説明

母体投与用薬剤

【課題】 早産予防効果だけでなく、早産の合併症としてよく起きる胎児の肺の炎症も抑え、且つ副作用の少ない母体投与用薬剤を提供する。
【解決手段】 チオレドキシンファミリーのポリペプチド及び/又はその誘導剤の1種以上を有効成分とし、母体に投与する、早産の予防効果及び胎児の肺に対する抗炎症効果を有する母体投与用薬剤である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チオレドキシンファミリーのポリペプチド(以下、TRXsと称す場合もある)及びその誘導剤の1種以上を有効成分とする母体投与用薬剤に関する。
【背景技術】
【0002】
アジア先進諸国における早産比率は約10%といわれており、北米に続き世界的にも高い水準にある。加えて、近年は早産となる比率も増加傾向にある。
そのため、早産を防止するための胎内環境の整備が重要な課題となっている。
【0003】
早産の原因の1つとして、胎内の炎症を惹起する上行感染を挙げることができる。
ここで、臨床の現場において子宮内への上行感染の兆候が現れたときには、既にサイトカインの過剰産生(サイトカインストーム)や好中球浸潤に起因する胎内の炎症が進行していることが多い。従来はサイトカインストームを引き起こす細菌の増殖を抑制するために抗菌薬の投与等が行われてきたが、効果が低い場合も多々あり、早産を抑制することが困難な症例が数多く存在するのが現状であった。
さらに、最近の多くの研究から、胎内炎症が起きてから分娩までの時間が延びると、胎内炎症による胎児への影響が大きくなり、合併症として、胎児の肺の炎症(慢性肺疾患等)が起こることがわかってきた(非特許文献1〜4参照)。
胎内炎症による胎児への影響を小さくし、胎児の肺の炎症を抑えるためには、早く出産したほうがよい。しかし、出産を早めると、未熟な状態での新生児(早産児)が生まれるという問題があった。
【0004】
また、感染及び炎症に関与する流早産胎盤における特徴的な病理像として絨毛膜羊膜炎がある。絨毛膜組織や羊膜組織における炎症の主体は各種サイトカインの産生などを契機とした好中球浸潤によるものである。
このような現状に鑑み、早産を防止するために、胎内のサイトカイン及び好中球浸潤を効果的に抑制することが望まれていた。
【0005】
一方、チオレドキシン(Thioredoxin)(TRX)は、その活性部位配列:−Cys−Gly−Pro−Cys−:の2つのシステイン残基間でのジスルフィド/ジチオール交換反応による酸化還元(レドックス)活性を有する12kDaの多機能ペプチドである(非特許文献5参照)。チオレドキシンは、リボヌクレオチドリダクターゼに対する水素イオン供与体として、またはデオキシリボヌクレオチドの合成に重要な酵素として大腸菌から単離されて以来、多くの原核生物、真核生物から単離同定されてきた。
また、チオレドキシンの一種である成人T細胞白血病誘導因子(ADF)は、本発明者らがHTLV−1に感染したTリンパ球によって産生されるIL−2受容体誘導因子として最初に同定したもので、ヒトチオレドキシンである。
また、細胞内チオレドキシンはラジカル消去や、activator protein‐1(AP−1)、nuclear factor‐kappa B(NF−κB)等のレドックスに関する転写因子の制御に重要な役割を果たしている(非特許文献6参照)。
加えて、ヒトチオレドキシンは、p38 mitogen activating protein kinase(MAPK)やapoptosis signal regulating kinase−1(ASK−1)のシグナル伝達を制御する。
さらに、チオレドキシンが細胞外に放出され、サイトカインまたはケモカイン作用を示すこと(非特許文献7参照)、細胞外チオレドキシンが細胞内へ移行すること(非特許文献8参照)も本発明者らによって報告されてきた。
【0006】
しかしながら、早産とチオレドキシンとの関連性については、未だ報告されていない。
【0007】
【非特許文献1】Anti-Annexin A2 IgM Antibody in Preterm Infants: Its Association with Chorioamnionitis. PEDIATRIC RESEARCH Vol.60,No.6,2006;699-704
【非特許文献2】Pathology of new bronchopulmonary dysplasia. Seminars in Neonatology 2003; 8, 73-81
【非特許文献3】Control Mechanisms of Lung Alveolar Development and Their Disorders in Bronchopulmonary Dysplasia. PEDIATRIC RESEARCH Vol.57,No.5, Pt2, 2005; 38R-46R
【非特許文献4】The New BPD. NeoReviews 2006; 7; e531-e545
【非特許文献5】Redox regulation of cellular activation. Ann.Rev.Immunol.1997;15:351-369
【非特許文献6】AP-1 transcriptional activity is regulated by a direct association between thioredoxin and Ref-1. PNAS.1997;94:3633-3638
【非特許文献7】Circulating thioredoxin suppresses lipopolysaccharide-induced neutrophil chemotaxis. PNAS.2001; 98: 15143-15148
【非特許文献8】Redox-sensing release of thioredoxin from T lymphocytes with negative feedback loops. J.Immunol.2004;172:442-448
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らは、早産とチオレドキシンファミリーのポリペプチド(TRXs)の関連性についての研究過程で、母体に投与したTRXsが早産予防効果を有するだけでなく、胎児の肺の炎症を抑えるという想定外の効果が望めることも見出した。つまり、TRXsが、早産予防効果だけでなく、早産の合併症としてよく起きる胎児の肺の炎症をも抑えることができる母体投与剤として有効であるとの結論に達し、本発明を完成するに至った。
【0009】
従って、本発明は、早産予防効果だけでなく、早産の合併症としてよく起きる胎児の肺の炎症も抑え、且つ副作用の少ない母体投与用薬剤を提供することを解決課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1に係る発明は、チオレドキシンファミリーのポリペプチド及び/又はその誘導剤の1種以上を有効成分とし、母体に投与する、早産の予防効果及び胎児の肺に対する抗炎症効果を有する母体投与用薬剤に関する。
請求項2に係る発明は、前記チオレドキシンファミリーのポリペプチドが配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるヒトチオレドキシンであることを特徴とする請求項1記載の母体投与用薬剤に関する。
請求項3に係る発明は、前記チオレドキシンファミリーのポリペプチドが配列番号1のアミノ酸配列において32位と35位以外のアミノ酸の1又は数個が置換、欠失、付加、挿入されたアミノ酸配列からなるチオレドキシン改変体であることを特徴とする請求項1記載の母体投与用薬剤に関する。
請求項4に係る発明は、液状又はゲル状であることを特徴とする請求項1乃至3いずれか記載の母体投与用薬剤に関する。
請求項5に係る発明は、膣内投与用であることを特徴とする請求項4に記載の母体投与用薬剤に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る母体投与用薬剤は、チオレドキシンファミリーのポリペプチド(TRXs)及びその誘導剤の1種以上を有効成分とするので、胎内の炎症を抑制し、さらに胎内炎症の胎児への影響を予防することができる。それにより、早産を予防することができる。また、TRXsを母体に投与した場合、TRXsは胎児の肺に影響を与える。そのため、早産の合併症としてよく起きる胎児の肺の炎症も抑えることができる。
【0012】
さらに本発明に係る母体投与用薬剤は、体内でも発現する内因性チオールタンパク質であるTRXs又は体内においてTRXsの発現を誘導する物質を有効成分とするため、副作用の心配がなく、安全性の高い母体投与用薬剤となる。
また、チオレドキシンファミリーのポリペプチドがヒトチオレドキシン又はチオレドキシン改変体であることにより、副作用の生じる可能性をより低くすることができ、より安全性の高い母体投与用薬剤とすることができる。
また、母体投与用薬剤が、液状又はゲル状であることにより、特定の場所に塗る等の非経口投与も可能となり、多くの投与経路を実現することができる。
例えば、液状又はゲル状とすることにより、経膣投与用とすることも可能となる。具体的には、母体投与用薬剤を液状の膣内洗浄用洗浄液として膣内洗浄したり、ゲル状として膣内に直接塗ったりすることで母体に投与することができる。早産の原因である胎内の炎症は膣内からの上行感染により惹起されるので、母体投与用薬剤を経膣投与用とすることにより、胎内の炎症を初期の段階からでも抑えることができ、早産の予防を確実に行うことができる。また、経膣投与は、他の投与経路に比して安全性も高く、母体への投与経路として最適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明者らは、鋭意研究の結果、チオレドキシンファミリーのポリペプチド(TRXs)の新たな機能として、母体の胎内の炎症性サイトカインであるTNFα、IFNγ、IL−6、MCP1の産生を抑えることを発見した。
母体の胎内の炎症性サイトカインの発現を抑えることにより、胎内のサイトカインストームに起因する胎内の炎症を抑制することができる。
また、TRXsは好中球遊走を阻害することができるので、胎内の好中球浸潤を抑制し、好中球浸潤に起因する胎内の炎症も抑制することができる。
TRXsの上記した効果により、早産の原因である上行感染による炎症等も抑えることができ、早産を予防することができる。
さらに、胎内の炎症を抑えることができるので、胎内炎症の胎児への影響も抑えることができ、出産を早める必要もなくなる。
また、本発明者らは、母体に投与したTRXsが胎児の肺にも影響を与えるという想定外の効果が望めることも見出した。TRXsが胎児の肺に影響を与えることにより、早産だけでなく、早産の合併症としてよく起きる胎児の肺の炎症(慢性肺疾患等)も効果的に抑制することができる。
【0014】
以上のことから、本発明者らは、TRXsが、母体投与用薬剤(早産予防効果だけでなく、胎児の肺に対する抗炎症効果も有するもの)に最適であることを見出し、本発明を完成するに至った。
以下、本発明に係るチオレドキシンファミリーのポリペプチド及びその誘導剤の1種以上を有効成分とする母体投与用薬剤の実施形態について詳述する。
【0015】
[TRXs]
母体投与用薬剤に用いられるTRXsは、体内でも発現する内因性チオールタンパク質であるため、副作用の心配がなく、安全性の高い母体投与用薬剤となる。
【0016】
TRXsとしては、ヒトチオレドキシン(hTRX)等を挙げることができるが、「チオレドキシンファミリー」に属するものであればよく、その活性中心に−Cys−Gly−Pro−Cys−、−Cys−Pro−Tyr−Cys−、−Cys−Pro−His−Cys−、−Cys−Pro−Pro−Cys−を有するポリペプチド類を有するものが例示される。
これらの中でも活性中心に配列−Cys−Gly−Pro−Cys−を有するチオレドキシン又はチオレドキシン2(ミトコンドリア特異的チオレドキシン)が好ましい。
【0017】
上記した活性中心を有するものであれば、チオレドキシンの由来は特に限定されず、ヒトを含む動物のチオレドキシン(ヒトを含む動物のADF)、大腸菌などの細菌のチオレドキシン、酵母のチオレドキシン、ヒトADF活性を有するポリペプチド(ヒトADFP)、ヒトや大腸菌等のグルタレドキシン等を挙げることができる。特にヒトチオレドキシン(hTRX)及び酵母チオレドキシンが好ましい。酵母チオレドキシンは、酵母から単離した状態で使用してもよいが、チオレドキシンを多く含む酵母の形態で使用することもできる。
【0018】
本明細書において、ヒトチオレドキシン(hTRX)とは、配列番号1に示される105個のアミノ酸からなるポリペプチドを指す。hTRXの塩基配列は、配列番号2に示される。hTRXはヒトから同定されているため、他のTRXsに比しても副作用がさらに小さく好ましい。
【0019】
また、胎内及び胎児の炎症を抑制するものであれば、配列番号1のヒトチオレドキシンをもとにして公知の遺伝子工学的手法により作製されたTRX改変体であってもよい。
TRX改変体としては、配列番号1の32位と35位以外、好ましくは32位〜35位以外のアミノ酸の1又は数個が置換、欠失、付加、挿入されているものがあげられる。
【0020】
本発明は、上記のチオレドキシンファミリーに属するポリペプチド(TRXs)を単独又は2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0021】
本発明に係る母体投与用薬剤には、経口投与用および非経口投与用のどちらも含まれ、投与経路によって適宜選択すればよいが、胎児への影響を考えた場合、非経口投与のほうが好ましい。
また、母体感染症や胎児炎症反応症候群等の治療に際しては、静脈(IV)投与を行ってもよい。
また、母体投与用薬剤の形態を液状又はゲル状とすることにより、塗る等の様々な投与経路が実現可能となるが、胎内の炎症の初期段階等は、母体投与用薬剤を経膣投与用とすることが好ましい。
早産の原因である胎内の炎症は膣からの上行感染により惹起されるので、母体投与用薬剤を経膣投与用として経膣投与することにより、胎内の炎症を初期の段階からでも抑えることができ、早産の予防を確実に行うことができるからである。また、経膣投与は、他の投与経路に比して安全性も高く、母体への投与経路として最適である。
具体的には、母体投与用薬剤を液状の膣内洗浄用洗浄液として膣内洗浄したり、ゲル状として膣内に直接塗ったりすることで母体に投与することができる。
【0022】
本発明に係る母体投与用薬剤を経口投与する場合は、薬剤の形態として、固形製剤(錠剤、丸剤、散剤、被覆錠剤、顆粒剤、カプセル剤等)、液状製剤(液剤、懸濁剤、乳剤、シロップ剤等)、吸入剤(エアゾール剤、アトマイザー、ネブライザー等)、及びリポソーム封入剤等を挙げることができる。
【0023】
本発明に係る母体投与用薬剤は、上記の有効成分と共に薬学的に許容される製剤担体を用いて、医薬製剤の形態として実用される。製剤担体としては、結合剤、崩壊剤、界面活性剤、吸収促進剤、保湿剤、吸着剤、滑沢剤、充填剤、増量剤、付湿剤、防腐剤、安定剤、乳化剤、可溶化剤、浸透圧を調節する塩、緩衝剤等の希釈剤、賦形剤等を例示することができ、これらは得られる製剤の投与単位形態に応じて適宜選択使用される。
【0024】
錠剤の形態に成形する場合には、上記製剤担体として例えば賦形剤(乳糖、白糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、尿素、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、結晶セルロース、ケイ酸、リン酸カリウム等)、結合剤(水、エタノール、プロパノール、単シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン溶液、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース、ポリビニルピロリドン等)、崩壊剤(カルボキシメチルセルロースナトリウム、カルボキシメチルセルロースカルシウム、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、ラミナラン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム等)、界面活性剤(ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド等)、崩壊抑制剤(白糖、ステアリン、カカオバター、水素添加油等)、吸収促進剤(第4級アンモニウム塩基、ラウリル硫酸ナトリウム等)、保湿剤(グリセリン、デンプン等)、吸着剤(デンプン、乳糖、カオリン、ベントナイト、コロイド状ケイ酸等)、滑沢剤(精製タルク、ステアリン酸塩、ホウ酸末、ポリエチレングリコール等)等を使用することができる。
さらに錠剤は必要に応じ通常の剤皮を施した錠剤、例えば糖衣錠、ゼラチン被包錠、腸溶被錠、フィルムコーティング錠とすることができる。また、錠剤に施す剤皮の層の数を変更することによって二重錠、多層錠とすることもできる。
丸剤の形態に成形する場合には、製剤担体として例えば賦形剤(ブドウ糖、乳糖、デンプン、カカオ脂、硬化植物油、カオリン、タルク等)、結合剤(アラビアゴム末、トラガント末、ゼラチン、エタノール等)、崩壊剤(ラミナラン、カンテン等)等を使用できる。
【0025】
本発明に係る母体投与用薬剤を非経口投与する場合は、薬剤の形態として静脈注射、皮下注射、皮内注射、筋肉注射及び腹腔内注射等に使用される注射剤(液剤、乳剤、懸濁剤等)、液剤(例えば、点眼剤、点鼻薬等)、点滴剤、吸入剤(エアロゾル剤、粉末吸入剤等)等も挙げられる。
【0026】
本発明に係る母体投与用薬剤が液剤、乳剤、懸濁剤等の注射剤として調製される場合、これらは殺菌され且つ血液と等張であるのが好ましい。また、注射剤に調整される場合には、希釈剤として例えば水、エチルアルコール、マクロゴール、プロピレングリコール、エトキシ化イソステアリルアルコール、ポリオキシ化イソステアリルアルコール、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類等を使用することができる。
なお、この場合、等張性の溶液を調整するのに充分な量の食塩、ブドウ糖あるいはグリセリンを当該注射剤中に含有させてもよい。また、通常の溶解補助剤、緩衝剤、無痛化剤等を添加してもよい。
【0027】
本発明に係る母体投与用薬剤が液状製剤である場合は、凍結保存または凍結乾燥等により水分を除去して保存してもよい。凍結乾燥させた液状製剤(凍結乾燥製剤)は、使用時に注射用蒸留水等を加え、再度溶解して使用することができる。
【0028】
本発明に係る母体投与用薬剤を吸入剤として用いる場合は、周知の吸入剤用添加剤を用いて調製すればよい。吸引剤用添加剤としては、例えば、噴射剤、固形賦形剤(白糖、乳糖、ブドウ糖、マンニット、ソルビット等)、液状賦形剤(プロピレングリコール等)、結合剤(メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、白糖等)、滑沢剤(ステアリン酸マグネシウム、軽質無水ケイ酸、タルク、ラウリル硫酸ナトリウム等)、保存剤(安息香酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、メチルパラベン、プロピルパラベン等)、安定化剤(クエン酸、クエン酸ナトリウム等)、懸濁化剤(メチルセルロース、ポリビニルピロリドン、レシチン、トリオレイン酸ソルビタン等)、分散剤(界面活性剤等)、溶剤(水等)、等張化剤(塩化ナトリウム等)、pH調整剤(硫酸、塩酸等)、可溶化剤(エタノール等)等が挙げられる。
【0029】
さらに、本発明に係る母体投与用薬剤中には、必要に応じて着色剤、保存剤、香料、風味剤、甘味剤等や他の医薬品を含有させることもできる。
【0030】
TRXsの投与量は、当業者が周知の技術を参考に容易に決定することができる。例えば、母体に投与する場合は、1人1日あたり6〜24mg/kg程度が好ましい。また、該投与量を1日あたり1回又は数回に分けて投与することができる。但し、該投与量は、各種製剤の形態や疾患の程度に合わせて適宜調節することが好ましい。
【0031】
[TRXs誘導剤]
また、本発明には、スルフォラファン等のTRXs誘導剤を用いて体内でTRXsを誘導し、胎内及び胎児の肺の炎症を抑制する場合も含まれる。
TRXs誘導剤であるスルフォラファンは、例えば、キャベツ、ムラサキキャベツ、ブロッコリー、ケール、ロケット菜、カリフラワー、ダイコン、ハクサイ、カブ、コマツナ、チンゲンサイ等に含まれ、これらの植物の新芽を用いることが好ましい。
中でも、スルフォラファンは、ブロッコリーの新芽(ブロッコリースプラウト)、ダイコンの新芽(カイワレダイコン)、ムラサキキャベツの新芽等に多く含まれている。
これらの植物から得られたスルフォラファン含有抽出物には、スルフォラファンが0.001〜200mg/g程度、好ましくは0.005〜80mg/g程度、より好ましくは0.01〜50mg/g程度含まれていることが望ましい。また、スルフォラファン含有抽出物は、必要に応じて精製、凍結乾燥等の処理が加えられる。
【0032】
また、摂取されるスルフォラファンの量は、その用法、体重、健康状態、その他の条件、症状の程度等により適宜選択すればよい。
【0033】
スルフォラファンは、TRXs誘導剤であるゲラニルゲラニルアセトン(GGA)と組み合わせて使用してもよい。
【0034】
スルフォラファン含有抽出物はそのまま使用してもよいし、TRXs誘導剤を有効成分とする医薬製剤の形態で使用してもよい。医薬製剤の形態で使用する場合は、薬学的に許容される製剤担体と共に調製することができる。
【0035】
また、本発明のTRXs誘導剤を有効成分とする製剤を母体に投与する場合は、飲食品の形態で使用することもできる。飲食品の形態で使用する場合には、スルフォラファン含有抽出物に、原料である植物を加えて調製してもよい。
【0036】
飲食品としては、例えば、健康食品、栄養補助食品(バランス栄養食、サプリメント等)、栄養機能食品、特定保健用食品、病者用食品等が挙げられる。これらの食品の製造方法は、チオレドキシン発現の誘導という効果が得られるものであれば特に限定されない。
【0037】
また、チオレドキシンファミリーのポリペプチド(TRXs)とTRXs誘導剤を組み合わせて本発明に係る母体投与用薬剤を調製してもよい。
【実施例】
【0038】
以下、実施例を示すことにより、本発明の効果をより明確なものとする。但し、本発明は下記実施例に何ら限定されるものではない。
【0039】
(試験例1)
試験例1では、妊娠した雌マウスにLPS(Lipopolysaccharide:リボ多糖)を投与することにより早産し易い状態とし、早産し易い雌マウスにTRXを投与した場合の出産までの日数(早産の予防効果)を検証した。
以下、試験例1の実験方法について詳述する。
【0040】
まず、雌マウスに投与するLPS及びTRXについて説明する。
試験例1に用いたLPSは下記(i)〜(iv)の工程を経て調整されたものである。
(i)LPS(E.coli O55:B5(SIGMA))原末10mgを生理食塩水2mlに溶解し、濃度を5mg/mlとする。
(ii)生理食塩水で溶解したLPSを10秒間ボルテックスし、15分間超音波処理を行う。
(iii)ポリスチレン製チューブ(容量:0.5ml)に20μlずつ分注し、−80℃で保存する。
(iv)使用直前に氷上で溶解し、生理食塩水で20μg/mlに希釈する。
なお、本実施例に用いたTRXは、ヒト組み換えTRXをPBS(Phosphate Buffered Saline:リン酸緩衝食塩水)で0.2mg/mlに希釈したものである。
【0041】
次いで、雌マウスへのLPS及びTRXの投与方法について説明する。
試験例1に用いた雌マウスはC3H/HeN雌マウスである。
9〜15週齢のC3H/HeN雌マウス(試験例1〜3において、以下、単に雌マウスと称す)をB6D2F1雄マウスと交配させ、プラグを確認した。そして、プラグを確認した日を妊娠0日目とした。
妊娠15日目にLSP10ml/kg(200μg/kg)を雌マウスの腹腔内に3時間毎に2回(具体的には、14時と17時に)投与した。
また、TRXは、10ml/kg(2mg/kg)を、LPS投与1時間前から3時間毎に3回(具体的には、13時、16時、19時に)尾静脈から静脈注射により雌マウスに投与し、実施例1の雌マウスとした。
そして、胎盤又は胎児娩出を確認した時点を出産時とし、妊娠から出産時までの日数を測定した。
また、何も投与していない(LPSも投与していない)雌マウスを比較例1、LPSのみを投与した雌マウスを比較例2、TRXの代わりにPBSを投与(LPSとPBSを投与)した雌マウスを比較例3、TRXの代わりに0.2mg/mlのOVA(ovalbumin:オボアルブミン)を投与(LPSとOVAを投与)した雌マウスを比較例4とし、比較例1〜4の雌マウスに対しても、実施例1と同様に出産時までの日数を測定した。
【0042】
表1は試験例1の結果を示したものである。なお、表1の早産発生率は、18日以前に出産した場合を早産として求めた値である。また、表1中の固体数は、試験を行った雌マウスの数を示す。
【0043】
【表1】

*: p < 0.05, **: p < 0.01 versus Control,††: p < 0.01 versus LPS
【0044】
表1より、実施例1は、比較例2〜3に比して、早産率が低いことがわかる。つまり、TRXを投与することにより、早産を予防することができるといえる。
【0045】
(試験例2)
実施例1の雌マウスに対して、LPS初回投与6時間後、エーテル麻酔下で心腔穿刺し、血液を採取した。採取した血液を1000g、4℃で20分間遠心し、血清を分離後−80℃で保存した。
そして血清を氷上で溶解しBD Cytometric Bead Array, Mouse Inflammation Kit (BD Biosciences)を用いて6種類のサイトカイン(IL−12p70、TNF−α、IFN−γ、MCP−1、IL−10、IL−6)の量を自動細胞分析装置(FACSCan)で測定した。自動細胞分析装置による具体的な測定方法は以下の(i)〜(iii)の通りである。
(i)Captureビーズ50μl、サンプル50μl、PE detection reagent50μlを混合し、ボルテックスする。
(ii)ボルテックス後、遮光状態・室温で2時間インキュベートし、Wash Buffer1mlを加え、ボルテックスしビーズを洗浄する。
(iii)洗浄後、200g、5分で遠心し、上清を吸引除去後、Wash Buffer0.3mlを加え、再懸濁し、自動細胞分析装置により測定する。
【0046】
また、比較例1〜3の雌マウスについても、実施例1の雌マウスと同様に、6種類のサイトカインについて測定した。
図1は試験例2の結果を示す図である。具体的には、図1(a)〜(f)は順にIL−12p70、TNF−α、IFN−γ、MCP−1、IL−10、IL−6を示している。また、縦軸が各サイトカイン量(pg/ml)を示し、横軸が左から順に比較例1(Control)、比較例2(LPS)、比較例3(LPS+PBS)、実施例1(LPS+TRX)を示している。
【0047】
図1に示すように、TRXを投与することにより、TNF−α、IFN−γ、MCP−1、IL−10、IL−6の5種類のサイトカインが比較例2,3に比して顕著に低くなることがわかる。これらのサイトカインは胎内の炎症を生じさせ、早産を引き起こす原因となる物質である。つまり、TRXは、これらのサイトカインを抑制することにより、胎内の炎症を抑制し、早産を予防することができるといえる。
【0048】
(試験例3)
図2は雌マウスにおけるLPS初回投与後6時間後のマウス胎盤迷路部を示す写真であり、(a)が比較例1(Control)、(b)が比較例2(LPS)、(c)が比較例3(LPS+PBS)、(d)が実施例1(LPS+TRX)を示している。
図2に示すように、実施例1は比較例2,3に比して炎症が抑えられていることがわかる。つまり、TRXを投与することにより、胎盤迷路部の血管の炎症が抑えられていることがわかる。
【0049】
(試験例4)
次いで、試験例4として、TRXを母体に投与した場合の胎児への影響について検証する。
試験例4では雌マウスとしてC57BL/6雌マウスを用い、TRXとしてヒト組み換えTRXをPBSで4mg/mlに希釈したものを用いた。
7〜10週齢のC57BL/6雌マウス(試験例4,5において、以下、単に雌マウスと称す)をC57BL/6雄マウスと交配させ、プラグを確認した。そして、プラグを確認した日を妊娠0日目とした。
妊娠18日目の雌マウス1匹に対し、TRXを腹内注射により400μg(100μl)投与した。そして、TRX投与後1時間後に胎児の脳、肺、肝臓、腎臓の各組織からたんぱく質を採取し、夫々についてウェスタンブロット解析によりTRXの存在を確認した。
また、比較例として、妊娠18日目の雌マウス1匹に対し、PBSを腹内注射により100μl投与した。そして、PBS投与後1時間後の胎児の脳、肺、肝臓、腎臓の各組織のたんぱく質を用い、同様にウェスタンブロット解析を行った。
なお、ウェスタンブロット解析は、RIPAバッファーによりたんぱく質の濃度を1μg/μlに調整し、10μg/lainのたんぱく質を電気泳動して行った。
図3はウェスタンブロット解析の結果を示す図であり、1が母体にPBSを投与した場合の胎齢18日目の胎児の脳組織、2が母体にTRXを投与した場合の胎齢18日目の胎児の脳組織、3が母体にPBSを投与した場合の胎齢18日目の胎児の肺組織、4が母体にTRXを投与した場合の胎齢18日目の胎児の肺組織、5が母体にPBSを投与した場合の胎齢18日目の胎児の肝臓組織、6が母体にTRXを投与した場合の胎齢18日目の胎児の肝臓組織、7が母体にPBSを投与した場合の胎齢18日目の胎児の腎臓組織、8が母体にTRXを投与した場合の胎齢18日目の胎児の腎臓組織のたんぱく質を泳動したレーンを示す。
【0050】
図3の4(TRXを投与した肺組織)のレーンのバンド(A)は、TRXを示すバンドである。図3で示すように、胎児において、肺にのみTRXが確認できた。この結果より、母体に投与したTRXは、胎児の肺に影響を及ぼすことがわかる。そのため、TRXを母体に投与することにより、早産だけでなく、早産の合併症としてよく起きる胎児の肺の炎症も抑えることができるといえる。
【0051】
(試験例5)
図4は雌マウスの胎児の肺組織についてABC法による免疫染色を行った写真を示し、TRXが赤茶色に染色されている。具体的には、(a)が試験例4で用いたPBS投与後1時間の胎児の肺組織を示し、(b)が試験例4で用いたTRX投与後1時間の胎児の肺組織を示す。
また、ABC法の1次抗体にはhTRXを特異的に認識するADF−21抗体(100倍希釈)を用い、2次抗体以降にはvectastain Elite ABC Kit (mouse IgG)(vector社製)を用いた。発色にはimmpact DAB(vector社製)を用いた。
図4からも、母体にTRXを投与した場合、胎児の肺にTRXが存在することがわかる。つまり、TRXを母体に投与することにより、早産だけでなく、胎児の肺の炎症も抑えることができるといえる。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明は、早産の予防、胎児の肺の炎症の予防及び治療等に好適に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】試験例2の結果を示す図である。
【図2】実施例1と比較例1〜3の雌マウスにおける胎盤迷路部を示す写真である。
【図3】ウェスタンブロット解析の結果を示す図である。
【図4】雌マウスの胎児の肺についてABC法による免疫染色を行った際の写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チオレドキシンファミリーのポリペプチド及び/又はその誘導剤の1種以上を有効成分とし、母体に投与する、早産の予防効果及び胎内の胎児の肺に対する抗炎症効果を有する母体投与用薬剤。
【請求項2】
前記チオレドキシンファミリーのポリペプチドが配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるヒトチオレドキシンであることを特徴とする請求項1記載の母体投与用薬剤。
【請求項3】
前記チオレドキシンファミリーのポリペプチドが配列番号1のアミノ酸配列において32位と35位以外のアミノ酸の1又は数個が置換、欠失、付加、挿入されたアミノ酸配列からなるチオレドキシン改変体であることを特徴とする請求項1記載の母体投与用薬剤。
【請求項4】
液状又はゲル状であることを特徴とする請求項1乃至3いずれか記載の母体投与用薬剤。
【請求項5】
経膣投与用であることを特徴とする請求項4に記載の母体投与用薬剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−90055(P2010−90055A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−261081(P2008−261081)
【出願日】平成20年10月7日(2008.10.7)
【出願人】(502208076)レドックス・バイオサイエンス株式会社 (15)
【Fターム(参考)】