説明

水生生物付着防止用部材及びその製造方法

【課題】微生物皮膜や大型生物の付着が防止できる水生生物付着防止用部材を提供する。
【解決手段】ポリマーと、ポリマー内に分散して固定された金属ヨウ化物の微粒子とを、少なくとも表面に備える水生生物付着防止用部材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船舶や湾岸構造物、漁網、冷却用配管、配水管等の接水面に付着する水生生物の付着を防止するために好適な部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
海水や淡水中には多くの生物が存在し、水中構造物表面に付着して様々な問題を引き起こしている。例えば、船舶では生物付着による推進抵抗の増大や、火力発電所で用いられている冷却用配管では、熱交換効率の低下や、冷却用配管内面に付着して増殖した大型生物の脱離による冷却管の閉塞などを招く。さらに、定置網や養殖用生け簀では、海水の交流阻害や、網成りの変形、養殖生産物に対する病気の発生や成長阻害などを生じるため、これらの問題を防ぐため、抗生物質や殺菌剤等の投入による養殖生産物の食品としての安全性の低下、等の問題がある。
【0003】
一般に接水面に水生生物が付着する機構は次の通りである。まず、付着性のグラム陰性菌が表面に吸着して糖質に由来するスライム状物質を多量に分泌する。さらに、グラム陰性菌は、このスライム層に集まって増殖し、微生物皮膜を形成する。そして、この微生物皮膜層上に大型生物である藻類、貝類、フジツボ等の幼生が付着し、付着した大型生物の幼生が成長し、最終的に接水面を覆い尽くす。
【0004】
こうした船体や漁網などの水中構造物や配水管内面などの接水面に付着した水生生物の付着防止手段としては、TBTやTPTなどの有機錫系化合物を含有した塗料で船舶や漁網に塗膜を形成し、塗膜から溶出させた有機錫系化合物を溶出により付着防止する方法や、海水中に次亜塩素酸塩等の殺菌性を有する物質を添加して生物を殺菌させる方法が一般に行われていた。しかしながら、これらの有機錫系化合物は、1986年にGibbsとBryanらにより生態系に大きな影響を及ぼすことが報告されて以来、その使用が世界規模で規制され、最近では、有機錫系化合物の代替えとして非有機錫系の防汚剤が用いられている。
【0005】
しかしながら、非有機錫系防汚剤では、付着防止効果の維持時間が短いため、塗料の塗り替え作業に要する労力が大幅に増大し、コストアップにつながる等の問題がある。さらに、次亜塩素酸塩などの殺菌性を有する物質を使用すると、水中の有機物等と反応し、トリハロメタン等の発がん性を有する有害物質を発生するため、海洋の汚染や有用な水生生物への影響が懸念され、新たな水生生物の付着防止用部材が望まれている。
【0006】
かかる水生生物の付着防止材料としては、船体や漁網などの水中構造物表面に水生生物の付着を抑制する塗料(例えば、特許文献1参照。)、或いは表面に物理的なミクロ構造を形成する塗料(例えば、特許文献2参照。)、光触媒微粒子を含んだ繊維(例えば、特許文献3参照。)などが提案されている。さらに、電極を利用して海水を電気分解し、発生する塩素を利用する方法(例えば、特許文献4参照。)や、塩素が発生しにくい電極を利用する方法(例えば、特許文献5参照。)なども挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平05−065434号公報
【特許文献2】特開2006−193672号公報
【特許文献3】特開2002−136246号公報
【特許文献4】特開平07−268252号公報
【特許文献5】特開2003−013264号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記の水生生物の付着を防止する塗料や電極を用いる方法では、以下のような様々な問題がある。例えば、特許文献1や特許文献2では塗膜表面の化学的な特性や表面のミクロ構造を制御することで水生生物の付着を防止する方法であるが、これらの塗料を船体や漁網表面に被覆しても、作業環境や塗工条件によっては化学的な特性やミクロ構造の再現性が乏しく、付着防止効果が安定に再現よく発現しない。
【0009】
また、特許文献3では、光触媒微粒子を繊維に練りこみ、光触媒効果により繊維表面に付着した細菌を殺菌し、微生物皮膜の形成を抑制して大型生物の付着を防止する繊維材料が提案されているが、水中では紫外線が吸収されてしまうため、十分な殺菌効果が発現できないこと、さらに、水中に存在するシリカや酸化鉄、酸化マグネシウムなどのコロイド状の微粒子が酸化チタン微粒子表面に吸着して光触媒活性が著しく低下し、長期間の殺菌ができなくなるなどの問題がある。さらに、特許文献4の電極を利用して海水を電気分解し、発生する塩素を利用する方法や、特許文献5の塩素が発生しにくい電極を用いる方法では、直流電源や対極が必要であり、また、給電用の配線も必要となることから設備的に煩雑となり、さらに、電力が供給できない沖合では使用できないなどの問題があった。
【0010】
本発明は、上述した従来技術の問題を解決し、船舶や湾岸構造物、漁網、冷却用配管、配水管等の接水面に付着する水生生物の付着を防止するために好適な部材及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、ポリヨウ素イオンをポリマー内に調整してポリヨウ素コンプレックスを形成し、該ポリヨウ素コンプレックスから分離したヨウ素イオンと金属イオンとを反応させて、ポリマーの表面から内部にかけてヨウ素化合物の微粒子を拡散して分散させることにより、金属ヨウ化物からなる微粒子をポリマー表面から内部にかけて分散させることで、これらの金属ヨウ化物(例えばヨウ化銅やヨウ化銀)が、微生物皮膜を形成するグラム陰性菌であるPseudomonas aeruginosaやVibrio alginolyticusと効率良く接触して、優れた殺菌性を示すこと、さらに、実海洋での大型生物の付着防止効果についての実証試験により、優れた水生生物付着防止効果があることを見出し、新たな水生生物付着防止用部材を創出した。
【0012】
すなわち、第1の発明は、ポリマー内部に金属ヨウ化物の微粒子が分散して固定されたポリマー層を、少なくとも表面に備える水生生物付着防止用部材を提供するものである。
【0013】
また、第2の発明は、金属ヨウ化物が、金、銀、銅、スズ、鉛、白金、パラジウム、亜鉛、アルミニウム、及び、鉄のいずれかから選択される少なくとも1種または2種以上の金属のヨウ化物である水生生物付着防止用部材を提供するものである。
【0014】
さらに、第3の発明は、織物、編物、不織布、フィルム、シート、及び、粉末状のいずれかから選択される少なくとも1種の形態である水生生物付着防止用部材を提供するものである。
【0015】
さらにまた、第4の発明は、上記第1から第3の発明の水生生物付着防止用部材からなる生け簀を提供するものである。
【0016】
さらにまた、第5の発明は、上記第1から第3の発明の水生生物付着防止用部材からなる漁網を提供するものである。
【0017】
さらにまた、第6の発明は、上記第1から第3の発明の水生生物付着防止用部材からなるフィルターを提供するものである。
【0018】
さらにまた、第7の発明は、少なくとも表面がポリマーからなる部材を、ヨウ素を含む水溶液に浸漬して、ポリマーの内部にヨウ素を含浸してポリヨウ素コンプレックスを調整する工程と、金属イオンを含む水溶液にポリヨウ素コンプレックスを調整した少なくとも表面がポリマーからなる部材を浸漬して、ポリマー内のヨウ素イオンと金属イオンとを反応させて、金属ヨウ化物の微粒子を析出する工程とからなる水生生物付着防止用部材の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、水生生物付着防止用部材は、金属ヨウ化物からなる微粒子が、ポリマー表面に固着され、且つ、一部はポリマー表面から内部に向かって拡散して分散していることから、耐久性に優れた水生生物付着を抑制する部材を提供することが可能となる。また、金属ヨウ化物が部材の表面に配置され、微量にて効率良くグラム陰性菌であるPseudomonas aeruginosaやVibrio alginolyticusなどと接触するので、これらの細菌を不活性化してそれらの増殖を抑制し、微生物皮膜の形成を阻止することから、長期間生物汚損を防止できる繊維やフィルム、布などからなる水生生物付着防止用部材を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施形態の水生生物付着防止用部材の模式図である。
【図2】第1回フィールド試験の結果を示す図である。
【図3】汚損生物の付着を示す写真である。
【図4】第2回フィールド試験の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に本発明の実施形態についてさらに詳述する。
【0022】
図1は、本実施形態の水生生物付着防止用部材を示す模式図である。図に示すように、本実施形態の水生生物付着防止用部材1は、その外周部に、ポリマー内部に金属ヨウ化物の微粒子が分散して固定されたポリマー層2が形成されることにより構成される。なお、図1では、本実施形態の水生生物付着防止用部材の形態を繊維状としているが、後述するように、本実施形態の水生生物付着防止用部材の形態は繊維状に限られるものではない。
【0023】
本実施形態の水生生物付着防止用部材に用いられる金属ヨウ化物としては、水に溶け難く、且つ、ヨウ素イオンと反応し易い金属が用いられ、具体的には、ヨウ化金、ヨウ化銀、ヨウ化銅、ヨウ化スズ、ヨウ化鉛、ヨウ化白金、及び、ヨウ化パラジウムなどが挙げられる。これらのヨウ素化合物は2種以上を混合して用いても良い。
【0024】
本実施形態では、予め、外周部のポリマー層2内にポリヨウ素コンプレックスを調整しておく必要がある。ポリヨウ素コンプレックスとは、ポリマー内にポリヨウ素が分散・吸着し、包含されてなるものであり、例えば、ポリマーの分子鎖間の水素結合によりポリヨウ素が包接されてなる構造を有するもの、分子錯また側鎖上のアミド基などを配位座としてポリヨウ素が配位した構造を有するもの、結晶などの分子鎖の凝集によって分子鎖間に配位座が形成されるもの、単分子鎖であっても分子鎖上の極性基の配位やらせん構造のピッチ変化によって配位座が形成されるものなどが挙げられる。
【0025】
本実施形態で用いられる水生生物付着防止用部材のポリマー層2を構成するポリマーとしては、ポリマーがヨウ素を包含可能な高分子化合物であれば特に限定はなく、目的に応じて適宜選択すれば良いが、少なくとも親水性基および極性基のいずれかを有する高分子化合物であれば好ましく、例えば、ポリアミド、ポリビニルアルコール、ポリエチレンテレフタレート、セルロース、たんぱく質、ポリアクリルアミド、ポリ尿素、ポリアクリルニトリル、およびアミロースデンプンなどの多糖類が好ましい。
【0026】
また、上記セルロースとしては、植物由来セルロースが挙げられ、例えば、綿、木質パルプ、レンコン繊維、竹繊維、ケナフ、および寒天ゲルが挙げられる。また、たんぱく質としては、動植物由来たんぱく質が挙げられ、例えば、蚕糸、羊毛、ゼラチンゲル、およびDNAなどが挙げられる。これらの中でも、ポリアミド、ポリビニルアルコール、およびセルロースなどの親水性のポリマーが好ましい。また、ポリアミドとしては、例えば、ポリイミドをアルカリなどで部分的に加水分解して得られるポリアミド(酸)などが挙げられる。
【0027】
尚、ヨウ素を包含可能な高分子化合物からなるポリマーとは、ヨウ素が高分子化合物内部まで拡散し、且つ、分子内に吸着または非共有結合で会合した構造をとりうる高分子化合物を意味する。
【0028】
本実施形態の水生生物付着防止用部材の形態は、板状、フィルム状、シート状、繊維状、布状、メッシュ状、ハニカム状、粉末状、ブロック状など、使用目的に合った形状およびサイズ等であれば良く、特に形態は限定されない。上記板状、フィルム状、シート状の水生生物付着防止用部材については、それらの表面に凹凸を有するエンボス加工がされてあっても良く、繊維状の水生生物付着防止用部材については、中空糸、芯鞘繊維、多孔化繊維や、らせん状などの特殊形状であっても良い。芯鞘繊維では鞘部がヨウ素を包含可能な高分子化合物からなるポリマーで形成されてあれば良い。
【0029】
また、アルミニウムやマグネシウムや鉄などの金属材料表面やガラスやセラミックスなどの無機材料表面に、本実施形態の水生生物付着防止用部材をフィルム状に積層したり、吹き付け塗装や浸漬塗装、静電塗装などの塗装法や、スクリーン印刷やオフセット印刷などの印刷法により薄膜として形成しても良い。さらに、本実施形態の水生生物付着防止用部材は、顔料や染料などにより着色されてあっても良く、シリカ、アルミナ、珪藻土、マイカなどの無機材料が充填されてあっても良い。
【0030】
本実施形態の水生生物付着防止用部材の製造方法は、外周部のポリマー層2において、予め、ポリヨウ素コンプレックスを、ヨウ素を包含可能な高分子化合物からなるポリマー内部に調整して形成する工程と、ポリヨウ素コンプレックスを形成した高分子化合物を、金属イオンを含む水溶液に浸漬してポリマー内に金属イオンを拡散させて、高分子化合物内に形成されているポリヨウ素コンプレックスに包含されているヨウ素イオンと金属イオンとを反応させて、ポリマー内部に金属ヨウ化物の微粒子を形成する工程により製造される。なお、微粒子の粒子サイズは金属イオンを含む水溶液の濃度および浸漬液の温度に依存して変化するものである。例えば、小さいものならば数十ナノメートル、大きいもので数ミクロンに達する。また、微粒子同士が大きく成長するとお互いが結合し、繊維内部表面付近に層状になっている場合もある。
【0031】
ポリヨウ素コンプレックスを外周部のポリマー内部に調整して形成する方法には、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、少なくとも表面がポリマーからなる部材を、ポリヨウ素イオンおよびヨウ素のいずれかを含む溶液中に浸漬する方法、ポリヨウ素イオンおよびヨウ素のいずれかを含む溶液を噴霧する方法、ヨウ素蒸気に長時間暴露する方法、もしくは、ヨウ素単体と混合して溶融・成形する方法などが挙げられるが、これらの中でも、少なくとも表面がポリマーからなる部材をポリヨウ素イオンおよびヨウ素のいずれかを含む溶液に浸漬する方法が好ましい。
【0032】
ポリヨウ素イオンおよびヨウ素のいずれかを含む溶液としては、例えば、ヨウ素―ヨウ化カリウム溶液、ヨウ素―ヨウ化アンモニウム溶液、ヨウ素―ヨウ化リチウム溶液、その他金属イオンのヨウ化物溶液にヨウ素単体を溶解させた後、または、ヨウ素単体を溶質とする有機溶媒などが挙げられ、これらの中でもヨウ素―ヨウ化カリウム溶液など、1価の陽イオンのヨウ素化物溶液にヨウ素単体を溶解させた溶液が好ましい。また、ポリヨウ素イオンおよびヨウ素のいずれかを含む溶液の溶媒としては、例えば、水が挙げられ、ヨウ素―ヨウ化カリウム溶液としては、ヨウ素―ヨウ化カリウム水溶液が挙げられる。
【0033】
ポリヨウ素イオンおよびヨウ素のいずれかを含む溶液の濃度としては、0.001M(mol/L)〜10M(mol/L)であれば良く、安定なヨウ素化合物の微粒子を高分子化合物内部に形成するには、0.03M〜3Mが特に好ましい。
【0034】
金属ヨウ化物は、ポリヨウ素コンプレックスに対して、金属イオンを高分子化合物の内部に含浸して拡散させ、ポリヨウ素イオンと反応させて高分子化合物と金属ヨウ化物コンポジットを調整することにより形成される。金属ヨウ化物コンポジットとは、ポリヨウ素コンプレックス中に、金属イオンが拡散し、ポリヨウ素コンプレックスの構成要素であるポリヨウ素から分離したヨウ素イオンと、金属イオンとが反応して金属ヨウ化物を形成してなるものである。
【0035】
金属イオンの高分子化合物部材中への含浸・拡散工程における金属イオンの含浸・拡散方法には特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ポリヨウ素コンプレックスを、金属イオンを含む溶液に浸漬する方法、および金属イオンを含む溶液を噴霧する方法などが挙げられるが、この中でも、ポリヨウ素コンプレックスを、金属イオンを含む溶液に浸漬する方法が好ましい。
【0036】
浸漬後または噴霧後、金属ヨウ化物コンポジットを水洗処理することにより、金属イオンの含浸・拡散を停止することができ、該水洗処理の処理時間により、金属ヨウ化物コンポジット表面の金属イオン濃度を調整することができる。
【0037】
金属イオンとしては、金、銀、銅、スズ、鉛、白金、パラジウム、亜鉛、アルミニウム、及び、鉄の金属イオンが挙げられ、目的に応じて適宜選択すれば良く、これらの金属イオンは単体もしくは2種類以上混合して用いられる。
【0038】
金属イオンを含む溶液は、金属塩溶液であることが好ましい。金属塩としては、水溶性金属塩であれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、沈殿を生じないものが好ましく、例えば、金属硝酸塩、金属硫酸塩、金属酢酸塩、金属炭酸塩、金属塩化物塩、金属臭化物塩、および金属ヨウ化物、並びにそれらの配位化合物が挙げられる。
【0039】
金属塩は、水溶液としてポリヨウ素コンプレックスに含浸・拡散されることが好ましい。金属塩の水溶液の濃度としては、0.001M〜10Mが好ましく、0.01M〜1Mがより好ましい。
【0040】
以上説明したように、本実施形態の水生生物付着防止用部材によれば、少なくとも表面がポリマーからなる部材を、ヨウ素を含む水溶液に浸漬してポリマーの表面から内部に向かってポリヨウ素を含浸・拡散させて、ポリマーとポリヨウ素からなるポリヨウ素コンプレックスを形成させ、該ポリヨウ素コンプレックスから分離したヨウ素イオンと金属イオンとを反応させて金属ヨウ化物の微粒子を、ポリマー内部に拡散して分散した状態で析出している。このため、金属ヨウ化物からなる微粒子は、その一部がポリマー表面に露出し、且つ、ポリマー内部にも分散して存在するため、充分な耐久性をもって保持されている。また、ヨウ化銅やヨウ化銀などの金属ヨウ化物を分散したポリマー部材は微生物皮膜を形成するグラム陰性菌であるPseudomonas aeruginosaやVibrio alginolyticusに対して高い殺菌性を示すことから、細菌の付着とそれに伴う微生物皮膜の形成が阻害され、大型の生物である藻類、貝類、フジツボ等の幼生の付着が抑制されることで、生物汚損が防止できるものである。
【0041】
また、本実施形態の水生生物付着防止用部材によれば、水生生物付着防止用部材は、金属ヨウ化物からなる微粒子が、ポリマー表面に固着され、且つ、一部はポリマー表面から内部に向かって拡散して分散していることから、耐久性に優れた水生生物付着を抑制する部材を提供することが可能となる。また、金属ヨウ化物が基材の表面に配置され、微量にて効率良くグラム陰性菌であるPseudomonas aeruginosaやVibrio alginolyticusなどと接触するので、これらの細菌を効率よく不活性化してそれらの増殖を抑制し、微生物皮膜の形成を阻止することから、長期間生物汚損を防止できる繊維やフィルム、布などからなる水生生物付着防止用部材を提供することが可能となる。
【0042】
さらに、本実施形態の水生生物付着防止用部材は、例えば、フィルム状、繊維状、布状、メッシュ状、ハニカム状、粉末状、ブロック状など、使用目的に合った様々な形態(形状、大きさ等)とすることができるので、生簀や定置網などの漁網、水処理用のフィルター、飲料水用フィルター、バラスト水処理用のフィルター、配管内のライニング材、湾岸構造物表面に接着剤や粘着剤で付着させたフィルム状部材、漁船やタンカーなどの船舶表面にシート状として接着させた部材、発電所の取水口内壁へのシート状部材、取水口用プレフィルター、取水口内面、プレートクーラー、排水管、給水管など、様々な接水面への水生生物付着防止用部材として提供することができる実用性に優れた極めて有用なものである。
【0043】
次に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【実施例1】
【0044】
<水生生物付着防止用部材の殺菌性の評価>
実施例1-1、1-2:
ポリマー部材は、ポリアミド製メッシュ(NBC(株)製NB90)を用いた。ポリアミド製メッシュを30×50mmの大きさに切り出し、ヨウ素濃度0.015M、ヨウ化カリウム0.33Mの濃度で作成したヨウ素-ヨウ化カリウム(I−KI)水溶液に1時間浸漬し、ポリヨウ素コンプレックスをポリアミド繊維内に形成させた後、純水で洗浄し、直ちに、0.5Mと1.0M濃度の硝酸銀水溶液に4時間浸漬し、ヨウ化銀の微粒子をポリアミド繊維内に複合化した実施例1-1および実施例1-2の水生生物付着防止用部材を得た。
【0045】
実施例1-3、1-4:
実施例1-1で用いたポリマー部材を芯部がPETからなり、鞘部がポリアミドからなる芯鞘構造を有するモノフィラメントで作成したメッシュを用いた以外は実施例1-1と同様の条件で、ヨウ化銀の微粒子をポリアミドからなる鞘部内に複合化した実施例1-3および実施例1-4の水生生物付着防止用部材を得た。
【0046】
実施例1-5〜1-9:
繊維基材として、羊毛、再生セルロース、ビニロン、ナイロン6、ポリアクリル酸の各種繊維からなる布帛を、約20×20mmの大きさに切出した。これらの布帛を0.6mol/L濃度のヨウ素−ヨウ化カリウム(I−KI)水溶液中に1時間浸漬し、ポリヨウ素イオン−ポリマーコンプレックスを繊維内に形成させた後、純水で洗浄し、直ちに、2.0質量%の塩化銅を含む塩酸水溶液中に1時間浸漬し、実施例1-5〜1-9のヨウ化銅の微粒子を各種繊維内に複合化した水生生物付着防止用部材を得た。
【0047】
比較例1-1:
実施例1-1で用いたポリアミド製メッシュを処理をせずにそのままの状態で殺菌試験に用いた。
【0048】
比較例1-2:
実施例1-1で作成した、ヨウ化銀の微粒子を複合化したポリアミド製メッシュをブラックライト(ピーク波長370 nm)にて紫外光を24時間照射し、銀微粒子をポリアミド繊維内に析出させたメッシュを得た。これを殺菌試験に用いた。
【0049】
比較例1-3:
実施例1-3で用いた芯部がPETからなり、鞘部がポリアミドからなるモノフィラメントで作成したメッシュを処理せずにそのままの状態で殺菌試験に用いた。
【0050】
比較例1-4:
実施例1−9で用いたポリアクリル酸繊維からなる布帛を処理せずにそのままの状態で殺菌試験に用いた。
【0051】
<Vibrio alginolyticusを用いた殺菌試験>
水生生物としてグラム陰性菌である海洋細菌Vibrio alginolyticusを用いた。マリンブロス(Marine broth)2216(DIFCO Laboratory社製)中で25℃、10時間好気的に海洋細菌を培養した。培養後の菌体を遠心集菌し、滅菌海水で洗浄した後、滅菌海水中に懸濁させ、菌数をヘマタイトメーターにてカウントし、1×108cells/mL濃度の菌体懸濁液を作製し試験に用いた。実施例1-1〜1-9で得られた部材と比較例1-1〜1-4で得られた部材を1×108cells/mL濃度の菌体懸濁液に20分浸漬し、試料表面に海洋細菌を吸着させた。次に資料表面に吸着している海洋細菌をピペティングにより回収した。回収した菌懸濁液を1mL採取し、0.7質量%の寒天を含むマリンブロスと昆釈し、25℃で12時間培養した。
【0052】
その結果、比較例1-1〜1-4では、約2.5×10PFU/mlの生菌が付着していたが、実施例1-1〜1-9では、生菌はいなかった。よって、本実施例の水生生物付着防止用部材の殺菌性が証明された。
【実施例2】
【0053】
次に、実際の環境下におけるフィールド試験による評価を行った。
【0054】
実施例2-1:
ポリマー部材は、ポリアミド製メッシュ(NBC(株)製NMG20)を用いた。ポリアミド製メッシュを210×300mm大きさに切り出し、室温にて、ヨウ素―ヨウ化カリウム(I−KI)水溶液(I2:0.15M, KI:0.6M)に1時間浸漬し、ポリヨウ素コンプレックスをポリアミド繊維内に形成させた後、純水で洗浄し、直ちに、0.5Mの硝酸銀水溶液に1時間浸漬し、ヨウ化銀の微粒子をポリアミド繊維内に複合化した水生生物付着防止用部材を得た。
【0055】
実施例2-2:
実施例2-1で用いた部材に、フッ素樹脂(住友スリーエム社製THV220A)でコーティングを施すことによって、水生生物付着防止部材を得た。
【0056】
実施例2-3:
ポリマー部材は、ポリアミド製メッシュ(NBC(株)製NMG20)を用いた。ポリアミド製メッシュを90×250mm大きさに切り出し、室温にて、I−KI水溶液(I2:0.15M, KI:0.6M)に1時間浸漬し、ポリヨウ素コンプレックスをポリアミド繊維内に形成させた後、純水で洗浄し、直ちに、0.5Mの硝酸銀水溶液に1時間浸漬し、ヨウ化銀の微粒子をポリアミド繊維内に複合化した水生生物付着防止用部材を得た。
【0057】
実施例2-4:
実施例2-3で施したI−KI水溶液への浸漬時間を3日間、硝酸銀水溶液への浸漬時間を4時間とすることによって、実施例2-3と比較してヨウ化銀の導入量を多くした、水生生物付着防止部材を得た。
【0058】
実施例2-5:
実施例2-3で用いたメッシュとして、ポリアミド製メッシュ(NBC(株)製NB20)を用いる以外は同様の処理を施すことによって、水生生物付着防止部材を得た。
【0059】
実施例2-6:
実施例2-3で施した処理のうち、硝酸銀水溶液の代わりに、として50℃の銅イオン水溶液(塩化銅(0.4M)/塩化アンモニウム水溶液)に5.5時間浸漬することによって、ヨウ化銅の微粒子をポリアミド繊維内に複合化した水生生物付着防止用部材を得た。
【0060】
実施例2-7:
実施例2-6で施したI−KI水溶液への浸漬時間を3日間、銅イオン水溶液への浸漬時間を4時間とすることによって、実施例2-6と比較してヨウ化銅の導入量を多くした、水生生物付着防止部材を得た。
【0061】
比較例2-1:
実施例2-1で用いたポリマー製メッシュのみを比較例2−1の部材とした。
【0062】
比較例2-2:
実施例2-1で作成した、作成した、ヨウ化銀の微粒子を複合化したポリアミド製メッシュをブラックライト(ピーク波長370 nm)にて紫外光を24時間照射し、銀微粒子をポリアミド繊維内に析出させたメッシュを比較例2−2の部材とした。
【0063】
比較例2-3:
実施例2-3で用いたポリマー製メッシュのみを比較例2−3の部材とした。
【0064】
比較例2-4:
実施例2-5で用いたポリマー製メッシュのみを比較例2−4の部材とした。
【0065】
<Vibrio alginolyticusを用いた殺菌試験の結果>
水生生物としてグラム陰性菌である海洋細菌Vibrio alginolyticusを用いた。人工海水としてマリンアートSF-1(大阪薬研(株)社製)中で25℃、24時間好気的に海洋細菌を培養した。培養後の菌体を遠心集菌し、滅菌海水で洗浄した後、滅菌海水中に懸濁させ、菌数をバクテリア計数板にてカウントし、2×10cells/mL濃度の菌体懸濁液を作製し試験に用いた。2cm×2cmにカットした試料の上に200μLの海洋細菌を塗布し、15分および60分間接触させた。レシチン・ポリソルベート80添加ソイビーン・カゼイン・ダイジェスト・ブロス(SCDLP)培地にて十分に洗い出し、海洋細菌を回収した。回収した菌懸濁液を1mL採取し、人口海水で作成した1.5質量%の寒天を含むNutrient Broth(NB)培地と昆釈し、25℃で24時間培養した。
【0066】
実施例2-1〜実施例2-7および比較例2-1〜比較例2-4の殺菌試験の結果を表1に示す。
【0067】
【表1】



【0068】
表1より、実施例2-1から2-7では高い殺菌性があったのに対し、比較例2-1、2-3、2-4では15分では約104 PFU/mlもの生菌が残っており、60分後でも、10分の1程度の減少であった。また、比較例2-2でも15分後では3.5×10PFU/ml残存していた。よって、本実施例の水生生物付着防止用部材の殺菌性が証明された。
【0069】
<第1回フィールド試験の結果>
次に、実施例2-1、実施例2-2、比較例2-1および比較例2-2において、第1回フィールド試験を実施した。
【0070】
長崎県佐世保市に面する海の浮き桟橋に、9月から12月までの約3.5ヶ月間設置し、汚損生物の付着を観察した。結果を図2に、汚損生物の付着を図3に示す。なお、図3(a)は比較例2-1を示しており、図3(b)は実施例2-1を示している。
【0071】
図2および図3より、複合化させることによって、3ヶ月後でも海洋性生物に対する高い付着忌避活性を示すことがわかる。
【0072】
<第2回フィールド試験の結果>
海洋性生物は時期によって付着する生物が異なる。そこで、第1回フィールド試験と同じ場所に、5月から8月まで約4ヶ月間試料を設置し、汚損生物の付着を観察した。実施例2-3〜実施例2-7および比較例2-3について実施した第2回フィールド試験結果を図4に示す。
【0073】
海洋生物の繁殖しやすい時期においても高い付着忌避活性を示した。さらに導入量を増やすことでより高い性能を示した。
【0074】
以上、実施例の結果が示すように、本実施例で得られた水生生物付着防止用部材は、海洋性生物に対する高い付着忌避活性を示すことが証明された。
【符号の説明】
【0075】
1:水生生物付着防止用部材
2:ポリマー層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリマー内部に金属ヨウ化物の微粒子が分散して固定されたポリマー層を、少なくとも表面に備えることを特徴とする水生生物付着防止用部材。
【請求項2】
前記金属ヨウ化物が、金、銀、銅、スズ、鉛、白金、パラジウム、亜鉛、アルミニウム、及び、鉄のいずれかから選択される少なくとも1種または2種以上の金属のヨウ化物である請求項1に記載の水生生物付着防止用部材。
【請求項3】
織物、編物、不織布、フィルム、シート、及び、粉末状のいずれかから選択される少なくとも1種の形態であることを特徴とする請求項1または2に記載の水生生物付着防止用部材。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1つに記載の水生生物付着防止用部材からなることを特徴とする生け簀。
【請求項5】
請求項1から3のいずれか1つに記載の水生生物付着防止用部材からなることを特徴とする漁網。
【請求項6】
請求項1から3のいずれか1つに記載の水生生物付着防止用部材からなることを特徴とするフィルター。
【請求項7】
少なくとも表面がポリマーからなる部材をヨウ素を含む水溶液に浸漬して、前記ポリマーの内部にポリヨウ素コンプレックスを調整する工程と、
所定の金属イオンを含む水溶液に前記ポリヨウ素コンプレックスを調整した部材を浸漬して、前記ポリヨウ素コンプレックスに包含されているヨウ素イオンと前記金属イオンとを反応させて、前記ポリマー内に金属ヨウ化物の微粒子を形成する工程と、
を有することを特徴とする水生生物付着防止用部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−57600(P2011−57600A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−207760(P2009−207760)
【出願日】平成21年9月9日(2009.9.9)
【出願人】(391018341)株式会社NBCメッシュテック (59)
【Fターム(参考)】