説明

液滴形状を有するSPR計測用チップ

【課題】本発明は、SPR光学系において、透明基板上に一体形成された屈折率整合シート形状を最適化すること、もしくは透明基板の形状も最適化することによって、透明基板が密着時に気泡が入りやすく測定が困難になる、密着時に透明基板が安定しないなどの従来の問題点を解決し、容易にSPR計測チップを交換できる手法を提供することを目的とする。
【解決手段】SPR光学系210で使用されるSPR計測用チップであって、SPR計測用チップは、SPR計測用の金属薄膜を有する透明基板205と、透明基板205の金属薄膜とは反対側の面に、透明な弾性粘着シート206をさらに備え、透明な弾性粘着シート206は、シートの端から中央に向かって盛り上がった液滴形状を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学系を使用して被測定溶液中の特定物質を定量あるいは定性的に測定する表面プラズモン共鳴(Surface Plasmon Resonance:SPR)現象を利用した測定に使用するSPR計測用チップに関する。
【背景技術】
【0002】
表面プラズモン共鳴計測のためにはプリズムと、金属薄膜を有するプリズムと同じ屈折率を有する透明基板と、プリズムと透明基板を光学的に接着させる接着層とが必要である。接着層には通常、屈折率整合オイルが利用され、測定毎に透明基板を交換する。
【0003】
上述した、従来のSPR光学系の構成例の断面図を図1に示す。
図1において、SPR光学系100は、光源101と、レンズ102と、プリズム103と、受光素子104と、マッチングオイル105と、金属薄膜を有する透明基板106とを備える。SPR光学系110は、透明基板106をプリズム103にマッチングオイル105を介して張り合わせた状態を示す。
【0004】
しかしながら、屈折率整合オイル105はプリズム上に残り、透明基板106を交換するたびにプリズム103を洗浄する手間が必要となる。こうした、手間を省くためにオイルの代わりに、屈折率を整合させたシートが利用されるが、密着時に気泡が入りやすく測定が困難になる。密着時に透明基板が安定しない、透明基板106がプリズム103と強く密着され交換に手間がかかるという欠点が生じる。
【0005】
特許文献1には、屈折率整合オイルの代わりに屈折率整合透明フィルムを利用し、ガラス基板の交換時にプリズム上の洗浄の必要がないシステムが紹介されている。しかしながら、屈折率整合透明フィルムをガラス基板とプリズムの間に設置しなければならないことや、その際に気泡が入りやすいなどの問題があった。
【0006】
また、特許文献2には、プリズムと計測チップの間に光学インターフェースプレートを設置する発明が記載されているが、部品点数が増えるばかりでなく、その形状が複雑であるという問題がある。
【0007】
【特許文献1】特許第3356212号公報
【特許文献2】特許第3294605号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、SPR光学系において、透明基板上に一体形成された屈折率整合シート形状を最適化すること、もしくは透明基板の形状も最適化することによって、上記問題点を解決し、容易にSPR計測チップを交換できる手法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明の表面プラズモン共鳴計測用チップは、表面プラズモン共鳴計測用の金属薄膜を有する透明基板と、上記透明基板の上記金属薄膜とは反対側の面に、透明な弾性粘着シートをさらに備え、上記透明な弾性粘着シートは、シートの端から中央に向かって盛り上がった液滴形状を有することを特徴とする。
【0010】
また、上記透明な弾性粘着シートは、上記透明基板の計測上必要な光路をカバーする複数の部分に分かれて設けられてもよい。
【0011】
また、上記透明な弾性粘着シートは、上記透明基板の上記金属薄膜とは反対側の面に設けられた窪みに形成されてもよい。
【0012】
また、上記透明な弾性粘着シートは、上記透明基板を侵食しない自己硬化型材料であってもよい。
【0013】
また、上記透明基板の上記透明な弾性粘着シート以外の部分に、上記プリズムと上記透明基板の距離を規定するスペーサを設けてもよい。
【0014】
また、上記透明な弾性粘着シートには、使用前に保護剥離シートが装着されてもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、SPR光学系において、透明基板上に一体形成された屈折率整合シート形状を最適化すること、もしくは透明基板の形状も最適化することによって、透明基板が密着時に気泡が入りやすく測定が困難になる、密着時に透明基板が安定しないなどの従来の問題点を解決し、容易にSPR計測チップを交換できる手法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態を図面を参照して説明する。
図2に、本発明の屈折率整合シートを使用するSPR光学系の構成例の断面図を示す。
図2において、SPR光学系200は、光源201と、レンズ202と、プリズム203と、受光素子204と、金属薄膜を有する透明基板205と、屈折率整合シート206とを備える。SPR光学系210は、透明基板205をプリズム203に屈折率整合シート206を介して張り合わせた状態を示す。
【0017】
金属薄膜を形成した透明基板205の裏側に、液滴形状をした屈折率整合シート206が形成されている。屈折率整合シート206は透明基板205に直接塗布され、液滴形状を有している。この液滴形状によって、透明基板205をプリズム203に密着するとき屈折率整合シート206の中央部から徐々に密着され、気泡が外部に押し出されるようになる。
【0018】
さらに、屈折率整合シート206の材料は、シリコン高分子であり、ゴムもしくはゲルのような性状を有しており、密着を解除すると、元の形状に戻ろうとする。そのためにプリズム203との密着面が自然と小さくなり、容易に透明基板205の交換が可能となる。
【0019】
屈折率整合シート206は、シートの材料を透明基板205に直接塗布され、その材料の透明基板205との親和性や表面張力、滴下量によって形状が決まる。透明基板205との親和性が低ければ、シート材料をはじくようになるため水玉のようになってしまう。よって、ある程度親和性の高い材料を選定する必要がある。透明基板205がガラスやプラスチック製の場合は、シリコン高分子が適している。
【0020】
透明基板205にシート材料を滴下する量は、SPR装置の設計に依存する。光源201からの光が透明基板205の表面で焦点を結ぶように設計されるため、焦点位置はプリズム203の上面から上方向に存在している。その距離が透明基板205と屈折率整合シート206の圧着時の厚みでなければならないため、その塗布量は正確に制御する必要がある。
【0021】
また、最適な液滴形状を得るためには、塗布する面積と塗布量を制御しなければならない。塗布面積が小さすぎて、塗布量が多すぎれば半円状の形状となってしまうために、圧着時にプリズム203と接触している面積が小さくなってしまう。その状態で無理に圧着しようとすると、かなりの圧力で圧着しなければならない。ただし、上記の問題は精密ポンプを使用すれば正確な制御が可能であり、重要な問題とならない。
【0022】
一番簡単な形状は、透明基板205全面に液滴形状を有する屈折率整合シート206が形成されているものである。ただし、この形状では密着時に透明基板205が傾いてしまう可能性がある。そこで、図3に示すSPR光学系300のように塗布する部分を2箇所にする形状が考えられる。
【0023】
図3に示す形状では、プリズム303との密着部は2箇所もしくはそれ以上に分かれており、透明基板305の密着時の傾きを抑えることが可能である。この場合は、屈折率整合シート306を塗布する2箇所は片方が透明基板305への入射光の光路であり、他方が出射光の光路にあたる。よって、塗布する形状は2つの光路をカバーするように設計しなければならない。
【0024】
上述のような形状を有する屈折率整合シート306を作製するためには、透明基板305にマスクを用いて塗布する方法、スクリーン印刷を用いる方法などの様々な方法が考えられるが、その1つとして、図4に示すSPR計測チップ400のように透明基板401の形状を変更することも考えられる。
【0025】
図4において、透明基板401は、予めシート材料が塗布される部分の形状が窪ませてあり、シート材料がそれ以上に広がらない形状となっている。さらにこの形状の凸部は、透明基板401をプリズム303に密着させたときの屈折率整合シート402が圧着されてつぶれる際のスペーサの役目を担い、圧着されたときの厚みを制御する機能を持たせることも可能である。
【0026】
なお、圧着時のシリコンゴムの厚みを制御するために、透明基板の屈折率整合シートがない部分に、別部品のスペーサを設置することも可能であり、また、計測前に屈折率整合シートに傷などが付くことを防止するために、使用前にはシート状の保護テープが貼られ、使用直前に保護テープを剥がすことにより、常に正常で傷のないシートをプリズム303に圧着できるようにすることも可能である。
【実施例1】
【0027】
SPR光学系においてプリズム材質をBK7(屈折率=1.51)ガラスとし、透明基板には16×16×0.5mmのBK7ガラスを採用した。透明基板の一方の面には蒸着にてチタンを接着層(2〜3nm)として金薄膜(47nm)を形成した。
【0028】
金薄膜とは反対側の面に、2液混合タイプで硬化後の屈折率が1.52の透明シリコンゴムをピペットでスポットし、全体に延ばした。この屈折率整合シートの硬化後の厚みは0.5mmとなるように樹脂量を調整した。樹脂は塗布した後は表面張力で液滴形状になっている。
【0029】
シリコン樹脂塗布後の基板を室温放置もしくは加熱によって硬化させ、屈折率整合シート一体型SPR計測チップを作製した。作製した屈折率整合シート一体型SPR計測チップを図5に示すようなSPR光学系に設置、上から加重をかけることによって、プリズムに密着させ、SPRを計測した。
【0030】
図5において、SPR光学系500は、光源501と、球面レンズA502と、円筒形レンズA503と、プリズム504と、円筒形レンズB505と、偏光子506と、球面レンズB507と、光検出器508と、屈折率整合シート509と、透明基板510と、金属薄膜511とを備える。
【0031】
上述の条件によるSPR計測を確認する画像を図6に示す。金薄膜上にはサンプルとして水を滴下した。図6において、横軸はSPR角度方向に相当し、縦方向はチップ上の焦線方向に相当する。SPR現象による反射光現象のため画像左側に暗線が確認でき、良好な計測が行えることが分かる。
【実施例2】
【0032】
プリズム材質をBK7とし、透明基板に16×16×1mmのBK7ガラスを採用した。透明基板の一方の面にはスパッタにてチタンを接着層(2〜3nm)として金薄膜(47nm)を形成した。
【0033】
金薄膜とは反対側の面に、硬化後の屈折率が1.51の透明シリコンゴムをドクターブレード法にて膜厚が0.1mmになるように塗布した。その後、加熱によって硬化させ、屈折率整合シートを作製した。透明シリコンゲルの塗布形状は、図7に示す塗布形状700のように設定した。
【0034】
作製した屈折率整合シート一体型SPR計測チップを実施例1と同じSPR光学系により計測した。この条件で水のSPRを計測した画像を図8に示す。図8から、屈折率整合オイルを使用した場合と遜色なく、本発明のSPR計測用チップが利用できることがわかる。
【実施例3】
【0035】
プリズム材質をBK7とし、透明基板を厚さ1mmの環状ポリオレフィンを材料としたプラスチックを採用した。透明基板の一方の面には蒸着にてチタンを接着層(2〜3nm)として金薄膜(47nm)を形成した。
【0036】
金薄膜とは反対側の面に、2液混合タイプで硬化後の屈折率が1.53の透明シリコンゴムをスポットし、全体に延ばした。この屈折率整合シートの硬化後の厚みは0.1mmとなるように樹脂量を調整した。樹脂を塗布した形状は実施例2と同じである。
【0037】
上記で作製したチップを実施例1と同じ光学系に設置し、SPRの確認を行った画像を図9に、グラフを図10に示す。図9、10から、屈折率整合オイルを使用した場合と遜色なく、本発明のSPR計測用チップが利用できることがわかる。
【実施例4】
【0038】
プリズム材質をBK7とし、透明基板を厚さ1mmの環状ポリオレフィンを材料としたプラスチックを採用した。透明基板の一方の面には蒸着にてチタンを接着層(2〜3nm)として金薄膜(47nm)を形成した。
【0039】
金薄膜とは反対側の面に、2液混合タイプで硬化後の屈折率が1.53の透明シリコンゴムを滴下し、塗布した。この屈折率整合シートの硬化後の厚みは0.1mmとなるようにした。作製したSPR計測チップを実施例1と同じSPR光学系に計測した。図11は、水のSPR計測を確認する画像である。
【0040】
さらに同じように作製された計測チップで抗原抗体反応の確認を行った。作製された屈折率整合シート一体型SPR計測チップに2つのチャンネルを設け、片方にAnti−IgGを固定化・BSAブロッキングし、もう片方には参照チャンネルとして、BSAブロッキングのみを行った。そのチップをSPR光学系に設置し、サンプルとして100ng/mlのIgG溶液を流した。このときの測定結果を図12に示す。図12から、1000secで100ng/mlのIgGを流したところ、抗原抗体反応によって、シグナルの増加が確認された。
【0041】
以上のように本発明のSPR計測用チップによれば、光学特性および実際の抗原抗体反応の計測などにおいてガラスとマッチングオイルの組み合わせで利用される方法と同等の性能を得ることができ、かつ、容易に基板を着脱できるものとすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】従来のSPR測光学系の構成を示す断面図である。
【図2】本発明の一実施形態によるSPR計測用チップを使用したSPR光学系の構成を示す断面図である。
【図3】本発明の別の実施形態によるSPR計測用チップを使用したSPR光学系の構成を示す断面図である。
【図4】本発明の別の実施形態によるSPR計測用チップの断面図および上面図である。
【図5】本発明の実施例1に係るSPR計測用チップを使用したSPR光学系の構成を示す図である。
【図6】本発明の実施例1に係るSPR計測用チップを使用したSPR計測を確認する画像を示す図である。
【図7】本発明の実施例2に係るSPR計測用チップの透明シリコンゲルの塗布形状を示す図である。
【図8】本発明の実施例2に係るSPR計測用チップを使用したSPR計測を確認する画像を示す図である。
【図9】本発明の実施例3に係るSPR計測用チップを使用したSPR計測を確認する画像を示す図である。
【図10】本発明の実施例3に係るSPR計測用チップを使用したSPR計測を確認するグラフを示す図である。
【図11】本発明の実施例4に係るSPR計測用チップを使用したSPR計測を確認する画像を示す図である。
【図12】本発明の実施例4に係るSPR計測用チップを使用した抗体抗原反応を確認する画像を示す図である。
【符号の説明】
【0043】
200,210,300,310 SPR光学系
201,301,501 光源
202,302 レンズ
203,303,504 プリズム
204,304,508 受光素子
205,305,401,510,701 透明基板
206,306,402,509,702 屈折率整合シート
502 球面レンズA
503 円筒形レンズA
505 円筒形レンズB
506 偏光子
507 球面レンズB
511 金属薄膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面プラズモン共鳴計測用の金属薄膜を有する透明基板と、
前記透明基板の前記金属薄膜とは反対側の面に、透明な弾性粘着シートをさらに備え、
前記透明な弾性粘着シートは、シートの端から中央に向かって盛り上がった液滴形状を有することを特徴とする表面プラズモン共鳴計測用チップ。
【請求項2】
前記透明な弾性粘着シートは、前記透明基板の計測上必要な光路をカバーする複数の部分に分かれて設けられることを特徴とする請求項1に記載の表面プラズモン共鳴計測用チップ。
【請求項3】
前記透明な弾性粘着シートは、前記透明基板の前記金属薄膜とは反対側の面に設けられた窪みに形成されることを特徴とする請求項1に記載の表面プラズモン共鳴計測用チップ。
【請求項4】
前記透明な弾性粘着シートは、前記透明基板を侵食しない自己硬化型材料であることを特徴とする請求項1に記載の表面プラズモン共鳴計測用チップ。
【請求項5】
前記透明基板の前記透明な弾性粘着シート以外の部分に、前記プリズムと前記透明基板の距離を規定するスペーサを設けることを特徴とする請求項1に記載の表面プラズモン共鳴計測用チップ。
【請求項6】
前記透明な弾性粘着シートには、使用前に保護剥離シートが装着されていることを特徴とする請求項1に記載の表面プラズモン共鳴計測用チップ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−101646(P2010−101646A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−271101(P2008−271101)
【出願日】平成20年10月21日(2008.10.21)
【出願人】(000102739)エヌ・ティ・ティ・アドバンステクノロジ株式会社 (265)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】