説明

水酸化クロムスラリー及びその製造方法

【課題】長期間にわたり保存しても六価のクロムの生成が抑制された水酸化クロムスラリーを提供すること。
【解決手段】本発明の水酸化クロムスラリーは、ポリフェノール類を含有することを特徴とする。ポリフェノール類は0.05〜0.5重量%含有されることが好適である。ポリフェノール類としては、ポリヒドロキシベンゼン類を用いることが好適である。あるいはカテキン等の植物由来のポリフェノール類を用いることも好適である。水酸化クロムスラリーはそのpHが6〜11であることが好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水酸化クロムのスラリーに関する。本発明の水酸化クロムスラリーは、例えばクロムめっき又は金属の表面処理若しくは三価クロム化成処理に有用である。
【背景技術】
【0002】
クロムめっきは、装飾用及び工業用として多くの産業分野で用いられている。クロムめっきは大気中で腐食せず光沢を失わないので、装飾めっきとして広く用いられている。また高い硬度と低い摩擦係数を有するので、耐摩耗性を要する機械部品等に広く用いられている。このめっきに用いられるめっき液には多量の六価のクロムが用いられている。六価のクロムは人体への影響が懸念されるので、めっき廃液の処理の際に環境中に放出されないよう非常に厳重な条件下で三価のクロムに還元しなければならない。したがって六価のクロムに代えて、毒性の少ないクロムである三価のクロムを用いためっき液の開発が望まれている。
【0003】
六価のクロムを三価のクロムに還元する技術として、六価のクロムを含有する水を脱気処理して溶存酸素を低減させた後に、第一鉄イオンを添加する方法が知られている(特許文献1参照)。また、クロメート処理液にオキシカルボン酸化合物を添加することで、該処理液に含まれる六価のクロムを三価のクロムに還元する技術も知られている(特許文献2参照)。更に、鋼材に亜鉛めっきが施された表面に皮膜を形成するために用いられるクロム含有の表面処理液において、六価のクロムを三価のクロムに還元する還元剤として、重亜硫酸ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、メタ重亜硫酸ナトリウム、硫酸第一鉄、二酸化硫黄、亜リン酸を用いる技術も知られている(特許文献3参照)。
【0004】
これらの技術とは別に、クロムの技術分野に属するものではないが、スズめっき皮膜の形成に関して、該皮膜を得るためのスズめっき液中に、酸化防止剤としてカテコール、ヒドロキノンやピロガロールを用いること提案されている(特許文献4参照)。これらの酸化防止剤は、スズめっき液の長期保存安定性を確保する目的及びスラッジの沈殿防止の目的で用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−293486号公報
【特許文献2】特開2002−146550号公報
【特許文献3】特開2006−28547号公報
【特許文献4】特開2007−239076号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1ないし3に記載の技術によれば、系内に存在する六価のクロムを三価のクロムに還元することは可能かもしれない。しかし、クロムめっき等の表面処理を行う場合に、系内に存在する還元剤がめっき等にマイナスに作用して、目的とする品質のめっき皮膜等が得られないおそれがある。
【0007】
また、特許文献4に記載の技術は、スズめっき液の酸化防止に関する技術なので、この技術をそのまま六価のクロムの生成抑制に適用することはできない。
【0008】
したがって本発明の課題は、前述した従来技術が有する種々の欠点を解消し得る三価のクロムを含む液を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、ポリフェノール類を含有することを特徴とする水酸化クロムスラリーを提供することで、前記の課題を解決したものである。
【0010】
更に本発明は、前記のスラリーの好適な製造方法として、無機アルカリ水溶液に三価のクロムを含む水溶液を添加して水酸化クロムを含むスラリーを得、該スラリーにポリフェノール類を添加することを特徴とする水酸化クロムスラリーの製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、長期間にわたり保存しても六価のクロムの生成が抑制された水酸化クロムスラリーが提供される。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の水酸化クロムスラリーにおいては、水酸化クロム(III)の粒子が、液体の媒体中に分散してスラリーの状態になっている。以下の説明において特に断らない限り、「クロム」又は「水酸化クロム」というときには、そのクロムが三価のものであることを意味する。
【0013】
本発明の水酸化クロムの粒子形状に特に制限はなく、例えば塊状などの形状であり得る。一般には球状である。水酸化クロムは、後述するとおり、その溶解性を高める観点から微粒であることが好ましい。具体的には、一次粒子の平均粒径Dが好ましくは40〜200nm、更に好ましくは50〜100nmである。粒径をこの範囲に設定することで、静電引力に起因する凝集を防止でき、かつ酸との反応箇所の減少も防止でき、溶解性を高めることができる。一次粒子の平均粒径Dは、走査型電子顕微鏡(SEM)像から測定される。
【0014】
本発明の水酸化クロムスラリーにおける媒体としては、水を始めとする水性液が主として用いられる。場合によっては有機化合物からなる媒体を用いることもできる。水性液としては、水そのものの他に、水を主成分とし、アルコール等の水溶性有機化合物が含有されている液が挙げられる。有機化合物からなる媒体としては、室温(20℃)で液体であるアルコール類、ケトン類、エステル類、エーテル類等が挙げられるが、これらには限られない。
【0015】
水酸化クロムスラリーにおける水酸化クロムと媒体との比率は、該スラリーの具体的な用途等に応じて適宜決定することができる。例えばスラリーにおける水酸化クロムの割合を好ましくは1〜15重量%、更に好ましくは5〜10重量%とし、残部を媒体とすることができる。
【0016】
本発明の水酸化クロムスラリーは、長期間にわたって保存を行っても、六価のクロムの生成が抑制されている点に特徴の一つを有している。六価のクロムの生成を抑制するために、スラリー中にはポリフェノール類が含有されている。本発明において、ポリフェノール類をスラリー中に含有させることで、三価のクロムからの六価のクロムの生成が抑制されるメカニズムは現在のところ不明であり、更なる検討が必要とされる。尤も、スラリー中にポリフェノール類を含有させることで、六価のクロムの生成が確実に抑制されることは、本発明者らによって確認済みである。
【0017】
本発明で用いられるポリフェノール類は、分子内に複数のフェノール性ヒドロキシ基(ベンゼン環、ナフタレン環などの芳香環に結合したヒドロキシ基)を有する化合物である。そのようなポリフェノール類には、(イ)単一の芳香族環を有する化合物及び(ロ)複数の芳香族環を有する化合物が包含される。
【0018】
前記の(イ)の化合物としては、例えばベンゼン環に2以上のヒドロキシキ基が結合した化合物が挙げられる。そのような化合物としては、例えば以下の式
(1)で表される化合物であるポリヒドロキシベンゼン類が挙げられる。
【0019】
【化1】

【0020】
式(1)で表される化合物の具体例としては、カテコール、ヒドロキノン、レゾルシノール等のジヒドロキシベンゼン化合物、ピロガロール、フロログルシノール等のトリヒドロキシベンゼン化合物、1,2,4,5−テトラヒドロキシベンゼン等のテトラヒドロキシベンゼン化合物、ヘキサヒドロキシベンゼン化合物が挙げられる。これらのポリヒドロキシベンゼン化合物のうち、ジヒドロキシベンゼン化合物及びトリヒドロキシベンゼン化合物を用いることが、六価のクロムの生成の抑制の点から好ましく、特にカテコール及びピロガロールを用いることが好ましい。
【0021】
一方、前記の(ロ)の化合物としては、例えば複数の芳香族環を有する化合物であって、一つの芳香族環に2以上のヒドロキシ基が結合した化合物が挙げられる。そのような化合物としては、1,4−ジヒドロキシナフタレン及び2,3−ジヒドロキシナフタレン等のジヒドロキシナフタレン化合物や、1,3,6,8−テトラヒドロキシナフタレン等のテトラヒドロキシナフタレンが挙げられる。また、天然物由来のポリフェノール類を用いることもできる。そのようなポリフェノール類としては、植物由来のポリフェノール類であるカテキンが典型的なものとして挙げられる。
【0022】
上述のポリフェノール類はそれぞれ単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。水酸化クロムスラリーにおけるポリフェノール類の割合は、ポリフェノール類の種類にもよるが、0.05〜0.5重量%、特に0.1〜0.4重量%であることが、六価のクロムの生成の抑制効果が顕著なものとなることから好ましい。
【0023】
ポリフェノール類は、水酸化クロムスラリー中に溶解した状態で存在していてもよく、あるいはスラリーに不溶の状態でスラリー中に分散していてもよい。
【0024】
水酸化クロムスラリーが水性液を媒体とするスラリーである場合、該スラリーはそのpHが4〜11、特に5〜9、とりわけ6〜7であることが好ましい。スラリーのpHをこの範囲内とすることで、スラリーのゲル化を効果的に防止できる。また、水酸化クロムスラリーの実使用時における水酸化クロムの溶解性が損なわれにくくなる。スラリーのpHの調整の具体的な方法については後述する。
【0025】
水酸化クロムは、他のクロム塩、例えば硝酸クロムや塩化クロムに比較して、これを溶解させたときに不純物イオンが生成しないという利点を有する。したがって水酸化クロムは、三価のクロムを用いたクロムめっき又は金属の表面処理液若しくは三価クロム化成処理液における三価のクロム源として非常に有用である。このような利点を有する反面、水酸化クロムは一般に水に溶解しにくいという性質を有している。水酸化クロムの溶解性に関しては、本出願人は先に、水酸化クロムの粒径及び凝集度を特定の範囲内に設定することによって、酸性水溶液に対する溶解性が高くなることを報告している(国際公開2008/136223号参照)。詳細には、スラリー中に含まれる水酸化クロムに関し、粒度分布測定装置により測定された体積平均粒子径D50と、走査型電子顕微鏡像から測定された平均粒子径Dとの比D50/Dで表される凝集度を10以上70未満とし、かつ平均粒子径Dを40〜200nmとすることで、酸性水溶液に対する溶解性が高くなる。前記の平均粒子径及び凝集度の測定方法の詳細は、前記の国際公開に記載されている。
【0026】
水酸化クロムは、これを、温度25℃でpHが0.2の塩酸水溶液1リットルに、Crとして1g含有に相当する量だけ加えたときに、その水酸化クロムが30分以内に完全溶解するような溶解性を有していることが好ましい。この場合、水酸化クロムの溶解の有無は目視で判断する。水酸化クロムの溶解時間は、液が透明になるまでの時間である。水酸化クロムがこの程度の溶解性を有していれば、水酸化クロムスラリーの実使用時に、長時間を要せずに水酸化クロムを溶解させることができる。
【0027】
本発明の水酸化クロムスラリーは、水酸化クロム、媒体及びポリフェノール類以外の成分が含まれていてもよく、あるいは含まれていなくてもよい。スラリー中に他の成分が含まれている場合、該成分としてはNa+、K+、Cl-、SO42-、NH4-等の各種のイオンが挙げられる。該スラリーを、クロムめっき又は金属の表面処理若しくは三価クロム化成処理に用いられるめっき液等の補充液として用いる場合には、該スラリーは不純物イオンを実質的に含まないことが好ましい。補充に起因する不要なイオンの蓄積を防止するためである。本明細書に言う「不純物イオン」とは、H+及びOH-イオン以外のイオンを意味する。「実質的に含まない」とは、水酸化クロムスラリーの調製の間に、意図的に不純物イオンを添加しないことを意味し、不可避的に混入する微量の不純物イオンは許容する趣旨である。
【0028】
次に、本発明の水酸化クロムスラリーの好適な製造方法について説明する。本製造方法は、(i)水酸化クロムの生成工程と、(ii)ポリフェノール類の添加工程に大別される。以下、それぞれの工程について説明する。
【0029】
まず(i)の水酸化クロムの生成工程においては、無機アルカリ水溶液に三価のクロムを含む水溶液を添加して水酸化クロムを含むスラリーを得る。無機アルカリ水溶液と三価のクロムを含む水溶液の添加の順序として、無機アルカリ水溶液中に三価のクロムを含む水溶液を添加するという順序を採用することで、上述した凝集度及び平均粒径を有し、酸性水溶液に対する溶解性の高い水酸化クロムを得ることができる。
【0030】
生成する水酸化クロムの溶解性は、無機アルカリ水溶液と三価のクロムを含む水溶液の添加の順序に加えて、反応温度にも影響される場合がある。例えば、反応液温が50℃よりも高い場合には、生成する水酸化クロムが凝集体又は塊状になり易い傾向にある。反応液温が0℃未満である場合には、三価クロム塩及び/又は無機アルカリが析出しやすい傾向にある。そこで、溶解性の高い水酸化クロムを一層容易に得る観点から、水酸化クロム生成の反応温度(液温)を10〜50℃、特に10〜40℃に設定することが好ましい。
【0031】
反応は、中和反応であるので原料を量論比で混合することで、所望の特性を有する水酸化クロムが得られる。反応中は、反応系を攪拌して反応を均一に行わせかつ反応を促進させることが好ましい。攪拌が不十分な場合には、反応系において局所的にアルカリの量に対して三価のクロムの量が過剰な状態になる場合がある。このような状態下に生成する水酸化クロムは、酸性水溶液に対する溶解性に劣る傾向にある。したがって、三価のクロムを含む水溶液の添加を、アルカリの量に対して三価のクロムの量が局所的に過剰にならないように行うことが有利である。この観点から、攪拌条件を、局所的な停滞部分の発生を避け、均一混合ができるように調整することが好ましい。アルカリの量に対して三価のクロムの量が局所的に過剰になる状態とは、例えば、本発明の方法とは逆に、三価のクロムを含む水溶液に無機アルカリ水溶液を添加した状態をいう。
【0032】
三価のクロムを含む水溶液は、無機アルカリ水溶液中に徐々に添加することが好ましい。この場合、添加速度に特に制限はないが、反応中に不均一な混合が起きないよう撹拌機の能力や製造スケールに応じて添加速度を調整することが、溶解性の高い水酸化クロムを得る点から好ましい。
【0033】
三価のクロムを含む水溶液におけるクロム源としては、三価のクロムの水溶性塩を特に制限なく用いることができる。そのような塩としては、例えば塩化クロム、硫酸クロム、硫酸クロムアンモニウム、硫酸クロムカリウム、ギ酸クロム、フッ化クロム、過塩素酸クロム、スルファミン酸クロム、硝酸クロム、酢酸クロムなどが挙げられる。これらの塩は一種又は二種以上を組み合わせて用いることができる。これらの塩は、水溶液の状態で用いてもよく、あるいは粉末の状態で用いても良い。例えば日本化学工業社製「35%液体塩化クロム」、「40%液体硫酸クロム」(製品名)や市販の塩化クロム(結晶品)を用いることができる。これらの塩のうち、塩化クロム、硫酸クロムを用いることが、有機物が残存しない点及び経済性の点から好ましい。
【0034】
三価のクロムを含む水溶液としては、六価のクロムを含む水溶液における六価のクロムを三価に還元したものを用いることもできる。例えば重クロム酸塩の水溶液に亜硫酸ガスを通して六価のクロムを三価のクロムに還元した水溶液を用いることができる。あるいは、重クロム酸の水溶液に硫酸を加え、有機物で六価のクロムを三価のクロムに還元した水溶液を用いることもできる。三価のクロムを含む水溶液におけるクロムの濃度は、0.5〜15重量%、特に1〜10重量%であることが好ましい。
【0035】
三価のクロムを含む水溶液が添加される無機アルカリ水溶液に用いられる無機アルカリとしては、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどのアルカリ金属の水酸化物、アンモニア等を用いることができる。無機アルカリに代えて有機アルカリを用いると、有機アルカリがクロムと水溶性の錯塩を形成することに起因して、水酸化クロム生成後の濾過廃液中にクロムが残留するおそれがある。したがって有機アルカリの使用は避けるべきである。上述した無機アルカリのうち、特にアルカリ金属の水酸化物を用いると、酸性水溶液に対する水酸化クロムの良好な溶解性が長期間にわたって維持されるので好ましい。無機アルカリ水溶液における無機アルカリの濃度は、1〜50重量%、特に5〜40重量%であることが好ましい。
【0036】
このようにして得られた水酸化クロムのスラリーにポリフェノール類を添加する。添加に先立ち、スラリーのpHを調整することが好ましい。pH調整によって、目的とする水酸化クロムスラリーのゲル化を効果的に防止できる。具体的には、ポリフェノール類を添加する前のスラリーのpHを、好ましくは4〜11、更に好ましくは5〜9、一層好ましくは6〜7に調整することが好ましい。
【0037】
上述の方法で生成した水酸化クロムを含むスラリーのpHは、反応に無機アルカリ水溶液を用いていることに起因して高アルカリ域になっている。そこで、pHを前記の範囲に調整するためには、酸性液を添加することが有利である。例えば塩酸、硫酸、硝酸等の鉱酸の水溶液を用い、これを前記のスラリーに添加することで、pHを低下させて前記の範囲内となるようにすることが好ましい。酸性液は、そのpHが4以下であることが好ましい。
【0038】
酸性液の添加によるpHの調整においては、該酸性液を洗浄液と兼用し、上述の方法で生成した水酸化クロムを含むスラリーを該酸性液によって洗浄しつつ、pHを調整することが好ましい。例えば、上述の方法で生成した水酸化クロムを含むスラリーを、酸性液とともに1回又は複数回濾過することで、pHの調整と洗浄とを同時に行うことができる。濾過に代えて、フィルタプレスを用いた洗浄を用いてもよい。
【0039】
また、酸性液を洗浄液と兼用する工程と、それとは別に、純水を用いた洗浄工程とを組み合わせることもできる。こうすることで、液のpHを所望範囲に設定することが一層容易になるとともに、液の洗浄を確実に行うこともできる。しかも、工程数を減らすこともできる。
【0040】
洗浄は、スラリーの電気伝導度が3000μS/cm以下、特に1000μS/cm以下となるまで行うことが好ましい。
【0041】
このようにしてpH及び電気伝導度が調整されたスラリーに、ポリフェノール類を添加する。ポリフェノール類の添加は、そのまま、あるいは水等の媒体に溶解又は分散させて行うことができる。ポリフェノール類の添加は、スラリーが室温の状態で行うこともでき、あるいは加熱下に行うこともできる。一般的には、室温の状態で添加すれば、満足すべき結果が得られる。
【0042】
ポリフェノール類の添加によってはスラリーのpHは大きく変動しない。したがって、ポリフェノール類の添加後のスラリーのpH、すなわち目的とする水酸化クロムスラリーにおいては、ポリフェノール類の添加前のスラリーのpH(つまり、好ましくは6〜11)が実質的に維持される。
【0043】
このようにして得られた水酸化クロムスラリーは、ポリフェノール類が含まれていることで、これを長期間にわたり保存しても六価のクロムの生成が抑制される。この水酸化クロムスラリーは、例えば三価のクロムを用いたクロムめっき又は金属の表面処理液若しくは三価クロム化成処理液における三価クロム源として有用である。
【0044】
また上述の方法で得られた水酸化クロムスラリーは、これをクロム源として用いることで、三価クロム含有液を得ることができる。この三価クロム含有液は、装飾用の最終仕上げ及び工業用の三価クロムめっきに好適に用いられる。また、ニッケルめっきの上層に施されるめっき等の各種金属の表面処理にも好適に用いられる。更に亜鉛めっき鋼板やすずめっき鋼板等の三価クロム化成処理にも好適に用いられる。すなわち、この三価クロム含有液は、三価クロムめっき液や三価クロム化成処理液であり得る。以下の説明では、特に断らない限り、これらの液を総称して「めっき液等」という。
【0045】
前記の三価クロム含有液を三価クロムめっき液として用いる場合、該三価クロムめっき液は、上述の水酸化クロムに由来する三価のクロム及び有機酸等を始めとする他の成分を含むものである。また前記の三価クロム含有液を三価クロムのクロメート処理用の処理液として用いる場合には、該処理液は、クロム源として上述の水酸化クロムを用い、更にコバルト化合物、珪素化合物、亜鉛化合物、種々の有機酸等を含むことができる。
【0046】
前記の三価クロム化成処理液に用いられるコバルト化合物としては、塩化コバルト、硝酸コバルト、硫酸コバルト、リン酸コバルト、酢酸コバルト等が挙げられる。これらは1種又は2種以上を混合して用いることもできる。珪素化合物としては、コロイダルシリカ、珪酸ソーダ、珪酸カリ、珪酸リチウムが挙げられる。これらの珪素化合物は1種又は2種以上を混合して用いることもできる。亜鉛化合物としては、塩化亜鉛、硫酸亜鉛、硝酸亜鉛、酸化亜鉛、炭酸亜鉛、リン酸亜鉛、酢酸亜鉛等が挙げられる。これらの亜鉛化合物は1種又は2種以上を混合して用いることもできる。有機酸としては、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、クエン酸、アジピン酸、酒石酸、リンゴ酸、グリシン等が挙げられる。これらはキレート作用を示すことから、めっき液中で三価のクロムを安定な形に保持することができると考えられる。
【0047】
上述の方法で得られた水酸化クロムスラリーを用いれば、上述のめっき液等に加えて、クロムめっき又は金属の表面処理若しくは三価クロム化成処理に用いられるめっき液等の補充液も得ることができる。この補充液は、上述の水酸化クロムを含むスラリーからなる。このスラリーには、上述のとおり不純物イオンが含まれていないことが好ましい。金属の表面処理や三価クロム化成処理等においては、無機アニオン、例えば硫酸イオン、硝酸イオン、塩化物イオンなどは、皮膜中に取り込まれず液中に残存したままになる。したがって、めっき液等にクロム源を注ぎ足すと、そのクロム源の対アニオンである無機アニオンがめっき液等中に次第に蓄積していき、めっき液等の組成が変化してしまう。これに対して、上述の水酸化クロムを含むスラリーからなる補充液は、これらのアニオンを含まないので、該補充液をクロム供給源としてめっき液等に注ぎ足しても、めっき液等の組成の変化が少ない。その結果、めっき液等を頻繁に更新することなく、長期にわたりめっき液等を用いることができる。
【0048】
前記の補充液は、めっきや三価クロム化成処理を行っている間、めっき液等中のクロムイオンの消耗の程度に応じて該めっき液等中に適量添加される。添加は連続的でもよく、あるいは断続的でもよい。
【0049】
以上、本発明をその好ましい実施形態に基づき説明したが、本発明は前記実施形態に制限されず、当該技術分野に属する通常の知識を有する者の常識の範囲内において種々の改変を行うことは何ら妨げられない。またそのような改変は本発明の範囲内のものである。
【実施例】
【0050】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、かかる実施例に制限されない。特に断らない限り、「%」は「重量%」を意味する。
【0051】
実施例及び比較例に先立ち、これらの例中の特性の測定方法を以下に示す。
【0052】
〔Cr(VI)生成量〕
試料スラリー3gに硫酸水溶液5mlを加えた後、1%ジフェニルカルバジド溶液1mlと飽和食塩水20mlを加え、更にベンジルアルコール20mlを加えた。そして、振とう及び静置の後、ベンジルアルコール層の発色を確認した。そして発色の程度から、0.1、1ppmに調整したCr(VI)溶液を前記操作により発色させたものと目視比較して、Cr(VI)生成量を求めた。
【0053】
〔pH〕
pHメーター((株)堀場製作所製、F−52)を用いて測定した。
【0054】
〔溶解性〕
容器に純水460gと35%塩酸40gを入れて液温を25℃に調整し、これを攪拌しながら試料スラリーを13ml加えた。そして、試料スラリーの添加完了時点から試料スラリーが完全に溶解するまでの時間を測定した。
【0055】
〔実施例1ないし3〕
10%水酸化ナトリウム水溶液138.5gと、7%塩化クロム水溶液261.1gとを、それぞれ容器に入れて準備し、液温を20℃に調整した。10%水酸化ナトリウム水溶液を攪拌しながら、そこに7%塩化クロム水溶液を20ml/minの速度で添加した。添加終了後の反応液のpHは10であった。これによって水酸化クロムが生成したスラリーを得た。得られたスラリーを濾過し、ケーキを2Lの純水でリパルプしてスラリーAを得た。このスラリーAに、水1容量部に対して35%塩酸(純正化学株式会社製)9容量部を加えた塩酸水溶液を添加して、スラリーAのpHを7.2に調整した後、再度濾過を行った。
【0056】
得られたケーキを、2Lの純水でリパルプしてスラリーBを得た。このスラリーBの電気伝導度は400μS/cmであった。スラリーBを濾過し、得られたケーキを純水に懸濁させて約150mlとし、Cr濃度を40g/Lに調整してスラリーCを得た。スラリーCのpHは6.5であった。このスラリーCに、添加剤として、以下の表1に示すポリフェノール類を0.3g添加して、目的とする水酸化クロムスラリーを得た。得られた水酸化クロムスラリーにおけるCr(VI)生成量、pH、溶解性及び液性を、上述の方法で評価した。その結果を以下の表1に示す。
【0057】
〔比較例1ないし4〕
前記のスラリーCに、以下の表1に示す添加剤0.3gを加えること以外は実施例1と同様にして水酸化クロムスラリーを得た。なお、比較例4では添加剤を添加せず、スラリーCをそのまま用いた。得られた水酸化クロムスラリーにおけるCr(VI)生成量、pH、溶解性及び液性を、上述の方法で評価した。その結果を以下の表1に示す。
【0058】
【表1】

【0059】
表1に示す結果から明らかなように、ポリフェノール類を含有する各実施例で得られた水酸化クロムスラリーでは、Cr(VI)の生成は見られず、溶解性も良好であることが判る。また、液性についてもゲル化せず良好であることが判る。これに対してポリフェノール類を含有していない各比較例で得られた水酸化クロムスラリーのうち、比較例1及び4においてはCr(VI)が生成してしまうことが判る。比較例2及び3においてはCr(VI)の生成は認められないものの、スラリーがゲル化してしまい製品として使用できないことが判る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリフェノール類を含有することを特徴とする水酸化クロムスラリー。
【請求項2】
ポリフェノール類を0.05〜0.5重量%含有する請求項1に記載の水酸化クロムスラリー。
【請求項3】
pHが6〜11である請求項1又は2に記載の水酸化クロムスラリー。
【請求項4】
ポリフェノール類が式(1)で表される化合物である請求項1ないし3のいずれかに記載の水酸化クロムスラリー。
【化1】

【請求項5】
ポリフェノール類がカテキンである請求項1ないし3のいずれかに記載の水酸化クロムスラリー。
【請求項6】
無機アルカリ水溶液に三価のクロムを含む水溶液を添加して水酸化クロムを含むスラリーを得、該スラリーにポリフェノール類を添加することを特徴とする水酸化クロムスラリーの製造方法。
【請求項7】
水酸化クロム生成の反応温度が10〜50℃である請求項6に記載の水酸化クロムスラリーの製造方法。
【請求項8】
ポリフェノール類を添加する前に、スラリーのpHを6〜11に調整する請求項6又は7に記載の水酸化クロムスラリーの製造方法。

【公開番号】特開2011−184256(P2011−184256A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−52636(P2010−52636)
【出願日】平成22年3月10日(2010.3.10)
【出願人】(000230593)日本化学工業株式会社 (296)
【Fターム(参考)】