説明

水素回収方法

【課題】大量のアルカリ剤を使用することなく、微生物による排水処理過程で発生する微生物排水処理物とバイオマスとから水素を効率よく回収する方法を提供すること。
【解決手段】本発明の水素回収方法は、該微生物排水処理物を滅菌処理する工程;該バイオマスと該滅菌処理された微生物排水処理物とを混合して前処理物を得る工程;該前処理物を水素発酵させる工程;および該水素発酵により生じる水素を回収する工程;を包含する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオマスと微生物排水処理物とから水素を回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生ごみ、食品廃棄物などの有機性廃棄物は、近年大量に廃棄され、これらの廃棄物による環境汚染が問題となっている。一方、このような有機性廃棄物からは、微生物を用いて、水素、メタンなどのエネルギーを回収することができる。さらに、資源作物からのエネルギー生産も注目されている。
【0003】
このように、有機性廃棄物、資源作物などのバイオマスから、水素、メタンなどのバイオガスを生産するための研究開発が盛んに行われている。
【0004】
例えば、バイオマスから効率よく水素を回収するために、アルカリ条件下で水素発酵を行い、バイオマスに含まれる水素消費型細菌、乳酸菌、メタン生成菌などをアルカリにより不活性化させることが行われている。しかし、pHの低いバイオマス(すなわち、酸性のバイオマス)を用いる場合、バイオマスのpHを上げるために、大量のアルカリ剤が必要となる。したがって、ランニングコストが引き上げられ、コストの上昇などの問題がある。
【0005】
そこで、アルカリ剤の使用量を抑えるために、発酵後に生じるアルカリ性の発酵残渣をアルカリ剤として、前処理槽、水素発酵槽などに返送する方法が提案されている(特許文献1および2)。しかし、これらの方法において、水素発酵後に生じる発酵残渣をメタン発酵させた場合には、例えば、メタン発酵残渣を水素発酵槽に返送すると、水素発酵槽内にメタン生成菌も一緒に返送されることになる。その結果、効率よく水素を回収できなくなる。
【0006】
また、特許文献3には、乳酸菌などの影響を除く目的で、原料となる有機物を加熱処理した後に水素発酵を行い、水素を回収する方法が記載されている。この方法は、加熱処理槽の中で、有機物に存在する水素生成細菌以外の菌を殺菌した後に、水素発酵槽で水素発酵させる方法である。しかし、この方法では、水素生成細菌を殺菌しないように加熱条件を穏やかにする必要があり、用いる有機物の種類によっては、水素生成細菌以外の菌を殺菌できない場合がある。したがって、このような場合、生存している菌によって有機物が消費され、水素発酵槽から回収される水素の収量が少なくなる。
【0007】
さらに、水素発酵残渣を微生物で処理することにより、新たに余剰汚泥が生じる。そこで、これらの余剰汚泥を有効に利用することが望まれている。
【特許文献1】特開2006−280362号公報
【特許文献2】特開2006−314920号公報
【特許文献3】特開2003−135089号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、大量のアルカリ剤を使用することなく、微生物による排水処理過程で発生する微生物排水処理物とバイオマスとから水素を回収する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、バイオマスと微生物排水処理物との混合物から水素を回収する方法を提供し、該方法は、該微生物排水処理物を滅菌処理する工程;該バイオマスと該滅菌処理された微生物排水処理物とを混合して前処理物を得る工程;該前処理物を水素発酵させる工程;および該水素発酵により生じる水素を回収する工程;を包含する。
【0010】
1つの実施態様では、上記微生物排水処理物は、汚泥または微生物処理排水である。
【0011】
さらに、本発明は、バイオマスと微生物排水処理物との混合物から水素を回収するシステムを提供し、該システムは、該微生物排水処理物を滅菌する滅菌槽;該バイオマスと該滅菌槽で滅菌処理された微生物排水処理物とを混合して前処理を行う前処理槽;該前処理槽で得られた前処理物を水素発酵させる水素発酵槽;および該水素発酵槽で発生した水素を回収する水素回収装置;を備える。
【0012】
1つの実施態様では、上記微生物排水処理物は、汚泥または微生物処理排水である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、大量のアルカリ剤を使用することなく、微生物による排水処理過程で発生する微生物排水処理物とバイオマスとから効率よく水素を回収し得る。したがって、バイオマスを湿式発酵する場合、バイオマス中の窒素濃度が高い場合など、バイオマスの希釈が必要な場合にも、例えば、微生物処理排水のように汚泥濃度が低い(5質量%以下が望ましい)微生物排水処理物を、希釈水として利用できるので有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明のバイオマスと微生物排水処理物との混合物から水素を回収する方法(以下、単に「水素回収方法」と記載する場合がある)および水素回収システムを、添付の図面を参照して説明する。
【0015】
A.水素回収システム
図1に、本発明の水素回収システムの一実施態様を示す。この水素回収システム10は、微生物排水処理物を滅菌する滅菌槽11;バイオマスと滅菌槽で滅菌処理された微生物排水処理物とを混合して前処理を行う前処理槽12;前処理槽12で得られた前処理物を水素発酵させる水素発酵槽13;および水素発酵槽13で発生した水素を回収する水素回収装置14を備える。
【0016】
この水素回収システム10は、滅菌槽11と水素発酵槽13との間に前処理槽12が備えられており、バイオマスと滅菌槽11で滅菌処理された微生物排水処理物との混合物が、水素発酵槽13に導入される前に、前処理槽12に導入されるように構成されている。
【0017】
本発明の水素回収システムでは、微生物排水処理物が滅菌槽11で滅菌処理される。微生物排水処理物としては、工場廃水、下水、嫌気発酵残渣などを、微生物を用いて処理を行う際に生じる汚泥(余剰汚泥)、微生物処理排水などが挙げられる。本発明においては、微生物排水処理物の有効利用の点で、余剰汚泥または微生物処理排水を用いることが好ましい。なお、本明細書において「微生物処理排水」とは、工場廃水、下水、嫌気発酵残渣などの微生物処理を行い、次いで汚泥などを固液分離することによって分離された排水をいう。
【0018】
本発明のシステムに用いられる滅菌槽11は、微生物排水処理物中に存在する微生物を死滅させ得る槽(装置)であれば、特に限定されない。
【0019】
滅菌槽11としては、例えば、加熱処理装置、加圧蒸気滅菌装置、亜臨界処理装置、超臨界処理装置などが挙げられる。
【0020】
滅菌槽11で滅菌処理された微生物排水処理物は、バイオマスとともに前処理槽12に導入される。
【0021】
さらに、本発明のシステムでは、バイオマスを前処理槽12に導入する前に、バイオマス中に含まれるプラスチック、ガラスなどの発酵に寄与しない発酵不適物を除去する手段を有してもよい。
【0022】
本発明のシステムに用いられる前処理槽12は、効率よく水素発酵し得るように、すなわち、直ちに水素発酵が開始されるように、あるいは連続的な水素発酵を継続できるように、バイオマスと滅菌処理された微生物排水処理物との混合物の撹拌、混合物中の固形分濃度の調整、混合物のpHおよび温度の調節などの前処理を行う槽である。
【0023】
前処理槽12は、混合物の撹拌、混合物中の固形分濃度の調整、混合物のpHおよび温度の調節などの前処理を行い得る槽であれば、特に限定されない。この前処理槽12で得られた前処理物が水素発酵槽13に導入される。
【0024】
本発明のシステムに用いられる水素発酵槽13は、水素生成細菌が存在し、バイオマスと滅菌処理された微生物排水処理物との混合物を水素発酵させ得る槽であれば、特に限定されない。さらに、水素発酵槽13には、図示していないが、水素発酵の温度を制御する温度制御手段、pHを制御するpH制御手段などが備えられていてもよい。
【0025】
水素発酵槽13では、通常、二酸化炭素などの水素以外のガスも発生する。水素発酵槽13で発生した水素は、水素発酵槽13に備えられた水素回収装置14によって回収され得る。水素回収装置14は、特に限定されず、当該分野で通常用いられる水素回収装置であり得る。
【0026】
さらに、本発明のシステムは、水素発酵槽13で生じた水素発酵残渣をメタン発酵させるためのメタン発酵槽を設けてもよい(図示せず)。メタン発酵槽を設けることにより、水素発酵槽13で生じた水素発酵残渣を有効利用することが可能となる。
【0027】
B.水素回収方法
本発明の水素回収方法は、該微生物排水処理物を滅菌処理する工程(滅菌処理工程);該バイオマスと該滅菌処理された微生物排水処理物とを混合して前処理物を得る工程(前処理工程);該前処理物を水素発酵させる工程(水素発酵工程);および該水素発酵により生じる水素を回収する工程(水素回収工程)を包含する。本発明の水素回収方法は、例えば、図1に示すような水素回収システムにおいて行われ得る。以下、各工程を、図1を参照して説明する。
【0028】
(滅菌処理工程)
本発明の水素回収方法において、微生物排水処理物は、滅菌槽11に導入されて滅菌処理が行われる。微生物排水処理物(特に、余剰汚泥)には、多くの微生物が存在し、この微生物が水素発酵の基質を消費する。そのため、微生物排水処理物は、滅菌処理が施される。滅菌処理は、微生物排水処理物中に存在する微生物を死滅させ得、水素発酵に悪影響を与えない処理方法であれば、特に限定されない。
【0029】
滅菌処理としては、例えば、加熱処理、加圧蒸気滅菌処理、亜臨界処理、超臨界処理などが挙げられる。滅菌処理条件は、滅菌処理の方法、微生物排水処理物の種類などによって異なる。これらの中でも、加圧蒸気滅菌処理が好ましい。一般に、加圧蒸気滅菌処理は、好ましくは、2気圧程度の圧力下、110℃〜150℃で15分間〜60分間行われる。
【0030】
(前処理工程)
バイオマスおよび上記滅菌処理工程において滅菌処理された微生物排水処理物は、前処理槽12に導入されて、撹拌、混合物中の固形分濃度の調整、混合物のpHおよび温度の調節などの前処理が行われる。
【0031】
バイオマスとしては、有機性廃棄物(食品廃棄物、生ごみなど)、資源作物(トウモロコシ、サトウキビなど)またはその廃棄物などが挙げられる。これらの中でも、食品廃棄物、生ごみ、および資源作物またはその廃棄物が好ましく用いられる。バイオマスは、バイオマス中に含まれるプラスチック、ガラスなどの発酵に寄与しない発酵不適物を除去してから用いてもよい。
【0032】
本発明の方法では、水素発酵の基質を消費し得る微生物が減少した、または含まないバイオマスを用いることが好ましい。このようなバイオマスは、滅菌処理することにより得られる。また、バイオマスは、水素生成細菌を含んでいてもよい。このようなバイオマスは、例えば、上記特許文献3の方法を改良した方法などで得ることができる。
【0033】
バイオマスおよび上記滅菌処理工程において滅菌処理された微生物排水処理物は混合され、上記のように、撹拌、pH調節などが行われ、前処理物が得られる。
【0034】
(水素発酵工程)
上記前処理工程で得られた前処理物は、水素発酵槽13に導入されて、水素発酵される。
【0035】
水素発酵は、水素生成細菌によって行われ、一般的に、20℃〜60℃、好ましくは30℃〜37℃の温度で行われる。さらに、pHについては、水素発酵前に前処理工程において、好ましくは5〜10、より好ましくは5.5〜7に調節され得るが、水素発酵中においても、pHを制御することが好ましい。
【0036】
また、水素発酵は、バイオマスおよび滅菌処理された微生物排水処理物の使用量により異なるが、好ましくは0.1日間〜4日間、より好ましくは0.5日間〜2日間行われる。
【0037】
(水素回収工程)
水素発酵槽13では、上記のように、水素以外にも二酸化炭素などのその他のガスも発生する。したがって、水素発酵槽13で発生した水素は、図1に示すような水素回収装置14を用いて回収される。水素回収装置14を用いることにより、二酸化炭素などの水素以外のガスは除去され得、高濃度の水素を回収することが可能となる。
【0038】
水素回収装置14によって回収された水素は、クリーンエネルギー源として利用され得る。一方、水素発酵残渣は、例えば、メタン発酵の原料として用いることができる。
【実施例】
【0039】
以下に、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に制限されない。
【0040】
(実施例1)
以下の表1に示すような性状を有する麦焼酎粕および余剰汚泥(食品工場排水の処理によって生じた活性汚泥)を用いて、図1に示す構成のシステムによって、水素発酵を行った。
【0041】
(1)水素生成細菌(種菌)の培養
生ごみの高温メタン発酵後の消化汚泥を、グルコースを主体とする培地で連続的に培養した。使用した培地は、1L中に、グルコースを5g、酵母エキスを0.5g、NHClを2.6g、KHPOを0.25g、MgCl・6HOを125mg、FeSO・7HOを5mg、CoCl・6HOを2.5mg、MnCl・4HOを2.5mg、KIを2.5mg、NaMoO・2HOを0.5mg、HBOを0.5mg、NiCl・6HOを0.5mg、およびZnClを0.5mg含む。
【0042】
培養を、10NのNaOH水溶液を用いてpHを約5.5に制御し35℃で行った。培地を、水理学的滞留時間(HRT)が15〜18時間となるように連続的に供給し、オーバーフローにより排出した。
【0043】
培養後、表2に示すように、種菌を含む汚泥(種汚泥)500mLを、水素発酵槽13に投入した。
【0044】
(2)水素発酵
表1に示すような性状を有する余剰汚泥を、滅菌槽11(オートクレーブ)において、121℃で30分間滅菌処理した。
【0045】
次いで、表2に示すように、330mLの麦焼酎粕および170mLの滅菌された余剰汚泥を、前処理槽12に投入して、1時間混合撹拌した。混合物のpHを約6.0に、そして温度を約35℃に調節した。
【0046】
次いで、pHおよび温度を調節した麦焼酎粕と滅菌された余剰汚泥との混合物を、水素発酵槽13に投入して、水素発酵を行った。なお、発酵中、温度は約35℃に制御したが、pHは制御しなかった。
【0047】
発生したガスを、酸性飽和食塩水を用いた水上置換法で捕集し、水素、メタン、および二酸化炭素の割合を、経時的にTCDガスクロマトグラフにより分析した。結果を図2に示す。
【0048】
(比較例1)
実施例1において、滅菌された余剰汚泥の代わりに水道水を用いたこと以外は、実施例1と同様の手順で水素発酵を行った。結果を図3に示す。
【0049】
(比較例2)
実施例1において、滅菌された余剰汚泥の代わりに未滅菌の余剰汚泥を用いたこと以外は、実施例1と同様の手順で水素発酵を行った。結果を図4に示す。
【0050】
【表1】

【0051】
【表2】

【0052】
図2に示すように、実施例1では、発酵開始から9時間後に、水素が1533mL発生した(麦焼酎粕と滅菌された余剰汚泥との混合物1Lあたりの発生量)。図3に示すように、余剰汚泥の代わりに水道水を用いた比較例1では、発酵開始から9時間後に、水素が1394mL発生した(麦焼酎粕と水道水との混合物1Lあたりの発生量)。すなわち、滅菌された余剰汚泥を用いることにより、水素の発生量が10%程度上昇していることがわかった。
【0053】
一方、図4に示すように、未滅菌の余剰汚泥を用いた比較例2では、発酵開始から12時間後でも、水素が233mLしか発生していないことがわかった(麦焼酎粕と未滅菌の余剰汚泥との混合物1Lあたりの発生量)。したがって、余剰汚泥を滅菌することにより、効率よく水素発酵が行われ、より多くの水素を回収し得ることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明によれば、大量のアルカリ剤を使用することなく、微生物による排水処理過程で発生する微生物排水処理物とバイオマスとから効率よく水素を回収し得る。したがって、廃棄物処理の分野において有用である。また、微生物排水処理物を滅菌することにより、バイオマスの希釈水として有効利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明の水素回収システムの一実施態様を示す系統図である。
【図2】実施例1における水素、メタン、および二酸化炭素の発生量の経時変化を示すグラフである。
【図3】比較例1における水素、メタン、および二酸化炭素の発生量の経時変化を示すグラフである。
【図4】比較例2における水素、メタン、および二酸化炭素の発生量の経時変化を示すグラフである。
【符号の説明】
【0056】
10 水素回収システム
11 滅菌槽
12 前処理槽
13 水素発酵槽
14 水素回収装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バイオマスと微生物排水処理物との混合物から水素を回収する方法であって、
該微生物排水処理物を滅菌処理する工程;
該バイオマスと該滅菌処理された微生物排水処理物とを混合して前処理物を得る工程;
該前処理物を水素発酵させる工程;および、
該水素発酵により生じる水素を回収する工程;
を包含する、方法。
【請求項2】
前記微生物排水処理物が汚泥または微生物処理排水である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
バイオマスと微生物排水処理物との混合物から水素を回収するシステムであって、
該微生物排水処理物を滅菌する滅菌槽;
該バイオマスと該滅菌槽で滅菌処理された微生物排水処理物とを混合して前処理を行う前処理槽;
該前処理槽で得られた前処理物を水素発酵させる水素発酵槽;および
該水素発酵槽で発生した水素を回収する水素回収装置;
を備える、システム。
【請求項4】
前記微生物排水処理物が汚泥または微生物処理排水である、請求項3に記載のシステム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−262025(P2009−262025A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−112590(P2008−112590)
【出願日】平成20年4月23日(2008.4.23)
【出願人】(000133032)株式会社タクマ (308)
【Fターム(参考)】