説明

液体クロマトグラフ溶出液の質量スペクトル測定方法

【課題】GPCや順相HPLC等で非極性溶媒を用いた場合でも、液体クロマトグラフ装置から溶出した成分の質量スペクトルを得ることが可能で、試料混合物の分析を精度良く且つ迅速に行える方法を提供する。
【解決手段】試料へのレーザー照射で質量スペクトルを得ることを可能とする活性化物質1を全面又は線状に分布させたターゲット2を準備し、液体クロマトグラフ装置3から溶出する試料溶液を線状に動かしながらターゲット2に塗布し、MALDI−TOF−MS装置7でターゲット2の全面のマススペクトル又は試料溶液が線状に塗布された部分のマススペクトルを測定して、特定の質量数を有するイオンの2次元分布の画像を得ることを特徴とする液体クロマトグラフ溶出液の質量スペクトル測定方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体クロマトグラフ溶出液の質量スペクトル測定方法に関し、特には、GPCや順相HPLC等で非極性溶媒を用いた場合でも、分離された各成分の質量スペクトルを得ることが可能な分析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
臨床、生化学、化学工業等の分野においては、タンパク質、添加剤等のサンプルに対して定性又は定量分析を行うために、質量分析装置が多用されている。該質量分析装置は、サンプルにエネルギーを与えることによって生じるイオンの質量と電荷数を利用して物理的なフィルタリングを行って得た質量スペクトルから分析を行うものであり、例えば、生成イオンがイオン発生部から検出器に到達するまでの時間を利用して定性・定量分析を行う飛行時間型質量分析装置(TOFMS:Time of Flight Mass Spectrometry)等が知られている。
【0003】
こうした分析手法において、特にタンパク質等の生体物質やポリマーのような分子量が大きなサンプルを分析する場合においては、サンプルをマトリックスと呼ばれる有機化合物と混合した上でサンプルプレート上に滴下・乾固して保持し、これにエネルギービームを照射することにより、試料を脱離及びイオン化して質量分析を行うMALDI(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization)法が一般に知られている。
【0004】
一方、液体クロマトグラフ装置からの溶出成分の質量スペクトルを得るには、ESIイオン源を装着したLC−MS装置を用いるのが一般的であるが、非極性溶媒を用いるGPCや順相での測定は困難であり、また、分子量が大きな高分子の測定も困難である。そのため、液体クロマトグラフ装置からの溶出成分の質量スペクトルを得るには、液体クロマトグラフ装置から溶出した成分のフラクションをバッチで採取し、例えば、MALDI−TOF−MSのターゲットに該フラクションをマトリックス剤と共に塗布して、多くの成分の質量スペクトルを一つ一つ測定する必要があった。
【0005】
ところで、MALDI法は、分析手法としては高感度であるものの、マトリックス自体も分解・イオン化されるため、マトリックス剤が低分子量領域のバックグラウンドノイズとなる。そのため、MALDI法は、液体クロマトグラフ法による分離対象が低分子化合物であるサンプルの分析には不適である。
【0006】
一方、最近、サンプルにマトリックスを添加することなく、サンプルをイオン化する手法が考案され、実用化されつつある。その代表的なものに、DIOS(Desorption/Ionization on (porous) Silicon)法がある。このイオン化法は、サンプルのイオン化能をサンプルプレート自体に付与する手法であって、Si基板の表面にスポット状にアノーダイジング処理(Anodizing Treatment:電気化学的陽極酸化法の一種)を行うことにより、サブミクロンオーダーの多孔質部からなる試料塗布部を形成したものをサンプルプレートとして用いる。また、DIOSの名前の由来は、Siを基材とすることにあるが、Si以外の材質を基材とするSALDI法等のその他のマトリックスフリーイオン化法でも同様の効果が得られることが報告されている。しかしながら、これらマトリックスフリーイオン化法を利用して、試料混合物の分析を迅速に行う試みは為されていない。
【0007】
【非特許文献1】奥野昌二,下前幸康,和田芳直,荒川隆一,「ポーラスシリコンを用いるレーザー脱離イオン化質量分析の合成高分子への応用」,分析化学,2005年,第54巻,第6号,p.439−447
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このような状況下、本発明の目的は、GPCや順相HPLC等で非極性溶媒を用いた場合でも、液体クロマトグラフ装置から溶出した成分の質量スペクトルを得ることが可能で、試料混合物の分析を精度良く且つ迅速に行える方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、液体クロマトグラフ装置からの溶出液を上記マトリックスフリーイオン化法に用いられるターゲットに塗布し、イメージングのソフトウエアで特定の質量数を有するイオンの2次元画像を得ることで、試料混合物の分析を精度良く且つ迅速に行えることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
即ち、本発明の液体クロマトグラフ溶出液の質量スペクトル測定方法は、
試料へのレーザー照射で質量スペクトルを得ることを可能とする活性化物質を全面又は線状に分布させたターゲットを準備し、
液体クロマトグラフ装置から溶出する試料溶液を線状に動かしながら前記ターゲットに塗布し、
MALDI−TOF−MS装置で前記ターゲットの全面のマススペクトル又は試料溶液が線状に塗布された部分のマススペクトルを測定して、
特定の質量数を有するイオンの2次元分布の画像を得ることを特徴とする。
【0011】
本発明の質量スペクトル測定方法の好適例においては、前記試料へのレーザー照射で質量スペクトルを得ることを可能とする活性化物質が多孔性物質である。ここで、該多孔性物質としては、ポーラスシリコンが好ましい。
【0012】
本発明の質量スペクトル測定方法の他の好適例においては、前記試料へのレーザー照射で質量スペクトルを得ることを可能とする活性化物質がナノ粒子及び/又はナノ粒子の集合体である。ここで、該ナノ粒子は、金属及び/又は無機物質であることが好ましい。また、前記金属は、白金及び/又は金であることが更に好ましく、前記無機物質は、酸化亜鉛及び/又は酸化チタン、並びにシリコン基板上に成長させたゲルマニウムナノドットであることが更に好ましい。
【0013】
本発明の質量スペクトル測定方法の他の好適例においては、前記試料へのレーザー照射で質量スペクトルを得ることを可能とする活性化物質が有機物である。
【0014】
本発明の質量スペクトル測定方法の他の好適例においては、X−Yステージに載せたターゲットを動かしながら、前記液体クロマトグラフ装置から溶出する試料溶液をターゲットに塗布する。
【0015】
本発明の質量スペクトル測定方法の他の好適例においては、前記MALDI−TOF−MS装置が、試料を塗布したターゲットへのレーザー照射で質量スペクトルを得る飛行時間型質量分析装置である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、GPCや順相HPLC等において非極性溶媒を用いた場合でも、液体クロマトグラフ装置から溶出した成分の質量スペクトルによる迅速で詳細な解析が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下に、図を参照しながら、本発明の測定方法を詳細に説明する。図1は、本発明の測定方法の概略図である。本発明の測定方法においては、まず、試料へのレーザー照射で質量スペクトルを得ることを可能とする活性化物質1を全面又は線状に分布させたターゲット2を準備する。なお、該活性化物質は、レーザー照射による試料のイオン化を可能とするイオン化活性物質である。
【0018】
ここで、試料へのレーザー照射で質量スペクトルを得ることを可能とする活性化物質1は、多孔性物質であることが好ましく、特には、ポーラスシリコンであることが好ましい。なお、使用する多孔性物質の細孔径は、1000〜1 nmの範囲が好ましい。
【0019】
また、試料へのレーザー照射で質量スペクトルを得ることを可能とする活性化物質1としては、ナノ粒子及びナノ粒子の集合体も好ましい。ここで、ナノ粒子としては、金属及び無機物質が好ましい。また、金属としては白金及び金等の貴金属が好ましく、無機物質としては酸化亜鉛及び酸化チタン等の無機酸化物が好ましい。なお、ナノ粒子の粒子径は、0.1〜100 nmの範囲が好ましく、ナノ粒子の集合体の大きさは、1〜10000 nmの範囲が好ましい。
【0020】
また、試料へのレーザー照射で質量スペクトルを得ることを可能とする活性化物質1としては、シリコン基板上に成長させたゲルマニウムナノドットも例示され、該ナノドットの大きさは1〜100 nmが好ましい。
【0021】
上記活性化物質1を全面又は線状に分布させたターゲット2は、活性化物質のエッチングや、既存のステンレス等のターゲットに活性化物質を蒸着したり、スパッタリングしたり、化学的に処理して準備することができる。また、線状に分布した活性化物質1のピッチ幅は、特に限定されるものではないが、1〜10 mmの範囲が好ましい。
【0022】
次に、本発明の測定方法においては、液体クロマトグラフ装置3から溶出する試料溶液を線状に動かしながら、上記のようにして準備したターゲット2に塗布する。ここで、液体クロマトグラフ装置から溶出した試料溶液を、ターゲット上の活性化物質が存在する部分に塗布する。また、液体クロマトグラフ装置3は、特に限定されず、通常、カラム4やポンプ(図示せず)等を具え、試料がカラムを通過する際の試料中の各成分の保持時間の違いを利用して、試料中の各成分を分離する。また、液体クロマトグラフ装置3の操作条件や使用するカラム及び溶離液の種類等も、特に限定されず、分析対象に応じて適宜選択することができる。
【0023】
なお、上記液体クロマトグラフ装置3から溶出する試料溶液は、加湿したスプレーノズル部分5を線状に動かしながら、ターゲット2上の所望の位置に塗布してもよいし、ノズル部分5を固定しつつ、X−Yステージ6上に搭載したターゲット2を動かしながら、ターゲット2上の所望の位置に塗布してもよい。また、必要に応じて、トリフルオロ酢酸ナトリウム等のイオン化剤を同時にターゲットに塗布してもよい。ここで、線状に塗布された試料溶液のピッチ幅は、特に限定されるものではないが、1〜10 mmの範囲が好ましい。
【0024】
次に、本発明の測定方法においては、MALDI−TOF−MS装置7で前記ターゲット2の全面のマススペクトル又は試料溶液が線状に塗布された部分のマススペクトルを測定して、特定の質量数を有するイオンの2次元分布の画像を得る。ここで、MALDI−TOF−MS装置としては、試料を塗布したターゲットへのレーザー照射で質量スペクトルを得る飛行時間型質量分析装置が好ましい。該飛行時間型質量分析装置は、生成イオンがイオン発生部から検出器に到達するまでの時間を利用して定性・定量分析を行う分析装置である。なお、レーザーの照射条件は、特に限定されず、分析対象に応じて適宜調整することができる。
【0025】
上記のようにして試料溶液が塗布されたターゲット2をMALDI−TOF−MS装置7に導入し、ターゲットの全面のマススペクトル又は試料溶液が線状に塗布された部分のマススペクトルを、ターゲットを少しずつ移動させながら自動的に多数測定し、特定の質量を有するイオンの2次元分布の画像をイメージング用のコンピュータソフトで再構築することにより、液体クロマトグラフで分離された各成分の質量スペクトルによる迅速な同定が可能となる。また、分離された成分のMS/MSスペクトルにより、更に詳細な構造解析が可能となる。
【0026】
以上に説明した本発明の測定方法の分析対象は、特に限定されず、例えば、分子量100〜10000の分子量分布を持つ合成高分子及び天然高分子、酸化防止剤等の高分子用添加剤、糖、タンパク質、ペプチド等の天然物等が挙げられる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の測定方法の概略図である。
【符号の説明】
【0028】
1 活性化物質
2 ターゲット
3 液体クロマトグラフ装置
4 カラム
5 ノズル部分
6 X−Yステージ
7 MALDI−TOF−MS装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料へのレーザー照射で質量スペクトルを得ることを可能とする活性化物質を全面又は線状に分布させたターゲットを準備し、
液体クロマトグラフ装置から溶出する試料溶液を線状に動かしながら前記ターゲットに塗布し、
MALDI−TOF−MS装置で前記ターゲットの全面のマススペクトル又は試料溶液が線状に塗布された部分のマススペクトルを測定して、特定の質量数を有するイオンの2次元分布の画像を得る
ことを特徴とする液体クロマトグラフ溶出液の質量スペクトル測定方法。
【請求項2】
前記試料へのレーザー照射で質量スペクトルを得ることを可能とする活性化物質が多孔性物質であることを特徴とする請求項1に記載の液体クロマトグラフ溶出液の質量スペクトル測定方法。
【請求項3】
前記多孔性物質がポーラスシリコンであることを特徴とする請求項2に記載の液体クロマトグラフ溶出液の質量スペクトル測定方法。
【請求項4】
前記試料へのレーザー照射で質量スペクトルを得ることを可能とする活性化物質がナノ粒子及び/又はナノ粒子の集合体であることを特徴とする請求項1に記載の液体クロマトグラフ溶出液の質量スペクトル測定方法。
【請求項5】
前記ナノ粒子が金属及び/又は無機物質であることを特徴とする請求項4に記載の液体クロマトグラフ溶出液の質量スペクトル測定方法。
【請求項6】
前記金属が白金及び/又は金であることを特徴とする請求項5に記載の液体クロマトグラフ溶出液の質量スペクトル測定方法。
【請求項7】
前記無機物質が酸化亜鉛及び/又は酸化チタンであることを特徴とする請求項5に記載の液体クロマトグラフ溶出液の質量スペクトル測定方法。
【請求項8】
前記試料へのレーザー照射で質量スペクトルを得ることを可能とする活性化物質がシリコン基板上に成長させたゲルマニウムナノドットであることを特徴とする請求項1に記載の液体クロマトグラフ溶出液の質量スペクトル測定方法。
【請求項9】
X−Yステージに載せたターゲットを動かしながら、前記液体クロマトグラフ装置から溶出する試料溶液をターゲットに塗布することを特徴とする請求項1に記載の液体クロマトグラフ溶出液の質量スペクトル測定方法。
【請求項10】
前記MALDI−TOF−MS装置が、試料を塗布したターゲットへのレーザー照射で質量スペクトルを得る飛行時間型質量分析装置であることを特徴とする請求項1に記載の液体クロマトグラフ溶出液の質量スペクトル測定方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−186218(P2009−186218A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−23938(P2008−23938)
【出願日】平成20年2月4日(2008.2.4)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】