説明

消化管ムチンの糖鎖に特異的に結合するポリペプチド

【課題】 ピロリ菌の増殖を抑制する胃腺粘液由来ムチンを分離するために必要な、胃ムチンに結合するポリペプチドを提供すること。
【解決手段】 グリコシルハイドロラーゼファミリー89(GH89)に属するα−N−アセチルグルコサミニダーゼの糖鎖結合モジュール(CBM)領域を少なくとも1つ含むポリペプチドからなる、消化管ムチン、特に胃ムチンの糖鎖に特異的に結合するポリペプチド。特に、クロストリジウム パーフリンジェンス(Clostridium
perfringens) strain13由来のα−N−アセチルグルコサミニダーゼのN末端2番目から6番目までのCBM領域を含むポリペプチドからなる、消化管ムチンの糖鎖に特異的に結合するポリペプチド。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、消化管ムチンの糖鎖に特異的に結合するポリペプチドに関する。詳細には、特定の微生物由来のα−N−アセチルグルコサミニダーゼの糖鎖結合モジュール(CBM)領域を含むポリペプチドからなる消化管ムチン、特に胃ムチンの糖鎖に特異的に結合するポリペプチドに関する。これは、消化性潰瘍や胃癌等の原因となるピロリ菌の増殖を抑制する胃腺粘液由来ムチンを分離するために必要なポリペプチドである。
【背景技術】
【0002】
ヘリコバクターピロリ菌(Helicobacter pylori)は、消化性潰瘍や慢性胃炎を発症させる原因菌であり(非特許文献1、非特許文献2)、世界人口の半数に感染しているものと推察されている。
【0003】
ピロリ菌は、胃粘膜の表層から分泌される表層粘液内に棲息するが、粘膜中ないし粘膜深層から分泌される腺粘液中に棲息していない。この腺粘液は特異的な構造を有する胃ムチンからなり、胃ムチン(ムチン型糖タンパク質)は、N−アセチルグルコサミンα残基(αGlcNAc残基)とガラクトース残基(Gal残基)とを有するGlcNAcα1→4Galβ残基含有O−グリカンの糖鎖を特徴的に含んでいる。また、これらの糖鎖は、近年、胆嚢癌、膵臓癌、子宮頚癌その他の新生物出現に伴って現れることも報告されている(非特許文献3)。
【0004】
中山らは、αGlcNAc残基を非還元末端に有するコア2分岐型O−グルカンが結合した糖蛋白質糖鎖がピロリ菌の増殖を抑制することを見出し、さらに、この増殖抑制が、ヘリコバクター類(ピロリ菌を含む)のみが有するグルコシルコレステロール合成酵素(CHLαGcT)(非特許文献4、非特許文献5)の酵素活性阻害であることを明らかにしている(非特許文献4)。ピロリ菌は、その増殖のためにグリコシルコレステロール成分(CGL)を必須とするが、自らCGLを合成できないため、外界からコレステロールを摂取し、菌の細胞膜付近でグルコースを付加して細胞壁を構築していると、考えられている。従ってこのようなαGlcNAc残基を有するO−グリカンの糖蛋白質糖鎖は、この細胞壁の構築を阻害する性質があると推察されるから、ピロリ菌特異的な増殖抑制剤としての応用が期待できるが、複雑で高分子量の糖蛋白質糖鎖であり、制御し難い反応条件で煩雑な多工程を経て調製しなければならないうえ、莫大なコストと大掛かりな製造設備を必要とし、実用的ではない。
【0005】
また、特許文献1にGalβ3GlcNAcGalβ4GlcNAc構造を有するオリゴ糖であるヘリコバクターピロリ結合性物質が開示されている。しかしこの物質は、多糖であって構造が複雑なため、多工程を経て調製しなければならないうえ、大量かつ簡便に調製できない。
【0006】
一方、現在のピロリ菌感染の治療法は、これらの糖鎖を用いたものではなく、1種類のプロトンポンプ阻害薬と2種類の抗生物質との3剤併用による除菌が中心である。3剤併用療法では、耐性菌が出現して再発したり、副作用が発現したりするという問題を有する。
【0007】
昨今の飲食品や医薬製剤に対して、特に健康保全性・安全性に関心が高まる中、安心して継続して飲食したり服用したりできる簡易な構造のピロリ菌増殖抑制剤の開発が、望まれていた。したがって、ヒトや家畜などが本来有する上記胃ムチンの活用が、ピロリ菌感染からのリスク低減化に極めて有効であると考えられる。
【0008】
胃ムチンに特異的に結合するタンパク質、ポリペプチドは、これまで、堀田らにより見出されたモノクローナル抗体(HIK1083、IgM)を唯一挙げることができる(非特許文献6)。HIK1083はαGlcNAc残基を認識するモノクローナル抗体であり、病理検査などに利用されている。しかしながら、機能性物質としての胃ムチンの調製を考えた場合、高価な抗体の利用は現実的ではない。一方、胃ムチンの糖タンパク質糖鎖の非還元末端には、わずかながら、ガラクトース(Gal)やN−アセチルガラクトサミン(GalNAc)が含まれるので、これらを認識するレクチン類の利用も候補に挙げることができる。しかし、抗体と同様、レクチンの調製も比較的高価であり、かつ結合性や特異性も劣るために、生産手段としての利用価値はあまり高くない。したがって、胃ムチンに多く含まれるαGlcNAc残基を認識するリコンビナントタンパク質の発見が、問題の直接的な解決につながると考えられる。
【0009】
糖結合モジュール(CBM)は、これまで、セルロースやデンプンといった多糖類を分解する微生物由来の酵素(糖加水分解酵素)分子の一部に付随して存在し、その働きを補助する機能として、今までに多くの種類の微生物から同定されてきた。これらのCBMと糖分子との結合が、結晶解析やNMRといった手法により解析・同定されるようになり、糖分子への結合に必要なアミノ酸部位などが同定できるようになった。一方、近年アミノ酸配列を基にしたデータベースの発展等により、CBMは、ヒトの糖タンパク質糖鎖に対する加水分解酵素(ヒトの腸内常在菌由来)の一部にも存在することを示唆している。CAZYサイト(Carbohydrate Active Enzymesサイト、http://www.cazy.org/Carbohydrate-Binding-Modules.html)内においてすでに公開されているCBMファミリーは59種にも及び、それらがそれぞれ何かの糖や糖鎖に結合するタンパク領域であることを推定している。しかしながら、これらのCBMファミリーのうち、ヒトを含む動物が有するオリゴ糖や糖鎖、すなわちN−グライカンやO−グライカンなど(Gal、GalNAc、GlcNAcやフコース(Fuc))に結合するCBMの報告例が少ないために、CBMファミリーからだけではどのような糖タンパク質糖鎖に結合するかの推定が困難である。
【0010】
本発明者らは以前に、GlcNAcがα1→4でガラクトースに結合するオリゴ糖鎖から、GlcNAcを特異的に遊離させる酵素を腸内細菌より見出した(特許文献3)。この酵素はさらに、胃ムチンからGlcNAcを特異的に遊離させる活性を有していたことから、この酵素の性質について詳細に検討を行った。胃ムチンからGlcNAcを遊離させる酵素は、他に知られていない。すでにゲノムデータベースを基にした本酵素のアミノ酸配列の比較解析データ(BLAST
SEARCH)から、C末端領域に血液を共凝集させるFA58C領域を複数個有し、この領域は糖鎖に結合すると考えられる糖鎖結合モジュール(CBM)に相同性を有することが示されている。しかしながら、これらの推定されたCBM領域は、これまでに糖分子との結合が判明している他の酵素や菌株由来のCBMとの相同性は低い(最大でも35%程度でありほとんどが20%以下である)上に、これまでの報告により、一般的にはCBM領域が結合する糖鎖と、酵素の触媒領域、すなわち基質となる糖鎖とは通常関連性がないため、これらCBM領域が酵素の触媒をどのように補助するのか、あるいはどのような糖鎖に結合するのかは判明していなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特表2003−517015号公報
【特許文献2】国際公開第2008/084561号パンフレット
【特許文献3】特開2007―236208号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】マーシャル ビージェー(Marshall BJ)ら、ランセット(Lancet)、1984年、第I巻、p.1311-1315
【非特許文献2】ピーク アールエム ジュニア(Peek RM Jr)ら、ネイチャー レビューズ キャンサー(Nature Reviews Cancer)、2002年、第2巻、p.28-37.
【非特許文献3】ミカミ ワイ(Mikami Y)ら、モダーン パソロジー(ModernPathology)、2004年、第17巻、p.962-972.
【非特許文献4】ヒライ ワイ(Hirai Y)ら、ジャーナル オヴ バクテリオロジー(Journal of Bacteriology)、1995年、第177巻、p.5327-5333.
【非特許文献5】カワクボ エム(Kawakubo M)ら、サイエンス(Science)、2004年、第305巻、p.1003-1006.
【非特許文献6】イシハラ ケイ(Ishihara K)ら、バイオケミストリー ジャーナル(Biochemistry Journal)、1966年、第318巻、p.409-416.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は前記の課題を解決するためになされたもので、特異的にピロリ菌増殖を抑制するGlcNAcα1→4Galβ残基含有O−グリカンを効率的に分離・抽出するためのタンパク質を提供することを目的として、消化管ムチン、特に胃ムチンの糖鎖に特異的に結合するポリペプチドを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、前記酵素において、触媒領域のみのポリペプチドと全長のタンパク質についての速度論定数を比較検討し、オリゴ糖鎖や合成基質(GlcNAcをαで有する糖鎖、GlcNAcα1→4Galβ―R(Rはパラメトキシフェニル(pMP)など)やパラニトロフェニルN−アセチルグルコサミン(GlcNAc−α−pNP)に対してほとんど触媒機能には差がないにもかかわらず、胃ムチンに対しては、後者がより強いGlcNAc遊離活性を有することをつきとめた。したがって、C末端領域にあるCBM領域が、胃ムチンに対して強い親和性をもつのではないかと考えて検討した結果、本発明に到達した。
【0015】
また、上記の特異性を有する酵素およびそのホモログのアミノ酸配列の一次構造の比較から、酵素の触媒領域とCBM様領域の配置がよく似た以下のα−N−アセチルグルコサミニダーゼを見出した(図1)。それらは共通してN末端領域に一つのCBMと触媒領域、C末端領域に複数のCBM領域。さらにC末端領域には、近年、細胞外タンパク質に共通して存在し、そのタンパク質を細胞外膜上にとどめる役割を果たすのではないかと推定されるFIVAR領域(Found In Various Architecture Domain)が見られる。以上の情報から、これらのタンパク質は消化管上もしくは消化管内に存在するムチン型糖タンパク質糖鎖と菌体(腸内細菌)の相互作用を促進させる役割があるものと推察した。
【0016】
すなわち、本発明は、以下の胃ムチン結合ポリペプチドに関する。
(1) グリコシルハイドロラーゼファミリー89(GH89)に属するα−N−アセチルグルコサミニダーゼの糖鎖結合モジュール(CBM)領域を少なくとも1つ含むポリペプチドからなる、消化管ムチンの糖鎖に特異的に結合するポリペプチド。
(2) グリコシルハイドロラーゼファミリー89(GH89)に属するα−N−アセチルグルコサミニダーゼが、クロストリジウム パーフリンジェンス(Clostridium
perfringens)、ビフィドバクテリウム ビフィダム(Bifidobacterium bifidum)、ユーバクテリウム ドリカム(Eubacterium
dolichum)、またはコリンセラ スターコリス(Collinsella stercoris)由来のα−N−アセチルグルコサミニダーゼである、(1)に記載の消化管ムチンの糖鎖に特異的に結合するポリペプチド。
(3) クロストリジウム パーフリンジェンス(Clostridium perfringens)strain13由来のα−N−アセチルグルコサミニダーゼのN末端2番目から6番目までのCBM様領域を含むポリペプチドからなる、(2)に記載の消化管ムチンの糖鎖に特異的に結合するポリペプチド。
(4) クロストリジウム パーフリンジェンス(Clostridium perfringens)strain13由来のα−N−アセチルグルコサミニダーゼのN末端2番目から6番目までのCBM様領域のうち少なくとも2つのCBM様領域を含むポリペプチドからなる、(3)に記載の消化管ムチンの糖鎖に特異的に結合するポリペプチド。
(5) クロストリジウム パーフリンジェンス(Clostridium perfringens)strain13由来のα−N−アセチルグルコサミニダーゼ(配列表の配列番号1)のN末端934番目から1625番目までのアミノ酸配列を含むポリペプチドからなる、(3)に記載の消化管ムチンの糖鎖に特異的に結合するポリペプチド。
(6) 前記ポリペプチドがα−N−アセチルグルコサミニダーゼの細胞膜上への推定アンカー領域(FIVAR)を含まないことを特徴とする、(3)から(5)に記載の消化管ムチンの糖鎖に特異的に結合するポリペプチド。
【発明の効果】
【0017】
本発明のCBMタンパク質を、そのまま固定化、もしくは融合体化して担体へ固定化して用いることにより、すでにヒトや家畜が本来有しているGlcNAcα1→4Galβ残基含有O−グリカンに強い親和性を有するので(本発明のCBMタンパク質は、結合の強さは少なくともμMレベル(Kd≒10−6レベル)であり、既存のレクチンに比べても糖鎖に対する結合力は強いことが予想される、実施例(2.3))、ピロリ菌に対して抗菌的に作用する安全な物質を効果的に得られる。このタンパク質は微生物により大量に調製・精製することができるので、工業的生産に適している。
【0018】
このタンパク質は、従来の一般的な糖鎖に親和性を有する、いわゆるレクチン類とは異なり、その糖鎖に対する高い結合力、および遺伝子工学的な利便性を兼ね備えるために、産業上の利用性は高い。さらにCBM独自の利用法としては、例えばGlcNAcα1→4Galβ残基含有O−グリカンが発現するような癌化に伴う病理組織検査や、そのグリカンの構造変化を検出するためのツールとしても用いることができる。また、以下に述べるようなこれらのCBMタンパク、およびそのホモログを有する菌体においては、それらを高発現させた菌体をGlcNAcα1→4Galβ残基含有O−グリカンが発現するような生体内部位へ移行・到達させることが可能となりうる。さらに、このようなCBMタンパク質遺伝子を乳酸菌やビフィズス菌といったような善玉菌へ導入することにより、安全性の高い効果的な治療薬あるいは輸送媒体となりうる。
【0019】
本発明により得られたピロリ菌増殖抑制剤を含有する飲食品は、胃疾患を軽減したり治癒したり予防したりするのに有用である。その物質が強いピロリ菌増殖抑制作用を発現するから、飲食品にピロリ菌増殖抑制剤を少量添加するだけで優れた抗ピロリ菌作用を奏する。
【0020】
本発明のピロリ菌増殖抑制剤を含有する医薬製剤は、ピロリ菌に由来する慢性胃炎や胃潰瘍等の胃疾患の治療・症状緩和・予防に用いられる。また、糖鎖含有物質が強いピロリ菌特異的増殖抑制作用を発現するので、この医薬製剤を少量服用するだけで優れた抗ピロリ菌作用を奏し、副作用が発現せず、内科的治療で胃疾患を治癒するのに有用である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】α−N−アセチルグルコサミニダーゼホモログのアミノ酸配列の一次構造
【図2】調製するCBM領域
【図3】各種CBM−GSTの糖蛋白質への結合
【図4】各種CBM−GSTのGlcNAcα1→4Galβ残基含有糖蛋白質への結合
【図5】各種CBM−GSTのLAcNAc含有糖鎖への結合力
【図6】各種CBM−GSTのGlcNAcα1→4Galβ残基を表層に持つ細胞への結合
【発明を実施するための形態】
【0022】
ムチンは、主にヒトやマウスなどの高等生物や一部の動物類の消化器官内に存在する糖蛋白質であり、本発明において胃ムチンとは、ヒトやマウス、およびブタなどの胃や十二指腸に存在する、MUC1、MUC5ACやMUC6を含む混合物である。これらのうち、MUC5ACやMUC6は、O−結合型糖鎖が密集した構造を有していることが特徴であり、MUC5ACとMUC6はお互い混合せずに分離して存在することが示されている。特にMUC6が有するO−結合糖鎖の非還元末端には、以下のようなGlcNAcα1→4Galβ残基が高度に結合しており、シアル酸含量が低いことから、その溶液は中性を示す。またMUC6は、胃体部粘膜下部の副細胞から分泌されるので、結果的にこれらの周辺(胃体部粘膜下部)、すなわち胃粘膜下の粘膜筋板に近い部位に多く存在することが知られている。本発明において用いるブタ胃ムチン(PGM
TypeIII(Sigma)および、PGM ClassIII(PGM TypeIIIより精製))は、GlcNAcα1→4Galβ残基含有O−グリカンを有するMUC6を比較的多く含有するムチンであることが知られている。
【0023】
本発明において用いられるタンパク質は、クロストリジウム パーフリンジェンス(Clostridium
perfringens strain13)由来のα−N−アセチルグルコサミニダーゼのC末端に付随する複数のCBM領域のN末端2番目から6番目までを含む領域が特に好ましいが、複数のCBMをC末端側に有するグリコシルハイドロラーゼファミリー89(GH89)に属するα−N−アセチルグルコサミニダーゼのホモログは、ビフィドバクテリウム ビフィダム(Bifidobacterium
bifidum)やユーバクテリウム ドリカム(Eubacterium dolichum)やコリンセラ スターコリス(Collinsella stercoris)にも見られるので、それらも本法と同様に用いることができる。これらGH89に属するα−N−アセチルグルコサミニダーゼの複数のCBMは、アミノ酸配列比較により、相同性は低いながらも(35%程度以下)すべてCBM32というファミリータンパクであることが推定されている。したがって、これらの複数のCBM領域がタンデムに並んだ部位を持つ上記菌体由来のホモログも、同じ糖タンパク質糖鎖に対して親和性を有する可能性が高い(図1)。
【0024】
クロストリジウム パーフリンジェンス(Clostridium perfringens
strain13)由来のα−N−アセチルグルコサミニダーゼのC末端に付随する複数のCBM領域のN末端2番目から6番目までのタンパク質は、特許文献3を参照して、以下の実施例のように調製することができる。また、その他のホモログからのCBMも同様に調製することができる。
【0025】
これらのCBMは、担体へ固定化して用いることにより、上記物質を吸着・溶出して、最終的に抗ピロリ菌物質を得ることができる。また、これらのCBMはその他のタンパク質と融合型としても用いることができるので、調製したCBMを担体へ固定化したり、その他の機能性タンパク質との融合タンパク質としても用いることができる。
【0026】
本発明において調製したタンパク質の、GlcNAcα1→4Galβ残基含有O−グリカンに対する親和性を発揮する条件は、pH4から9の緩衝溶液中であれば用いることができるが、具体的には以下のようになる。
【0027】
溶液は、リン酸緩衝液、炭酸緩衝液、トリス緩衝液などの例を挙げることができ、特にリン酸緩衝化生理食塩水(phospahte buffered saline,PBS)が好ましい。溶液のpHは、中性付近が好ましく、pH6.0からpH8.0が特に好ましい。反応の温度は、15℃から40℃が好ましく、25℃が特に好ましい。反応の時間は、タンパク濃度が数μMから数百μMで数十分から10時間が好ましく、30分〜2時間程度が特に好ましい。しかしながらタンパク濃度が数十nM以下では5時間以上で、比較的高く結合させることができる。反応容器においては、系内の温度を制御でき、かつ溶解しているタンパク質や糖質化合物を特に吸着させるものでないかぎり、どのようなものを用いてもよい。また、反応においては、撹拌や振とうを行えば、反応時間を短縮することができる。
【0028】
以下に、本発明の消化管ムチンの糖鎖に特異的に結合するポリペプチドを調製し、その機能を調査した実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明を何ら限定するものではない。
【実施例1】
【0029】
(1.1 CBMの調製)
特許文献3を参考に、ウェルシュ菌(Clostridium perfringens strain13)のゲノムを鋳型として遺伝子増幅(増幅領域と用いたプライマーを図1と表1に示す)を行い、制限酵素(SacIおよびXhoI)処理を行った後、タンパク質発現用ベクター(市販(Takara)のコールドショック系タンパク質発現用ベクター(pcold
TF)のマルチクローニングサイトへグルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)遺伝子を導入したプラスミド)へ、制限酵素サイト(5'末端側にSacIと3'末端側にXhoI)で導入し、発現宿主である大腸菌(BL21(DE3))へ形質転換した。これをアンピシリン濃度50μg/mlを含有するLB培地中(2ml)で前培養し、さらに同培養液1000ml中でOD600で0.6になるまで30℃で3時間、震盪培養した。その後、IPTGを0.05mM、グルコース0.5%で添加し、15℃、24時間震盪培養することで、本タンパク質を発現した大腸菌を調製できた。集められた菌体へ、1mg/ml濃度でリゾチームを添加し(全量4ml)、さらにPBS溶液を加え全量を20mlとした。この懸濁溶液を氷上で超音波破砕し、20000×gで10分遠心後、上清を市販のHis-tagアフィニティーカラムを使った精製法(MN社、Protino-Ni-TED2000)、もしくはグルタチオンビーズ(GEヘルスケア)を使用した精製法により精製した。溶出は200mMイミダゾール(His-tagによる精製法)もしくは20mM還元型グルタチオン(GST-tagによる精製法)を用いて行った。この溶液を、限外濾過膜(排除分子サイズ100000)を用いることにより、上記精製に用いたイミダゾールもしくは還元型グルタチオン等を除き、結果的に目的タンパク質をリッター培養あたり100-200mgで得ることができた。
【0030】
【表1】

【実施例2】
【0031】
(2.1 調製したCBMのGlcNAcα1→4Galβ残基含有O−グリカンに対する親和性の調査、ドットブロットによる調査)
PBSに溶解した種々の糖蛋白質糖鎖および糖鎖(ウシ顎下腺ムチン(シグマ、Type I−S、BSM(図3))、ヒト消化管ムチン(和光、HGM(図3))、ブタ胃ムチンの粗精製物(シグマ、TypeIII、PGM
TypeIII(図3))、ブタ胃ムチン(TypeIIIムチン)の精製物(関東化学、PGM ClassIII(図3))、フェツイン(シグマ、Fetuin(図3))、アシアロフェツイン(シグマ、Asialo
Fetuin(図3))、コンドロイチン硫酸(生化学、C.S.(図3))、ヘパリン硫酸(生化学、H.S.(図3))1μg/μL溶液の10μLをニトロセルロースメンブレン(PROTRAN BA−80、WHATMAN)にスポッティングし、60℃、1時間乾燥させた。メンブレンを0.05%Tween20含有PBSに溶解した3%ウシ血清アルブミン(BSA)に、室温3時間浸漬することで、ブロッキングした。各CBM−GSTタンパク質をPBSに溶解した溶液1mL(1μM)を、ブロッキング後のメンブレンに添加し、25℃で2時間インキュベートした。メンブレンを0.05%Tween20含有PBS4mLにて5回洗浄し、1mLの西洋わさび由来のパーオキシダーゼが融合した、抗GSTモノクローナル抗体(ナカライテスク、(1:25,000))を添加した。室温で1時間インキュベート後、メンブレンを0.05%Tween20含有PBS4mlにて5回洗浄し、結合した上記モノクローナル抗体を、ケミルミネッセンス試薬(ECLプラス、GEヘルスサイエンス)による発光により検出した。結果を図2に示す。
【0032】
以上の結果から、調製したCBMは、ムチン型糖蛋白質に強い結合性を有し、特にCBM4領域を含むGST融合体が、αGlcNAc含有PGMClassIIIムチン、すなわちGlcNAcα1→4Galβ残基含有O−グリカンを有する糖蛋白質糖鎖に強く結合することが示された。また他の糖鎖には結合しにくいこともわかった。さらに、各CBM−GSTの比較から、少なくともCBM4領域がGlcNAcα1→4Galβ残基含有O−グリカン、すなわち非還元末端のαGlcNAcへの結合に必要であることもわかった。またCBM4−5−GSTはへパリンに結合することもわかった。これは、へパリンはGlcNAcα−もしくはGlcN−SO残基を有することから、CBM4領域がへパリンの結合にも関与することが考えられる。
【0033】
(2.2 調製したCBMのGlcNAcα1→4Galβ残基含有O−グリカンに対する親和性の調査、サンドイッチイライザによる調査)
PBS溶液に溶解させたブタ胃ムチン(TypeIII,シグマ)の0.5%溶液100μLを、GlcNAcがαで結合した糖鎖に特異的に結合するモノクローナル抗体(HIK1083)を固定化したサンドイッチエライザキット(関東化学)のエライザプレートの各ウェルに注入した。プレートを37℃で2時間静置した後、各ウェルを0.05%Tween20含有PBSの400μLにて5回洗浄した。次に、100μLの西洋わさび由来のパーオキシダーゼ(HRP)が融合した、抗GSTモノクローナル抗体(ナカライテスク、(1:25,000))を添加した。室温で1時間インキュベート後、各ウェルを0.05%Tween20含有PBS400μLにて5回洗浄し、結合した上記モノクローナル抗体を、キットに付属したHRP反応試薬を添加後30分静置した後停止し、マイクロプレートリーダーで検出(420nm)した。結果を図4に示す。
【0034】
結果から、CBM2−6−GSTが強くGlcNAcα1→4Galβ残基含有糖蛋白質へ結合することが、有意差を持って示された。尚、実施例2で示されたドットブロットの結果により、CBM2−4−GST,CBM2−5−GST,およびCBM2−6−FIVAR−GSTもプレート上のGlcNAcα1→4Galβ残基に結合していると考えられるが、本方法においてはCBM2−6−GSTに比較して、有意差を持って示されなかった。
【0035】
以上の結果より、本発明により提供されたCBM2−6タンパク質がピロリ菌増殖抑制作用を有する糖蛋白質へ結合することが示された。また、これらの結果から、C末端領域に複数のCBM32(もしくはFA58C)領域を含むGH89ファミリーのα―N―アセチルグルコサミニダーゼにおいては、その触媒領域よりもC末端方向に存在する複数のCBM領域を含むタンパク質がαGlcNAc含有ムチンに結合することが推定された。すなわち、この領域を含むタンパク質の調製が、ピロリ菌増殖抑制作用を有する糖蛋白質調製にとって重要であることがわかった。
【0036】
(2.3 調製したCBMの蛍光基を含有したGalβ1→4GlcNAc−R化合物への結合力の検証)
N−アセチルラクトサミン(Galβ1→4GlcNAc―R)の還元末端(R)を、ポリエチレングリコールを介してテトラメチルローダミン基に結合させた化合物(LAcNAc−TMR、MW;1141.4)をPBSに溶解させ、調製した各種CBM−GST(CBM2−3―GST、CBM3−4―GST、CBM4−5―GST、CBM5−6―GST、CBM2−6―GST、CBM3−6―GST、CBM4−6―GST、GSTをPBSに終濃度(1nMから1μM)で添加し、その時の拡散時間をオリンパスMF−20により測定した。この結果により、LAcNAc−TMRへの結合力の比較により、CBM3−6―>CBM2−6―>CBM5−6−>CBM4−5−>CBM4−6−>GST>CBM3−4−と推定された。
【0037】
以上の結果とドットブロット等(実施例2.1および実施例2.2)の結果より、CBM2とCBM5が少なくともガラクトース(Gal)への結合に関与することが推察された。さらに、上記の方法において、同時に蛍光偏光度(mP)を蛋白質の濃度変化とともに測定することで、CBM2−3−GSTおよびCBM2−6−GSTのLAcNAc−TMRへの結合力を、解離定数(Kd)としてそれぞれ、1.422μM、4.007μMであることを算出することができた(図5)。
【実施例3】
【0038】
αGlcNAc残基を安定発現しているAGS細胞(非特許文献5)およびコントロール細胞に対するCBMタンパクの結合性を調べた。
12Well細胞培養プレートの中に入れたスライドガラス上において細胞を一晩培養した。スライドガラスをPBSで一回洗浄した後、3.7% Paraformaldehyde溶液に10分間浸漬して細胞を固定化した。さらにPBSで一回洗浄した後、0.1%TritonX―100溶液に5分間浸漬した。PBSにて3回洗浄した後、1%BSA溶液を用いて30分間ブロッキングを行った。0.4μg/mlのCBM2−3−GST溶液およびCBM2−5−GST溶液100μlをスライドガラス上に載せ、室温で一時間反応させた。PBSで3回洗浄した後、一次抗体である抗GST−tag抗体(0.5μg/ml)を一時間反応させ、さらにPBSで3回洗浄したあと、二次抗体である抗マウスIgG−FITC抗体(0.5μg/ml)を30分反応させた。PBSで十分に洗浄した後、カバーガラスを上からかけて封入し、蛍光顕微鏡にて観察した。その結果、α−GlcNAc安定発現AGS細胞(α4GnT cell)に対して、CBM2−5−GSTタンパクが強く結合することが明らかとなった(図6)。
【実施例4】
【0039】
実施例1を参考に、ビフィズス菌(Bifidobacterium bifidum JCM)のゲノムを鋳型にして遺伝子増幅(C末端領域にある5つのCBMをコードする領域)を行い、制限酵素処理後、タンパク質発現ベクター(pET23a、Takara)へ組み込み、実施例3と同様に目的タンパク質を発現誘導させ、精製した。このリコンビナントタンパク質を用いて、実施例2と同様の検討を行った結果、消化管ムチン、特にGlcNAcα1→4Galβ残基含有O−グリカンを有する糖蛋白質糖鎖に強く結合することが示された。また同様に他の糖鎖には結合しにくいこともわかった。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明により提供されたタンパク質を用いた糖鎖分離・抽出方法は、腸内細菌類が有する糖鎖結合ツールを利用する全く新しい方法であり、用いるタンパク質は、従来の一般的な糖鎖に親和性を有する、いわゆるレクチン類とは異なり、その糖鎖に対する高い結合力、および遺伝子工学的な利便性を兼ね備えるために、産業上の利用性は高い。
【0041】
したがって、調製したタンパクは、ムチン型糖蛋白質糖鎖に関連する加水分解酵素や糖転移酵素への融合による活性強化因子として、およびムチン型糖蛋白質糖鎖(特にGlcNAcα1→4Galβ残基を含有する)を発現する癌組織の病理検査ツールとしても有用である。
【符号の説明】
【0042】
CBM 糖結合モジュール
FIVAR found in various architecture domain
TM transmembrane domain

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリコシルハイドロラーゼファミリー89(GH89)に属するα−N−アセチルグルコサミニダーゼの糖鎖結合モジュール(CBM)領域を少なくとも1つ含むポリペプチドからなる、消化管ムチンの糖鎖に特異的に結合するポリペプチド。
【請求項2】
グリコシルハイドロラーゼファミリー89(GH89)に属するα−N−アセチルグルコサミニダーゼが、クロストリジウム パーフリンジェンス(Clostridium
perfringens)、ビフィドバクテリウム ビフィダム(Bifidobacterium bifidum)、ユーバクテリウム ドリカム(Eubacterium
dolichum)、またはコリンセラ スターコリス(Collinsella stercoris)由来のα−N−アセチルグルコサミニダーゼである、請求項1に記載の消化管ムチンの糖鎖に特異的に結合するポリペプチド。
【請求項3】
クロストリジウム パーフリンジェンス(Clostridium perfringens)strain13由来のα−N−アセチルグルコサミニダーゼのN末端2番目から6番目までのCBM領域を含むポリペプチドからなる、請求項2に記載の消化管ムチンの糖鎖に特異的に結合するポリペプチド。
【請求項4】
クロストリジウム パーフリンジェンス(Clostridium perfringens)strain13由来のα−N−アセチルグルコサミニダーゼのN末端2番目から6番目までのCBM様領域のうち少なくとも2つのCBM様領域を含むポリペプチドからなる、請求項3に記載の消化管ムチンの糖鎖に特異的に結合するポリペプチド。
【請求項5】
クロストリジウム パーフリンジェンス(Clostridium perfringens)strain13由来のα−N−アセチルグルコサミニダーゼ(配列表の配列番号1)のN末端934番目から1625番目までのアミノ酸配列を含むポリペプチドからなる、請求項3に記載の消化管ムチンの糖鎖に特異的に結合するポリペプチド。
【請求項6】
前記ポリペプチドがα−N−アセチルグルコサミニダーゼの膜貫通領域(FIVAR)を含まないことを特徴とする、請求項3から5に記載の消化管ムチンの糖鎖に特異的に結合するポリペプチド。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−50428(P2012−50428A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−167900(P2011−167900)
【出願日】平成23年7月31日(2011.7.31)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成23年6月22日に第30回日本糖質学会年会 要旨集にて発表 平成23年7月11日〜13日に第30回日本糖質学会年会のポスターにて発表
【出願人】(000173924)公益財団法人野口研究所 (108)
【Fターム(参考)】