説明

水溶性切削液

【課題】カーボン微粒子を含有する水溶性切削液において、エマルションタイプ(JIS K2241切削油剤;A1種)と同等の切削加工性(機械加工性)を維持しながら、被切削材および工作機械における実用的な耐腐食性が達成できる水溶性切削液を提供すること。
【解決手段】切削加工等の機械加工用の水溶性切削液。0.05〜10.0wt%のカーボン微粒子を分散含有し、腐食抑制剤(インヒビター)が添加されてpH:8.0〜10.5に調節されている。前記腐食抑制剤として、アミノアルコール(但し、炭素数:1〜5)および脂肪族カルボン酸(但し、C:4〜16)を含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶性切削液に関し、更に詳しくは、防食性(防錆性)を付与したカーボン微粒子を含有する水溶性切削液に係るものである。
【0002】
本発明の切削液は、切削加工用ばかりでなく研削加工用のものも含む。
【0003】
以下の説明で配合率を示す「%」は、特に断らない限り、「質量%」である。
【背景技術】
【0004】
水溶性切削液としては、エマルションタイプ(JIS K2241切削油剤:A1種)、ソルブルタイプ(JIS K2241切削油剤:A2種)、ソリューションタイプ(JIS K2241切削油剤:A3種)の3種類がある。
【0005】
このうち、難加工向けには、油成分(硫黄系極圧剤、リン系極圧剤、鉱物油、合成油等)を界面活性剤で分散させたエマルションタイプ(A1種)、ソルブルタイプ(A2種)が使用される。
【0006】
これらのタイプの切削液は、油成分を潤滑主成分としているため液安定性に問題点がある。このため、切削液が不安定な状態で液表面に油分が浮遊してくると、液の腐敗が発生し易くなる。
【0007】
また、油成分を実質的に含有していないソリューションタイプは、液安定性に優れ、腐敗しにくい半面、難加工に対しては潤滑不足で加工範囲に制約が発生する。
【0008】
従来技術として、カーボン分散液のみで切削加工を実施した事例がある(本発明者らが知る限り、直接的に記載した先行技術文献は存在しない。)。カーボン分散液で切削加工すると、現用エマルションョンタイプと同等の切削加工性を得られるが、被切削材及び工作機械における腐食(錆)発生のため使用されていないのが現状であると見聞している。
【0009】
なお、本発明の特許性に影響を与えるものではないが、カーボン微粒子(ナノカーボン)を含有した水溶性切削液を使用した、下記構成の鉄系被削材の切削方法が特許文献1で提案されている(特許文献1特許請求の範囲等)。
【0010】
「ナノカーボンを含有した水溶性切削液を電解させ、電解した水溶性切削液を、ダイヤモンド切削工具と鉄系被削材との切削点に供給しながら、ダイヤモンド切削工具により鉄系被削材を切削することを特徴とする。」
【0011】
特許文献1に記載された水溶性切削液の作用は下記の如くである旨記載されている(段落0029参照)。
【0012】
カーボン微粒子(ナノカーボン)が切削工具の切刃表面に付着して形成されたカーボンの被覆層が、固体潤滑剤として機能することにより切刃表面の表面摩擦係数を下げて、切りくずの切削工具への付着を防止するとともに、切刃保護層としても機能して、切削工具の摩耗を防止する。この炭素微粒子の作用は、本発明における作用と同様であると考えられる。
【0013】
しかし、特許文献1に記載された水溶性切削液は、後述の本発明の目的である被切削体(被削材)の防錆を意図したものではない。特許文献1段落0030には下記内容の記載がある。
【0014】
「腐食作用を有する化合物を有する切削液を電解して切削点に供給することにより、表面の結晶構造を脆くして、切削性能を向上させるものである。」
【0015】
なお、特許文献1の実施例で「ナノカーボンを含有した水溶性切削液」として使用されている「Aqua-Black 162」(登録商標)は、「ナノカーボン濃度20wt%、pH7」とされている(段落0035)。
【0016】
そして、東海カーボン株式会社のホームページ「親水性カーボンブラックAqua-Black 162および001特性一覧表」によれば、ナノカーボンの分散性を確保するために、カルボキシル基(官能基)が導入されており、各カルボキシル基の水素がアルカリ金属置換されている。「Aqua-Black」(商標)は、インクとしての使用を想定しており、酸性では使用できないためと考えられる。このため、アルカリ金属置換される前の「Aqua-Black」(親水性カーボンブラック;カーボン分散液)は、pH:2〜3であったと推定される。pH:2〜3の当該カーボン分散液を切削液として使用していたため、被削材および工作機械における腐食・錆発生の問題がより発生し易かったと推定される。
【0017】
また、ソリューションタイプである水溶性切削液(A3種)では、JIS K2241で規定されている如く、1号(鋼板)ではpH8.5〜10.5、2号(アルミニウム板および銅板)ではpH8.0〜10.5と規定されている。
【0018】
なお、本発明の特許性に影響を与えるものではないが、本発明に使用可能な酸化処理されたカーボン微粒子を記載した文献として特許文献2〜3等が存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【特許文献1】特開2010−64184号公報
【特許文献2】特許第2736243号公報
【特許文献3】特許第3039906号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明は、上記にかんがみて、カーボン微粒子を含有する水溶性切削液において、エマルションタイプ(JIS K2241切削油剤;A1種)と同等の切削加工性(機械加工性)を維持しながら、被切削材および工作機械における実用的な耐腐食性が達成できる水溶性切削液を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明者らは、上記課題を解決するために、機械加工性(切削・研削)を阻害せずに、かつ、pHをJIS K2241に規定するpH8.0以上に調整可能な各種腐食抑制剤(インヒビター)の組合わせを種々検討した結果、下記構成の水溶性切削液に想到した。
【0022】
酸化処理されたカーボン微粒子0.05〜6.0wt%を分散含有し、腐食抑制剤(インヒビター)が添加されてなる水溶性切削液であって、
前記腐食抑制剤として、アミノアルコール(但し、C:1〜5)および脂肪族カルボン酸(但し、C:4〜16)を含有して、pH:8.0〜10.5に調節されてなる、ことを特徴とする。
【0023】
酸化処理されたカーボン微粒子は、通常、カーボン分散液(自己分散型カーボンブラック)の形態で配合する。
【0024】
カーボン微粒子の酸化処理としては、特許文献2段落0021に記載されている如く、下記のような手段により可能であるが、炭素陽極の電解酸化処理が望ましい。
【0025】
(1)酸化剤による化学的酸化、(2)オゾンによる酸化、(3)放電酸化又はプラズマ放電酸化、(4)電子ビーム照射による酸化。
【0026】
電解酸化の概要は下記のごとくである(特許文献2段落0022から引用)。
「塩化リチウムのような少量の塩を含んだ電解液、成形し焼結した炭素粒子から精製したアノード(陽極)とプラチナカソード(陰極)である。電極間の電圧は電解液にとって十分に高い電圧とした。電気分解がすすむにつれ、炭素粒子は懸濁する。溶液のpH値が2.5に減少するまで電気分解は続ける。炭素粒子は溶液中で何ら他の分散剤なしに懸濁する。炭素粒子の沈降は調整の10日後でも見られない。」
【0027】
また、前述の「Aqua-Black」等および均等のカーボン分散液も使用可能である。このカーボン分散液のカーボン微粒子濃度は、0.1〜10.0%、望ましくは、0.5〜5%とする。また、カーボン分散液のpHは、pH7.0〜8.0に限らず、表面官能基(カルボキシル基)の末端水素が1価イオンで置換されていないpH2.0〜3.0のものも使用可能である。さらには、カーボン分散液を、一旦、乾燥させてカーボン微粒子とし、再度、他の成分とともに、水分散させてもよい。
【0028】
上記電解酸化カーボンからなるカーボン分散液は、他のカーボン分散液(例えば、「Aqua-Black」)に比して、分散安定性および潤滑性に優れており望ましい。
【0029】
ちなみに、電解酸化カーボンで調製したカーボン微粒子の粒径は、二軸平均径:300〜1000nmである。
【0030】
カーボン分散液の配合比率は、通常、40〜70%、望ましくは45〜55%とする。切削液(原液)組成でカーボン微粒子0.04〜7.0%、望ましくは0.1〜5.0%、さらに望ましくは0.1〜2.0%となる量とする。
【0031】
アミノアルコールと脂肪族カルボン酸と併用することにより、アミノアルコールがカルボン酸と反応して、酸アミドが生成する。この結果、防錆(防食)性を向上できることは勿論、カーボン分散性を維持しながら、pHを8以上に調整可能となる。
【0032】
上記アミノアルコールとしては、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、モノイソプロパノールアミン、ジイソプロパノールアミン、トリイソプロパノールアミン等、第1・2・3級アミンタイプのものを好適に使用できる。これらのうちで、第1級タイプと第2級タイプを併用することが、pH調整が容易となり望ましい。
【0033】
上記アミノアルコールの配合量は、第1級タイプ:1〜8%、第2級タイプ:4〜16%、第1級タイプ/第2級タイプ=1/5〜1/2とする。
【0034】
上記脂肪族カルボン酸(但し、C:4〜16)としては、モノカルボン酸でもよいが、ジカルボン酸が、モノカルボン酸に比して溶解度が高く、キレート作用も期待でき、防錆性にも優れており望ましい。
【0035】
ジカルボン酸としては、ヘキサン二酸(C6)、ヘプタン二酸(C7)、オクタン二酸(C8)、ノナン二酸(C9)、デカン二酸(C10)、ドデカン二酸(C12)等を好適に使用できる。
【0036】
このジカルボン酸の配合量は、2〜15%、望ましくは8〜12%とする。
【0037】
さらに、希釈使用時の切削液の表面張力の調整剤として、液状多価アルコールを配合させることが望ましい。液状多価アルコールは、非鉄金属に対する腐食防止性を増大させる腐食抑制剤としての作用も奏する。
【0038】
上記液状多価アルコールとしては、グリセリン、ジグセリン、エチレングリコール、ジエチレングリコール、液状ポリエチレングリコール(液状PEG)、プロピレングリコール、ジプロピレングリコールおよび液状ポリプロピレングリコール(液状PPG)等を好適に使用できる。これらの内で、液状PPG、液状PEG等は、各種分子量・粘度のものが上市されており、好適に使用できる。なお、液状多価アルコールの一部を界面活性剤に置換してもよい。界面活性剤としては、アニオン系、カチオン系、ノニオン系を問わない。
【0039】
上記液状多価アルコールは、その配合量は、5〜15%、望ましくは7〜13%とする。
【0040】
また、腐食抑制剤として、通常、鉄系防食剤(防錆剤)として慣用されている、ベンゼン環縮合系のトリアゾール化合物を含有させることで、銅系金属腐食防止作用も付加できる。特に、後述の試験例で示す如く、ベンゾトリアゾールとトリルトリアゾールとを併用することにより、ベンゾトリアゾール単独に比して、銅系金属の防食性ばかりでなく、アルミ系金属の防食性が向上するとともに、エンドミル加工性も向上することを確認している。
【0041】
更に、防錆性向上のための腐食抑制剤として、珪酸塩、リン酸塩、ホウ酸塩、モリブデン酸塩等の非酸化性無機塩を添加してもよい。それらの配合量は、0.1〜2%とする。
【0042】
更に、通常、水溶性切削液に使用されている、汎用の防腐剤(防カビ剤)を含有させる。この防腐剤の配合量は、0.01〜0.1%とする。
【0043】
上記各成分の組成は、纏めると下記の如くになる。
・カーボン分散液 40〜70%
・脂肪族カルボン酸(但し、C:4〜16) 2〜15%
・アミノアルコール(但し、C:1〜5) 5〜20%
・液状多価アルコール 5〜15%
・ベンゼン環縮合系のトリアゾール化合物 0.5〜5%
・非酸化性無機塩 0.1〜2%
・水その他 残部
【0044】
そして、本発明の水溶性切削液(原液)は、通常、10〜20倍に希釈して、慣用法により機械加工(切削・研削)における潤滑剤乃至冷却剤として使用する。
【実施例】
【0045】
以下、本発明を、実施例・比較例に基づいて、更に、詳細に説明する。
【0046】
1)カーボン分散液:
実施例の電解カーボン分散液は、特許文献2の実施例1で調製したものを、カーボン分散量(濃度):0.2%に希釈したものを使用した。なお、電解カーボン粒子形態は、顕微鏡で観察したところ、扁平状、粒径指数:二軸平均500nmであった。
【0047】
特許文献2の段落0053から分散液(懸濁液)の調製方法を次に引用する。
「水(pH:7)を電解液にして、ステンレスのメッシュ板を折り曲げて作った直径100mmの円筒状の陰極の中に、直径20mm、長さ100mmの黒鉛の棒を陽極にしていれ、直流電流3Aを24時間流してコロイド状の炭素懸濁液を作った。この炭素懸濁液は10日間放置しても粉末の沈降は無く、炭素粉末が炭素コロイドとして分散していた。懸濁液中の炭素粉末の濃度は3.1wt%であった。電解液のpHは2.5に変化した。」
【0048】
2)切削液の調製:
実施例組成は、表1に示す処方で、カーボン分散液と、その他成分の水系分散液とを質量比1:1で、常温で攪拌して調製した。
【0049】
【表1】

【0050】
3)耐腐食性(防錆性・防食性)試験:
JIS K2234 8.6に準拠した金属腐食試験条件で各種金属を評価した。
【0051】
試験温度88℃、試験時間1000時間後の錆、腐食の状態で判定した。
【0052】
4)機械加工性試験:
各実施例・比較例の切削液を10倍希釈して、下記各条件の機械加工に適用して、切削加工性(潤滑性能・冷却性能等)を総合評価した。
【0053】
・ドリル加工・・・加工材:ADC12、切削速度:250m/min、送り量:0.1mm/rev
・エンドミル加工・・・加工材:SCM−420H、切削速度:70m/min、回転数:530min-1
【0054】
<実施例の試験結果>
実施例の試験結果を表2に示す。
【0055】
【表2】

【0056】
PEG系を添加した実施例2・3について、鋼、鋳鉄で若干錆の発生が認められた。PPG系を添加した実施例4・5及び段落0053に示されている実施例1に関しては、鋼、鋳鉄の耐腐食性(防食性)に優れた結果が得られた。
【0057】
銅系・アルミニウム系に関しては、全組成共に良好で有るが、特にベンゾトリアゾールとトリルトリアゾールの組み合わせた実施例2・4が効果的な結果が得られた。
【0058】
実施例1と、比較例1の評価結果より、カーボン分散液の潤滑性が確認された。
【0059】
実施例1〜6および比較例1の結果から、高分子ポリマー添加による相乗効果も確認された。
【0060】
多価アルコールおよび非酸化性無機塩(珪酸ソーダ)を不使用の場合は、非鉄耐腐食性が低下するとともに、リーマ加工、エンドミル加工において若干低下する。その理由は、表面張力が大きくなるためと考えられる。
【0061】
PEG添加の実施例2、3は、耐腐食性(防食性)が若干低下する傾向があり多価アルコールとしては、PPGが有効と考えられる。
【0062】
実施例1・4・5を用いてソリューション(合成系)、ソルブルタイプ(合成系)の水溶性切削液を設計することにより、被切削材・機械に対する耐腐食性、切削液の耐腐敗、切削加工性の向上が見込める。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化処理されたカーボン微粒子0.04〜7.0wt%を分散含有し、腐食抑制剤(インヒビター)が添加されてなる水溶性切削液であって、
前記腐食抑制剤として、アミノアルコール(但し、C:1〜5)および脂肪族カルボン酸(但し、C:4〜16)を含有して、pH:8.0〜10.5に調節されてなる、
ことを特徴とする水溶性切削液。
【請求項2】
前記脂肪族カルボン酸(但し、C:4〜16)がジカルボン酸であることを特徴とする請求項1記載の水溶性切削液。
【請求項3】
さらに、液状多価アルコールが添加されてなることを特徴とする請求項1又は2記載の水溶性切削液。
【請求項4】
前記腐食抑制剤として、さらに、ベンゼン環縮合系のトリアゾール化合物を含有することを特徴とする請求項1、2又は3記載の水溶性切削液。
【請求項5】
前記ベンゼン環縮合系のトリアゾール化合物が、ベンゾトリアゾール及び/又はトリルトリアゾールであることを特徴とする請求項4記載の水溶性切削液。
【請求項6】
前記pHが9.5〜10.5であることを特徴とする請求項1〜5いずれか一記載の水溶性切削液。
【請求項7】
さらに、防腐剤を含有することを特徴とする請求項1〜6いずれか一記載の水溶性切削液。
【請求項8】
前記カーボン微粒子が、電解酸化粉末であることを特徴とする請求項1〜7いずれか一記載の水溶性切削液。
【請求項9】
下記組成であることを特徴とする請求項4記載の水溶性切削液。
・カーボン分散液 40〜70質量%
・脂肪族カルボン酸(但し、C:4〜16) 2〜15質量%
・アミノアルコール(但し、C:1〜5) 5〜20質量%
・液状多価アルコール 5〜15質量%
・ベンゼン環縮合系のトリアゾール化合物 0.5〜5質量%
・非酸化性無機塩 0.1〜2質量%
・水その他 残部


【公開番号】特開2012−76200(P2012−76200A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−225933(P2010−225933)
【出願日】平成22年10月5日(2010.10.5)
【出願人】(510265494)
【Fターム(参考)】