説明

海水性二枚貝検出用プライマーセットとこれを利用した海水性二枚貝幼生の検出・定量方法

【課題】海水性二枚貝であるムラサキイガイ、ミドリイガイ及びキタノムラサキイガイの幼生を簡易に検出すると共にその個体数を定量する方法の提供。
【解決手段】被験試料に対し、特定な塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含む(1)ムラサキイガイ検出用プライマー対、(2)ミドリイガイ検出用プライマー対(3)キタノムラサキイガイ検出用プライマー対のうち一組以上のプライマー対を用いてPCRを行い、PCRにおける遺伝子増幅量に基づき、プライマー対に対応する種の海水性二枚貝幼生の個体数が既知の複数の試料のそれぞれに対しプライマー対を用いてPCRを行うことにより海水性二枚貝幼生の個体数と遺伝子増幅量との関係を調べて予め作成された検量線を用いて、プライマー対に対応する種の海水性二枚貝幼生の被験試料中の個体数を定量する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海水性二枚貝検出用プライマーセットとこれを利用した海水性二枚貝幼生の検出・定量方法に関する。さらに詳述すると、本発明は、複数種のプランクトンが多数存在する海水域から採集した被験試料のムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生及びキタノムラサキイガイ幼生の有無を検出し、その個体数の定量を行うのに好適な海水性二枚貝検出用プライマーセットとこれを利用した海水性二枚貝幼生の検出・定量方法に関する。
【背景技術】
【0002】
海水性二枚貝であるムラサキイガイ、ミドリイガイ及びキタノムラサキイガイは、火力・原子力発電所等の冷却水路系に付着する付着生物として知られている(非特許文献1)。火力・原子力発電所等の冷却水路系に付着生物が付着すると、冷却水の流量が流動抵抗の増大により低下し、復水器の冷却効率が低下してしまう。また、復水器管内に付着生物が付着したり、剥がれた付着生物が詰まったりすることによって、管壁の腐食や細管の閉塞が生じる。そこで、各発電所では、付着生物を機械的に除去したり、付着生物の付着そのものを抑制したりするための様々な防除対策が実施されている。また、ムラサキイガイ、ミドリイガイ及びキタノムラサキイガイの付着による被害は火力・原子力発電所等の冷却水路系のみに留まらず、常時海水と接触している船舶の船底や各種設備等にも及んでいる。
【0003】
ここで、ムラサキイガイやミドリイガイ、キタノムラサキイガイは、水路等の基体に付着してしまうと、完全に除去することが困難である。また、除去する際に発生する死骸等によって水質の悪化が生じ、周囲の環境に対する悪影響が懸念される。したがって、ムラサキイガイやミドリイガイ、キタノムラサキイガイの駆除は、水路等の基体に付着する前の浮遊幼生の段階で、大量に発生する時期を見計らって行うことが望ましいと考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】発電所を困らせる水の生き物たち(2008年3月、財団法人電力中央研究所)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
海水域には、ムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生及びキタノムラサキイガイ幼生以外にも多種多様なプランクトンが存在している。したがって、海水域で採集した被験試料からムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生及びキタノムラサキイガイ幼生の発生量を調査する際には、多種多様なプランクトンの中からムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生及びキタノムラサキイガイ幼生のみを選択的に検出・定量する必要がある。しかしながら、ムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生及びキタノムラサキイガイ幼生と海水中の多種多様なプランクトンとの形態分類学上の差異のみを頼りにムラサキイガイ幼生やミドリイガイ幼生、ムラサキイガイ幼生の検出・定量を行うことは、熟練した研究者でも極めて困難なものである。そこで、誰もがムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生及びキタノムラサキイガイ幼生を簡易に検出・定量することのできる方法の確立が望まれている。
【0006】
本発明は、かかる要望に鑑みてなされたものであって、海水性二枚貝であるムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生及びキタノムラサキイガイ幼生を簡易に検出する方法を提供することを目的とする。
【0007】
また、本発明は、海水性二枚貝であるムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生及びキタノムラサキイガイ幼生を簡易に検出すると共にその個体数を定量する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる課題を解決するため、本願発明者等は、遺伝子解析技術からのアプローチによりムラサキイガイ、ミドリイガイ及びキタノムラサキイガイを分子レベルで種々検討した。その結果、ムラサキイガイのミトコンドリアDNA上にコードされたCOI遺伝子の塩基配列情報に基づき、ムラサキイガイのみを分子レベルで特異的に認識するオリゴヌクレオチドプライマー対を開発することに成功した。また、ミドリイガイのミトコンドリアDNA上にコードされたCOI遺伝子の塩基配列情報に基づき、ミドリイガイのみを分子レベルで特異的に認識するオリゴヌクレオチドプライマー対を開発することに成功した。さらに、キタノムラサキイガイのミトコンドリアDNA上にコードされたCOI遺伝子の塩基配列情報に基づき、キタノムラサキイガイのみを分子レベルで特異的に認識するオリゴヌクレオチドプライマー対を開発することに成功した。本願発明者等は、さらに検討を進め、これらのプライマー対を用いることで、海水性二枚貝の中でも代表的な付着生物であるムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生及びキタノムラサキイガイ幼生の検出・定量を行えることを知見し、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明の海水性二枚貝検出用のプライマーセットは、下記(1)〜(3)のうち少なくとも一組のプライマー対を含むものである。
(1)配列番号1及び2で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むムラサキイガイ(Mytilus galloprovincialis)検出用プライマー対、
(2)配列番号3及び4で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むミドリイガイ(Perna viridis)検出用プライマー対
(3)配列番号5及び6で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むキタノムラサキイガイ(Mytilus trossulus)検出用プライマー対
【0010】
(1)のプライマー対は、ムラサキイガイのミトコンドリアDNA上にコードされたCOI遺伝子の特定領域の塩基配列を特異的に認識する。即ち、ムラサキイガイのミトコンドリアDNA上にコードされたCOI遺伝子の特定領域の塩基配列のみを認識し、近縁種の二枚貝であるキタノムラサキイガイ、カワヒバリガイ、コウロエンカワヒバリガイ、ミドリイガイ、ホトトギスガイ、クジャクガイ、クログチ、ヒバリガイモドキ、ムラサキインコガイ、アサリ、タイワンシジミ、ヤマトシジミ、カキ、さらには海水域に一般的に存在しているプランクトンを認識することがない。したがって、(1)のプライマー対によれば、ムラサキイガイの遺伝子と特異的にPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)を起こす。
【0011】
(2)のプライマー対は、ミドリイガイのミトコンドリアDNA上にコードされたCOI遺伝子の特定領域の塩基配列を特異的に認識する。即ち、ミドリイガイのミトコンドリアDNA上にコードされたCOI遺伝子の特定領域の塩基配列のみを認識し、近縁種の二枚貝であるムラサキイガイ、キタノムラサキイガイ、カワヒバリガイ、コウロエンカワヒバリガイ、ホトトギスガイ、クジャクガイ、クログチ、ヒバリガイモドキ、ムラサキインコガイ、アサリ、タイワンシジミ、ヤマトシジミ、カキ、さらには海水域に一般的に存在しているプランクトンを認識することがない。したがって、(2)のプライマー対によれば、ミドリイガイの遺伝子と特異的にPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)を起こす。
【0012】
(3)のプライマー対は、キタノムラサキイガイのミトコンドリアDNA上にコードされたCOI遺伝子の特定領域の塩基配列を特異的に認識する。即ち、キタノムラサキイガイのミトコンドリアDNA上にコードされたCOI遺伝子の特定領域の塩基配列のみを認識し、近縁種の二枚貝であるムラサキイガイ、カワヒバリガイ、コウロエンカワヒバリガイ、ミドリイガイ、ホトトギスガイ、クジャクガイ、クログチ、ヒバリガイモドキ、ムラサキインコガイ、アサリ、タイワンシジミ、ヤマトシジミ、カキ、さらには海水域に一般的に存在しているプランクトンを認識することがない。したがって、(3)のプライマー対によれば、キタノムラサキイガイの遺伝子と特異的にPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)を起こす。
【0013】
また、本発明の海水性二枚貝幼生の検出方法は、下記(1)〜(3)のうち一組以上のプライマー対を用いてPCRを行い、遺伝子増幅の有無によりプライマー対に対応する種の海水性二枚貝幼生が被験試料に存在しているか否かを検出するようにしている。
(1)配列番号1及び2で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むムラサキイガイ(Mytilus galloprovincialis)検出用プライマー対、
(2)配列番号3及び4で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むミドリイガイ(Perna viridis)検出用プライマー対
(3)配列番号5及び6で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むキタノムラサキイガイ(Mytilus trossulus)検出用プライマー対
【0014】
被験試料にムラサキイガイ幼生が存在している場合には、上記(1)のプライマー対がムラサキイガイのミトコンドリアDNA上にコードされたCOI遺伝子の特定領域の塩基配列を特異的に認識し、PCRによりムラサキイガイ幼生の遺伝子の増幅が生じる。一方、被験試料にムラサキイガイ幼生が含まれていない場合には、上記(1)のプライマー対によって認識される遺伝子が存在しないので、遺伝子増幅は生じない。したがって、上記(1)のプライマー対を用いて遺伝子増幅の有無を検出することにより、被験試料にムラサキイガイ幼生が存在しているか否かを判定することができる。
【0015】
被験試料にミドリイガイ幼生が存在している場合には、上記(2)のプライマー対がミドリイガイのミトコンドリアDNA上にコードされたCOI遺伝子の特定領域の塩基配列を特異的に認識し、PCRによりミドリイガイ幼生の遺伝子の増幅が生じる。一方、被験試料にミドリイガイ幼生が含まれていない場合には、上記(2)のプライマー対によって認識される遺伝子が存在しないので、遺伝子増幅は生じない。したがって、上記(2)のプライマー対を用いて遺伝子増幅の有無を検出することにより、被験試料にミドリイガイ幼生が存在しているか否かを判定することができる。
【0016】
被験試料にキタノムラサキイガイ幼生が存在している場合には、上記(3)のプライマー対がキタノムラサキイガイのミトコンドリアDNA上にコードされたCOI遺伝子の特定領域の塩基配列を特異的に認識し、PCRによりキタノムラサキイガイ幼生の遺伝子の増幅が生じる。一方、被験試料にキタノムラサキイガイ幼生が含まれていない場合には、上記(3)のプライマー対によって認識される遺伝子が存在しないので、遺伝子増幅は生じない。したがって、上記(3)のプライマー対を用いて遺伝子増幅の有無を検出することにより、被験試料にキタノムラサキイガイ幼生が存在しているか否かを判定することができる。
【0017】
さらに、本発明の海水性二枚貝幼生個体数の定量方法は、被験試料に対し、下記(1)〜(3)のうち一組以上のプライマー対を用いてPCRを行い、PCRにおける遺伝子増幅量に基づき、プライマー対に対応する種の海水性二枚貝幼生の個体数が既知の複数の試料のそれぞれに対しプライマー対を用いてPCRを行うことにより海水性二枚貝幼生の個体数と遺伝子増幅量との関係を調べて予め作成された検量線を用いて、プライマー対に対応する種の海水性二枚貝幼生の被験試料中の個体数を定量するようにしている。
(1)配列番号1及び2で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むムラサキイガイ(Mytilus galloprovincialis)検出用プライマー対、
(2)配列番号3及び4で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むミドリイガイ(Perna viridis)検出用プライマー対
(3)配列番号5及び6で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むキタノムラサキイガイ(Mytilus trossulus)検出用プライマー対
【0018】
ここで、本発明の海水性二枚貝個体数の定量方法においては、PCRはリアルタイムPCRとすることが好ましく、遺伝子増幅量としてリアルタイムPCRを行うことにより得られるCt値を利用することが好ましい。
【0019】
また、本発明の海水性二枚貝個体数の定量方法においては、被験試料は分画処理してからPCRに供することが好ましい。
【0020】
本発明の海水性二枚貝検出キットは、配列番号1〜6で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むプライマーのうちの少なくとも1つのプライマーをプローブとして含むものとしている。したがって、このプローブがムラサキイガイ、ミドリイガイまたはキタノムラサキイガイのミトコンドリアDNA上にコードされたCOI遺伝子の特定領域を特異的に認識して結合(ハイブリダイズ)し、被験試料にムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生またはキタノムラサキイガイ幼生が存在するか否かを判定することができる。
【発明の効果】
【0021】
請求項1に記載の海水性二枚貝検出用プライマーセットによれば、配列番号1及び2で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むムラサキイガイ検出用プライマー対によって、ムラサキイガイのミトコンドリアDNA上にコードされたCOI遺伝子の特定領域を特異的に認識することができるので、このプライマー対を用いてPCRを行うことで、この特定領域の遺伝子断片のみを増幅することができる。また、配列番号3及び4で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むミドリイガイ検出用プライマー対によって、ミドリイガイのミトコンドリアDNA上にコードされたCOI遺伝子の特定領域を特異的に認識することができるので、このプライマー対を用いてPCRを行うことで、この特定領域の遺伝子断片のみを増幅することができる。さらに、配列番号5及び6で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むキタノムラサキイガイ検出用プライマー対によって、キタノムラサキイガイのミトコンドリアDNA上にコードされたCOI遺伝子の特定領域を特異的に認識することができるので、このプライマー対を用いてPCRを行うことで、この特定領域の遺伝子断片のみを増幅することができる。
【0022】
請求項2に記載の海水性二枚貝幼生の検出方法によれば、被験試料にムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生及びキタノムラサキイガイ幼生以外のプランクトンが複数種混在している場合であっても、ムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生及びキタノムラサキイガイ幼生をそれぞれ特異的に検出することができる。
【0023】
請求項3に記載の海水性二枚貝幼生個体数の定量方法によれば、被験試料にムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生及びキタノムラサキイガイ幼生以外のプランクトンが複数種混在している場合であっても、ムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生及びキタノムラサキイガイ幼生をそれぞれ特異的に検出し、その個体数を定量することができる。
【0024】
請求項4に記載の海水性二枚貝幼生個体数の定量方法によれば、遺伝子増幅量としてリアルタイムPCRにより得られるCt値を利用しており、しかも、配列番号1及び2で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むムラサキイガイ検出用プライマー対により増幅されるDNA断片長と配列番号3及び4で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むミドリイガイ検出用プライマー対より増幅されるDNA断片長と配列番号5及び6で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むキタノムラサキイガイ検出用プライマー対により増幅されるDNA断片長は、リアルタイムPCRを行うのに好適な長さとなることから、幼生個体数の定量分析をより精度良く行うことができる。
【0025】
請求項5に記載の海水性二枚貝幼生個体数の定量方法によれば、被験試料が予め分画処理されてからPCRに供されるので、幼生の成長段階(幼生の体積)に応じて被験試料を分画して定量することが可能となる。したがって幼生個体数の定量精度をさらに高めることができる。
【0026】
請求項6記載の海水性二枚貝検出用キットによれば、配列番号1〜6記載の塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むプライマーのうちの少なくとも一つのプライマーをプローブとして含んでいるので、プローブとして含まれるプライマーによって認識される遺伝子を有する海水性二枚貝について、そのミトコンドリアDNA上にコードされたCOI遺伝子の特定領域を特異的に認識することができ、被験試料にムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生及びキタノムラサキイガイ幼生が存在しているか否かを検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1A】配列番号1及び2の塩基配列からなるプライマー対を用いてPCRを行うことにより得られた増幅産物のアガロース電気泳動像を示す図である。
【図1B】配列番号1及び2の塩基配列からなるプライマー対を用いてPCRを行うことにより得られた増幅産物のアガロース電気泳動像を示す図であり、図1Aとは対象とする生物を異にしたものである。
【図2A】配列番号3及び4の塩基配列からなるプライマー対を用いてPCRを行うことにより得られた増幅産物のアガロース電気泳動像を示す図である。
【図2B】配列番号3及び4の塩基配列からなるプライマー対を用いてPCRを行うことにより得られた増幅産物のアガロース電気泳動像を示す図であり、図2Aとは対象とする生物を異にしたものである。
【図3】反応液中のムラサキイガイの鋳型DNA濃度を0.02〜2ng/μLとしたときの配列番号1及び2の塩基配列からなるプライマー対を用いたPCR後のアガロース電気泳動像を示す図である。
【図4】反応液中のミドリイガイの鋳型DNA濃度を0.02〜2ng/μLとしたときの配列番号3及び4の塩基配列からなるプライマー対を用いたPCR後のアガロース電気泳動像を示す図である。
【図5】リアルタイムPCRにより作成されたムラサキイガイ幼生用の検量線である。
【図6】リアルタイムPCRにより作成されたミドリイガイ幼生用の検量線である。
【図7】DNAチップの実施の一例を示す図である。
【図8A】配列番号5及び6の塩基配列からなるプライマー対を用いてPCRを行うことにより得られた増幅産物のアガロース電気泳動像を示す図である。
【図8B】配列番号5及び6の塩基配列からなるプライマー対を用いてPCRを行うことにより得られた増幅産物のアガロース電気泳動像を示す図であり、図8Aとは対象とする生物を異にしたものである。
【図9】反応液中のキタノムラサキイガイの鋳型DNA濃度を0.2〜20ng/μLとしたときの配列番号5及び6の塩基配列からなるプライマー対を用いたPCR後のアガロース電気泳動像を示す図である。
【図10】リアルタイムPCRにより作成されたキタノムラサキイガイ幼生用の検量線である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明を実施するための形態について、図面に基づいて詳細に説明する。
【0029】
本発明の海水性二枚貝検出用プライマーセットは、配列番号1及び2で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むムラサキイガイ検出用プライマー対、配列番号3及び4で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むミドリイガイ検出用プライマー対及び配列番号5及び6で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むキタノムラサキイガイ検出用プライマー対の少なくともいずれかを含むものである。
【0030】
本発明のプライマーセットのムラサキイガイ検出用プライマー対により、配列番号7に示すムラサキイガイのミトコンドリアDNA上のCOI遺伝子解析領域(LCO1490〜HCO2198)のうち、358番目〜455番目に含まれる98bpのDNA断片が増幅される。また、本発明のプライマーセットのミドリイガイ検出用プライマー対により、配列番号8に示すミドリイガイのミトコンドリアDNA上のCOI遺伝子解析領域(LCO1490〜HCO2198)のうち、307番目〜455番目に含まれる149bpのDNA断片が増幅される。さらに、本発明のプライマーセットのキタノムラサキイガイ検出用プライマー対により、配列番号13に示すキタノムラサキイガイのミトコンドリアDNA上のCOI遺伝子解析領域(LCO1490〜HCO2198)のうち、286番目〜440番目に含まれる155bpのDNA断片が増幅される。
【0031】
ここで、プライマーの塩基配列は、配列番号1〜6で示される塩基配列のものに限定されない。例えば、プライマーの一端または両端が延長あるいは短縮されたプライマーであって、ムラサキイガイのCOI遺伝子の特定領域の塩基配列、ミドリイガイのCOI遺伝子の特定領域の塩基配列と相補的な配列またはキタノムラサキイガイのCOI遺伝子の特定領域の塩基配列と相補的な配列を有して特異的に認識するプライマーも包含される。但し、プライマー長は、18〜40塩基とすることが好適である。プライマー長を40塩基超とすると、非特異的なアニーリングが起こりやすくなって、目的のDNA断片の増幅が検出できなくなる虞がある。また、短すぎても、目的のDNA断片の増幅が検出できなくなる虞がある。
【0032】
本発明のプライマーセットの各オリゴヌクレオチドは、例えば汎用のオリゴヌクレオチド合成装置を用いて化学的に合成することができるがこれに限定されるものではなく、当該技術分野において公知あるいは新規の他の方法を用いて合成してもよい。
【0033】
次に、本発明の海水性二枚貝幼生の検出方法について説明する。本発明の海水性二枚貝幼生の検出方法は、被験試料に対し上記のプライマーセットを用いてPCRを行い、被験試料の遺伝子増幅が生じたか否かにより被験試料に海水性二枚貝幼生であるムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生、キタノムラサキイガイ幼生が存在しているか否かを判定するようにしている。
【0034】
被験試料としては、ムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生またはキタノムラサキイガイ幼生を1個体以上含有する可能性のあるあらゆる種類の試料が包含される。例えば、複数種のプランクトンを多数含む海水域から採集された環境サンプルは勿論のこと、人工飼育水槽の飼育水等も被験試料とすることができるが、被験試料はこれらに限定されるものではない。
【0035】
被験試料からは塩分が含まれる海水や飼育水等をできるだけ除き、被験試料中のプランクトンをエタノールに浸漬して固定することが好ましい。この処理により、被験試料中のプランクトンに含まれる酵素等が失活してDNAが分解等を起こすことがなくなり、被検試料の長期保存が可能になると共に、PCRに悪影響を及ぼす虞のある塩分の析出を防ぐことができる。エタノール固定後は、室温(20℃程度)で保存してもよいが、15℃程度で保存することが好適であり、10℃程度で保存することがより好適であり、5℃程度で保存することがさらに好適である。低温保存することで、プランクトンに含まれる酵素の活性を確実に抑えることができ、DNAの分解を防止することができる。エタノールに固定した被験試料は、例えばエッペンドルフチューブなどのチューブに入れて乾燥させる。エタノールは揮発しやすいので、乾燥を素早く行うことができる。尚、エタノール以外の揮発性有機物、例えば、メタノール、プロパノール、ブタノール、ベンゼン、トルエン等を用いても同様の効果を発揮する。
【0036】
但し、被験試料中のプランクトンをエタノール等に浸漬して固定する処理は本発明においては必須処理ではない。即ち、滅菌水等で被験試料中のプランクトンを十分に洗浄して塩分を除いた後、風乾等を行うようにしても良いし、DNAが分解しない程度に熱をかけて乾燥を行うようにしても良い。
【0037】
ここで、被験試料に対しDNA抽出処理を施すようにしてもよい。この場合、プランクトン等に含まれる有機物等によるPCRへの悪影響を防いで、より確実にムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生またはキタノムラサキイガイ幼生の検出を行うことが可能になる。DNA抽出処理方法としては、当該技術分野において公知あるいは新規の方法を適宜用いることができる。
【0038】
PCRは、被験試料中のDNAを鋳型として、上記のプライマーセットを用いて行われる。PCR条件としては、当該技術分野において公知あるいは新規の条件を適宜用いることができる。例えば、Taqポリメラーゼアドバンテージ2(クローンテック社)を用いたPCRが挙げられるが、これに限られるものではない。
【0039】
PCRによって得られた増幅産物の検出は、例えば、PCR反応混合物をゲル電気泳動で展開し、非検出対象成分(鋳型DNA、プライマー等)と検出対象成分である増幅産物とを分離した状態で蛍光染色によって増幅産物のバンドをその分子量から判断して特定し、そのバンドの蛍光強度を測定することにより行うことができる。しかしながら、この方法に限定されるものではなく、当該技術分野において公知あるいは新規の他の方法を用いることもできる。
【0040】
ここで、本発明の海水性二枚貝幼生の検出方法においては、本発明のプライマーセットのうち、ムラサキイガイ検出用のプライマー対を用いてPCRを行うことで、被験試料にムラサキイガイ幼生が存在しているか否かを判定することができる。また、本発明のプライマーセットのうち、ミドリイガイ検出用のプライマー対を用いてPCRを行うことで、被験試料にミドリイガイ幼生が存在しているか否かを判定することができる。さらに、本発明のプライマーセットのうち、キタノムラサキイガイ検出用のプライマー対を用いてPCRを行うことで、被験試料にキタノムラサキイガイ幼生が存在しているか否かを判定することができる。また、本発明のプライマーセットのうち、二種のプライマー対を用いることで、これら二種の幼生が存在しているか否かを判定することができる。例えば、本発明のプライマーセットのムラサキイガイ検出用のプライマー対とミドリイガイ検出用のプライマー対の両方を用いてPCRを行うことで、被験試料にムラサキイガイ幼生またはミドリイガイ幼生が存在しているか否かを判定することができる。この場合、ムラサキイガイ検出用のプライマー対によって増幅されるDNA断片の分子量とミドリイガイ検出用のプライマー対によって増幅されるDNA断片の分子量には差があるので、増幅DNA断片の分子量によって、被験試料にムラサキイガイ幼生とミドリイガイ幼生のいずれが含まれているかを判定することもできる。換言すれば、幼生の種がムラサキイガイとミドリイガイのいずれであるかを判定することができる。また、本発明のプライマーセットの全プライマー対を用いてPCRを行うことで、被験試料にムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生及びキタノムラサキイガイ幼生が存在しているか否かを判定することができる。
【0041】
次に、本発明の海水性二枚貝幼生個体数の定量方法について説明する。本発明の海水性二枚貝個体数の定量方法は、本発明のプライマーセットの一組以上のプライマー対を用いてPCRを行い、PCRにおける遺伝子増幅量に基づき、プライマー対に対応する種の海水性二枚貝幼生の個体数が既知の複数の試料のそれぞれに対しプライマー対を用いてPCRを行うことにより海水性二枚貝幼生の個体数と遺伝子増幅量との関係を調べて予め作成された検量線を用いて、プライマー対に対応する種の海水性二枚貝幼生の被験試料中の個体数を定量するようにしている。具体的には、ムラサキイガイ幼生個体数が既知の試料それぞれに対し本発明のプライマーセットのムラサキイガイ検出用のプライマー対を用いてPCRを行うことによりムラサキイガイ幼生個体数と遺伝子増幅量との関係を調べて予め作成された検量線を用い、被験試料に対しムラサキイガイ検出用のプライマー対を用いてPCRを行うことにより得られる被験試料の遺伝子増幅量から、被験試料中のムラサキイガイ幼生個体数の定量を行うようにしている。または、ミドリイガイ幼生個体数が既知の試料それぞれに対し本発明のプライマーセットのミドリイガイ検出用のプライマー対を用いてPCRを行うことによりミドリイガイ幼生個体数と遺伝子増幅量との関係を調べて予め作成された検量線を用い、被験試料に対しミドリイガイ検出用のプライマー対を用いてPCRを行うことにより得られる被験試料の遺伝子増幅量から、被験試料中のミドリイガイ幼生個体数の定量を行うようにしている。または、キタノムラサキイガイ幼生個体数が既知の試料それぞれに対し本発明のプライマーセットのキタノムラサキイガイ検出用のプライマー対を用いてPCRを行うことによりキタノムラサキイガイ幼生個体数と遺伝子増幅量との関係を調べて予め作成された検量線を用い、被験試料に対しキタノムラサキイガイ検出用のプライマー対を用いてPCRを行うことにより得られる被験試料の遺伝子増幅量から、被験試料中のキタノムラサキイガイ幼生個体数の定量を行うようにしている。以下に、リアルタイムPCRを利用した場合の実施形態について、詳細に説明する。
【0042】
リアルタイムPCRを利用した本発明の幼生個体数の定量方法は、被験試料に対し、本発明のプライマーセットの一組のプライマー対を用いてリアルタイムPCRを行うことにより得られるCt値に基づき、プライマー対に対応する種の海水性二枚貝幼生の個体数が既知の複数の試料のそれぞれに対しプライマー対を用いてリアルタイムPCRを行うことにより海水性二枚貝幼生の個体数とCt値との関係を調べて予め作成された検量線を用いて、被験試料に存在する海水性二枚貝幼生の個体数の定量を行うようにしている。
【0043】
ここで、リアルタイムPCR法とは、PCRによるDNA断片の増幅量をリアルタイムでモニタリングして解析する手法である。この手法を用いることで、被験試料の特定の塩基配列をもつ鋳型DNAの濃度の定量分析を行うことができる。即ち、段階希釈した濃度既知の特定の塩基配列をもつ鋳型DNAを標準試料としてPCRを行い、Ct(Threshold Cycle)値を測定する。この結果に基づいて、Ct値を縦軸に、PCR開始前の特定の塩基配列をもつ鋳型DNA濃度を横軸にプロットし、検量線を作成する。つまり、この検量線が、試料の特定の塩基配列をもつ鋳型DNAの濃度とCt値との関係を表す。したがって、濃度未知の被験試料のCt値をリアルタイムPCRにより測定することで、被験試料の特定の塩基配列をもつ鋳型DNAの濃度を決定することができる。
【0044】
リアルタイムPCRは、例えば、サーマルサイクラーと蛍光分光光度計とを一体化したリアルタイムPCR装置により行うことができる。また、DNA増幅量のモニタリングは、蛍光試薬を用いた蛍光モニター法により行われる。例えば、二本鎖DNAに結合することで蛍光発光する試薬(インターカレータ)をPCR反応系に添加し、PCR反応により合成される二本鎖DNA(PCR産物)にインターカレータを結合させ、励起光を照射することにより蛍光発光を生じさせて、蛍光強度を検出することによりDNA増幅量のモニタリングを行う、所謂インターカレータ法を用いることができる。尚、インターカレータ法に限定されるものではなく、TaqManプローブ法などといった公知または新規の方法を適宜採用することができる。
【0045】
リアルタイムPCRにおけるCt値とは、蛍光標識されたPCR産物量が指数関数的なDNA増幅期の中で一定量となるときの値、即ち、一定の蛍光強度に達するまでのPCRサイクル数を表している。PCRによるDNAの増幅は、初期には指数関数的に起こり、1次関数的な増幅を経て、最終的にはプラトーに達する。指数関数的なDNA増幅期における一定PCR産物量に達するPCRサイクル数と初期鋳型DNA量には高い相関がある。したがって、初期鋳型DNA量、つまり、試料の特定の塩基配列をもつDNAの濃度とCt値との相関を調べることで、Ct値から試料の特定の塩基配列をもつDNAの濃度を推定する為の検量線を作成することができる。また、DNAの増幅曲線を二回微分して最大値を算出し、この最大値に達するまでのサイクル数、つまり、PCR産物量の増幅がバックグラウンド値から指数関数的に変化する時点のサイクル数を検出し、これをCt値とするようにしてもよい。
【0046】
本発明の定量方法に用いる検量線は、ムラサキイガイ幼生個体数が既知の複数の試料それぞれに対し、本発明のプライマーセットのうちのムラサキイガイ検出用プライマー対を用いてリアルタイムPCRを行うことによりムラサキイガイ幼生個体数とCt値との関係を調べて予め作成される。また、本発明の定量方法に用いる検量線は、ミドリイガイ幼生個体数が既知の複数の試料のそれぞれに対し、本発明のプライマーセットのうちのミドリイガイ検出用プライマー対を用いてリアルタイムPCRを行うことによりミドリイガイ幼生個体数とCt値との関係を調べて予め作成される。また、本発明の定量方法に用いる検量線は、キタノムラサキイガイ幼生個体数が既知の複数の試料それぞれに対し、本発明のプライマーセットのうちのキタノムラサキイガイ検出用プライマー対を用いてリアルタイムPCRを行うことによりキタノムラサキイガイ幼生個体数とCt値との関係を調べて予め作成される。
【0047】
試料の処理方法に関しては、上述の通り、例えば試料中の幼生をエタノールに浸漬して固定し、乾燥させることが好適であるが、この方法に限定されるものではない。
【0048】
試料のDNA抽出処理方法としては、当該技術分野において公知の方法あるいは新規の方法を適宜用いることができる。例えば、DNeasy Tissue Kit(キアゲン社)によるシリカゲル膜やQuick Gene(フジフィルム社)による多孔質メンブレンを利用したDNA抽出方法、Soil DNA Isolation Kit (NORGEN社)等を用いることが好適であるが、特に、Quick Gene(フジフィルム社)による多孔質メンブレンを利用したDNA抽出方法を用いることが好適である。この場合には、試料間のDNA抽出ばらつきを抑えて、幼生の定量をより正確に実施し易くなる。また、Soil DNA Isolation Kit (NORGEN社)を用いた場合には、サンプル中の泥や砂の影響を抑えてリアルタイムPCRに適したDNA抽出サンプルを得ることができ、好適である。
【0049】
ここで、幼生の甲皮が原因で試料のDNA抽出効率が低下する場合がある。そこで、試料からDNAを抽出する前に、甲皮の破砕処理を行うことが好適である。例えば、乾燥させた試料を入れたエッペンドルフチューブにジルコニアボール(例えば、直径2〜3mm)を数個(例えば、3〜5個程度)を入れて、強く震盪することで組織を破砕した後、上記のDNA抽出処理に供することが好適である。この処理を行うことにより、幼生の甲皮(殻)によるDNA抽出効率の低下等を防いで、幼生個体数の分析精度を確実に高精度なものとすることができる。
【0050】
尚、ムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生及びキタノムラサキイガイ幼生の成長過程は、成体から放出された卵(50〜60μm)が孵化後にトロコフォア幼生となり、約1日後、ベリジャー幼生となる。そして、数週間でD型幼生(100〜150μm)となり、さらに1週間ほどで付着期のペディベリジャー幼生(300μm程度)となる。そして、付着変態後に稚貝となる。但し、ベリジャー幼生とD型幼生とを一括してベリジャー幼生と呼ぶ場合もある。
【0051】
このように、ムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生及びキタノムラサキイガイ幼生は、その成長段階により、個体サイズが増加し、その細胞数も増加する。したがって、成長段階に応じて標的となるCOI遺伝子の1個体当たりのコピー数も増加することとなり、幼生の個体数が同じであっても、リアルタイムPCRの結果示されるCt値が幼生の成長段階で異なってくる。そこで、検量線を作成する際に使用する試料としては、幼生の各個体のCOI遺伝子コピー数がほぼ一定である試料を用いることが好ましい。この場合には、COI遺伝子コピー数が試料中の幼生個体数を正確に反映するので、幼生個体数に対する正確なCt値を得ることができる。例えば、ペディベリジャー幼生のみが含まれている試料を用いれば、ペディベリジャー幼生の個体数に対応する正確なCt値を得ることができるし、D型幼生のみが含まれている試料を用いれば、D型幼生の個体数に対応する正確なCt値を得ることができる。
【0052】
尚、幼生個体数が既知の複数の試料は、上記とは別の方法でも得ることができる。即ち、成体試料等から鋳型DNAを抽出し、これを幼生個体数と同等の遺伝子コピー数となるように段階希釈することによって、幼生個体数が既知の複数の試料を得るようにしてもよい。
【0053】
ここで、被験試料を分画処理してからリアルタイムPCRに供することが好ましい。この場合には、精度の高い定量分析を実施することが可能となる。上記の通り、ムラサキイガイ幼生及びミドリイガイ幼生は成長段階に応じてその体積が異なるため、例えば、被験試料を篩にかけて、定量分析の対象としている成長段階の幼生のみを通過させて取り出し、これを被験試料とすることで、その成長段階の幼生の個体数を定量分析することができる。このように、被験試料を分画処理してからリアルタイムPCRに供することで、特定の成長段階にあるムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生及びキタノムラサキイガイ幼生が被験試料中にどの程度存在するのかをより具体的に明らかにすることが可能となる。
【0054】
以上、本発明の海水性二枚貝幼生の検出方法により、海水域で採集した被験試料に存在しているムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生及びキタノムラサキイガイ幼生の有無を顕微鏡などで観察することなく分析することが可能となる。したがって、本発明の検出・定量分析方法を実施することで、対象海水域におけるムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生及びキタノムラサキイガイ幼生の存在や繁殖の有無を知ることが可能となり、対象海水域におけるムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生及びキタノムラサキイガイ幼生の有無を明らかにすることで、被害可能性を予知できると共に、基体等に付着する前の幼生の大量発生段階を予測して、ピンポイントで駆除することが可能になる。また、本発明の幼生個体数の定量方法により、海水域で採集した被験試料に存在しているムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生及びキタノムラサキイガイ幼生の個体数を定量分析することが可能となる。したがって、本発明の定量方法によりこれらの幼生個体数の定量分析を定期的(例えば、3日〜1週間毎)に行うことで、対象海水域でのムラサキイガイ、ミドリイガイ及びキタノムラサキイガイの付着時期を確実に予測することが可能となり、基体等に付着する前の幼生の大量発生段階を予測して、ピンポイントで駆除することが可能になる。したがって、駆除剤の使用量を抑えてムラサキイガイ、ミドリイガイ及びキタノムラサキイガイの駆除にかかるコストを抑えることができ、駆除剤による海水の汚染も最小限に抑えることが可能となる。
【0055】
次に、本発明の海水性二枚貝検出用キットについて説明する。
【0056】
本発明の海水性二枚貝検出用キットは、配列番号1〜6で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むプライマーのうちの少なくとも1つのプライマーをプローブとして含むものである。
【0057】
したがって、配列番号1または2からなるオリゴヌクレオチドを含むプライマーのうちの少なくとも一方のプライマーをプローブとした場合には、ムラサキイガイのミトコンドリアDNA上にコードされたCOI遺伝子の特定領域を特異的に認識して結合(ハイブリダイズ)し、被験試料にムラサキイガイ幼生が存在するか否かを判定することができる。また、配列番号3または4からなるオリゴヌクレオチドを含むプライマーのうちの少なくとも一方のプライマーをプローブとした場合には、ミドリイガイのミトコンドリアDNA上にコードされたCOI遺伝子の特定領域を特異的に認識して結合(ハイブリダイズ)し、被験試料にミドリイガイ幼生が存在するか否かを判定することができる。さらに配列番号5または6からなるオリゴヌクレオチドを含むプライマーのうちの少なくとも一方のプライマーをプローブとした場合には、キタノムラサキイガイのミトコンドリアDNA上にコードされたCOI遺伝子の特定領域を特異的に認識して結合(ハイブリダイズ)し、被験試料にキタノムラサキイガイ幼生が存在するか否かを判定することができる。
【0058】
本発明のキットの一例として、図7に示すDNAチップが挙げられる。このDNAチップ1は、基板2と、基板2の表面に形成されたスポット3と、スポット3内に固定されたDNAプローブ4により構成される。
【0059】
基板2としては、ガラス基板、シリコンウエハー、ナイロン膜、セルロース膜等を適宜用いることができるが、これらに限定されるものではない。
【0060】
スポット3には、DNAプローブ4が等量ずつ固定される。DNAプローブ4は、配列番号1〜4で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むプライマーのうちの少なくとも1つである。
【0061】
DNAチップ1を用いて、ムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生またはキタノムラサキイガイ幼生の検出を行う。被検試料はDNA抽出処理後、DNAを一本鎖に調製し、蛍光剤や発色剤を添加して1本鎖DNAを蛍光標識する。そして、これをDNAチップ1のスポット3に滴下し、DNAプローブ4と結合(ハイブリダイズ)させる。未結合の一本鎖DNAは洗い流し、スポット3の蛍光強度を検出することにより、蛍光発光が生じたスポットを特定することで、被験試料中のムラサキイガイ幼生、ミドリイガイ幼生またはキタノムラサキイガイ幼生の検出を行うことができる。
【0062】
尚、上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。
【0063】
例えば、上述の実施形態では、サーマルサイクラーと蛍光分光光度計とを一体化したリアルタイムPCR装置を用いて幼生個体数の定量分析を行う場合について詳細に説明したが、PCR装置やヒートブロックを利用して遺伝子増幅を行い、遺伝子増幅量をモニタリングすることによって、幼生個体数の定量を行うことも可能である。具体的には、幼生個体数が既知の試料を複数用意し、この試料に一定サイクルでPCR装置またはヒートブロックを用いてPCRを行い、遺伝子増幅量をモニタリングし、幼生個体数と遺伝子増幅量との関係を示す検量線を作成しておく。そして、実海域から採集した試料を同条件でPCRして遺伝子増幅量をモニタリングし、検量線を利用して試料中の幼生個体数の定量を行うようにしてもよい。
【0064】
遺伝子増幅量のモニタリング方法としては、公知あるいは新規の方法を各種用いることができる。例えば、分光光度計によりPCR後の溶液のDNA濃度を測定することで遺伝子増幅量をモニタリングするようにしてもよいし、電気泳動や色素によるDNA染色を利用した定量方法を用いることもできる。DNAを染色する色素としては、核酸のATに特異性があり、DNA量の測定に一般的に使用されている色素であるDAPI(4’,6−ジアミジノ−2−フェニルインドール)が挙げられるが、これに限定されるものではない。また、サイクリングプローブ法を用いてもよく、サイクリングプローブの蛍光物質としてROX:6−カルボキシ−X−ローダミン(Xはサイクリングプローブの核酸)を用い、消光物質としてEclipseを用いることで、紫外光を照射することにより赤色の強い蛍光強度を得ることができ好ましいが、これに限定されるものではない。また、蛍光物質としてROX:6−カルボキシ−X−ローダミンを用い、消光物質としてEclipseを用いたサイクリングプローブ法のように、可視光領域において強い蛍光発光を生じる場合には、目的とする幼生の増幅DNAのみを、蛍光物質を励起するための励起光を照射するだけで目視で検出することが可能となるので、幼生の有無およびおおよその量を目視で容易に検出することができる。
【0065】
また、本発明の定量方法は、上記(1)〜(3)のプライマー対のうち2種のプライマー対を同時に使用してPCRを行うことにより実施するようにしてもよい。例えば、上記(1)と(2)のプライマー対を用いてPCRを行い、電気泳動法を利用して遺伝子増幅の有無をバンドの発現の有無により確認すると共に、バンドの位置から海水性二枚貝幼生の種を検出し、さらに遺伝子増幅量をバンドの濃淡から判断し、予め作成されたバンドの濃淡と幼生個体数との関係を示す検量線から、海水性二枚貝幼生の個体数の定量を行うようにしてもよい。また、本発明の定量方法は、上記(1)〜(3)のプライマー対の全てを同時に使用してPCRを行うことにより実施するようにしてもよい。
【実施例】
【0066】
以下実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0067】
(実施例1)
ムラサキイガイ(Mytilus galloprovincialis)及びミドリイガイ(Perna viridis)と、これらと比較的近縁であると考えられる二枚貝であるカワヒバリガイ(Limnoperna fortunei)、コウロエンカワヒバリガイ(Xenostrobus securis)及びホトトギスガイ(Musculista senhousia)についてのCOI遺伝子の塩基配列のデータベース化を行い、このデータベースに基づいてムラサキイガイに特異的な塩基配列並びにミドリイガイに特異的な塩基配列を特定し、プライマーを設計した。データベース化に供した二枚貝は採集直後に99.5%エタノールに浸漬し4℃で保存した。
【0068】
データベース化に供した二枚貝は、解剖後、軟体部、可能であれば筋肉組織の小片(2〜3mm角)を清浄なメスを用いて切り出し、キアゲン社のDNeasy Tissue Kitによるシリカゲル膜を利用したDNA抽出を行った。基本的にはこのキットに添付されたマニュアルに従って抽出した。即ち、DNA抽出用試料に180μLの抽出用バッファー(ATL buffer)と20μLのProteinase Kとを加えて撹拌混合処理した後、55℃で一定時間(1時間)インキュベートした(Proteinase K処理)。さらに200μLのバッファー(AL)を加えて撹拌混合処理した後、70℃で10分間インキュベートした。次に、200μLの99.5%エタノールを加えて撹拌混合処理した後、2mLのCollection TubeにセットしたDNeasy Mini Spin Columnに処理サンプルを供した。このチューブを1分間遠心分離処理して素通り画分を除いた後、Spin Columnのシリカゲル膜フィルターに吸着したDNAをBuffer AW1およびAW2で洗浄し、最終的には100μLの溶出バッファー(Buffer AE)によりDNAを溶出し、回収した。
【0069】
AEバッファーに溶解したDNAの濃度を分光光度計(GeneQuant Pro、アマシャムバイオサイエンス社)により測定した結果、5μg以上のDNAが得られていることが確認された。DNA濃度の測定結果に基づいて、20ng/μLのDNA濃度としたAEバッファー溶液を調整し、これをPCRの際に鋳型DNAとして供した。
【0070】
次に、上記操作により得られた総DNAを鋳型として、COI遺伝子をPCRにより増幅した。プライマーには、後生無脊椎生物のCOI遺伝子に対するプライマーとして文献1で報告されているユニバーサルプライマーを用いた(文献1:Folmer, O., Black, M., Hoeh, W., Lutz, R., Vrijenhoek, R., 1994. DNA primers for amplification of mitochondrial cytochrome c oxidase subunit I from diverse metazoan invertebrates. Mol. Mar. Biol. Biotechnol. 3, 294-299.)。
【0071】
配列番号14及び15に使用したユニバーサルプライマーの配列を示す。尚、これらのプライマーは合成(インビトロジェン)により得られたものであり、PCRに供するまで50pmol/μLのストック溶液(シグマジェノシス製)中に−20℃で保存した。使用前にストック溶液を純水(脱塩蒸留水、無菌、DNase、RNaseフリー、和光純薬)で5倍希釈し10pmol/μLとしてPCRに供した。PCRは、上記の操作により抽出した総DNAを鋳型とし、アドバンテージ2(クローンテック)を用いて行った。なお、鋳型DNAは20ng/μLに調製した溶液を2μL(40ng)、反応にはタカラPCRサーマルサイクラーDice(TP600)を用い、反応液の調製はそれぞれのアドバンテージ2に添付された方法に従った。具体的には、滅菌水14.20μL、10xPCR SAバッファー(10xGene Taq Universal Buffer)2.00μL、50×dNTP混合物0.40μL、50×ポリメラーゼ mix0.40μL、プライマーはそれぞれ0.50μL、鋳型DNAは2.0μLとした。なお、アドバンテージ2においては、添付された2種類の反応バッファーのうち良好な結果が得られたSAバッファーを使用した。
【0072】
まず、グラジエント機能を利用して最適アニーリング温度の推定を行った。グラジエントPCRでのアニーリング温度は、45.0℃〜65.0℃の12段階に設定した。95℃(アドバンテージ2)で1分間保ったあと、熱変性95℃(アドバンテージ2)30秒間、各温度でのアニーリング30秒間、伸長反応68℃(アドバンテージ2)30秒間という反応を30サイクル繰り返す条件で行った。反応産物はサイズマーカーとともに2%アガロースゲル電気泳動に供し、SYBR Safe(インビトロジェン)によるDNAバンドの可視化により特定領域の増幅の有無を確認した。
【0073】
その結果、COI遺伝子のPCRにおいては、クローンテックのアドバンテージ2を用いた場合は54℃が最適であったが、45.0℃〜65.0℃のアニーリング温度範囲であれば、安定してPCRすることが可能であった。なお、増幅されたDNA断片は本来は709bp程度の長さであるが、配列を正確に確認できたのは、いずれの二枚貝においても約505〜585bpの長さであった。
【0074】
アガロース電気泳動にて増幅を確認したPCR産物からエタノール沈澱によりDNAを回収し、その一部を塩基配列決定に供した。PCR産物に99.5%エタノール50μL、3Mの酢酸ナトリウム(和光純薬製)2μL、125mMのEDTA(和光純薬製)2μLを加え、撹拌混合して15分間室温で静置した後、13800gで20分間遠心分離処理した。沈澱はさらに70μLの70%エタノールで洗浄し、得られた沈澱を乾燥後、6μLの純水(脱塩蒸留水、無菌、DNase、RNaseフリー、和光純薬)に溶解した。回収されたPCR産物(鋳型DNA)1μLと配列番号3と4に記載された塩基配列からなるプライマーを用い、Big Dye Terminator Cycle Sequencing Kit(アプライドバイオシステムズ)により、サイクルシーケンス反応を行った。反応は、96℃10秒間、50℃5秒間、60℃4分間を25サイクル行い、終了後、再度エタノール沈澱を行った。得られた乾燥標品にHiDi Formamide(アプライドバイオシステムズ)20μLを加え、95℃で2分間の反応後、サンプルをDNAシーケンサーABI PRISM 310に供してシーケンシングを行った。また、塩基配列のデータはDNASIS Pro(日立ソフトウェアエンジニアリング)を用いて解析した。
【0075】
各種二枚貝を鋳型とし、配列番号14及び15に記載された塩基配列からなるユニバーサルプライマーを用いて得られたCOI遺伝子を含むDNA断片のシーケンシングの結果について、塩基配列を配列表の配列番号7〜11に示す。配列番号7がムラサキイガイのCOI領域の塩基配列であり、配列番号8がミドリイガイのCOI領域の塩基配列であり、配列番号9がカワヒバリガイのCOI領域の塩基配列であり、配列番号10がコウロエンカワヒバリガイのCOI領域の塩基配列であり、配列番号11がホトトギスガイのCOI領域の塩基配列である。尚、解析領域は、得られたDNA断片のうち、全てのサンプルで塩基配列が決定できた領域である505〜585bpの範囲とした。また、配列表の配列番号7〜11に示す塩基配列は、それぞれの種において最も出現頻度の高かった塩基配列である。但し、コウロエンカワヒバリガイについては、配列番号10に記載された塩基配列と19塩基だけ異なる塩基配列が同等に検出された。この塩基配列を配列表の配列番号12に示す。具体的には、24番目、54番目、81番目、103番目、177番目、210番目、249番目、250番目、252番目、333番目、351番目、381番目、405番目、456番目、516番目、541番目、559番目、581番目及び584番目の19箇所の塩基が配列番号10に記載の塩基配列とは異なっていた。
【0076】
また、上記と同様の方法で、キタノムラサキイガイ(Mytilus trossulus)についてもCOI遺伝子を含むDNA断片のシーケンシングを行い、配列番号13に示す塩基配列を得た。
【0077】
次に、配列表の配列番号7〜11の塩基配列に基づいて、種間で変位の大きい領域に基づき、ムラサキイガイについて、特異的な塩基配列領域の特定を行ったところ、リアルタイムPCRにおいて高精度に測定できる98bpのDNA断片を挿むプライマー結合部位を選定することができた。ムラサキイガイ検出用プライマーの塩基配列を配列表の配列番号1及び2に示す。
【0078】
また、配列表の配列番号7〜11の塩基配列に基づいて、種間で変位の大きい領域に基づき、ミドリイガイについて、特異的な塩基配列領域の特定を行ったところ、リアルタイムPCRにおいて高精度に測定できる98bpのDNA断片を挿むプライマー結合部位を選定することができた。ミドリイガイ検出用プライマーの塩基配列を配列表の配列番号3及び4に示す。
【0079】
さらに、配列表の配列番号7〜11、13の塩基配列に基づいて、種間で変位の大きい領域に基づき、キタノムラサキイガイについて、特異的な塩基配列領域の特定を行ったところ、リアルタイムPCRにおいて高精度に測定できる155bpのDNA断片を挿むプライマー結合部位を選定することができた。キタノムラサキイガイ検出用プライマーの塩基配列を配列表の配列番号5及び6に示す。
【0080】
配列番号1〜6のプライマーは合成(インビトロジェン)し、以下の実験に供した。
【0081】
配列番号1及び2のムラサキイガイ検出用プライマー対について、上記方法により得られたミドリイガイ成体、カワヒバリガイ成体、コウロエンカワヒバリガイ成体及びホトトギスガイ成体、さらにはキタノムラサキイガイ(Mytilus trossulus)成体、クジャクガイ(Septifer bilocularis)成体、クログチ(Xenostrobus atratus)成体、ヒバリガイモドキ(Hormomya mutabilis)成体、ムラサキインコガイ(Septifer virgatus)成体、アサリ成体、混合プランクトン、タイワンシジミ(Corbicula fluminea)成体、ヤマトシジミ(Corbicula japonica)成体及びカキ成体の鋳型DNAを用いてPCRを行い、配列番号1及び2のムラサキイガイ検出用プライマー対の有効性とPCRの最適条件について検討した。
【0082】
PCRは基本的には上述の方法に従い、タカラPCRサーマルサイクラーDice(TP600)のグラジエント機能を利用して最適アニーリング温度の検討を行った。PCR産物はアガロースゲル電気泳動(3%アガロース)後にSYBR Safe(インビトロジェン)によるDNAバンドの可視化により検出した。PCRにおけるサイクル数は30サイクルとした。電気泳動写真を図1A及び図1Bに示す。尚、図1Aにおいて、aがムラサキイガイの電気泳動結果であり、bがキタノムラサキイガイの電気泳動結果であり、cがカワヒバリガイの電気泳動結果であり、dがコウロエンカワヒバリガイの電気泳動結果であり、eがミドリイガイの電気泳動結果であり、fがホトトギスガイの電気泳動結果であり、gがクジャクガイの電気泳動結果であり、hがクログチの電気泳動結果であり、iがヒバリガイモドキの電気泳動結果であり、jがムラサキインコガイの電気泳動結果であり、kがアサリの電気泳動結果であり、lが混合プランクトンの電気泳動結果である。また、図1Bにおいて、aがムラサキイガイの電気泳動結果であり、mがタイワンシジミの電気泳動結果であり、nがヤマトシジミの電気泳動結果であり、oがカキの電気泳動結果である。
【0083】
アニーリング温度の検討を行った結果、60℃でもっとも増幅効率が高かったため、この温度でのPCRを行うこととした。PCRの結果、ムラサキイガイ成体から調製したDNAを鋳型とした場合は、PCR産物をアガロース電気泳動に供した場合、シングルバンドが確認できた。これは、配列番号1及び2のムラサキイガイ検出用プライマーにより増幅した98bpのDNA断片であると考えられた。これに対し、ムラサキイガイ成体以外から調製したDNAを鋳型とした場合には、バンドは一切確認できなかった。
【0084】
以上の結果から、配列番号1及び2のムラサキイガイ検出用プライマー対は、ムラサキイガイのミトコンドリアDNA上のCOI遺伝子の特定領域を特異的に認識して増幅することが判明した。
【0085】
また、上記と同様の実験を配列番号3及び4のミドリイガイ検出用プライマー対を用いて実施した。電気泳動写真を図2A及び図2Bに示す。尚、図2Aにおいて、aがミドリイガイの電気泳動結果であり、bがムラサキイガイの電気泳動結果であり、cがキタノムラサキイガイの電気泳動結果であり、dがカワヒバリガイの電気泳動結果であり、eがコウロエンカワヒバリガイの電気泳動結果であり、fがホトトギスガイの電気泳動結果であり、gがクジャクガイの電気泳動結果であり、hがクログチの電気泳動結果であり、iがヒバリガイモドキの電気泳動結果であり、jがムラサキインコガイの電気泳動結果であり、kがアサリの電気泳動結果であり、lが混合プランクトンの電気泳動結果である。また、図2Bにおいて、aがミドリイガイの電気泳動結果であり、mがタイワンシジミの電気泳動結果であり、nがヤマトシジミの電気泳動結果であり、oがカキの電気泳動結果である。
【0086】
アニーリング温度の検討を行った結果、60℃でもっとも増幅効率が高かったため、この温度でのPCRを行うこととした。PCRの結果、ミドリイガイ成体から調製したDNAを鋳型とした場合は、PCR産物をアガロース電気泳動に供した場合、シングルバンドが確認できた。これは、配列番号3及び4のミドリイガイ検出用プライマーにより増幅した149bpのDNA断片であると考えられた。これに対し、ミドリイガイ成体以外から調製したDNAを鋳型とした場合には、バンドは一切確認できなかった。
【0087】
以上の結果から、配列番号3及び4のミドリイガイ検出用プライマー対は、ミドリイガイのミトコンドリアDNA上のCOI遺伝子の特定領域を特異的に認識して増幅することが判明した。
【0088】
さらに、上記と同様の実験を配列番号5及び6のキタノムラサキイガイ検出用プライマー対を用いて実施した。電気泳動写真を図8A及び図8Bに示す。尚、図8Aにおいて、aがキタノムラサキイガイの電気泳動結果であり、bがムラサキイガイの電気泳動結果であり、cがカワヒバリガイの電気泳動結果であり、dがコウロエンカワヒバリガイの電気泳動結果であり、eがミドリイガイの電気泳動結果であり、fがホトトギスガイの電気泳動結果であり、gがクジャクガイの電気泳動結果であり、hがクログチの電気泳動結果であり、iがヒバリガイモドキの電気泳動結果であり、jがムラサキインコガイの電気泳動結果であり、kがアサリの電気泳動結果である。また、図8Bにおいて、aがキタノムラサキイガイの電気泳動結果であり、lがタイワンシジミの電気泳動結果であり、mがヤマトシジミの電気泳動結果であり、nがカキの電気泳動結果であり、oが東京湾プランクトンの電気泳動結果であり、pが志津川湾プランクトンの電気泳動結果である。
【0089】
アニーリング温度の検討を行った結果、60℃でもっとも増幅効率が高かったため、この温度でのPCRを行うこととした。PCRの結果、キタノムラサキイガイ成体から調製したDNAを鋳型とした場合は、PCR産物をアガロース電気泳動に供した場合、シングルバンドが確認できた。これは、配列番号5及び6のキタノムラサキイガイ検出用プライマーにより増幅した155bpのDNA断片であると考えられた。これに対し、キタノムラサキイガイ成体以外から調製したDNAを鋳型とした場合には、バンドは一切確認できなかった。
【0090】
以上の結果から、配列番号5及び6のキタノムラサキイガイ検出用プライマー対は、キタノムラサキイガイのミトコンドリアDNA上のCOI遺伝子の特定領域を特異的に認識して増幅することが判明した。
【0091】
(実施例2)
本発明のプライマーを用いた定量分析について検討した。
【0092】
ムラサキイガイ成体から調製したDNAを鋳型とし、これを0.02〜2ng/μL(反応液の最終濃度)の範囲で濃度調整し、配列番号1及び2のムラサキイガイ検出用プライマーを用いて実施例1と同様の条件でPCRを行った。但し、PCRのサイクル数は25サイクルとした。電気泳動写真を図3に示す。図3に示されるように、0.02〜2ng/μLの範囲でバンドの濃淡が確認された。このように、鋳型DNAの濃度に応じてバンドに濃淡が生じることが確認されたことから、被験試料に含まれるムラサキイガイ幼生に含まれるDNAに起因するバンドの濃淡に応じて、ムラサキイガイ幼生の個体数の定量分析が可能であると考えられた。
【0093】
次に、ミドリイガイ成体から調製したDNAを鋳型とし、これを0.02〜2ng/μL(反応液の最終濃度)の範囲で濃度調整し、配列番号3及び4のミドリイガイ検出用プライマーを用いて実施例1と同様の条件でPCRを行った。但し、PCRのサイクル数は25サイクルとした。電気泳動写真を図4に示す。図4に示されるように、0.02〜2ng/μLの範囲でバンドの濃淡が確認された。このように、鋳型DNAの濃度に応じてバンドに濃淡が生じることが確認されたことから、被験試料に含まれるミドリイガイ幼生に含まれるDNAに起因するバンドの濃淡に応じて、ミドリイガイ幼生の個体数の定量分析が可能であると考えられた。
【0094】
次に、キタノムラサキイガイ成体から調製したDNAを鋳型とし、これを0.2〜20ng/μL(反応液の最終濃度)の範囲で濃度調整し、配列番号5及び6のキタノムラサキイガイ検出用プライマーを用いて実施例1と同様の条件でPCRを行った。但し、PCRのサイクル数は25サイクルとした。電気泳動写真を図9に示す。図9に示されるように、0.2〜20ng/μLの範囲でバンドの濃淡が確認された。このように、鋳型DNAの濃度に応じてバンドに濃淡が生じることが確認されたことから、被験試料に含まれるキタノムラサキイガイ幼生に含まれるDNAに起因するバンドの濃淡に応じて、キタノムラサキイガイ幼生の個体数の定量分析が可能であると考えられた。
【0095】
(実施例3)
ムラサキイガイ幼生から総DNAを抽出するための条件と定量分析について検討を行った。
【0096】
2009年7月24日に宮城県志津川湾で採集したムラサキイガイ成体から幼生を取り出し、幼生を得たのちに珪藻を与えながら飼育しD型幼生(殻長約106μm)から塩分を十分に洗い流した後、99.5%エタノールを十分に加えてエタノールに固定し、4℃で保存した。
【0097】
DNA抽出処理は、D型幼生を0、1、2、5、10、20、50、100、200個体含むエッペンドルフチューブ(すべてエタノールを乾燥させたもの)をそれぞれ3個ずつ用意して行った。
【0098】
フジフィルム社のQuick Gene DNA Tissue KitSによる多孔質メンブレンを利用したDNA抽出を行った。基本的にはこのキットに添付されたマニュアルに従って抽出した。即ち、DNA抽出用試料に180μLの抽出用バッファー(MDT)と20μLのEDTとを加えて撹拌混合処理した後、55℃で一定時間(1時間)インキュベートした(Proteinase K処理)。さらに180μLのバッファー(LDT)を加えて撹拌混合処理した後、70℃で10分間インキュベートした。次に、240μLの99.5%エタノールを加えて撹拌混合処理した後、QuickGeneMini80のカートリッジに全量処理サンプルを供した。このカートリッジに添加後に、加圧処理と750μLのWDTを加える操作を3回繰り返した(洗浄処理)。洗浄後、フィルターに吸着したDNAを100μLの溶出バッファー(CDT)によりDNAを溶出し、回収した。
【0099】
DNA抽出処理後の試料をリアルタイムPCRによる定量的解析に供して、Ct(Threshold Cycle)値を測定することにより、試料間のDNA抽出ばらつきを評価した。リアルタイムPCRによる定量的解析は、SYBR Premix Ex Taq(タカラバイオ)を用いたインターカレータ法により行った。
【0100】
反応液は、純水9.5μL、配列番号1に記載のプライマー(10μM)、配列番号2に記載のプライマー(10μM)それぞれ0.5μL(最終濃度0.2μM)、鋳型DNAを2μL、そしてSYBR Premix Ex Taq(x2)を12.5μLを混合して調製した。
【0101】
装置はSmart Cycler II(Cephied社)を使用して、95℃で初期変性した後、95℃を5秒、60℃を30秒のPCRを40サイクル繰り返し、最後に融解曲線確認のための反応(60℃−95℃)を実施した。そして反応後、各試料のCt(Threshold Cycle)値を測定した。
【0102】
その結果、上記のDNA抽出処理を行った場合の試料間のCt値ばらつきがDNeasy Tissue Kitによるシリカゲル膜を利用したDNA抽出処理を行った場合のCt値ばらつきよりも少ないことが明らかとなった。
【0103】
したがって、DNeasy Tissue Kitによるシリカゲル膜を利用したDNA抽出処理でも同様の定量化が可能であるが、フジフィルム社のQuickGene DNA tissue Kit Sを採用することがCt値ばらつきを抑える上で好適であることがわかった。また、Proteinase Kを添加した後のインキュベート時間を1時間として処理時間の低減を図れることがわかった。
【0104】
また、D型幼生をエッペンドルフチューブに収容し、乾燥後、ジルコニアボール(直径2mmまたは3mm)を数個(3〜5個)加えて、強く震盪することで幼生を破砕し、その後、上記のDNA抽出をしたところ、試料間のCt値ばらつきをさらに抑えて、定量の再現性及び精度を向上できることが明らかとなった。この破砕処理を行うことで、D型幼生の甲皮の堅さに起因するDNA抽出ばらつきを抑えて、定量の再現性及び精度を向上できることが明らかとなった。また、この破砕処理は多量の他種動物プランクトンを含む採集サンプルの場合にはさらに効率よくD型幼生のDNAを抽出できることもわかった。
【0105】
また、融解曲線を確認した結果、温度ピークがすべて単一であった。したがって、目的の増幅産物(98bpのDNA断片)のみが得られ、その定量が行われたことが明らかとなった。
【0106】
尚、他のインビトロジェン社のEasy−DNAキットやインビトロジェン社のDNeasy Tissue KitのDNA抽出処理を行った場合には、上記のDNA抽出処理を行った場合と比較して試料間のCt値ばらつきが若干大きくなったものの、これらのDNA抽出方法を否定するものではなく、試料のすり潰し操作や、DNA沈殿の回収操作の試料間ばらつきを抑えることで、また、上記の破砕処理をDNA抽出処理前に実施することで、上記のDNA抽出処理を行った場合と同程度のCt値ばらつきを達成することができると考えられる。
【0107】
次に、リアルタイムPCRによる定量性について評価した。前述の操作で最終的に得られた100μLのDNA溶液から2μLを鋳型とし、実施例2に示したリアルタイムPCRに供した。即ち、1、2、5、10、20、50、100及び200個体の幼生から抽出されたDNAを鋳型としたリアルタイムPCRのそれぞれの反応液には最終的には、0.02、0.04、0.1、0.2、0.4、1.0、2.0及び4.0個体相当の幼生が含まれることになる。
【0108】
ムラサキイガイ幼生を試料とした場合のリアルタイムPCRの結果を図5に示す。Ct値は異なる3バッチのサンプルから得られた鋳型DNAを用いた3回の実験の平均値を示している。リアルタイムPCRに供した反応液の幼生個体数は最終的には0.02、0.04、0.1、0.2、0.4、1.0、2.0及び4.0個体相当と非常に少なかったにも関わらず、幼生個体数の対数とCt値との間に高い相関性が認められることが確認された。即ち、D型幼生がDNA抽出液100μL中に1個体以上存在すれば、本発明のプライマーを用いたリアルタイムPCRにより、高い定量性をもって幼生の個体数の分析が可能であることがわかった。つまり、D型幼生の個体数が未知のサンプルにおいても、リアルタイムPCRを実施し、そのCt値を測定することで、正確な幼生個体数の推定ができると考えられた。
【0109】
次に、ミドリイガイの場合について検討した。2008年12月16日に東京湾で採集したミドリイガイの成体を十分に洗い流した後、99.5%エタノールを十分に加えてエタノールに固定し、4℃で保存した。この試料にDNA抽出処理を施し、配列番号3及び4のプライマー対を用いた以外は上記と同様の方法でリアルタイムPCRを行い、DNA量とリアルタイムPCRのCt値との相関について検討した。結果を図6に示す。図6に示されるように、DNA量とリアルタイムPCRのCt値との間には相関が見られ、試料のCt値からDNA量を推定できることが明らかとなった。ここで、各成長段階における幼生の遺伝子コピー数は既知であることから、試料のCt値から推定されるDNA量から、幼生個体数の定量を行うことが可能である。
【0110】
次に、キタノムラサキイガイの場合について検討した。2009年5月10日に宮城県志津川湾で採集したキタノムラサキイガイの成体を十分に洗い流した後、99.5%エタノールを十分に加えてエタノールに固定し、4℃で保存した。この試料にDNA抽出処理を施し、配列番号5及び6のプライマー対を用いた以外は上記と同様の方法でリアルタイムPCRを行い、DNA量とリアルタイムPCRのCt値との相関について検討した。結果を図10に示す。図10に示されるように、DNA量とリアルタイムPCRのCt値との間には相関が見られ、試料のCt値からDNA量を推定できることが明らかとなった。ここで、各成長段階における幼生の遺伝子コピー数は既知であることから、試料のCt値から推定されるDNA量から、幼生個体数の定量を行うことが可能である。
【符号の説明】
【0111】
1 DNAチップ
4 DNAプローブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(1)〜(3)のうち少なくとも一組のプライマー対を含むことを特徴とする海水性二枚貝検出用プライマーセット。
(1)配列番号1及び2で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むムラサキイガイ(Mytilus galloprovincialis)検出用プライマー対、
(2)配列番号3及び4で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むミドリイガイ(Perna viridis)検出用プライマー対
(3)配列番号5及び6で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むキタノムラサキイガイ(Mytilus trossulus)検出用プライマー対
【請求項2】
被験試料に対し、下記(1)〜(3)のうち一組以上のプライマー対を用いてPCRを行い、遺伝子増幅の有無により前記プライマー対に対応する種の海水性二枚貝幼生が前記被験試料に存在しているか否かを検出することを特徴とする海水性二枚貝幼生の検出方法。
(1)配列番号1及び2で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むムラサキイガイ(Mytilus galloprovincialis)検出用プライマー対、
(2)配列番号3及び4で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むミドリイガイ(Perna viridis)検出用プライマー対
(3)配列番号5及び6で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むキタノムラサキイガイ(Mytilus trossulus)検出用プライマー対
【請求項3】
被験試料に対し、下記(1)〜(3)のうち一組以上のプライマー対を用いてPCRを行い、前記PCRにおける遺伝子増幅量に基づき、前記プライマー対に対応する種の海水性二枚貝幼生の個体数が既知の複数の試料のそれぞれに対し前記プライマー対を用いてPCRを行うことにより前記海水性二枚貝幼生の個体数と遺伝子増幅量との関係を調べて予め作成された検量線を用いて、前記プライマー対に対応する種の海水性二枚貝幼生の前記被験試料中の個体数を定量することを特徴とする海水性二枚貝幼生個体数の定量方法。
(1)配列番号1及び2で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むムラサキイガイ(Mytilus galloprovincialis)検出用プライマー対、
(2)配列番号3及び4で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むミドリイガイ(Perna viridis)検出用プライマー対
(3)配列番号5及び6で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むキタノムラサキイガイ(Mytilus trossulus)検出用プライマー対
【請求項4】
前記PCRはリアルタイムPCRであり、前記遺伝子増幅量として前記リアルタイムPCRを行うことにより得られるCt値を利用することを特徴とする請求項3記載の海水性二枚貝個体数の定量方法。
【請求項5】
前記被験試料を分画処理してから前記PCRに供する請求項3または4に記載の海水性二枚貝幼生個体数の定量方法。
【請求項6】
配列番号1〜6で示される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むプライマーのうちの少なくとも1つのプライマーをプローブとして含む海水性二枚貝検出用キット。

【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図10】
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【図1A】
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【図1B】
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【図2A】
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【図2B】
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【図3】
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【図4】
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【図8A】
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【図8B】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−97922(P2011−97922A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−208780(P2010−208780)
【出願日】平成22年9月17日(2010.9.17)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】