説明

海水白点虫の凝集/不動化抗原タンパク質、DNAおよびそれらの利用

【課題】海産魚類の白点病の原因寄生虫である海水白点虫の駆除、感染防御方法の提供。具体的には、海水白点虫(Cryptocaryon irritans)の凝集/不動化抗原タンパク質、該凝集/不動化タンパク質をコードするDNA、寄生虫の凝集/不動化抗原に対する抗体、及び寄生虫の感染を防御するワクチンの提供。
【解決手段】海水白点虫の凝集/不動化抗原タンパク質、当該タンパク質をコードするDNA、当該DNAを発現させた遺伝子組み換え体、寄生虫の凝集/不動化抗原に対する抗体、及び寄生虫の感染を防御するワクチン。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、寄生虫の凝集/不動化に関わるタンパク質、それをコードするDNA及びそれらの使用に関する。具体的には、海水白点虫(Cryptocaryon irritans)の凝集/不動化抗原タンパク質、該凝集/不動化タンパク質をコードするDNA、寄生虫の凝集/不動化抗原に対する抗体及び寄生虫の感染を防御するワクチンに関する。
【背景技術】
【0002】
原生動物門繊毛虫綱に属する海水白点虫Cryptocaryon irritansは海水魚へ寄生し白点病を引き起こす。その結果として寄生魚は衰弱し死に至る。近年、養殖魚に対する海水白点虫の寄生は日本の養殖業において深刻な問題となっている。海水白点虫はヒラメParalichthys olivaceus、カンパチSeliola dumerili、ブリSeriola quinqueradiata、マダイPugrus major、トラフグに寄生することがこれまで報告されている。海水白点虫の生活史は淡水魚の白点病を引き起こす淡水白点虫Ichyhyophthitius multifiliisの生活史に類似し、淡水白点虫と同様に魚体内に寄生し宿主を死に至らしめるトロホント、及び遊泳体であるセロントのステージを有する。トロホントは魚の表皮及び鰓の上皮組織に寄生し、宿主の組織から栄養摂取し目に見えるほどの大きさまでに成長する。
【0003】
同じく原生動物門繊毛虫綱に属するTetrahymena thermophilaParamecium aurelia及び淡水白点虫は、その表面に凝集抗原を発現し、そのタンパク質をウサギに接種するとin vitroにてそれらを凝集させる抗体を産生することが明らかになっている(非特許文献1、2)。また、淡水白点虫に感染した魚は淡水白点虫の凝集抗原を認識し、in vitroにおいて淡水白点虫を凝集させる抗体を産生することが明らかになっている(非特許文献3、4)。免疫学的手法を用いた研究により、淡水白点虫の凝集抗原は繊毛の表面に発現していることが明らかになった(非特許文献3)。淡水白点虫のにおけるこの抗原の役割は明らかになっていないものの、精製したこの抗原をナマズ(チャネルキャットフィッシュIctalurus punctatus)に接種すると淡水白点虫に対する免疫ができ淡水白点虫の寄生を予防し、淡水白点虫を用いた攻撃試験においても生存率が向上する(非特許文献5)。同様に海水白点虫においてもセロントで免疫した魚はその後の感染に対して抵抗力ができることが知られている(非特許文献6)。
【0004】
【非特許文献1】BrunsPJ. Immobilization antigens of Tetrahymena pyriformis I. Assay and extraction. Exp Cell Res 1971; 65: 445-453.
【非特許文献2】Jones IG. 1965.Immobilization antigen in heterozygous clones of Paramecium aurelia.Nature 1965; 207: 769.
【非特許文献3】DickersonHW, Clark TG, Findly RC. 1989. Ichthyophthirius multufiliis hasmembrane-associated immobilization antigens. Journal of Protozool 1989;36:159-164.
【非特許文献4】IglesiasR, Parama A, Aivarez MF, Leiro J, Ubeira FM, Sanmertin ML. Philasteridesdicentrarchi (Ciliophora: Scuticociliatide) express surface immobilizationantigens that probably induce protective immune responses in turbots.Parasitology 2002; 126:125-134.
【非特許文献5】WangX, Dickerson HW. Surface immobilization antigens of the parasitic ciliate Ichthyophthiriusmultufiliis elicits protective immunity in channel catfish (Ictaluruspunctatus). Clin Diagn Lab Immunol 2002; 9: 176-181.
【非特許文献6】YoshinagaT, Nakazoe J. Acquired protection and production of immobilization antibodyagainst Cryptocaryon irritans (Ciliophora, Hymenostomatida) inmummichog (Fundulus heteroclitus). 魚病研究(Fish Pathol)1997; 32: 229-230.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、海産魚類の白点病の原因寄生虫である海水白点虫の駆除、感染防御方法を提供することを課題とする。具体的には、海水白点虫の凝集/不動化抗原タンパク質、該凝集/不動化タンパク質をコードするDNA、寄生虫の凝集/不動化抗原に対する抗体及び寄生虫の感染を防御するワクチンを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは鋭意研究の結果、海水白点虫のセロントで免疫したトラフグ及びウサギがin vitroにおいて海水白点虫のセロントを凝集させる抗体を産生することを見出し、セロント及びトロホントのTriton X-114抽出画分に対する免疫学的手法により、海水白点虫の凝集抗原を特定し、本発明を完成させた。この海水白点虫の凝集/不動化抗原はタンパク質はセロント及びトロホント表面の主要なタンパク質であり、凝集/不動化活性を有するウサギ及びトラフグの抗血清に認識される。
【0007】
本発明は、下記(1)のタンパク質を要旨とする。
(1) 以下の(a)、(b)、(c)又は(d)に示されるタンパク質。
(a)配列表配列番号2、4、6、8、又は10のいずれかのアミノ酸配列で示される海水白点虫(Cryptocaryon irritans)の凝集抗原タンパク質。
(b)配列表配列番号2、4、6、8、又は10のいずれかのアミノ酸配列で示される海水白点虫(Cryptocaryon irritans)の凝集抗原タンパク質のアミノ酸配列を有するタンパク質のアイソフォーム。
(c)配列表配列番号2、4、6、8、又は10のいずれかで示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、かつ海水白点虫の凝集抗原タンパク質の生物学的活性を有するタンパク質。
(d)配列表配列番号2、4、6、8、又は10のいずれかで示されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有し、かつ海水白点虫の凝集抗原タンパク質の生物学的活性を有するタンパク質。
【0008】
又、本発明は、前記タンパク質をコードするDNA、下記(2)、(3)のDNA、及びそれらDNAを含むベクター、さらにそのベクターを組み込んだ宿主を要旨とする。
(2) 上記(1)記載のタンパク質をコードするDNA。
(3) 以下の(a)、(b)、(c)、又は(d)に示されるDNAである請求項2記載のDNA。
(a)配列表配列番号1、3、5、7、又は9のいずれかで示されるDNA。
(b)配列表配列番号1、3、5、7、又は9のいずれかで示される塩基配列を含むDNA。
(c)配列表配列番号1、3、5、7、又は9のいずれかで示される塩基配列と80%以上の相同性を有する塩基配列を有し、かつ海水白点虫の凝集抗原タンパク質の生物学的活性を有するタンパク質をコードするDNA。
(d)配列表配列番号1、3、5、7、又は9のいずれかで示される塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNA。
【0009】
本発明は、下記(4)〜(7)を要旨とする。
(4) 上記宿主を培養し、その培養物から海水白点虫の凝集抗原タンパク質を採取することを特徴とする、海水白点虫の凝集抗原タンパク質を製造する方法。
(5) (4)の方法により得られた遺伝子組換タンパク質。
(6) 上記(1)又は(5)記載の海水白点虫の凝集抗原タンパク質を認識する抗体。
(6) 上記(1)又は(5)記載のタンパク質を含む、海水白点虫感染防御のためのワクチン。
(7) 上記(2)又は(3)に記載のDNAを含む、海水白点虫感染防御のためのDNAワクチン。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、海水白点虫の凝集抗原タンパク質、それをコードするDNA、該抗原を認識する抗体、ならびに該抗原を含むワクチンが提供され、海水白点虫の駆除及び感染の防御が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明におけるcDNAライブラリーの作製、遺伝子のクローニング、スクリーニングおよび塩基配列の決定等の分子生物学、寄生虫学、免疫学並びに生化学的な技術はJ.Sambrook, E.F.Fritsch & T.Maniatis (1989): Molecular Cloning, alaboratory manual, second edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press;Ed Harlow and David Lanc(1988):Antibodies, a laboratory manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press;獣医臨床寄生虫学編集委員会編(1998)、獣医臨床寄生虫学、文英堂、等の当業者に良く知られた文献に記載された方法に従って行えばよい。また、DNA解析は、GENETYX(ソフトウェアー開発社製)等のソフトウェアを用いて行うことができる。
【0012】
本発明のタンパク質は、配列番号2、4、6、8、又は10のいずれかに示すアミノ酸配列を有するもの、そのアイソフォーム、又は、その類似タンパク質、すなわち配列番号2、4、6、8、又は10のいずれかに示すアミノ酸配列を有するタンパク質と実質的に同等の性質を有し、アミノ酸配列中1個又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列を有するもの、又は海水白点虫の凝集/不動化抗原のアミノ酸配列と80%以上、好ましくは90%以上の相同性を有するものである。ここで、実質的に同質の性質とは、海水白点虫の凝集/不動化抗原タンパク質の生物学的活性を有することを意味し、生物学的活性を有するとは該タンパク質を摂取した宿主に海水白点虫を凝集/不動化する抗体を産生させることを意味する。
【0013】
本発明のDNAは、配列番号2、4、6、8、又は10のいずれかのアミノ酸配列を有する海水白点虫の凝集/不動化抗原タンパク質をコードする総てのDNAを含む。また、配列番号2、4、6、8、又は10のいずれかで示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、かつ海水白点虫の凝集/不動化抗原タンパク質の生物学的活性を有するタンパク質をコードする総てのDNAも含む。
【0014】
さらに本発明のDNAは、配列番号1、3、5、7、又は9のいずれかの塩基配列からなるDNA(海水白点虫の凝集/不動化抗原をコードするDNA)、あるいはこれらの配列を含むDNAである。又、これらのDNAと80%以上の相同性を有するDNA、さらにこれらのDNAと相補的な配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズする総てのDNAも含む。ここで、ストリンジェントな条件とは、海水白点虫の凝集/不動化抗原をコードするDNA配列と80%以上の相同性、好ましくは90%以上の相同性が配列間に存在するときのみハイブリダイゼーションが起こる条件を意味する。通常、完全ハイブリッドの融解温度より約5℃〜約30℃、好ましくは約10℃〜約25℃低い温度でハイブリダイゼーションが起こる場合をいう。ストリンジェントな条件については、J.Sambrookら、Molecular Cloning, A Laboratory Mannual, Second Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)に記載されており、ここに記載の条件を使用し得る。
【0015】
本発明の海水白点虫の凝集/不動化抗原をコードするcDNAは、以下のような方法で得ることができる。
海水白点虫のセロントは海水白点虫感染魚を飼育している水槽の底に付着しているシストから、トロホントは感染魚の鰓から採取することができる。セロントより、通常行われる方法または市販のmRNA単離キットを用いて、mRNA(poly(A)RNA)を精製する。例えば、セロントを、グアニジン試薬、フェノール試薬等で処理して全RNAを得た後、オリゴdT-セルロースやセファロース2B等を担体とするポリU-セファロース等を用いたアフィニティーカラム法、又はバッチ法によりpoly(A)+mRNAを得ることができる。
【0016】
このようにして得られたmRNAを鋳型として、逆転写酵素を用いて一本鎖cDNAを合成し、DNAポリメラーゼを用いて二本鎖DNAを合成し、適当なベクターに組み込んで、該ベクターを用いて大腸菌等を形質転換してcDNAライブラリーを作製する。cDNAは、適当な制限酵素とリガーゼを用いる通常の方法でベクターに組込むことができる。例えば、得られたcDNAを、適当な制限酵素で切断し、適当なベクターDNAの制限酵素部位に挿入してベクターに連結する方法などがある。この際、後述のベクター、宿主細胞を用いてcDNAライブラリーを得ることが出来る。
【0017】
このようにして得られたクローン化DNAライブラリーから、目的のDNAを選択する。選択方法として、イムノスクリーニング法、プラークハイブリダイゼーション法、コロニーハイブリダイゼーション法等の方法を用いることができる。例えば、得られたクローン群を、イソプロピル-1-チオ-β-D-ガラクトシド(IPTG)等の誘導物質によりタンパク質を発現させ、これをナイロン膜若しくはセルロース膜に転写し、目的タンパク質に対する抗体または該抗体を含む血清を用いて免疫学的に対応するクローンを選択することができる。このようにして調製したクローンから目的cDNAの塩基配列を決定する。
【0018】
塩基配列の決定は、例えば、マキサム・ギルバート法(Maxam,A.M. andGilbert, W.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA.,74,560,1977)又はジデオキシ法(Messing, Jet al.,Nucl.Acids Res.,9,309,1981)等により行うことができる。これらの原理を応用した塩基配列自動解析装置を用いて配列を決定することもできる。
【0019】
得られた目的DNAをポリメラーゼ連鎖反応(PCR)等の遺伝子増幅法により増幅することができる。PCRは、例えば、タンパク質核酸酵素「PCR法最前線−基礎技術から応用まで−」第4巻、第5号、1996年4月号増刊、共立出版に記載されている技術により行うことができる。目的のDNAをクローン化又は増幅した後、目的DNAを回収し、これを入手可能な適当な発現ベクターに組み込んで、さらに適当な宿主細胞に形質転換し、適当な培地中で培養、発現させ、目的タンパク質を回収、精製することができる。
【0020】
この際のベクターとして、プラスミド、ファージ、ウイルス等の宿主細胞において複製可能である限りいかなるベクターも用いることができる。例えば、pBR322、pBR325、pUC118、pUC119、pKC30、pCFM536等の大腸菌プラスミド、pUB110等の枯草菌プラスミド、pG-1、YEp13、YCp50等の酵母プラスミド、λgt110、λZAPII等のファージのDNA等が挙げられ、哺乳類細胞用のベクターとしては、バキュロウイルス、ワクシニアウイルス、アデノウイルス等のウイルスDNA、SV40とその誘導体等が挙げられる。ベクターは、複製開始点、選択マーカー、プロモーターを含み、必要に応じてエンハンサー、転写終結配列(ターミネーター)、リボソーム結合部位、ポリアデニル化シグナル等を含んでいてもよい。
【0021】
ベクターは、商業的に入手可能なものを使用することができ、例えば細菌性のものではpHSG299 (宝バイオ社製)、pQE70、pQE60、pQE-9(キアゲン社製)、pBluescriptII、ptrc99a、pKK223-3、pDR540、pRIT2T(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)、pT7blue 、pET-11a(ノバジェン社製)等がある。
【0022】
複製開始点として、大腸菌ベクターに対して、例えばColiE1、R因子、F因子由来のものが、酵母ベクターに対して、例えば2μmDNA、ARS1由来のものが、哺乳類細胞用ベクターに対して、例えばSV40、アデノウイルス、ウシパピローマウイルス由来のものを用いることができる。また、プロモーターとしてアデノウイルス又はSV40プロモーター、大腸菌lacまたはtrpプロモーター、ファージラムダPLプロモーター、酵母用としてのADH、PHO5、GPD、PGK、AOX1プロモーター、蚕細胞用としての核多角体病ウイルス由来プロモーター等を用いることができる。
【0023】
選択マーカーとして、大腸菌用ベクターには、カナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子等を、酵母用ベクターには、Leu2、Trp1、Ura3遺伝子等を、哺乳類細胞には、ネオマイシン耐性遺伝子、チミジンキナーゼ遺伝子、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子等を挙げることができる。
【0024】
DNAのベクターへの導入は、任意の方法で行うことができる。ベクターは、種々の制限部位をその内部に持つポリリンカーを含んでいるか、または単一の制限部位を含んでいることが望ましい。ベクター中の特定の制限部位を特定の制限酵素で切断し、その切断部位にDNAを挿入することができる。本発明のDNAおよび調節配列を含む発現ベクターを適切な宿主細胞の形質転換に用いて、宿主細胞に本発明の海水白点虫凝集/不動化抗原を発現、産生させることができる。
【0025】
宿主としては、大腸菌、ストレプトミセス、枯草菌等の細菌細胞、アスペルギルス属菌株等の真菌細胞、パン酵母、メタノール資化性酵母等の酵母細胞、ドロソフィラS2、スポドプテラSf9等の昆虫細胞、CHO、COS、BHK、3T3、C127等の哺乳類細胞等が挙げられる。形質転換は、塩化カルシウム、リン酸カルシウム、DEAE-デキストラン介在トランスフェクション、エレクトロポーレーション等の公知の方法で行うことができる。
【0026】
得られたリコンビナントタンパク質は、各種の分離精製方法により、分離・精製することができる。例えば、硫酸アンモニウム沈殿、ゲルろ過、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等を単独でまたは適宜組合せて用いることができる。この際、発現産物がGST等との融合タンパク質として発現される場合は、目的タンパク質と融合しているタンパク質またはペプチドの性質を利用して精製することもできる。例えばヒスチジンが6個以上並んだアミノ酸配列、いわゆるヒスチジンタグとの融合タンパク質として発現させた場合、ヒスチジンタグを有するタンパク質はキレートカラムに結合するので、キレートカラムを用いて精製することができる、またGSTとの融合タンパク質として発現させた場合、GSTはグルタチオンに対して親和性を有するので、グルタチオンを担体に結合させたカラムを用いるアフィニティークロマトグラフィーにより効率的に精製することができる。
【0027】
海水白点虫の凝集/不動化抗原に対する抗体は、以下のようにして調製することができる。該凝集/不動化抗原タンパク質を抗原として、当業者に良く知られた方法に従い例えばマウス、モルモット、ウサギ、ヤギ等の動物の皮下、筋肉内、腹腔内、静脈に複数回接種し、十分に免疫した後、動物から採血し、血清分離し、抗回虫感染幼虫16kDa抗原抗体を作製することができる。この際、適当なアジュバントを使用することもできる。モノクローナル抗体も公知の方法により作製し得る。例えば、海水白点虫の凝集/不動化抗原で免疫したマウスの脾細胞とマウスのミエローマ細胞との細胞融合により得られるハイブリドーマを作製し、該ハイブリドーマの培養上清又は該ハイブリドーマを腹腔内に投与したマウスの腹水から調製することができる。免疫抗原として用いる海水白点虫の凝集/不動化抗原は、海水白点虫から抽出した天然タンパク質、組換えタンパク質でもよいし、化学合成したものでもよい。また、全アミノ酸配列を有するタンパク質でも良いし、該タンパク質の部分構造を有するペプチドフラグメントや他のタンパク質との融合タンパク質でも良い。ペプチドフラグメントは該タンパク質を適当なタンパク質分解酵素で分解した断片も用い得るし、配列番号1、3、5、7、又は9のいずれかに示す塩基配列の一部を発現ベクターに組み込んで発現させた産物でも良い。融合タンパク質は、配列番号1、3、5、7、又は9のいずれかに示す塩基配列の一部を他のタンパク質をコードする遺伝子と連結させて、発現ベクターに組み込んで発現させて製造することもできるし、ポリペプチドフラグメントを適当なキャリアタンパク質と化学結合により結合させた上で使用することもできる。得られた抗体の反応性は、酵素免疫測定法(EIA)、放射免疫測定法(RIA)、ウエスタンブロッティング等の当業者によく知られた方法により測定することができる。
【0028】
海水白点虫の凝集/不動化抗原を、海水白点虫感染防止のためのワクチンとして用いることができる。ワクチンとして用いる海水白点虫の凝集/不動化抗原タンパク質は、海水白点虫から抽出した天然タンパク質、組換えタンパク質でもよいし、化学合成したものでもよい。また、全アミノ酸配列を有するタンパク質でも良いし、該タンパク質の部分構造を有するペプチドフラグメントや他のタンパク質との融合タンパク質でも良い。フラグメントの場合、フラグメントが海水白点虫の感染を防御する抗体(中和抗体)が認識するエピトープ(中和エピトープ)を含んでいることが必要である。ペプチドフラグメントは該タンパク質を適当なタンパク質分解酵素で分解した断片も用い得るし、配列番号1、3、5、7、又は9のいずれかに示す塩基配列の一部を発現ベクターに組み込んで発現させた産物でも良い。
【0029】
ワクチンは、1種又は数種のアジュバント、例えばフロイントの完全若しくは不完全アジュバント、コレラトキシン、易熱性大腸菌毒素、水酸化アルミニウム、カリウムミョウバン、サポニン若しくはその誘導体、ムラミルジペプチド、鉱物油または植物油、NAGO、ノバソームまたは非イオン性ブロック共重合体、DEAEデキストラン等を含むことができる。また、医薬上許容される担体を含んでいてもよい。医薬上許容される担体は、例えば、無菌水または無菌生理塩溶液であることが可能である。より複雑な形態の場合には、該担体は例えばバッファーであることが可能である。
【0030】
本発明のワクチンは、通常の能動免疫法で投与することができ、注射により投与する全身性ワクチンでも、注射によらず経口投与等により投与する粘膜誘導型ワクチンでもあり得る。すなわち、予防的に有効な量(すなわち、海水白点虫による攻撃に対して動物において免疫を誘導する抗原を発現しうる免疫化抗原)にて、剤形に適合した方法による単回または反復投与により投与することができる。ワクチンは、筋肉内、腹腔内、静脈内、または経口的に投与することができる。また、本発明のワクチンは、同じおよび/または他の寄生虫の他の抗原成分と有効に混合することが可能である。
ワクチンの投与量、投与回数は対象魚類により変わり得るが、例えば本発明の海水白点虫の凝集/不動化抗原を魚体重1kgに対し0.1〜100mg、好ましくは1〜50mgを1週間から数週間に一度の頻度で、1〜数回投与することにより防御免疫を誘導し得る。
【0031】
本発明の配列番号2、4、6、8、又は10のいずれかで示される32 kDaタンパク質は海水白点虫の凝集/不動化抗原であり、淡水白点虫の場合と同様に海水白点虫の攻撃試験においてその感染を防ぐものである。同じく原生動物門繊毛虫綱に属するT. thermophilaP. aurelia及びI. multifiliisについて報告されている表面抗原の分子量は約40-250 kDaであり、本発明の32 kDaタンパク質も細胞外において何らかの機能を有するGPIアンカータンパク質であると考えられる。32 kDaタンパク質はBLAST searchを用いた相同性検索でParamecium tetraureliaの51A surface protein (GenBank: 159973)、Paramecium primaureliaのG surface protein (GenBank: 3452505)及びTetrahymena thermophilaのSerH3 immobilization antigen (GenBank: 102396)に相同性を示し、また、SMART programで周期的なシステイン残基を有するParamecium属の表面抗原に似たモチーフを有することが分かった。本発明の32kDaタンパク質はセロント及びトロホント表面の主要なタンパク質であり、ウサギ及びトラフグの凝集/不動化活性を有する血清により検出された。淡水白点虫の凝集/不動化抗原の接種はナマズに免疫を与え、その後の淡水白点虫の感染を防ぎ、攻撃試験での生存率を向上させる。本発明の32 kDaタンパク質も同様に海水白点虫の感染を防ぐワクチンとして使用できるといえる。
32 kDaタンパク質の塩基配列解析から、海水白点虫ではTAA及びTAGコドンがグルタミンのコドンとして使用されていることがわかった。32 kDaタンパク質遺伝子は魚へのワクチン接種のために組換えタンパク質の生産に用いることができるが、その場合、これらの遺伝コードの違いから32 kDaタンパク質コード遺伝子内のTAAコドンを、淡水白点虫の場合のアッセンブリーPCRのようなDNA点変異体作製手法を用いてグルタミンの通常コドンであるCAA若しくはCAGに変える必要がある。
【0032】
以下に本発明の実施例を記載するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0033】
ウサギ及びトラフグ血清の凝集/不動化活性
1.魚の飼育
当研究所で孵化したトラフグ (約150 g)を、20トンのポリカーボネート製の水槽で飼育した。水槽には砂で濾過し、紫外線照射した海水を1.2L/分の流速で供給した。餌には市販の3mmのペレット飼料(日本水産株式会社製)を用い、魚体重の3%の量を一日2度給餌した。使用した海水は年間を通じ、塩分濃度34 ppt、pH 8.1、化学的酸素要求量1.0 mg/lであった。
試験前に任意に10尾採取しその鰓及び皮膚を顕微鏡下にて観察し、試験に使用するフグが寄生虫に感染していないことを確かめた。
【0034】
2.寄生虫の飼育
海水白点虫は当研究所において、100L水槽、水温25±1℃で飼育したマダイを宿主として維持してきた。海水白点虫のシストは水槽の底に付着するので、水槽の底にスライドガラスを並べて15時間後にシストが付着したスライドガラスを回収した。セロントは、回収したスライドガラスを25℃に保持した海水を含む300mLビーカー内で5〜8日後孵化させ実験には孵化後12時間以内のものを用いた。トロホントは顕微鏡下で感染魚の鰓を解剖しパスツールピペットを用いて回収した。孵化したセロントはセルストレーナー(直径:2.7cm、メッシュ:5μm)を用いて濃縮した。更にセロントを含む海水を1.5mLチューブに移し2000g/5分の遠心分離を行い、海水を除去した。セロント及びトロホントは試験まで-80℃で保存した。
【0035】
3.魚の免疫
実施例1のトラフグを用い、抗体価の経時変化を観察するために、超音波破砕した実施例2で得られたセロント(0.5mg/kg(魚体重))をFCA(フロイント完全アジュバンド)と混合しトラフグ腹腔内(11個体)に接種して免疫した。また、陰性対照としてBSA(ウシ血清アルブミン)を同様にトラフグ(9個体)に接種した。初回の接種の2週間後に同量を同法にて追加免疫した。追加免疫の2、6及び10週後に少量の血液を尾部静脈から採取し血清を得た。血清は試験まで-80℃に保存した。
【0036】
4.ウサギの免疫
セロントに対する抗血清の作製は雌のニホンシロウサギを用いて行った。セロントはFIA(フロイント不完全アジュバンド)と混合した後に背側皮下に20箇所接種した。初回には400μg(約1,000,000個体)、追加免疫(2週間おきに計3回)には200μg(約500,000個体)のセロントを用いた。初回免疫から8週間後に採血を行い、4℃で凝固させた後に300×g、5分間の遠心分離を行い、血清を得た。血清は56℃で30分間インキュベーションすることで非働化し、試験で使用するまで-80℃で保存した。
【0037】
5.凝集/不動化アッセイ
凝集/不動化アッセイは基本的にはクラークら(Clark TG, Dickerson HW, Findly RC. Immune response of channel catfish to ciliary antigens of Ichthyophthirius multifiliis. Dev Comp Immunol 1988; 12: 581-594)の方法に従って行った。約100個体の寄生虫を含む海水(990μL)を24穴プレートに分注し海水で希釈した血清(10μL)を加え25℃で1時間インキュベーションした。凝集は顕微鏡(BX50、オリンパス光学社製)下で観察し、凝集した個体を計数した後に50μLのホルマリンを加えウエルに含まれる全個体数を計数した。凝集の活性は(凝集した個体数)/(全個体数)×100で算出した。各血清について、トリプリケートでアッセイを行った。
【0038】
この結果、セロントで免疫したウサギ及びトラフグ血清中では、セロントは遊泳出来なくなり底に凝集体を形成した(図1)。免疫した血清では1/100希釈で凝集がみられたものの、免疫していない血清では1/10希釈でも殆ど凝集はみられなかった。
トラフグ及びウサギの抗セロント血清がin vitroにおいてセロントを凝集したことはT. thermophilaP. aureliaI. MultifiliisP. dicentrarchi 及びN. gillerae と同様にセロントがその表面上に凝集/不動化抗原を発現していることを示すものである。顕微鏡による観察においてセロントの繊毛の凝集がみられたことから、上記の他の繊毛虫と同様に海水白点虫の凝集/不動化抗原はその繊毛の表面上で発現していると考えられる。
【実施例2】
【0039】
トラフグ血清中の抗体価
1.トラフグIgMの調製
免疫も感染もしていないトラフグから採取した血清を硫酸アンモニウムによる沈殿法で粗分画し、IgMを含む画分を10mMのPBSで透析した。次いでSephacryl S-300 HR(アマシャムファルマシア バイオサイエンス社製)を用いたゲル濾過に供した。ゲル濾過は0.216 mL/分の流速で行い280 nmの吸収度合で溶出タンパク質の濃度をモニタリングした。IgMを含む画分をSDS-PAGEに供し、IgMの重鎖(約75kDa)及び軽鎖(約25kDa)と考えられるバンドをゲルから切り出し回収した。ゲルからタンパク質を溶出させ、ウサギへの免疫に用いた。
【0040】
2.ELISA
凍結保存しておいたセロントを融解後、PBSに懸濁し終濃度50μg/mLとした。このセロント懸濁液を96穴プレート(Greiner Labortechnik社製)にウエル当たり100μL加え室温で2時間インキュベーションした。ブロックエースで室温、2時間のブロッキングを行った後に1/100に希釈したトラフグ血清を加え、終夜4℃でインキュベーションした。プレートをPBS-Tで3度洗浄した後に1/1,000希釈したウサギ抗トラフグIgM血清、及び1/25,000希釈したアルカリフォスフォターゼ結合ヤギ抗ウサギIgG抗体(Kirkegaard & Perry Laboratories社製)でそれぞれ室温、2時間のインキュベーションを行った。発色はAlkaline-Phosphatase Substrate (バイオラッド社製)を用いて行い405nmの吸収をTECAN Rainbow Thermo (和光純薬工業社製)を測定することで抗体価の測定を行った。各血清について3度ずつ試験を行い、その平均値を用いた。結果を図2に示す。
【0041】
この結果、追加免疫の2週間後にはセロントに対する明らかな抗体の産生がみられ、対照区のそれと較べ有意なものであった(Student’s t-test; P < 0.001)。405nmの吸収は2-6週の間に最大値を示した。
また、図3に実施例1の結果とELISAによる抗体価との相関を示した。これより、凝集/不動化活性とセロントに対する抗体価には一定の相関があることが分かった。この結果はウサギ及びトラフグ内でセロントの表面抗原特異的な抗体が産生され、それらが凝集/不動化活性に寄与していることを示すものである。
【実施例3】
【0042】
凝集/不動化抗原の同定
1.海水白点虫からの膜タンパク質の抽出
海水白点虫からの膜タンパク質の抽出は、以前に報告されているTriton X-114(シグマ−アルドリッチ社製)を用いた相分離にて行った(Journal of Protozool 1989; 36:159-164、J Biol Chem. 1981; 256: 1604-1607)。凍結保存していた海水白点虫を融解後、1.5 mLチューブ内で氷冷した100μL、10 mM Tris-HCl (pH 7.5)に懸濁した。次いで等量の抽出バッファー(10 mM Tris-HCl, pH 7.5, 300mM NaCl, 2 % [v/v] Triton X-114)を加え氷上で1時間のインキュベーションを行った。細胞骨格タンパク質を100,000×g、60分間、4℃の遠心分離で除き、得られた上清を分離バッファー(10 mM Tris-HCl (pH 7.5), 150 mM NaCl and 0.06% (v/v) Triton X-114)に重層した。32℃、5分間のインキュベーションの後にTriton X-114の相を300×g、3分間、室温の遠心分離を行い分離した。再度、上清を回収し終濃度が0.5%(v/v)になるようにTriton X-114を加え氷上にて1時間のインキュベーションを行った。再度、上清を先の分離バッファーに重相後、32℃、5分間のインキュベーションを行い、300×g、3分間、室温の遠心分離を行い、膜タンパク質を含むTriton X-114の相を分離した。Triton X-114の相を回収し、9倍量の氷冷したアセトンを加え、氷上にて1時間のインキュベーションを行った後、遠心分離(16,000 g/20分)でタンパク質を沈殿させた。遠心分離後にアセトンを除去し、真空ポンプにて乾燥させた後に100μLの10 mM Tris-HCl (pH 7.5)に懸濁し、使用するまで-80℃で保存した。
【0043】
2.膜タンパク質の精製
白点虫の膜タンパク質をMini Q PC 3.2/3カラム(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を用いた陰イオン交換クロマトグラフィーで分離した。陰イオン交換クロマトグラフィーは0.2ml/minの流速で0.5% NP 40 and 0.5% Triton X-100を含む50 mM Tris-HCl緩衝液(pH 9.5)を用い、0-0.5 M NaClの直線勾配でタンパク質の溶出を行った。結果を図4に示す。又、C膜タンパク質を含むフラクションをultrafiltration spin column (Vivascience社製)を用いた限外濾過で濃縮し、残った界面活性剤を除くためにアセトン沈殿に供した。尚、分画はインジェクション1分後から、1チューブ/分で7分まで行った。沈殿はPBSにけん濁し-80℃で保存した。
【0044】
この結果、精製膜タンパク質は、0.5% NP 40 及び0.5% Triton X-100を含む50 mM Tris-HCl (pH 9.5)緩衝液中ではMini Qカラムに結合せずフロースルー画分にみられた(図5)。一方、狭雑タンパク質はカラムに結合しグラジエントバッファー中にみられた。
【0045】
3.SDS-PAGE、イムノブロット及びN末端アミノ酸配列解析
SDS-PAGEは4-20%のポリアクリルアミドのグラジエントゲルを用いて行い(10μg/レーン)、クマシーブリリアントブルー(CBB)を用いて染色した。タンパク質の分子量はバイオラッド社製の分子量マーカーと比較することで推定した。SDS-PAGEで分離したタンパク質は、Trans-Blot SD Semi-Dry Transfer Cell (バイオラッド社製)を用いて2mA/cm2で電気的に1時間かけてPall Fluoro Trans W Membranes (日本ジェネティクス社製)に転写した。転写後、0.1%(v/v)のTween 20を含むブロックエース(大日本製薬社製)でブロッキングを行った。次いでメンブレンを希釈したトラフグ(1/100 (v/v))及びウサギ血清(1/1,000 (v/v))中で、室温1時間のインキュベーションを行った。メンブレン上のタンパク質に結合したトラフグ抗体は、1/1,000希釈したウサギ抗トラフグIgM血清、及び1/25,000希釈したアルカリフォスフォターゼ結合ヤギ抗ウサギIgG抗体(Kirkegaard & Perry Laboratories社製)でそれぞれ室温1時間のインキュベーションを行った後に、nitroblue tetrazolium (NBT)/5-bromo-4-chloro-3-indolyl phosphate (BCIP) substrate(ロシュ・ダイアグノスティックス社製)で発色させ検出した。メンブレン上のタンパク質に結合したウサギ抗体は、アルカリフォスフォターゼ結合ヤギ抗ウサギIgG抗体で室温、1時間のインキュベーションを行った後にNBT/BCIPで発色し検出した。
メンブレン上の約32 kDaのタンパク質バンドは更にPPSQ-21 protein sequencer (島津製作所社製)を用いたN末端アミノ酸配列解析に供した。イムノブロット解析は、セロントの主要膜タンパク質10 ng (ウサギ血清) 5 μg (トラフグ血清) をエレクトロブロット法によりPDVF膜上に転写した。
【0046】
この結果、Triton X-114を用いた相分離で抽出されるセロントの膜の構成成分が凝集活性に関与していると考えられた。セロント全体を電気泳動した場合(図6、レーン1)には様々なタンパク質がみられるが、セロント膜抽出画分を電気泳動した場合(図6、レーン2(非還元状態下)及びレーン3(還元状態下))には約32 kDaのタンパク質が主要なタンパク質であることが分かる。イムノブロットによる解析を行ったところ、非還元状態においてセロントで免疫したウサギ及びトラフグ血清によって強く検出された(図7)。一方、還元状態下ではこのウサギ血清では殆ど検出されず、このトラフグ血清では全く検出されなかった。
約32 kDaタンパク質のN末端アミノ酸配列解析の結果を配列表配列番号11に示す。
【実施例4】
【0047】
セロントの間接免疫蛍光染色
兎抗セロント血清10μlを40μlの精製膜タンパク質(10mg/ml)溶液、若しくはBSA溶液(10mg/ml)(陰性対照)を混合し室温で3時間のインキュベーションを行った。使用する前に10,000g/10分の遠心分離を行い、沈殿物を除去した。
さらに精製膜タンパク質の局在を調べるために、セロントの関節免疫蛍光染色を行った。セロントは飼育水に終濃度1%になるようにホルマリンを加え固定を行い、5μmのメッシュフィルターを用いて回収した。ホルマリン固定したセロントを蒸留水で数回洗浄した後にスライドガラスにスポットし室温で風乾した。抗体の非特異的な結合を防ぐためにブロックエースでブロッキングをした後に上記の吸収血清を血清の最終濃度が1/200になるようにPBS-Tで希釈しセロントとのインキュベーションを室温で2時間行った。PBS-Tで3度洗浄を行った後にPBS-Tで400倍希釈したAlexa結合ヤギ抗兎IgG抗体とインキュベーションを室温で2時間行った。PBS-Tで3度洗浄を行った後にProlong Antifade Kit (Molecular Probes社製)で包埋し共焦点レーザー顕微鏡(FLUOVIEW FV300、オリンパス光学社製)で観察した。
【0048】
前述の吸収した血清を用いたイムノブロットを行ったところ、BSAで吸収した抗血清では精製膜タンパク質が検出されたが、精製膜タンパク質で吸収した抗血清では精製膜タンパク質が検出されず、精製膜タンパク質による抗血清の吸収が成功したものと判断された(図8)。これらの血清を用いて不動化アッセイを行ったところ、BSAで吸収した抗血清では白点虫の凝集がみられたが、精製膜タンパク質で吸収した抗血清では凝集は殆ど見られなかった。また、精製膜タンパク質の局在を調べるためにこれらの抗血清を用いてセロントの間接免疫蛍光染色を行った所、BSAで吸収した抗血清では白点虫の繊毛が強く染色されたが、精製膜タンパク質で吸収した抗血清では殆ど染色されず、この結果精製膜タンパク質は繊毛表面に発現されているものと考えられた(図9)。
【実施例5】
【0049】
約32 kDaタンパク質の遺伝子の単離
セロントからの全RNAの抽出はRNeasy Midi kit (キアゲン社製)を用いて行い、5’/3’ rapid amplification of cDNA ends (RACE) kit(ロシュ・ダイアグノスティックス社製)を用いてcDNAの合成を行った。32 kDaタンパク質のN末端アミノ酸配列解析結果から縮重プライマーを合成し(配列表配列番号12)、3’-RACE法で増幅断片を得た。増幅(PCR)は25μL HotStarTaq Master Mix (キアゲン社製)、10 pM 縮重プライマー及びアンカープライマー、及び1μL cDNAを含む50μLの反応液中で、94℃で15分間インキュベーションした後に94℃/30秒、55℃/1分及び72℃/2分30秒のサイクルを30回行い、最後に72℃で10分間のインキュベーションを行った。次いで5’-RACEのために5’-Full RACE Core Set (宝バイオ社製)及び5’リン酸化オリゴヌクレオチド(配列表配列番号13)を用いてcDNAの合成を行った。更に合成cDNAを鋳型に25μL HotStarTaq Master Mix (キアゲン社製)、10 pM プライマーセット(配列表配列番号14及び15)、及び1 μL cDNAを含む50 μLの反応液中で、94℃で15分間インキュベーションした後に94℃/30秒、58℃/1分及び72℃/2分のサイクルを30回行い、最後に72℃で10分間のインキュベーションを行った。更に5’及び3’側に固有の配列からプライマーを設計し、得られた塩基配列の確認を行った。シークエンスはDNAシークエンサー(モデル3100、アプライドバイオシステムズ社製)を用いて解析を行い、PCRでのエラーを避けるために5クローンの解析を行った。この結果、5種類のcDNAが得られた。DNA及びアミノ酸配列を配列表配列番号1、3、5、7、又は9(DNA配列)及び配列番号2、4、6、8、又は10(アミノ酸配列)にそれぞれ示す。また、増幅DNA断片はそれぞれpHSG299(宝バイオ社製)にサブクローニングし、 JM109 competent cells(宝バイオ社製)を形質転換した。
【0050】
この結果、本発明タンパク質は309アミノ酸残基をコードしていた。32 kDaタンパク質の遺伝子において、TAA及びTAGコドンはTetrahymena属及びParamecium属と同様にグルタミンのコドンであることが推測された。また、この遺伝子内においてParamecium属と同様にトレオニンのコドンはACT及びACAが用いられる傾向にあった。更にこの遺伝子の演繹アミノ酸配列にはKyte-hydropathyプロットによってGPIアンカータンパク質に特有なC末端側に疎水性の高い領域が見られた(図10)。big-PI Predictorプログラムを用いた解析を行ったところ、C末端側ペプチド鎖が切断されGPIが付加されるアミノ酸は315番目のセリンであると推測された。一方、SMARTプログラムを用いた解析を行ったところParamecium属の表面抗原に特有なシステインの繰返し構造と似たモチーフを有することが分かった(図11)。
【実施例6】
【0051】
トロホントのイムノブロット及びRT-PCR解析
トロホント表面上においてもセロントと同様に32 kDaタンパク質が発現しているかを調べるためにイムノブロットによる解析を行った。セロント及びトロホントからの全RNAの抽出は実施例1と同様に行い、cDNAの合成はProSTAR First-Strand RT-PCR kit (ストラタジーン社製)を用いて行った。逆転写産物は5’及び3’に特有なプライマー(配列表配列番号16及び17)を用いて、実施例4と同様の反応系で35回のPCRサイクルで行った。増幅産物(984bp)及び分子量マーカーを1.5%アガロースゲルにて電気泳動し、エチジウムブロマイドで染色した。PCRで目的とする遺伝子を増幅しているかを確認するため、増幅されたDNA断片をサブクローニングし、シークエンス解析に供した。
【0052】
この結果、トロホントのTriton X-114抽出画分にはSDS-PAGE上で約32 kDaのタンパク質が主要なタンパク質としてみられ、このタンパク質はウサギ抗セロント血清によるイムノブロットで検出することが出来た(図12)。RT-PCRの結果、セロント及びトロホントの両方において予想された位置(984 bp)にバンドがみられた(図13)。また、シークエンス解析の結果、このPCR産物はサブクローニングして目的とする32 kDaタンパク質遺伝子の部分配列を有することを確認した。
【実施例7】
【0053】
大腸菌による組換えタンパク質の発現
白点虫から得たcDNAには終止コドン(TAA)がグルタミンコドンとして用いられていたこと、更にはレアコドンが多く用いられていたため、配列表配列番号1のN末端側のシグナル配列を除いたタンパク質をコードする合成遺伝子の作製を行った。5μL 10x PCR buffer(ストラタジーン社製)、4μL 250 mM dNTPs、0.5U Pfu DNA ポリメラーゼ(ストラタジーン社製)及び100bp若しくは80bpの10pM DNAオリゴ(シグマジェノシス社、配列表配列番号18〜35)を含む50 μLの反応系で94℃/30秒、63℃/1分及び72℃/4分の反応を10サイクル行った。更にこの反応産物を鋳型にしてプライマー(配列表配列番号36及び37)を用いて94℃/30秒、63℃/1分及び72℃/3分の反応を30サイクル行った。得られたDNA断片をpHSG299(宝バイオ社製)にサブクローニングしシークエンスを確認した。得られたDNA断片の配列を、配列表配列番号38に示す。さらにこのプラスミドをBam HI及びEco RIで制限酵素消化を行い、得られたDNA断片をpCold II(宝バイオ社製)にサブクローニングし発現ベクターを得た。更にこの発現ベクターを用いて発現用宿主大腸菌BL21(DE3)pLysSを形質転換した。組み換えタンパク質の発現は形質転換体をLB培地で37℃にて振とう培養しOD600が0.4になったところで培養液を15℃で1時間冷却した。培養液に終濃度1 mMになるようにIPTGを添加し、15℃で24時間振とう培養を行った。培養後、遠心分離で大腸菌を回収し、100mM Tris-HCl(pH8.0)、500mM NaCl、8M 尿素、20mM イミダゾールで可溶化しHis-Trap HP(GEヘルスケアバイオサイエンス社)に供した。カラムの10倍量の100mM Tris-HCl(pH8.0)、500mM NaCl、8M 尿素、20mM イミダゾールでカラムを洗浄後に、100mM Tris-HCl(pH8.0)、500mM NaCl、8M 尿素、500mM イミダゾールでカラムに結合したタンパク質を溶出し、本発明の組換えタンパク質を得た。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明により、海水白点虫の凝集/不動化抗原タンパク質、該凝集/不動化タンパク質をコードするDNA、寄生虫の凝集/不動化抗原に対する抗体及び寄生虫の感染を防御するワクチンを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】実施例1の凝集/不動化アッセイにおいて、1/100希釈したセロントで免疫したウサギ又はトラフグの血清の添加によって凝集したセロントの写真を表す。(A、Bはウサギ血清、Cはトラフグ血清を添加したもの)
【図2】実施例2におけるセロントで免疫したトラフグの血清のセロントに対する抗体価の経時変化を示した図を表す。(●はセロント摂取したトラフグ血清、○はウシ血清アルブミンを摂取したトラフグ血清を用いたコントロールである。各点は、各血清を添加したときの、405nmでの吸光度の平均値±標準誤差を示す。*印はコントロール群と比較して、Student’st-testでP < 0.001の有意差があることを意味する)
【図3】実施例1の凝集/不動化活性と実施例2のセロントに対する抗体価の相関性を示す図を表す。(1:100希釈した血清の凝集/不動化活性と血清のELISA活性の相関性を示す。○は免疫前の魚の血清、△は免疫2週間後、◇は免疫6週間後のデータを示す。点線は、回帰直線(Y = 0.0016X + 0.0675, R2 = 0.6796)である。)
【図4】本発明膜タンパク質精製における陰イオン交換クロマトグラフィーの溶出プロファイルを表す。点線はNaclのグラジエント曲線、上部左の太線は分画した箇所を示す。
【図5】本発明膜タンパク質精製におけるフラクションのSDS-PAGEの結果を表す。上部数字は画分番号を示し、2はインジェクション後2〜3分の画分、同様に3は3〜4分の画分、4は4〜5分の画分、5は5〜6分の画分、6は6〜7分の画分をそれぞれ示す。
【図6】セロント全体(レーン1)及びセロント膜抽出画分(レーン2)の非還元状態下SDS-PAGE、及びセロント膜抽出画分の還元状態下SDS-PAGE(レーン3)の結果をそれぞれ表す。
【図7】非還元状態においてセロントで免疫したウサギ及びトラフグ血清によるイムノブロット解析を示す図を表す。(レーン1;ウサギ抗セロント血清、レーン2;ネガティブコントロールとしてBSAとトラフグ抗血清、レーン3;トラフグ抗セロント血清。左端の数値は分子量マーカーを示している。32 kDaの抗原は矢印で示した部分である。)
【図8】兎抗セロント血清の本発明精製膜タンパク質による吸収のイムノブロットの結果を示す。レーン1はBSAで吸収した抗血清(陽性対象)、レーン2は膜タンパク質で吸収した抗血清の結果をそれぞれ示す。
【図9】抗血清を用いたセロントの間接免疫蛍光染色の結果を表す。1及び2はBSAで吸収した抗血清、3及び4は精製膜タンパク質で吸収した抗血清を用いた結果であり、1及び3は蛍光観察画像、2及び4はそれぞれ1及び3の透過画像を表す。
【図10】本発明タンパク質のKyte-hydropathyプロット(疎水性指標)を示す図を表す。
【図11】本発明タンパク質のアミノ酸配列とParamecium tetraurelia 51A (51A PAR) の表面抗原を並べて示した図を表す。(*印は同一のアミノ酸である部分を示す。四角で囲ったのは、システインの繰返し構造モチーフである。)
【図12】トロホントのイムノブロットを表す。非還元下におけるトロホントの主要膜タンパク質のSDS-PAGE(レーン1)とウサギ抗セロント血清によるイムノブロットの結果(レーン2)を示す。左端の数値は分子量マーカーを示している。32 kDaの抗原は矢印で示した部分である。
【図13】トロホントのRT-PCR解析の結果を表す。レーン1がセロント、レーン2がトロホントである。
【配列表フリーテキスト】
【0056】
配列番号:11
N末端アミノ酸配列
配列番号:12
縮重プライマー
配列番号:13
プライマー
配列番号:14
プライマー
配列番号:15
プライマー
配列番号:16
プライマー
配列番号:17
プライマー
配列番号:18
プライマー
配列番号:19
プライマー
配列番号:20
プライマー
配列番号:21
プライマー
配列番号:22
プライマー
配列番号:23
プライマー
配列番号:24
プライマー
配列番号:25
プライマー
配列番号:26
プライマー
配列番号:27
プライマー
配列番号:28
プライマー
配列番号:29
プライマー
配列番号:30
プライマー
配列番号:31
プライマー
配列番号:32
プライマー
配列番号:33
プライマー
配列番号:34
プライマー
配列番号:35
プライマー
配列番号:36
プライマー
配列番号:37
プライマー
配列番号:38
合成cDNA

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)、(b)、(c)又は(d)に示されるタンパク質。
(a)配列表配列番号2、4、6、8、又は10のいずれかのアミノ酸配列で示される海水白点虫(Cryptocaryon irritans)の凝集抗原タンパク質。
(b)配列表配列番号2、4、6、8、又は10のいずれかのアミノ酸配列で示される海水白点虫(Cryptocaryon irritans)の凝集抗原タンパク質のアミノ酸配列を有するタンパク質のアイソフォーム。
(c)配列表配列番号2、4、6、8、又は10のいずれかで示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、かつ海水白点虫の凝集抗原タンパク質の生物学的活性を有するタンパク質。
(d)配列表配列番号2、4、6、8、又は10のいずれかで示されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有し、かつ海水白点虫の凝集抗原タンパク質の生物学的活性を有するタンパク質。
【請求項2】
請求項1記載のタンパク質をコードするDNA。
【請求項3】
以下の(a)、(b)、(c)、又は(d)に示されるDNAである請求項2記載のDNA。
(a)配列表配列番号1、3、5、7、又は9のいずれかで示されるDNA。
(b)配列表配列番号1、3、5、7、又は9のいずれかで示される塩基配列を含むDNA。
(c)配列表配列番号1、3、5、7、又は9のいずれかで示される塩基配列と80%以上の相同性を有する塩基配列を有し、かつ海水白点虫の凝集抗原タンパク質の生物学的活性を有するタンパク質をコードするDNA。
(d)配列表配列番号1、3、5、7、又は9のいずれかで示される塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNA。
【請求項4】
請求項2又は3のDNAを含むベクター。
【請求項5】
請求項4のベクターを組み込んだ宿主。
【請求項6】
請求項5の宿主を培養し、その培養物から海水白点虫の凝集抗原タンパク質を採取することを特徴とする、海水白点虫の凝集抗原タンパク質を製造する方法。
【請求項7】
請求項6記載の方法で得られた遺伝子組換タンパク質。
【請求項8】
請求項1又は7記載の海水白点虫の凝集抗原タンパク質を認識する抗体。
【請求項9】
モノクローナル抗体である、請求項8の抗体。
【請求項10】
請求項1又は9記載のタンパク質を含む、海水白点虫感染防御のためのワクチン。
【請求項11】
請求項2又は3記載のDNAを含む、海水白点虫感染防御のためのDNAワクチン。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図10】
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【図11】
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【図1】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2008−61607(P2008−61607A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−244538(P2006−244538)
【出願日】平成18年9月8日(2006.9.8)
【出願人】(000004189)日本水産株式会社 (119)
【Fターム(参考)】