説明

海域の生産力を増強する方法

【課題】一般海域において、より多様な生物の生息環境を創造し、もって水産資源の生産力をいっそう増強する方法を提供する。また、涵養機能の低い海域において、多様な生物の生息環境を創造し、水産資源の生産力を増強する方法を提供する。
【解決手段】一般海域又は地形的に平坦な海域の海底に、魚類蝟集機能を有する構造体と藻類増殖機能を有する構造体とを組み合わせた低天端構造物を海面から露出しないように単独で又は複数個を組み合わせて設置することによって、低天端構造物を設置した背後海域の海底の地形を複雑化すると共にその底質をより安定化させ、生物的多様性を増やし、該海域の生産力を増強する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は海域の生産力を増強する方法に関する。詳しくは、一般海域及び地形的に平坦な沿岸海域の生産力を増強する方法に関する。さらに詳しくは、底質が砂泥性でかつ地形的に平坦な沿岸海域の底質を安定化させ、該海域の生産力を増強する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生産力が豊かな天然の砂泥性沿岸海域は、海岸に鼻や根が点在し、海底の地形も凹凸があり、海岸線が複雑であるなど地形的多様性に富んでいる。このような地形的多様性に富む海域は、波浪・流動の静穏域や渦流域、或いはさまざまな空隙や影域が存在し、環境的多様性に富んでいる。環境的多様性に富む沿岸海域は、岩礁性藻場の形成、砂泥性アマモ場の形成、岩礁性水産物の成長・生息、砂泥性生物の成長・生息が促進されるなど生物・生態的多様性に富む海域として知られている。
【0003】
一方、元々地形的多様性が乏しいか又は埋立工事などで地形的多様性が乏しくなった砂泥性沿岸海域は、環境が一様で、波あたりが強くて浸蝕堆積が激しく、底質が不安定であり水深も深いなど、生息環境が厳しいことから、生物多様性が乏しい海域となっている。
【0004】
従来から、砂泥性海域の水産物生産機能を強化するために、比較的浅い海域に魚礁を設置して魚類を蝟集したり、増殖礁を設置して岩礁性の藻場を形成し、ウニやアワビなどの岩礁性水産物を増殖させるなどの試みがなされており、具体的な手段は、人工魚礁や生物共生型魚礁消波体などと題して、以下の特許文献にも開示されている。しかし、これらの魚礁や増殖礁はその造成規模が小さい上、それぞれ独立した施設として研究されており、これらを組み合わせて相互に効果的に機能させるとか、底質の安定化と連動させて生物環境を多様化し、生産力を総合的に増強させるような研究は、未だなされていない。
【特許文献1】特開2003−289746号公報
【特許文献2】特開2003−070374号公報
【特許文献3】特開2002−330662号公報
【特許文献4】特開2002−314567号公報
【特許文献5】特開2002−065101号公報
【特許文献6】特開2001−241023号公報
【特許文献7】特開2001−218536号公報
【特許文献8】特開平10−102462号公報
【特許文献9】特開平09−322673号公報
【特許文献10】特開平08−196164号公報
【特許文献11】特開平07−184509号公報
【0005】
本発明者らは、上記のような生物多様性が乏しい沿岸海域の生産力を回復する方策について研究を続け、沿岸海域、特に砂泥性の沿岸海域の生産力を増強するには、地形的・環境的多様性の添加と底質の安定化が必要であると考え、R.Silvester の安定海浜工法にヒントを得て、海底にHead Land のような機能を有しかつ良好な岩礁性環境を備えた構造物を設置すれば、すぐれた成果が得らるものと考え、さらに研究を続け、本発明を完成するに至った。
【0006】
R.Silvester による安定海浜工法は、浸食を受ける海岸にHead Land を設置し、海岸線をノコギリの刃状にして、単位海岸線長さあたりの作用波エネルギーを小さくし、海岸の安定を図る工法である。本発明者らは、Head Land のような機能を有しかつ良好な岩礁性環境を備えた構造物を海底面に3次元的に展開するように設置すると、その構造物自体の表面積及びその構造物による漂砂制御機能によって、海底が峰谷状の起伏に富んだ複雑な形状となり、海底面の面積が増え、海底面に作用する単位面積あたりの波エネルギーを減少させることができ、底質の不安定性が緩和されると共に、地形的多様性を増やし、さらにその海域に岩礁性の環境を加えることで、海域の生産力を飛躍的に増強できるのではないかと考えた。
【0007】
上記の考え方は、生物多様性が乏しい海域や生産力が乏しい海域に限るものではなく、また、海底の地形が平坦な海域に限るものでもない。ごく普通の海域においても、また、現在安定化している海域においても、その海底面にHead Land のような機能を有しかつ良好な岩礁性環境を備えた構造物を設置することによって、上記と同様に、海底面に作用する単位面積あたりの波エネルギーを減少させることができるので、その底質をより安定化させると共に地形的多様性をより強化し、海域の生産力をいっそう強化できるものと考えられる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記の状況に鑑み、本発明は、一般海域において、多様な生物の生息環境を創造し、もってその海域における水産資源の生産力をいっそう増強する方法を提供することを第1の課題とする。また、本発明は、涵養機能の低い海域において、多様な生物の生息環境を創造し、もって水産資源の生産力を増強する方法を提供することを第2の課題とする。さらに、本発明は、涵養機能の低い砂泥性の沿岸海域において、多様な生物の生息環境を創造し、もって水産資源の生産力を増強する方法を提供することを第3の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の各課題を解決するための本発明のうち特許請求の範囲・請求項1に記載する発明は、魚類蝟集機能を有する構造体と藻類増殖機能を有する構造体とをそれぞれ単独で又は複数個のものを組み合わせてなる低天端構造物を海面から露出しないように海底に設置することによって、構造物を設置した背後海域の海底の地形をより複雑化すると共にその底質をより安定化させ、生物的多様性を増やし、もって、該海域の生産力をいっそう増強する方法である。
【0010】
本発明のうち同請求項2に記載する発明は、地形的に平坦な海域の海底に、魚類蝟集機能を有する構造体と藻類増殖機能を有する構造体とをそれぞれ単独で又は複数個のものを組み合わせてなる低天端構造物を海面から露出しないように設置することによって、構造物を設置した背後海域の海底の地形を複雑化すると共にその底質を安定化させ、生物的多様性を増やし、もって、該海域の生産力を増強する方法である。
【0011】
本発明のうち同請求項3に記載する発明は、請求項1又は2に記載する海域の生産力を増強する方法において、魚類蝟集機能を有する構造体と藻類増殖機能を有する構造体とを組み合わせて一体的に成形してなる低天端構造物を設置する方法である。
【0012】
本発明のうち同請求項4に記載する発明は、請求項2又は3に記載する海域の生産力を増強する方法において、底質が砂泥性でかつ地形的に平坦な沿岸海域の海底に低天端構造物を設置する方法である。
【0013】
本発明のうち同請求項5に記載する発明は、請求項4に記載する海域の生産力を増強する方法において、複数個の低天端構造物を海岸に対して概ね平行するように並べて配置する方法である。
【0014】
本発明のうち同請求項6に記載する発明は、請求項4に記載する海域の生産力を増強する方法において、複数個の低天端構造物を海岸に対して概ね斜向するように並べて配置する方法である。
【0015】
本発明のうち同請求項7に記載する発明は、請求項1から6のいずれかに記載する海域の生産力を増強する方法において、魚類蝟集機能を有する構造体として多数の空洞部及び/又は空隙部を有する部材を用いると共に、藻類増殖機能を有する構造体として複数の板状平面及び/又は板状傾斜面を有する部材を用いる方法である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、低天端構造物自体の表面積及び低天端構造物による漂砂制御機能によって、低天端構造物の背後海域の海底が峰谷状の起伏に富んだ複雑な地形となり、地形的に多様化すると共に海底面の面積が増え、海底面に作用する単位面積あたりの波エネルギーを減少させることができるので、漂砂現象が抑制されると共に急激な海底面の浸食・堆積が抑制され、もって、底質の安定性がより促進されるか又は底質の不安定性が緩和される。その結果、栄養に富む泥分が海底に堆積するので、アマモなどの種子の着底及び安定化が進み、地下茎の洗掘による流出が防止されると共に、栄養株分枝によって繁殖が進行する。よって、アマモなどの海藻類群落を形成することが可能となる。また、底質が安定化するので稚貝の着底が容易となり、稚貝・成貝の散逸が防止されるので砂泥性二枚貝類などの着底・成長を促進できる。さらに、低天端構造物の板状平面などにはアラメ、カジメ、ホンダワラなどの岩礁性藻類が着生・成長して岩礁性藻場を形成し、これらを餌料とするウニ、アワビなども蝟集するようになると共に、岩礁性藻場を利用する魚類なども蝟集する。また、低天端の構造物空洞部などには魚類、特に岩礁性の大型魚類が蝟集するようになる。よって、本発明によれば、海底に設置した低天端構造物及びその周辺に多様な藻場が形成されると共に多様な魚介類が蝟集するようになるので、その海域の生産力を増強できる。このように、本発明によれば、地形的に平坦な砂泥性沿岸海域をはじめとするあらゆる海域において、多様な生物の生息環境を創造することができ、水産資源の生産力を増強できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
まず、本発明で用いる「低天端構造物」について説明する。
本発明の「低天端構造物」は、魚類蝟集機能を有する構造体と藻類増殖機能を有する構造体とを組み合わせてなる構造物である。魚類蝟集機能を有する構造体としては、従来から魚礁として用いられている多数の空洞部及び/又は空隙部を有する部材を用いることができ、また、藻類増殖機能を有する構造体としては、従来から増殖礁として用いられている複数の板状平面及び板状傾斜面を有する部材を適宜に組み合わせた部材を用いることができる。なお、本発明で用いる低天端構造物の好適な形状・構造例については後記する実施例1によって、また、低天端構造物の好適な配置例については、同実施例2と実施例3によって、それぞれ具体的に説明する。
【0018】
本発明で用いる構造物は、海底地形を複雑化し、海底面に作用する波浪エネルギーを分散させ、底質の不安定性を緩和するために設置するものであり、いわば「柔らかい制御」のために設置するものであるから、その天端が海面から露出しない「低天端構造物」を用いる必要がある。すなわち、天端が海面から露出する「高天端構造物」(例えば、離岸堤のような構造物)を設置した場合は、波や流れを強力に遮断し、底質の移動をほぼ完全に解消するので、いわば「堅い制御」となり、構造物の背後が閉鎖性を帯び、生物の成長などの連鎖も遮断されかねず、生物環境を悪化させるおそれが生じる。よって、本発明においては、低天端構造物の天端(頂面)が海面から露出しないように設置する必要がある。
【0019】
本発明において、低天端構造物をその天端が海面から露出しないように単独で又は複数個を組み合わせて設置すると、低天端構造物の背後の海域(沿岸であれば岸に近い方)の海底の地形に凹凸が増え、地形的に多様化し、複雑な地形になるので海底の面積が増え、単位面積あたりの作用波エネルギーが減少する。そのため、漂砂の発生が少なくなって底質の不安定性が緩和され、加えて、地形的多様性も増加することとなる。
【0020】
次に、本発明の方法によって、海底に低天端構造物を設置することによってその形状が複雑化され、底質の不安定性が緩和される機構について、図に基づいて説明する。
図1は、波の作用によって底質が移動する機構を説明するための模式図である。また、図2は、R.Silvester の安定海浜工法を説明するための模式図である。
一般に、波が海岸に向かって進むときは、海中の水は楕円運動をしているので(図1のA)、この波の運動エネルギーが作用する海底面では底質が巻き上がって不安定になり、流れによって移動する(砂性海域ではこの現象を「漂砂」と称している。図1のB)。そこで、R.Silvester の安定海浜工法のように、例えば、波が海域の海岸に斜めに入射するため浸食が生じて海岸線(汀線)が後退した海岸にHead Land を波に対抗して設置すると(図2のA)、やがて、海岸線がノコギリの歯状になり、海岸線の単位長さあたりの作用波エネルギーが小さくなって海浜は安定する(図2のB)。本発明は、この原理を底質の安定化に応用するものである。
【0021】
図3は、低天端構造物の漂砂制御機能によって海底の形状が複雑化する機構を説明するための模式図である。
地形的多様性が乏しい砂浜に波が生じると、海底面に大きなエネルギーが作用し、底面は不安定になり、浸食作用などが生じる。このような海域に低天端構造物を設置すると、構造物の漂砂制御機能によって海底面の形状を複雑にし、海底面に作用するエネルギーを分散することで、安定な海底を作り、多様な地形環境を創造できる。すなわち、低天端構造物にぶつかった波は、反射や摩擦、渦の発生などによりエネルギーを散逸する(図3のA)。また、波のエネルギーは低天端構造物の背後では小さくなり、波は低天端構造物の両脇から回り込むようになる(図3のB)。その結果、低天端構造物の背後が堆積傾向になり、海底の形状は峰谷状の複雑な地形を呈するようになる(図3のC)。このように、低天端構造物の漂砂制御機能によって、海底の形状が複雑化し、海底面に作用する波のエネルギーを分散することができるので、安定な海底が作られ、多様な生物・生息環境が創造されることになる。なお、上記の方法は、地形的な多様性があり、生産力が乏しいとは言えない一般海域に適用しても、より安定な海底を作ることができ、いっそう多様な生物・生息環境を創造することができる。
【0022】
本発明に係る海域の生産力の増強方法は、底質が砂泥性の海域に適用すると大きな効果が得られるが、これに限るものではなく、底質が礫状や礫混じりの海域に適用してもそれなりの効果を上げることができる。なお、本発明において「砂泥性の海域」とは、底質が砂状又は泥状もしくはこれらが混成した状態の海域のことをいう。また、本発明において「底質」とは、海底面を構成する最小単位の物体の総称であり、具体的には、その海底に応じて、砂、泥、礫又はこれらの混合物のことをいう。よって、本発明において「底質の安定」とは、底質を構成する物体の空間的ないし時間的な移動を抑制することである。
さらに、本発明は、沿岸海域において適用すると大きな効果が得られるが、これに限るものではなく、陸地から離れた海原の生産力の増強にも大いに活用できる。
以下、実施例をもって本発明をさらに説明する。
【実施例1】
【0023】
《低天端構造物の一例》
図4と図5は、本発明で用いる低天端構造物の構造の一例を説明するための模式図である。すなわち、図4・図5には、魚類蝟集機能を有する構造体と藻類増殖機能を有する構造体とを組み合わせて一体的に成形してなる低天端構造物の構造例が示してある。
図4において、Aで示す部分が魚類蝟集機能を有する構造体であり、本実施例の低天端構造物において魚礁としての機能を発揮する部分である。本実施例の構造体Aは、構造体Bの下部に大小3個のトンネル状の空洞部を設けた構造のものであり、その材質は従来の魚礁のものと異なるところはない。また、Bで示す部分が藻類増殖機能を有する構造体であり、本実施例の低天端構造物において海藻類着生基質としての機能を発揮する部分である。本実施例の構造体Bは、構造体Aの上部を活用して、沖側に傾斜した複数個の傾斜面とほぼ水平な複数個の平面とを交互に組み合わせて形成したものである。藻類増殖機能を有する構造体を本実施例のような形状にすると、生息適正水深の異なる複数種の海藻類をそれぞれ着生させることが可能となる。藻類増殖機能を有する構造体の材質は、特に限定はなく、適宜の面積を有するのであれば、コンクリート材でもプラスティック板でも差し支えない。
【0024】
図4において、Cで示す部分は、低天端構造物の上端から岸側(背後)に向かって張り出させた、海底面にほぼ平行な板状部分である。低天端構造物の上部にこのような張出部Cを設けると、低天端構造物背後の海底の地形を複雑にする機能を効率的に発揮できる。しかし、本発明の低天端構造物において、張出部Cは必ず設けなければならないことはなく、張出部Cがなくても地形改質効果を十分に効果を発揮できる。図5は、張出部を設けていない低天端構造物の形状を示す。図5において、Aで示す部分が魚類蝟集機能を有する構造体であり、構造体Bの下部に大小4個のトンネル状の空洞部を設けた構造のものである。また、Bで示す部分が藻類増殖機能を有する構造体であり、海藻類着生基質としての機能を発揮する部分である。なお、本発明の低天端構造物の形状・構造は、図4や図5のものに限るものではなく、対象生物の生態やその海域の波浪特性などを勘案して適宜設計することでよい。しかし、本発明の低天端構造物は、その天端が海面から露出しないように、低天端構造物の全体が海中に没するように当該海域に設置できる大きさに設計する必要がある。
【0025】
本発明で用いる低天端構造物は、図4や図5の形状・構造に限るものではないが、魚類蝟集機能を有する構造体と藻類増殖機能を有する構造体とを組み合わせて形成する必要がある。魚類蝟集機能を有する構造体と藻類増殖機能を有する構造体とを組み合わせて形成したものであれば、実施例1のように、両者を一体的に合体させて1基の低天端構造物として成形しものでもよいし、物理的にそれぞれ独立した構造体のままで両者を適宜組み合わせて配置したものでもよい。この場合、魚類蝟集機能を有する構造体と藻類増殖機能を有する構造体は、それぞれ単独で設置してもよいし、複数個を組み合わせて適宜に配置したものでもよい。
【実施例2】
【0026】
《低天端構造物の配置例1》
図6・図7は、本発明における低天端構造物の配置方法の具体例を説明するための模式図である。すなわち、図6は、実施例1の低天端構造物を、海岸線(汀線)に平行に並べて配置する場合の説明図である。図6に示すように、低天端構造物を海岸線にほぼ平行に並べて配置すると、波の向きが年間を通して変化しない海域では、静的な効果を発揮して低天端構造物の背後海域、すなわち、低天端構造物と海岸線(汀線)との間の海域の底質を通年的に安定化できる。すなわち、図6に示す低天端構造物の配置方法では、波の向きが通年的に変化し難い海域の生産力を増強するのに適している。
【実施例3】
【0027】
《低天端構造物の配置例2》
図7は、実施例1の低天端構造物を、海岸線(汀線)に斜め方向に並べて配置する場合の説明図である。低天端構造物を、海岸線に斜め方向に並べて配置すると、図7のAに示すように、波が低天端構造物に向かって直行するように進んで来たときには、波の遮蔽率が大きくなって、低天端構造物の背後の海域、すなわち、低天端構造物と海岸線(汀線)との間の海域の底質が安定化するので、アマモなどが順調に出芽・成長し、貝類なども順調に着底・成長する。
図7のBは、波が低天端構造物に平行するように進んで来たときの状態を示す。このときには、低天端構造物による波の遮蔽率が小さくなり、低天端構造物の背後、すなわち、低天端構造物と海岸線(汀線)との間の海域の底質はやや不安定化し、リフレッシュされる。そのため、アマモ種子や貝類などの幼稚仔は拡散するが、成体になったアマモや貝類は安定化する。このように、図7に示す低天端構造物の配置方法は、波の向きの変化に対応して動的な効果が得られる。よって、図7の配置方法は、季節的に波の向きが変化する海域において生息生物の生活サイクルに適応した動的な生息環境を創造し、その海域の生産力を増強するのに適している。なお、構造物の配置の角度や間隔については、対象生物の生態やその海域の波浪特性などを勘案して適宜設定する必要がある。
以下、試験例をもって本発明をさらに詳細に説明する。
【試験例1】
【0028】
《水槽内の造波装置による試験》
図8は、砂性海域に擬した実験室内の水槽に設置した下記形状の構造物の背後が振動流の方向に対応して変化する状況を説明するための模式図である。
図8のAに示すように、それぞれ平板を組み合わせてなり、海底に着底して全体を支える平板部と沖側に傾斜した傾斜部とその上部からほぼ水平に岸側に張り出した張出部からなる構造物を、張出部の天端が水深の10分の1程度の位置になるように設定して実験室の水槽に設置した。水槽の底には予めケイ砂を堆積させておき、造波装置によって人工的に波を起こし、波によって水槽中に生じる水平方向の振動流を利用して底質の挙動を制御し、構造体の設置によって水底の地形を複雑になる機構について観察した。その結果は、以下のとおりである。
【0029】
図8のBに示すとおり、振動流が沖向きのときは、沖側への流れ(図面の左方向への流れ)がスムーズであるが、構造体の張出部の背後では、底質のケイ砂が浸食されて舞い上がり、大きな渦が発生した。また、図8のBに示すとおり、振動流が岸向きのとき(図面の右方向へ流れるとき)は岸側の流れはスムーズであるが、構造物の張出部の背後では舞い上がったケイ砂が岸側へ移動しほぼ峰谷状に堆積することが確認された。
【0030】
図9に、上記実験の結果を示す。すなわち、図9は、水槽内に構造物を設置した場合と設置しなかった場合についてそれぞれ波を8時間作用させた後の水槽内の地形(ケイ砂の堆積状態)の変化を示すグラフである。
図8から、構造物を設置した場合の方が設置しない場合に比べて水底の峰谷状が明確になり、形状が複雑化することが確認された。
【試験例2】
【0031】
《メバル礁設置によるコアマモ場の形成》
山口県大島郡東和町平松地区に設置したメバル増殖礁(以下「メバル礁」という。)周辺海域において、以下の観測をおこなった。
(1)試験方法
図10は、メバル魚礁の配置とコアマモ場の形成状況を示す概観図である。すなわち、この海域にメバル礁として直径0.8〜1m程度の自然石を、図10に示すように、岸沖方向に向かって2列に並べた構造物を間隔を空けて6基設置し(図10に示すとおり「メバル礁No.1〜「メバル礁No.6」と名付けた。)、その背後海域の変化を観測した。
(2)試験結果
図10に示すとおり、6基のメバル礁の完成直後からその背後海域でメバル礁より岸側30mの線を中心にコアマモ場がバッチ状に出現した。その大きさは西側から東側に向かって大きくなっていることが確認された。
(3)所見
これまで取得した波浪データから、この海域の概ねの波浪出現傾向として北西方向が卓越しており、ちょうど、この卓越波浪のエネルギーが遮蔽される位置にコアマモ場が形成されている。この事実から、メバル礁の設置によって海底の地形が多様化され、背後海域の底質の不安定性が緩和されたものと推定される。このコアマモ場の形成及びメバル礁の設置による岩礁性環境の海域への添加により、生物環境が多様化したものと推察される。
【産業上の利用可能性】
【0032】
以上詳細に説明したとおり、本発明は、底質が砂泥性でかつ地形的に平坦な沿岸海域をはじめとするあらゆる海域において、その底質を複雑化・安定化させると共に魚礁機能と藻場機能が複合的に増強されて地形的・環境的多様性を添加できる。このように、本発明は、その海域の生産力を大きく増強できる有用な方法であるから、本発明によって、栽培漁業や水産養殖の振興が大いに期待される。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】底質が波の作用によって移動する機構を説明するための模式図
【図2】R.Silvester の安定海浜工法を説明するための模式図
【図3】低天端構造物の漂砂制御機能によって海底形状が複雑化する機構を説明するための模式図
【図4】本発明で用いる低天端構造物の一例を説明するための模式図(実施例1)
【図5】本発明で用いる低天端構造物の他の例を説明するための模式図(実施例1)
【図6】低天端構造物の配置方法を説明するための模式図(実施例2)
【図7】低天端構造物の他の配置方法を説明するための模式図(実施例3)
【図8】構造物の背後が振動流の方向に対応して変化する状況を説明するための模 式図(試験例1)
【図9】水槽実験の結果を示すグラフ(試験例1)
【図10】メバル礁の配置とコアマモ場の形成の関係を示す概観図(試験例2)
【符号の説明】
【0034】
図4・図5において、Aは「魚類蝟集機能を有する構造体」の部分、Bは「藻類増殖機能を有する構造体」の部分、Cは「構造物背後の海底地形を複雑にする機能を発揮する」部分である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
魚類蝟集機能を有する構造体と藻類増殖機能を有する構造体とをそれぞれ単独で又は複数個のものを組み合わせてなる低天端構造物を海面から露出しないように海底に設置することによって、構造物を設置した背後海域の海底の地形をより複雑化すると共にその底質をより安定化させ、生物的多様性を増やし、もって、該海域の生産力をいっそう増強する方法。
【請求項2】
地形的に平坦な海域の海底に、魚類蝟集機能を有する構造体と藻類増殖機能を有する構造体とをそれぞれ単独で又は複数個のものを組み合わせてなる低天端構造物を海面から露出しないように設置することによって、構造物を設置した背後海域の海底の地形を複雑化すると共にその底質を安定化させ、生物的多様性を増やし、もって、該海域の生産力を増強する方法。
【請求項3】
魚類蝟集機能を有する構造体と藻類増殖機能を有する構造体とを組み合わせて一体的に成形してなる低天端構造物を設置することとした請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
底質が砂泥性でかつ地形的に平坦な沿岸海域の海底に低天端構造物を設置することとした請求項2又は3に記載の方法。
【請求項5】
複数個の低天端構造物を海岸に対して概ね平行するように並べて配置することとした請求項4に記載の方法。
【請求項6】
複数個の低天端構造物を海岸に対して概ね斜向するように並べて配置することとした請求項4に記載の方法。
【請求項7】
魚類蝟集機能を有する構造体として多数の空洞部及び/又は空隙部を有する部材を用いると共に、藻類増殖機能を有する構造体として複数の板状平面及び/又は板状傾斜面を有する部材を用いることとした請求項1から6のいずれかに記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−25700(P2006−25700A)
【公開日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−209361(P2004−209361)
【出願日】平成16年7月16日(2004.7.16)
【出願人】(501168814)独立行政法人水産総合研究センター (103)
【Fターム(参考)】