説明

液体噴射ヘッド、液体噴射装置、及び圧電素子

【課題】環境負荷が小さく且つ変位特性の高い液体噴射ヘッド、液体噴射装置、及び圧電素子を提供する。
【解決手段】第1電極60、圧電体層70、及び第2電極80を備えた圧電素子300を具備し、圧電体層70は、ビスマス、バリウム、鉄、及びチタンを含むペロブスカイト型構造を有する複合酸化物からなり、X線光電子分光測定においてC 1sに起因するピークのC−C、C−H状態の結合エネルギーを284.8eVとして規格化し、結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において得られたピークを、ガウス関数を用いてピーク分離したとき、780.5±0.8eVにピークを有すると共に、前記ピークよりも強度の低いピークを低結合エネルギー側に1本以上有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電材料からなる圧電体層及び電極を有する圧電素子を具備しノズル開口から液滴を吐出させる液体噴射ヘッド、液体噴射装置、及び圧電素子に関する。
【背景技術】
【0002】
液体噴射ヘッドに用いられる圧電素子としては、電気的機械変換機能を呈する圧電材料、例えば、結晶化した誘電材料からなる圧電体層を、2つの電極で挟んで構成されたものがある。このような圧電素子は、例えば撓み振動モードのアクチュエーター装置として液体噴射ヘッドに搭載される。ここで、液体噴射ヘッドの代表例としては、例えば、インク滴を吐出するノズル開口と連通する圧力発生室の一部を振動板で構成し、この振動板を圧電素子により変形させて圧力発生室のインクを加圧してノズル開口からインク滴として吐出させるインクジェット式記録ヘッドがある。
【0003】
このような圧電素子を構成する圧電体層として用いられる圧電材料には高い圧電特性が求められており、圧電材料の代表例として、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)が挙げられる(特許文献1参照)。しかしながら、チタン酸ジルコン酸鉛には鉛が含まれており、環境問題の観点から、鉛を含有しない圧電材料が求められている。そこで、鉛を含有しない圧電材料としてビスマス系の圧電材料、例えば、ビスマス及び鉄を含む鉄酸ビスマス系(BiFeO系)のペロブスカイト型構造を有する圧電材料が提案されている。具体例としては、Bi(Fe,Mn)O等の鉄酸マンガン酸ビスマスとBaTiO等のチタン酸バリウムとの混晶として表される複合酸化物がある(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−223404号公報
【特許文献2】特開2009−252789号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、このような複合酸化物からなる圧電体層は、チタン酸ジルコン酸鉛と比較すると変位特性が低いという問題があった。このため、より変位特性の高いものが求められている。
【0006】
なお、このような問題は、インクジェット式記録ヘッドだけではなく、勿論、インク以外の液滴を吐出する他の液体噴射ヘッドにおいても同様に存在し、また、液体噴射ヘッド以外に用いられる圧電素子においても同様に存在する。
【0007】
本発明はこのような事情に鑑み、環境負荷が小さく且つ変位特性の高い液体噴射ヘッド、液体噴射装置、及び圧電素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決する本発明の態様は、圧電体層と、前記圧電体層に設けられた電極と、を具備する圧電素子を備えた液体噴射ヘッドであって、前記圧電体層は、ビスマス、バリウム、鉄、及びチタンを含むペロブスカイト型構造を有する複合酸化物からなり、X線光電子分光測定においてC 1sに起因するピークのC−C、C−H状態の結合エネルギーを284.8eVとして規格化し、結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において得られたピークを、ガウス関数を用いてピーク分離したとき、780.5±0.8eVにピークを有すると共に、前記ピークよりも強度の低いピークを低結合エネルギー側に1本以上有することを特徴とする液体噴射ヘッドにある。
かかる態様では、圧電体層が結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において所定のピークを有するものとすることにより、変位特性の高い圧電素子となる。さらに、鉛の含有量を抑えられるため、環境への負荷を低減することができる。
【0009】
また、前記複合酸化物は、マンガン、コバルト、クロム、ニッケル、及び銅からなる群から選択される少なくとも1つをさらに含むのが好ましい。これによれば、リーク電流の発生を抑制した圧電体層とすることができる。
【0010】
本発明の他の態様は、上記液体噴射ヘッドを具備することを特徴とする液体噴射装置にある。
かかる態様では、環境への負荷を低減し且つ変位特性の高い圧電素子を具備するため、信頼性に優れた液体噴射装置を実現することができる。
【0011】
本発明の他の態様は、圧電体層と、前記圧電体層に設けられた電極と、を具備し、前記圧電体層は、ビスマス、バリウム、鉄、及びチタンを含むペロブスカイト型構造を有する複合酸化物からなり、X線光電子分光測定においてC 1sに起因するピークのC−C、C−H状態の結合エネルギーを284.8eVとして規格化し、結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において得られたピークを、ガウス関数を用いてピーク分離したとき、780.5±0.8eVにピークを有すると共に、前記ピークよりも強度の低いピークを低結合エネルギー側に1本以上有することを特徴とする圧電素子にある。
かかる態様では、圧電体層が結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において所定のピークを有するものとすることにより、変位特性の高い圧電素子となる。さらに、鉛の含有量を抑えられるため、環境への負荷を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施形態1に係る記録ヘッドの概略構成を示す分解斜視図。
【図2】実施形態1に係る記録ヘッドの平面図及び断面図。
【図3】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図4】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図5】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図6】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図7】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図8】実施例1のBa 3d5に起因するピークを示す図。
【図9】実施例2のBa 3d5に起因するピークを示す図。
【図10】比較例1のBa 3d5に起因するピークを示す図。
【図11】比較例2及び3のBa 3d5に起因するピークを示す図。
【図12】各実施例及び比較例1の印加電圧と変位量との関係を示す図。
【図13】本発明の一実施形態に係る記録装置の概略構成を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(実施形態1)
図1は、本発明の実施形態1に係る液体噴射ヘッドの一例であるインクジェット式記録ヘッドの分解斜視図であり、図2は、図1の平面図及びそのA−A′線断面図である。
【0014】
図示するように、流路形成基板10は、本実施形態では面方位(110)のシリコン単結晶基板からなり、その一方の面には、振動板を構成する二酸化シリコンからなる厚さ0.5〜2μmの弾性膜50が形成されている。
【0015】
流路形成基板10には、一方の面とは反対側の面となる他方面側から異方性エッチングすることにより、圧力発生室12が形成されている。そして、複数の隔壁11によって区画された圧力発生室12が同じ色のインクを吐出する複数のノズル開口21が並設される方向に沿って並設されている。以降、この方向を圧力発生室12の並設方向、又は第1方向と称し、これと直交する方向を第2方向と称する。また、流路形成基板10の圧力発生室12の第2方向の一端部側には、インク供給路14と連通路15とが隔壁11によって区画されている。また、連通路15の一端には、各圧力発生室12の共通のインク室(液体室)となるマニホールド100の一部を構成する連通部13が形成されている。すなわち、流路形成基板10には、圧力発生室12、インク供給路14、連通路15及び連通部13からなる液体流路が設けられている。
【0016】
インク供給路14は、圧力発生室12の第2方向一端部側に連通し且つ圧力発生室12より小さい断面積を有する。例えば、本実施形態では、インク供給路14は、マニホールド100と各圧力発生室12との間の圧力発生室12側の流路を幅方向に絞ることで、圧力発生室12の幅より小さい幅で形成されている。なお、このように、本実施形態では、流路の幅を片側から絞ることでインク供給路14を形成したが、流路の幅を両側から絞ることでインク供給路を形成してもよい。また、流路の幅を絞るのではなく、厚さ方向から絞ることでインク供給路を形成してもよい。さらに、各連通路15は、インク供給路14の圧力発生室12とは反対側に連通し、インク供給路14の幅方向(第1方向)より大きい断面積を有する。本実施形態では、連通路15を圧力発生室12と幅方向(第1方向)の断面積が同じとなるように形成した。
【0017】
また、流路形成基板10の開口面側には、各圧力発生室12のインク供給路14とは反対側の端部近傍に連通するノズル開口21が穿設されたノズルプレート20が、接着剤や熱溶着フィルム等によって固着されている。なお、ノズルプレート20は、例えば、ガラスセラミックス、シリコン単結晶基板、ステンレス鋼等からなる。
【0018】
一方、図2(b)に示すように、このような流路形成基板10の開口面とは反対側には、上述したように弾性膜50が形成され、この弾性膜50上には、例えば厚さ30〜50nm程度の酸化チタン等からなり、弾性膜50等の第1電極60の下地との密着性を向上させるための密着層56が設けられている。本実施形態においては、密着層56として酸化チタンを用いたが、密着層56の材質は第1電極60とその下地の種類等により異なるが、例えば、ジルコニウム、アルミニウムを含む酸化物や窒化物や、SiO、MgO、CeO等とすることができる。なお、弾性膜50上に、必要に応じて酸化ジルコニウム等からなる絶縁体膜が設けられていてもよい。
【0019】
さらに密着層56上には、第1電極60と、第1電極60の上方に設けられて厚さが3μm以下、好ましくは0.3〜1.5μmの薄膜である圧電体層70と、圧電体層70の上方に設けられた第2電極80とが、積層形成されて、圧力発生室12に圧力変化を生じさせる圧力発生手段としての圧電素子300を構成している。なお、ここでいう上方とは、直上も、間に他の部材が介在した状態も含むものである。ここで、圧電素子300は、第1電極60、圧電体層70及び第2電極80を含む部分をいう。一般的には、圧電素子300の何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極及び圧電体層70を各圧力発生室12毎にパターニングして構成する。本実施形態では、第1電極60を圧電素子300の共通電極とし、第2電極80を圧電素子300の個別電極としているが、駆動回路や配線の都合でこれを逆にしても支障はない。また、ここでは、変位可能に設けられた圧電素子300をアクチュエーター装置と称する。なお、上述した例では、弾性膜50、密着層56及び第1電極60が振動板として作用するが、勿論これに限定されるものではなく、例えば、弾性膜50及び密着層56を設けずに、第1電極60のみが振動板として作用するようにしてもよい。また、圧電素子300自体が実質的に振動板を兼ねるようにしてもよい。
【0020】
そして、圧電体層70は、ビスマス(Bi)、バリウム(Ba)、鉄(Fe)、及びチタン(Ti)を含むペロブスカイト型構造を有する複合酸化物からなり、X線光電子分光測定においてC 1sに起因するピークのC−C、C−H状態の結合エネルギーを284.8eVとして規格化し、結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において得られたピークを、ガウス関数を用いてピーク分離したとき、780.5±0.8eVにピークを有すると共に、前記ピークよりも強度が低いピークを低結合エネルギー側に有するものである。
【0021】
上述したように、圧電体層70は、X線光電子分光測定においてC 1sに起因するピークのC−C、C−H状態の結合エネルギーを284.8eVとして規格化し、結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において得られたピークを、ガウス関数を用いてピーク分離したとき、780.5±0.8eVにピークを有し、このピークよりも強度の低いピークを低結合エネルギー側に1本以上有するものである。X線光電子分光測定においてこのようなピークを示す分子状態の複合酸化物からなる圧電体層70は、変位特性の高いものとすることができる。言い換えれば、本発明は、圧電体層70が、X線光電子分光測定において結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において得られるピークを、ガウス関数を用いてピーク分離したとき、所定の範囲内にピークを有し且つそのピークよりも強度の低いピークを低結合エネルギー側に1本以上有するものとなるようにすることにより、高い変位特性を実現したものである。
【0022】
この圧電体層70は、上述したピーク分離をしたとき、780.5±0.8eVよりも高結合エネルギー側及び低結合エネルギー側のいずれにおいても、780.5±0.8eVの範囲のピークよりも強度が高いピークはないものである。すなわち、圧電体層70は、上述したピーク分離をしたとき、780.5±0.8eVにピークを有すると共に、このピークよりも低結合エネルギー側に位置する1本以上のピークを有し、780.5±0.8eVのピークの強度が最も高いものとなっているものである。なお、上述したピーク分離をしたときに、780.5±0.8eVのピークよりも低結合エネルギー側や高結合エネルギー側に780.5±0.8eVのピークよりも強度の高いピークを有する場合は、変位特性が低下してしまう。
【0023】
ここで、結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において得られるピークは、Ba 3d5に起因するピーク、すなわち、バリウム(Ba)の3d5軌道に起因するピークである。また、本発明において「780.5±0.8eVにピークを有する」とは、最大強度の位置が780.5±0.8eVにあるピークを有することを指す。
【0024】
結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において得られるピークは、例えば、複合酸化物を構成する元素の組成比の変更、圧電体層70を形成する際の焼成時間・焼成温度の調整、焼成雰囲気の変更等により、調整することができる。したがって、圧電体層70を備える圧電素子300は、所定の条件下で作製した圧電体層70が、結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において得られるピークが上述した条件を満たすものであるか否かを予め測定により確かめた後に量産するようにすればよい。
【0025】
また、X線光電子分光測定は、市販のX線光電子分光装置により測定すればよく、例えば、励起X線としてAlのKα線を用いて測定することができる。本実施形態では、X線光電子分光装置(XPS;サーモフィッシャーサイエンティフィック社製,ESCALAB250)により、励起X線として単色Al−Kα(1486.6eV)を用いて測定を行った。
【0026】
また、複合酸化物は、上述したように、ペロブスカイト型構造、すなわち、ABO型構造であり、この構造のAサイトは酸素が12配位しており、また、Bサイトは酸素が6配位して8面体(オクタヘドロン)をつくっている。そして、このペロブスカイト構造のAサイトにビスマス及びバリウムを含み、Bサイトに、鉄及びチタンを含む。
【0027】
このようなBi,Fe,Ba及びTiを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物は、例えば、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物、または、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムが均一に固溶した固溶体として表される。なお、X線回折パターンにおいて、鉄酸ビスマスや、チタン酸バリウムは、単独では検出されないものである。
【0028】
ここで、鉄酸ビスマスやチタン酸バリウムは、それぞれペロブスカイト構造を有する公知の圧電材料であり、それぞれ種々の組成のものが知られている。例えば、鉄酸ビスマスやチタン酸バリウムとして、BiFeOやBaTiO以外に、元素が一部欠損する又は過剰であったり、元素の一部が他の元素に置換されたものも知られているが、本発明で鉄酸ビスマス、チタン酸バリウムと表記した場合、基本的な特性が変わらない限り、欠損・過剰により化学量論の組成からずれたものや元素の一部が他の元素に置換されたものも、鉄酸ビスマス、チタン酸バリウムの範囲に含まれるものとする。
【0029】
このようなペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電体層70の組成は、例えば、下記一般式(1)で表される混晶として表される。また、この式(1)は、下記一般式(1’)で表すこともできる。ここで、一般式(1)及び一般式(1’)の記述は化学量論に基づく組成表記であり、上述したように、ペロブスカイト構造を取り得る限りにおいて、格子不整合、酸素欠損等による不可避な組成のずれは勿論、元素の一部置換等も許容される。例えば、化学量論比が1とすると、0.85〜1.20の範囲内のものは許容される。
【0030】
(1−x)[BiFeO]−x[BaTiO] (1)
(0<x≦0.40)
(Bi1−xBa)(Fe1−xTi) (1’)
(0<x≦0.40)
【0031】
また、圧電体層70を構成する複合酸化物は、Bi、Fe、Ba及びTi以外の元素を含んでいてもよい。他の元素としては、Mn、Co及びCrからなる群から選択される少なくとも一種が挙げられる。勿論、他の元素を含む複合酸化物である場合も、ペロブスカイト構造を有する必要がある。
【0032】
また、圧電体層70を構成する複合酸化物は、Bi、Fe、Ba及びTi以外の元素を含んでいてもよい。他の元素としては、例えば、Mn、Co、Cr、Ni、Cuなどの遷移金属元素が挙げられ、これらを2種以上含んでいてもよいが、Mn又はCoを含むのが特に好ましい。勿論、他の元素を含む複合酸化物である場合も、ペロブスカイト構造を有する必要がある。
【0033】
圧電体層70が、例えば、Mnを含む場合、圧電体層70を構成する複合酸化物は、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムが均一に固溶した固溶体のFeの一部がMnで置換された構造、又は、鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物として表され、基本的な特性は鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物と同じであるが、リーク特性が向上するものである。なお、X線回折パターンにおいて、鉄酸ビスマス、チタン酸バリウム、鉄酸マンガン酸ビスマスは、単独では検出されないものである。
【0034】
また、上述した他の遷移金属を含む場合も同様に、Feの一部が遷移金属で置換された構造として表され、リーク特性が向上する。
【0035】
このようなBi、Fe、Ba及びTiに加えてMnなどの遷移金属元素を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電体層70は、例えば、下記一般式(2)で表される混晶である。また、この式(2)は、下記一般式(2’)で表すこともできる。なお一般式(2)及び一般式(2’)において、Mは、Mn、Co、Cr、Ni、Cuなどのような遷移金属元素である。ここで、一般式(2)及び一般式(2’)の記述は化学量論に基づく組成表記であり、上述したように、ペロブスカイト構造を取り得る限りにおいて、格子不整合、酸素欠損等による不可避な組成ずれは許容される。例えば、化学量論が1であれば、0.85〜1.20の範囲内のものは許容される。
【0036】
(1−x)[Bi(Fe1−y)O]−x[BaTiO] (2)
(0<x≦0.40、0.01≦y≦0.10)
(Bi1−xBa)((Fe1−y1−xTi) (2’)
(0<x≦0.40、0.01≦y≦0.10)
【0037】
本実施形態では、圧電体層70は、鉄酸マンガン酸チタン酸ビスマスバリウム((Bi,Ba)(Fe,Mn,Ti)O)、言い換えれば、鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶として表されるペロブスカイト型構造を有する複合酸化物からなるものとした。このようなビスマス、バリウム、鉄、マンガン及びチタンを含むペロブスカイト構造を有する複合酸化物は、例えば下記一般式(3)で表される組成比であることが好ましい。ただし、一般式(3)の記述は化学量論に基づく組成表記であり、元素拡散、格子不整合、酸素欠損等による不可避な組成ずれは許容される。
【0038】
[(1−x){Bi(Fe1−a,Mn)O}−x{BaTiO}] (3)
(0.10<x≦0.40、0.01≦a≦0.10)
【0039】
このような圧電素子300の個別電極である各第2電極80には、インク供給路14側の端部近傍から引き出され、弾性膜50上や必要に応じて設ける絶縁体膜上にまで延設される、例えば、金(Au)等からなるリード電極90が接続されている。
【0040】
このような圧電素子300が形成された流路形成基板10上、すなわち、第1電極60、弾性膜50や必要に応じて設ける絶縁体膜及びリード電極90上には、マニホールド100の少なくとも一部を構成するマニホールド部31を有する保護基板30が接着剤35を介して接合されている。このマニホールド部31は、本実施形態では、保護基板30を厚さ方向に貫通して圧力発生室12の幅方向に亘って形成されており、上述のように流路形成基板10の連通部13と連通されて各圧力発生室12の共通のインク室となるマニホールド100を構成している。上述した例では、マニホールド部31及び連通部13がマニホールド100として作用するが、勿論これに限定されるものではなく、流路形成基板10の連通部13を圧力発生室12毎に複数に分割して、マニホールド部31のみをマニホールドとしてもよい。また、例えば、流路形成基板10に圧力発生室12のみを設け、流路形成基板10と保護基板30との間に介在する部材(例えば、弾性膜50、必要に応じて設ける絶縁体膜等)にマニホールド100と各圧力発生室12とを連通するインク供給路14を設けるようにしてもよい。
【0041】
また、保護基板30の圧電素子300に対向する領域には、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有する圧電素子保持部32が設けられている。圧電素子保持部32は、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有していればよく、当該空間は密封されていても、密封されていなくてもよい。
【0042】
このような保護基板30としては、流路形成基板10の熱膨張率と略同一の材料、例えば、ガラス、セラミック材料等を用いることが好ましく、本実施形態では、流路形成基板10と同一材料のシリコン単結晶基板を用いて形成した。
【0043】
また、保護基板30には、保護基板30を厚さ方向に貫通する貫通孔33が設けられている。そして、各圧電素子300から引き出されたリード電極90の端部近傍は、貫通孔33内に露出するように設けられている。
【0044】
また、保護基板30上には、並設された圧電素子300を駆動するための駆動回路120が固定されている。この駆動回路120としては、例えば、回路基板や半導体集積回路(IC)等を用いることができる。そして、駆動回路120とリード電極90とは、ボンディングワイヤー等の導電性ワイヤーからなる接続配線121を介して電気的に接続されている。
【0045】
また、このような保護基板30上には、封止膜41及び固定板42とからなるコンプライアンス基板40が接合されている。ここで、封止膜41は、剛性が低く可撓性を有する材料からなり、この封止膜41によってマニホールド部31の一方面が封止されている。また、固定板42は、比較的硬質の材料で形成されている。この固定板42のマニホールド100に対向する領域は、厚さ方向に完全に除去された開口部43となっているため、マニホールド100の一方面は可撓性を有する封止膜41のみで封止されている。
【0046】
このような本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIでは、図示しない外部のインク供給手段と接続したインク導入口からインクを取り込み、マニホールド100からノズル開口21に至るまで内部をインクで満たした後、駆動回路120からの記録信号に従い、圧力発生室12に対応するそれぞれの第1電極60と第2電極80との間に電圧を印加し、弾性膜50、第1電極60及び圧電体層70をたわみ変形させることにより、各圧力発生室12内の圧力が高まりノズル開口21からインク滴が吐出する。
【0047】
次に、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドの製造方法の一例について、図3〜図7を参照して説明する。なお、図3〜図7は、圧力発生室の長手方向(第2方向)の断面図である。
【0048】
まず、図3(a)に示すように、シリコンウェハーである流路形成基板用ウェハー110の表面に弾性膜50を構成する二酸化シリコン(SiO)等からなる二酸化シリコン膜を熱酸化等で形成する。次いで、図3(b)に示すように、弾性膜50(二酸化シリコ
ン膜)上に、酸化チタン等からなる密着層56を、スパッタリング法や熱酸化法等を用い
て形成する。
【0049】
次に、図4(a)に示すように、密着層56上の全面に亘って第1電極60を形成する。具体的には、密着層56上に、スパッタリング法や蒸着法により、例えば、白金、イリジウム、酸化イリジウム又はこれらの積層構造等からなる白金からなる第1電極60を形成する。次に、図4(b)に示すように、第1電極60上に所定形状のレジスト(図示無し)をマスクとして、密着層56及び第1電極60の側面が傾斜するように同時にパターニングする。
【0050】
次いで、レジストを剥離した後、第1電極60上(及び密着層56)に、圧電体層70を積層する。このとき、圧電体層70が、X線光電子分光測定においてC 1sに起因するピークのC−C、C−H状態の結合エネルギーを284.8eVとして規格化し、結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において得られたピークを、ガウス関数を用いてピーク分離したとき、780.5±0.8eVにピークを有し、前記ピークよりも強度の低いピークを低結合エネルギー側に1本以上有するものとなるようにする。ここで、圧電体層70が、X線光電子分光測定において、結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において得られるピークが上述したものとなるようにする方法について説明する。X線光電子分光測定における前記ピークは、例えば、複合酸化物を構成する元素の組成比の変更、圧電体層70を形成する際の焼成時間・焼成温度の調整、焼成雰囲気の変更等により、調整することができる。すなわち、これらの条件を適宜変更することにより、X線光電子分光測定において、結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において得られるピークが上述したもの条件を満たすものとなるようにすればよい。
【0051】
圧電体層70の製造方法は特に限定されないが、例えば、Bi,Fe,Mn,Ba,Tiを含む金属錯体を溶媒に溶解・分散した溶液を塗布乾燥し、さらに高温で焼成することで金属酸化物からなる圧電体層(圧電体膜)を得るMOD(Metal−Organic Decomposition)法やゾル−ゲル法等の化学溶液法を用いて圧電体層70を製造できる。その他、スパッタリング法、パルス・レーザー・デポジション法(PLD法)、CVD法、エアロゾル・デポジション法など、液相法でも固相法でも気相法でも圧電体層70を製造することができる。
【0052】
なお、本実施形態では、MOD法やゾル−ゲル法等の化学溶液法を用いて、圧電体層70を製造した。具体的には、まず、図4(c)に示すように、第1電極60上に、金属錯体、具体的には、Bi,Fe,Mn,Ba,Tiを含有する金属錯体を、所定の割合で含むゾルやMOD溶液(前駆体溶液)をスピンコート法などを用いて、塗布して圧電体前駆体膜71を形成する(塗布工程)。
【0053】
本実施形態のように、ビスマス、鉄、マンガン、バリウム、及びチタンを含むペロブスカイト型構造の複合酸化物からなる圧電体層70を形成する場合は、塗布する前駆体溶液は、焼成によりビスマス、鉄、マンガン、バリウム、及びチタンを含む複合酸化物を形成しうる金属錯体混合物を、有機溶媒に溶解または分散させたものである。かかる金属錯体混合物は、複合酸化物を構成する金属のうち一以上の金属を含む金属錯体の混合物であり、Bi,Fe,Mn,Ba,Tiの各金属が所望のモル比となるように金属錯体が混合されている。すなわち、本実施形態では、Bi,Fe,Mn,Ba,Tiをそれぞれ含む金属錯体の混合割合は、Bi,Fe,Mn,Ba,Tiの各金属が所望の鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムの混晶として表される複合酸化物となるような割合となるようにする。本実施形態の圧電体層70は、鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶として表されるペロブスカイト型構造を有するものであるが、チタン酸バリウムの割合を変化させることにより、結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において得られるピークを変化させることができる。なお、複合酸化物におけるマンガンの有無やマンガンの割合は、結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において得られるピークにほとんど影響を与えない。
【0054】
Bi,Fe,Mn,Ba,Tiをそれぞれ含む金属錯体としては、例えば、アルコキシド、有機酸塩、βジケトン錯体などを用いることができる。Biを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸ビスマス、酢酸ビスマスなどが挙げられる。Feを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸鉄、酢酸鉄などが挙げられる。Mnを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸マンガン、酢酸マンガンなどが挙げられる。Baを含む金属錯体としては、例えばバリウムイソプロポキシド、2−エチルヘキサン酸バリウム、バリウムアセチルアセトナートなどが挙げられる。Tiを含有する金属錯体としては、例えばチタニウムイソプロポキシド、2−エチルヘキサン酸チタン、チタン(ジ−i−プロポキシド)ビス(アセチルアセトナート)などが挙げられる。勿論、Bi、Fe、Mn、Ba、Tiを二種以上含む金属錯体を用いてもよい。
【0055】
また、溶媒は、金属錯体混合物を溶解又は分散させるものであればよく、特に限定されないが、例えば、トルエン、キシレン、オクタン、エチレングリコール、2−メトキシエタノール、ブタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、酢酸、水等の様々な溶媒が挙げられる。勿論、これらを2種以上用いてもよい。
【0056】
次いで、この圧電体前駆体膜71を所定温度(例えば130〜200℃)に加熱して一定時間乾燥させる(乾燥工程)。次に、乾燥した圧電体前駆体膜71を所定温度(例えば350〜450℃)に加熱して一定時間保持することによって脱脂する(脱脂工程)。ここで言う脱脂とは、圧電体前駆体膜71に含まれる有機成分を、例えば、NO2、CO2、H2O等として離脱させることである。乾燥工程や脱脂工程の雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。なお、塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程を複数回行ってもよい。
【0057】
次に、図5(a)に示すように、圧電体前駆体膜71を所定温度、例えば600〜850℃程度に加熱して、一定時間、例えば、1〜10分間保持することによって結晶化させ、鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶として表される複合酸化物を含む圧電材料からなる圧電体膜72を形成する(焼成工程)。この焼成工程においても、雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。ここで、焼成温度を変化させることにより、結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において得られるピークを変化させることができる。また、焼成時間を変化させることによっても、結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において得られるピークを変化させることができる。
【0058】
乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程で用いられる加熱装置としては、例えば、赤外線ランプの照射により加熱するRTA(Rapid Thermal Annealing)装置やホットプレート等が挙げられる。
【0059】
次いで、レジストを剥離した後、上述した塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程や、塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程を所望の膜厚等に応じて複数回繰り返して複数の圧電体膜72を形成する。これにより、図5(b)に示すように複数層の圧電体膜72からなる所定厚さの圧電体層70が形成される。なお、複数の圧電体膜72を形成する際には、塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程を順に行って積層していってもよいが、塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程を繰り返し行った後、複数層をまとめて焼成するようにしてもよい。また、本実施形態では、圧電体膜72を積層して設けたが、1層のみでもよい。
【0060】
このように圧電体層70を形成した後は、図6(a)に示すように、圧電体層70上に白金等からなる第2電極80をスパッタリング法等で形成し、各圧力発生室12に対向する領域に圧電体層70及び第2電極80を同時にパターニングして、第1電極60と圧電体層70と第2電極80からなる圧電素子300を形成する。なお、圧電体層70と第2電極80とのパターニングでは、所定形状に形成したレジスト(図示なし)を介してドライエッチングすることにより一括して行うことができる。その後、必要に応じて、600℃〜800℃の温度域でポストアニールを行ってもよい。これにより、圧電体層70と第1電極60や第2電極80との良好な界面を形成することができ、かつ、圧電体層70の結晶性を改善することができる。
【0061】
次に、図6(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の全面に亘って、例えば、金(Au)等からなるリード電極90を形成後、例えば、レジスト等からなるマスクパターン(図示なし)を介して各圧電素子300毎にパターニングする。
【0062】
次に、図6(c)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の圧電素子300側に、シリコンウェハーであり複数の保護基板30となる保護基板用ウェハー130を接着剤35を介して接合した後に、流路形成基板用ウェハー110を所定の厚さに薄くする。
【0063】
次に、図7(a)に示すように、流路形成基板用ウェハー110上に、マスク膜52を新たに形成し、所定形状にパターニングする。
【0064】
そして、図7(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110をマスク膜52を介してKOH等のアルカリ溶液を用いた異方性エッチング(ウェットエッチング)することにより、圧電素子300に対応する圧力発生室12、連通部13、インク供給路14及び連通路15等を形成する。
【0065】
その後は、流路形成基板用ウェハー110及び保護基板用ウェハー130の外周縁部の不要部分を、例えば、ダイシング等により切断することによって除去する。そして、流路形成基板用ウェハー110の保護基板用ウェハー130とは反対側の面のマスク膜52を除去した後にノズル開口21が穿設されたノズルプレート20を接合すると共に、保護基板用ウェハー130にコンプライアンス基板40を接合し、流路形成基板用ウェハー110等を図1に示すような一つのチップサイズの流路形成基板10等に分割することによって、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIとする。
【0066】
以下、実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0067】
(実施例1)
まず、(110)に配向した単結晶シリコン基板の表面に熱酸化により膜厚1170nmの二酸化シリコン膜を形成した。次に、二酸化シリコン膜上にRFマグネトロンスパッタ法により膜厚40nmのチタン膜を形成し、熱酸化することで酸化チタン膜を形成した。次に、酸化チタン膜上にRFマグネトロンスパッタ法により膜厚100nmの白金膜を形成し、(111)に配向した第1電極60とした。
【0068】
また、2−エチルへキサン酸ビスマス、2−エチルへキサン酸鉄、2−エチルへキサン酸バリウム、2−エチルへキサン酸チタン、2−エチルへキサン酸マンガンのn−オクタン溶液を混合し、Bi:Ba:Fe:Ti:Mnのモル比が75:25:71.25:25:3.75となるようにして、前駆体溶液を調整した。
【0069】
次いで、この前駆体溶液を酸化チタン膜及び第1電極60が形成された上記基板上に滴下し、500rpmで5秒間回転後、3000rpmで基板を20秒回転させてスピンコート法により圧電体前駆体膜を形成した(塗布工程)。次に、ホットプレート上に基板を載せ、180℃で2分間乾燥した(乾燥工程)。次いで、ホットプレート上に基板を載せ、350℃で2分間脱脂を行った(脱脂工程)。この塗布工程・乾燥及び脱脂工程からなる工程を3回繰り返した後に、酸素雰囲気中で、RTA(Rapid Thermal Annealing)装置で800℃、5分間焼成を行った(焼成工程)。
【0070】
次いで、上記の工程を4回繰り返し、計12回の塗布により全体で厚さ900nmの圧電体層70を形成した。
【0071】
その後、圧電体層70上に、第2電極80としてDCスパッタ法により膜厚100nmの白金膜を形成した後、RTAを用いてOフローのもと800℃で5分間焼成を行うことで、圧電素子を形成した。
【0072】
(実施例2)
焼成温度を750℃とした以外は実施例1と同様にして、実施例2の圧電素子を形成した。
【0073】
(比較例1)
焼成温度を700℃とした以外は実施例1と同様にして、比較例1の圧電素子を形成した。
【0074】
(比較例2)
前駆体溶液がBi:Ba:Fe:Ti:Mnのモル比が75:25:72.75:25:2.25となるようにし、焼成温度を700℃とした以外は実施例1と同様にして、比較例2の圧電素子を形成した。
【0075】
(比較例3)
2−エチルへキサン酸マンガンを添加せず、前駆体溶液がBi:Ba:Fe:Tiのモル比が75:25:75:25となるようにし、焼成温度を700℃とした以外は実施例1と同様にして、比較例3の圧電素子を形成した。
【0076】
(試験例1)
X線光電子分光装置(XPS;サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、ESCALAB250)を用いて、実施例1〜2及び比較例1〜3の圧電体層の表面分析を行いBa 3d5軌道に起因するピークを求めた。XPSでの操作条件は、単色Al−Kα(1486.6eV)、150W(15kV、10mA)、分析径500μmφとし、パスエネルギー20eVで試料がチャージアップしないように試料ホルダーに設置し、中和電子銃をつけず測定した。また、標準はC 1s軌道に起因するピークを結合エネルギー284.8eVとした。なお、実施例1〜2及び比較例1〜3の圧電体層は、第2電極80を形成する前のものであり、作製後40日後のものとした。実施例1及び2、並びに比較例1の圧電体層について、結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において得られたピークとガウス関数を用いて分離したピークとを図8〜10に示す。また、比較例2及び3の圧電体層の結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において得られたピークを図11に示す。
【0077】
図8及び図9に示すように、実施例1及び実施例2の圧電体層は、結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において得られたピークを、ガウス関数を用いてピーク分離したとき、780.5±0.8eVにピークを有し、前記ピークよりも強度の低いピークを低結合エネルギー側に有するものであった。
【0078】
これに対し、図10に示すように、比較例1の圧電体層は、結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において得られたピークを、ガウス関数を用いてピーク分離したとき、780.5±0.8eVにピークを有するものであったが、このピークの低結合エネルギー側に、前記ピークよりも強度の高いピークを有するものであった。
【0079】
また、図11に示すように、比較例2及び3は、ピーク位置に変化がほとんどなく、図11には図示しないが、ピーク分離した際の各ピークの位置及び各ピークの強度にほとんど変化がなかった。これより、マンガンの組成比の変化により、結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において得られるピークの変化はほとんどないことが確認された。
【0080】
(試験例2)
実施例1〜2及び比較例1の各圧電素子について、アグザクト社製の変位測定装置(DBLI)を用い室温で、φ=500μmの電極パターンを使用し、周波数1kHzの電圧を印加して、S(電界誘起歪(変位量))−V(電圧)の関係を求めた。結果を図12に示す。
【0081】
図12に示すように、比較例1と比較して、実施例1及び実施例2は、変位量が高く、液体噴射ヘッドとして十分な変位量を示すものであった。すなわち、実施例1〜2は、変位量が高いものであることがわかった。
【0082】
(他の実施形態)
以上、本発明の一実施形態を説明したが、本発明の基本的構成は上述したものに限定されるものではない。例えば、上述した実施形態では、流路形成基板10として、シリコン単結晶基板を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、SOI基板、ガラス等の材料を用いるようにしてもよい。
【0083】
さらに、上述した実施形態では、基板(流路形成基板10)上に第1電極60、圧電体層70及び第2電極80を順次積層した圧電素子300を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、圧電材料と電極形成材料とを交互に積層させて軸方向に伸縮させる縦振動型の圧電素子にも本発明を適用することができる。
【0084】
また、これら実施形態のインクジェット式記録ヘッドは、インクカートリッジ等と連通するインク流路を具備する記録ヘッドユニットの一部を構成して、インクジェット式記録装置に搭載される。図13は、そのインクジェット式記録装置の一例を示す概略図である。
【0085】
図13に示すインクジェット式記録装置IIにおいて、インクジェット式記録ヘッドIを有する記録ヘッドユニット1A及び1Bは、インク供給手段を構成するカートリッジ2A及び2Bが着脱可能に設けられ、この記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3は、装置本体4に取り付けられたキャリッジ軸5に軸方向移動自在に設けられている。この記録ヘッドユニット1A及び1Bは、例えば、それぞれブラックインク組成物及びカラーインク組成物を吐出するものとしている。
【0086】
そして、駆動モーター6の駆動力が図示しない複数の歯車およびタイミングベルト7を介してキャリッジ3に伝達されることで、記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3はキャリッジ軸5に沿って移動される。一方、装置本体4にはキャリッジ軸5に沿ってプラテン8が設けられており、図示しない給紙ローラーなどにより給紙された紙等の記録媒体である記録シートSがプラテン8に巻き掛けられて搬送されるようになっている。
【0087】
なお、上述した実施形態では、液体噴射ヘッドの一例としてインクジェット式記録ヘッドを挙げて説明したが、本発明は広く液体噴射ヘッド全般を対象としたものであり、インク以外の液体を噴射する液体噴射ヘッドにも勿論適用することができる。その他の液体噴射ヘッドとしては、例えば、プリンター等の画像記録装置に用いられる各種の記録ヘッド、液晶ディスプレイ等のカラーフィルターの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレイ、FED(電界放出ディスプレイ)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオchip製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等が挙げられる。
【0088】
また、本発明にかかる圧電素子は、液体噴射ヘッドに用いられる圧電素子に限定されず、その他のデバイスにも用いることができる。その他のデバイスとしては、例えば、超音波発信器等の超音波デバイス、超音波モーター、温度−電気変換器、圧力−電気変換器、強誘電体トランジスター、圧電トランス、赤外線等の有害光線の遮断フィルター、量子ドット形成によるフォトニック結晶効果を使用した光学フィルター、薄膜の光干渉を利用した光学フィルター等のフィルターなどが挙げられる。また、センサーとして用いられる圧電素子、強誘電体メモリーとして用いられる圧電素子にも本発明は適用可能である。圧電素子が用いられるセンサーとしては、例えば、赤外線センサー、超音波センサー、感熱センサー、圧力センサー、焦電センサー、及びジャイロセンサー(角速度センサー)等が挙げられる。
【符号の説明】
【0089】
I インクジェット式記録ヘッド(液体噴射ヘッド)、 II インクジェット式記録装置(液体噴射装置)、 10 流路形成基板、 12 圧力発生室、 13 連通部、 14 インク供給路、 20 ノズルプレート、 21 ノズル開口、 30 保護基板、 31 マニホールド部、 32 圧電素子保持部、 40 コンプライアンス基板、 50 弾性膜、 60 第1電極、 70 圧電体層、 80 第2電極、 90 リード電極、 100 マニホールド、 120 駆動回路、 300 圧電素子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電体層と、前記圧電体層に設けられた電極と、を具備する圧電素子を備えた液体噴射ヘッドであって、
前記圧電体層は、ビスマス、バリウム、鉄、及びチタンを含むペロブスカイト型構造を有する複合酸化物からなり、X線光電子分光測定においてC 1sに起因するピークのC−C、C−H状態の結合エネルギーを284.8eVとして規格化し、結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において得られたピークを、ガウス関数を用いてピーク分離したとき、780.5±0.8eVにピークを有すると共に、前記ピークよりも強度の低いピークを低結合エネルギー側に有することを特徴とする液体噴射ヘッド。
【請求項2】
請求項1に記載の液体噴射ヘッドにおいて、前記複合酸化物は、マンガン、コバルト、クロム、ニッケル、及び銅からなる群から選択される少なくとも1つをさらに含むことを特徴とする液体噴射ヘッド。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の液体噴射ヘッドを具備することを特徴とする液体噴射装置。
【請求項4】
(請求項1と同様に修正をお願い致します)
圧電体層と、前記圧電体層に設けられた電極と、を具備し、
前記圧電体層は、ビスマス、バリウム、鉄、及びチタンを含むペロブスカイト型構造を有する複合酸化物からなり、X線光電子分光測定においてC 1sに起因するピークのC−C、C−H状態の結合エネルギーを284.8eVとして規格化し、結合エネルギー775eV以上785eV以下の範囲において得られたピークを、ガウス関数を用いてピーク分離したとき、780.5±0.8eVにピークを有すると共に、前記ピークよりも強度の低いピークを低結合エネルギー側に1本以上有することを特徴とする圧電素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2013−98442(P2013−98442A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−241708(P2011−241708)
【出願日】平成23年11月2日(2011.11.2)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】