説明

油脂の吸卵性改善剤

【課題】吸卵速度の向上に優れた効果のある油脂の吸卵性改善剤を提供する。
【解決手段】エステル化率が50%未満のポリグリセリン脂肪酸エステルであることを特徴とする油脂の吸卵性改善剤。該ポリグリセリン脂肪酸エステルを構成するポリグリセリンの平均重合度は7以上であることが好ましく、該ポリグリセリン脂肪酸エステルの構成脂肪酸100質量%中パルミチン酸及び/又はステアリン酸の含量が90質量%以上であることが好ましい。また、本発明には、上記油脂の吸卵性改善剤を含有する油脂組成物も含まれる。該油脂組成物の形態としては、例えば油中水型乳化物であるマーガリン形態などが挙げられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パン・菓子類の製造において吸卵速度を向上させる効果のある油脂の吸卵性改善剤に関する。
【背景技術】
【0002】
パン或いはケーキ、ビスケット等の菓子類の多くは、小麦粉、油脂等の他、卵を使用して製造される。例えば、バターケーキの製造では、ショートニングやマーガリンなどの油脂組成物に予め砂糖や卵を均一に分散させ、さらに小麦粉等を加えてミキシングすることにより生地の調製が行われる。このようなパン・菓子類の製造では、油脂が卵を均一に分散する性質(即ち、油脂の吸卵性)を改善することにより、油脂組成物への卵の添加及び均一化をより短時間で行い、効率良く生産するための検討が従来行われている。
【0003】
例えば、エステル化率が95%のヘキサグリセリンオクタパルミチン酸エステルや、エステル化率が74%のデカグリセリンノナパルミチン酸エステル等を油脂の吸卵性改善剤として使用する方法(特許文献1参照)が知られている。
【0004】
しかし、上記方法をもってしても、油脂組成物への卵の添加及び均一化に要する時間の短縮化(即ち、吸卵速度の向上)において十分に満足できる効果が得られていないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−049191号公報、段落「0020」、表1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、吸卵速度の向上に優れた効果のある油脂の吸卵性改善剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、上記課題を解決するため、鋭意検討した結果、エステル化率が50%未満のポリグリセリン脂肪酸エステルを添加したマーガリン形態の油脂組成物は、吸卵速度が著しく向上したものであることを見出し、この知見に基づいて本発明をなすに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、
(1)エステル化率が50%未満のポリグリセリン脂肪酸エステルであることを特徴とする油脂の吸卵性改善剤、
(2)ポリグリセリン脂肪酸エステルを構成するポリグリセリンの平均重合度が7以上であることを特徴とする前記(1)記載の油脂の吸卵性改善剤、
(3)ポリグリセリン脂肪酸エステルの構成脂肪酸100質量%中パルミチン酸及び/又はステアリン酸の含量が90質量%以上である前記(1)又は(2)記載の油脂の吸卵性改善剤、
(4)前記(1)〜(3)のいずれかに記載の油脂の吸卵性改善剤を含有する油脂組成物、
からなっている。
【発明の効果】
【0009】
本発明の油脂の吸卵性改善剤を添加して得られる油脂組成物は、吸卵速度が著しく向上したものである。
卵を油脂組成物に添加及び均一化する工程を含む食品の製造において本発明の油脂組成物を使用することにより、該食品の製造時間の短縮につながる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明に用いられるポリグリセリン脂肪酸エステルは、エステル化率が50%未満、好ましくは40%未満、より好ましくは30%未満のものである。また、エステル化率の下限は、通常8%程度である。エステル化率が50%以上であると、吸卵速度の向上の効果が十分に得られないため好ましくない。また、エステル化率が8%未満であるとポリグリセリン脂肪酸エステルそのものの生成量が少なくなり、経済的に有利ではないため好ましくない。ここで、エステル化率は、下式:
【0011】
【数1】

【0012】
により算出される。ここで、エステル価および水酸基価は、「基準油脂分析試験法(I)」(社団法人 日本油化学会編)の[2.3.3−1996 エステル価]および[2.3.6−1996 ヒドロキシル価]に従って測定される。
【0013】
本発明で用いられるポリグリセリン脂肪酸エステルは、ポリグリセリンと脂肪酸とのエステル化生成物であり、自体公知のエステル化反応等により製造される。
【0014】
本発明に用いられるポリグリセリン脂肪酸エステルの製造の原料となるポリグリセリンとしては、通常グリセリンに少量の酸又はアルカリを触媒として添加し、窒素又は二酸化炭素等の任意の不活性ガス雰囲気下で、例えば約180℃以上の温度で加熱し、重縮合反応させて得られる重合度の異なるポリグリセリンの混合物が挙げられる。また、ポリグリセリンは、グリシドール又はエピクロルヒドリン等を原料として得られるものであっても良い。反応終了後、所望により中和、脱塩、脱色等の処理を行って良い。該ポリグリセリンとしては、平均重合度が約2〜10程度のもの、例えばジグリセリン(平均重合度2)、トリグリセリン(平均重合度3)、テトラグリセリン(平均重合度4)、ヘキサグリセリン(平均重合度6)、ヘプタグリセリン(平均重合度7)、オクタグリセリン(平均重合度8)、デカグリセリン(平均重合度10)等が挙げられ、好ましくは平均重合度7以上のものであり、より好ましくはデカグリセリンである。
【0015】
また、本発明に用いられるポリグリセリン脂肪酸エステルの製造の原料となる脂肪酸としては、パルミチン酸及び/又はステアリン酸であることが好ましく、該構成脂肪酸100質量%中、パルミチン酸及び/又はステアリン酸の含量が90質量%以上であることがより好ましい。
【0016】
本発明において、ポリグリセリンに対する脂肪酸の仕込み量は、目的とするエステル化率やポリグリセリンの平均重合度等により異なり一様ではないが、例えば、ポリグリセリンとしてデカグリセリンを用いる場合、デカグリセリン1モルに対して約1〜6モルの範囲である。
【0017】
本発明において、ポリグリセリンと脂肪酸とのエステル化反応は無触媒で行って良く、又は酸触媒或いはアルカリ触媒を用いて行っても良いが、アルカリ触媒の存在下で行なわれるのが好ましい。酸触媒としては、例えば、濃硫酸、p−トルエンスルホン酸等が挙げられる。アルカリ触媒としては、例えば水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム等が挙げられる。アルカリ触媒の使用量は、全仕込み量(乾燥物換算)100質量%中、約0.01〜1.0質量%、好ましくは約0.05〜0.5質量%である。
【0018】
上記エステル化反応は、例えば攪拌機、加熱用のジャケット、邪魔板、不活性ガス吹き込み管、温度計及び冷却器付き水分分離器等を備えた通常の反応容器に、ポリグリセリン、脂肪酸、及び所望により触媒を供給して攪拌混合し、窒素又は二酸化炭素等の任意の不活性ガス雰囲気下で、エステル化反応により生成する水を系外に除去しながら、所定温度で一定時間加熱して行われるのが好ましい。反応温度は通常、約180〜260℃の範囲、好ましくは約200〜250℃の範囲である。また、反応における圧力条件は減圧下又は常圧下で、反応時間は約0.5〜15時間、好ましくは約1〜5時間である。反応の終点は、通常反応混合物の酸価を測定し、酸化約1以下を目安とするのが好ましい。
【0019】
エステル化反応終了後、触媒を用いた場合は、反応混合物中に残存する触媒を中和する。その際、エステル化反応の温度が約200℃以上の場合は液温を約180〜200℃に冷却してから中和処理を行うのが好ましい。また反応温度が約200℃以下の場合は、そのままの温度で中和処理を行ってよい。触媒の中和は、例えば、アルカリ触媒として水酸化ナトリウムを使用し、これをリン酸(85質量%)で中和する場合、以下に示す中和反応式(1):
【0020】
【化1】

で計算されるリン酸量を0.85で除した量(水酸化ナトリウムの使用量を1.0gとすると、約0.96gとなる。)以上のリン酸(85質量%)を、好ましくは中和反応式(1)で計算されるリン酸量を0.85で除した量の約2〜3倍量のリン酸(85質量%)を反応混合物に添加して、中和反応混合物を良く混合することにより行われるのが好ましい。中和後、その温度で好ましくは約0.5時間以上、更に好ましくは約1〜10時間放置するのが好ましい。未反応のポリグリセリンが下層に分離した場合はそれを除去する。
【0021】
本発明の油脂の吸卵性改善剤の実施態様としては特に限定されないが、例えば、上記ポリグリセリン脂肪酸エステルを油脂組成物の吸卵性改善剤として直接用いても良く、また上記ポリグリセリン脂肪酸エステルをデキストリンや乳糖などの粉末化剤と共に水溶液とし、該水溶液を常法により乾燥・粉末化し、得られた粉末を油脂の吸卵性改善剤としても良い。
【0022】
本発明の油脂の吸卵性改善剤は、油脂組成物に添加して用いられる。また本発明は、前記吸卵性改善剤を含有する油脂組成物も包含する。本発明の油脂組成物の形態としては、例えば油中水型乳化物であるマーガリン形態、ファットスプレッド形態、および水分をほとんど含まないショートニング形態などが挙げられる。ここで、マーガリン形態の油脂組成物は、食用油脂含有率が80重量%以上のものをいい、ファットスプレッド形態の油脂組成物は食用油脂含有率が80重量%未満のものをいう。
【0023】
本発明の油脂組成物に含有される食用油脂としては、例えばパーム油、カカオ脂、ヤシ油、パーム核油等の植物性油脂並びに乳脂、牛脂、ラード、魚油、鯨油等の動物性油脂の他、菜種油、大豆油、ヒマワリ種子油、綿実油、落花生油、米糠油、コーン油、サフラワー油、オリーブ油、カポック油、ゴマ油、月見草油、パーム油、シア脂、サル脂、カカオ脂、ヤシ油、パーム核油等の植物性油脂並びに乳脂、牛脂、ラード、魚油、鯨油等の動物性油脂の単独又は混合油あるいはそれらの硬化、分別、エステル交換等を施した加工油脂が挙げられ、中でもパーム系油脂やカカオ脂、エステル交換油脂等が好ましく、パーム系油脂としては、天然パーム油を精製して得られる精製パーム油や天然パーム油を分別して得られるパームオレインあるいはパームステアリンが好ましい。
【0024】
本発明の油脂の吸卵性改善剤を添加して油脂組成物を製造する方法に特に制限はなく、慣用の装置を用いて、常法により製造することができる。例えばショートニング形態の油脂組成物の製造方法として、食用油脂に本発明の吸卵性改善剤を攪拌しながら添加して加熱・溶解し、その後これを冷却可塑化する方法を実施することができる。また、マーガリン形態の油脂組成物の製造方法として、上記食用油脂に本発明の吸卵性改善剤を添加し、さらに所定量の水を攪拌しながら添加して油中水型に乳化し、得られた乳化物をマーガリンプロセッサーを用いて急冷可塑化し、さらに25〜30℃で24〜48時間テンパリング処理する方法を実施することができる。
【0025】
本発明の油脂組成物中の油脂の吸卵性改善剤の含有量に特に制限はないが、例えばマーガリン形態の油脂組成物100質量%中、通常約0.05〜5.0質量%である。本発明の油脂組成物中の油脂の吸卵性改善剤の含有量が5.0質量%を超えると、該油脂組成物を用いて製造される食品の風味に影響を与える虞があるため好ましくなく、また含有量が0.05質量%未満であると、吸卵速度の向上の効果が十分に得られないため好ましくない。
【0026】
本発明の油脂組成物は、油脂組成物に卵を添加及び均一化する工程を含む食品の製造に好ましく利用可能である。そのような食品としては、例えばパウンドケーキ、マドレーヌ、バウムクーヘンなどのバターケーキやスポンジケーキ類、ビスケットなどの菓子類およびパイなどの洋菓子、カスタードクリームやフラワーペーストなどのフィリング類及びアイシング類を使用したものなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0027】
以下に本発明を実施例に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0028】
[実施例]
(1)油脂の吸卵性改善剤の製造
撹拌機、温度計、ガス吹込管および水分分離器を取り付けた1Lの四つ口フラスコに、デカグリセリン(商品名:ポリグリセリン#750;阪本薬品工業社製)421.6gおよびステアリン酸(商品名:ステアリン酸65:ステアリン酸含量65質量%、パルミチン酸含量35質量%;ミヨシ油脂社製)378.4gを仕込み、触媒として水酸化ナトリウム0.8gを加え、窒素ガス気流中240℃で、酸価1以下となるまで、約4時間エステル化反応を行った。得られた反応混合物を約180℃まで冷却し、リン酸(85質量%)1.6gを添加して触媒を中和し、その温度で約1時間放置し、分離した未反応のデカグリセリンを含むポリオールを除去し、エステル化率23%のデカグリセリン脂肪酸エステルである油脂の吸卵性改善剤(試作品)722gを得た。
(2)油脂組成物の製造
精製パーム油(植田製油社製)2295g及び食用なたね油(J−オイルミルズ社製)255gを加温溶解し、これに上記(1)で得た油脂の吸卵性改善剤(試作品)15gを混合し、約80℃で分散させた後、約70℃に冷却し、これを油相部とした。該油相部に約60℃に調製したイオン交換水450gを添加し、TKホモミクサーMARK II(プライミクス社製)を用いて70℃、10000rpmの条件で5分間攪拌・分散した。これをマーガリンプロセッサー(POWER POINT INTERNATIONAL社製)に通し、急冷捏和した後、25℃で24時間テンパリング処理を行い、マーガリン形態の油脂組成物2850g(実施例品)を得た。
【0029】
[比較例1]
実施例の油脂の吸卵性改善剤(試作品)15gに替えて、エステル化率が77.7%のデカグリセリン脂肪酸エステル(商品名:Decaglyn 10−SV;構成脂肪酸:ステアリン酸;日光ケミカルズ社製)15gを使用したこと以外は、実施例と同様に実施し、マーガリン形態の油脂組成物2850g(比較例品1)を得た。
【0030】
[比較例2]
実施例の油脂の吸卵性改善剤(試作品)15gに替えて、ソルビタン脂肪酸エステル(商品名:ポエムO−80V;理研ビタミン社製)15gを使用したこと以外は、実施例と同様に実施し、マーガリン形態の油脂組成物2850g(比較例品2)を得た。
【0031】
[比較例3]
実施例の油脂の吸卵性改善剤(試作品)15gに替えて、ショ糖脂肪酸エステル(商品名:O−170;三菱化学フーズ社製)15gを使用したこと以外は、実施例と同様に実施し、マーガリン形態の油脂組成物2850g(比較例品3)を得た。
【0032】
[試験例]
上記実施例および比較例で得た油脂組成物(実施例品および比較例品1〜3)270gをケンウッドミキサー(英国ケンウッド社製)に量り取り、該ミキサーを用いて、温度15℃、速度「max」の条件で20分間ホイップした。次に、全卵液270gを加えて同条件でホイップし、卵が完全に油脂中に分散するまでの時間を測定した。また、対照として、乳化剤を添加せずに実施例と同様に製造したマーガリン形態の油脂組成物(対照品)についても同様に試験を行った。結果を表1に示す。
【0033】
【表1】

【0034】
表1から明らかなように、本発明の油脂の吸卵性改善剤を含有する油脂組成物は、比較例品及び対照品に比べて、吸卵速度が著しく向上していた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エステル化率が50%未満のポリグリセリン脂肪酸エステルであることを特徴とする油脂の吸卵性改善剤。
【請求項2】
ポリグリセリン脂肪酸エステルを構成するポリグリセリンの平均重合度が7以上であることを特徴とする請求項1記載の油脂の吸卵性改善剤。
【請求項3】
ポリグリセリン脂肪酸エステルの構成脂肪酸100質量%中パルミチン酸及び/又はステアリン酸の含量が90質量%以上である請求項1又は2記載の油脂の吸卵性改善剤。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の油脂の吸卵性改善剤を含有する油脂組成物。

【公開番号】特開2011−205938(P2011−205938A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−75637(P2010−75637)
【出願日】平成22年3月29日(2010.3.29)
【出願人】(390010674)理研ビタミン株式会社 (236)
【Fターム(参考)】