説明

汚染浄化の適用性評価試験方法

【課題】 浄化対象の環境に対するバイオレメディエーション技術の適用性、浄化期間、薬剤投入量、及び阻害物質の有無について事前に短期間で精度良く予測することができる評価方法を提供する。
【解決手段】汚染物質を含む環境に対する、微生物を利用するバイオレメディエーションによる浄化処理の適用性を評価する方法であって、浄化対象の環境から採取した試料に試料内の汚染物質の分解微生物を適量で、例えば、該汚染物質を2日〜10日の期間内に除去するのに充分な量で添加し、前記の一定期間内における該試料内の汚染物質の分解量または分解率を測定する工程を含む方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機塩素化合物、油、シアン化合物およびその他の汚染物質による土壌汚染または地下水汚染に対するバイオレメディエーションを用いた浄化技術の適用性を事前に評価するための試験方法に関し、より詳しくは、各汚染現場に対するバイオレメディエーションによる浄化処理の適用性、浄化に必要な期間、その浄化に必要な薬剤の投入量、及び環境内の阻害物質の有無について、事前に短期間で正確に予測することができる迅速な適用性評価試験方法に関する。
【背景技術】
【0002】
汚染土壌、地下水を浄化する手法として、安全で低コストなバイオレメディエーション技術が期待されている。しかし、この手法は汚染サイトの地質、交雑物質等の環境条件によって浄化効果が大きく異なるため、事前に適用性評価試験を行う。従来法による適用性評価試験では、対象となる汚染エリアから汚染土壌、地下水を採取し、適用するバイオレメディエーション技術を模擬した室内試験を行うことで、浄化効果、浄化期間、及び薬剤投入量の評価を行い、施工計画及びコスト試算を行う。図3は従来の評価試験の結果の一例を示す。このように、従来の評価方法では3ヶ月〜6ヶ月程度の極めて長い試験期間を要することからコストが掛かり、精度も不十分であった。このため、より短期間で結果を出せる精度の高い事前評価手法が望まれていたが、効果的な方法はなかった。
【0003】
一方、汚染浄化の現状は、浄化工事のスケジュールや土地再開発のスケジュールの制約を受けることによって、浄化技術の適用性評価に十分な時間を費やすことができず、適用性評価試験が不十分であった結果、しばしば浄化工事に支障をきたすことがあった。この様な現状からも、浄化技術の適用性、浄化期間、薬剤投入量及び阻害物質の有無について短期間で精度良く評価するための手法開発が望まれていた。
【0004】
有機塩素化合物の浄化技術に関する知見において、トリクロロエチレン、またはテトラクロロエチレンなどの有機塩素化合物をエチレンまで分解するDehalococcoides ethenogenesが発見され(非特許文献1参照)、さらに有機塩素化合物の嫌気脱塩素処理が良好に進行する汚染現場では、同微生物が特徴的に検出される事例が報告された(非特許文献2参照)。これにより、エチレン系の有機塩素化合物汚染現場に微生物を利用した嫌気的浄化法を採用する際、Dehalococcoides属の微生物の存在を確認することで、対象となる汚染現場での浄化の可能性を短期間で判断することが可能となった。しかしながら、同評価手法は浄化の可否を判断するための定性的な評価手法であることから、実施工で重要な設計要素となる浄化期間、及び薬剤投入量の推定を行うには、従来法である分解評価試験を併用する必要があった。
【0005】
さらに、汚染物質を分解する微生物の存在について遺伝子検出による評価を行う手法では、汚染土壌・地下水中に含まれる浄化阻害因子の影響を評価できない問題点があった。すなわち、分解微生物であるDehalococcoides ethenogenesの増殖や汚染物質の浄化に係わる一連の酵素反応系などを阻害するような化学物質が共存する場合、遺伝子検出によって同微生物の存在が確認されても実際の浄化反応は進行せず、多大な損害をもたらす危険性があった。
【0006】
浄化反応を阻害する物質の影響評価手法として、従来法では化学分析法がある(特許文献1参照)。化学分析法による反応阻害の評価は、対象となる反応に阻害効果を及ぼす物質が限定されている場合に有効である。この場合、それらの阻害物質の最少阻害濃度、阻害物質の共存による複合作用等について明らかにすることで、試料中に含まれる阻害物質の定量値から影響を予測することができる。しかしながら、微生物の増殖または酵素活性に影響を及ぼす可能性のある物質を限定することは困難であり、また、バイオレメディエーションを適用する汚染土壌や地下水には様々な交雑物質が存在する。このため、化学分析による反応阻害の評価では、検出された交雑物質全ての物質について同定を行い、最少阻害濃度、阻害物質の共存による複合作用等について明らかにする必要があり、多大な労力を要することから、バイオレメディエーションにおける阻害評価手法として化学分析法を汎用的に利用することは現実性が無かった。
【0007】
一方、化学物質の同定を行わずに有害性の評価を行う、バイオアッセイ法が知られている。バイオアッセイには、変異原性、急性毒性、内分泌撹乱、その他各種阻害反応の評価等、既に確立された様々の手法がある。バイオレメディエーションにおける反応阻害評価では、浄化反応に関わる全ての微生物(群)の増殖阻害および浄化反応に関わる一連の代謝系への影響について総合的に評価する必要がある。既存のバイオアッセイ法はヒトに対する影響又は生態毒性評価を目的に開発されており、更にその延長上にある微生物活性の指標となるATPやRNA等の物質、又は発光等のような現象をモニタリンゲする評価手法でも、上記のバイオレメディエーションにおける反応阻害評価に求められる要件の全てを満たすことはできなかった。
【0008】
このような状況から、低コストで確実性の高いバイオレメディエーションを実施するため、浄化技術の適用性、浄化期間及び阻害物質の有無について短期間で精度良く評価するための手法開発が望まれていた。
【0009】
【非特許文献1】Maymo-Gatel1他:Science:276:1568-1571(1997)
【非特許文献2】Frank E Loffler 他:Appl.Environ.Microbio1.66:(4):1369-1374(2000)
【特許文献1】特開2004-180583号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、浄化対象の環境に対するバイオレメディエーション技術の適用性、浄化期間、薬剤投入量、及び阻害物質の有無について事前に短期間で精度良く予測することができ、従来の評価法よりも大幅なコスト削減を可能とする評価方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願発明者らは上記の課題を解決するため鋭意、研究開発を進めた結果、浄化対象となる汚染物質の浄化反応に係わる微生物の培養体またはその集積培養体を汚染土壌または地下水に添加すること、特にその添加濃度を最適化し、一定期間内での汚染物質の分解量または分解率について調べることで浄化効果、浄化期間、薬剤投入量、及び阻害物質の有無を短期間で精度良く判断できる迅速な適用性評価手法を見出し、本発明を完成した。
【0012】
本発明は、汚染物質を含む環境に対する、微生物を利用するバイオレメディエーションによる浄化処理の適用性を評価する方法であって、浄化対象の環境から採取した試料に試料内の汚染物質を2日〜10日の期間内に除去するのに充分な量の汚染物質分解微生物を添加し、前記の所定期間内における該試料内の汚染物質の分解量または分解率を測定する工程を含む方法を提供する。
【0013】
本発明の方法は、前記汚染物質の分解量または分解率の測定結果に基づいて、前記分解微生物による浄化効果、浄化期間、浄化に必要な薬剤投入量、および/または浄化の阻害物質の有無について予測する工程を含むことができる。
【0014】
また本発明の方法は、前記分解微生物の添加量は、固体状の試料に対して2×105〜1×108 細胞数/g又は液体状の試料に対して2×105〜1×108 細胞数/mLとし、その添加後10日間以内に前記汚染物質の分解量または分解率を測定するとしてもよい。
【0015】
また本発明の方法は、前記分解微生物の添加は、該分解微生物の純粋培養体または集積培養体を添加することにより行うことができる。
また本発明の方法は、前記試料中に汚染物質の分解作用を有する分解微生物が存在するか否かについて検出する工程を更に含むことが好ましい。
【0016】
本発明の方法において、典型的な汚染物質は有機塩素化合物である。この場合において、嫌気的脱塩素反応により有機塩素化合物を分解する分解微生物を添加または検出するとよい。
【発明を実施するための形態】
【0017】
上記した通り、本発明は、汚染土壌又は地下水における汚染物質の分解性を評価する試験において、汚染土壌又は地下水中の汚染物質に対する分解能を持つ分解微生物を、所望の短期間内で汚染物質を除去するのに適切な量で添加し、その期間内での汚染物質の分解量または分解率について調べることで、浄化効果、浄化期間、薬剤投入量、及び阻害物質の有無について迅速且つ精度良く評価を行う手法を提供する。すなわち本発明では、所望の浄化効果を予期するのに充分な量の分解微生物を被検試料に試験的に添加することによって、微生物の存在の有無とは関係なくその試料環境がバイオレメディエーションの実施条件を満たしているか否かを判断する。このやり方によって、従来のように土着微生物の分解活性について長期間のモニタリングを行うことなく、当該環境においてバイオレメディエーションによる浄化処理が有効であるか否かを短期間で判断することができる。
【0018】
本願に使用される用語「バイオレメディエーション」とは、微生物の分解作用による汚染物質の有意な減少または除去による環境の修復を意味し、土着微生物を利用する場合のみならず、外部から微生物を添加するバイオオーグメンテーションも含む。「浄化効果」とは、修復すべき環境における汚染物質の有意な減少または除去を意味する。「浄化期間」とは、汚染物質をほぼ完全に取り除くのに必要とされる期間を意味する。「浄化に必要な薬剤」には、微生物の栄養源、例えば有機酸、糖質などを含む有機物質、窒素、リンなどの成分を含む無機物質、及び、還元剤等が含まれる。「浄化の阻害物質」とは、分解微生物の生育や浄化作用を担う一連の酵素反応系などを阻害するような化学物質が含まれる。
【0019】
本願に使用される用語「汚染物質」とは、有機塩素化合物、油、シアン化合物およびそれらに類した環境上好ましくない物質を意味する。「分解微生物」とは、前記汚染物質に対する分解能力を有することが確認されている入手可能な微生物である。当業者は、環境上問題とされる様々な汚染物質およびその浄化に有効な公知の微生物を認識しているので、そのバイオレメディエーションの実施のために本発明を適用することができる。また、当業者は、必要に応じて微生物のrRNA等の遺伝子情報、特にそれらの検出に適切なプローブまたはプライマーの情報を入手することもできるので、被検試料から当該微生物を特異的検出し、その存在を確認することができる。
【0020】
本法の或る態様では、分解試験を開始してから一定期間、例えば10日間以内に良好な分解性が確認された場合、土着の分解微生物を利用したバイオレメディエーションの実施が可能であると判断し、試験時の分解速度から浄化完了までに必要な期間を推定し、更に推定した浄化期間から浄化期間中に必要となる薬剤の投入量を決定することができる。また、前記期間経過後に分解性が認められた場合は、分解微生物を外部より導入するバイオオーグメンテーションの実施が可能であると判断し、試験時に浄化完了までに要した期間から浄化期間中に必要となる薬剤の投入量を決定する。本法では前記期間経過後においても分解性が認められない場合は、評価対象物質中に浄化反応を阻害する物質が含まれているものと判断することができる。
【0021】
本法の好ましい態様では、分解微生物の添加量を一定の範囲内(上記のような短期間での浄化効果を予期できる量を含む範囲内)で段階的に変動させた試験を行う。微生物の添加量に依存する高い分解性が認められるなら、環境が微生物の活性化に適しているので適用性が高いと判断できる。
【0022】
短期間で浄化効果を予期できる分解微生物の添加量(すなわち、適量添加)とは、2日〜10日の期間内、好ましくは4日〜7日の期間内に環境内の汚染物質を除去するのに充分であると想定される量であって、例えば、高効率な分解活性を発揮できる増殖期または定常期にあるような土着微生物の存在量として想定し得る量である。好ましい態様では、分解微生物の添加量は、汚染土壌または地下水に添加する微生物の菌体数として、土壌、底泥等の固形物を含むものを対象とした場合は2×105細胞数(cells)/gから1×10細胞数/g、地下水を対象とした場合は2×105細胞数/mLから1×10細胞数/mLの範囲に設定し、10日以内に評価結果を得ることができる。
【0023】
分解微生物の添加は、浄化すべき汚染物質に対して分解能を持つ微生物を含む液体や固形物等のあらゆる形態で可能であり、好ましくは純粋培養体、もしくは集積培養体である。
【0024】
本法の他の好ましい態様では、前記の短期間分解性評価試験(微生物添加および短期間分解性測定)と併せて、浄化対象環境内において浄化反応を担う土着微生物の存在を検出するための微生物確認試験を行う。本法において微生物確認試験の工程を付加することにより、より信頼性の高い評価方法が提供される。微生物の確認には分解微生物を選択的に培養する培養法を利用してもよいが、分解微生物に特異的な遺伝子配列を検出する遺伝子検出法を採用することで、より短期間での評価が可能となる。
【0025】
上記の併用法によれば、微生物の確認結果を考慮に入れることにより、短期間分解性評価試験における適切な添加量で否定的な評価を得た場合にも、適切な代替案を考慮することが可能となる。すなわち、バイオレメディエーションの実施に当たり考慮すべき問題が存在する微生物の量的な問題であるのか、あるいは阻害物質の影響によるものかを早い段階で判断することができるので、適切な浄化計画の修正および立案が可能となる。
【0026】
図1は、遺伝子検出による微生物確認試験と短期間分解性評価試験とを組み合わせた本法の一態様を、従来の評価法と対比して示す。いずれも浄化計画の実行前に適用性評価がなされる。図2は、本態様の適用性評価プロセスにおける判断方法の例を示す。図2に示すように、遺伝子検出で分解微生物有りと診断され、且つ短期間分解性評価試験で分解性が認められた場合は土着微生物を利用したバイオレメディエーションの実施が可能であると判断する。分解微生物有りと診断されても、分解性が認められなかった場合は分解反応に対する阻害物質の影響が働いているものと判断し、代替案について検討する。また、遺伝子検出で分解微生物無しと診断され、且つ短期間分解性評価試験で分解性が認められた場合は外来微生物を導入するバイオオーグメンテーションの実施が可能であると判断する。一方、分解性が認められなかった場合は分解反応に対する阻害物質の影響が働いているものと判断し、代替案について検討する。
【0027】
本発明は、その好ましい態様において、油、有機塩素化合物及びシアン化合物などの汚染物質の好気的分解による処理の他、有機塩素化合物の嫌気脱塩素処理の適用性について迅速に評価し、コストのかからない事前評価法を提供することができる。
【実施例】
【0028】
以下、有機塩素化合物による汚染土壌及び多環芳香族炭化水素による地下水汚染に本発明を適用した事例を示す。ただし本発明の適用範囲は本実施例に限定されない。
【0029】
比較例:適用性評価モニタリング試験(従来法)
有機塩素化合物による土壌汚染現場より採取した3種類の土壌(土壌A、B及びC)を被検土壌として使用した。ステンレス製容器に供試土壌A、B及びCをそれぞれ入れ、酢酸を主成分とする微生物栄養剤、還元剤、及びテトラクロロエチレン飽和水を添加、撹拌、混合することによって有機塩素化合物の浄化処理を開始した。容器を28℃の恒温室に静置し、土壌に含まれる有機塩素化合物のモニタリングを行った。有機塩素化合物のモニタリングは、経日的に容器底部より採土器を用いて土壌を採取し、PID-ガスクロマトグラフによる水溶出濃度の分析を行った。
【0030】
図3にモニタリング結果を示す。土壌Aでは、試験開始後25日以内に投入したテトラクロロエチレンは環境基準値以下の濃度となり、テトラクロロエチレンの分解に伴って生成するトリクロロエチレン及びシスージク口口エチレンも順次、分解した。試験開始後90日目のモニタリング結果より、中間産物を含めた全ての汚染物質は環境基準値以下の濃度となったことを確認し、同汚染浄化手法が土壌Aの汚染現場に適用可能であると判断した。
【0031】
土壌Bでは、試験開始後40日以内に投入したテトラクロロエチレンは環境基準値以下の濃度となり、テトラクロロエチレンの分解に伴って生成するトリクロロエチレンも50日以内に分解した。ところが、トリクロロエチレンの分解に伴って生成するシスージク口口エチレンの分解性は100日間の分析では分解は認められなかった。同汚染浄化手法は土壌Bの汚染現場に適用不可であると判断した。
【0032】
土壌Cでは、試験開始後テトラクロロエチレンの濃度は顕著な減少傾向を示さず、100日間の分析では分解は認められなかった。本結果より、同汚染浄化手法は土壌Cの汚染現場に適用不可であると判断した。このように、汚染浄化技術の個々の現場での有効性について検証する適用性評価試験は、従来法ではラボスケールの分解試験を行う。従来法では、評価試験を完了するまでに多くの労力と時間を要する。
【0033】
実施例1:本発明による迅速適用性評価
分解微生物の確認
比較例に使用した供試土壌A、B及びCに存在するD. ethenogenesの存在数を遺伝子検出により診断した。すなわち、2.0m1容滅菌マイクロテストチューブに供試土壌を0.5g添加後、100mMリン酸バッファー(pH8.0)を0.5mL、直径0.1mmのジルコニア/シリカビーズを0.5g、TNSEバッファー(0.5M Tris-HCl pH8.0、0.1M NaCl、10% SDS、10mM EDTA)を250μL添加した。マイクロテストチューブをミニビーズビーター(BIOSPEC PRODUCTS製)に装着し、合計3分間のビーター処理を行った。4℃で15,000rpm×3分の遠心処理を施し、上清を新しいチューブに回収した。回収液に対して40%量の7.5M酢酸アンモニウムを添加し、転倒混和した。遠心処理後の上清を新しいチューブに回収し、2倍量のイソプロパノールを混合した。室温にて10分間放置後、15,000rpm×10分の遠心処理を施し、上清を除去した。80%エタノールによる洗浄処理を2回行い、沈殿物の乾燥を行った。乾燥物を1mg/mLのRNaseを含むTE バッファー 50μLに溶解した。Seakem GTGアガロースで1.2%のゲルを作製し、抽出DNAの全量を電気泳動に供した。100Vで 25分間の通電後、RECOCHlP(宝酒造製)による染色体DNAの回収を行った。回収液に滅菌水を加え、50μLに調製したものを精製DNA液とした。
【0034】
PCR増幅装置としてLight CyclerTM(Roch製)を用い、標的DNAの定量評価を行った。精製DNA液50μLのうちの0.5μLを鋳型DNAとして用いた。PCRプライマにはAAGGCGGTTTTCTAGGTTGTCAC及びCGTTTCGCGGGGCAGTCTのペア(文献:Frank E. Loffler他:Appl. Environ. Microbio1. 66:(4):1369-1374(2000))を使用した。PCRの温度サイクルは95℃-10分の反応を1サイクル、95℃-15秒、59℃-10秒、72℃-20秒、86℃-0秒を40サイクル行った。分析の結果を表1に示す。
【0035】
【表1】

【0036】
表1に示すように、供試土壌に存在するD. ethenogenesの数は各土壌で、A:2.2×103 細胞数/g、B:5.9×105細胞数/g、及びC:非検出となり、土壌A及びBでバイオレメディエーションによる浄化の可能性が示された。
【0037】
短期間分解性評価試験
供試土壌A、B及びCを被検土壌として用いた。各被検土壌と蒸留水を50mL容の遠心管に入れ、300rpmで1時間の振とう処理を施した。この操作を1検体につき4セットの反復処理を行った。遠心管を10分間静置後、回収した上澄み液を土壌抽出液とした。表2に評価試験の基本条件を示す。
【0038】
【表2】

【0039】
被検土壌A、B及びCを採取し、135mL容のガラスバイアルに分けて入れた。一連の土壌に、窒素85%、水素10%及び二酸化炭素5%の組成からなる混合ガスを用いた嫌気ボックス内で集積培養体を2×103細胞数/g〜8×108 細胞数/gの段階的濃度で添加した後、脱気処理を施した栄養剤および土壌抽出液を各20mLずつ添加し、テフロンライナー付きのブチルゴム栓で密封した。シリンジにてトリクロロエチレン飽和水を150μL注入することで処理反応を開始した。有機塩素化合物のモニタリングは、経日的に容器内のヘッドスペースガスを一部採取し、PlD-ガスクロマトグラフによる分析を行った。
【0040】
土壌Aの結果を表3に、土壌Bの結果を表4に、そして土壌Cの結果を表5に示す。
【0041】
【表3】

【0042】
【表4】

【0043】
【表5】

【0044】
微生物確認試験および短期間分解性評価試験に基づく総合評価
分解微生物の存在が確認された供試土壌Aでは、表3に示すように集積培養体の添加による分解反応の促進効果が認められ、集積培養体の添加量が増加すると伴に有機塩素化合物の減少速度も増加した。特に分解微生物初期濃度が2×105細胞数/g〜8×108細胞数/gの添加条件では10日以内の期間で汚染物質は分解した。しかしながら、分解微生物初期濃度が2×104細胞数/gの添加条件では汚染物質の浄化にかかる日数は31日と長くなり、2×103細胞数/gでは85日を要し、分解微生物を添加しない場合と同様の結果となった。こうして土壌Aでは微生物の存在量を反映した反応性が得られることが分った。本結果では、分解微生物の初期添加濃度が2×105細胞数/g〜1×108細胞数/gの最適条件で10日以内に良好な反応性が認められたことから、浄化手法の適用性が高いと認められた。
【0045】
分解微生物の存在が確認された供試土壌Bでは、表4に示すように分解微生物初期濃度が8×108細胞数/gの過剰添加の条件では10日以内に汚染物質は消失したが、分解微生物初期濃度が1×108細胞数/g以下の条件では90日間の試験期間中、汚染物質は残存し、浄化反応は認められなかった。2×105細胞数/g〜1×108細胞数/gの最適条件で10日以内に良好な反応性は認められなかったことから、供試土壌Bへの浄化手法の適用性は無いものと判断した。ただし、分解微生物の存在は確認されているので、環境中に何らかの阻害物質があることが想定される。したがって、その問題に対応した代替案を考慮すべきであると確認できた。
【0046】
分解微生物の存在が確認されなかった土壌Cの場合、表5に示すように分解微生物初期濃度が8×108細胞数/g〜2×104細胞数/gの最適添加条件で浄化反応が認められ、投入した汚染物質は14日〜88日の期間で分解した。また、分解微生物初期濃度が2×104細胞数/g及び2×103細胞数/gの過小条件では90日間の試験期間中、汚染物質は残存し、浄化反応は認められなかった。本結果では、分解微生物の初期添加濃度が2×105細胞数/g〜1×108細胞数/gの最適条件で10日以内に良好な反応性は認められなかったことから、供試土壌Cへの浄化手法の適用性は無いものと判断した。ただし、分解微生物が検出されないが、その一方で、微生物の添加量に応じた或る程度の反応性が認められたことを考慮すると、無添加の時の反応性の低さは分解微生物の存在量が少なすぎるためであると考えられる。したがって、土壌Cの場合、外来微生物を導入する場合には導入微生物量に応じた期間で浄化が可能であることを確認できた。
【0047】
実施例2:浄化期間の予測
微生物反応による有機塩素化合物の浄化が可能な汚染現場9箇所より土壌を採取し、被検土壌として用いた。まず、9種類の被検土壌を用い、比較例と同様に従来法による適用性評価モニタリングを行った。すなわち、ステンレス製容器を9つ用意し、E〜Mの被検土壌をそれぞれの容器に入れ、酢酸を主成分とする微生物栄養剤、還元剤、及びテトラクロロエチレン飽和水を入れ、撹拌、混合することによって有機塩素化合物の浄化処理を開始した。容器を28℃の恒温室に静置し、土壌に含まれる有機塩素化合物のモニタリングを行った。有機塩素化合物のモニタリングは、経日的に容器底部より採土器を用いて土壌を採取し、PID-ガスクロマトグラフによる水溶出濃度の分析を行った。表6に各被検土壌において浄化完了までに要した期間を示す。
【0048】
【表6】

【0049】
表6に示すように、各被検土壌毎で浄化期間にばらつきが見られ、最も短期間で浄化が完了したEでは27日、最も長い期間を要したMでは88日となった。次に、9種類の被検土壌について、実施例1と同様に迅速適用性評価試験を行った。各被検土壌と蒸留水30mLを50mL容の遠心管に入れ、300rpmで1時間の振とう処理を施した。遠心管を10分間静置後、回収した上澄み液を土壌抽出液とした。被検土壌を、135mL容のガラスバイアルに入れた。各土壌に、窒素85%、水素10%及び二酸化炭素5%の組成からなる混合ガスを用いた嫌気ボックス内で、実施例1で使用した集積培養体を分解微生物の初期添加濃度で5×107細胞数/gとなるように添加した。さらに栄養剤および土壌抽出液を各20mLずつ添加した後、テフロンライナー付きのゴム栓で密封した。シリンジにてトリクロロエチレン飽和水を150μL注入することで処理反応を開始した。有機塩素化合物のモニタリングは、経日的に容器内のヘッドスペースガスを一部採取し、PID-ガスクロマトグラフによる分析を行った。トリクロロエチレン及びシスージクロロエチレンとして存在する塩素イオンの総量を有機塩素化合物残存量として表した。
【0050】
図4に各被検土壌における迅速適用性評価試験の結果を示す。各被検土壌間で迅速評価試験による有機塩素化合物の分解速度にばらつきが見られた。迅速適用性評価試験における汚染物質の分解性を表す指標として、試験開始時の汚染物質濃度に対する各サンプリング時の汚染物質濃度を汚染物質残存率として算出した。
【0051】
図5に各種被検土壌における汚染物質残存率と、従来の適用性評価試験より求めた浄化期間(表6)の関係を示す。図5に示すように、迅速適用性評価試験における汚染物質残存率と従来の長期モニタリング試験より求めた実際の浄化期間との間に一定の相関が認められた。すなわち、図5のグラフは特定の日数(3日又は4日)について特有の傾きをとるので、特定の日数での汚染物質残存率(横軸)から浄化期間(縦軸)を特定できる。こうして本法の適用性評価試験によって各被検土壌における汚染物質の浄化期間を短期間で予測可能である。実施例1で使用した供試土壌Aを用い、同様の試験を行った結果を図6に示す。3日及び4日後の有機塩素化合物残存量はそれぞれ33.3%及び14.0%であり、図5に示した結果から得られた近似式を用いて浄化期間の予測をすると3日間の試験期間の場合15.9×Ln(33.3)+28.4=84.1日となり、4日間の試験期間の場合10.5×Ln(14.0)+56.8=84.5日となった。本発明の適用性評価試験による精度の高い方法で浄化期間を予測することにより、栄養剤の投入量を試算することができる。
【0052】
実施例3:地下水への適用例
分解微生物の確認
多環芳香族炭化水素により汚染された現場N′及びO′より地下水N及びOを採取し、同汚染物質の分解微生物であるSphingomonas sp.の存在について遺伝子検出により診断した。すなわち、供試地下水300mLを孔経0.34μmのメンブレンフィルタで濾過し、フィルタを裁断したものを1.5mL容滅菌マイクロテストチューブに入れた。上記の実施例と同様にDNAの抽出・精製を行い、PCRテンプレート用のDNAを得た。
【0053】
PCR増幅装置としてLight CyclerTM (Roch製)を用い、Sphingomonas sp.の検出を行った。Sphingomonas sp.の検出にはGCGTAACGCGTGGGAATCTG及びTTACAACCCTAAGGCCTTCの配列を有するプライマ-を使用した。評価の結果、供試地下水Nでは4.2×103コピー数/mL相当の遺伝子を確認し、供試地下水Oでは8.2×103コピー数/mL相当の遺伝子を確認した。
【0054】
短期間分解性評価試験
130mL容のガラスバイアルに汚染物質を含んだ地下水を20mL入れ、無機塩類培地及び多環芳香族炭化水素分解菌であるSphingomonas sp.を5×107細胞数/mLの濃度で添加した。容器を密封し、28℃の条件で分解評価試験を行った。7日後、液中の全油をクロロホルムにより抽出し、ガスクロマトグラフ/質量分析装置による多環芳香族炭化水素の分析を行った。また同時に、分解菌を添加しない試験系を準備し、90日後に汚染物質の分析を行った。表7にCO〜C2-ナフタレンの分析結果について、初期濃度に対する分解率として示す。
【0055】
【表7】

【0056】
地下水Nの場合、分解微生物を添加した試験系は7日後に100%の分解結果が得られ、浄化手法の適用性有りと判断した。これに対し、地下水Oの場合では7日後の分解率は9%となり、本浄化手法の適用性は無いものと判断した。地下水Oの現場では、分解微生物であるSphingomonas sp.の存在が確認されていることから、この現場には分解微生物の分解を阻害する物質が共存することが示された。
【0057】
一方、分解微生物を添加せずに実施した従来法による分解評価試験において、90日後の分析結果による汚染物質の分解率は、地下水Nの場合は98%となり、地下水Oの場合には4%となった。
【0058】
以上の結果より、地下水の油汚染を浄化対象とした場合でも、遺伝子検出による分解微生物の確認及び分解微生物を添加した短期間分解性評価試験により、信頼性の高いバイオレメディエーションの適用性迅速評価が可能であった。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】図1は、本発明の一態様のプロセスを従来の評価法と対比して示す図である。
【図2】図2は、図1の評価プロセスの詳細を示す図である
【図3】図3は、従来の適用性評価のためのモニタリング結果を示すグラフである。
【図4】図4は、実施例2の各被検土壌における迅速適用性評価試験の結果を示すグラフである。
【図5】図5は、図4の試験で求めた各種被検土壌における汚染物質残存率と、従来の適用性評価試験より求めた浄化期間(表6)との関係を示すグラフである。
【図6】図6は、実施例2において土壌Aの浄化期間を予測するために参照したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
汚染物質を含む環境に対する、微生物を利用するバイオレメディエーションによる浄化処理の適用性を評価する方法であって、浄化対象の環境から採取した試料に試料内の汚染物質の分解微生物を適量添加し、一定期間内に該試料内の汚染物質の分解量または分解率を測定する工程を含む方法。
【請求項2】
浄化対象の環境から採取した試料に試料内の汚染物質を2日〜10日の期間内に除去するのに充分な量の汚染物質分解微生物を添加し、前記の所定期間内における該試料内の汚染物質の分解量または分解率を測定する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記汚染物質の分解量または分解率の測定結果に基づいて、前記分解微生物による浄化効果、浄化期間、浄化に必要な薬剤投入量、および/または浄化の阻害物質の有無について予測する工程を含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記分解微生物の添加量は、固体状の試料に対して2×105〜1×108細胞数/g又は液体状の試料に対して2×105〜1×108細胞数/mLとし、その添加後10日間以内に前記汚染物質の分解量または分解率を測定する工程を含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記分解微生物の添加は、該分解微生物の純粋培養体または集積培養体を添加することにより行われる、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記試料中に汚染物質の分解作用を有する分解微生物が存在するか否かについて検出する工程を更に含む、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記汚染物質が有機塩素化合物である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
嫌気的脱塩素反応により有機塩素化合物を分解する分解微生物を添加または検出する、請求項7に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−214782(P2006−214782A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−25812(P2005−25812)
【出願日】平成17年2月2日(2005.2.2)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(000000239)株式会社荏原製作所 (1,477)
【Fターム(参考)】