説明

液体噴射ヘッド、液体噴射装置、及び圧電素子

【課題】少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む圧電体層を備える圧電素子、液体噴射ヘッド及び液体噴射装置の性能を向上させる。
【解決手段】圧電体層は、少なくともビスマス、バリウム、鉄及びチタンを含むぺロブスカイト型酸化物を有する第1の層と、前記第1の層上に形成され、少なくとも鉛、ジルコニウム、及びチタンを含むペロブスカイト型酸化物を有する第2の層と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電素子、この圧電素子を備える液体噴射ヘッド、及び液体噴射装置に関する。
【背景技術】
【0002】
結晶を歪ませると帯電したり、電界中に置くと歪んだりする特徴を持つ圧電素子は、インクジェットプリンター等の液体噴射装置や、アクチュエーター、センサー等に広く用いられている。また、この圧電素子の代表的な圧電材料として、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛が用いられる(例えば、特許文献1、2参照)。
【0003】
近年、環境負荷の観点から鉛の使用量を減らした圧電素子が求められている(例えば、特許文献3参照)。そのため、鉛に代えて、ビスマス(Bi)やバリウム(Ba)を含む非鉛系の圧電素子の研究が進められている。例えば、特許文献1に開示されたBiFeO3−BaTiO3系材料は、非鉛薄膜圧電材料として良好な特性を有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−126930号公報
【特許文献2】特開平11−129478号公報
【特許文献3】特開2005−244133号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、BiFeO3−BaTiO3系圧電材料は、圧電体層にクラックが発生する場合があることが分かった。なお、このような問題は、液体噴射ヘッドに限らず、圧電アクチュエーターやセンサー等の圧電素子においても同様に存在する。
【0006】
以上を鑑み、本発明の目的の1つは少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む圧電体層を備える圧電素子、液体噴射ヘッド及び液体噴射装置の性能を向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的の1つを達成するために、本発明では、ノズル開口に連通する圧力発生室と、圧電体層及び電極を有する圧電素子と、備えた液体噴射ヘッドであって、前記圧電体層は、少なくともビスマス、バリウム、鉄及びチタンを含むペロブスカイト型酸化物を有する第1の層と、前記第1の層上に形成され、少なくとも鉛、ジルコニウム、及びチタンを含むぺロブスカイト型酸化物を有する第2の層と、を備える。
【0008】
さらに、本発明では、圧電体層、及び電極を有する圧電素子であって、前記圧電体層は、少なくともビスマス、バリウム、鉄及びチタンを含むぺロブスカイト型酸化物を有する第1の層と、前記第1の層上に形成され、少なくとも鉛、ジルコニウム、及びチタンを含むペロブスカイト型酸化物を有する第2の層と、を備える。
【0009】
非鉛系材料により形成された圧電体層にクラックが生じる原因の1つとして、圧電体層における上部の金属組成が意図するものになっていないため結晶化構造が不安定となっているということが分かった。そのため、第1の層上に鉛、ジルコニウム及びチタンを含むペロブスカイト型酸化物を有する第2の層を形成することで圧電体層の構造を安定化させ、クラックの発生を抑制する構成としている。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の実施形態に係る液体噴射ヘッドに含まれる圧電素子3の要部を示す垂直断面図である。
【図2】液体噴射ヘッドの一例であるインクジェット式記録ヘッド1を分解して示す分解斜視図である。
【図3】(a)〜(c)は記録ヘッド1の製造工程を説明するための断面図である。
【図4】(a)〜(c)は記録ヘッド1の製造工程を説明するための断面図である。
【図5】上述した記録ヘッド1を有する記録装置(液体噴射装置)200の外観を示している。
【図6】実施例1の圧電体層の表面を示すSEM図である。
【図7】比較例1の圧電体層の表面を示すSEM図である。
【図8】実施例1と比較例1との変位特性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態を説明する。むろん、以下に説明する実施形態は、本発明を例示するものに過ぎない。
【0012】
(1)圧電素子、液体噴射ヘッドの概略構成
図1は、本発明の実施形態に係る液体噴射ヘッドに含まれる圧電素子3の要部を示す垂直断面図である。また、図2は、液体噴射ヘッドの一例であるインクジェット式記録ヘッド1を分解して示す分解斜視図である。そして、図3(a)〜(c)は記録ヘッド1の製造工程を説明するための断面図である。さらに、図4(a)〜(c)は記録ヘッド1の製造工程を説明するための断面図である。
【0013】
図2に例示する記録ヘッド(液体噴射ヘッド)1は、圧電体層30、及び電極(20、40)を有する圧電素子3と、ノズル開口71に連通し圧電素子3により圧力変化が生じる圧力発生室12とを備えている。より具体的には、圧電素子3は、弾性膜を備える振動板16上に下電極20、圧電体層30及び上電極40の順に積層して構成されている。また、圧力発生室12は流路形成基板10の一部を構成するシリコン基板15に形成されている。そして、振動板16の圧電素子3が積層されない側には、流路形成基板10が固着されている。また、流路形成基板10の振動板16と固着されない側には、ノズルプレート70が固着されている。このノズルプレート70にはインクが吐出する流路の一部と成るノズル開口71が複数穿設されている。さらに、振動板16の圧電素子3が固着される側には、コンプライアンス基板60が固着された保護基板50が固着されている。
【0014】
まずは、図1を参照して、圧電素子3の構成を説明する。
圧電素子3は、下電極20と上電極40との間に圧電体層30挟むよう各層を積層させて構成されている。また、圧電体層30は、ビスマス(Bi)及びバリウム(Ba)を含んだ第1の層31と、第1の層31上に鉛を含んだ第2の層32と、を積層して構成されている。
ここで、Pbを含まない圧電材料で形成された圧電体層においては、上部の組成比が意図したものとならず、結晶化が不安定となることがあった。たとえば、Pbを含まない第2層の上部(図1では上電極40側)において、Biの組成比が意図するものと比べて多くなり、他の金属の組成比が意図するものと比べて少なくなることが分かった。そこで、安定的な結晶構造を取らない第1の層31の上にPbを含んだペロブスカイト型酸化物を含む第2の層32を積層することで、圧電体層30を保護し、クラックの発生を抑制している。
【0015】
図1に示すように、振動板16の直上には、白金(Pt)とチタン(Ti)の少なくとも一方を含有する層を有する下電極20が積層されている。
【0016】
そして、下電極20の上には、第1の層31が積層されている。この第1の層31は、少なくとも、Aサイト元素にビスマス(Bi)及びバリウム(Ba)を含み、Bサイト元素に少なくとも鉄(Fe)及びチタン(Ti)を含む、非鉛系のぺロブスカイト型酸化物である。このようなぺロブスカイト型酸化物には、下記一般式で表れる組成の非鉛系ペロブスカイト型酸化物が含まれる。
(Bi、Ba)(Fe、Ti)Ox … (1)
(Bi、Ba、MA)(Fe、Ti)Ox … (2)
(Bi、Ba)(Fe、Ti、MB)Ox …(3)
(Bi、Ba、MA)(Fe、Ti、MB)Ox … (4)
ここで、MAはBi、Baを除く1種類以上の金属元素であり、MBはFe、Ti、Bi、及びBaを除く1種類以上の金属元素である。xは3が標準であるが、ぺロブスカイト構造を取り得る範囲で3からずれてもよい。Aサイト元素とBサイト元素との比は1:1が標準であるが、ペロブスカイト構造を取り得る範囲で1:1からずれてもよい。
【0017】
Bi、Ba、MAのモル数合計に対するBiのモル数比は、例えば、65〜95%程度とすることができる。また、Bi、Ba、MAのモル数合計に対するBaのモル数比は、例えば、5〜35%程度とすることができる。そして、Bi、Ba、MAのモル数合計に対するMAのモル数比は、例えば、0.1〜30%程度とすることができる。
さらに、Fe、Ti、MBのモル数合計に対するFeのモル数比は、例えば、52〜95%程度とすることができる。さらに、Fe、Ti、MDのモル数合計に対するTiのモル数比は、例えば、5〜35%程度とすることができる。そして、Fe、Ti、MDのモル数合計に対するMDのモル数比は、例えば、0.1〜19%程度とすることができる。
MB元素には、マンガン(Mn)等が含まれる。Bサイト構成金属中のMnのモル数比は、Bサイト構成金属の全モル数比を100%として、例えば、0.1〜10%程度とすることができる。Mnを添加すると圧電体層の絶縁性を高く(リーク特性を改善)する効果が期待されるが、Mnが無くても圧電性能を有する圧電素子を形成することができる。
【0018】
そして、第1の層31上には、鉛(Pb)、ジルコニウム(Zr)、チタン(Ti)を少なくとも含む第2の層32が積層されている。この第2の層32は、ぺロブスカイト型酸化物により構成され、Aサイト元素にPbを含み、Bサイト元素にZr及びTiをそれぞれ含むチタン酸ジルコン酸鉛により構成されている。このようなペロブスカイト型酸化物には、下記一般式で表される組成のペロブスカイト型酸化物が含まれる。
Pb(Zr、Ti)Ox … (5)
(Pb、MC)(Zr、Ti)Ox … (6)
Pb(Zr、Ti、MD)Ox …(7)
(Pb、MC)(Zr、Ti、MD)Ox … (8)
ここで、MCはPbを除く1種類以上の金属元素であり、MDはZr、Ti及びPbを除く1種類以上の金属元素である。xは3が標準であるが、ぺロブスカイト構造を取り得る範囲で3からずれてもよい。Aサイト元素とBサイト元素との比は1:1が標準であるが、ペロブスカイト構造を取り得る範囲で1:1からずれてもよい。
MB元素には、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)、等が含まれる。
【0019】
そして、第2の層32の上には、上電極40が積層されている。上電極40を構成する金属は、イリジウム(Ir)、金(Au)、白金(Pt)等を用いることができる。無論これ以外にも、上記した金属に異なる金属を含有するものであってもよい。
また、第2の層32の直上に上電極40を積層することは一例であり、これ以外にも、第2の層32と上電極40との間に他の層が積層された構成としてもよい。
【0020】
ここで、第2の層32と第1の層31の厚みの比は、圧電体層30の厚み(第2の層32と第1の層31との厚みの和)を100パーセントとした場合に、第2の層32の厚みの比が30パーセント以下となることが望ましい。より好ましくは、第2の層32の厚みの比が10パーセント付近となることが望ましい。第2の層32の厚みの比を30パーセント以下とすれば、圧電素子におけるPbの含有量を減らしつつ、本発明の目的を達成することができるからである。
【0021】
(2)圧電素子及び液体噴射ヘッドの製造方法
図2〜図4を参照して、上述した圧電素子3及びこの圧電素子3を備える記録ヘッド(液体噴射ヘッド)1の製造方法を説明する。
【0022】
記録ヘッド1の製造方法として、まずは、シリコン単結晶基板等から流路形成基板10を形成する。そして、例えば、膜厚が約625μmと比較的厚く剛性の高いシリコン基板15の一方の面を約1100℃の拡散路で熱酸化等することによって二酸化シリコン(SiO2)から成る弾性膜(振動板16)を一体的に形成する。弾性膜の厚みは、弾性を有する限り限定されないが、例えば0.5〜2μm程度とすることができる。
【0023】
次いで、図3(a)に示すように、スパッタ法等により弾性膜16上に下電極20を形成する。図3(b)に示す例では、下電極20を形成した後にパターニングしている。下電極20の構成金属は、Pt、Au、Ir、Ti、等の1種類以上の金属を用いることができる。下電極の厚みは特に限定されないが、例えば50〜500nm程度とすることができる。なお、密着層又は拡散防止層として、TiAlN(窒化チタンアルミ)膜、Ir膜、IrO(酸化イリジュウム)膜、ZrO2(酸化ジルコニウム)膜等の層を弾性膜16上に形成したうえで、下電極20を形成してもよい。
【0024】
次に、少なくとも、ビスマス塩、バリウム塩、鉄塩、並びに、チタン化合物を含む前駆体溶液を下電極20の上部に塗布する。前駆体溶液中の金属モル濃度比は、形成されるペロブスカイト型酸化物の組成に応じて決めることができる。上述した式(1)〜(4)におけるAサイト元素及びBサイト元素のモル比は1:1が標準であるが、ペロブスカイト酸化物が形成される範囲内で1:1からずれてもよい。
【0025】
そして、図3(b)に示すように、塗布した前駆体溶液を結晶化させてペロブスカイト型酸化物を含む第1の層31を形成する。好ましくは、前駆体溶液31を、140〜190℃程度で加熱して乾燥させ、その後、例えば、300℃〜400℃程度で加熱して脱脂し、例えば、550℃〜850℃程度で加熱して焼成し、結晶化させる。
なお、第1の層31を厚くするため、塗布工程と乾燥工程と脱脂工程と焼成工程の組合せを複数回行ってもよい。焼成工程を減らすために、塗布工程と乾燥工程と脱脂工程の組合せを複数回行った後に焼成工程を行ってもよい。さらに、これらの工程の組合せを複数回行ってもよい。
【0026】
次いで、少なくとも、鉛塩、ジルコニウム塩、及びチタン塩、を含む前駆体溶液を第1の層31の表面に塗布する。前駆体溶液中の金属モル濃度比は、形成されるペロブスカイト型酸化物の組成に応じて決めることができる。上述した式(5)〜(8)におけるAサイト元素及びBサイト元素のモル比は1:1が標準であるが、ペロブスカイト酸化物が形成される範囲内で1:1からずれてもよい。
【0027】
そして、図3(b)に示すように塗布した前駆体溶液を結晶化させて第2の層32を形成する。結晶化の工程は、上記した第1の層31と同様である。即ち、好ましくは、前駆体溶液81を、140〜190℃程度で加熱して乾燥させ、その後、例えば、300℃〜400℃程度で加熱して脱脂し、例えば、550℃〜850℃程度で加熱して結晶化させる。
形成される第2の層32の厚みは、例えば、100nm程度とすることができる。無論、第2の層32の厚みは、これに限定されないが、圧電体層30の厚みに対して、厚みの比が30パーセント以下に設定されることが望ましい。
【0028】
なお、上記した乾燥及び脱脂を行うための加熱装置には、ホットプレート、赤外線ランプの照射により加熱する赤外線ランプアニール装置等を用いることができる。また、上記焼成を行うための加熱装置には、赤外線ランプアニール装置等を用いることができる。好ましくは、RTA(Rapid Thermal Annealing)法等を用いて昇温レートを比較的早くするとよい。
【0029】
こうして形成された圧電体層30の上に、図3(b)に示すように、スパッタ法等によって上電極40を形成する。上電極を構成する金属には、Ir、Au、Pt等の1種類以上の金属を用いることができる。また、上電極の厚みは、特に限定されないが、例えば、50〜200nm程度とすることができる。なお、図3(c)に示す例では、上電極40を形成した後に、圧電体層30、及び上電極40を各圧力発生室12に対向する領域にパターニングして圧電素子3を形成している。
一般には、圧電素子3の何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極及び圧電体層30を圧力発生室12毎にパターニングして圧電素子3を構成する。なお、図2、4に示す圧電素子3では、下電極20を共通電極とし、上電極40を個別電極としているが、上電極40を共通電極とし、下電極を個別電極とするものであってもよい。
【0030】
以上により、圧電体層30及び電極(20、40)を有する圧電素子3が形成され、この圧電素子3及び振動板16を備えた圧電アクチュエーター2が形成される。
【0031】
続いて、図3(c)に示すように、リード電極45を形成する。例えば、流路形成基板10の前面に亘って金層を形成した後にレジスト等からなるマスクパターンを介して圧電素子3毎にパターニングすることにより、リード電極45が設けられる。図2に示す各上電極40には、インク供給路14側の端部付近から振動板16に延びたリード電極45が接続されている。
【0032】
なお、下電極20や上電極40やリード電極45は、DC(直流)マグネトロンスパッタリング法といったスパッタ法等によって形成することができる。各層の厚みは、スパッタ装置の印加電圧やスパッタ処理時間を変えることにより調整することができる。
【0033】
次に、図4(a)に示すように、圧電素子保持部52等を予め形成した保護基板50を流路形成基板10上に例えば接着剤によって接合する。保護基板50には、例えば、シリコン単結晶基板、ガラス、セラミックス材料等を用いることができる。保護基板50の厚みは、特に限定されないが、例えば400μm程度とすることができる。保護基板50の厚み方向に貫通したリザーバ部51は、連通部13とともに、共通のインク室となるリザーバ9を構成する。圧電素子3に対向する領域に設けられた圧電素子保持部52は、圧電素子3の運動を阻害しない程度の空間を有する。保護基板50の貫通孔53内には、各圧電素子3から引き出されたリード電極45の端部付近が露出する。
【0034】
次いで、シリコン基板15をある程度の厚さとなるまで研磨した後、さらにフッ硝酸によってウェットエッチングすることによりシリコン基板15を所定の厚み(例えば70μm程度)にする。次いで、図4(b)に示すように、シリコン基板15上にマスク膜17を新たに形成し、所定形状にパターニングする。マスク膜17には、窒化シリコン(SiN)等を用いることができる。次いで、KOH等のアルカリ溶液を用いてシリコン基板15を異方性エッチング(ウェットエッチング)する。これにより、複数の隔壁11によって区画された圧力発生室12と細幅のインク供給路14を備えた複数の液体流路と、各インク供給路14に繋がる共通の液体流路である連通部13とが形成される。液体流路(12,14)は、圧力発生室12の短手方向である幅方向D1へ並べられている。
なお、圧力発生室12は、圧電素子3の形成前に形成されてもよい。
【0035】
次いで、流路形成基板10及び保護基板50の周縁部の不要部分を例えばダイシングにより切断して除去する。次いで、図4(c)に示すように、シリコン基板15の保護基板50とは反対側の面にノズルプレート70を接合する。ノズルプレート70は、ガラスセラミックス、シリコン単結晶基板、ステンレス鋼、等を用いることができ、流路形成基板10の開口面側に固着される。この固着には、接着剤、熱溶着フィルム、等を用いることができる。ノズルプレート70には、各圧力発生室12のインク供給路14とは反対側の端部近傍に連通するノズル開口71が穿設されている。従って、圧力発生室12は、液体を吐出するノズル開口71に連通している。
【0036】
次いで、封止膜61及び固定板62を有するコンプライアンス基板60を保護基板50上に接合し、所定のチップサイズに分割する。封止膜61は、例えば厚み6μm程度のポリフェニレンサルファイド(PPS)フィルムといった剛性が低く可撓性を有する材料等が用いられ、リザーバ部51の一方の面を封止する。固定板62は、例えば厚み30μm程度のステンレス鋼(SUS)といった金属等の硬質の材料が用いられ、リザーバ9に対向する領域が開口部63とされている。
【0037】
また、保護基板50上には、並設された圧電素子3を駆動するための駆動回路65が固定される。駆動回路65には、回路基板、半導体集積回路(IC)、等を用いることができる。駆動回路65とリード電極45とは、接続配線66を介して電気的に接続される。接続配線66には、ボンディングワイヤといった導電性ワイヤ等を用いることができる。
以上により、記録ヘッド1が製造される。
【0038】
本記録ヘッド1は、図示しない外部インク供給手段と接続したインク導入口からインクを取り込み、リザーバ9からノズル開口71に至るまで内部をインクで満たす。駆動回路65からの記録信号に従い、圧力発生室12毎に下電極20と上電極40との間に電圧を印加すると、圧電体層30、下電極20及び振動板16の変形によりノズル開口71からインク滴が吐出する。
【0039】
(3)液体噴射装置:
図5は、上述した記録ヘッド1を有する記録装置(液体噴射装置)200の外観を示している。記録ヘッド1を記録ヘッドユニット211,212に組み込むと、記録装置200を製造することができる。図5に示す記録装置200は、記録ヘッドユニット211,212のそれぞれに、記録ヘッド1が設けられ、外部インク供給手段であるインクカートリッジ221,222が着脱可能に設けられている。記録ヘッドユニット211,212を搭載したキャリッジ203は、装置本体204に取り付けられたキャリッジ軸205に沿って往復移動可能に設けられている。駆動モーター206の駆動力が図示しない複数の歯車及びタイミングベルト207を介してキャリッジ203に伝達されると、キャリッジ203がキャリッジ軸205に沿って移動する。図示しない給紙ローラー等により給紙される記録シート290は、プラテン208上に搬送され、インクカートリッジ221,222から供給され記録ヘッド1から吐出するインクにより印刷がなされる。
【0040】
(4)実施例:
以下、実施例を示すが、本発明は以下の例により限定されるものではない。
【0041】
[下電極を積層した基板の作製]
Pt/TiOx(酸化チタン)/SiO2/Siの各層を有する基板を次のようにして作製した。
まず、Si基板を拡散炉中で1100℃の熱酸化を行い、膜厚1.3μmのSiO2膜をSi基板表面に形成した。次に、SiO2膜表面にDCスパッタ法により膜厚20nmのTi膜を成膜して、ランプ熱処理装置(RTA法)で酸素中700℃5分間の熱処理を行い、TiOx膜を形成した。さらに、TiOx膜表面に330℃300WのDCスパッタ法により膜厚130nmのPt膜を形成した。
【0042】
[実施例1]
(BFM−BT前駆体溶液作製)
Bi,Fe,Mn,Ba各金属元素の前駆体材料としてビスマス−n−ブトキシド(Bi{(CHCHO})、鉄アセチルアセテート(Fe{CHCOCHCOCH})、マンガンアセチルアセトナート(Mn{CHCOCHCOCH})、酢酸バリウム(Ba(CHCOO))、チタニウムイソプロポキシド(Ti{(CHCHO})をそれぞれ用いた。
溶媒には酢酸イソアミルを用い、上記前駆体材料が溶媒に対して0.3〜0.6(mol/l)となるよう使用した。
【0043】
(BFM−BT膜作製)
それぞれの前駆体溶液をPt/TiOx/SiO2/Si基板上に3000rpmでスピンコートし(塗布工程)、加熱して乾燥し(乾燥工程)、さらに加熱して脱脂した(脱脂工程)。そして、ランプ熱処理装置(RTA法)で750℃、5分間の熱処理をした。これらの工程を10回繰り返し、結晶化させてPt/TiOx/SiO2/Si基板上にBFM−BT(Bi(Fe、Mn)O−BaTiO)膜を成膜した(第1の層)。
【0044】
(PZT前駆体溶液作成)
Pb,Zr,Ti各金属元素の前駆体材料として酢酸鉛3水和物(Pb(CHCOOH)・3HO)、ジルコニウムテトラ−n−ブトキシド(Zr{CH(CHO})、チタニウムイソプロポキシド(Ti{(CHCHO})をそれぞれ用いた。
溶媒には2−n−ブトキシエタノールを用い、上記前駆体材料が溶媒に対して0.3〜0.6(mol/l)となるよう使用した。
【0045】
(PZT膜作製)
PZTの前駆体溶液をBFM−BT膜上に3000rpmでスピンコートし(塗布工程)、3分間加熱して乾燥し(乾燥工程)、さらに3分間加熱して脱脂した(脱脂工程)。そして、ランプ熱処理装置(RTA法)で750℃、5分間の熱処理をした。これらの工程を2回繰り返し、結晶化させてBFM−BT膜上にPZT膜を成膜した(第2の層)。
そして、この第2の層上に上電極を形成して圧電素子を作成した。
【0046】
上記実施例1に対して、PZT膜を成膜しない比較例1を作成した。この比較例1はPZT膜を有しない以外は、実施例1と同様の条件及び手法により作成を行った。
【0047】
表1に実施例1及び比較例1のPZT膜とBFM−BT膜の膜厚を示している。なお、PZT膜を有さない場合は0nmと記載した。
【表1】


【0048】
図6は、実施例1の圧電体層の表面を示すSEM(Scanning Electron Microscope)図である。また、図7は、比較例1の圧電体層の表面を示すSEM図である。
上記した実施例1の圧電体層表面と比較例1の圧電体層表面とを走査型電子顕微鏡を用いて観察した結果、比較例1においてクラックの発生が観察された。一方、実施例1ではクラックの発生が観察されなかった。以上によりBi、Ba、Fe、及びTiを含むペロブスカイト型酸化物を有する第1の層の上に、Pb、Zr、及びTiを含むぺロブスカイト型酸化物を有する第2の層を形成することで、圧電体層にクラックが生じにくくなることが分かった。
そのため、本発明を適用することで、圧電素子においてクラックの発生を抑制できることが分かった。
【0049】
(その他の評価)
図8は、実施例1と比較例1との変位特性を示すグラフである。図8では、横軸に印加電圧(V)を示し、縦軸に圧電素子の変位量(nm)を示す。また、実施例1においては、印加電圧(V)を変化させてBFM−BT膜の変位量を2回に渡り測定している。
図8に示すように、実施例1(1回目、2回目)では、印加電圧の増加に対する変位量の変化が一定であり、変位特性に優れていることがわかった。一方、比較例1では、印加電圧の増加に対する変位量の変化が一定でなく、変位特性に優れていないことがわかった。
以上の結果から、以上によりBi、Ba、Fe、及びTiを含むペロブスカイト型酸化物を有する第1の層の上に、Pb、Zn、及びTiを含むぺロブスカイト型酸化物を有する第2の層を形成する圧電素子は、変位特性が優れていることがわかった。
【0050】
(5)応用、その他:
本発明は、種々の変形例が考えられる。
上述した実施形態では圧力発生室毎に個別の圧電体を設けているが、複数の圧力発生室に共通の圧電体を設け圧力発生室毎に個別電極を設けることも可能である。
上述した実施形態では流路形成基板にリザーバの一部を形成しているが、流路形成基板とは別の部材にリザーバを形成することも可能である。
上述した実施形態では圧電素子の上側を圧電素子保持部で覆っているが、圧電素子の上側を大気に開放することも可能である。
上述した実施形態では振動板を隔てて圧電素子の反対側に圧力発生室を設けたが、圧電素子側に圧力発生室を設けることも可能である。例えば、固定した板間及び圧電素子間で囲まれた空間を形成すれば、この空間を圧力発生室とすることができる。
【0051】
流体噴射ヘッドから吐出される液体は、液体噴射ヘッドから吐出可能な材料であればよく、染料等が溶媒に溶解した溶液、顔料や金属粒子といった固形粒子が分散媒に分散したゾル、等の流体が含まれる。このような流体には、インク、液晶、等が含まれる。液体噴射ヘッドには、粉体や気体を吐出するものも含まれる。液体噴射ヘッドは、プリンターといった画像記録装置の他、液晶ディスプレー等のカラーフィルタの製造装置、有機ELディスプレー等の電極の製造装置、バイオチップ製造装置、等に搭載可能である。
【0052】
以上説明したように、本発明によると、種々の態様により、少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む圧電体層を有する圧電素子、液体噴射ヘッド及び液体噴射装置の性能を向上させる技術等を提供することができる。
また、上述した実施形態及び変形例の中で開示した各構成を相互に置換したり組み合わせを変更したりした構成、公知技術並びに上述した実施形態及び変形例の中で開示した各構成を相互に置換したり組み合わせを変更したりした構成、等も実施可能である。本発明は、これらの構成等も含まれる。
【符号の説明】
【0053】
1…記録ヘッド、2…圧電アクチュエーター、3…圧電素子、10…流路形成基板、12…圧力発生室、15…シリコン基板、16…振動板、20…下電極、30…圧電体層、31…第1の層、32…第2の層、40…上電極、50…保護基板、60…コンプライアンス基板、70…ノズルプレート、71…ノズル開口、200…記録装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ノズル開口に連通する圧力発生室と、
圧電体層及び電極を有する圧電素子と、備えた液体噴射ヘッドであって、
前記圧電体層は、
少なくともビスマス、バリウム、鉄及びチタンを含むペロブスカイト型酸化物を有する第1の層と、
前記第1の層上に形成され、少なくとも鉛、ジルコニウム、及びチタンを含むぺロブスカイト型酸化物を有する第2の層と、を備える液体噴射ヘッド。
【請求項2】
前記第1の層と前記第2の層との厚みの和に対する前記第2の層の厚みの比が30パーセント以下である、請求項1に記載の液体噴射ヘッド。
【請求項3】
前記第1の層のペロブスカイト型酸化物にマンガンが含まれている、請求項1又は請求項2に記載の液体噴射ヘッド。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の液体噴射ヘッドを備えた、液体噴射装置。
【請求項5】
圧電体層、及び電極を有する圧電素子であって、
前記圧電体層は、
少なくともビスマス、バリウム、鉄及びチタンを含むぺロブスカイト型酸化物を有する第1の層と、
前記第1の層上に形成され、少なくとも鉛、ジルコニウム、及びチタンを含むペロブスカイト型酸化物を有する第2の層と、を備える圧電素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図8】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−107206(P2013−107206A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−251342(P2011−251342)
【出願日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】