説明

液体噴射装置、及び、液体噴射装置の制御方法

【課題】液体に混入した気泡を除去して、ノズルから液体を安定して吐出することが可能な液体噴射装置、及び、液体噴射装置の制御方法を提供することにある。
【解決手段】メンテナンス用駆動パルス群FLは、第1パルス要素P11,P21と、第2パルス要素P12,P22と、第3パルス要素P13,P23とを備えた駆動パルスDP1,DP2を複数備え、第3パルス要素の終端と次の駆動パルスの第1パルス要素の始端との間に第1の時間幅Pdis1が設定され、駆動パルスの電圧値は、30V以上に設定され、圧力発生室に充填されたインクのヘルムホルツ共振周期をTcとすると、第1の時間幅は、0.55Tcから0.75Tcの間の時間に設定され、一のメンテナンス用駆動パルス群FL1とそれに続く他のメンテナンス用駆動パルス群FL2との間に第2の時間幅Pdis2が設定され、第2の時間幅は、第1の時間幅の20倍以上の時間に設定されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクジェット式記録ヘッドなどノズル開口から液体を噴射する液体噴射ヘッドを備えた液体噴射装置、及び、液体噴射装置の制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
圧力発生室内の液体に圧力変動を生じさせることでノズル開口から液滴として吐出(噴射)させる液体噴射ヘッドとしては、例えば、インクジェット式記録装置(以下、単にプリンターという)等の画像記録装置に用いられるインクジェット式記録ヘッド(以下、単に記録ヘッドという)、液晶ディスプレー等のカラーフィルターの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機EL(Electro Luminescence)ディスプレー、FED(面発光ディスプレー)等の電極形成に用いられる電極材噴射ヘッド、バイオチップ(生物化学素子)の製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等がある。
【0003】
例えば、上記の記録ヘッドでは、自然蒸発によるインクの増粘固着や、インクに混入した気泡の圧力変動の吸収による圧力損失などによって、記録ヘッドがインクの吐出不良を発生させる等の不具合を招く虞がある。
【0004】
このようなインクの吐出不良を防止するため、種々のメンテナンス処理が実行されている。例えば、ノズルをキャップした状態でポンプによって負圧を生じさせている間に、圧力発生素子を駆動させることで圧力発生室内に圧力変化を与えてノズルから液滴の空吐出を行う(以下、フラッシングという)ことによって、増粘したインクやインクに混入した気泡を強制的に除去するように構成された記録ヘッドが提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−136989号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記の記録ヘッドでは、微小径の気泡(例えば直径数十μm)に対しては圧力変動を十分に付与することができないために、気泡を十分に排出することが困難であった。一方で、圧力発生素子を駆動させる駆動信号の波形によっては、サテライトインク滴と呼ばれる微小なインク滴が本体のインク滴に付随して生じ、このサテライトインク滴がインク吸収材に届かずにミスト化する。そして、このミスト化したインク滴は、飛翔中に空中を散乱して、プリンター内部を汚染するだけでなく、回路基板などの電子部品に付着してショート等の故障を招くという問題があった。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、液体に混入した気泡を除去して、ノズルから液体をより安定して吐出することが可能な液体噴射装置、及び、液体噴射装置の制御方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明の液体噴射装置は、液体を噴射するための液体噴射装置であって、
前記液体が充填される圧力発生室と、
前記圧力発生室内の容積を変化させる圧力発生素子と、
前記圧力発生室と連通するノズルと、
前記圧力発生素子を制御する駆動信号を発生する制御部と、
を備え、
前記制御部は、前記圧力発生室から前記液体内の気泡を吐出するメンテナンス用駆動パルス群を発生可能であり、
前記メンテナンス用駆動パルス群は、前記圧力発生素子を駆動させることによって、前記圧力発生室の容積を第1の状態へと推移させる第1パルス要素と、前記第1の状態を所定の時間保持させる第2パルス要素と、前記第1の状態から前記圧力発生室の容積を第1の状態とは異なる容積となる第2の状態へと推移させる第3パルス要素とを備えた駆動パルスを複数備え、前記第3パルス要素の終端と次の駆動パルスの前記第1パルス要素の始端との間に、第1の時間が設定され、
前記駆動パルスの電圧値は、30V以上に設定され、
前記圧力発生室に充填された前記液体のヘルムホルツ共振周期をTcとすると、前記第1の時間は、0.55Tcから0.75Tcの間の時間に設定され、
一のメンテナンス用駆動パルス群とそれに続く他のメンテナンス用駆動パルス群との間に第2の時間が設定され、
該第2の時間は、第1の時間の20倍以上の時間に設定されていることを特徴とする。
【0009】
上記構成によれば、第3パルス要素の終端と次の駆動パルスの第1パルス要素の始端との間を第1の時間とし、前記第1の時間が0.55Tcから0.75Tcの間の時間に設定されていることにより、圧力発生室内の流体を吐出した後の残留振動によって、ノズルにおける液体の自由表面(メニスカス)が流体の吐出方向とは反対方向に変位しているタイミングで次の駆動パルスが圧力発生素子に印加されるので、液体に混入した気泡を排出させる際に、先の駆動パルスによる吐出液と後の駆動パルスによる吐出液とが連続した状態で吐出されることになる。このため、吐出した液体がミストになることを抑制でき、ミスト状の液体がノズルの周辺の機器へ付着して記録ヘッドに不具合を生じさせるなどの不都合を低減できる。この結果、記録ヘッドのノズル開口から液体の吐出を安定して行うことができ、しかもミストによる不都合も生じない。ここで、第1の状態とは、圧力発生室の容積が圧力発生素子の電圧が印加されていないときの容積とは異なる状態を指し、初期の電圧値から一定の方向(例えば、充電方向)へ電圧値が変化したものを意味する。そして、第2の状態とは、第1の状態とは異なる圧力発生室内の容積を指し、上記一定の方向とは反対の方向(例えば、放電方向)へ電圧値が変化したものを意味する。
また、一のメンテナンス用駆動パルス群とそれに続く他のメンテナンス用駆動パルス群との間に第2の時間が設定され、第2の時間は第1の時間の20倍以上の時間に設定されているので、メンテナンス用駆動パルス群の駆動パルスが通常の吐出駆動パルスよりも高い電圧に設定されていても、メンテナンス用駆動パルス群によって生じる残留振動を、次のメンテナンス用駆動パルス群によって圧力発生素子を駆動させる前に十分に減衰させることができる。その結果、残留振動が十分に減衰した状態でメンテナンス用駆動パルス群によって圧力発生素子を駆動させることができ、液体に混入した気泡を効率良く除去できる。
【0010】
さらに、上記に加えて、前記制御部は、前記メンテナンス用駆動パルス群に含まれる駆動パルスの数に応じて、第2の時間を変化させても良い。斯かる構成によれば、メンテナンス用駆動パルス群に含まれる駆動パルスの繰り返し数が変化して、残留振動が増減するとしても、駆動パルスの繰り返し数に拘らずに残留振動を十分に減衰させることができる。
【0011】
また、本発明の液体噴射装置の制御方法は、上記目的を達成するために提案されたものであり、液体が充填される圧力発生室と、
前記圧力発生室内の容積を変化させる圧力発生素子と、
前記圧力発生室と連通するノズルと、
を備えた液体噴射装置に対して、前記圧力発生素子を駆動させることによって、前記圧力発生室の容積を第1の状態へと推移させる第1パルス要素と、前記第1の状態を所定の時間保持させる第2パルス要素と、前記第1の状態から前記圧力発生室の容積を第2の状態へと推移させる第3パルス要素とを備えた駆動パルスを複数備え、前記第3パルス要素の終端と次の駆動パルスの前記第1パルス要素の始端との間に第1の時間が設定されたメンテナンス用駆動パルス群を前記圧力発生素子に供給することで前記圧力発生素子の駆動を制御する制御方法であって、
前記駆動パルスの電圧値は、30V以上に設定され、
前記圧力発生室に充填された前記液体のヘルムホルツ共振周期をTcとすると、前記第1の時間は、0.55Tcから0.75Tcの間の時間に設定され、
一のメンテナンス用駆動パルス群とそれに続く他のメンテナンス用駆動パルス群との間に第2の時間が設定され、該第2の時間は、第1の時間の20倍以上の時間に設定されていることを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】プリンターの斜視図である。
【図2】記録ヘッドの分解斜視図である。
【図3】記録ヘッドの平面図及び断面図である。
【図4】プリンターの電気的な構成を説明するブロック図である。
【図5】メンテナンス用駆動パルス群の構成を説明する波形図である。
【図6】圧力発生室内の気泡の挙動を説明する模式図である。
【図7】ヘルムホルツ共振周期と駆動パルスとの関係を説明した説明図である。
【図8】駆動パルスの変化についての吐出状態の実験結果を示す図である。
【図9】駆動パルス間の時間幅と印加電圧との関係を示す図である。
【図10】駆動パルス間の時間幅と繰り返し数との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための最良の形態を、添付図面を参照して説明する。なお、以下に述べる実施の形態では、本発明の好適な具体例として種々の限定がされているが、本発明の範囲は、以下の説明において特に本発明を限定する旨の記載がない限り、これらの態様に限られるものではない。また、以下においては、本発明の液体噴射装置として、図1に示すインクジェット式記録装置(以下、プリンターと略記する)に適用した場合を例示する。
【0014】
プリンター1は、液体噴射ヘッドの一種である記録ヘッド2が取り付けられると共に、インクカートリッジ3が着脱可能に取り付けられるキャリッジ4と、記録ヘッド2の下方に配設されたプラテン5と、記録ヘッド2が搭載されたキャリッジ4を記録紙6(吐出対象物あるいは噴射対象物の一種)の紙幅方向に移動させるキャリッジ移動機構7と、ヘッド移動方向に直交する方向である紙送り方向に記録紙6を搬送する紙送り機構8等を備えて概略構成されている。ここで、紙幅方向とは、主走査方向であり、紙送り方向とは、副走査方向である。なお、インクカートリッジ3としては、キャリッジ4に装着するタイプでも、或いはプリンター1の筐体側に装着してインク供給チューブを介して記録ヘッド2に供給するタイプでもよい。
【0015】
キャリッジ4は、主走査方向に架設されたガイドロッド9に軸支された状態で取り付けられており、キャリッジ移動機構7の作動により、ガイドロッド9に沿って主走査方向に移動するように構成されている。キャリッジ4の主走査方向の位置は、リニアエンコーダー10によって検出され、検出信号が位置情報としてプリンターコントローラー40(図4参照)に送信される。これにより、プリンターコントローラー40はこのリニアエンコーダー10からの位置情報に基づいてキャリッジ4の走査位置を認識しながら、記録ヘッド2による記録動作(インクの噴射動作)等を制御することができる。
【0016】
また、記録ヘッド2の移動範囲内であってプラテン5よりも外側には、記録ヘッド2の走査起点となるホームポジションが設定してある。このホームポジションには、キャッピング機構11が設けられている。このキャッピング機構11は、キャップ部材11´によって記録ヘッド2のノズル面を封止し、ノズル開口12(本発明におけるノズルに相当。図2参照)からのインク溶媒の蒸発を防止する。また、このキャッピング機構11は、封止状態のノズル面に負圧を与えてノズル開口12からインクを強制的に吸引排出することで、インクに混入した気泡を除去するためのクリーニング動作や、増粘したインクを排除するための後述するフラッシング動作に用いられる。
【0017】
図2は、記録ヘッド2の構成を示す分解斜視図であり、図3(a)は記録ヘッド2の平面図、図3(b)は(a)におけるA−A´線断面図である。本実施形態における記録ヘッド2は、流路形成基板15、ノズルプレート16、弾性体膜17、絶縁体膜18、圧電素子19(本発明における圧力発生素子に相当)、及び、保護基板20等を積層して構成されている。
流路形成基板15は、本実施形態ではシリコン単結晶基板からなり、この流路形成基板15には、複数の圧力発生室21がその幅方向に並設されている。また、流路形成基板15の圧力発生室21の長手方向外側の領域には連通部22が形成され、連通部22と各圧力発生室21とが、各圧力発生室21毎に設けられたインク供給路23を介して連通されている。なお、連通部22は、後述する保護基板20のリザーバー部30と連通して各圧力発生室21の共通のインク室となるリザーバー31の一部を構成する。インク供給路23は、圧力発生室21よりも狭い幅で形成されており、連通部22から圧力発生室21に流入するインクの流路抵抗を一定に保持している。
【0018】
流路形成基板15の開口面側には、各圧力発生室21のインク流路23とは反対側の端部に連通するノズル開口12が開設されたノズルプレート16が接着剤や熱溶着フィルム等を介して固着され、各ノズル開口12が、インク供給路23とは反対側の端部において各圧力発生室21と連通している。ノズルプレート16は、ノズル開口12の列を複数設けており、1つのノズル列が、例えば360個のノズル開口12によって構成される。そして、本実施形態における記録ヘッド2は、夫々異なる色のインク(本発明における液体の一種)、具体的には、シアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(Y)、ブラック(K)の合計4色のインクを貯留する4つのインクカートリッジ3を装着可能に構成されており、これらの色に対応させて合計4列のノズル列がノズルプレート16に形成されている。
【0019】
一方、流路形成基板15の開口面とは反対側には、厚さが例えば、約1.0μmの二酸化シリコン(SiO)からなる弾性膜17が形成され、この弾性膜17上には、厚さが例えば、約0.4μmの酸化ジルコニウム(ZrO)からなる絶縁体膜18が形成されている。また、この絶縁体膜18上には、厚さが例えば、約0.2μmの下電極膜25と、厚さが例えば、約1.0μmの圧電体層26(圧電体膜)と、厚さが例えば、約0.05μmの上電極膜27とが形成され、全体として約1.25μmの膜厚の圧電素子19(薄膜圧電素子)を構成している。したがって、圧電素子19は、下電極膜25、圧電体層26、及び上電極膜27を含み、上下何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極及び圧電体層26を圧力発生室21毎にパターニングして構成する。そして、パターニングされた何れか一方の電極及び圧電体層26から構成され、両電極への電圧の印加により圧電歪みが生じる部分を圧電体能動部という。本実施形態では、下電極膜25は圧電素子19の共通電極とし、上電極膜27を圧電素子19の個別電極としているが、駆動回路や配線の都合によってこれを逆にする構成とすることもできる。何れの場合においても、圧力発生室21毎に圧電体能動部が形成されていることになる。また、このような各圧電素子19の上電極膜27には、例えば、金(Au)等からなるリード電極28がそれぞれ接続され、このリード電極28を介して各圧電素子19に選択的に電圧が印加されるようになっている。
【0020】
流路形成基板15上の圧電素子19側の面には、圧電素子19に対向する領域にその変位を阻害しない程度の大きさの空間となる圧電素子保持部29を有する保護基板20が接合されている。圧電素子19は、この圧電素子保持部29内に収容されるため、外部環境の影響を殆ど受けない状態で保護されている。さらに、保護基板20には、流路形成基板15の連通部22に対応する領域にリザーバー部30が設けられている。このリザーバー部30は、保護基板20を厚さ方向に貫通して圧力発生室21の並設方向に沿って設けられており、上述したように流路形成基板15の連通部22と連通されて各圧力発生室21の共通のインク室となるリザーバー31を構成している。
【0021】
また、保護基板20の圧電素子保持部29とリザーバー部30との間の領域には、保護基板20を厚さ方向に貫通する貫通孔32が設けられ、この貫通孔32内に下電極膜25の一部及びリード電極28の先端部が露出され、これら下電極膜25及びリード電極28には、図示しないが、駆動ICからの配線の一端部が電気的に接続される。保護基板20上には、封止膜33及び固定板34とからなるコンプライアンス基板35が接合されている。封止膜33は、剛性が低く可撓性を有する材料(例えば、厚さが6μmのポリフェニレンサルファイドフィルム)からなり、この封止膜33によってリザーバー部30の一方面が封止されている。また、固定板34は、金属等の硬質の材料(例えば、厚さが30μmのステンレス鋼等)で形成される。この固定板34のリザーバー31に対向する領域は、厚さ方向に完全に除去された開口部36となっているため、リザーバー31の一方面は可撓性を有する封止膜33のみで封止されている。
【0022】
上記構成の記録ヘッド1では、インクカートリッジ等のインク供給手段からインクを取り込み、リザーバー31からノズル開口12に至るまで内部をインクで満たした後、プリンター本体のプリンターコントローラー40側からの駆動信号の供給により、圧力発生室21に対応するそれぞれの下電極膜25と上電極膜27との間に電圧を印加し、弾性膜17、絶縁体膜18、下電極膜25及び圧電体層26を撓み変形させることにより圧力発生室21内の圧力が高まり、この圧力変動を制御することで、ノズルプレート16に開設したノズル開口12からインク滴が噴射(吐出)される。
【0023】
図4は、プリンター1の電気的な構成を示すブロック図である。本実施形態におけるプリンター1は、プリンターコントローラー40とプリントエンジン41とで概略構成されている。プリンターコントローラー40は、ホストコンピューター等の外部装置からの印刷データ等が入力される外部インタフェース(外部I/F)42と、各種データ等を記憶するRAM43と、各種制御のための制御プログラム等を記憶したROM44と、EEPROMやフラッシュROM等からなる不揮発性記憶素子45と、ROM44に記憶されている制御プログラムに従って各部の統括的な制御を行う制御部46と、クロック信号を発生する発振回路47と、記録ヘッド2へ供給する駆動信号を発生する駆動信号発生回路48と、印刷データをドット毎に展開することで得られたドットパターンデータや駆動信号等を記録ヘッド2に出力するための内部インタフェース(内部I/F)49とを備えている。
【0024】
プリントエンジン41は、記録ヘッド2と、キャリッジ移動機構7と、紙送り機構8と、リニアエンコーダー10とから構成されている。記録ヘッド2は、ドットパターンデータがセットされるシフトレジスター50と、シフトレジスター50にセットされたドットパターンデータをラッチするラッチ回路51と、ラッチ回路51からのドットパターンデータを翻訳してパルス選択データを生成するデコーダー52と、電圧増幅器として機能するレベルシフター53と、圧電素子19に対する駆動信号の供給を制御するスイッチ回路54と、圧電素子19とを備えている。
【0025】
図5は、上記構成の駆動信号発生回路48が発生する駆動信号の一つであるメンテナンス用駆動パルス群FLの構成を説明する波形図である。上記した制御部46は、圧電素子19を制御する駆動信号COMを発生可能であり、図5に例示したメンテナンス用駆動パルス群(フラッシング波形群)FL、は、増粘したインク56(図6参照)をノズル開口12から吐出するためのフラッシング動作の際に、圧力発生室21内のインク56に混入した気泡57(図6参照)を含む流体を吐出する駆動パルスであり、駆動パルスDP1、駆動パルスDP2を一連に含み、これを繰り返して構成される。
【0026】
駆動パルスDP1は、図5に示すように、略台形状のパルス信号であって、時間幅Pwcの間に基準電位VBから最高電位VHまで一定の勾配で電位を上昇させる第1パルス要素P11と、第1パルス要素P11後端電位である最高電位VHを一定時間(時間幅Pwh)維持する第2パルス要素P12と、時間幅Pwdの間に最高電位VHから一定の勾配で電位を降下させる第3パルス要素P13とから構成されている。
【0027】
また、駆動パルスDP2は、上記駆動パルスDP1と同様な波形要素から構成されており、駆動パルスDP1よりも遅延して発生する。駆動パルスDP2は、時間幅Pwcの間に基準電位VBから最高電位VHまで一定の勾配で電位を上昇させる第1パルス要素P21と、時間幅Pwhの間に第1パルス要素P21後端電位である最高電位VHを一定時間維持する第2パルス要素P22と、時間幅Pwdの間に最高電位VHから一定の勾配で電位を降下させる第3パルス要素P23とから構成されている。なお、最低電圧VLと最高電圧VHとの電位差が、駆動電圧(印加電圧)Vd[V]となる。
【0028】
図6は、圧力発生室21内の気泡57の挙動を説明する模式図である。上記駆動パルスDP1,DP2が圧電素子19に供給されると次のように作用する。まず、図6(a)に示すように、圧力発生室21内のインク56に気泡57が混入した状態から、第1パルス要素P11,P21が圧電素子19に供給されると、当該圧電素子19が圧力発生室21とは反対側に凸となるように変形し、これに伴って圧力発生室21が基準電位VBに対応する基準容積から最高電位VHに対応する最大容積まで膨張する(図6(b)参照)。この第1の状態により、圧力発生室21内のインク56には負圧が生じて、ノズル開口12に露出しているメニスカスが圧力発生室21側に引き込まれる。この圧力発生室21の膨張状態は、第2パルス要素P12,P22の供給中に亘って一定に維持される。このとき、圧力発生室21内の圧力低下に伴って、気泡57の径が増大する。
【0029】
第2パルス要素P12,P22に続いて第3パルス要素P13,P23が圧電素子19に供給されると当該圧電素子19が平らに復元し、これにより圧力発生室21が上記最大容積から基準電位VBに対応する基準容積に収縮する(図6(c)参照)。この第2の状態によって、圧力発生室21内のインク56は、弾性体膜17から圧力を付与されてノズル開口12から吐出される。このときに、径が増大した気泡57もインク56の吐出に伴っておきているインク流によってノズル開口12に次第に近づいて、最終的にはノズル開口12から外部に排出される。
【0030】
ところで、これらの駆動パルスDP1,DP2を構成するメンテナンス用駆動パルス群FLの波形によっては、圧力発生室21の容積変化によってノズル開口12からサテライトインク滴と呼ばれる微小なインク滴が本体のインク滴に付随して生じる場合があり、このサテライトインク滴がミスト化する可能性があった。そこで、本発明のメンテナンス用駆動パルス群FLは、駆動パルスDP1と駆動パルスDP2との間の時間幅Pdisを、圧力発生室21内の気泡57を含むインク56(流体)の固有振動周期であるヘルムホルツ共振周期をTcに応じて適宜設定することにより、ノズル開口12におけるインク56の自由表面(メニスカス)を制御している。なお、ヘルムホルツ共振周期Tcは、圧力発生室21の容積が増減することにより発生する振動波が圧力発生室21内のインク56に伝播するときの固有振動周期であって、ノズル開口12や圧力発生室21及びインク供給路23などの形状等によって決まる値である。
【0031】
なお、上記のヘルムホルツ共振周期(固有振動周期)Tcは、ノズル開口12や圧力発生室21の形状等によって決まる値であって、圧力発生室21内におけるインクの振動周期Tcは、次式(1)で表すことができる。
Tc=2π√[〔(Mn×Ms)/(Mn+Ms)〕×Cc]・・・(1)
但し、式(1)において、Mnはノズル開口12におけるイナータンス、Msは圧力発生室21に連通するインク供給路23におけるイナータンス、Ccは圧力発生室21のコンプライアンス(単位圧力あたりの容積変化、柔らかさの度合いを示す。)である。上記式(1)において、イナータンスMとは、インク流路におけるインクの移動し易さを示し、単位断面積あたりのインクの質量である。そして、インクの密度をρ、流路のインク流れ方向と直交する面の断面積をS、流路の長さをLとしたとき、イナータンスMは次式(2)で近似して表すことができる。
イナータンスM=(密度ρ×長さL)/断面積S ・・・ (2)
また、Tcは、上記式(1)に限らず、圧力発生室21が有している振動周期であればよい。
【0032】
図7は、ヘルムホルツ共振周期Tc(上部)と駆動パルスDP1,DP2(下部)との関係を説明した説明図である。図8は、駆動パルスの変化についての吐出状態の実験結果を示す図である。ここで、メンテナンス用駆動パルス群FLの駆動パルスDP1の第3パルス要素P13の終端と駆動パルスDP2の第1パルス要素P21の始端との間を、時間幅Pdis1(本発明における第1の時間に相当)とし、駆動パルスDP2の第3パルス要素P23の終端と駆動パルスDP1の第1パルス要素P11の始端との間を、時間幅Pdis2(本発明における第2の時間に相当)とする。また、圧力発生室21内の気泡57を含むインク56(流体)の固有振動周期であるヘルムホルツ共振周期をTc(例えば6.4[μm])とする。なお、図7の座標軸において、横軸は時間の経過を示し、縦軸はノズル開口12内のインク56の自由表面(メニスカス)の位置をノズル開口12奥側(内側)に向う方向が正となるようにして示している。
ここで、座標軸の原点が、液体を吐出した時点であって、自由表面(メニスカス)の最初のピークとなり、駆動パルスDP1における第3パルス要素P13近傍に相当する。また、図7では、自由表面は時間が経過しても同じ振幅で動いているように記載されているが、実際には減衰するために、振幅は時間が経つにつれて減少する。
【0033】
そして、図8(a)においては、時間幅Pdis2/Pdis1を100に固定した状態で時間幅Pdis1を変位させた場合の実験結果であるが、このように、時間幅Pdis1は、0.55Tcから0.75Tcの範囲内であることが好ましく、また、図8(b)においては、時間幅Pdis1/Tcを0.65に固定した状態で時間幅Pdis2を変位させた場合の実験結果であるが、このように、時間幅Pdis2は、時間幅Pdis1の20倍以上であることが好ましい。なお、図8中の「○」は、略全てのノズル開口12の吐出が良好であったことを示し、「△」は3割以下の確立で少なくとも1つのノズル開口12の吐出が不良であったことを示し、「×」は5割以下の確立でノズル開口12の吐出が不良であったことを示している。
ここで、時間幅Pdis1を0.55Tcから0.75Tcの範囲内にするということは、図7の破線の範囲内で次の駆動パルスDP2を供給するということであり、自由表面が奥側に向けて移動し始めた時点に相当する。
【0034】
図9は、駆動パルスDP間の時間幅Pdis2/Pdis1と圧電素子19への印加電圧Vd[V]との関係を示す図である。時間幅Pdis2は、図9に示すように、時間幅Pdis1の20倍以上に設定されることに加え、圧電素子19への駆動パルスDPの印加電圧(電圧値)は、30V以上に設定されていることが好ましい。そのため、図9に示すように、上記駆動パルスDPの時間幅及び印加電圧の範囲に設定したメンテナンス用駆動パルス群FLを圧電素子19に供給することで、吐出不良の発生割合が抑えられることが判る。なお、図9中の「××」は、全ノズル開口12のうち吐出不良が5割以上発生したことを示し、「×」は、吐出不良が3割以上5割未満発生したことを示し、「△」は、吐出不良が3割未満発生したことを示し、「○」は、全ノズル開口12の吐出が良好であったことを示している。
つまり、時間幅Pdis1は、0.55Tcから0.75Tcの範囲内であると共に、時間幅Pdis2は、時間幅Pdis1の20倍以上であることが好ましく、この時間幅Pdis1及び時間幅Pdis2の一方が上記範囲外であってはならない。
【0035】
上記したノズル開口12の吐出不良は、印加電圧が低いと、圧力発生室21内の圧力変動が小さくなり、圧力発生室21内の気泡の排出性が低下することで生じる。このため、圧電素子19への駆動パルスDPの印加電圧を高くするほど、圧力発生室21内の圧力変動が高められ、圧力発生室21内の気泡の排出性を向上させることができる。しかしながら、印加電圧を高めると、圧力発生室21内の残留振動も増加してしまう。そのため、本発明のメンテナンス用駆動パルス群FLは、圧電素子19にメンテナンス用駆動パルス群FL1(図5中に符号FL1で示す)を印加することで生じた残留振動が減衰した後に次のメンテナンス用駆動パルス群FL2(図5中に符号FL2で示す)を圧電素子19に印加するタイミングに設定すべく、駆動パルスDPの時間幅Pdis2を時間幅Pdis1の20倍以上に設定されている。これにより、メニスカスが安定した状態となり、これにより吐出不良を抑制することができる。
【0036】
このような時間幅Pdis1と時間幅Pdis2とが、駆動パルスDP1と駆動パルスDP2との間に交互に設定されることで、駆動パルスDP1により圧力発生室21内の流体を吐出した後の残留振動によって、ノズル開口12におけるインク56の自由表面(メニスカス)が流体の吐出方向とは反対方向に変位しているタイミングで、駆動パルスDP2が圧電素子19に印加されて再び圧力発生室21を収縮させると、駆動パルスDP1により吐出されたインク滴と駆動パルスDP2により吐出されたインク滴とが連続した状態で吐出される。これは、インク滴が表面張力などによって引き寄せられるものと考えられる。これにより、吐出されたインク滴に付随して発生するインク滴(サテライトインク滴)が飛翔する所謂「尾曳き」が低減され、ミストの発生が抑制される。このため、ミスト状のインクがノズル開口12の周辺の機器へ付着することに起因する記録ヘッド2の故障などを低減できる。この結果、記録ヘッド2のノズル開口12からインク56を安定して吐出させることができ、しかもミストによる不都合が生じない。なお、時間幅Pdis2は、時間幅Pdis1の20倍以上の範囲内で適宜設定され、駆動信号COMの周波数が変更可能となる。
【0037】
また、メンテナンス用駆動パルス群FL1とそれに続くメンテナンス用駆動パルス群FL2との間に時間幅Pdis2が設定され、時間幅Pdis2は時間幅Pdis1の20倍以上の時間に設定されているので、メンテナンス用駆動パルス群FLの駆動パルスDPが通常の吐出駆動パルスよりも高い電圧に設定されていても、メンテナンス用駆動パルス群FL1によって生じる残留振動を、次のメンテナンス用駆動パルス群FL2によって圧電素子19を駆動させる前に十分に減衰させることができる。その結果、残留振動が十分に減衰した状態でメンテナンス用駆動パルス群FL2によって圧電素子19を駆動させることができ、インクに混入した気泡を効率良く除去できる。
【0038】
ところで、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲の記載に基づいて種々の変形が可能である。
上記実施形態においては、メンテナンス用駆動パルス群FLが、1つの駆動パルスDP1と、1つの駆動パルスDP2とを一連に含んで構成されている例を示したが、本発明は、これには限らず、メンテナンス用駆動パルス群FLが、2つ以上の駆動パルスDPを一連に含んで構成されていても良い。
【0039】
図10は、駆動パルスDP1,DP2間の時間幅Pdis2/Pdis1とメンテナンス用駆動パルス群FLに含まれる駆動パルスDPの繰り返し数との関係を示す図である。
さらに、本発明では、メンテナンス用駆動パルス群FLに含まれる駆動パルスDPの数に応じて、時間幅Pdis2を変化させても良い。即ち、例えば、メンテナンス用駆動パルス群FLに含まれる駆動パルスDPの数が2つから3つに増加した場合には、圧力変動を与える回数が増えるために残留振動が大きくなるが、時間幅Pdis2を長くすることで、残留振動を十分に減衰させることができる。このように、メンテナンス用駆動パルス群FLに含まれる駆動パルスDPの数に応じて時間幅Pdis2を設定することで、駆動パルスDPの数に拘らずに残留振動を十分に減衰させることができる。
【0040】
また、上記実施形態においては、圧力発生素子に、下電極膜25と圧電体層26(圧電体膜)と上電極膜27により構成した薄膜圧電素子を用いる例を示したが、本発明の圧電素子は、これに限らず、例えば、圧力発生室21毎に個別に設けられる所謂撓み振動モードの圧電素子、或いは縦振動型圧電素子などを採用することもできる。また、圧力発生素子は、磁歪素子などでもよいし、気泡を発生させるインクを使用する場合の発熱素子でもよい。
さらには、各部材の材質や構造も上記実施形態に限定されず、様々な構成を採用することができる。異なる構造を採用したとしても、その構造におけるTcに基づいてメンテナンス用駆動パルス群FLを決定すれば良い。
【0041】
また、上述した実施形態では、インクジェットプリンターに搭載されるインクジェット式記録ヘッドを例示したが、勿論、インク以外の液体を噴射するものにも適用することができる。その他の液体噴射ヘッドとしては、例えば、プリンター等の画像記録装置に用いられる各種の記録ヘッド、液晶ディスプレー等のカラーフィルターの製造装置に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレー、FED(面発光ディスプレー)等の電極形成装置に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオchip製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等が挙げられる。
【符号の説明】
【0042】
1…プリンター、12……ノズル開口、19…圧電素子、21…圧力発生室、46…制御部、DP1,DP2…駆動パルス、FL…メンテナンス用駆動パルス群、P11,P21…第1パルス要素、P12,P22…第2パルス要素、P13,P23…第3パルス要素、Pdis1,Pdis2…時間幅

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体を噴射するための液体噴射装置であって、
前記液体が充填される圧力発生室と、
前記圧力発生室内の容積を変化させる圧力発生素子と、
前記圧力発生室と連通するノズルと、
前記圧力発生素子を制御する駆動信号を発生する制御部と、
を備え、
前記制御部は、前記圧力発生室から前記液体内の気泡を吐出するメンテナンス用駆動パルス群を発生可能であり、
前記メンテナンス用駆動パルス群は、前記圧力発生素子を駆動させることによって、前記圧力発生室の容積を第1の状態へと推移させる第1パルス要素と、前記第1の状態を所定の時間保持させる第2パルス要素と、前記第1の状態から前記圧力発生室の容積を第1の状態とは異なる容積となる第2の状態へと推移させる第3パルス要素とを備えた駆動パルスを複数備え、前記第3パルス要素の終端と次の駆動パルスの前記第1パルス要素の始端との間に第1の時間が設定され、
前記駆動パルスの電圧値は、30V以上に設定され、
前記圧力発生室に充填された前記液体のヘルムホルツ共振周期をTcとすると、前記第1の時間は、0.55Tcから0.75Tcの間の時間に設定され、
一のメンテナンス用駆動パルス群とそれに続く他のメンテナンス用駆動パルス群との間に第2の時間が設定され、
該第2の時間は、第1の時間の20倍以上の時間に設定されていることを特徴とする液体噴射装置。
【請求項2】
前記制御部は、前記メンテナンス用駆動パルス群に含まれる駆動パルスの数に応じて、第2の時間を変化することを特徴とする請求項1に記載の液体噴射装置。
【請求項3】
液体が充填される圧力発生室と、
前記圧力発生室内の容積を変化させる圧力発生素子と、
前記圧力発生室と連通するノズルと、
を備えた液体噴射装置に対して、前記圧力発生素子を駆動させることによって、前記圧力発生室の容積を第1の状態へと推移させる第1パルス要素と、前記第1の状態を所定の時間保持させる第2パルス要素と、前記第1の状態から前記圧力発生室の容積を第2の状態へと推移させる第3パルス要素とを備えた駆動パルスを複数備え、前記第3パルス要素の終端と次の駆動パルスの前記第1パルス要素の始端との間に第1の時間が設定されたメンテナンス用駆動パルス群を前記圧力発生素子に供給することで前記圧力発生素子の駆動を制御する制御方法であって、
前記駆動パルスの電圧値は、30V以上に設定され、
前記圧力発生室に充填された前記液体のヘルムホルツ共振周期をTcとすると、前記第1の時間は、0.55Tcから0.75Tcの間の時間に設定され、
一のメンテナンス用駆動パルス群とそれに続く他のメンテナンス用駆動パルス群との間に第2の時間が設定され、該第2の時間は、第1の時間の20倍以上の時間に設定されていることを特徴とする制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−131979(P2010−131979A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−236061(P2009−236061)
【出願日】平成21年10月13日(2009.10.13)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】