説明

治療装置

【課題】治療対象部位の深部にまで磁気を作用させることができる磁気治療装置を提供する。
【解決手段】磁性体よりなる第1のコア部材10と、少なくとも先端部21が第1のコア部材10の先端部11に近接配置された磁性体よりなる第2のコア部材20と、第1のコア部材および/または第2のコア部材10,20の基部に電線が巻回されてなるコイル31,32と、を有し、両コア部材の先端部11,21は、治療対象部位の表面に押し込み可能な幅を有し、コイル31,32に通電することにより、第1のコア部材の先端部11と第2のコア部材の先端部21との相互間で磁力線を放射することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、治療対象部位の深部にまで磁気が作用する治療装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、磁気の医療分野への応用に関する研究が盛んである。
【0003】
生体に磁気を作用させる技術としては、下記の特許文献1に示すような磁気刺激装置が知られている。特許文献1に開示されている磁気刺激装置は、刺激対象部位に近づけられる側の端部に向かうに連れて断面積が減少する磁性体と、磁性体に電線が巻回されてなるコイルと、を備える。このような構成によれば、コイルにより発生する磁界の磁束密度が圧縮されることにより、密度の高い磁場を磁性体の先端部から発生させることができる。
【特許文献1】特開平7−171220号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記磁気刺激装置では、磁性体の先端部からの距離が離れるにしたがって磁場の強度が大幅に低減するため、通常の使用条件では、皮膚表面から1〜2cm下の深部にまで磁気を作用させることができないという問題がある。皮下深部にまで磁気を作用させようとすれば、皮膚表面に大きな磁場を照射する必要があり、このような磁場は、皮膚表面の神経の興奮を引き起こす。
【0005】
本発明は、上述した問題を解決するためになされたものである。したがって、本発明の目的は、治療対象部位の深部にまで磁気を作用させることができる磁気治療装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の上記目的は、下記の(1)〜(10)に記載の発明によって達成される。
【0007】
(1)磁性体よりなる第1のコア部材と、少なくとも先端部が前記第1のコア部材の先端部に近接配置された磁性体よりなる第2のコア部材と、前記第1のコア部材および/または第2のコア部材の基部に電線が巻回されてなるコイルと、を有し、前記両コア部材の先端部は、治療対象部位の表面に押し込み可能な幅を有し、前記コイルに通電することにより、前記第1のコア部材の先端部と前記第2のコア部材の先端部との相互間で磁力線を放射することを特徴とする治療装置である。
【0008】
(2)前記第1のコア部材は、棒状のコア部材であり、前記第2のコア部材は、前記棒状のコア部材を取り囲むように環状に配置されることを特徴とする上記(1)に記載の治療装置である。
【0009】
(3)前記第2のコア部材は、少なくとも先端部が対向するように配置される一対のコア部材より構成され、前記第1のコア部材は、前記一対のコア部材の対向する先端部の間に先端部が配置される棒状のコア部材であることを特徴とする上記(1)に記載の治療装置である。
【0010】
(4)前記第2のコア部材は、前記第1のコア部材の周囲に複数配置されることを特徴とする上記(3)に記載の治療装置である。
【0011】
(5)前記第1のコア部材の外周面に対向する第2のコア部材の先端部の対向面は、前記第1のコア部材の先端部の外周面に沿うように形成されることを特徴とする上記(3)または(4)に記載の治療装置である。
【0012】
(6)前記第1のコア部材と前記第2のコア部材とは、基部側で結合されていることを特徴とする上記(1)〜(5)のいずれか一つに記載の治療装置である。
【0013】
(7)前記第1のコア部材の先端部は、前記第2のコア部材の先端部の端面よりも前記両コア部材の軸方向に突出していることを特徴とする上記(1)に記載の治療装置である。
【0014】
(8)前記第1のコア部材の先端部の端面と前記第2のコア部材の先端部の端面とは、同一平面上に位置することを特徴とする上記(1)に記載の治療装置である。
【0015】
(9)前記両コア部材の先端部の軸方向に直角な断面積は、先端に向かうにしたがって漸減することを特徴とする上記(1)に記載の治療装置である。
【0016】
(10)前記先端部近傍における磁場の強度は、30〜1000mTの範囲にあり、前記コイルを流れる電流の周波数は、10〜300Hzの範囲にあることを特徴とする上記(1)に記載の治療装置である。
【発明の効果】
【0017】
上記(1)に記載の発明によれば、両コア部材の先端部を治療対象部位の表面に押し込んだ状態で、両コア部材により強度が高められた磁場を発生させることによって、治療対象部位の深部にまで磁気を作用させることができる。
【0018】
また、患部の深部に存在する神経にまで交流磁場を作用させることができるため、痛みに関する神経活動を抑制することができる。その結果、患部の痛みを抑制することができる。
【0019】
また、上記(2)に記載の発明によれば、第2のコア部材の先端部が第1のコア部材の先端部を取り囲むように配置されるため、第1のコア部材の先端部を中心として放射状に磁力線を放射することができる。
【0020】
また、上記(3)に記載の発明によれば、第2のコア部材の先端部が第1のコア部材の先端部の両側に配置されるため、第1のコア部材の先端部から2方向に磁力線を放射することができる。また、治療装置がより薄型化される。
【0021】
また、上記(4)に記載の発明によれば、第2のコア部材の先端部が第1のコア部材の先端部を取り囲むように複数配置されるため、第1のコア部材の先端部を中心として放射状に磁力線を放射することができる。
【0022】
また、上記(5)に記載の発明によれば、第1のコア部材の先端部と第2のコア部材の先端部との距離が均等に維持されるため、強度が均等な磁力線を放出することができる。
【0023】
また、上記(6)に記載の発明によれば、より効率的に磁場を発生させることができる。
【0024】
また、上記(7)に記載の発明によれば、より多くの磁力線を治療対象部位に向かって放射することができる。
【0025】
また、上記(8)に記載の発明によれば、第1のコア部材の先端部と第2のコア部材の先端部とを均等に治療対象部位の表面に押し込むことができる。
【0026】
また、上記(9)に記載の発明によれば、両コア部材の先端部をより滑らかに治療対象部位の表面に押し込むことができる。
【0027】
また、上記(10)に記載の発明によれば、患部の深部に存在する神経に交流磁場を作用させることができるため、深部の患部の痛みを抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態を説明する。なお、図中、同様の部材には、同一の符号を用いた。
【0029】
(第1の実施の形態)
図1は、本発明の第1の実施の形態における治療装置の概略構成を示す斜視図である。本実施の形態の治療装置は、患者の皮膚表面に先端部が押し込まれた状態で使用されることにより、皮下深部の神経に交流磁場を照射するものである。
【0030】
図1に示すとおり、本実施の形態の治療装置100は、棒状の第1コア部材10とボトル状の第2コア部材20とを有する。棒状の第1コア部材10およびボトル状の第2コア部材20の基部には、コイル31,32が設けられている。第1および第2コア部材10,20ならびにコイル31,32は、電源回路40とともに外装部材50に収容されている。
【0031】
棒状の第1コア部材10は、フェライト、軟鉄、鉄、ケイ素鋼、パーマロイ、およびアモルファス金属軟磁性体などの透磁率が高く磁気損失が低い磁性体より形成される。棒状の第1コア部材10の基部には、電線が巻回されてコイル31が形成されている。第1コア部材10の軸方向に直角な断面は円形であり、第1コア部材10の先端部11は、先端に向かって外径が漸減するテーパ形状を有している。
【0032】
ボトル状の第2コア部材20は、磁性体より形成される。本実施の形態の第2コア部材20は、棒状の第1コア部材10と基部側で結合されている。ボトル状の第2コア部材20の基部には、棒状の第1コア部材10とは逆向きに電線が巻回されてコイル32が形成されている。コイル31,32は、電源回路40に電気的に接続されている。棒状の第1コア部材10は、ボトル状の第2コア部材20の軸線上に配置され、第1コア部材10の先端部11は、ボトル状の第2コア部材20の口縁部から上方に突出している。
【0033】
ボトル状の第2コア部材の先端部21の端面の面積は、両コア部材の先端部11,21が患者の皮膚表面に押し込み可能な幅を有するという見地から、8〜800mmの範囲に形成されることが好ましい。両コア部材の先端部11,21の幅あるいは面積が大きすぎると、患者の皮膚表面に先端部11,21を押し込むことができない。
【0034】
また、円形の断面形状を有する棒状の第1コア部材10の先端部11の外周面と、ボトル状の第2コア部材20の先端部21の内周面との間の間隔は、1〜10mmの範囲に形成されることが好ましい。先端部の間隔が10mmよりも大きいと十分な強度の磁場が得られない。また、先端部の間隔が1mm未満になれば製造が困難になる。先端部間の間隔についての詳細な説明は後述する。
【0035】
このように構成される本実施の形態の治療装置100によれば、コイル31,32への通電により、棒状の第1コア部材10の先端部11とボトル状の第2コア部材20の先端部21との相互間で磁力線が放射される。より具体的には、第1コア部材10の先端部11を中心として放射状に磁力線が形成される。また、本実施の形態の治療装置100では、電源回路40から交流電流またはパルス電流が供給されることにより、磁場の強度が周期的に変動する変動磁場が発生される。
【0036】
次に、図2を参照して、本実施の形態の治療装置で発生される磁場について説明する。なお、図2では、先端部が離隔されている一般的なコア部材より発生される磁場を比較例として示している。
【0037】
まず、図2(A)を参照して、コの字状のコア部材より発生される磁場について説明する。図2(A)は、比較例として、先端部の間隔が50mmに形成されたコの字状のコア部材より発生される磁場のシミュレーション結果を示す図である。
【0038】
コア部材の断面寸法は、15mm角の矩形状であり、基部に巻回される電線(マグネットワイヤ)の巻数は、両側の直状部において780ターンであり、底部の直線部において585ターンである。電線を流れる交流電流を50Hzかつ0.5Aとして、磁場の強度は計算されている。
【0039】
図2(A)のグラフにおいて実線で示すとおり、一対の先端部の間隔が50mmに形成されたコア部材より発生される磁場は、一対の先端部の中間点から幅方向に約24mm離れた箇所において最大値を呈し、その強度は41mTである。また、図2(A)のグラフにおいて破線で示すとおり、最大値を呈する箇所から上方に5mm離れた箇所における磁場の強度は、30mTであり、一点鎖線で示すとおり、最大値を呈する箇所から10mm離れた箇所における磁場の強度は、18mTである。
【0040】
次に、図2(B)を参照して、本実施の形態の治療装置より発生される磁場について説明する。
【0041】
図2(B)は、近接配置される先端部の間隔が1.8mmに形成されたコア部材より発生される磁場のシミュレーション結果を示す図である。なお、図2(B)に示すとおり、磁場のシミュレーションには、棒状の第1コア部材を取り囲むように形成される円筒状の第2コア部材に代わって、棒状の第1コア部材の先端部を挟み込むように一対の先端部が対向配置されている第2コア部材を用いている。コア部材の断面寸法は、最大で15mm角の矩形状であり、第2コア部材の基部に巻回される電線の巻数は、両側の直状部において780ターンであり、棒状の第1コア部材の基部に巻回される電線の巻数は、585ターンである。
【0042】
図2(B)のグラフにおいて実線で示すとおり、本実施の形態の治療装置において相互に近接配置される第1および第2コア部材より発生される磁場は、一対の先端部の中間点から幅方向に3mm離れた箇所において最大値を呈し、その強度は、約405mTである。
【0043】
したがって、図2(A)と図2(B)とを比較すれば、第1および第2コア部材の先端部を近接配置することによって、先端部より発生される磁場の強度が格段に高まることが分かる。言い換えれば、本実施の形態の治療装置100によれば、一般的なコア部材よりも低いで電力で同等または大きな磁場を発生させることができる。
【0044】
以上のとおり構成される本実施の形態の治療装置100によれば、棒状の第1コア部材10の先端部11とボトル状の第2コア部材20の先端部21とが、外装部材50を介して患者の皮膚表面に当接するように押し込まれる。先端部11,21が皮膚表面に押し込まれることにより、皮膚表面と皮下深部の神経との間に存在する脂肪が圧縮されて、第1および第2コア部材の先端部11,21から皮下深部の神経までの距離が短縮される。加えて、近接配置される先端部11,21により強度が高められた磁場が照射されるため、皮下深部の神経にまで交流磁場が作用する。皮下深部の痛みに関する神経に交流磁場が作用することにより、痛みに関係する神経が抑制され、患部の痛みを抑制することができる。
【0045】
なお、本実施の形態の治療装置100の電源回路40から供給される交流またはパルス状電流の周波数は、10〜300Hzの範囲にあり、外装部材50表面近傍における磁場の強度は、30〜1000mTの範囲にあることが好ましい。
【0046】
(第2の実施の形態)
次に、図3を参照して、本発明の第2の実施の形態について説明する。
【0047】
本実施の形態は、治療装置が薄型に形成される実施の形態である。
【0048】
図3に示すとおり、本実施の形態の治療装置100は、棒状の第1コア部材10と、両先端部21a,21bが対向するように構成された第2コア部材20とを有する。第1コア部材10および第2コア部材20の基部には、コイル31,32が設けられている。なお、第2コア部材が第1コア部材を挟み込むように薄型に形成されている点を除いては、本実施の形態の治療装置の構成は第1の実施の形態の構成と同様であるため、詳細な説明は省略する。
【0049】
第2のコア部材20は、コの字状の基部23と、コの字状の基部23の両端部から内方に突出する突出部24a,24bと、突出部24a,24bの端部から前方に延びる一対の先端部21a,21bとから構成される。コの字状の基部には、電線が巻回されてコイル32a,32bが形成されている。
【0050】
棒状の第1コア部材10の先端部11は、第2コア部材20の対向する先端部21a,21bの間から外方に突出している。より滑らかに皮膚の表面に押し込まれるように、棒状の第1コア部材10および第2コア部材20の先端部11,21a,21bは、所定の間隔を維持しつつ、先端に向かって断面積が漸減するように構成されている。
【0051】
このような構成にすると、第1のコア部材の先端部11を中心として、第2のコア部材の両方の先端部21a,21bに向かう2方向の磁力線が形成される。また、治療装置がより薄型化される。
【0052】
なお、本実施の形態では、断面が円形状の第1コア部材の先端部11を挟み込むように、軸方向に直角な断面が矩形状の第2コア部材の両端部21a,21bが対向配置された。しかしながら、図4に示すとおり、第1のコア部材10の先端部11の外周面と対向する第2コア部材の両端部21a,21bの対向面は、第1コア部材の先端部11の外周面と所定間隔を維持するように、凹面に形成されることもできる。このような構成にすると、より広い領域に磁力線が放射される。また、第1コア部材の先端部11と第2コア部材の先端部21a,21bとの相互間で放射される磁力線の強度が均一化される。
【0053】
(第3の実施の形態)
次に、図5を参照して、本発明の第3の実施の形態について説明する。
【0054】
本実施の形態は、第1コア部材を取り囲むように第2コア部材が複数配置される実施の形態である。
【0055】
図5に示すとおり、本実施の形態の治療装置100は、棒状の第1コア部材10と、2つの第2コア部材20a,20bとを有する。第1コア部材10および第2コア部材20a,20bの基部には、コイル31,32が設けられている。なお、第2コア部材が複数設けられることを除いては、本実施の形態の治療装置は、第1および第2の実施の形態の治療装置の構成と同様であるため、詳細な説明は省略する。
【0056】
このような構成にすると、第1のコア部材の先端部から四方に磁力線が放射されるため、より効果的に磁場を患部に作用させることができる。
【0057】
以上のとおり、上述した第1〜第3の実施の形態において、本発明の治療装置を説明した。しかしながら、本発明は、その技術思想の範囲内において当業者が適宜に追加、変形、および省略することができることはいうまでもない。
【0058】
たとえば、上述した第1〜第3の実施の形態では、第1コア部材と第2コア部材とは個別に形成されて基部側で結合されていた。しかしながら、第1コア部材と第2コア部材とは、一のバルク材から一体的に切り出されて形成されてもよい。あるいは、第1コア部材と第2コア部材とは、互いに離隔されていてもよい。
【0059】
また、上述した第1〜第3の実施の形態では、第1コア部材の先端部は、第2コア部材の先端部の端面よりも軸方向に突出していた。しかしながら、第1コア部材の先端部の端面と第2コア部材の先端部の端面とが同一平面上に位置するように形成されてもよい。
【実施例】
【0060】
以下、実施例を用いて本発明の実施の形態をより詳細に説明する。しかしながら、本発明は、本実施例によって何ら限定されるものではない。
【0061】
(実験1)
まず、交流磁場による痛みに関係する神経の抑制効果を検証するために、ラットの坐骨神経の痛覚神経(C線維、Aδ線維)活動に及ぼす交流磁場の影響を検証した。
【0062】
使用動物としては、6〜8週齢のcrlj.WIラット(旧名crj:wistar)を日本チャールス・リバー株式会社から購入した。そして、1週間の馴化期間を設けた後に実験に供した。実験時のラットの体重は、270〜370gであった。
【0063】
実験手順としては、まず、ドラフト内でラットをエーテルで軽く鎮静させた後、1.1〜1.3g/kg程度のウレタンを腹腔内に投与してラットに麻酔をかけた。より具体的には、最初に20%のウレタン溶液を1.1mg/kg腹腔内に投与してから、麻酔の効き具合に応じて2倍希釈した40%のウレタン溶液を0.05mg/kg単位で追加的に投与した。これは、麻酔量が多すぎると坐骨神経からの誘発活動電位が出にくくなり、少なすぎると麻酔効果が弱くなりラットの呼吸が乱れ、時間に応じた誘発活動電位のばらつきが大きくなるからである。そして、ラットの呼吸が安定し、麻酔薬が適度に効いたのを確認(呼吸数が84〜120/分)した後に、固定台に保持した。
【0064】
次に、ラットの大腿部皮膚を外科バサミで切開し、筋肉を露出させた後に、筋肉表面を外科バサミで浅く切り開いた。さらに、出血を最小限度にするために、以降は外科バサミを用いることなく鉗子で筋肉の切り口を押し広げるようにしながら筋肉を切り裂いた。切り口直下に坐骨神経が確認できたならば、筋肉の切り口をピンセットで摘みながら小さな鉗子を用いて、周囲の結合織から坐骨神経を丁寧に剥離した。
【0065】
ラットの坐骨神経の活動電位は、Harvard Medical SchoolのGokinらの方法(Anestesiology 95:1441−54、2001)に準じて測定した。Gokinらの方法の特徴は、測定部位を流動パラフィンのプールの中に置くことである。筋肉の切り口の四隅に綿糸を結び、4本の綿糸を軽く引っ張り上げながら、綿糸を2本のアームの付いた保持台に縛りつけた。このようにすると、引っ張り上げた筋肉の切り口の真下に空間が形成されるので、この空間を満たすように流動パラフィン(関東化学)を注入した。坐骨神経は、流動パラフィンの中に浮くような形で存在した。
【0066】
次に、先端がかぎ状の双極電極(電極間隔5mm ユニークメディカル製)で坐骨神経をひっかけ、神経を軽く引き上げるような状態で、垂直方向に3次元微動可能な電極保持台に固定した。実験中、プールの温度が35℃以下にならないように、熱電対温度計(CUSTOM CT−1307)で温度をモニタリングしつつ、必要があれば放熱ランプ(TECHNOLIGHT KTS−150RSV Kenko)で保温した。
【0067】
活動電位の記録は、かぎ状の双極電極を記録電極とし、胸部皮膚下にアース電極としての皿電極を埋め込み、高感度生体電気増幅器(ER−1 Extracelular Amplifier、CYGNUS TECHNOLOGY)で2万倍に増幅した後に、活動電位波形をPowerLab 16/30(AD INSTRUMENTS)を介してMACBookパソコン(MacOSX バージョン10.4.9)の画面に表示した。なお、電位測定のノイズを最小限にするため、高感度生体電気増幅器のローパスフィルタおよびハイパスフィルタは、それぞれ3kHzおよび300Hzに設定した。
【0068】
ウレタン麻酔下において、通常、坐骨神経から自発性の活動電位は認められない。今回は、坐骨神経に活動電位を誘発するために、ラットの後足を電気的に刺激した。ラット後足片方(主として左足)の第2趾と第3趾との間と、第4趾と第5趾との間の皮膚にステンレス製ディスポ鍼(カナケン φ0.14mm×40mm)を貫通するように挿入して刺激電極とした。電気刺激装置(Model 238 High CURRENT SOURCE MEASURE UNIT KEITHLEY製)からIsolator(DSP−133B、DIA MEDICAL SYSTEM CO)を介して、ラットの後足を電気的に刺激した。電気的な刺激は、パルス刺激であって、一回のパルス刺激は、頻度1Hzかつパルス幅1msで、強度5〜15mAの5発のパルスであった。このようなパルス刺激を10分毎に繰り返し実施した。
【0069】
次に、神経への交流磁場の照射について説明する。
【0070】
テルモ株式会社で試作した交流磁場発生装置または市販の50Hz磁場発生装置(交流磁場治療器 株式会社ソーケンメディカル)を用いて、ラットに磁場を照射した。前者は、25mmのエアギャップのあるドーナツ状のフェライト(外径151mm、内径91.5mm、厚さ20mm)に、絶縁体被覆銅線(直径0.8mm)を巻回したものであった。ファンクションジェネレータ(WF1973 NF corporation)により正弦波を発生させ、PRECISION POWER AMPLIFIER 4502(NF corporation)により増幅した交流電流を、上記の磁場発生装置に供給することによって、交流磁場を照射した。
【0071】
磁場照射部位は、ラットの後足の電気刺激部位周辺からかかと辺りであり、50Hz(1〜17mT)、1kHz(1〜10mT)、10kHz(3mT)の交流磁場を照射した。市販の磁場発生装置の磁場強度は、約50mTであった。磁場照射時間は20分とした。選択した周波数のバンドパスフィルタの効果で、交流磁場が50Hz(1〜17mT)の場合には、活動電位測定中にノイズが発生しなかった。しかしながら、交流電流が50Hz(50mT)、1kHz、および10kHzの場合、ノイズが発生したので、活動電位を測定する間は、数十秒間磁場照射を中断した。なお、磁場照射部位での磁場は、5180 Gauss/Tesla Meter(東陽テクニカ)で測定した。
【0072】
次に、交流磁場の神経への影響の評価手法について説明する。
【0073】
本実験では、誘発活動電位のインパルス数を計測することにより、交流磁場の神経への影響を評価した。
【0074】
誘発活動電位のインパルス数は、実験終了後にインパルス測定ソフトChart ProSpike module(AD INSTRUMENTS)を用いて計測した。インパルスの数は、痛覚神経であるAδ線維とC線維群の2つに分けて計測した。誘発電位がAδ線維またはC線維のどちらによるかは、神経伝導速度から判断した。Gokinらはラットの坐骨神経に含まれるAδ線維およびC線維の神経伝導速度は、それぞれ2〜10m/s、0.5〜2m/sであると報告している。よって、本実験では、刺激電極と記録電極との間の距離を、刺激してから誘発電位が記録される時間で除した値(神経伝導速度)が、Gokinらが報告した値のどの範囲内に当たるかで判別した。具体的に言えば、刺激と記録の電極間距離が10cmの場合、刺激してから誘発電位が記録される時間が10〜50msであれば、Aδ線維によるものとした。一方、50〜200msであれば、C線維によるものとした。得られた結果は、5発刺激で得られたインパルス数の合計の平均値±標準誤差で示した。統計学的有意差の評価には、Studentのt検定(一対の標本による平均の検定)を用いた。
【0075】
ラット足先に電気刺激(1Hz、1ms、5〜10mA、5発)を与えると、ほぼ全ての標本において坐骨神経から誘発活動電位が記録された。活動電位は、1発刺激後には殆ど記録されないが、2発刺激から徐々にインパルス数が増え3〜5発刺激後に最大となるようなワインドアップ(wind−up)現象を示した。最大になったところの活動電位を解析すると、Aδ線維からの発火と思われる活動電位が1〜2パルス記録され、続いてC線維の発火によると思われる活動電位が数パルス観察された。電気刺激を10分間隔で繰り返すと、図6に示すとおり、Aδ線維成分およびC線維成分の両方ともインパルス数がわずかに減少する比較的安定した反応を示した。
【0076】
10分間隔で足先を2回電気刺激した後に、50Hz(5mT、17mT、50mT)、1kHz(10mT)、または10kHz(3mT)の交流磁場をそれぞれ20分間ずつ照射した。図7(A)に示すとおり、磁場を照射すると、すべての照射条件において、Aδ線維成分の活動電位にほとんど影響は認められなかった。
【0077】
一方、図7(B)に示すとおり、C線維成分は、50Hzかつ50mTの20分間の磁場照射によって、活動電位のインパルス数が統計学的にも有意に抑制された。この抑制は、磁場照射を終えた後もしばらく持続した。また、50Hzかつ30mTの磁場照射においても、活動電位の抑制傾向が認められた。しかしながら、50Hzかつ5mTの磁場照射では、明確な効果は認められなかった。さらに、1kHz(10mT)または10kHz(3mT)の磁場照射でも、明確な効果は認められなかった。
【0078】
このように、痛みに関係する神経の交流磁場による抑制効果を検証した結果、50Hzかつ50mTおよび50Hzかつ30mTの磁場照射によって、ラットの坐骨神経の痛覚神経(C線維)の活動電位の抑制効果が確認された。
【0079】
(実験2)
次に、痛みに関係する神経の交流磁場による抑制効果を検証するために、ラットの足浮腫に及ぼす交流磁場の影響を検証した。
【0080】
具体的には、無麻酔下においてカラゲニンで足に炎症を惹起させた足浮腫ラットを用い、交流磁場(50Hzかつ5mT、50Hzかつ50mT、1kHzかつ10mT)が、疼痛過敏に及ぼす影響を検証した。
【0081】
6〜8週齢のcrlj.WIラット(旧名crj:wistar)を日本チャールス・リバー株式会社から購入し、1週間の馴化期間を設けた後に実験に供した。実験時のラットの体重は、200〜350gであった。
【0082】
次に、ラットの足蹠浮腫モデルを作製した。ドラフト内でラットをエーテルで軽く鎮静させた後、片方の足蹠部(足の裏)に1%のλ―カラゲニン(carrageenan)水溶液を0.15ml皮下注射して足蹠足浮腫を作製した。対足の足蹠部には、生理食塩水を、同じく0.15ml皮下注射した。
【0083】
圧刺激による足上げ動作の反応閾値は、ラットを四角い木の枠組み(縦20cm×横30cm)の中に張られたネットの上に置いて測定した。ネットとしては、ラケット用のガット(nylon mono−filament:0.78mm、ゴーセン株式会社)を用い、約1cm幅の網目のものを使用した。非金属製の網にしたのは、磁場を照射するに当たり、装置とラットとの間に金属がない方がよいと判断しことによる。ラットがネット上から逃げないように透明なプラスティック製ケージ(縦12cm×横20cm×高さ11cm)で蓋をしてから、フォンフライフィラメント(von Frey filament:Touch Test、 North Coast製)をネットの下からラットの後肢の足蹠部(足底)に垂直に当てて連続的に3回刺激した。1回当たりの刺激時間は、フィラメントを足蹠部に押し当ててフィラメントが曲がるのを確認後約3秒とした。このとき、2回以上足を上げる行動(足を引っ込める反応)を起こすフォンフライフィラメントの最小圧刺激強度を反応閾値(withdrawal pressure)とした。用いたフォンフライフィラメントの強度(すなわち、ラットの後肢の足蹠部を押圧する力)は、60g(5.88)、26g(5.46)、15g(5.18)、10g(5.07)、8g(4.93)、6g(4.74)、4g(4.56)、2g(4.31)の8種であった(括弧内は対数値)。
【0084】
磁気照射には、50Hzと1kHzの交流磁場を使用した。交流磁場の強度は、50Hzについては、5mTまたは50mTであり、1kHzについては、10mTであった。磁気照射部位は、ラットの後肢のカラゲニン注入部位とし、ネットの下から磁気照射装置で交流磁場を照射した。また、実験担当者は、ネットの枠組みの位置を動かすことによって、ラットのカラゲニン注入部位が常に磁気照射装置のもっとも強い磁束密度を発生する場所の真上になるようにした。照射時間は、カラゲニン投与直前の20分間、カラゲニン投与後は、各測定時間の直前の20分間とした。カラゲニン投与後6時間測定する場合は、磁場照射時間は合計140分であり、3時間測定する場合は、合計80分であった。
【0085】
実験は1日2匹とし、1匹を磁場照射に、もう1匹をコントロール(非磁場照射)とした(Time matched control)。圧刺激による足上げ反応は、原則としてカラゲニン投与前に1回、カラゲニン投与後1時間、2時間、3時間、4時間、5時間、6時間で測定した(一部の実験においては、カラゲニン投与後3時間まで測定した)。得られた足上げ反応の測定結果は、フィラメントの強度(g)を対数に換算して平均値±標準誤差で示した。また、得られた足浮腫容積は、ml単位で表示し、平均値±標準誤差で示した。各時間でのコントロール群と磁場照射群との差に統計学的有意差があるかどうかを、Studentのt検定(一対の標本による平均の検定)で評価した。
【0086】
図8に示すように、50Hzの交流磁場を50mTの強度でラットの足蹠部に照射した群では、カラゲニン注入部位における圧刺激による足上げ反応閾値の低下は、非照射群に比べ1時間、2時間、3時間、4時間、5時間後で統計学的に有意に抑制された(p<0.05、n=7)。しかしながら、50Hzかつ5mTおよび1kHzかつ10mTでは、抑制は認められなかった(n=5)。
【0087】
このように、痛みに関係する神経の交流磁場による抑制効果を検証した結果、50Hzの交流磁場を50mTの強度で照射することにより、痛みに関係する神経を抑制することが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】本発明の第1の実施の形態における治療装置の概略構成を示す斜視図である。
【図2】図2(A)は、比較例として、先端部の間隔が50mmに形成されたコの字状のコア部材より発生される磁場のシミュレーション結果を示す図であり、図2(B)は、近接配置される先端部の間隔が1.8mmに形成されたコア部材より発生される磁場のシミュレーション結果を示す図である。
【図3】本発明の第2の実施の形態の治療装置におけるコア部材の概略構成を示す斜視図である。
【図4】図3に示すコア部材の変形例を示す斜視図である。
【図5】本発明の第3の実施の形態の治療装置におけるコア部材の概略構成を示す斜視図である。
【図6】ラットの神経を電気的に刺激した場合の誘発活動電位のインパルス数の変化を示す図である。
【図7】電気的に刺激されたラットの神経に交流磁場を照射した場合の誘発活動電位のインパルス数の変化を示す図である。
【図8】カラゲニンによる足上げ反応閾値に及ぼす交流磁場の影響を説明するための図である。
【符号の説明】
【0089】
10 第1コア部材(第1のコア部材)、
11,21 先端部、
20 第2コア部材(第2のコア部材)、
30 コイル、
40 電源回路、
50 外装部材、
100 治療装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性体よりなる第1のコア部材と、少なくとも先端部が前記第1のコア部材の先端部に近接配置された磁性体よりなる第2のコア部材と、前記第1のコア部材および/または第2のコア部材の基部に電線が巻回されてなるコイルと、を有し、
前記両コア部材の先端部は、治療対象部位の表面に押し込み可能な幅を有し、前記コイルに通電することにより、前記第1のコア部材の先端部と前記第2のコア部材の先端部との相互間で磁力線を放射することを特徴とする治療装置。
【請求項2】
前記第1のコア部材は、棒状のコア部材であり、
前記第2のコア部材は、前記棒状のコア部材を取り囲むように環状に配置されることを特徴とする請求項1に記載の治療装置。
【請求項3】
前記第2のコア部材は、少なくとも先端部が対向するように配置される一対のコア部材より構成され、
前記第1のコア部材は、前記一対のコア部材の対向する先端部の間に先端部が配置される棒状のコア部材であることを特徴とする請求項1に記載の治療装置。
【請求項4】
前記第2のコア部材は、前記第1のコア部材の周囲に複数配置されることを特徴とする請求項3に記載の治療装置。
【請求項5】
前記第1のコア部材の外周面に対向する第2のコア部材の先端部の対向面は、前記第1のコア部材の先端部の外周面に沿うように形成されることを特徴とする請求項3または4に記載の治療装置。
【請求項6】
前記第1のコア部材と前記第2のコア部材とは、基部側で結合されていることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の治療装置。
【請求項7】
前記第1のコア部材の先端部は、前記第2のコア部材の先端部の端面よりも前記両コア部材の軸方向に突出していることを特徴とする請求項1に記載の治療装置。
【請求項8】
前記第1のコア部材の先端部の端面と前記第2のコア部材の先端部の端面とは、同一平面上に位置することを特徴とする請求項1に記載の治療装置。
【請求項9】
前記両コア部材の先端部の軸方向に直角な断面積は、先端に向かうにしたがって漸減することを特徴とする請求項1に記載の治療装置。
【請求項10】
前記先端部近傍における磁場の強度は、30〜1000mTの範囲にあり、前記コイルを流れる電流の周波数は、10〜300Hzの範囲にあることを特徴とする請求項1に記載の治療装置。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−226037(P2009−226037A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−75914(P2008−75914)
【出願日】平成20年3月24日(2008.3.24)
【出願人】(000109543)テルモ株式会社 (2,232)
【Fターム(参考)】