説明

水素吸蔵材料とその製造方法

【課題】 室温下で可逆的に水素を吸蔵・放出し、水素を吸蔵できる水素吸蔵材料の提供する。
【解決手段】 水素を含む雰囲気中で応力を加えられ、炭素原子の六方晶を構成する、炭素六員環が連なって形成される層の層間を拡張された黒鉛微結晶と、水素分子を水素原子に解離するように促す触媒を含むことを特徴とする水素吸蔵材料および水素を含む雰囲気中で黒鉛微結晶に応力を加え、黒鉛微結晶の炭素六員環が連なって形成される層の層間を広げる層間拡張処理工程と、黒鉛微結晶に水素分子解離触媒を添加する触媒添加工程が設けられていることを特徴とする水素吸蔵材料の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は水素を貯蔵する物質とその製造方法に関する。さらに詳しくは室温、低圧下で水素を可逆的に吸蔵・放出する物質とその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】近年、自動車等のエネルギー発生源として注目されている高分子固体燃料電池は100℃程度までの温度範囲で使用されることが多い。高分子固体燃料電池への水素の供給装置として室温付近の温度下で多量の水素を吸蔵し、吸蔵した水素を放出する、即ち吸蔵・放出時に強く冷却及び加熱する必要のない水素吸蔵材料が求められている。
【0003】従来からある水素吸蔵材料として、特開2001−302224号公報に記載のものがある。この水素吸蔵材料では、黒鉛結晶を水素雰囲気中でミリング処理(機械的な粉砕処理)し、細粒化することで黒鉛の炭素六員環からなる層同士の間(以下、層間と呼ぶ)の距離を0.36nm以上に拡張し、黒鉛の微結晶の周りの空間にある水素原子が層間へ侵入し易くして、黒鉛が層間においても水素原子を吸蔵できるようにしたものである。
【0004】上記の層間における水素原子の吸蔵を可能にしたことにより、この水素吸蔵材料は層間距離を拡張せず水素原子を微結晶の表面の炭素原子だけが吸着する黒鉛と較べ、多量の水素ガスを吸蔵することが可能となっている。
【0005】また、従来からある別の水素吸蔵材料として、特開2001−302423号公報に記載のものがある。この水素吸蔵材料は、アルカリ金属原子若しくはアルカリ土類金属原子及び触媒金属原子が黒鉛の炭素原子と互いに電荷を移動させることで、上述の何れかの金属原子を黒鉛の炭素原子間に割り込ませた化合物である。
【0006】上述のアルカリ金属若しくはアルカリ土類金属原子と黒鉛との化合物の活性化により、化合物の周囲の空間にある水素ガス(水素分子)は常温で原子に解離して化合物の層間に侵入し、その電荷は化合物に移動し、水素原子は化合物の層間に安定的に保持される。
【0007】さらに、触媒金属は層間に保持された水素原子が黒鉛の層間から表面に移動するための活性化エネルギーを低下させるため、水素吸蔵材料の水素放出速度は大幅に向上している。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】しかし、これらの水素吸蔵材料から水素を放出させるためには、水素吸蔵材料自体を600K(絶対温度、以下Kは同じ)以上に加熱する必要があった。また、これらの水素吸蔵材料は一度水素を放出すると再び吸蔵することは困難であった。
【0009】本発明は上記課題を解決したもので、低温、低圧下で水素を水素を可逆的に吸蔵・放出するできる水素吸蔵材料とその製造方法を提供する。
【0010】
【課題を解決するための手段】発明者は、水素を含む雰囲気中でミリング処理を行うことで黒鉛微結晶の炭素六員環が連なって形成される層間に水素原子を介在させた水素吸蔵材料について、この層間距離をさらに検討した。その結果、触媒金属により解離された水素原子を室温で多量に吸蔵し、この吸蔵した水素を室温で放出を可能とする層間距離を発見し、室温下で可逆的に水素を吸蔵・放出する水素吸蔵材料を発明するに至った。さらに、発明者はこの水素吸蔵材料を熱処理することで、より多量の水素を吸蔵できる水素吸蔵材料へ変換する発明をした。
【0011】本出願では、上記課題を解決するものとして以下の発明を提供する。
【0012】第1の発明は請求項1に示すように、水素を含む雰囲気中で応力を加えられ、炭素原子の六方晶を構成する、炭素六員環が連なって形成される層の層間を拡張された黒鉛微結晶と、水素分子を水素原子に解離するように促す触媒を含むことを特徴とする水素吸蔵材料である。
【0013】第1の発明によれば、水素を含む雰囲気中で黒鉛微結晶に応力を加えることによって、黒鉛微結晶の炭素六員環が連なって形成される層同士の間(以下、層間と呼ぶ)に、水素原子が侵入し層間が広げられ、層間の拡張後は、黒鉛微結晶の層間に侵入した水素により貯蔵部(水素貯蔵サイトとも呼ぶ)が形成され、黒鉛微結晶内へ水素原子が侵入し易くなるため、水素吸蔵材料への水素供給圧は高圧でなくとも大きな水素吸蔵量を確保することができる。さらに上述の水素原子の貯蔵部を増やすように水素吸蔵材料の黒鉛微結晶を変化させる。これにより、水素吸蔵材料はさらに多量の水素ガスを吸蔵することが可能になる。また、この貯蔵部において、水素原子は炭素原子と共有結合することなく保持されている。このため、炭素と共有結合した水素原子と異なり、低いエネルギーにより黒鉛微結晶から放出される。
【0014】さらに、第1の発明が提供する水素吸蔵材料は例えば触媒金属と呼ばれる、鉄、ニッケル、クロム等やアルカリ金属、アルカリ土類金属等の触媒を含んでいる。この触媒は黒鉛微結晶の層間でなく黒鉛微結晶の外部の空間に在ってもよい。この触媒は周囲の水素分子を水素原子へ解離するように促すため、水素吸蔵材料が水素を吸蔵する際には黒鉛微結晶の層間に侵入し易くなるように水素分子を水素原子に解離する効果を奏する。また、黒鉛微結晶の層間を拡張するために応力を加えるときにこの触媒を同時に加えることによって、層間に水素原子を侵入させて層間距離を大きくする際の水素原子の供給を促進する効果を奏する。
【0015】即ち、第1の発明が提供する水素吸蔵材料は、触媒によって水素ガス(水素分子)の水素原子への解離を促し、この水素原子が侵入し易くなるよう黒鉛微結晶の層間距離を拡張したことにより、室温下、水素供給圧が低圧であっても水素ガスを多量に吸蔵することが可能である。
【0016】また、第1の発明が提供する水素吸蔵材料では、黒鉛微結晶の層間において水素原子の状態で貯蔵されており、この水素原子は放出させる際に必要とするエネルギーは水素原子が炭素原子と共有結合している場合等と比較して低い。このため、第1の発明が提供する水素吸蔵材料は室温下、水素吸入圧を大きしなくても水素ガスを多量に放出することが可能である。
【0017】第2の発明は請求項2に示すように、前記炭素六員環からなる層の間の距離は0.336nm以上であることを特徴とする請求項1に記載の水素吸蔵材料である。
【0018】例えば層間距離が0.335nmである結晶度の高い状態の黒鉛では、水素原子は層間に入り込むことができず、結晶度の高い黒鉛は水素ガスを吸蔵しない。そこでこの黒鉛の結晶構造を例えば水素雰囲気中でミリング処理(機械的な粉砕処理)する等して少し乱して、層間を水素原子が侵入できる距離である0.336nm以上にする。この層間距離の設定により、第2の発明の提供する水素吸蔵材料は、室温下、低い水素供給圧でも水素ガスを多量に吸蔵し、さらに可逆的に放出することができる。
【0019】第3の発明は請求項3に示すように、水素を含む雰囲気中で黒鉛微結晶に応力を加え、該黒鉛微結晶の炭素六員環が連なって形成される層の層間を広げる層間拡張処理工程と、前記黒鉛微結晶に水素分子解離触媒を添加する触媒添加工程が設けられていることを特徴とする水素吸蔵材料の製造方法である。
【0020】第3の発明の水素吸蔵材料の製造方法によれば、層間拡張処理工程は例えば水素雰囲気中でミリング処理により黒鉛微結晶に応力を加えるという簡素な処理方法であり、これにより、黒鉛微結晶の炭素六員環が連なって形成される層の間に水素原子を侵入させて層間距離を広げることができる。また、触媒添加工程で水素分子解離触媒の添加により水素分子の水素原子への解離を促されるため、室温下、小さな水素供給圧及び水素吸入圧で多量の吸蔵及び放出する水素吸蔵物質の製造が可能となる。
【0021】さらに、請求項4に示す第4の発明にあるように、前記層間拡張工程と前記触媒添加工程を同時に行うことを特徴とする請求項3に記載の水素吸蔵材料の製造方法とするとよい。黒鉛微結晶の層間を拡張するために応力を加えるときに、同時触媒が添加されているので、触媒が水素分子を水素原子に解離し、層間への水素原子の供給を促進することができる。
【0022】第5の発明は請求項5に示すように、前記黒鉛微結晶と接触する内壁の少なくとも一部、内蔵するボールの少なくとも一部の少なくとも一方が、前記水素分子解離触媒となる物質を含有する材料で形成された容器中でミリング処理することを特徴とする請求項4に記載の水素吸蔵材料の製造方法としたことである。
【0023】一般に容器中でボールを用いてミリング処理をすれば、自ずと容器内面やボールから剥離片等が混入するため、混入物が望ましい物質でない場合は混入を防止するための工夫が必要となる。しかし、第5の発明の提供する水素吸蔵材料の製造方法によれば、容器の内壁の少なくとも一部やボールの一部が水素分子解離触媒となる物質を含有する材料で構成されているため、ミリング処理中に容器内面やボールから剥離して混入する物質は水素分子解離触媒を含むものであるため、適量であれば混入を防ぐための設備、処理等を必要としない。
【0024】第6の発明は請求項6に示すように、少なくとも前記層間拡張処理工程の後で、黒鉛の層間に保持された水素原子を解離するための熱処理工程が設けられていることを特徴とする請求項3乃至5の何れか1項に記載の水素吸蔵材料の製造方法としたことである。
【0025】層間拡張処理工程において一度黒鉛微結晶の層間に侵入した水素原子を黒鉛微結晶外へ放出させることで、層間の水素貯蔵部を増加させることができ、さらに多量の水素を吸蔵できる水素吸蔵材料の製造が可能となる。
【0026】第7の発明は請求項7に示すように、前記熱処理工程を真空中で673乃至973Kの温度で行うことを特徴とする請求項6に記載の水素吸蔵材料の製造方法としたことである。
【0027】熱処理を673K以上の温度で熱処理することにより水素吸蔵材料の黒鉛の微結晶が層間に保持していた水素原子を一度除去し、黒鉛の微結晶の結晶構造を保存しつつ水素原子の貯蔵部(水素原子貯蔵サイト)を増やすように変化させることができる。さらに、この熱処理の温度は973Kまでとした。もし973Kより高い温度で熱処理を行った場合、層間距離を広げた時に乱れた結晶構造が熱処理によって再び整ってしまい、熱処理前に比べて水素吸蔵材料が含む黒鉛の微結晶の層間距離は狭くなる。従って、温度範囲が673乃至973Kの真空中の熱処理により、黒鉛微結晶の層間における水素原子の貯蔵部を増加させ、水素吸蔵材料の水素ガスの吸蔵量をさらに増やすことができる。
【0028】
【発明の実施の形態】黒鉛は炭素原子が共有結合して形成する炭素六員環が連なる平面からなり、この炭素六員環による平面がファンデルワールス力により凝集して互いに積層して六方晶系が構成されている。この六方晶系により形成される黒鉛微結晶を含む人造黒鉛粉末を用意した。
【0029】この人造黒鉛粉末を室温下で0.12MPaの水素雰囲気(H純度:99.99999%)中で振動ボールミルを用いてミリング処理(機械的な粉砕処理)した。このミリング処理により黒鉛微結晶の結晶状態が乱れ、水素雰囲気中の水素原子が黒鉛微結晶を構成する炭素六員環からなる平面の間(以下、層間と呼ぶ)に入り込むと考えられる。これにより黒鉛微結晶の層間距離は0.336nm以上に広げられる。
【0030】図1に示すX線回折のピークに対応する2θの測定値とX線(Cu Kα)の波長からの計算によれば、ミリング処理前の出発原料である人造黒鉛粉末の黒鉛微結晶では層間距離は0.335nmであり、4時間のミリング処理後では0.337nm、8時間のミリング処理後では0.348nmに広がっている。上述のようなX線回折測定の結果とミリング処理時間の関係に基づいて、黒鉛微結晶の層間距離はミリング処理時間の長短により調整することが可能である。
【0031】また、層間距離は0.336nm以上で、黒鉛がへき開を起こす距離未満であるとよい。ここで層間距離をへき開を起こす距離未満としたのは、黒鉛がへき開すると層間の空間が減少してしまい、第1の発明で述べた層間での水素の貯蔵部が減少してしまうからである。さらには層間距離は0.336nm以上、0.355nm以下であるのが好適である。
【0032】なお、水素雰囲気をアルゴン雰囲気に換えて上述と同様に人造黒鉛粉末をミリング処理したが、図1R>1に示すX線回折の結果によれば、X線回折の強度のピークが消失しており、水素原子のように黒鉛微結晶の層間に入り込み、層間距離を広げるのではなく、黒鉛微結晶は非晶質の炭素物質になっていると考えられる。この結果から、水素原子は層間に入り込み層間距離を上述のように好適な距離に広げるが、アルゴン分子は水素原子と比べてかなり大きいため、水素原子のように層間距離を広げるのには不適当と考えられる。
【0033】水素雰囲気中のミリング処理により黒鉛微結晶の層間距離が広がったため、水素雰囲気中の水素分子から解離した水素原子は黒鉛微結晶の層間に侵入し易くなる。その結果、水素原子は黒鉛微結晶の層間で保持され、ミリング処理後の黒鉛粉末が含む黒鉛微結晶は水素の吸蔵が可能となる。
【0034】ミリング処理ではステンレス鋼製のミリング処理ポットとステンレス鋼製のボールが強く接触するため、これらから金属微粒子が剥離してミリング処理した黒鉛粉末に混入する。この金属微粒子は触媒金属と呼ばれる鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、クロム(Cr)を含んでいる。この金属微粒子の混入は図2に示す透過電子顕微鏡(TEM)写真の金属格子像として確認されている。
【0035】図3に模式的に示すように、これら鉄、ニッケル、クロム等を含む金属微粒子が触媒として働き、水素雰囲気中の水素分子は水素原子へ解離し易くなる。解離した水素原子は上述のように黒鉛微結晶の層間に侵入して保持される。
【0036】人造黒鉛粉末のミリング処理時間は4〜8時間程度であれば、処理時間が長くなる程、黒鉛粉末の水素ガス吸蔵量は増える。
【0037】ミリング処理中にミリング処理ポットへの水素ガス(H)の供給する水素供給バルブを閉じてミリング処理ポットを密閉した状態でミリング処理を続けるとミリング処理ポット内の圧力が低下することからも、人造黒鉛粉末が水素ガスを吸蔵していることが確認される。
【0038】ミリング処理した黒鉛粉末は多量の水素ガスを吸蔵しているため、大気に触れないように取り扱う必要がある。
【0039】ここで、昇温脱離スペクトル(Thermal Desorption Spectrometry, TDS)測定装置で水素ガスを吸蔵した黒鉛粉末の水素ガスの貯蔵特性を測定した。図4R>4に示す上記黒鉛粉末の昇温脱離スペクトルの測定結果から、水素吸蔵材料が含む黒鉛粉末が吸蔵している水素原子のうち、層間に保持されている水素原子は700〜800Kの熱処理で解離し、共有結合により結合している水素原子は1000K乃至1100Kの熱処理で解離していると考えられる。
【0040】この結果に基づき、上記黒鉛粉末を673〜973K下で熱処理し、黒鉛粉末に含まれる黒鉛微結晶の層間に貯蔵された水素原子を黒鉛微結晶から解離させ、黒鉛微結晶の層間の水素貯蔵サイト(水素原子の貯蔵部)を増加させた。
【0041】以上の処理を経て、人造黒鉛粉末を室温下で可逆的に水素を吸蔵・放出でき、より多量の水素を吸蔵できる水素吸蔵材料を製造することができる。
【0042】上記水素吸蔵材料の吸蔵・放出の特性を水素吸蔵合金の圧力―組成等温線の測定方法に準じて測定した。図5(横軸:温度T;縦軸:水素放出速度)に示すように室温(293K)において、水素供給圧の昇圧に伴い水素吸蔵材料が水素を吸蔵し、同水素供給圧の減圧に伴い水素吸蔵材料が水素を放出することが確認できた。
【0043】なお、炭素六員環からなる平面が互いに積層して結合して構成され、10〜300nmの大きさで積層して繊維状になった、いわゆるカーボンナノファイバーを含む黒鉛粉末を上記黒鉛粉末の代わりに用いてもよい。このカーボンナノファイバーのうち繊維の長手方向に炭素六員環からなる平面が積層して形成され、さらに六方晶端部の原子の化学的活性を高めたものを含む炭素粉末を使用するとさらに好適である。
【0044】また、ミリング処理後の材料を製造構造が保たれている比較的結晶性の高い黒鉛微結晶と非晶質炭素物質及び不定形の炭素質堆積物を熱処理等除くことで、材料内の黒鉛微結晶の組成比を上げて、さらに高効率の水素吸蔵材料を製造することが可能である。
【0045】<実施例1>人造黒鉛粉末(和光純薬製、特級)1.0グラムを室温で0.12MPaの水素雰囲気(純度99.99999%)中で振動ボールミル(日新技研スーパーミスニ)を用いてミリング処理(機械的な粉砕処理)を行った。このミリング処理ではステンレス鋼:SUS304製で容量85ccのミリング処理ポットと、ミリング処理ポットに試料と共に入れられるステンレス鋼:SUS304製の7/16インチ径と3/16インチ径のボールを合計300g使用し、上述の人造黒鉛粉末を8時間ミリング処理した。
【0046】ミリング処理した黒鉛粉末が大気に触れないようにグローブボックス内、水素雰囲気中でステンレス製の試料容器に取り、電気炉により真空中で673Kの熱処理を15時間行った。
【0047】<実施例2>実施例1と同じ人造黒鉛粉末を室温・水素雰囲気中で8時間ミリング処理した黒鉛粉末を実施例1と同様に電気炉で973Kの熱処理を15時間行った黒鉛粉末である。
【0048】<実施例3>実施例1と同じ人造黒鉛粉末を室温・水素雰囲気中で8時間ミリング処理し、熱処理は行っていない黒鉛粉末である。
【0049】<実施例4>実施例1と同じ人造黒鉛粉末を室温・水素雰囲気中で8時間ミリング処理した黒鉛粉末を1173Kで実施例1と同様に15時間熱処理を行った黒鉛粉末である。
【0050】<実施例5>実施例1と同じ人造黒鉛粉末を室温・水素雰囲気中で24時間ミリング処理し、熱処理は行っていない黒鉛粉末である。
【0051】<実施例6>実施例5と同じ室温・水素雰囲気中で24時間ミリング処理した黒鉛粉末を673Kで15時間熱処理を行った黒鉛粉末である。
<比較例1>室温・アルゴン雰囲気中で8時間ミリング処理し、熱処理は行っていない黒鉛粉末である。
<比較例2>室温・アルゴン雰囲気中で8時間ミリング処理した黒鉛粉末を673Kで15時間熱処理を行った黒鉛粉末である。
【0052】<評価>水素吸蔵合金の圧力―組成等温線の測定方法(JIS H 7201)に準じて、実施例1乃至比較例2の水素貯蔵特性を測定した(以下、PCT線測定と呼ぶ)。
【0053】図5に示すPCT線測定の結果に示すように、室温(293K)において試料容器への水素供給圧を1MPaから10MPaへ、さらに10MPaから0.2MPaへ変化させるに伴い、実施例1、2及び実施例3、4の水素の可逆的な吸蔵及び放出が測定できた。
【0054】試料容器への水素供給圧を1MPaから10MPaへ昇圧した時、実施例1は黒鉛粉末自体の質量に対して0.03質量パーセントから最大0.30質量パーセントまで吸蔵した。また、水素供給圧を10MPaから0.2MPaへ減圧した時、水素吸蔵量が0.3質量パーセントから0.03質量パーセントになるまで放出した。
【0055】実施例2は水素供給圧が1MPaから10MPaへ昇圧するのに伴い、黒鉛粉末自体の質量に対して0.05質量パーセントから最大0.40質量パーセントまで吸蔵した。また、水素供給圧を10MPaから0.2MPaへ減圧した時、水素吸蔵量が0.05質量パーセントになるまで放出した。400〜700Kの温度の熱処理は実施例1及び実施例2の水素吸蔵量を効果的に増大させていることを示している。
【0056】実施例3及び実施例4は水素供給圧が1MPaから10MPaへ昇圧するのに伴い、黒鉛粉末自体の質量に対してそれぞれ0.2質量パーセントと0.05質量パーセントまで吸蔵した。しかし、この値は共に実施例1及び実施例2と比較して半分以下であり、熱処理をしない、または黒鉛の結晶構造を変えてしまう温度(1173K)での熱処理は好ましくないことを示している。
【0057】図6に示す水素雰囲気中で24時間ミリング処理した実施例5及び実施例6のPCT線測定の結果によれば、試料容器への水素供給圧を1MPaから10MPaへ、さらに10MPaから0.2MPaへ変化させた場合、0.05質量パーセントより少ないが、水素の吸蔵・放出が確認された。しかし、その吸蔵量は少なく、過剰なミリング処理は水素の吸蔵・放出作用の向上には好ましくないことを示している。
【0058】図1に測定結果を示すX線回折と同様の測定を実施例5及び実施例6に行うと、実施例5及び実施例6の24時間ミリング処理された黒鉛粉末はピークを示さなかった。これは、実施例5及び実施例6の「黒鉛粉末」はミリング処理によって大半が非晶質の炭素物質になってしまったことを示している。過剰なミリング処理は黒鉛を非晶質な炭素物質にして、水素吸蔵量の増大には寄与しないことを示している。
【0059】また、図7に示すアルゴン雰囲気中で8時間ミリング処理した比較例1及び比較例2のPCT線測定の結果によれば、試料容器への水素供給圧を1MPaから10MPaへ、さらに10MPaから0.2MPaへ変化させても、ほとんど吸蔵・放出せず、アルゴン雰囲気中でのミリング処理は水素の吸蔵・放出作用の向上には不適であることを示している。
【0060】以上の結果から、ミリング処理は水素雰囲気中で適度に行えば、実施例1〜4のように、黒鉛の微結晶の層間距離を広げるように調整することができる。しかし、過度のミリング処理は実施例5及び実施例6のように、黒鉛粉末の結晶構造を完全に乱し、非晶質の炭素物質に変えてしまい好ましくない。
【0061】また、熱処理は実施例1及び実施例2に示すように673〜973Kの温度で熱処理することにより、ミリング処理された黒鉛粉末中の黒鉛微結晶が層間に保持していた水素原子を一度除去し、黒鉛の微結晶の結晶構造を保存しつつ水素原子を保持する部分(水素貯蔵サイト)を増やすように変化させることができる。
【0062】さらに高温の1173Kで熱処理を行った場合、層間距離を広げた時に乱れた結晶構造が熱処理によって再び整ってしまい、熱処理前に比べて黒鉛粉末が含む黒鉛微結晶の層間距離は狭くなり、貯蔵特性は低下する。
【0063】即ち、熱処理温度は973Kまでとすることで、ミリング処理された黒鉛粉末の水素ガスの吸蔵量を最大に維持しつつ、水素貯蔵サイトを増やすことができる。
【0064】(付記)上記の説明より下記の発明も認識できる。
【0065】・炭素原子の六方晶を構成する、炭素六員環が連なって形成される層の間に水素原子を侵入させて前記炭素六員環からなる平面の間の距離を大きくし、さらに侵入した水素原子により形成された前記炭素六員環からなる平面の間の水素原子の貯蔵部を増加させた黒鉛微結晶と、水素分子を水素原子に解離するように促す触媒を含むことを特徴とする水素吸蔵材料。
【0066】
【発明の効果】本発明により、室温下で可逆的に水素を吸蔵・放出し、水素を吸蔵できる水素吸蔵材料の提供と製造が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明に関わる水素吸蔵材料が含む黒鉛微結晶のX線回折の結果を示した図である。
【図2】本発明に関わる水素吸蔵材料が含む黒鉛微結晶及び触媒の存在を示す透過電子顕微鏡写真である。
【図3】本発明に関わる水素吸蔵材料が水素を吸蔵する機構を示す模式図である。
【図4】本発明に関わる水素吸蔵材料の水素を吸蔵した黒鉛微結晶の昇温脱離スペクトルを示す図である。
【図5】本発明に関わる水素吸蔵材料の実施例の水素吸蔵特性を示す、圧力−組成等温線図である。
【図6】本発明に関わる水素吸蔵材料の実施例の水素吸蔵特性を示す、圧力−組成等温線図である。
【図7】本発明に関わる水素吸蔵材料の比較例の水素吸蔵特性を示す、圧力−組成等温線図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 水素を含む雰囲気中で応力を加えられ、炭素原子の六方晶を構成する、炭素六員環が連なって形成される層の層間を拡張された黒鉛微結晶と、水素分子を水素原子に解離するように促す触媒を含むことを特徴とする水素吸蔵材料。
【請求項2】 前記炭素六員環からなる層の間の距離は0.336nm以上であることを特徴とする請求項1に記載の水素吸蔵材料。
【請求項3】 水素を含む雰囲気中で黒鉛微結晶に応力を加え、該黒鉛微結晶の炭素六員環が連なって形成される層の層間を広げる層間拡張処理工程と、前記黒鉛微結晶に水素分子解離触媒を添加する触媒添加工程が設けられていることを特徴とする水素吸蔵材料の製造方法。
【請求項4】 前記層間拡張工程と前記触媒添加工程を同時に行うことを特徴とする請求項3に記載の水素吸蔵材料の製造方法。
【請求項5】 前記黒鉛微結晶と接触する内壁の少なくとも一部、内蔵するボールの少なくとも一部の少なくとも一方が、前記水素分子解離触媒となる物質を含有する材料で形成された容器中でミリング処理することを特徴とする請求項4に記載の水素吸蔵材料の製造方法。
【請求項6】 少なくとも前記層間拡張処理工程の後で、黒鉛の層間に保持された水素原子を解離するための熱処理工程が設けられていることを特徴とする請求項3乃至5の何れか1項に記載の水素吸蔵材料の製造方法。
【請求項7】 前記熱処理工程を真空中で673乃至973Kの温度で行うことを特徴とする請求項6に記載の水素吸蔵材料の製造方法。

【図1】
image rotate


【図3】
image rotate


【図2】
image rotate


【図4】
image rotate


【図5】
image rotate


【図6】
image rotate


【図7】
image rotate


【公開番号】特開2003−311149(P2003−311149A)
【公開日】平成15年11月5日(2003.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2002−119504(P2002−119504)
【出願日】平成14年4月22日(2002.4.22)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【Fターム(参考)】