説明

水銀原子蛍光分析装置

【課題】高濃度の水銀を含有する試料を測定する場合、測定直後に繰り返し測定しても正確で精度のよい分析値を得ることができる水銀原子蛍光分析装置を提供することを目的とする。
【解決手段】水銀原子蛍光分析装置1は、紫外および可視領域の光線11を放射する水銀ランプ10と、ガス状の試料Sが通過するフローセル20と、水銀ランプ10からの光線11がフローセル20に照射され、フローセル20を通過するガス状の試料Sから発生する水銀の蛍光12の強度を検出する試料側検出器30と、水銀ランプ10から放射される光線11の強度を検出する参照側検出器40と、試料側検出器30の出力値である信号出力値から試料側検出器40の試料未測定時の出力値であるベース出力値を差し引いた出力値であるネット出力値および参照側検出器40の出力値によって、試料側検出器30の出力値を補正する出力補正手段50とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料側検出器と参照側検出器を備え、両検出器の出力値を演算することにより試料側検出器の出力値を補正し、装置内に残留する試料中の残留水銀の影響を除去する水銀原子蛍光分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から原子蛍光法による水銀分析は行われている。石英ガラスからなるフローセル中にガス状の試料を流し、水銀ランプから発生する紫外線を試料に照射し、試料中に存在する水銀原子から発生する水銀の蛍光の強度を検出器で検出することにより水銀の定量分析が行われている。
【0003】
従来の水銀原子蛍光分析装置は図5に示すように、石英ガラスからなるフローセル20中にガス状の試料Sを流し、水銀ランプ10から放射される紫外線11を試料Sに照射することによって発生する水銀の蛍光12の強度を光電子増倍管70によって電流増幅し、オペアンプからなる電流/電圧変換回路71によって光電流を電圧信号に変換している。この電圧信号は信号処理部80に入力され、A/D変換されたのち信号処理されディスプレイ85に試料中の水銀量を示す信号強度のプロファイルとして表示される。
【0004】
電流/電圧変換回路71の信号電圧のプロファイルは図6に示すように、フローセル20内に水銀が存在しないときであっても水銀ランプ10からの散乱光が光電子増倍管70に入射し、試料未測定時の信号電圧であるベース電圧Vbが嵩上げされた電圧となり、試料測定時には、フローセル20内の試料から発生する水銀の蛍光の強度に応じた信号電圧が、このベース電圧Vbの上に重畳された信号電圧Vsとなる。また、水銀ランプ10の光量を20%減少させた場合と減光させない場合(光量100%)について同一試料を測定して、信号強度プロファイルを比較すると、図8に示すように、減光させない場合の信号強度プロファイルJ(実線)に比べ、光量を20%減少させた場合の信号強度プロファイルK(破線)は強度が低下している。このように、試料Sに照射される水銀ランプ10の放射する紫外線11の光量が増加すると試料Sから発生する水銀の蛍光12の強度は増加し、試料Sに照射される水銀ランプ10の放射する紫外線11の光量が減少すると試料Sから発生する水銀の蛍光12の強度は減少する。したがって、水銀原子蛍光分析装置は水銀ランプ10の放射する紫外線11の光量変化を補償する必要がある。
【0005】
このため、従来の装置では、これらの問題を解決するために、信号強度Isは(1)式によって演算された値が用いられている。図7は、(1)式を用いて信号処理されたプロファイルを示しており、信号強度のベースラインが0点に位置している。また、(1)式を用いて信号処理されているので、水銀ランプからの光量が変動しても信号電圧Vsとベース電圧Vbは同じ割合で変化し、信号強度Isは変動することはない。
【0006】
Is=Vs/Vb−1 (1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、従来の装置では水銀ランプから放射される光線の光量変化は補償されているが、例えば100ngの高濃度の水銀を測定した場合、図9に示すように第1回目の測定値L(実線)に比べて、5分後の第2回目の測定値M(破線)は信号強度が10%低下している。これらの信号電圧Vsとベース電圧Vbを測定したところ、第1回目の測定値のベース電圧Vbは56mV、信号電圧Vsのピーク値は247Vであり、第2回目の測定値のベース電圧Vbは62mV、信号電圧Vsのピーク値は246Vであった。
【0008】
これらの測定値からそれぞれの電圧の変化率を計算した結果、信号電圧Vsの変化率は0.4%であり、ベース電圧Vbの変化率は10.7%であった。ベース電圧Vbの変動が信号強度を10%低下させた主な要因であることが分かる。第2回目の測定でベース電圧Vbが上昇するのは、高濃度の水銀を測定するとガス状の試料流路の配管系に試料中の水銀が残留し、その残留水銀によって発生する蛍光の強度を光電子増倍管が検出していることが原因であることに気付いた。したがって、従来の装置では、正確で精度のよい測定をするためには、装置内の配管流路から残留水銀を流出させ、ベース電圧が安定するまで、次の測定を始めることができず、30分以上の長い待機時間を必要とするという問題があった。
【0009】
本発明は前記従来の問題に鑑みてなされたもので、高濃度の水銀を含有する試料を測定する場合、測定直後に繰り返し測定しても正確で精度のよい分析値を得ることができる水銀原子蛍光分析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記目的を達成するために、本発明の水銀原子蛍光分析装置は、紫外および可視領域の光線を放射する水銀ランプと、ガス状の試料が通過するフローセルと、前記水銀ランプからの光線が前記フローセルに照射され、前記フローセルを通過するガス状の試料から発生する水銀の蛍光の強度を検出する試料側検出器と、前記水銀ランプから放射される光線の強度を検出する参照側検出器と、前記試料側検出器の出力値である信号出力値から前記試料側検出器の試料未測定時の出力値であるベース出力値を差し引いた出力値であるネット出力値および前記参照側検出器の出力値によって、前記試料側検出器の出力値を補正する出力補正手段とを有する。本発明において、ガス状の試料とは、試料自体が気体の試料および溶液試料や固体試料に含有されている水銀が還元気化法や加熱気化法により気化された気化水銀の試料をいう。
【0011】
本発明の水銀原子蛍光分析装置によれば、高濃度の試料による残留水銀の影響を受けず、水銀の含有量が高濃度から低濃度の試料まで、短時間の間隔の繰り返し測定を行っても正確で精度のよい分析値を得ることができる。
【0012】
本発明の水銀原子蛍光分析装置において、前記出力補正手段が、前記ネット出力値に、前記参照側検出器の所定の基準出力値と前記参照側検出器の出力値との比率を乗算することにより前記試料側検出器の出力値を補正するのが好ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の第1実施形態である水銀原子蛍光分析装置について説明する。図1に示すように、水銀原子蛍光分析装置1は、紫外および可視領域の光線11を放射する水銀ランプ10と、ガス状の試料Sが通過するフローセル20と、水銀ランプ10からの光線11がフローセル20に照射され、フローセル20を通過するガス状の試料Sから発生する水銀の蛍光12の強度を検出する試料側検出器である光電子増倍管30と、光電子増倍管30の出力電流を試料側信号電圧Vsに変換するオペアンプからなる試料側電流/電圧変換回路31と、水銀ランプ10から放射される光線11の強度を検出する参照側検出器であるフォトセンサ40と、フォトセンサ40の出力電流を参照側信号電圧Vrに変換するオペアンプからなる参照側電流/電圧変換回路41と、入力された試料側信号電圧Vsと参照側信号電圧VrとをA/D変換部51でA/D変換後演算し、その演算値に基づいて試料側の出力値である信号強度を補正する出力補正手段50と、信号強度プロファイルを表示するディスプレイ55とを有する。
【0014】
水銀ランプ10は、例えば水銀が封入された放電管であり、通電され放電すると紫外および可視領域の光線を放射し、放射される紫外線には波長が253.7nmである水銀の共鳴線を含んでいる。図1に示すように、フローセル20とフォトセンサ40は水銀ランプ10を中間にして対向する位置に配置されて、水銀ランプ10はフローセル20への方向とフォトセンサ40への方向のそれぞれに光線11を放射している。フローセル20は、例えば正方形筒の形状であり、外形寸法は縦が12mm、横が12mm、高さが40mm、厚さが1mmの合成石英で形成されている。光電子増倍管30は紫外線に高感度であり、水銀ランプ10の光線11が直接入射しない位置に配置されている。フォトセンサ40は紫外および可視領域の光線11に感度を有しており、水銀ランプ10の光線が直接入射する位置に配置されている。出力補正手段50はA/D変換部51、メモリ部53およびCPU部52で構成されている。
【0015】
次に、図1に示す第1実施形態の水銀原子蛍光分析装置1の動作について説明する。水銀原子蛍光分析装置1を通電すると、水銀ランプ10が点灯し、紫外および可視領域の光線11を放射する。この放射された光線11がフローセル20に照射されることにより発生する水銀ランプ10の散乱光の強度を光電子増倍管30が検出し、その検出信号を試料側電流/電圧変換回路31が試料側信号電圧Vsとして出力補正手段50に出力する。一方、光線11の強度をフォトセンサ40が検出し、その検出信号を参照側電流/電圧変換回路41が参照側信号電圧Vrとして出力補正手段50に出力する。水銀原子蛍光分析装置1の通電30分経過後の参照側信号電圧Vrを出力補正手段50のメモリ部53が参照側基準電圧Vcとして記憶する。参照側基準電圧Vcは、水銀原子蛍光分析装置1の通電30分経過後の参照側信号電圧Vrに限らず、20分あるいは40分経過後の参照側信号電圧Vrなどを分析目的に応じて適宜選択すればよい。
【0016】
試料測定が開始されると、試料導入部(図示なし)からガス状の試料Sが導入されるが、フローセル20にガス状の試料Sが導入される直前の試料側信号電圧Vsをベース電圧Vbとしてメモリ部53が記憶する。フローセル20にガス状の試料Sが導入されると、水銀ランプ10から光線11が試料Sに照射され、試料S中の水銀原子から253.7nmの蛍光12が発生し、蛍光12の強度を光電子増倍管30が検出し、その検出信号を試料側電流/電圧変換回路31が試料側信号電圧Vsとして出力補正手段50に出力する。このとき、フォトセンサ40は水銀ランプ10の光線11の強度を検出し、その検出信号を参照側電流/電圧変換回路41が参照側信号電圧Vrとして出力補正手段50に出力する。出力補正手段50は、入力される試料側信号電圧Vsと参照側信号電圧Vr、およびメモリ部53にメモリされているベース電圧Vbと参照側基準電圧Vcを、下記の(2)式を用いてCPU部52で演算し、試料側出力値を補正して信号強度Isを出力する。この出力値Isに基づいてディスプレイ55に信号強度プロファイルが表示される。
【0017】
Is=(Vs−Vb)×Vc/Vr (2)
【0018】
Vs−Vbは試料側検出器30の出力値である信号出力値Vsから試料側検出器30の試料未測定時の出力値であるベース出力値Vbを差し引いた出力値であるネット出力値である。Vc/Vrは参照側検出器40の所定の基準出力値Vcと参照側検出器40の出力値Vrとの比率である。
【0019】
第1実施形態の水銀原子蛍光分析装置1で高度濃度である100ngの水銀量を測定した信号強度のプロファイルを図2に示す。第1回の測定プロファイルA(実線)と5分経過後の第2回の測定プロファイルB(破線)が示されており、両プロファイルがほぼ一致しており、高濃度の水銀を繰り返し測定しても再現性のよい分析結果が得られている。これは、第1実施形態の装置1が試料側検出器である光電子増倍管30、試料側電流/電圧変換回路31、参照側検出器であるフォトセンサ40、参照側電流/電圧変換回路41および出力補正手段50を有し、試料側検出器30の出力値Vsを前記(2)式に基づいて補正しているので、高濃度の試料の残留水銀の影響を受けないからである。
【0020】
なお、第1実施形態の装置1における水銀ランプ10の光量変化の影響について調査した結果を図3に示す。図3に示すように、水銀ランプの光量が100%照射された場合の測定プロファイルC(実線)と光量が20%減少した場合の測定プロファイルD(破線)とが一致している。このように、第1実施形態の装置1では、通電後30分経過後の参照側信号電圧Vrを基準電圧Vcとして記憶し、出力補正手段50で前記の(2)式を用いて補正を行い、水銀ランプ10の光量変化を補償しているので、試料測定時の両方の信号強度Isを同一にすることができる。
【0021】
本発明の第2実施形態である水銀原子蛍光分析装置について説明する。図4に示すように、第2実施形態の装置2は、第1実施形態の装置1に水銀ランプ10の光線11を透過および反射させるハーフミラー60が増設され、水銀ランプ10と参照側検出器であるフォトセンサ40の配置が第1実施形態の装置1とは異なるだけであり、その他の構成は同じであるので、異なる構成についてのみ以下に説明する。水銀ランプ10からの光線11がハーフミラー60によって透過光線11aと反射光線11bに分割されて、透過光線11aがフローセル20に照射され、反射光線11bがフォトセンサ40に入射する。ハーフミラー60は、合成石英板を用い、水銀ランプ10からの光線11に対し、45°の入射角度になるように固定されている。
【0022】
第2実施形態の装置2も、参照側検出器であるフォトセンサ40、参照側電流/電圧変換回路41および出力補正手段50を有しているので、第1実施形態の装置1と同様の作用効果を得ることができる。
【0023】
以上の実施形態では、非分散型水銀原子蛍光分析装置について説明したが、波長分散型水銀原子蛍光分析装置であってもよい。また、バッチ方式で測定する装置について説明したが、ガス状の試料をフローセルに流しながら連続方式で測定する装置でも実施形態の装置と同様の作用効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の第1実施形態である水銀原子蛍光分析装置の概略ブロック図である。
【図2】同装置による高濃度の試料の信号強度プロファイルである。
【図3】同装置による水銀ランプの光量変化の影響を調べた信号強度プロファイルである。
【図4】本発明の第2実施形態である水銀原子蛍光分析装置の概略ブロック図である。
【図5】従来の水銀原子蛍光分析装置の概略ブロック図である。
【図6】同装置による信号電圧のプロファイルである。
【図7】同装置による信号強度のプロファイルである。
【図8】同装置による水銀ランプの光量変化の影響を調べた信号強度プロファイルである。
【図9】同装置による高濃度の試料の信号強度プロファイルである。
【符号の説明】
【0025】
1,2 水銀原子蛍光分析装置
10 水銀ランプ
11 光線(紫外線)
12 水銀の蛍光
20 フローセル
30 試料側検出器(光電子増倍管)
40 参照側検出器(フォトセンサ)
50 出力補正手段
S 試料


【特許請求の範囲】
【請求項1】
紫外および可視領域の光線を放射する水銀ランプと、
ガス状の試料が通過するフローセルと、
前記水銀ランプからの光線が前記フローセルに照射され、前記フローセルを通過するガス状の試料から発生する水銀の蛍光の強度を検出する試料側検出器と、
前記水銀ランプから放射される光線の強度を検出する参照側検出器と、
前記試料側検出器の出力値である信号出力値から前記試料側検出器の試料未測定時の出力値であるベース出力値を差し引いた出力値であるネット出力値および前記参照側検出器の出力値に基づいて、前記試料側検出器の出力値を補正する出力補正手段と、
を有する水銀原子蛍光分析装置。
【請求項2】
請求項1において、前記出力補正手段が、前記ネット出力値に、前記参照側検出器の所定の基準出力値と前記参照側検出器の出力値との比率を乗算することにより前記試料側検出器の出力値を補正する水銀原子蛍光分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−19886(P2009−19886A)
【公開日】平成21年1月29日(2009.1.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−180581(P2007−180581)
【出願日】平成19年7月10日(2007.7.10)
【出願人】(599102310)日本インスツルメンツ株式会社 (20)
【Fターム(参考)】