶解する。
本明細書において脂溶性溶媒とは脂肪を溶解し得る溶媒を意味し、当該脂溶性溶媒としては、脂肪を溶解し得る溶媒であればいずれの溶媒も使用することができるが、本発明の方法においては、次の工程で、脂溶性溶媒溶液中の農薬を親水性溶媒に転溶するので、親水性溶媒と層分離し得るような溶媒が好ましい。係る脂溶性溶媒としては、例えばn−ヘキサン、シクロヘキサン、ステアリン酸ブチルなどが例示される。
脂溶性溶媒の使用量としては脂肪を溶解できる量であればよいが、通常、脂肪1gに対して10〜100ml程度、好ましくは20〜50ml程度、より好ましくは30〜40ml程度が使用される。
なお、脂溶性溶媒への脂肪の溶解は、前記の脱水剤が存在した状態で行ってもよい。
【0009】
かくして脂溶性溶媒に溶解した脂肪は、次いで親水性溶媒と混合し、農薬を親水性溶媒に転溶する。
係る工程で使用される親水性溶媒としては、脂溶性溶媒と層分離が可能な溶媒であって、例えば脂溶性溶媒としてn−ヘキサンを使用した場合にはアセトニトリル、メタノール、ジメチルスルホキシド(DMSO)が例示できる。また、同様に、脂溶性溶媒としてシクロヘキサン及びステアリン酸ブチルを使用した場合にも、親水性溶媒としてアセトニトリル、メタノール、DMSOなどが使用できる。
上記の親水性溶媒の使用量は、脂溶性溶媒に溶解した脂肪から農薬を転溶できる量であれば特に限定はされないが、通常、脂溶性溶媒と略等量の溶媒量で行われる。
【0010】
かくして、農薬が転溶された親水性溶媒溶液は、次いで濃縮、場合によっては乾固した後、適当な溶媒に溶解して残留農薬測定用検液とする。
上記の溶解溶媒としては、農薬を溶解し、農薬の機器分析に障害を与えない溶媒であればいずれの溶媒でも使用できるが、一般的に疎水性溶媒−親水性溶媒の混合溶媒が使用され、溶媒の毒性、沸点、融点、価格などを勘案すると、n−ヘキサン−アセトン混合溶媒が好適に使用される。なお、疎水性溶媒−親水性溶媒の混合比は特に限定されないが、通常等量の混合溶媒が使用される。
係る溶解工程の後、GC/MSなどの慣用の機器分析手段を用いて、残留農薬の分析・定量が行われる。
【0011】
なお、上記の農薬が転溶された親水性溶媒溶液又はそれを濃縮乾固して溶媒に溶解した溶液は、必要に応じて、固相吸着剤で処理し、夾雑物を除去するのが好ましい。
固相吸着剤としては、例えば珪酸マグネシウム系吸着剤(例えばフロリジル、活性炭含有フロリジル等)、イオン交換体、シリカゲル、アルミニウムオキシドなどが夾雑物の極性に応じて使用される。
固相吸着剤の使用量は、溶液中に含まれている夾雑物の量により適宜調整することができ、通常、溶液量に対して10〜50(w/v)%程度、好ましくは20〜35(w/v)%程度が使用される。
この操作により、溶液中の色素などの夾雑物含量が著しく低減するので、機器分析に際してもサンプルの前処理工程の簡略化や測定時のノイズの低減に寄与することができる。
なお、固相吸着剤と溶液との分離は、濾過、遠心分離などの慣用の方法にて行うことができる。
【0012】
本発明の方法によれば、有機酸やその他夾雑物の除去の手間を軽減でき、ノイズのない測定データを、時間(抽出+測定時間として約9H→約2H)、費用、手間(約40工程→約23工程)をかけずに得ることが可能となった。このように、畜肉脂肪分中の残留農薬測定において、従来法より簡便に、短時間で、よりノイズの少ないデータを得ることが可能となった。
なお、本発明の方法及びキットは、畜肉脂肪分中の残留農薬の抽出に限られず、例えばバター、チーズなどの固形乳製品中の残留農薬の抽出にも使用することができる。
【0013】
本発明の畜肉脂肪分中の残留農薬の抽出キットは、上記の抽出方法に使用されるキットであって、脱水剤及び固相吸着剤を少なくとも含むことからなる。
上記の脱水剤及び固相吸着剤としては、前記で例示したものが挙げられる。
また、本発明のキットには、他の構成要素として、前述の脂溶性溶媒、親水性溶媒、残留農薬測定用溶媒などを含めることができる。
残留農薬測定用溶媒としては疎水性溶媒−親水性溶媒の混合溶媒が好ましく、n−ヘキサン−アセトン混合溶媒を使用するのがより好ましい。
本発明のキットの使用方法としては、前記の本発明の抽出方法に準じて使用すればよい。
【0014】
本発明の対象となる畜肉脂肪分としては、残留農薬の測定を必要とする畜肉類であれば特に限定されず、例えば、豚肉、牛肉、鶏肉、羊肉、兎肉などが例示できる。
抽出対象とされる農薬は、農業の分野で使用されている農薬である限り限定されるものではない。特に好適には脂溶性農薬に適用される。
【実施例】
【0015】
以下、比較例及び実施例に基づいて、本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、各例において、カッコ付の数字は工程のステップ数を表す。
【0016】
比較例1(従来法)
豚モモ肉(塊)から脂肪分の多い部位を200g採取し(1)、ミートチョッパーで細切した(2)。20gをホモジナイザーカップに秤量・採取し(3)、水20mlを添加し(4)、10,000回転で3分間ホモジナイズした(5)。さらにアセトン・n−ヘキサン混液(1:2)100mlを添加し(6)、再び10,000回転で3分間ホモジナイズした(6)。ホモジネートを遠沈管に移し(7)、2,500回転で5分間の遠心を行った(8)。上清を分液ロートに採取し(9)たのち、残留物をホモジナイザーカップに移し(10)、n−ヘキサン50mlを添加し(11)、10,000回転で3分間ホモジナイズした(12)。ホモジネートを遠沈管に移し(13)、2,500回転で5分間遠心した(14)。上清を先の上清の入っている分液ロートに加え(15)、無水硫酸ナトリウム50gを添加し(16)、5分間振盪し脱水した(17)。溶液をろ過し、ろ液を300mlのナス型フラスコに採取した(18)。35℃の温度条件下で減圧濃縮をおこなった(19)。乾固直前に減圧濃縮を中止し、窒素気流下で乾固し脂肪を得た(20)。脂肪を1g秤量し(21)、アセトン・シクロヘキサン混液(1:4)に溶解し(22)、10mlに定容し抽出液とした(23)。抽出液を遠沈管に移し(24)、3,000回転で5分間の遠心を行い(25)得られた上清のうち5mlをアセトン・シクロヘキサン混液(1:4)で安定化させておいた(26)GPCカラムに注入した(27)、アセトン・シクロヘキサン混液(1:4)で溶出を行い(28)、農薬の含まれる画分を採取した(29)。採取した溶出液を35℃の温度条件下で減圧濃縮をおこなった(30)。乾固直前に減圧濃縮を中止し、窒素気流下で乾固(31)した後、残留物をアセトン・n−ヘキサン混液(1:1)2mlに溶解した(32)。アセトン・n−ヘキサン混液(1:1)でコンディショニングしておいた(33)PSA固相抽出カラム(3ml,500mg)に負荷(34)し、18mlのアセトン・n−ヘキサン混液(1:1)を流し溶出液を分取した(35)。35℃の温度条件下で減圧濃縮をおこない(36)、乾固直前に減圧濃縮を中止し、窒素気流下で乾固(37)した後、残留物をアセトン・n−ヘキサン混液(1:1)1mlに溶解し(38)、サンプルバイアルに移して(39)GC/MSによる分析(40)に供した。
【0017】
実施例1(本発明法)
豚モモ肉(塊)から脂肪分の多い部位を200g採取し(1)、ミートチョッパーで細切した(2)。20gをホモジナイザーカップに秤量・採取し(3)、冷水30mlを添加し(4)、氷冷下で10,000回転で3分間ホモジナイズした(5)。ホモジネートを遠沈管に移し(6)、4℃、5,000xgで10分間の遠心を行った(7)。遠沈管の上部に固まっている脂肪を遠沈管の縁で水を切りながら採取した(8)。脂肪1gを秤量し(9)、珪藻土1gを加えた(10)後、n−ヘキサン40mlを加え脂肪を溶解させ (11)、分液ロートに移した(12)。アセトニトリル40mlを加え(13)15分振盪し(14)、アセトニトリル層を採取し(15)、35℃で減圧乾固した(16)。n−ヘキサン・アセトン混液(4:1) 1mlに溶解し(17)、1.5mlエッペンドルフチューブに移し(18)、フロリジル0.3gを加え(19)、攪拌した(20)。4℃、10,000回転で5分間の遠心を行った(21)。上清をサンプルバイアルに採取し(22)、GC/MSによる分析(23)に供した。
【0018】
上記従来法と本発明法の工程数及びその方法を実施する際の所要時間(抽出+測定時間)は以下のとおりである。
従来法 40工程 540分
本発明法 23工程 120分
【0019】
上記従来法と本発明法において、脂肪分1gに各種農薬を0.2μg添加した場合の回収試験を行った。その試験結果(回収率:%)を表1に示す。なお、表中の農薬において、輸入食肉で検査が義務づけられている農薬は、p,p-DDT、ディルドリン及びヘプタクロルの3種である。
【0020】

【0021】
上記表1の結果から明らかなように、本発明の方法の方が高い回収率を示し、本発明の方法によれば、種々の残留農薬を効率的に抽出できることが判明した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の工程からなる畜肉脂肪分中の残留農薬の抽出方法。
(1)畜肉脂肪分を、水の存在下、脂肪が凝固した状態でホモジナイズした後、脂肪を分離する工程;
(2)上記の処理がされた脂肪を脱水剤で処理する工程;
(3)脱水処理された脂肪を脂溶性溶媒に溶解した後、親水性溶媒へ農薬を転溶し、次いで当該親水性溶媒溶液を濃縮し、残留農薬測定用検液を得る工程。
【請求項2】
請求項1記載の方法の(3)の工程において、親水性溶媒溶液を濃縮乾固した後、溶媒に溶解し、当該溶液を固相吸着剤で処理する工程を含む請求項1記載の抽出方法。
【請求項3】
固相吸着剤が珪酸マグネシウム系吸着剤である請求項2記載の抽出方法。
【請求項4】
脱水剤及び固相吸着剤を少なくとも含むことを特徴とする畜肉脂肪分中の残留農薬の抽出キット。
【請求項5】
脱水剤が珪藻土であり、固相吸着剤が珪酸マグネシウム系吸着剤である請求項4記載の抽出キット。

【公開番号】特開2006−300907(P2006−300907A)
【公開日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−127206(P2005−127206)
【出願日】平成17年4月25日(2005.4.25)
【出願人】(000229519)日本ハム株式会社 (57)
【Fターム(参考)】