説明

水稲種子用コーティング剤及びそれがコーティングされた水稲種子

【課題】水稲種子用コーティング剤として、水稲種子の正常な出芽・苗立ちを確保するために土壌の還元化の進行を抑え、硫酸還元菌の作用による硫化物の生成を抑制し、硫化物を硫化鉄とすることで無害化するとともに、水に溶解してもpHの過剰な上昇を可及的に抑えることができ、多量のコーティング剤を用いずにコーティングを行うことができる。
【解決手段】酸化マグネシウム又は水酸化マグネシウムを主成分とする水稲種子用コーティング剤及びそれがコーティングされた水稲種子である。コーティングされる水稲種子用コーティング剤の量が、種子1kgに対し、0.05〜2kgである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水稲湛水直播栽培に利用される水稲種子及びそれに用いられる水稲種子用コーティング剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、水稲栽培において、その生産性を向上させるために、水稲湛水直播栽培が普及しつつある。この方法は、水稲の苗を移植する代わりに、種子を直接土壌中に播種するもので、労力、生産コストの削減に効果的である。
【0003】
しかし、この水稲湛水直播栽培は、湛水により土壌還元化が進行し、嫌気的条件で増殖する硫酸還元菌から硫化物が発生する。この硫化物は、生物毒であり、水稲生育初期の出芽と苗立ちを阻害するという問題がある。
【0004】
この問題を解決するため、過酸化カルシウムで種子をコーティングすることが行なわれている(特許文献1及び2)。コーティングされた過酸化カルシウムは、土壌中で徐々に分解して酸素を発生し、発芽の早期化及び出芽率の向上を図ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公昭47−28751号公報
【特許文献2】特公昭55−22045号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、コーティングされる過酸化カルシウムは、水に溶解してCa(OH)を生成する。Ca(OH)は、飽和水溶液のpH値が12.4を示す強アルカリ性の物質であり、水稲の発芽・出芽・苗立ちに好ましくない影響を与えるという問題がある。また、特許文献1によると、過酸化カルシウムをコーティングする際に、多量のコーティング剤を必要とするため、その処理に手間を要し、またコーティングされた種子のサイズが大きくなり、保管、運搬の際、粉が落ちたり剥がれたりする問題がある。
【0007】
そこで、本発明は、土壌の還元化の進行を抑え、硫酸還元菌の作用による硫化物の生成を抑制し、硫化物を硫化鉄とすることで無害化するとともに、水に溶解してもpHの過剰な上昇を可及的に抑えることができ、多量のコーティング剤を用いずにコーティングを行うことが可能な水稲種子用コーティング剤及びそれがコーティングされた水稲種子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
以上の目的を達成するため、本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、酸化マグネシウム又は水酸化マグネシウムを用いることにより、水稲種子用コーティング剤として、土壌の還元化の進行を抑え、硫酸還元菌の作用による硫化物の生成を抑制し、硫化物を硫化鉄とすることで無害化するとともに、水に溶解してもpHの過剰な上昇を可及的に抑えることができ、多量のコーティング剤を用いずにコーティングを行うことができることを見出した。すなわち、本発明は、酸化マグネシウム又は水酸化マグネシウムを主成分とする水稲種子用コーティング剤及びそれがコーティングされた水稲種子である。
【発明の効果】
【0009】
以上のように、本発明によれば、土壌の還元化の進行を抑え、硫酸還元菌の作用による硫化物の生成を抑制し、硫化物を硫化鉄とすることで無害化するとともに、水に溶解してもpHの過剰な上昇を可及的に抑えることができ、多量のコーティング剤を用いずにコーティングを行うことが可能な水稲種子用コーティング剤及びそれがコーティングされた水稲種子を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明に係る水稲種子用コーティング剤の主成分である酸化マグネシウム及び水酸化マグネシウムは、土壌に溶出すると、土壌のpHをアルカリ領域に上昇させ、微生物の活性を低下させることにより、土壌の還元化の進行を抑えることができると考えられる。さらに、硫酸還元菌の活性も抑制することができるため、硫酸還元菌の作用による硫化物の生成を抑えることができると考えられる。また、この土壌のアルカリ化により、硫酸還元菌から生成される硫化物は、速やかに硫化物イオンへと解離し、土壌中の2価Feイオンと反応して、硫化鉄となる。硫化鉄は、不溶性であるため沈殿し、害作用を示さなくなる。一方、土壌のpHが過剰にアルカリ領域に上昇してしまうと、水稲の発芽・出芽・苗立ちに好ましくない影響を与えてしまうが、本発明に係る水稲種子用コーティング剤は、飽和水溶液のpHが10.5である酸化マグネシウム又は水酸化マグネシウムを主成分とするので、飽和水溶液のpHが12.4である過酸化カルシウム等を含むコーティング剤と比較して、水稲の発芽・出芽・苗立ちに与える好ましくない影響が少ないものである。
【0011】
さらに、本発明に係る水稲種子用コーティング剤の主成分である酸化マグネシウム及び水酸化マグネシウムは、播種直後から水に溶解し始め、アルカリ性を示すことから、コーティングされた種子が播種された後、速やかに効果を奏することができる。また、酸化マグネシウム及び水酸化マグネシウムは、水溶解度が小さいため、作物に吸収されない限り、籾周辺に継続的に溜まり、その効果を持続させることができる。
【0012】
本発明に係る水稲種子用コーティング剤の主成分である酸化マグネシウム及び水酸化マグネシウムは、従来から水稲種子用コーティング剤として用いられる過酸化カルシウムに比して、自硬作用があるため、バインダーの必要がなく、また、吸湿性が低いため、吸湿を防ぐための成分を添加しなくてもよい。このため、酸化マグネシウム及び水酸化マグネシウム以外の添加成分を多量に含ませなくてもよく、種子へのコーティング量を減らすことができる。コーティング量を減らすことにより、コーティング処理が容易となり、また処理後の種子が嵩張らないため、保管、運搬に有用である。
【0013】
また、本発明に係る水稲種子用コーティング剤の主成分である酸化マグネシウム及び水酸化マグネシウムは、炭酸苦土石灰等と同様に土壌改良材や肥料として多量に農地に用いられているものであり、安全性に問題はない。
【0014】
本発明に係る水稲種子用コーティング剤において、酸化マグネシウム及び水酸化マグネシウムは、従来から水稲種子用コーティング剤として用いられる過酸化カルシウム等の過酸化物とは異なり、発火、爆発などの危険がないため、その危険性を抑制するための添加成分を多量に含ませる必要がない。このため、コーティング剤中の酸化マグネシウム及び水酸化マグネシウムの割合を多くすることができ、種子に対するコーティング量を少なくすることができる。本発明に係る水稲種子用コーティング剤において、酸化マグネシウム及び水酸化マグネシウムの含有量は、それぞれ50〜100重量%であることが好ましい。本発明に係る水稲種子用コーティング剤には、本発明の効果を妨げない範囲で、酸化マグネシウム及び水酸化マグネシウムの他に、バインダーや肥料、病害虫防除剤、植物生長調節剤などが含まれても良い。バインダーとしては、焼石膏、ベントナイト、カルボキシメチルセルロース、リグニンなどを用いることができる。また、適宜、過酸化カルシウムなど従来から水稲種子用コーティング剤として用いられているものを含ませても良い。
【0015】
本発明に係る水稲種子において、コーティングされる水稲種子用コーティング剤の量は、種子1kgに対し、0.05〜2kgであることが好ましく、0.15〜0.5kgであることがより好ましい。
【0016】
本発明に係る水稲種子用コーティング剤は、種籾をコーティング機に入れ回転させ、水を供給しながら投入する方法、または水に懸濁させてその懸濁液を種子に噴霧する方法など通常使用される方法によって、種子にコーティングすることができる。
【実施例】
【0017】
次に、本発明に係る水稲種子用コーティング剤及びそれがコーティングされた水稲種子の実施例について説明する。実施例1に係る水稲種子用コーティング剤として表1に示す酸化マグネシウム、実施例2に係る水稲種子用コーティング剤として表1に示す水酸化マグネシウムを用いた。
【0018】
【表1】

【0019】
次に、これら実施例1及び2に係る水稲種子用コーティング剤を、15℃で5日間浸漬・催芽した水稲種子(ヒノヒカリ)に、手動式コーティング機で水を噴霧しながら投入し、コーティングした。種子に対する水稲種子用コーティング剤のコーティング量(種子に対する添加量)を表2に示す。
【0020】
【表2】

【0021】
水田土壌(洪積砂壌土)を充填し湛水したノイバウエルポット(播種前3日間、水深層1cm、20℃で静置)に、これらコーティングされた種子を1cmの深さで20粒播種した。その後、平均室温25℃のガラス温室で栽培した。生育の結果を表2に示す。表中、出芽勢は、播種後2週目に出芽した割合、出芽率は、播種4週間目に出芽した割合、苗立ち速度は、播種後4週目の草丈を示す。
【0022】
また、比較例1として、カルパー粉粒剤16を用いて、比較例2としてコーティング剤を用いなかった種子を用いて、同様に播種し、栽培した。生育の結果を表2に示す。
【0023】
表2から明らかなように、実施例1及び2に係る水稲種子用コーティング剤は、少ない量であっても、従来から水稲種子用コーティング剤として用いられている比較例1と同等の出芽率及び苗立ち速度の結果を得ることができることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化マグネシウム又は水酸化マグネシウムを主成分とする水稲種子用コーティング剤。
【請求項2】
請求項1記載の水稲種子用コーティング剤がコーティングされた水稲種子。
【請求項3】
コーティングされる水稲種子用コーティング剤の量が、種子1kgに対し、0.05〜2kgであることを特徴とする請求項2記載の水稲種子。
【請求項4】
コーティングされる水稲種子用コーティング剤の量が、種子1kgに対し、0.15〜0.5kgであることを特徴とする請求項2記載の水稲種子。


【公開番号】特開2012−224566(P2012−224566A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−92384(P2011−92384)
【出願日】平成23年4月18日(2011.4.18)
【出願人】(000119988)宇部マテリアルズ株式会社 (120)
【Fターム(参考)】