説明

気道上皮細胞を含む重層化細胞培養物

【課題】動物及びヒトから分離培養した気道上皮細胞を長期間生存させることが可能である重層化細胞培養物を提供すること。
【解決手段】気道上皮細胞群及び気管支平滑筋細胞群を含む細胞培養物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は重層化細胞培養物に関する。具体的には、本発明は、気道上皮細胞を含む細胞層と気管支平滑筋細胞を含む細胞層との重層化により得られた細胞培養物、並びに上記細胞培養物を用いて被験物質の薬効及び/又は安全性を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、化学物質が喘息の治療に効果があるか否かの評価は、タンパクアルブミンモデルのモルモットを用いて行われており、その結果をヒトに外挿して行われるのが一般的である(非特許文献1から6)。
【0003】
しかし、動物を用いる方法は、時間とコストがかかるという問題点があり、動物の症状を判断するには熟練と経験が必要である。また、動物愛護の観点から動物実験は必要最小限の範囲で行われることが望まれている。
【0004】
インビトロ評価法の確立への試みとしては、動物から分離しシャーレ上で単層培養した気道上皮細胞を用いた粘液の分泌に対する研究等がなされており、例えば、(非特許文献7及び8)等が現在までに報告されている。しかし、単にシャーレ上で単層培養した気道上皮細胞は長期間その機能を維持させたまま生存させることが困難であることから、再現性のあるデータの取得や化学物質の長期曝露の評価は不可能であり、上記のインビトロ評価法には限界がある。
【0005】
【非特許文献1】Hayashi T. et al J.Immunol. 2005 174(9) 5864-73
【非特許文献2】Broide DH. et al Curr Allergy Astma Rep 2005 5(3) 182-5
【非特許文献3】Zang Y, et al Cli Exp Allegy 2005 35(4) 531-8
【非特許文献4】Georen S, et al Acta Otolaryngol. 2005 125(4) 378-85
【非特許文献5】Reinhartdt Alc. et al Respir Res. 2005 6(1) 30
【非特許文献6】Schmiedl A, et al Exp Exicol Pathol 2005 56(4-5) 265-72)
【非特許文献7】Chem Res Toxicol 2004 17(10) 1362-7 Xie H,Holmes et al
【非特許文献8】Biochem J 2005 385 493-502 Zhao Y et al
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、動物及びヒトから分離培養した気道上皮細胞を長期間生存させることが可能である重層化細胞培養物を提供することである。さらに本発明の課題は、該重層化細胞培養物を用いて化学物質の長期曝露に対する薬効・毒性を評価可能である方法を提供し、動物を用いた安全性評価を最小限とし、気道上皮細胞としてヒトを含む動物の初代気道上皮細胞を用いヒトへの薬効及び毒性発現を高確率で予想可能な方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意研究を行い、気道上皮細胞を含む細胞層と気管支平滑筋細胞を含む細胞層との重層化細胞培養物が、単層培養した気道上皮細胞と比較して、5〜10倍程度の長期間、刺激により気道粘液を分泌する能力を維持できることを見出した。本発明はこれらの知見を基に完成されたものである。
【0008】
即ち、本発明によれば、気道上皮細胞群及び気管支平滑筋細胞群を含む細胞培養物が提供される。
好ましくは、本発明の細胞培養物は、2個以上の細胞層の重層化により得られる。
好ましくは、本発明の細胞培養物は、気道上皮細胞を含む1個以上の細胞層と、気管支平滑筋細胞を含む1個以上の細胞層とを重層化することにより得られる。
【0009】
好ましくは、2個以上の細胞層の重層化は、気道上皮細胞を含む1個以上の細胞層と、気管支平滑筋細胞を含む1個以上の細胞層とを隣接させた重層化である。
好ましくは、細胞層は、細胞培養担体を用いて培養された培養細胞層であり、かつ該細胞培養担体が、高分子含水ゲル層と、アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層とを含み、両ゲル層が隣接している多層構造の細胞培養担体である。
【0010】
好ましくは、細胞層の重層化は、高分子含水ゲル層と、アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層とを含み、両ゲル層が隣接している多層構造の細胞培養担体を含む細胞培養物を可溶化処理する工程を含む。
好ましくは、本発明の細胞培養物は、被験物質の薬効及び/又は安全性の評価のために使用される。
【0011】
本発明の別の側面によれば、本発明の細胞培養物を用いる、被験物質の薬効及び/又は安全性を評価する方法が提供される。
【0012】
本発明のさらに別の側面によれば、(1)本発明の細胞培養物を含む培地中に被検物質を添加する工程、及び(2)該被検物質の添加後の該培地中の産生物を分析する工程を含む、被験物質の薬効及び/又は安全性を評価する方法が提供される。
【0013】
本発明のさらに別の側面によれば、本発明の細胞培養物を含む、被験物質の薬効及び/又は安全性を評価するためのキットが提供される。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、気道上皮細胞の機能を長期間維持できる重層化細胞培養物が提供される。該重層化細胞培養物を用いた被験物質の薬効及び/又は安全性の評価方法は、薬剤等の物質の長期にわたる薬効及び毒性の判断に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の細胞培養物は、気道上皮細胞群及び気管支平滑筋細胞群を含む細胞培養物である。好ましくは、本発明の細胞培養物は、2個以上の細胞層の重層化により得られる。
【0016】
本明細書において、重層化細胞培養物とは2個以上の細胞層の重層化により得られる培養物をいい、2個以上の細胞層が重層化細胞培養物となったあと、実質的に1個の細胞層を形成しているものも含む。本発明において、重層化される細胞層及び重層化細胞培養物はシート状のものが好ましい。
【0017】
本発明の重層化細胞培養物は、上記細胞層として気道上皮細胞を含む細胞層を含む。気道上皮細胞を含む細胞層、及び気管支平滑筋細胞を含む細胞層は、いずれも1個以上であればよく、いずれも1個であるのが好ましい。気道上皮細胞を含む細胞層、及び気管支平滑筋細胞を含む細胞層は、互いに隣接させて重層化されているのが好ましいが、隣接させて重層化させる際には、両細胞層の間に細胞を含まない層が存在していてもよい。細胞を含まない層としては、後述の高分子含水ゲル層又は細胞接着性ゲル層などが挙げられるが、細胞接着性ゲル層が好ましい。両細胞層の間には細胞を含まない層が存在しないのがより好ましい。また、両細胞層の間には、空隙が存在していてもよいが、空隙は細胞層の面積の10%以下であることが好ましい。
【0018】
気道上皮細胞としては、気道の上皮を構成する組織の細胞であればいずれを用いてもよい。
【0019】
気管支平滑筋細胞としては、気管支の平滑筋を構成する組織の細胞であればいずれを用いてもよい。
【0020】
本発明において用いられる細胞として動物から分離培養した細胞を用いる場合は、初代培養細胞でも、株化継代細胞でもよいが、気管上皮細胞としては初代分離細胞を用いるのが好ましい。また、気道上皮細胞及び気管平滑筋細胞についてはいずれの哺乳動物の細胞でもよいが、特に、ヒト、ウシ、イヌ、ネコ、ブタ、ミニブタ、ウサギ、ハムスター、ラット、又はマウスの細胞が好ましく、ヒト、ラット、マウス、又はウシの細胞がより好ましい。重層化されるそれぞれの細胞層に含まれる細胞は、同種の生物由来細胞でも、異種の生物由来細胞でもよい。
【0021】
重層化前の個々の細胞層の作成方法は特に制限されず、また細胞層として市販の細胞層を用いてもよい。好ましくは、個々の細胞層としてはシャーレ、マイクロプレート等、及び種々の細胞培養担体のうちのいずれかを用いて培養された培養細胞層を用いる。また、重層化の際、基盤となる細胞層以外は、細胞層の脱離が可能な細胞担体上で形成されていることが好ましい。
【0022】
細胞培養担体としては、後述の細胞層の脱離が可能な細胞培養担体を含めた公知の細胞培養担体のいずれを用いてもよい。
【0023】
細胞層の脱離が可能な細胞培養担体としては、例えば特許第3261456号公報、又は特公平6−104061号公報に記載されている細胞培養担体等が挙げられ、特に制限されないが、特に好ましい例として高分子含水ゲル層及びアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層を含み両ゲル層が隣接している多層構造の細胞培養担体(以下「本細胞培養担体」ということがある)を挙げることができる。
【0024】
高分子含水ゲルとは親水性高分子を意味し、特に水には溶解しないが高分子中に水を含み系全体にわたって2次元的又は3次元的な支持構造を有する吸水性高分子をいう。本細胞培養担体においては、高分子含水ゲル層として、キレート剤等の物質を層中に拡散させることにより該層の一方の面から他方の面にキレート剤を到達させることができるものを用いる。また、本細胞培養担体においては、高分子含水ゲル層として、該層の一方の面から他方の面にアルギン酸ゲル等のアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲルは到達させないものを用いる。本細胞培養担体の作製で用いる高分子含水ゲル層は、このような層である限り特に限定されず、合成高分子であっても、天然高分子、生体高分子であってもよい。高分子含水ゲルの例としては、アクリルアミドゲル、架橋アクリル酸ゲル、寒天、ゼラチン、デキストラン、キトサン、シリカゲルなどがあげられるが、キトサンを用いることが好ましい。
【0025】
本細胞培養担体においては、「高分子含水ゲル層」は支持体であるのが好ましい。ここで、細胞培養担体において支持体であるとは、多層構造の細胞培養担体を作製する際の基盤となる層であることをいう。
【0026】
本細胞培養担体における高分子含水ゲル層の厚さは0.01μm以上5μm以下が好ましく、さらに好ましくは0.1μm以上4μm以下、更に好ましくは0.5μm以上3μm以下である。本明細書において層の厚さは、特に言及のない限り充分に乾燥した状態で計測したものを示す。本明細書においては、この層の厚さを「乾燥膜厚」ということもある。層の厚さの計測は、電子顕微鏡断面像、マイクロメータ膜厚計、エリプソメーター、角度可変XPS、光干渉式膜厚計などを用いて行うことができ、好ましくはマイクロメータ膜厚計、電子顕微鏡断面像、光干渉式膜厚計を用いて行うことができる。
【0027】
本細胞培養担体における高分子含水ゲル層は、一般的に知られている種々の高分子含水ゲル膜の作製方法を用いて作製することができる。例えば、高分子含水ゲルの溶液をキャストする方法(キャスト法)やバーコーターで塗布する方法(バーコート法)、ギャップコーターで塗布する方法(ギャップコート法)などが挙げられるが、これらのうちバーコート塗布法、ギャップコート塗布法が好ましい。
【0028】
本細胞培養担体におけるアニオン性多糖類としては、アルギン酸、デキストラン硫酸、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルデキストラン、ヒアルロン酸などが挙げられるが、アルギン酸が好ましく用いられる。
【0029】
アルギン酸は、褐藻類の細胞壁構成多糖又は細胞間充填物質として天然に存在しており、これらを原料として採取可能である。原料褐藻類の具体例としては、ヒバマタ目ダービリア科ダービリア属(例えばD.potatorum)、ヒバマタ目ヒバマタ科アスコフィラム属(例えばA.nodosum)、コンブ目コンブ科コンブ属(例えばマコンブ、ナガコンブ)、コンブ目コンブ科アラメ属(例えばアラメ)、コンブ目コンブ科カジメ属(例えばカジメ、ウロメ)、コンブ目レッソニア科レッソニア属(例えばL.flavikans)の褐藻類を例示できる。また、市販のアルギン酸を使用することもできる。アルギン酸のG/Mの比は特に限定されないが、G/Mの比が大きいほどゲル形成能が大きいので、G/Mの比は大きい方が好ましく、具体的には0.1〜1であるのが好ましく、0.2〜0.5であるのがさらに好ましい。
【0030】
「アルギン酸ゲル」とは、アルギン酸の分子中のカルボン酸基と多価金属イオンとがキレート構造を形成してゲル化したものを意味し、「アルギン酸ゲル層」とは、層状のアルギン酸ゲルを意味する。アルギン酸は、グルクロン酸(G)とマンヌロン酸(M)よりなるブロック共重合体であり、Mブロックが有するポケット構造に多価金属カチオンが侵入してエッグボックスを形成し、ゲル化すると考えられている。アルギン酸のゲル化を引き起こし得る多価金属カチオンの具体例としては、バリウム(Ba)、鉛(Pb)、銅(Cu)、ストロンチウム(Sr)、カドミウム(Cd)、カルシウム(Ca)、亜鉛(Zn)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、マグネシウム(Mg)等の金属イオンを例示でき、これらのうち特に好ましいものとして、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、バリウムイオン、ストロンチウムイオンを例示できる。また、「アルギン酸ゲル」はアルギン酸とカチオン残基を有する有機高分子化合物のポリイオンコンプレックスゲルでもよい。ここでいうカチオン残基を有する有機高分子化合物の例としては、ポリリジン、キトサン、ゼラチン、コラーゲンなどの複数のアミノ基を有する化合物が挙げられる。
【0031】
アルギン酸のゲル化は、常法に従って行なうことができる。アルギン酸のゲル化は、例えばイオン交換を利用して行なうことができる。例えば、アルギン酸ナトリウム水溶液にカルシウムイオンを添加すると速やかにイオン交換が生じ、アルギン酸カルシウムゲルが得られる。より具体的には、0.2〜5%アルギン酸ナトリウム水溶液を、高分子含水ゲル(例えば、キトサン)層上に塗布後0.01〜1.0 M 塩化カルシウム水溶液中に浸漬して塩化カルシウムをしみ込ませ、20〜30℃で3分〜3時間放置することによりアルギン酸カルシウムゲル層が得られる。このように高分子含水ゲルを用いてアルギン酸のゲル化を行なえば、高分子含水ゲル層と該高分子含水ゲル層上に形成されたアルギン酸ゲル層とを含む細胞培養担体を得ることができる。
【0032】
本細胞培養担体におけるアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層の厚さは0.01μm以上50μm以下であることが好ましく、0.1μm以上10μm以下が好ましく、0.5μm以上5μm以下であることがさらに好ましい。アルギン酸ゲル層の固形分量が少なすぎると充分な膜状の層を形成できず穴が空いてしまい、多すぎると乾燥膜でのカールや割れの発生、培養工程での変形やアルギン酸ゲル溶解工程での溶解不良といった問題が生じる。
【0033】
本細胞培養担体は、さらに細胞培養面側最表面に細胞接着性ゲル層を有していてもよい。
「細胞接着性ゲル層」とは、層状の細胞接着性を有するハイドロゲルを意味し、細胞毒性が無く、通常の培養条件で細胞が付着するゲルであれば天然、合成の化合物いずれでもよいが、好ましくは層状の細胞外マトリックス成分ゲルである。細胞外マトリックスは、一般的には「動物組織中の細胞の外側に存在する安定な生体構造物で、細胞が合成し、細胞外に分泌・蓄積した生体高分子の複雑な会合体」と定義されており(生化学辞典(第3版)p.570,東京化学同人(株))、細胞を物質的に支持する役割や細胞の活性を調節する役割(すなわち細胞外の情報を細胞に伝えその活性に変化を与える役割)等を担っている。「細胞外マトリックス成分」とは、細胞外マトリックスの構成成分を意味し、その具体例としては、コラーゲン、エラスチン、プロテオグリカン、グルコサミノグリカン(ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、デルマタン硫酸、ヘパラン硫酸、ヘパリン、ケラタン硫酸など)、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、ゼラチン等を例示でき、これらのうち特に好ましいものとして、コラーゲン、アテロコラーゲン、マトリゲル(IV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸よりなるゲル)、ヒアルロン酸、及びゼラチンを例示できる。細胞外マトリックス成分は、常法に従って得ることができる。また、市販の細胞外マトリックス成分を使用してもよい。細胞接着性成分のゲル化は、常法に従って行なうことができる。例えば、細胞接着性成分がコラーゲンである場合には、0.3〜0.5%コラーゲン水溶液を37℃で10〜20分間インキュベーションすることにより、コラーゲンゲルを得ることができる。細胞外マトリックス成分のゲル化の際には、必要に応じてゲル化剤を使用してもよい。
【0034】
本細胞培養担体における細胞接着性ゲル層の厚さは0.005μm以上5.0μm以下であり、0. 005μm以上1.0μm以下が好ましく、0. 005μm以上0.5μm以下がさらに好ましい。細胞接着性ゲル層が厚いと乾燥時に層に亀裂が発生するばかりか、細胞の転写が著しく困難になる。
【0035】
アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層上に細胞接着性ゲル層を形成させる際には、アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層と細胞接着性成分ゲル層とを別々に作製した後、両者を重ねてもよいが、アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層上に細胞接着性成分含有水溶液を添加した後、該水溶液をゲル化させるのが好ましい。細胞接着性ゲル層は脱着を行なうのに十分な物理的強度を有していないため、細胞接着性ゲル層を形成させた容器(例えばディッシュ、シャーレ等)から細胞接着性ゲル層を剥離するのは困難だからである。また、極薄層の細胞接着性ゲル層は、アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層を再簿接着性成分の溶液に浸漬すること(浸漬法)や塗布すること(塗布法)、又はキャストすること(キャスト法)で簡便に得ることができるが、本細胞培養担体の作成ではこれらのいずれの方法を用いてもよい。このうちキャスト法が好ましく用いられる。例えば、アルギン酸ゲル上にコラーゲンゲル層を形成する場合には、市販の0.3〜0.5%コラーゲン水溶液を必要により適当な濃度に希釈し、上記の方法で作成したアルギン酸カルシウムゲル上にこの溶液をキャストし、乾燥させることで、アルギン酸ゲル上にコラーゲンゲル層が形成したものが得られる。
【0036】
本細胞培養担体上に形成された培養細胞層は、アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層を可溶化処理することにより細胞シートとして剥離させることができるため、気道上皮細胞を含む細胞層、及び/又は気管支平滑筋細胞を含む細胞層として本細胞培養担体上に形成された培養細胞層を用いることにより、本発明の重層化細胞培養物の作製を容易に行うことができる。
【0037】
アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層の可溶化処理は、アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層を構成するカチオン成分を除去することにより実施でき、カチオン種が多価金属イオンの場合は、培養細胞層が形成された細胞培養担体を1)リン酸などの多価金属カチオンと錯形成するもしくは難溶性塩を形成するイオンが添加された培地に浸漬する、2)キレート剤水溶液が添加された培地に浸漬する、3)多価金属イオンが低減された培地に浸漬する、又は4)該細胞の培養培地中の多価金属イオンをキレート剤によって隠蔽する方法によって実施できる。通常、細胞培養用の培地にはリン酸イオンが多く存在する。従って、アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層の可溶化処理は、多価金属カチオン濃度が通常細胞培養に用いられる最小培地における多価金属カチオンの濃度よりも少なく、かつキレート剤を含む培地を用いて行うことが好ましい。具体的には該濃度は2.6 mM以下であることが好ましく、3μM以下がより好ましく、さらに好ましくは0.5μM以下であり、実質的に0であることが最も好ましい。また、該キレート剤の濃度は2.3 mM以上かつ26000 mM以下が好ましく、2.3 mM以上かつ2600 mM以下がさらに好ましい。上記のように多価金属カチオン濃度を低減した培地を用いることにより、キレート剤の細胞への侵襲を低減したアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層の可溶化が可能である。
【0038】
可溶化処理で用いられるキレート剤としては、例えば、エチレンジアミンジオルトヒドロキシフェニル酢酸、ジアミノプロパン四酢酸、ニトリロ三酢酸、ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸、ジヒドロキシエチルグリシン、エチレンジアミン二酢酸、エチレンジアミン二プロピオン酸、イミノ二酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、ヒドロキシエチルイミノ二酢酸、1,3-ジアミノプロパノール四酢酸、トリエチレンテトラミン六酢酸、トランスシクロヘキサンジアミン四酢酸、エチレンジアミン四酢酸(edta)、グリコールエーテルジアミン四酢酸、O,O'-ビス(2-アミノエチル)エチレングリコール-N,N,N',N'-四酢酸(egta)、エチレンジアミンテトラキスメチレンホスホン酸、ジエチレントリアミンペンタメチレンホスホン酸、ニトリロトリメチレンホスホン酸、1-ヒドロキシエチリデン-1,1-ジホスホン酸、1,1-ジホスホノエタン-2-カルボン酸、2-ホスホノブタン-1,2,4-トリカルボン酸、1-ヒドロキシ-1-ホスホノプロパン-1,3,3-トリカルボン酸、カテコール-3,5-ジスルホン酸、ピロリン酸ナトリウム、テトラポリリン酸ナトリウム、ヘキサメタリン酸ナトリウム、1-ヒドロキシプロピリデン−1,1-ジホスホン酸、1-アミノエチリデン-1,1-ジホスホン酸やこれらの塩が挙げられる。これらのうち好ましいものとしてはedta、egta、エチレンジアミンテトラホスホン酸、1-ヒドロキシエチリデン-1,1-ジホスホン酸が挙げられる。
【0039】
さらに、上記のアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層を可溶化処理する際の培地においては,カチオン性アミノ酸の濃度が、通常細胞培養に用いられる最小培地におけるカチオン性アミノ酸濃度より少ない濃度であることが好ましい。具体的には、該濃度は1.0 mM以下であることが好ましく、2μM以下がより好ましく、さらに好ましくは0.5μM以下であり、実質的に0であることが最も好ましい。カチオン性アミノ酸成分とは、L-Lysin(Lys)、L-Arginine(Arg)、L-Histidine(His)、L-Cystine(Cys)及びこれらの塩をいう。
【0040】
アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層の可溶化処理は、上記のいずれかの可溶化処理用培地に1回又は複数回浸漬することにより実施すればよい。複数回の場合は用いる可溶化処理用培地は同一でも異なってもよい。
【0041】
キレート剤を用いたアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層の可溶化処理の際、すなわち培養細胞層が形成された細胞培養担体を可溶化処理用の培地に浸漬する際には、高分子含水ゲル層側からキレート剤がしみこむように行うのが好ましい。これによって、高分子含水ゲルとアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層とを容易に分離することができ、培養された細胞層を含む細胞シートを高分子含水ゲル層から容易に剥離させることができる。アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層の可溶化処理によってアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層を完全に除去する必要はなく、可溶化されなかったアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層が残っていてもよいが、アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層はできるだけ可溶化して除去するのが好ましい。
【0042】
本細胞培養担体上に形成された培養細胞層は、上述のようにアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層を可溶化処理することにより細胞シートとして剥離させることができる。本細胞培養担体としては、その際の操作性を向上させるために、細胞接着性ゲル層と反対側の高分子含水ゲル層の面に、物理的な補強治具を設けてもよい。物理的な補強治具の材質は、細胞に影響を与えない材質であれば特に限定はないが、金属類(たとえば鉄、ステンレス、チタン、金など)、プラスチック類(たとえばポリスチレン、ポリカーボネート、ポリエチレン、ポリプロピレン、アクリルなど)、陶器などの無機材料類などであり、ステンレス、チタン、プラスチック類が好ましい。
【0043】
物理的な補強治具は、本細胞培養担体の取り扱い性を向上させることができればいかなる形状をしていてもよいが、板状であることが好ましく、厚さは0.1μm以上10mm以下であり、好ましくは1μm以上1mm以下であり、さらに好ましくは10μm以上200μm以下である。
【0044】
物理的な補強治具は、細胞観察用に本発明の細胞培養担体が見える部分があればその形状は特に限定はないが、円、多角形(三角形、四角形、六角形など)、又はその組み合わせ(扇型など)等が例として挙げられる。そのなかで、円に近い形状であることが好ましい。また、細胞観察用に本発明の細胞培養担体が見える部分は1個でも複数でもよい。また高分子含水ゲル層の補強治具を接着した面の判別を容易にするために、非対称な形状であることが好ましい。
【0045】
物理的な補強治具は、細胞培養に影響を及ぼさない限りいかなる方法で高分子ゲル膜に接着させてもよい。たとえば、高分子ゲル膜を作製した後市販の接着剤(たとえばアロンアルファ、ボンドなど)を使用して接着させる方法や高分子ゲル膜を作成する際に補強治具を未乾燥状態の高分子ゲル膜におくことで接着させてもよい。
【0046】
物理的な補強治具は、その材質にもよるが、補助治具の淵が鋭利である場合がある。この場、補助治具の鋭い淵によって高分子含水ゲルが破けるばかりでなく、取り扱う作業者にも危険を及ぼす懸念がある。したがって、鋭い淵をなくすことが好ましい。鋭い淵をなくす方法として、細胞培養に支障がない限りいかなる方法を用いてもよいが、物理的な研磨(たとえば、やすりなどで磨くなど)や化学処理(たとえば、ケミカルエッチングなど)する方法が挙げられる。本細胞培養担体において、物理的な補強治具はステンレス製の場合、ケミカルエッチングなどの化学処理を行うことが好ましい。
【0047】
本細胞培養担体上に形成された培養細胞層を細胞シートとして剥離させる際の操作性を向上させるために、細胞培養面側最表面に細胞接着性ゲル層を有する細胞培養担体においては、該細胞培養面側最表面の一部に該細胞接着性ゲル層未修飾部分、すなわち該細胞接着性ゲル層が形成されていない部分を設けてもよい。細胞接着性ゲル層未修飾部分は、高分子含水ゲル層又はアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層となる。細胞接着性ゲル層未修飾部分を設けることによって、高分子含水ゲル層と細胞接着性ゲル層を剥離する際の取り扱い性を向上させることができる。すなわち、細胞接着性ゲル層未修飾部分の高分子含水ゲル層をピンセットなどでつかむことにより細胞接着性ゲル層に触れないで高分子含水ゲル層を取り除くことができるため、細胞に悪影響が少ない。細胞接着性ゲル層未修飾部分は、本細胞培養担体における高分子含水ゲル層の隅の部分であることが好ましい。
【0048】
細胞接着性ゲル層未修飾部分を設ける方法としては細胞培養に支障がない限りいかなる方法を用いてもよいが、例えば一般的に良く知られているマスキング法が挙げられる。すなわち、高分子含水ゲル層上で細胞接着性ゲル層未修飾とする部分をあらかじめ別材料で覆い、該高分子含水ゲル層を細胞接着性ゲル成分で修飾した後、覆っていた別材料を除去することによって、細胞接着性ゲル層未修飾部分を設ける方法である。
【0049】
細胞接着性ゲル層未修飾部分を設けるために覆う別材料の材質は、細胞培養に支障がない限りいかなる材質のものを用いてもよく、例えばシリコンゴム、市販のマスキングテープやセロテープ(登録商標)、プラスチック類(例えばポリスチレン、ポリカーボネート、ポリエチレン、ポリプロピレン、アクリルなど)、金属類(例えば鉄、ステンレス、チタン、金など)などが挙げられるが、シリコンゴム、市販のマスキングテープが好ましい。
【0050】
細胞接着性ゲル層未修飾部分の形状は、細胞培養に支障がない限り特に限定はないが、円もしくは多角形(三角形、四角形、六角形)又はこれらの組み合わせ(扇型など)であることが好ましく、三角形、扇形であることが好ましい。細胞接着性ゲル層未修飾部分の大きさは、細胞培養に支障がない限り特に限定はないが、円相当で直径0.1 mm以上10 mm以下、好ましくは1 mm以上5 mm以下である。
【0051】
本細胞培養担体を作製する際、密着性を改善する目的で、カルボジイミド類を含んだ調製液を用いてもよい。カルボジイミド類及びN-ヒドロキシコハクイミドはいかなる層の調製液に添加してもよいが、アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層調製液もしくは予め高分子含水ゲルに含浸させておくこと、あるいはアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層塗布後に塩化カルシウムと共溶解した液に浸漬することが好ましい。該カルボジイミド類は水溶性のものが好ましく、例えば1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)-カルボジイミド塩酸塩などが挙げられる。該カルボジイミドを用いる場合その濃度としては0.01 mg/l以上200 g/l以下が好ましい。このときN-ヒドロキシコハクイミドを触媒として使用してもよく、濃度としては該カルボジイミドに対して1重量%以上50重量%以下が好ましい。
【0052】
本細胞培養担体においては、特に必要がない限りカルボジイミドは用いないほうがよい。
【0053】
本細胞培養担体は、いかなる方法で滅菌されてもよいが、電子線、γ線、X線、紫外線などの放射線による滅菌が好ましく用いられ、電子線、γ線、紫外線がさらに好ましく用いられ、電子線滅菌が特に好ましい。電子線滅菌の照射線量としては0.1 kGy以上65 kGy以下が好ましく、1 kGy以上40 kGy以下が特に好ましい。EOG滅菌などの化学滅菌、高圧蒸気ガス滅菌などの高熱をかける滅菌は細胞接着性層やアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層を分解するため好ましくない。このように滅菌した細胞培養担体は無菌条件下であれば長期間に渡って室温保管が可能である。
【0054】
滅菌法は単独もしくは複数種の組み合わせで実施されてもよく、同一種の滅菌法を繰り返し使用してもよい。
【0055】
本細胞培養担体を用いて、気道内皮細胞、又は気管平滑筋細胞を培養する際には、通常、細胞濃度1〜1.5万cells/mlの培養液(例えば、D-MEM培地、MEM培地、HamF12培地、HamF10培地)を細胞培養担体上に(細胞接着性ゲル層を有する場合は細胞接着性ゲル層上になるように)添加する。細胞の培養条件は、培養する細胞に従って適宜選択し得る。細胞接着性ゲル層上で細胞を培養する場合には、通常、細胞接着性ゲル層上にコンフルエントな単層の細胞層が形成されるまで行なう。
【0056】
細胞層作製のための培養は例えば次のようにして行なうことができる。細胞培養担体をシャーレ等の内部に設置し、シャーレ内に適当な培養液(例えば、D-MEM培地、MEM培地、HamF12培地、HamF10培地)を添加して5分浸漬後培地交換することを3回繰り返したのち12〜24時間放置し、培養液を細胞培養担体中に浸潤させる。シャーレ内の培養液を捨て、細胞培養担体の細胞接着性ゲル層上に細胞を播き、シャーレ内に適当な培養液(例えば、D-MEM培地、MEM培地、HamF12培地、HamF10培地)を添加する。37℃で1〜2時間放置し、細胞接着性ゲル層に保持(接着)させた後、37℃で培養を続ける。培養の際には、必要に応じて培養液を交換してもよい。通常は培養0.5〜2日ごとに培養液を交換する。
【0057】
本発明の細胞層の重層化の方法としては 細胞培養担体、コラーゲンなどが挙げられ、特に限定されない。
【0058】
細胞培養担体として高分子含水ゲル層及びアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層を含み両ゲル層が高分子含水ゲル層と隣接している多層構造の細胞培養担体が用いられている場合には、細胞層の重層化は、本細胞培養担体を用いて培養された細胞培養物を細胞培養面が向き合うように基盤となる細胞層上に荷重をかけた状態又はかけない状態で重ね、さらに培養した後、アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層を可溶化することにより行ってもよいし、本細胞培養担体を用いて培養された細胞培養物を可溶化処理して得られる細胞層を含む細胞シートを基盤となる細胞層上に重ねて同様に培養することにより行ってもよい。
【0059】
荷重をかけた状態の細胞の培養法とは、細胞が転写される細胞もしくは基材にムラが生じない程度に充分荷重がかけられていればいかなる方法でもよい。ここで、荷重をかける際に細胞が密閉されると窒息をすることから、基盤となる細胞層も一方の細胞培養基材が水透過性のゲルや親水性高分子ゲルもしくはこれらの組み合わせからなる細胞培養担体に保持されていることが好ましい。また、ムラ無く転写するには細胞面を充分に覆う状態で荷重をかける必要があるが、均一に接触することで酸素の拡散を妨害することとなるため、不織布(ナイロン、ポリエステル、ステンレスなど)等を介して酸素の拡散を妨げないで荷重することが好ましい。
【0060】
荷重をかけた細胞の培養法の荷重は0.1 g/cm2以上50 g/cm2以下であることが好ましく、0.5 g/cm2以上10 g/cm2以下であることがさらに好ましい。荷重をかけた細胞の培養の時間は充分な細胞の転写が実現できれば制限はないが4時間以上72時間以下が好ましく、6時間以上48時間以下がさらに好ましい。本発明においては、荷重をかけない状態で培養することが好ましい。
【0061】
気道上皮細胞を含む細胞層、及び気管支平滑筋細胞を含む細胞層のいずれを基盤となる細胞層としてもよい。また、両方の細胞層を高分子含水ゲル層及びアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層を含み両ゲル層が高分子含水ゲル層と隣接している多層構造の細胞培養担体上で作製し両者又は何れかの細胞培養担体のアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層を可溶化して重層化を行うこともできる。
【0062】
本発明の重層化培養物の培養は、培養器として、培養フラスコ、培養チューブ、シャーレ、マイクロプレート、インサートセルのいずれを用いて行ってもよいが、マイクロプレート、インサートセルを用いて行われるのが好ましい。培養は25℃から37℃、CO2濃度0%から6%の間で行われる。培養の際には、例えば、D-MEM培地、MEM培地、HamF12培地、HamF10培地等の培地を使用できる。
【0063】
上記した本発明の細胞培養物は、被験物質の安全性を評価するためのキットとして提供することもできる。上記キットには、本発明の細胞培養物の他に、上記した培地や培養器などを適宜含めることができる。
【0064】
本発明の重層化培養物は単層培養した気道上皮細胞と比較して、長期間気道粘液分泌能を維持できるため、本発明の重層化培養物を用いて長期にわたる気道上皮細胞の気道粘液分泌における物質の薬効及び毒性を評価することが可能である。従って、本発明の重層化培養物を用いて多様な物質の気道粘液の分泌に対する薬効及び毒性を確実に評価することがきできる。物質としては特に限定されないが、ヒトの体内に侵入する可能性のある薬物等の化学物質が挙げられる。具体的には医薬品・一般化学物質・環境汚染物質・天然物などが挙げられる。
【0065】
本発明による被験物質の薬効及び安全性評価方法は、好ましくは、(1)本発明の細胞培養物を含む培地中に被検物質を添加する工程、及び(2)該被検物質の添加後の該培地中の産生物を分析する工程を含む。ここで、培地としてはD-MEM培地、MEM培地、HamF12培地、HamF10培地等の培地を使用できる。
【0066】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
【実施例】
【0067】
〔例1〕細胞培養、細胞層の転写・重層化、及び高分子含水ゲル層の剥離
(1) 含水キトサンゲル膜の調製
ダイキトサン100D(大日精化工業株式会社製)の6gを1質量%の酢酸水溶液500gに徐々に添加して室温で7時間攪拌して溶解し、富士写真フイルム製ミクロフィルターFG-30でろ過した。
【0068】
ろ過したキトサンの酢酸水溶液を、ポリエチレンテレフタレートフイルム(縦20cm、横18cm、フイルム厚195μm)上にアプリケータで乾燥膜厚が4μmとなるように塗布し、37℃にて一晩乾燥させた。得られた膜を、1.9質量%の水酸化ナトリウムのメタノール溶液浴に30分間浸漬し、引き続きPBS(Dulbecco's Phosphate buffered Saline)溶液浴に30分間浸漬した。その後、蒸留水浴に30分浸漬してキトサンゲル膜を得た。こうして得たキトサンゲル膜を室温で1晩乾燥後、ビニール袋に入れ保存した。
【0069】
(2)含水キトサンゲル/アルギン酸カルシウム積層膜の調製
上記(1)で得られたキトサンゲル膜上に、2質量%の株式会社キミカ製キミカアルギンB-1水溶液をウェット塗布膜厚300μmとなるように塗布した。この塗布物を濃度0.3mol/Lの塩化カルシウムを含む水溶液浴に30間浸漬したのち、蒸留水浴に30分間浸漬を2回繰り返し、含水キトサンゲル/アルギン酸カルシウム積層ゲル膜を得た。アルギン酸ゲル層乾膜の厚さは膜厚計から計測すると6μmであった。
【0070】
(3)含水キトサンゲル/アルギン酸カルシウム積層/コラーゲン積層膜の調製
上記(2)で得られた乾燥させていない含水キトサンゲル/アルギン酸カルシウム積層ゲル膜上にシリコンゴムとアルミ金属製(内径縦12cm、横7cm、厚み5mm)の枠を置いた。Cellmatrix I-P(新田ゼラチン社製)8 mlに10倍濃縮されたHam's F-12培地1 mlを添加して,氷冷下で1分間スターラー混合した後、さらに混合物に、氷冷下で緩衝液(NaHCO3 2.2 g又は4.7 gを0.05N NaOH水溶液100 mlに溶解したもの)1 mlを添加して泡立てないように混合した溶液を枠内に6.5 mlキャストした。これを30℃で一晩乾燥した後、蒸留水で洗浄後再度乾燥させて含水キトサンゲル/アルギン酸カルシウム積層/コラーゲン層修飾膜を得た。
【0071】
(4)上記(3)で得られた含水キトサンゲル/アルギン酸カルシウム積層/コラーゲン層修飾膜を90分間UV滅菌を行い、細胞培養担体として用いて、細胞の培養を行った。
(a)使用細胞
BAE(ウシ大動脈血管内皮細胞)
(b)使用培地
Eagle最小培地、10%牛胎児血清
(c)前処理
上記で滅菌した含水キトサンゲル/アルギン酸カルシウム積層/コラーゲン層修飾膜を細胞接着性層を上向にPET製支持体上に置き、この支持体ごとポリスチレン製細胞培養用シャーレの底面に置いた。培地を添加して5分浸漬後培地交換することを3回繰り返した。
【0072】
(d)細胞の播種
予め培養しておいた細胞をトリプシン処理で回収し、細胞濃度を40000cell/mlに調製した。セル及びシャーレ内の培地を捨てた後、この細胞液を細胞数7000cell/cm2となるようにシャーレ内に播種し培地を添加した。
(e)培養
CO2インキュベーターを用いて37℃で3日間培養した。
(f)結果
本発明の含水キトサンゲル/アルギン酸カルシウム積層/コラーゲン積層膜をPET製の支持体に置いてポリスチレン製細胞培養用シャーレの底面に置いたものは、良好な透明性を有し、培養中の細胞の生育状態が詳細に観察でき、細胞接着性や毒性に問題がなく、ポリスチレン製細胞培養用シャーレのみのサンプルとほぼ同様の状態となった。
【0073】
また、細胞の種類をHEPG2(ヒト肝癌由来細胞)やCHL(チャイニーズハムスター肺由来細胞)に変更しても同様の結果が得られた。
【0074】
(5)細胞層の転写・重層化、及び含水キトサン層の剥離
上記(4)でPET上に置いた含水キトサンゲル/アルギン酸カルシウム積層/コラーゲン層修飾膜を、PET支持体から取り外し、あらかじめポリスチレン製細胞培養用シャーレ上で培養していた同種又は別種の細胞上に、細胞面が接触するように置いて細胞層を重層化し、培地を加えCO2インキュベーターにて24時間培養した。
【0075】
経時後、培地を可溶化処理用培地(Eagle最小培地に、Eagle最小培地中に存在するカルシウムイオン、マグネシウムイオンの総モル数に対して275モル%の1-ヒドロキシエチリデン-1,1-ジホスホン酸を添加した培地)に入れ替えCO2インキュベーターにて37℃で20分間浸漬した後、可溶化処理用培地を取り除き、含水キトサンゲル/アルギン酸カルシウム積層/コラーゲン層修飾膜から含水キトサンゲルのみをピンセットで摘んで取り去り、重層培養物を作成した。
【0076】
〔例2〕培養細胞層の作製
正常ヒト気管支平滑筋細胞(三光純薬社製 No.CC-2576)を12穴マイクロプレート(FALCON社製、No.3505)に50000個/well播種した。同じく12穴マイクロプレートの底面に〔例1〕で示した様に、PET上に置いた含水キトサンゲル/アルギン酸カルシウム積層/コラーゲン層修飾膜細胞培養担体を敷き、正常ヒト気道上皮細胞(三光純薬社製 No.cc-2540)を40000個/well播種した。両者を37℃、5%CO2条件下にて48時間培養して(培地は共に10%FBS イーグルMEM培地 GIBCO社製を使用)、〔例1〕の方法に従い、気管支平滑筋細胞層(下層)と気道上皮細胞層(上層)の細胞重層培養物を作製した。
【0077】
〔例3〕気道上皮細胞層(単層)の作成
正常ヒト気道上皮細胞(三光純薬社製No.cc-2540)を12穴マイクロプレート(FALCON社製 No.3505)に5000個/well播種した。72時間37℃5%CO2条件下で培養し、気道上皮細胞の単層培養物を作成した。
【0078】
〔例4〕重層化細胞培養物における気道粘液の分泌
生化学実験講座第2巻 朝倉書店 P123に記載の方法に従い、気道粘液の分泌量を経時測定した。結果を図1に示す。図1から分かるように、重層化細胞培養物に含まれる気道上皮細胞はヒスタミンやロイコトリエンを添加すると40日間粘液の分泌を維持した。それに対し、単層培養した気道上皮細胞ではヒスタミンやロイコトリエンを添加しても7日間で気道粘液の分泌は認められなくなった。
【0079】
〔例5〕重層化細胞培養物における気道粘液の分泌抑制作用の検討
〔例3〕で作成した正常ヒト気道上皮細胞単層培養物と、〔例2〕で作成した正常ヒト気道上皮細胞・正常ヒト気管支平滑筋細胞重層培養物において、それぞれ培養2日目と4日目に抗ヒスタミン薬であるプロピオン酸フルチカゾン(ファイザー社製)2μg/mlを添加し、添加1時間後に培地交換を行った。その結果、単層系では粘液の分泌作用が消滅したのに対し、重層培養物では粘液分泌作用が復活する結果を得た(図2)。投薬を中止するとすぐ喘息の症状が再発するヒトでの現象は、重層培養物でのみ再現することを確認した。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】図1は、正常ヒト気道上皮細胞・正常ヒト気管支平滑筋細胞の重層化細胞培養物における気道粘液の分泌を測定した結果を示す。
【図2】図2は、正常ヒト気道上皮細胞の単層培養物と、正常ヒト気道上皮細胞・正常ヒト気管支平滑筋細胞の重層培養物において気道粘液の分泌抑制作用を検討した結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
気道上皮細胞群及び気管支平滑筋細胞群を含む細胞培養物。
【請求項2】
2個以上の細胞層の重層化により得られる、請求項1に記載の細胞培養物。
【請求項3】
気道上皮細胞を含む1個以上の細胞層と、気管支平滑筋細胞を含む1個以上の細胞層とを重層化することにより得られる、請求項2に記載の細胞培養物。
【請求項4】
2個以上の細胞層の重層化が、気道上皮細胞を含む1個以上の細胞層と、気管支平滑筋細胞を含む1個以上の細胞層とを隣接させた重層化である、請求項2に記載の細胞培養物。
【請求項5】
細胞層が、細胞培養担体を用いて培養された培養細胞層であり、かつ該細胞培養担体が、高分子含水ゲル層と、アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層とを含み、両ゲル層が隣接している多層構造の細胞培養担体である、請求項2から4の何れかに記載の細胞培養物。
【請求項6】
細胞層の重層化が、高分子含水ゲル層と、アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層とを含み、両ゲル層が隣接している多層構造の細胞培養担体を含む細胞培養物を可溶化処理する工程を含む、請求項5に記載の細胞培養物。
【請求項7】
被験物質の薬効及び/又は安全性の評価のために使用される、請求項1から8の何れかに記載の細胞培養物。
【請求項8】
請求項1から9の何れかに記載の細胞培養物を用いる、被験物質の薬効及び/又は安全性を評価する方法。
【請求項9】
(1)請求項1から7の何れかに記載の細胞培養物を含む培地中に被検物質を添加する工程、及び(2)該被検物質の添加後の該培地中の産生物を分析する工程を含む、被験物質の薬効及び/又は安全性を評価する方法。
【請求項10】
請求項1から7の何れかに記載の細胞培養物を含む、被験物質の薬効及び/又は安全性を評価するためのキット。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2007−166910(P2007−166910A)
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−364460(P2005−364460)
【出願日】平成17年12月19日(2005.12.19)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】