説明

液体クロマトグラフ分析装置および方法

【課題】溶媒や試料溶液と分離カラムとの間に温度勾配があっても、分離、検出精度の高い液体クロマトグラフ分析装置および方法を提供するものである。
【解決手段】本発明に係る液体クロマトグラフ分析装置は、所望の温度に制御可能なカラムオーブン18と、そのカラムオーブン18内に収容して設けられる分離カラム19と、移動相と呼ばれるキャリア溶液に分析対象となる試料溶液30を混合したものを分離カラム19の一端に導く導入管路23と、分離カラム19の他端に接続される排出管路24と、排出管路24の中途に設けられる検出器20とを備え、カラムオーブン18内に位置する導入管路23の、分離カラム19の前段部分に、キャリア溶液と試料溶液30を混合した溶液を分離カラム19とほぼ同じ温度に制御する温度制御装置25を設けたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料溶液中に含まれる成分の分離・分析を行う液体クロマトグラフ分析装置および方法に係り、特に難揮発性化合物や熱に対して不安定な化合物の分離・分析に適した液体クロマトグラフ分析装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ディーゼルエンジンから排出されるディーゼル排気ガス(DE)中に含まれるディーゼル粒子は、一般に燃料や潤滑油の未燃成分からなり、有機溶媒に溶解する有機可溶性成分と、有機溶媒には溶解しない不溶性成分(硫酸塩、硝酸塩、元素状炭素、金属など)が複雑に混合した集合体である。ディーゼル粒子の組成については、使用する燃料や潤滑油およびエンジンの種類や燃焼条件などといった様々な影響を強く受けることが知られている。
【0003】
また、このディーゼル粒子に含まれる有機可溶性成分中には、非常に微量であるが、健康影響上の有害性が疑われている種々の有機化合物(多環芳香族炭化水素:以下、PAHsという)が含まれていることが知られている。環境問題改善のためには、NOxなどの周知の有害物質に加えて、このPAHsの含有量や成分を正確に把握することが極めて重要な課題となってきている。
【0004】
ところで、このPAHsの成分分析は、液体クロマトグラフの中の高速液体クロマトグラフ(以下、HPLCという)などの分析機器を使用して行われる。このHPLCは、微細なシリカゲルなどを充填した分離カラム(固定相)に、「移動相」と呼ばれるポンプにより高圧で送液されるキャリア溶液(数種類の有機溶媒や水、バッファー(緩衝液)などの混合溶液)中に分析対象となる試料溶液(例えば、PAHsなど)を注入したものを流しながら、目的成分を固定相で分離した後、検出器で定性・定量分析するものである。分離の条件は、有機溶媒の組成(有機溶媒と水の割合など)又は分離カラムの充填材の組成を変化させたりすることによって決まる。
【0005】
従来の液体クロマトグラフ分析装置は、図3、図4に示すように、送液ポンプA14および送液ポンプB15に接続された溶媒A11および溶媒B12を、脱気ユニット13、ミキサー16を経てインジェクター17へ送液する。ミキサー16において混合されたキャリア溶液(溶媒A11および溶媒B12)に、インジェクター17において試料溶液(サンプル)30を注入し、混合する。その混合溶液を、導入管路23を経てカラムオーブン18内の温度制御された分離カラム19に送液して成分分離を行う。この成分分離した液は、排出管路24を経て検出器20に送液してデータ処理装置21で定性・定量分析を行い、廃液容器22に回収する。
【0006】
【特許文献1】特開平7−218488号公報
【特許文献2】特開2005−164510号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
通常、キャリア溶液と試料溶液は、カラムオーブン温度とは異なる室温付近の温度で設置されている。導入管路23の、カラムオーブン18外に位置する管路は、温度設定ができるインジェクター17を使用している場合でも、温度制御は従来のシステムでは行うことができない。このため、例えば、分離条件としてカラムオーブン18を高温に設定しても、試料溶液とキャリア溶液を混合した混合溶液自体はあまり加温されることなく、室温近傍の温度で分離カラム19に送液される。
【0008】
よって、従来の送液ポンプA14および送液ポンプB15により水と有機溶媒とをミキサー16で混合した混合溶液の場合、外気温(キャリア溶液)と、加温している分離カラム19との間に温度勾配が生じ、分析精度に悪影響を与えるという問題があった。
【0009】
また、混合溶液の温度とカラムオーブン18(分離カラム19)の温度に大きな差がある状態で混合溶液が分離カラム19に流れると、分離カラム19内でも温度差が生じ、キャリア溶液や試料溶液30の分子の移動速度に差ができてしまうため、検出ピークが広がってしまうという問題があった。
【0010】
そこで本発明の目的は、キャリア溶液と試料溶液とを混合した溶液と、分離カラムとの間に温度勾配があっても、分離、検出精度の高い液体クロマトグラフ分析装置および方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するために、請求項1の発明は、所望の温度に制御可能なカラムオーブンと、そのカラムオーブン内に収容して設けられる分離カラムと、移動相と呼ばれるキャリア溶液に分析対象となる試料溶液を混合したものを分離カラムの一端に導く導入管路と、分離カラムの他端に接続される排出管路と、排出管路の中途に設けられる検出器とを備えた液体クロマトグラフ分析装置において、上記カラムオーブン内に位置する上記導入管路の、上記分離カラム前段部分に、上記キャリア溶液と上記試料溶液を混合した溶液を分離カラムとほぼ同じ温度に制御する温度制御装置を設けたことを特徴とする液体クロマトグラフ分析装置である。
【0012】
請求項2の発明は、上記温度制御装置がコイル状管路である請求項1記載の液体クロマトグラフ分析装置である。
【0013】
請求項3の発明は、上記キャリア溶液と上記試料溶液をほぼ同一温度で混合し、その後、その混合した溶液を、カラムオーブン内の上記温度制御装置に通して分離カラムとほぼ同じ温度に制御した後、上記分離カラムへと導く請求項1記載の液体クロマトグラフ分析装置である。
【0014】
請求項4の発明は、所望の温度に制御可能なカラムオーブンと、そのカラムオーブン内に収容して設けられる分離カラムと、移動相であるキャリア溶液に分析対象となる試料溶液を混合したものを分離カラムの一端に導く導入管路と、分離カラムの他端に接続される排出管路と、排出管路の中途に設けられる検出器とを備えた液体クロマトグラフ分析方法において、上記カラムオーブン内に位置する上記導入管路の、上記分離カラム前段部分に温度制御装置を設け、上記キャリア溶液と上記試料溶液をほぼ同一温度で混合した後、その混合した溶液を、カラムオーブン内の上記温度制御装置に通して分離カラムとほぼ同じ温度に制御し、その後、上記分離カラムへと送液することを特徴とする液体クロマトグラフ分析方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、キャリア溶液と試料溶液の混合溶液の温度を、最適に、かつ、均一に保つことが可能となり、外気温の影響を受けにくくなるため、分離カラムにて分離した目的成分の保持時間の再現性向上が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態を添付図面に基いて説明する。
【0017】
本発明の好適一実施の形態に係る液体クロマトグラフ分析装置の内、HPLCの概略図を図1に、フローを図2に示す。
【0018】
図1に示すように、本実施の形態に係るHPLCは、主に、所望の温度に制御(加温、冷却)可能なカラムオーブン18と、そのカラムオーブン18内に収容して設けられる分離カラム19と、移動相であるキャリア溶液に分析対象となる試料溶液30を混合したものを分離カラム19の一端に導く導入管路23と、分離カラム19の他端に接続される排出管路24と、排出管路24の中途に設けられる検出器20とで構成される。検出器20にはデータ処理装置21が接続される。
【0019】
そして、カラムオーブン18内に位置する導入管路23の、分離カラム19の前段部分には、キャリア溶液と試料溶液30を混合した溶液を分離カラム19とほぼ同じ温度に制御する温度制御装置25が設けられる。この温度制御装置25は、コイル状(螺旋状)の管路である。コイル状管路25は、熱伝導性の良好な材料(例えば、銅又は銅合金)で構成することが好ましく、更に耐食性を有する材料であればより好ましい。
【0020】
次に、本実施の形態の作用を説明する。
【0021】
図1、図2に示すように、先ず、溶媒A11および溶媒B12を、送液ポンプA14および送液ポンプB15で吸引して脱気ユニット13へと導き、溶媒中に溶存している酸素などのガスを連続して除去する。
【0022】
次に、脱気後の溶媒A11および溶媒B12を、送液ポンプA14および送液ポンプB15で高圧にして一旦ミキサー16へと送って混合し、キャリア溶液(溶媒A11および溶媒B12)とする。このキャリア溶液をインジェクター17へと送る。インジェクター17において、キャリア溶液に分析対象である試料溶液30を注入し、混合溶液(溶媒A11、溶媒B12、および試料溶液30)とする。
【0023】
この混合溶液を、導入管路23を経て、カラムオーブン18内で温度制御されている分離カラム19へと送液する。この分離カラム19において、試料溶液30の成分分離を行う。ここで、カラムオーブン18内に位置する導入管路23の、分離カラム19の前段には、分離カラム19とほぼ同じ温度に温度制御されるコイル状管路25(温度制御装置)が設けられている。このコイル状管路25は、省スペースである(管路自体(装置自体)の長さは短い)ものの、管路長の長い流路を形成している。
【0024】
成分分離した液を、排出管路24を経て検出器20へと送液し、データ処理装置21で定性・定量分析を行う。分析後の液は、廃液容器22にて回収する。
【0025】
インジェクター17内を室温以下に冷却保持した場合、キャリア溶液と試料溶液30を混合した後の混合溶液の温度は、カラムオーブン18の温度より低い温度となる。この混合溶液をそのままの温度で、加温された分離カラム19に送液すると、溶液中に溶解しきれなくなった空気が“気泡”となって発生するおそれが考えられる。気泡の発生は、流量の変動や、「ゴーストピーク」と呼ばれる由来不明のピーク発生の原因となることが知られている。また、気泡が検出器20を通過すると、不規則なノイズが発生する他、ベースラインにおいて周期的なノイズとドリフトの発生を招き、検出器20の感度低下の一因となることも知られている。これらはいずれも、分離、検出精度に大きな影響を与えるものであるので、気泡の発生を抑える必要がある。
【0026】
本実施の形態に係る液体クロマトグラフ分析装置は、流路の温度制御を行うことにより、分離、検出精度の向上を図ることに特徴がある。具体的には、キャリア溶液に試料溶液30を混合した混合溶液を、そのままの温度で、加温された分離カラム19に送液するのではなく、コイル状管路25に通した後、分離カラム19に送液することに特徴がある。コイル状管路25は、インジェクター17から分離カラム19までの間の導入管路23の内、カラムオーブン18内に位置する部分で、かつ、分離カラム19の前段部分に設けられている。このコイル状管路25により、分離カラム19に送液される前の混合溶液を温度制御するための管路長を長くとることができる。このため、カラムオーブン18の温度を所望の高温(例えば、80℃以上)に設定した場合、その設定温度に混合溶液を加温し、保持することができるようになる。
【0027】
また、インジェクター17内を室温以下に冷却保持した場合でも、本実施の形態に係る液体クロマトグラフ分析装置は、その混合溶液を、分離カラム19とほぼ同じ温度に制御されたコイル状管路25に通すことで、所望の設定温度に制御することができる。この温度制御された混合溶液は分離カラム19と温度差が殆どないことから、分離カラム19に送液しても“気泡”が発生するおそれはなく、気泡の発生を抑えることができる。その結果、検出器20による分析、検出精度の向上を図ることができる。
【0028】
また、コイル状管路25により、混合溶液の温度を、最適に、かつ、均一に保つことが可能となり、外気温やインジェクター17の保持温度の影響を受けにくくなるため、分離カラム19における混合溶液の保持時間の再現性向上が期待できる。
【0029】
また、通常、導入・排出管路中に、このようなコイル状配管(抵抗管や背圧管と呼ばれるもの)を設けると、分離カラム19にかかる圧力が上昇することが知られている。しかしながら、本実施の形態では、抵抗となる配管(コイル状管路25)自体をカラムオーブン18内に設置しているため、通常の抵抗管を設ける場合と比べて、混合溶液の温度が高いため粘性が低く、圧力損失が小さいため、分離カラム19にかかる圧力が下がる。これは、ブラジウスの式より、よく知られていることである。よって、分離カラム19にかかる圧力が過度に上昇することはない。
【0030】
一方、本実施の形態においては、ミキサー16がカラムオーブン18の外側にあるタイプのHPLCを例に挙げて説明を行ったが、ミキサー16がカラムオーブン18の内側にあるタイプのHPLCであってもよい。
【0031】
このミキサー内側タイプのHPLCでは、カラムオーブン18内に設けられたミキサー16において溶媒A11および溶媒B12が一旦加温され、このキャリア溶液がインジェクター17に送液される。しかしながら、溶媒A11および溶媒B12がカラムオーブン18内を通過する管路長は短いため、キャリア溶液の温度は、室温よりも若干高くなるものの、高温に設定されたオーブン温度程までは高くなることはない。よって、ミキサー内側タイプのHPLCにおいて、インジェクター17が室温以下に冷却されている場合であっても、キャリア溶液と試料溶液の温度差はそれ程大きくなることはなく、その結果、インジェクター17において気泡が発生するおそれはない。
【0032】
また、本実施の形態においては、送液ポンプが2台ある場合を例に挙げて説明を行ったが、予め任意の比率で混合したキャリア溶液を、1台の送液ポンプを用いて送液してもよい。この場合でも、混合する前から溶媒を温度制御することはない。これは、キャリア溶液を流路の始めから温度制御するとキャリア溶液の組成が変化するおそれがあり、また、カラムオーブン18に達するまでの流路全てをヒーティングする装置がないことに起因する。
【0033】
カラムオーブン18を高温に設定する例として、蛍光検出器による反応液を用いて、誘導体化した雨水中の亜硫酸イオンの分析、廃ガス中の多環芳香族炭化水素(PAHs)の分析、水中のアンモニアイオンの分析や、農薬の分析などがある。高速液体クロマトグラフでの分析例としては、ビタミンやバイオ燃料の分析が有名である。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の好適一実施の形態に係る液体クロマトグラフ分析装置の内、HPLCの概略図である。
【図2】図1の液体クロマトグラフ分析装置のフローを示す図である。
【図3】従来の液体クロマトグラフ分析装置の概略図である。
【図4】図3の液体クロマトグラフ分析装置のフローを示す図である。
【符号の説明】
【0035】
18 カラムオーブン
19 分離カラム
20 検出器
23 導入管路
24 排出管路
25 コイル状管路(温度制御装置)
30 試料溶液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所望の温度に制御可能なカラムオーブンと、そのカラムオーブン内に収容して設けられる分離カラムと、移動相と呼ばれるキャリア溶液に分析対象となる試料溶液を混合したものを分離カラムの一端に導く導入管路と、分離カラムの他端に接続される排出管路と、排出管路の中途に設けられる検出器とを備えた液体クロマトグラフ分析装置において、
上記カラムオーブン内に位置する上記導入管路の、上記分離カラム前段部分に、上記キャリア溶液と上記試料溶液を混合した溶液を分離カラムとほぼ同じ温度に制御する温度制御装置を設けたことを特徴とする液体クロマトグラフ分析装置。
【請求項2】
上記温度制御装置がコイル状管路である請求項1記載の液体クロマトグラフ分析装置。
【請求項3】
上記キャリア溶液と上記試料溶液をほぼ同一温度で混合し、その後、その混合溶液を、カラムオーブン内の上記温度制御装置に通して分離カラムとほぼ同じ温度に制御した後、上記分離カラムへと導く請求項1記載の液体クロマトグラフ分析装置。
【請求項4】
所望の温度に制御可能なカラムオーブンと、そのカラムオーブン内に収容して設けられる分離カラムと、移動相であるキャリア溶液に分析対象となる試料溶液を混合したものを分離カラムの一端に導く導入管路と、分離カラムの他端に接続される排出管路と、排出管路の中途に設けられる検出器とを備えた液体クロマトグラフ分析方法において、
上記カラムオーブン内に位置する上記導入管路の、上記分離カラム前段部分に温度制御装置を設け、
上記キャリア溶液と上記試料溶液をほぼ同一温度で混合した後、その混合した溶液を、カラムオーブン内の上記温度制御装置に通して分離カラムとほぼ同じ温度に制御し、その後、上記分離カラムへと送液することを特徴とする液体クロマトグラフ分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−232729(P2008−232729A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−70636(P2007−70636)
【出願日】平成19年3月19日(2007.3.19)
【出願人】(000000170)いすゞ自動車株式会社 (1,721)