説明

海産魚類の寄生虫症予防及び治療方法

【課題】魚類に薬効成分が残留するような心配がなく、環境水を汚染することもなく、しかも魚類に及ぼす影響も少ない寄生虫症の予防・治療方法を提供する。
【解決手段】寄生虫の生存に必須である金属イオンを除去した海水又は人工海水で水浴させることを特徴とする海産魚類の寄生虫症予防及び/又は治療方法である。海水又は人工海水から除去する、寄生虫の生存に必須の金属イオンとしては、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオンのいずれか1種以上が好ましく、カルシウムイオン及びマグネシウムイオンの両イオンを除去するのが特に好ましい。さらに、金属イオンの除去による浸透圧の低下を補正した海水又は人工海水を用いるのが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海産魚類に発生する寄生虫症の予防及び治療方法に関する。
【背景技術】
【0002】
魚類に発生する寄生虫症は成長阻害の原因となり、死に至ることもある。養殖業においては、養殖魚の寄生虫症による損害は深刻な問題であり、種々の対応方法が検討されている。対応方法は大きくわけて、寄生虫症に有効な成分を飼料に添加して経口投与する方法と、有効成分を溶解させた水に魚類を浸漬させる方法がある。後者の例としては、ホルマリン浴、高塩分水浴、淡水浴、薬浴等が知られている(特許文献1〜5参照)。
淡水浴は寄生虫を駆除することができるが、魚類にとっても負担であり、例えば、ブリ類の場合、5分以上淡水浴すると鰓から出血し、斃死する場合があるため、淡水浴の時間は通常5〜10分程度に限られている。
【0003】
【特許文献1】特開平6−284835号
【特許文献2】特開平9−94036号
【特許文献3】特開平10−72344号
【特許文献4】特開2000−16937号
【特許文献5】特開2000−23587号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、魚類に薬効成分が残留するような心配がなく、環境水を汚染することもなく、しかも魚類に及ぼす影響も少ない寄生虫症の予防・治療方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
海産魚類の寄生虫駆除のために淡水浴が行われている。淡水浴の作用機序としては浸透圧の違いによるものであろうと考えられてきたが、今回、発明者らは、淡水浴の効果が浸透圧の差によるものではなく、寄生虫にとって必須成分である特定の金属の欠如によるものであることを見出し、本発明を完成させた。すなわち、淡水を使用しなくても、海水に含まれる金属イオンのうち特定のイオンを除去することにより、寄生虫に対して淡水と同程度の効果を示すことが確認された。
【0006】
本発明は、寄生虫の生存に必須の金属イオンを除去した海水又は人工海水で水浴させることを特徴とする海産魚類の寄生虫症予防及び/又は治療方法を要旨とする。海水から金属イオンを除去する方法は、当該金属イオンを含まない人工海水を製造するか、金属イオンをキレート剤によりキレートさせるか、又は金属イオンを不溶化する物質を添加して金属塩として沈殿させるなどの方法により行うことができる。海水又は人工海水から除去する、寄生虫の生存に必須の金属イオンとしては、ナトリウムイオン(Na)、カリウムイオン(K)、カルシウムイオン(Ca2+)、マグネシウムイオン(Mg2+)のいずれか1種以上が好ましく、特にカルシウムイオン及びマグネシウムイオンの2種の金属イオンを除去するのが好ましい。また、金属イオンの除去により変動する浸透圧を元の海水と同程度に戻るよう補正するのが好ましい。
【0007】
本発明は、寄生虫の生存に必須の金属イオンを除去した人工海水の素を要旨とする。寄生虫の生存に必須の金属イオンとしてはナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオンのいずれか1種以上が好ましく、特にカルシウムイオン及びマグネシウムイオンの2種の金属イオンを除去した人工海水の素とするのが好ましい。また、金属イオンの除去により変動する浸透圧を元の海水と同程度に戻るよう補正した人工海水の素が好ましい。さらに、本発明は、海産魚類の寄生虫の予防及び/又は治療用と明記した寄生虫の生存に必須の金属イオンを除去した人工海水の素を要旨とする。
【発明の効果】
【0008】
従来の淡水浴と比べ魚に及ぼす影響が少なく、且つ、寄生虫症予防・治療効果において淡水浴と同等な効果が得られる。特殊な薬剤等を使用しないため、魚肉への薬剤の蓄積や環境への影響等の恐れがない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は、寄生虫対策のため行われている淡水浴の代わりに特定の金属イオンを除去した海水または人工海水を使用して水浴を行うものである。既知の淡水浴のやり方、設備をそのまま使用することができる。淡水浴に比べて魚に対する負担が少ないので、従来の淡水浴よりも長い時間水浴させることが可能である。
本発明の対象となる海産魚類は、フグ科(トラフグ)、タイ科(マダイ、クロダイ)、アジ科(ブリ、ヒラマサ、カンパチ、ヒレナガカンパチ)、ハタ科(クエ、チャイロマルハタ、サラサハタ、マハタ)、サケ科(ギンザケ、アトランティックサーモン、トラウト、キングサーモン)、カレイ類(ヒラメ、ホシガレイ)など、広範な種類の魚類である。体表や鰓に寄生虫が寄生する魚類であれば本発明の対象とすることができる。また、稚魚から成魚にわたって対象とすることができる。
【0010】
本発明の対象となる魚類寄生虫は、体表や鰓に寄生する寄生虫である。特に、実施例で示されたネオベネデニア、ヘテロボツリウム等の単生虫に属する寄生虫、例えば、ヘテラキシネ(Heteraxine)、ビバギナ(Bivagina)、ヘテロボツリウム(Hererobothrium)、ベネデニア(Benedenia)、ネオベネデニア(Benedenia serilae ; Neobenedenia)、ギロダクチルス(Gyrodactylus)等、また、50%海水で飼育すると増殖しないことが知られている原虫に属する寄生虫、例えば、白点虫(Cryptocaryon sp , Ichthyophithirius sp)、トリコジナ(Trichodina sp)、スクーチカ(Scuticociliatida)、イクチオボド(Ichthyobodo sp)、シュードダクチロギルス(Pseudodactylogyrus)等が例示される。
本発明において、寄生虫の生存に必須の金属イオンとは、ナトリウムイオン(Na)、カリウムイオン(K)、カルシウムイオン(Ca2+)、マグネシウムイオン(Mg2+)が例示される。特にカルシウムイオン及びマグネシウムイオンの両方を除去することにより寄生虫の生存率を淡水浴と同程度に低下させることができ好ましい。
【0011】
本発明において、金属イオンを除去した海水又は人工海水とは、海水からイオン交換樹脂などにより特定の金属イオンを除いたもの、あるいは、金属イオンのキレート剤などにより金属イオンを沈殿させたものなどを用いることができる。また、必要な塩を配合して、特定の金属イオン以外の海水成分を配合した人工海水を使用することもできる。
本発明で用いることができるキレート剤としてはクエン酸のような食品添加物として使用できるものを直接投入してもよいし、EDTAのような金属塩封鎖能力の高いキレート剤を使用することもできる。EDTA等を使用する場合、EDTAが回収可能なように、ポリマーなどに結合させ使用し、投入して金属イオンをキレートした後、沈殿物としてEDTAを回収するのが好ましい。キレート剤の使用量(g/リットル)は、「金属塩(mg/リットル)/キレート剤1gで封鎖できる金属塩量(mg)」により計算して用いる。
本発明では、金属塩と反応し、金属塩を沈殿物とする物質を投入することにより金属イオンを除去することもできる。例えば、炭酸ナトリウムを海水に投入することで、カルシウム塩は炭酸カルシウム沈殿となるため不溶化される。カルシウム、マグネシウムは炭酸塩、燐酸塩などにすることにより不溶性の塩となる。
【0012】
人工海水の成分組成は種々知られているが、主成分は塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、pH緩衝剤であり、それに、その他の微量成分が追加される。本発明の効果を得るためには、寄生虫に必須の金属イオンが除去されていれば良いので、いずれの成分組成の人工海水であっても適用することができる。特定の金属イオンを除去した場合、浸透圧、pHは元の人工海水に近い方が魚にとっての負担が少ないので、塩化ナトリウムなどの塩類を用いて調節するのが好ましい。
本発明において水浴させるとは、通常の飼育水から本発明の金属イオンを除いた海水に一定時間魚を移すことである。通常、魚を網ですくって水浴槽に入れ、一定時間経過後、元の飼育水に戻すということを行う。淡水浴で使用されている方法であれば、いずれの方法でも良い。
本発明の水浴液は淡水よりも魚にとって負荷の少ないものであるから、従来淡水浴が行われている魚種について、淡水浴に採用されている条件と同等の条件(水浴時間等)で水浴を実施すればよい。さらに淡水浴よりも水浴時間を長くすることもできる。
【0013】
本発明の特定の金属イオンを除去した海水で魚類を水浴すると、実施例で示したように寄生虫の成虫を駆除することができるだけでなく、寄生虫の卵の孵化率も低下させることができる。これらの両効果により魚類の寄生虫症の予防及び/又は治療することができる。
本発明の寄生虫の生存に必須の金属イオンを除去した人工海水の素とは、人工海水の素として販売されている塩類の混合物から特定の金属イオンを除いたものである。マグネシウムイオンとカルシウムイオンを除いたものが好ましい。塩化ナトリウム等の塩類を用いて浸透圧、pH等を通常の人工海水と同程度に調節したものが好ましい。この人工海水の素を適切な濃度になるよう一定量の水に溶解し、魚類を水浴させることにより寄生虫症を予防及び/又は治療することができる。
【0014】
以下に本発明の実施例を記載するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0015】
<Na、K、Ca2+および Mg2+を単独で除去した人工海水の抗ネオベネデニア活性(in vitro 試験)>
Na、K、Ca2+および Mg2+を単独で除去した人工海水を作製し、これら海水のネオベネデニア( Neobenedenia girellae 、ハダ虫)成虫に対する致死効果を調べた。
【0016】
材料と方法
試験区:人工海水区(対照区)、Na除去人工海水区、K除去人工海水区、Ca2+除去人工海水区、Mg2+除去人工海水区、蒸留水区(淡水区)の6区とした。
人工海水:対照区の人工海水の組成は塩化ナトリウム0.4638M、塩化カリウム0.01M、塩化カルシウム・2水和物0.0092M、塩化マグネシウム・6水和物0.0359M、硫酸マグネシウム・7水和物0.0175M、Hepes 0.01M(pH8.0)とした。 これをベースとしてNa、K、Ca2+およびMg2+除去人工海水を調整した。また、Na除去人工海水の浸透圧調節剤としてマンニトール(糖)を、K、Ca2+および Mg2+除去人工海水の浸透圧調節剤として塩化ナトリウムを用い、それらを加えることで浸透圧の不足分を補った。
ネオベネデニアへの人工海水の曝露:孵化後12〜15日のネオベネデニア成虫を、人工海水を含む12穴ディッシュにそれぞれ20個体ずつ入れた。各穴を人工海水で2回洗浄した後、通常人工海水、蒸留水、それぞれの金属イオンを単独で除去した人工海水を添加し、25℃で2時間培養した。培養開始5、10、15、20、25、30、60 および 120 分後に本虫の生存率を調べた。
【0017】
結果と考察
結果を図1に示した。人工海水区(対照区)の生存率は100%であった。蒸留水区は培養開始5分後に全ての本虫が死亡した。従って、養殖現場で実施されている淡水浴の有効性が示された。一方、金属イオン除去人工海水区では、Na除去人工海水区、Ca2+除去人工海水区、K除去人工海水区で明らかな生存率の低下が認められた。その中でもNa除去人工海水区の生存率が最も低く、その生存率は60分後で6.7%、120分後では4.2%であった。Ca2+除去人工海水区およびK除去人工海水区の生存率は120分後で50%程度であった。従って、これら金属イオンは本虫の恒常性を保つために必須であり、Na、KおよびCa2+いずれかを除去した海水、または含まない人工海水は、魚類寄生虫に対し駆虫効果を有することが明らかとなった。
【実施例2】
【0018】
<Ca2+および Mg2+を単独または複合的に除去した人工海水の抗ネオベネデニア活性(in vitro 試験)>
Ca2+および Mg2+を単独または複合的に除去した海水を作製し、これら海水のネオベネデニア( Neobenedenia girellae 、ハダ虫)成虫に対する致死効果を調べた。
【0019】
材料と方法
試験区:人工海水区(対照区)、Ca2+除去人工海水区、Mg2+除去人工海水区、Ca2+及びMg2+を人工海水の1/2量としたCa2+,Mg2+1/2除去海水区、Ca2+及びMg2+を人工海水の1/4量としたCa2+,Mg2+3/4除去海水区、Ca2+及びMg2+を含まないCa2+,Mg2+除去海水区、蒸留水区(淡水区)の7区とした。
人工海水:対照区の人工海水の組成は、塩化ナトリウム0.4638M、塩化カリウム0.01M、塩化カルシウム・2水和物0.0092M、塩化マグネシウム・6水和物0.0359M、硫酸マグネシウム・7水和物0.0175M、Hepes 0.01M(pH8.0)とした。これをベースとしてCa2+及びMg2+除去人工海水を調整した。また、Ca2+及びMg2+除去人工海水の浸透圧調節剤として塩化ナトリウムを用い、それを加えることで浸透圧の不足分を補った。
ネオベネデニアへの人工海水の曝露:孵化後12〜15日のネオベネデニア成虫を、人工海水を含む12穴ディッシュにそれぞれ20匹ずつ入れた。各穴を人工海水で2回洗浄した後、通常人工海水、蒸留水、それぞれのイオン除去人工海水を添加し、25℃で2時間培養した。培養開始5、10、15、20、25、30、60 および 120 分後に本虫の生存率を調べた。また、各人工海水が虫体にどのような影響を及ぼしているのかを組織学的に検討するために、それぞれの海水で飼育した本虫を採取し、透過型電子顕微鏡を用いて観察した。
【0020】
結果と考察
本虫生存率の結果を図2に示した。人工海水区(対照区)の本虫生存率は100%であった。イオン除去人工海水試験区では、Mg2+除去海水区を除く全ての区で明らかな本虫生存率の低下が見られ、実施例1の結果が再現された。その中でもCa2+,Mg2+除去海水区の本虫生存率が最も低く、その生存率は5分後で24.2%、10分後では3.7%であった。本試験区において、培養開始20分で全ての本虫の死亡が観察された。Ca2+,Mg2+除去海水区の全ての寄生虫を死亡させるのに要する時間は蒸留水区と同等な値であり、Ca2+,Mg2+除去海水(人工海水)の本虫致死効果(駆虫効果)は淡水浴と同等であると考えられた。Ca2+,Mg2+1/2除去海水区、Ca2+,Mg2+3/4除去海水区は、同様に致死効果(駆虫効果)を示したが、その効果はCa2+,Mg2+除去海水区と比べ低く、その値はCa2+除去人工海水区と同等であった。以上の結果は、単独で金属イオンを除去したものよりも複合的に金属イオンを除去した方が本虫の生存率を低下させるのに有効であることを示している。
組織観察の結果を図3に示した。Ca2+除去人工海水およびCa2+,Mg2+除去海水に曝露し死亡した本虫の体後方の組織を調べたところ、細胞間に大きな間隙が多数形成されていた。一方、対照の人工海水暴露個体ではそのような間隙は観察されなかった。Ca2+とMg2+は細胞接着に関わっていることが知られている。細胞接着因子の一つであるカドヘリンはCa2+依存的であることが明らかにされている。これらのことから、Ca2+除去海水、Ca2+とMg2+複合除去海水は本虫の細胞間の結合力を弱め、本虫を死亡させると考えられた。
【実施例3】
【0021】
<Ca2+およびMg2+を単独または複合的に除去した人工海水の抗ネオベネデニア活性・in vivo 試験>
Ca2+およびMg2+を単独または複合的に除去した海水を作製し、これら海水の宿主に寄生しているネオベネデニア( Neobenedenia girellae 、ハダ虫)成虫に対する致死効果を調べた。
【0022】
材料と方法
試験区:天然海水区、人工海水区(対照区)、Ca2+除去人工海水区、Mg2+除去人工海水区、Ca2+及びMg2+を人工海水の1/2量としたCa2+,Mg2+1/2除去人工海水区、Ca2+及びMg2+を人工海水の1/4量としたCa2+,Mg2+3/4除去人工海水区、Ca2+及びMg2+を含まないCa2+,Mg2+除去人工海水区の7区とした。
人工海水:対照区の人工海水の組成は塩化ナトリウム0.4638M、塩化カリウム0.01M、塩化カルシウム・2水和物0.0092M、塩化マグネシウム・6水和物0.0359M、硫酸マグネシウム・7水和物0.0175M、Hepes 0.01M(pH8.0)とした。これをベースとしてCa2+及びMg2+除去人工海水を調整した。また、Ca2+及びMg2+除去人工海水の浸透圧調節剤として塩化ナトリウムを用い、それを加えることで浸透圧の不足分を補った。
宿主に寄生しているネオベネデニアへの海水の曝露:孵化後12〜15日のネオベネデニア成虫約200個体寄生しているホシガレイを、各試験海水4リットルを含む10リットル水槽へ移し、1時間飼育した。1時間後に本虫の生存有無を調べ、生残率を算出した。同試験を3回実施した。
【0023】
結果と考察
結果を図4に示した。Ca2+除去人工海水区およびCa2+,Mg2+除去人工海水区の本虫生存率はそれぞれ67.4%、14.7%であり、Ca2+除去人工海水区とCa2+,Mg2+除去人工海水区で明らかな駆虫効果が認められた。また、これら海水条件下において、ホシガレイに異常遊泳などの外観的な異常は観察されなかった。金属イオン除去海水の場合、淡水と比べ魚に及ぼす影響が少なく且つ淡水浴と同等な効果が得られるため、これら金属イオン除去海水(人工海水)は観賞用を含む海産魚の寄生虫駆除用薬浴剤として利用できることが示された。
【実施例4】
【0024】
<Na、K、Ca2+およびMg2+を単独で除去した人工海水のヘテロボツリウム卵に対する孵化阻止作用(in vitro 試験)>
Na、K、Ca2+およびMg2+を単独で除去した海水を作製し、これら海水のヘテロボツリウム(Heterobothrium okamotoi、エラ虫)卵に対する孵化阻止作用を調べた。
【0025】
材料と方法
試験区:天然海水区、人工海水区(対照区)、Na除去人工海水区、K除去人工海水区、Ca2+除去人工海水区、Mg2+除去人工海水区の6区とした。
人工海水:対照区の人工海水の組成はVan’t Hoffのものとした。1リットル当たりの組成は、塩化ナトリウム26.75g、塩化カリウム0.75g、塩化カルシウム0.51g、塩化マグネシウム3.42g、硫酸マグネシウム2.1g、重炭酸0.21gであった。これをベースとしてNa、K、Ca2+およびMg2+イオン除去人工海水を調整した。
ヘテロボツリウム卵への人工海水の曝露:産卵されてから12時間以内の卵を回収し、各試験海水300mlを含むプラスチックビーカーへ移し、14日間、25℃で培養した。各区に供試した卵数は約500個であった。毎日、卵を顕微鏡で観察するとともに試験海水を交換した。培養開始14日後に、孵化率を算出した。
【0026】
結果と考察
結果を図5に示した。人工海水区(対照区)の孵化率は93.0%であり、天然海水と同等な孵化率を示した。一方、金属イオン除去海水区の孵化率は、対照区と比べ全ての区で明らかに低い値となった。従って、金属イオン除去海水は魚類寄生虫に対する駆虫作用だけではなく、寄生虫卵の孵化を阻止する作用も有することが明らかとなった。
以上の結果から、金属イオン除去海水、特にCa2+及びMg2+複合除去海水は淡水浴と同等の駆虫効果を持ち、宿主に与える影響が小さいことから、水浴液として有効であると考えられる。特に、外界の影響を受けやすい仔稚魚に対する寄生虫対策に大きな効果を発揮する。また、これら海水は孵化阻止作用を有しており、長期間にわたり飼育するような、海産魚の陸上循環養殖時の寄生虫予防且つ治療用として飼育水に利用可能である。
【実施例5】
【0027】
<Ca2+およびMg2+を単独または複合的に除去した人工海水のブリに及ぼす影響検討試験>
Ca2+およびMg2+を単独または複合的に除去した海水を作製し、これら海水のブリへの影響を調べた。
【0028】
材料と方法
試験区:天然海水区、人工海水区(対照区)、Ca2+除去人工海水区、Mg2+除去人工海水区、Ca2+及びMg2+を人工海水の1/4量としたCa2+・Mg2+3/4除去人工海水区、Ca2+ 及びMg2+を含まないCa2+・Mg2+除去人工海水区、蒸留水区(淡水浴区)の 7 区とした。
人工海水:対照区の人工海水の組成は塩化ナトリウム 0.4638M、塩化カリウム 0.01M、塩化カルシウム・2水和物 0.0092M、塩化マグネシウム・6水和物 0.0359M、硫酸マグネシウム・7水和物 0.0175M、Hepes 0.01M (pH8.0) とした。これをベースとしてCa2+及びMg2+除去人工海水を調整した。また、Ca2+及びMg2+除去人工海水の浸透圧調整剤として塩化ナトリウムを用い、それを加えることで浸透圧の不足分を補った。
ブリへの各試験海水および淡水の曝露:ブリの幼魚3個体を各試験海水20リットルを含む100リットル水槽へ移し、1 時間飼育した。飼育時間中、ブリを観察し、1 時間後に生残率を算出した。また、各人工海水がブリにどのような影響を及ぼしているのかを組織学的に検討するために、それぞれの海水で飼育したブリの鰓を採取し、組織学的観察を行った。
【0029】
結果と考察
ブリ生残率の結果を図6に示した。人工海水区(対照区)のブリ生残率は100%であった。蒸留水区(淡水区)では、飼育開始後 7 〜10 分で全てのブリが鰓から出血し、死亡した。一方、金属イオン除去人工海水区では、1時間の処理において、全ての区で全供試魚が生存していた。ネオベネデニア(Neobenedenia girellae 、ハダムシ) 成虫に対する致死効果がもっとも高かったCa2+・Mg2+除去人工海水区においても異常遊泳などの外観的な異常は観察されなかった。このことから、長時間の淡水浴は宿主に大きなダメージを与えること、金属イオン除去人工海水浴は淡水浴に比べ宿主に与える影響がはるかに少ないことが判明した。
組織観察の結果を図7に示した。天然海水区では鰓組織に異常は観察されなかった。蒸留水区では二次鰓弁の上皮細胞、二次鰓弁間細胞や壁柱細胞の膨張が観察され、一部では二次鰓弁からこれら細胞の剥離も観察された。Ca2+・Mg2+除去人工海水区では一部の細胞の膨張が観察されたが、天然海水区と大きな差は認められなかった。
以上のことより、金属イオン除去海水は淡水に比べブリに与える影響は著しく小さく、寄生虫駆除用薬浴剤として利用できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明の金属イオン除去海水(人工海水)は養殖魚、観賞用魚を含む海産魚の寄生虫駆除用水浴液として利用できる。本発明の金属イオン除去海水(人工海水)は海産魚の陸上循環養殖用飼育水として、寄生虫防除目的で利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】各種金属イオンを1種類ずつ除去した人工海水の抗ネオベネデニア活性(in vitro 試験)を示す図である。
【図2】各種金属イオンを1種類または2種類除去した人工海水の抗ネオベネデニア活性(in vitro 試験)を示す図である。
【図3】金属イオンを除去した人工海水で培養した寄生虫の組織を透過型電子顕微鏡により観察した写真である。
【図4】各種金属イオンを1種類または2種類除去した人工海水の宿主に寄生した寄生虫に対する抗ネオベネデニア活性(in vivo 試験)を示す図である。
【図5】各種金属イオンを1種類ずつ除去した人工海水のヘテロボツリウム卵に対する孵化阻止作用(in vitro 試験)を示す図である。
【図6】各種金属イオンを1種類または2種類除去した人工海水にてブリ幼魚を1時間飼育した際の生残率を示す図である。
【図7】天然海水、蒸留水、Ca2+・Mg2+除去人工海水で1時間飼育したブリの鰓の組織の写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
寄生虫の生存に必須である金属イオンを除去した海水又は人工海水で水浴させることを特徴とする海産魚類の寄生虫症予防及び/又は治療方法。
【請求項2】
海水から金属イオンを除去する方法が、金属イオンをキレート又は不溶化する物質の添加によるものである請求項1の海産魚類の寄生虫症予防及び/又は治療方法。
【請求項3】
海水又は人工海水から除去する、寄生虫の生存に必須の金属イオンが、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオンのいずれか1種以上である請求項1又は2の海産魚類の寄生虫症の予防及び/又は治療方法。
【請求項4】
海水又は人工海水から除去する、寄生虫の生存に必須の金属イオンが、カルシウムイオン及びマグネシウムイオンである請求項3の海産魚類の寄生虫症の予防及び/又は治療方法。
【請求項5】
寄生虫の生存に必須である金属イオンを除去し、金属イオンの除去による浸透圧の変動を補正した海水又は人工海水を用いる請求項1ないし4いずれかの海産魚類の寄生虫症の予防及び/又は治療方法。
【請求項6】
寄生虫の生存に必須の金属イオンを除去した人工海水の素。
【請求項7】
寄生虫の生存に必須の金属イオンがナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオンのいずれか1種以上である請求項6の人工海水の素。
【請求項8】
寄生虫の生存に必須の金属イオンがカルシウムイオン及びマグネシウムイオンである請求項6の人工海水の素。
【請求項9】
寄生虫の生存に必須である金属イオンを除去し、金属イオンの除去による浸透圧の変動を補正した請求項6、7又は8の人工海水の素。
【請求項10】
海産魚類の寄生虫の予防及び/又は治療用と明記した請求項6ないし9いずれかの人工海水の素。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図3】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−306834(P2006−306834A)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−356671(P2005−356671)
【出願日】平成17年12月9日(2005.12.9)
【出願人】(000004189)日本水産株式会社 (119)
【Fターム(参考)】