説明

油脂の製造方法

【課題】 オレイン酸基などのシス型モノ不飽和脂肪酸基の含有率が高く、且つトランス酸基の含有率が低い油脂の製造方法の提供。
【解決手段】 周期律表11族の元素から選ばれる少なくとも1種の元素を含有する水添用触媒を用いて、多不飽和脂肪酸基を含有する原料油脂を水素化する、シス型モノ不飽和脂肪酸基の含有率を高めた油脂の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油脂の製造方法に関する。より詳しくは、シス型モノ不飽和脂肪酸基の含有率の高い油脂の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
油脂を工業用、食品用として用いる場合、一般的には油脂を構成している脂肪酸基の二重結合部分を水素化して使用することが多い。水素化により、酸化を受けやすい二重結合が低減し、性状が安定すると共に、所望の融点に調整することができる。上記油脂の水素化は、原料油脂に水添用触媒を添加して、ニッケル触媒では120〜230℃、貴金属触媒では20〜100℃程度にコントロールし、水素ガスを吹き込む方法で行われている。
【0003】
しかしながら、このような水素化を部分的に行い、オレイン酸基などのシス型モノ不飽和脂肪酸基の含有率が高い油脂を得ようとすると、ステアリン酸基などの飽和脂肪酸基が著しく増加するか、又はエライジン酸などのトランス酸基が多量に副生する。ここで、トランス酸基は、天然油脂中には存在せず、栄養的及び生物学的観点から一般的に好ましくないため、トランス体の生成を抑制することを目的とした、油脂の水素化方法が提案されている(特許文献1及び特許文献2)。前者は、ニッケル触媒を用いて、一般的にニッケル触媒で採用する反応温度よりも低い温度で反応を行うものであり、後者は、Pd、Pt等の貴金属触媒とナトリウムメトキシドとを共存させる方法である。しかし、これらの方法では、トランス酸基の生成は抑制されるものの、工業的あるいは経済的な見地から、必ずしも有利な方法を提供するものとはいえなかった。即ち、前者では、ニッケル触媒を低温で使用するために、触媒の使用量が極めて多く、コスト面で問題がある。一方、後者では、従来法に比べ、リノール酸基などの多不飽和脂肪酸基が多く残存し、酸化安定性が低下する可能性がある。
【特許文献1】特開2006−320275号公報
【特許文献2】特開平7−118688号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、オレイン酸基などのシス型モノ不飽和脂肪酸基の含有率が高く、且つ、トランス酸基の含有率が低い油脂の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、周期律表11族の元素から選ばれる少なくとも1種の元素を含有する水添用触媒を用いて、多不飽和脂肪酸基を含有する原料油脂を水素化する、シス型モノ不飽和脂肪酸基の含有率を高めた油脂の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0006】
本発明によると、リノール酸基などの多不飽和脂肪酸基が低減され、オレイン酸基などのシス型モノ不飽和脂肪酸基含有率が高く、且つ、トランス酸基含有率が低い油脂を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
<水添用触媒>
本発明において用いられる水添用触媒は、周期律表11族の元素から選ばれる少なくとも1種の元素を含有する。周期律表11族の元素は、銅、銀及び金から選ばれ、好ましくは銅である。
【0008】
なお、性能を損なわない限りにおいて、周期律表11族の元素から選ばれる少なくとも1種の元素以外の金属が含まれても良く、又は担体に担持されていても良い。具体的には、周期律表11族の元素から選ばれる少なくとも1種の元素以外の金属成分としては、鉄、亜鉛、マンガン、コバルト、マグネシウム、カルシウム、バリウム、アルミニウム等が挙げられ、鉄、亜鉛、マンガンが好ましく、鉄がより好ましい。また、担体としては、アルミナ、シリカ、珪藻土、シリカアルミナ、チタニア、ジルコニア、活性炭等が挙げられるが、アルミナ、シリカが好ましい。
【0009】
本発明に用いられる水添用触媒中の周期律表11族の元素から選ばれる少なくとも1種の元素の割合は、好ましくは20〜100重量%、更に好ましくは40〜100重量%である。
【0010】
<還元活性化条件>
多不飽和脂肪酸基を含有する原料油脂の水素化に際し、触媒の還元活性化を行う場合は、予め気相中で行っても差し支えないが、水素化反応に用いる原料油脂中で行っても何ら問題はなく、この場合、触媒の還元活性化と水素化を連続的に行うことができる。
【0011】
原料油脂中で触媒の還元活性化を行う場合は、原料油脂と触媒の混合物中にガスを流通させる方法が簡便であり好ましい。ここで用いるガス(以下、流通ガスと呼ぶ)は、還元に用いる水素ガスを使用しても良く、あるいは水素ガスと不活性ガスの混合ガスを用いても良い。
【0012】
流通ガスの流量は、特に限定されないが、周期律表11族の元素から選ばれる少なくとも1種の元素1molに対し1時間あたり5mol(以下、5mol/mol/hと表す)以上を流通させることが好ましく、10mol/mol/h以上がより好ましく、20mol/mol/h以上がさらに好ましい。流量の上限は特に限定されないが、経済性を考慮し、600mol/mol/h以下が好ましく、300mol/mol/h以下がより好ましく、100mol/mol/h以下がさらに好ましい。不活性ガスとしては、アルゴン、窒素等が好ましく、窒素ガスがより好ましい。水素ガスと不活性ガスの混合ガスを使用する場合、水素ガスと不活性ガスの比は、水素ガス/不活性ガスの比が0.01mol/mol以上であることが好ましく、0.1mol/mol以上がより好ましい。
【0013】
ガスの流通を開始する温度は、20〜190℃の範囲が好ましく、50〜180℃の範囲がより好ましい。ガス流通開始後は、昇温させながら還元活性化を行うことも、より低温で温度を一定に保ちながら還元活性化を行うことも可能である。ガス流通終了時には還元活性化が実質的に完了していることが好ましいが、一部未還元の触媒が残存していてもよい。
【0014】
還元活性化工程における圧力は特に限定されないが、常圧〜5MPa・Gが好ましく、常圧〜3MPa・Gがより好ましい。
【0015】
還元活性化時間は、特に限定されないが、20分以上が好ましく、40分以上がより好ましい。また、10時間以下が好ましく、5時間以下がより好ましく、3時間以下が更に好ましい。
【0016】
<シス型モノ不飽和酸基の含有率の高い油脂の製造方法>
本発明の油脂の製造方法は、上記の水添用触媒を用いて、原料油脂中の多不飽和脂肪酸基を水素化して、シス型モノ不飽和脂肪酸基含有率が高く且つトランス酸基含有率の低い油脂を製造する方法であり、特にリノール酸基等の多不飽和脂肪酸基を水素化して、オレイン酸基の含有率が高く且つトランス酸基の含有率の低い油脂を製造する場合に好適に用いられる。
【0017】
シス型モノ不飽和酸基の含有率の高い油脂の製造に用いられる原料油脂としては、ナタネ油、サフラワー油、コーン油、大豆油、ひまわり油、オリーブ油、落花生油、綿実油、パーム油、パーム核油及びヤシ油等の植物油、並びに魚油、牛脂、羊脂、豚脂及び鶏脂等の動物油が挙げられるが、好ましくは植物油であり、より好ましくはナタネ油、パーム油、大豆油である。
【0018】
触媒の使用量は、用いる原料油脂の種類や組成にも拠るが、原料油脂に対し、0.1〜5重量%が好ましく、0.2〜4重量%がより好ましい。水素化反応温度は、120〜280℃が好ましく、150〜230℃がより好ましい。水素化反応時の水素圧力は常圧〜3MPa・Gが好ましく、常圧〜2MPa・Gがより好ましい。斯かる範囲内であれば、シス型モノ不飽和脂肪酸基の含有率がより高く、トランス酸基の含有率がより低い油脂を得ることができ、且つ、触媒の水素化活性を向上させて反応に要する時間をより短縮することができる。
【0019】
水素化反応は、水素ガス流通下又は水素ガス雰囲気密閉条件下のいずれにおいても実施可能である。反応の終了は、残存する油脂中の多不飽和脂肪酸基量並びに飽和脂肪酸基量から、適宜判断することができる。
【0020】
本発明のシス型モノ不飽和脂肪酸基含有率の高い油脂の製造方法においては、原料油脂中の全不飽和脂肪酸基に対する生成油脂中のモノ不飽和脂肪酸基の割合を91%以上とすることが好ましく、93%以上とすることがより好ましく、96%以上とすることが更に好ましい。また、原料油脂中の多不飽和脂肪酸基の低減率を86%以上とすることが好ましく、90%以上とすることがより好ましく、94%以上が更に好ましい。更に生成油脂に含まれるモノ不飽和脂肪酸基中のトランス酸基の割合を20%以下とすることが好ましく、17%以下とすることがより好ましく、14%以下とすることが更に好ましい。
【実施例】
【0021】
以下、実施例に基づいて本発明を更に詳細に説明する。しかし、これら実施例の記載は本発明の範囲を限定するものではない。
【0022】
なお、実施例中の「Cm:n」は、油脂を構成する脂肪酸基が「炭素数mで二重結合の数nの脂肪酸基」であることを意味する。また以下の実施例及び比較例において、油脂を構成する脂肪酸基の組成は、油脂を加水分解後、メチル化して、ガスクロマトグラフィー分析を行うことにより求めた。原料として使用したナタネ油の脂肪酸基組成は表1に示す通りであった。
【0023】
実施例1
Cu/Al2O3 触媒(日揮触媒化成(株)製、N242、銅含有量43重量%)を0.57重量%(対ナタネ白絞油(日清オイリオ(株)製))用いて、ナタネ白絞油中で、水素0.01MPa・G密閉条件下、90℃/hの速度で室温(25℃)から170℃まで昇温した。170℃到達後、水素流通を開始し、水素/銅=35mol/mol/hの水素流通下、常圧、60℃/hの昇温速度で1時間、触媒を還元活性化した。その後、230℃、0.40MPa・G密閉条件下で、1.5時間水素化を行った。得られた油脂の脂肪酸基組成、原料油脂中の全不飽和脂肪酸基に対する生成油脂中のモノ不飽和脂肪酸基の割合(以下モノ不飽和脂肪酸基含有率という)、原料油脂中の多不飽和脂肪酸基の低減率(以下多不飽和脂肪酸基低減率という)及び生成油脂に含まれるモノ不飽和脂肪酸基中のトランス酸基の割合(以下トランス酸基含有率という)を表1に示した。
【0024】
実施例2
Cu/SiO2触媒(日揮触媒化成(株)製、F01B、銅含有量54重量%)を用いる以外は、実施例1と同様の還元活性化処理の後、同様の条件下、2時間水素化を行った。得られた油脂の脂肪酸基組成、モノ不飽和脂肪酸基含有率、多不飽和脂肪酸基低減率及びトランス酸基含有率を表1に示した。
【0025】
実施例3
Cu-Fe/Al2O3触媒 (日揮触媒化成(株)製、N2A3、銅含有量24重量%)を1.0重量%用いる以外は、実施例1と同様の還元活性化処理の後、同様の条件下、3時間水素化を行った。得られた油脂の脂肪酸基組成、モノ不飽和脂肪酸基含有率、多不飽和脂肪酸基低減率及びトランス酸基含有率を表1に示した。
【0026】
実施例4
Cu/SiO2触媒(日揮触媒化成(株)製、F01B、銅含有量54重量%)を用いる以外は、実施例1と同様の還元活性化処理を行い、その後、230℃、2.0MPa・G密閉条件下で、1時間水素化を行った。得られた油脂の脂肪酸基組成、モノ不飽和脂肪酸基含有率、多不飽和脂肪酸基低減率及びトランス酸基含有率を表1に示した。
【0027】
比較例1
Pd/Al2O3触媒 (エヌ・イー・ケムキャット(株)製、パラジウム含有量5重量%)を0.2重量%用いて、ナタネ白絞油中で、50℃、0.40MPa・G密閉条件下で、3時間水素化を行った。得られた油脂の脂肪酸基組成、モノ不飽和脂肪酸基含有率、多不飽和脂肪酸基低減率及びトランス酸基含有率を表1に示した。
【0028】
比較例2
Pt/Al2O3触媒 (エヌ・イー・ケムキャット(株)製、パラジウム含有量5重量%)を0.2重量%用いて、ナタネ白絞油中で、50℃、0.40MPa・G密閉条件下で、3時間水素化を行った。得られた油脂の脂肪酸基組成、モノ不飽和脂肪酸基含有率、多不飽和脂肪酸基低減率及びトランス酸基含有率を表1に示した。
【0029】
比較例3
フレークニッケル触媒 (堺化学(株)製、SO-750、ニッケル含有量22重量%)を0.14重量%用いて、ナタネ白絞油中で、180℃、0.20MPa・G密閉条件下で、0.5時間水素化を行った。得られた油脂の脂肪酸基組成、モノ不飽和脂肪酸基含有率、多不飽和脂肪酸基低減率及びトランス酸基含有率を表1に示した。
【0030】
【表1】

【0031】
Pd触媒及びNi触媒では、モノ不飽和脂肪酸基含有率及び多不飽和脂肪酸基低減率は比較的高いが、トランス酸基の生成が多かった。Pt触媒では、トランス酸基の生成は抑制されているが、多不飽和脂肪酸基低減率が低く、モノ不飽和脂肪酸基含有率が低かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
周期律表11族の元素から選ばれる少なくとも1種の元素を含有する水添用触媒を用いて、多不飽和脂肪酸基を含有する原料油脂を水素化する、シス型モノ不飽和脂肪酸基の含有率を高めた油脂の製造方法。
【請求項2】
周期律表11族の元素から選ばれる少なくとも1種の元素が銅である、請求項1記載の油脂の製造方法。
【請求項3】
多不飽和脂肪酸基を含有する原料油脂中で触媒の還元活性化処理を行った後、原料油脂の水素化を行う、請求項1又は2に記載の油脂の製造方法。
【請求項4】
原料油脂中の全不飽和脂肪酸基に対する生成油脂中のモノ不飽和脂肪酸基の割合が91%以上である、請求項1〜3の何れか1項に記載の油脂の製造方法。
【請求項5】
原料油脂中の多不飽和脂肪酸基の低減率が86%以上である、請求項4に記載の油脂の製造方法。
【請求項6】
生成油脂のモノ不飽和脂肪酸基中のトランス酸基の割合が20%以下である、請求項4又は5に記載の油脂の製造方法。

【公開番号】特開2010−126676(P2010−126676A)
【公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−304575(P2008−304575)
【出願日】平成20年11月28日(2008.11.28)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】