説明

沙棘種子抽出物

本発明は、アポトーシス誘発、抗アレルギーおよび抗炎症作用を有する沙棘種子抽出物を開示する。当該抽出物は以下の方法により得られる:沙棘の種子に対しエタノールによる抽出を2回繰り返し行い、これらの抽出液を合わせ、減圧濃縮して褐色粉末状の抽出物を得る;前記粉末状抽出物を水に溶解し、エチルエーテル、酢酸エチルおよびブタノールを抽出溶媒として、順次それぞれ3回抽出を行う;エチルエーテル画分を濃縮し、褐色のオイルを得る;前記褐色のオイルをシリカゲルカラムに付し、酢酸エチルで溶出し、溶出画分を回収して当該抽出物を得る。当該抽出物は、好酸球に対しアポトーシスを誘発する活性を有する。当該抽出物は、MBPキナーゼを活性化することができる。当該抽出物は、過剰な好酸球に起因して生じる各種疾患に対して好酸球のアポトーシスを誘発する作用を発揮する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アポトーシス誘発、抗アレルギーおよび抗炎症の作用を有する沙棘種子抽出物に関わる。
【背景技術】
【0002】
沙棘(サージ)(Hippophae rhamnoides L.)(和名:スナヂグミ)は、古くから中国で利用されているグミ科の薬用植物で、チベットおよびヨーロッパの温帯乾燥地域に自生する。沙棘は自然界における長い進化の過程で、抵抗力を有する数々のビタミンと生物活性とを含む天然物質を形成してきており、このため沙棘の種子からは高い生理活性をもつ様々な物質を抽出することができ、血中脂質の調節、冠状動脈疾患や狭心症など心臓・脳血管の疾患の予防と治療、抗放射線、抗炎症・傷跡再生促進などに効果がある。わが国のチベットの代表的な医薬書である『四部医典』には、沙棘により作られた煎じ薬、散剤、丸薬、膏薬、「酥」(小麦粉を入れて練り乾燥した薬)、灰薬、酒薬など7種類の調合薬および84種類の沙棘の調剤方法が収録記載されている。1941〜1942年に旧ソ連で沙棘の成分としてビタミンCおよびカロチンが初めて分析されたが、1980年代半ばには、沙棘に含有される100種余りもの生物活性物質が相次いで発見されている。1977年に沙棘は医薬品として『中華人民共和国薬典』に収録され、当該『薬典』には「沙棘は、果実の表面はオレンジ色を呈し、種子は長めの卵形で、褐色で光沢があり、種子の核は乳白色で、油を含み、香りは軽微で、酸味と渋みがあり、鎮咳去痰、消化促進、血行促進・うっ血除去の効能を有する」と記されている。アポトーシス誘発、抗アレルギーおよび抗炎症の作用を有する沙棘種子抽出物は、これまで発見されていなかった。
【0003】
炎症性の呼吸器疾患は、リンパ球および好酸球に起因する炎症反応が繰り返し起きることによる慢性病であると考えられており、炎症発生時のリンパ球および顆粒球細胞の増殖調節のメカニズムを明らかにすることが、これらの疾患を知る上で極めて重要である。例えば、アトピー性気管支喘息は、好酸球、肥満細胞などの浸潤を主とするアレルギー性の慢性気道炎症である。発症時には、気道局所の好酸球数が増加し、好酸球の生存が延長されているので、もし好酸球をアポトーシスに導けば、気道局所の消炎に確かな効果を得ることができ、気道局所の好酸球の働きを抑制することは気道炎症の鎮静につながる。
【0004】
ヒト好酸球(EOS)の増加は、慢性気管支喘息の特徴である。好酸球増加症は、寄生虫感染特有の特徴でもあるが、EOSは蠕形動物に対する免疫作用をもつ細胞である。最近の研究で、好酸球増加症の発症機序がいくつか報告されている。その1つは、インターロイキン(IL)−3、IL−5のようなアレルゲン特異性ヘルパー(CD4+)Tリンパ球Th2亜型の細胞活性化因子および顆粒球−マクロファージのコロニー刺激因子(GM−CSF)である。IL−5は好酸球増加症と関わりがあり、これらはいずれもEOSの増殖と活性化に対し特異的な働きをする。2つ目は、EOSにおけるα4β1インテグリン、活性化抗原(VLA)−4の発現であるが、これはVLA−4および血管細胞接着分子(VCAM)−1の血管壁への付着を意味し、これらはいずれも選択的な好酸球増加症につながる。3つ目として、走化因子8kD c−cの産生がEOSの動員および脱顆粒において重要な役割を果たしているということ。4つ目には、LTおよびPAFなど数種の伝達物質の抑制剤が好酸球増加症に効果があるが、これはいくつかの伝達物質が好酸球増加症の形成に関わっていることを示している。
【0005】
気道のアレルギー性疾患をその発症の各段階で干渉または遮断する薬品は、いずれも抗アレルギー薬ということができ、このような薬品が喘息の予防と治療において最も主要な薬品となっている。よく使用される薬品には次のものがある。(1)クロモグリク酸ナトリウム:肥満細胞が炎症性伝達物質を放出するのを抑制し、好酸球、好中球および肺胞マクロファージ細胞の活性化を抑制し、気道アレルギーに対する抗炎症効果を有する。(2)ケトチフェン、(3)抗ヒスタミン剤:肥満細胞、好酸球、好塩基球および肺胞マクロファージなどの炎症細胞による伝達物質の放出を抑制するが、この種の薬品でよく使用されるものとしては、ベンジルスルフェート、テルフェナジン、セチリジン、アステミゾール(ヒスマナール)などがある。
【0006】
これまでに数多くの喘息治療薬が報告されてはいるが、現在のところ、その大多数が化学的手段により合成された化合物であるため、その性質上、継続的に使用すれば不可避的に下記のような様々な副作用が生じる。例えば、抗アレルギー剤は眠気を生じさせ、患者の精神、生活、仕事に支障を来たす。ホルモン系の薬品では高血圧、糖尿病、肥満症などの疾患が発生または進行し、さらにその負のフィードバックとしての抑制作用により、神経−内分泌−免疫機能に乱れが生じ、長期間使用する間に分泌腺が徐々に萎縮し、さらには機能を喪失することさえあり、ひいては体の生理機能がいっそう大きく損なわれる。また痙攣や咳を鎮める薬の使用は、交感神経を興奮させるため、心臓機能を低下させ、突然死を引き起こすことさえある、などである。
【0007】
またアレルギー性鼻炎では、主にアレルギー患者が吸い込んだアレルゲン(ダニ、真菌、花粉など)が、すでに肥満細胞、好酸球、血小板などの細胞上に結合している特異的IgEと結合し、これらの細胞から炎症伝達物質を放出させ、このため鼻の粘膜に炎症が生じる。炎症のプロセスには、炎症細胞および好酸球、好中球などの細胞の浸潤、ヒスタミン、LTおよびPGなどの一次および二次炎症伝達物質の放出、ならびに好酸球の活性化による即時相および遅発相反応が含まれる。現在よく使用されている医薬品も多くの副作用をもつ。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、化学薬剤の生じるような副作用の心配が全くない、植物である沙棘の種子から抽出されたアポトーシス誘発、抗アレルギーおよび抗炎症の作用を有する物質を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の技術的方案は、沙棘の種子の有機溶剤抽出物を活性物質として、以下のステップを含む方法により得られるものである:
沙棘の種子に対しエタノールによる抽出を2回繰り返し行い、これらの抽出液を合わせ、減圧濃縮して褐色粉末状の抽出物を得るステップ;
前記粉末状抽出物を水に溶解し、エチルエーテル、酢酸エチル、ブタノールを抽出溶媒として、順次それぞれ3回抽出を行うステップ;
エチルエーテル画分を濃縮し、褐色のオイルを得るステップ;
前記褐色のオイルをシリカゲルカラムに付し、酢酸エチルで溶出し、溶出画分を回収するステップ。
【0010】
前記エタノールの濃度は好ましくは80%とする。
前記エタノール浸漬時間は好ましくは12時間とする。
前記酢酸エチルの溶出濃度は好ましくは15%とする。
【0011】
前記抽出物は、アポトーシスを誘発する活性を有する。
前記抽出物は、好酸球のアポトーシスを誘発する活性を有する。
前記抽出物は、MBPキナーゼを活性化することができる。
前記抽出物は、過剰な好酸球に起因して生じる様々な疾患に対し、好酸球のアポトーシスを誘発する作用を発揮する。
前記抽出物は、アレルギー性鼻炎に対し、好酸球のアポトーシスを誘発する作用を発揮する。
前記抽出物は、アトピー性気管支喘息に対し、好酸球のアポトーシスを誘発する作用を発揮する。
【0012】
本発明は従来技術と比べ、下記の利点をもつ:
沙棘種子の抽出物は、好酸球減少作用などの面において優れた効果を示し、過剰な好酸球に起因して生じる様々な疾患に対する効果的な予防と治療に使用できる。すなわち、アレルギー性鼻炎あるいはアトピー性気管支喘息の予防と治療において有効に作用する。アポトーシス誘発剤、抗アレルギー剤、抗炎症薬および健康補助食品として使用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
実施例1 沙棘種子抽出物の調製
沙棘の種子6.7kgに篩による夾雑物除去などの前処理を行った後、80%エタノール[エタノール:水=8:2(体積比、以下同じ)]55Lにて12時間浸漬抽出する。次いで再度80%エタノール55Lにより抽出を行い、これらの抽出液を合一し、減圧濃縮および真空乾燥を行い、褐色粉末状の抽出物1384.9gを得た。
【0014】
前記粉末状抽出物674.2gを水2Lに溶解し、エチルエーテル2L、酢酸エチル2L、ブタノール2Lを抽出剤として、順次それぞれ3回抽出を行った。次いでエチルエーテル画分を濃縮し、褐色のオイル436.5gを得た。前記各画分の中から、エチルエーテル画分の濃縮抽出物を7.42g採取し、シリカゲルカラム(ワコーシリカゲルC−300 和光純薬社製、5.5×15cm)に付し、(1)ヘキサン1L、(2)5%酢酸エチル2.5L、(3)10%酢酸エチル2L、(4)15%酢酸エチル2L、(5)20%酢酸エチル3.5L、(6)30%酢酸エチル3Lを順次用いて溶出し、次いで(7)100%酢酸エチル2.5Lで溶出した。(1)の画分(収量45.4mg)、(2)の画分(収量2.9503g)、(3)の画分(収量1.061g)、(4)の画分(収量752.6mg)、(5)の画分(収量521.3mg)、(6)の画分(収量284.4mg)および(7)の画分(収量104.7mg)を得た。
【0015】
実施例2 好酸球性細胞のアポトーシス誘発試験およびMBPキナーゼ活性試験
好酸球性細胞のアポトーシス誘発試験
試験はVermesらの方法(Journal of Immunological Methods,vol.184,P.39−59,1995年)に準拠して行った。好酸球性細胞HL−60細胞を、細胞濃度が1−3×106細胞/mlになるようにRPMI1640培地に浮遊させる。この細胞浮遊液500μlに、濃度が100μg/mlとなるように被検物質(前記実施例1で最終的に回収された画分の1つ)または培地を添加し、37℃、5%CO2の条件下で6時間または24時間培養する。遠心洗浄した後、アネキシンV緩衝液を加え、次いでアネキシンV−FITCを5μl添加する。フローサイトメトリーにより、アネキシンV陽性の細胞をアポトーシス誘発細胞として、全細胞数に対する百分率で評価した。
【0016】
MBPキナーゼ活性試験
試験はDe Souzaらの方法(Blood,vol.99,P.3432−3438,2002年)に準拠して行った。好酸球性細胞HL−60細胞を、細胞濃度が1−3×106細胞/mlになるようにRPMI1640培地に浮遊させる。この細胞浮遊液500μlに、濃度が100μg/mlとなるように被検物質または培地を添加し、37℃、5%CO2の条件下で6時間または24時間培養する。遠心洗浄した後、可溶化緩衝液を添加して細胞を溶解し、MBP5mg/mlを含有するゲルを用いて電気泳動する。ゲルに対し変性剤除去、リフォールディング処理をした後、32P−ATPで標識し、リン酸化反応を3時間実施する。ゲルを乾燥した後、イメージアナライザーを用いて放射活性を解析する。36kDaにバンドが出現した場合、MBPキナーゼ活性化は陽性(+)とした。
【0017】
沙棘種子の抽出物は、HL−60細胞において濃度依存的なアポトーシス誘発を観察した。また、ゲル内MBPキナーゼ分析(In−gel MBP kinase assay)においては、沙棘種子抽出物は36kDaのMBPキナーゼを活性化した。以上の結果は、沙棘種子抽出物は好酸球に対しアポトーシスを誘発し、このアポトーシスは36kDaのMBPキナーゼと関わりのあることを示している。以上より、沙棘種子抽出物は好酸球性の炎症に対する抗炎症薬に使用可能な成分を含有していると推断する。
【0018】
得られた結果を表1に示す。
抽出物4は強いアポトーシス誘発活性を有し、これはMBPキナーゼの活性化を伴っていることを確認した。
【0019】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
沙棘種子抽出物であって、
沙棘の種子に対しエタノールによる抽出を2回繰り返し行い、該抽出液を合わせ、減圧濃縮して褐色粉末状の抽出物を得るステップと、
前記粉末状抽出物を水に溶解し、エチルエーテル、酢酸エチルおよびブタノールを抽出溶媒として、順次それぞれ3回抽出を行うステップと、
エチルエーテル画分を濃縮し、褐色のオイルを得るステップと、
前記褐色のオイルをシリカゲルカラムに付し、酢酸エチルで溶出し、溶出画分を回収するステップと
を含む方法により得られることを特徴とする沙棘種子抽出物。
【請求項2】
前記エタノールの濃度が80%であることを特徴とする請求項1に記載の抽出物。
【請求項3】
前記エタノール浸漬時間が12時間であることを特徴とする請求項1に記載の抽出物。
【請求項4】
前記酢酸エチルの溶出濃度が15%であることを特徴とする請求項1に記載の抽出物。
【請求項5】
アポトーシスを誘発する活性を有することを特徴とする請求項1に記載の抽出物。
【請求項6】
好酸球のアポトーシスを誘発する活性を有することを特徴とする請求項1に記載の抽出物。
【請求項7】
MBPキナーゼを活性化できることを特徴とする請求項2に記載の抽出物。
【請求項8】
過剰な好酸球に起因して生じる各種疾患に対して好酸球のアポトーシス誘発作用を発揮することを特徴とする請求項3に記載の抽出物。
【請求項9】
アレルギー性鼻炎に対して好酸球のアポトーシス誘発作用を発揮することを特徴とする請求項3に記載の抽出物。
【請求項10】
アトピー性気管支喘息に対して好酸球のアポトーシス誘発作用を発揮することを特徴とする請求項3に記載の抽出物。

【公表番号】特表2007−526260(P2007−526260A)
【公表日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−501094(P2007−501094)
【出願日】平成16年3月4日(2004.3.4)
【国際出願番号】PCT/CN2004/000172
【国際公開番号】WO2005/084693
【国際公開日】平成17年9月15日(2005.9.15)
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)
【出願人】(506300187)
【Fターム(参考)】