説明

混合蛍光体及びその製造方法

【課題】高温の熱処理を行うことなく、発光色の制御が可能な蛍光体を提供する。
【解決手段】硫化物の微粒子がアモルファス酸化物中に微細分散した薄膜蛍光体である。前記硫化物はZn、Ce及びSで、前記酸化物はSi及びOで形成される。前記硫化物に含まれるZn、Ce及びSは、これらの元素の原子数の合計を100とした場合に、Znが5.0以上、55.0以下で、Ceが0.5以上、55.0以下で、かつZnとCeの合計が40.0以上、60.0以下とし、前記酸化物に含まれるSi及びOは、前記硫化物を形成するZn、Ce、Sの原子数の合計を100とした場合に、Siが5.0以上、100.0以下で、Oが8.0以上、120.0以下とすることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薄膜形態の蛍光体として特に好適な、酸化物と硫化物からなる混合蛍光体に関する。
【背景技術】
【0002】
蛍光体は古くから蛍光灯やブラウン管などにおいて工業的に利用されており、またプラズマディスプレイ、フィールドエミッションディスプレイ、エレクトロルミネッセンス(EL)、白色LED用変換材料などの新しいデバイスにおいても使用されつつある。蛍光体は、紫外線、電子線、X線あるいは電場によって励起されて発光するものであり、材質的には無機物や有機物の様々な蛍光体材料が開発されている。無機物蛍光体としては、Y23、CaF2 やZnSなどの酸化物、硫化物、フッ化物にEuなどの希土類イオンなどが添加されたものが代表的である。
【0003】
無機物蛍光体(以下、単に「蛍光体」と記する。)の多くは、粉末形態(かかる形態の蛍光体を「粉末蛍光体」という。)、薄膜形態(かかる形態の蛍光体を「薄膜蛍光体」という。)で使用され、近年、化合物半導体蛍光体において、数nm〜数十nm程度の超微粒子としたナノ蛍光体も研究開発されつつある。
【0004】
前記粉末蛍光体は、例えば分散型エレクトロルミネッセンス(EL)のように、予め準備した蛍光体粉末を樹脂や酸化物粉末と混合したペーストを膜状に塗布したものを発光層として利用される場合が多い。粉末蛍光体は、ZnS:Cuなどの輝度が高く、多様な材料が実現されているが、粉末の粒径が数μm 以上と大きいために高精度なデバイスでは使い難く、また発光層も百μm 程度以上と厚いため透明性が失われる。また、特性が劣化し易いために蛍光体に表面処理を施すことが不可欠であるという問題がある。なお、「ZnS:Cu」など、「化合物:特定元素」の表記は、コロン(:)の左側の化合物が母体結晶であり、コロンの右側の特定元素が発光元素として母体結晶の構造に添加されていることを意味する。
【0005】
一方、ナノ蛍光体は、量子効果により、粒径が小さいときは短波長の青色蛍光、粒径が大きいと長波長の赤色を示すようになるため、発光色の制御が可能である。具体的には、化合物半導体であるCdTeやCdSeは直径2nmから40nmの範囲まで微細化すると蛍光発色が変化することが知られている。CdTeやCdSeはII−VI化合物半導体であるが、II−VI化合物半導体としては、この他にZnO、ZnS、ZnSeが知られており、一般にLED発光素子を目指した研究開発が行われている。LED発光用の蛍光材料開発では、単結晶基板にエピタキシャルに薄膜を成長させる手法が用いられる。このようなCdTeやCdSe以外の蛍光体においても、粒子をナノ化することで、量子効果による発色制御や発光輝度の向上が期待される。しかし、ナノ粒子の製造プロセスにおいて生産性が悪く、またナノ粒子は凝集し易く、さらに表面積が飛躍的に大きくなるために劣化が生じ易く、基材に安定的に固定することが難しいという問題がある。
【0006】
上記粉末蛍光体、ナノ蛍光体について、その性能を向上させる取り組みが種々なされている。分散型EL向け蛍光粉末を想定したものとしては、既存のZnS粉末蛍光体の特性劣化を防止するため、例えば、特開平1−239795号公報(特許文献1)には、分散型EL素子用のZnS蛍光体の粒子表面に、溶液成長法によって二酸化ケイ素などの酸化物皮膜を被覆することが提案されている。また、特開平9−263753号公報(特許文献2)には、ZnSなどの蛍光体粉末表面に金属アルコキシドオリゴマーを用いて金属酸化物を被覆する方法が提案されている。また、特開2005−232398号公報(特許文献3)にはZnSなどの蛍光体表面に逆ミセル法を用いて強誘電体成分からなる薄膜を被覆することが提案されている。このような蛍光体の表面処理は、EL素子だけでなく、多くの蛍光体分野で検討されている。
【0007】
また、ナノ蛍光体については、ナノ粒子の劣化や凝集の問題を改善するため、例えば特開2002−211935号公報(特許文献4)ではゾルゲル法によってCdTeナノ粒子系を安定に分散させた蛍光体超微粒子分散ガラス蛍光体を作製する方法が提案されている。また特開2005−281019号公報(特許文献5)にはCdTe、あるいはCdS、ZnSe、CdSe、ZnTe、CdTeなどの化合物半導体ナノ粒子分散蛍光性ガラス粒子を、界面活性剤を加えた逆ミセル溶液法で分散して作製する方法が提案されている。
【0008】
一方、薄膜蛍光体としては、特開昭49−48834号公報(特許文献6)に記載されたZnS系の薄膜蛍光体、特許第3501742号公報(特許文献7)に記載されたBaAl24:EuとZnSが積層された薄膜蛍光体、特許第4042895号公報(特許文献8)に記載されたY23系の薄膜蛍光体などが知られている。これらの薄膜蛍光体は、上記のような問題がなく、スパッタリングなどの物理的蒸着法によって容易に作製することができ、大量生産性に優れる。しかも面内に均一な発光層を形成することができ、また膜厚を薄くすることができるため、透明性が高いという利点がある。このため、高精細な表示を行う、例えばELディスプレイや、光変換材料に適している。具体的には、薄膜型ELは、スパッタ法などの物理蒸着法によって蛍光体材料を厚さ数nm〜1μm程度に成膜した蛍光体を発光層として利用している。薄膜型ELなどには、輝度の高い薄膜蛍光体としてZnS:Mn(橙色)、ZnS:Tb(緑色)あるいはBaAl24:Eu(青色)などが使用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平1−239795号公報
【特許文献2】特開平9−263753号公報
【特許文献3】特開2005−232398号公報
【特許文献4】特開2002−211935号公報
【特許文献5】特開2005−281019号公報
【特許文献6】特開昭49−48834号公報
【特許文献7】特許第3501742号公報
【特許文献8】特許第4042895号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、通常、物理蒸着法で作製した直後の蛍光体薄膜は、蛍光を示さないか、あるいは蛍光が弱いために、薄膜形成後に、薄膜の結晶性を向上させるとともに蛍光活性化の目的で高温の熱処理を行う必要がある。例えば、ZnS:Mnの場合は400℃程度以上の温度に加熱する熱処理が行われ、BaAl24:Euでは1000℃程度の熱処理が行われる。かかる熱処理を施す必要があるため、薄膜を担持する基材として、低融点ガラスや樹脂などの汎用性のある基材を用いることができない。また、薄膜蛍光体として、橙色のZnS:Mn、緑色のZnS:Tb、青色のBaAl24:Euが実用化されているが、いずれも発色が限定され、発光色を制御することができない、という問題がある。
【0011】
本発明はかかる問題に鑑みなされたもので、高温の熱処理を行うことなく、発光色の制御が可能な蛍光体及びその製造方法などを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記の課題を解決するため鋭意研究を進めた結果、Ce−Zn−S−Si−Oからなる蛍光体は、物理蒸着によって容易に製造することができ、しかも成膜後に熱処理を施すことなく、紫外線照射により蛍光発光が可能であり、さらに組成制御によって発光色の制御も可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、硫化物が酸化物中に微細分散した混合蛍光体であって、前記硫化物はZn、Ce及びSによって形成され、かつ微結晶で形成された微粒子を有し、前記酸化物はSi及びOによって形成され、かつアモルファス酸化物を有し、前記硫化物の微粒子が前記アモルファス酸化物中に分散したものである。
【0014】
前記硫化物の組成は、硫化物を形成するZn、Ce及びSの原子数の合計を100とした場合に、Znが5.0以上、55.0以下で、Ceが0.5以上、55.0以下で、かつZnとCeの合計が40.0以上、60.0以下の比率とすることが好ましい。前記酸化物の組成は、前記硫化物を形成するZn、Ce、Sの原子数の合計を100とした場合に、Siが5.0以上、100.0以下で、Oが8.0以上、120.0以下の比率とすることが好ましい。また、前記硫化物の微粒子のサイズは、平均粒径で0.5nm以上、100nm以下とすることが好ましい。
【0015】
前記混合蛍光体は、物理蒸着により基板の表面に蒸着源からZn、Ce、S、Si及びOの粒子を供給し、堆積させることにより、薄膜形態のものが容易に得られる。前記物理蒸着に際しては、硫化亜鉛粉末及び酸化ケイ素粉末と、さらに酸化セリウム、硫化セリウム、セリウムの粉末の内の1種又は2種以上を含む混合粉末が焼結された粉末焼結体をスパッタリングターゲット材や蒸着用タブレット材などの物理蒸着用蒸着源として用いることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る混合蛍光体によれば、Zn,Ce及びSで形成された硫化物の微粒子がSi及びOで形成されたアモルファス酸化物中に分散した組織を有するので、結晶化のための高温熱処理を施すことなく、波長が可視光領域全体に広がった蛍光発光が可能になり、また成分を調整することにより簡単に発光色を制御することができる。これらの特徴により、無機ELディスプレイやバックライト、照明用の蛍光体として好適に用いることができる。またLED用変換材料などの光変換材料として、またエキシマレーザーや超高圧水銀灯などの紫外線光源の光軸調整や焦点調整用材料として用いることができる。さらにまた紫外線有効利用による太陽電池の高効率化、あるいは紫外可視変換イメージセンサーなどにも適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】実施例の試料No. 1(発明例)の波長分光分析結果を示すグラフである。
【図2】実施例の試料No. 2(発明例)の波長分光分析結果を示すグラフである。
【図3】実施例の試料No. 3(発明例)の波長分光分析結果を示すグラフである。
【図4】実施例の試料No. 1(発明例)のX線回折分析結果を示すグラフである。
【図5】実施例の試料No. 4(比較例)のX線回折分析結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の実施形態に係る混合蛍光体は、スパッタ、熱蒸着、イオンビーム蒸着などの物理蒸着によって薄膜状に形成された薄膜蛍光体であり、Zn,Ce及びSから形成された硫化物の微粒子が、Si及びOからなるアモルファス酸化物中に分散した組織構造を有している。前記硫化物の微粒子は、微結晶で形成されており、その粒径は0.5〜100nm程度である。微粒子の粒径は、本発明では微粒子の外周縁上の2点を結ぶ長さの内の最大長さ、すなわち微粒子の外接円の直径を意味する。
【0019】
前記薄膜蛍光体の好ましい組成については、硫化物を構成するZn、Ce、Sの原子数の合計を100とした場合に、Znが5.0以上、55.0以下で、Ceが0.5以上、55.0以下で、かつZnとCeの合計が40.0以上、60.0以下の成分比率とされる。また、前記硫化物を形成するZn、Ce、Sの原子数の合計を100とした場合に、前記酸化物を形成するSiが5.0以上、100.0以下で、Oが8.0以上、120.0以下の成分比率とされる。
【0020】
前記薄膜蛍光体の組織構造は、前記薄膜蛍光体をX線回折分析することによって明らかにされた。すなわち、上記成分比率の薄膜蛍光体をX線回折分析して得られた発光強度と発光波長との関係を表したグラフには、アモルファス及び微結晶を示すブロードなピークが現れる。一般に、ZnSだけからなる薄膜の場合は、ZnSが結晶であることを示す半値幅の狭い急峻なピークが観察される。さらに、ZnSにCeを添加した場合でも多結晶を示す半値幅の狭いピークが現れる。このような膜の場合、薄膜からの強い蛍光は観察されない。一方、ZnS膜にSiO2 を質量比で5%以上混合すると、急激に膜構造が変化し、X線回折分析では半値幅の広いブロードなピークが現れる。ブロードなピークの存在は、SiO2 がアモルファスとして存在していることを意味する。この膜でも肉眼観察が可能な強い蛍光は観察されないが、この膜にCeを添加すると、室温で成膜した膜からでも明瞭な蛍光を肉眼観察することができるようになる。
【0021】
一方、上記薄膜蛍光体をTEM観察すると、膜中に粒径100nm程度以下の微粒子が多数観察される。微粒子サイズ(粒径)は膜組成によって異なるが、小さいものでは0.5nm程度であり、大きなものは100nm程度に及ぶが、多くは2nm程度から50nm程度である。前記微粒子は不定形をしており、その粒径は上記のとおり、微粒子の外接円の直径で表される。また、TEM観察時に得られる電子線回折パターンでは、微結晶であることを示す回折パターンが得られ、パターン解析からは微結晶はZnS結晶の面間隔を有するものであることが見出された。
【0022】
これらの観察結果から、実施形態に係る薄膜蛍光体は、ZnSを主体とし、微結晶からなる粒径0.5nm以上、100nm以下の微粒子からなる硫化物を有し、その周りをSiとOからなるアモルファス酸化物が取り囲んだ組織構造を備えていると推定される。前記組織構造は、言い換えると分散母材であるSiO2 のアモルファス酸化物のマトリックス中にナノ粒子の硫化物が分散されたものということができる。前記硫化物はZnSを主体とするものであるが、正確にはZnSとZnSのZnの一部がCeに置き換わったZnS−CeS硫化物である。
【0023】
前記薄膜蛍光体の発光色は、その波長が可視光領域である400nmから800nmの範囲に広がっている。また、最も発光強度の強い波長に対応した発光色は、肉眼により明瞭に観察することができる。すなわち、450nmの発光が強い場合には青色が、550nmの発光が強い場合には緑色が、600nmの発光が強い場合には赤色が肉眼観察される。強度が最も強い発色波長は、成分によって調整することができ、膜中のSi量が同じ場合で比較すると、膜中のCe量が少なく、従ってZn量が多い場合には青色発光を示し、Ceが多くなり、Znが少なくなるに従い、緑色、黄色、橙色、赤色と変化する。また、Zn量が同じ場合、Si量によっても発光色は変化し、Si量が多くなるほど、発光色は赤色にシフトする。
【0024】
発色の変化に付いては、以下のように考えられる。すなわち、一般に、蛍光体粒子の粒径が小さくなって量子効果が現れるようになると、バンドギャップが拡大して発色が短波長、すなわち青色にシフトする。このような現象は、CdTeナノ粒子などで報告されている。本発明では、ZnS粒子に含まれるCe系硫化物が発光に寄与していると考えられ、Ce量が多い場合には、Ce系硫化物粒子の粒径も大きくなり、Ce系硫化物の本来の発色である赤色を示し、Ceが少なくなると粒径も小さくなり、バンドギャップシフトによって青色になると考えられる。このため、成分を調整することにより発光色の制御が可能になる。
【0025】
前記薄膜蛍光体の発光は、膜中にZnあるいはCeが無い場合、肉眼で確認できる程度の蛍光は観察されず、またSiO2 が無い場合あるいは微粒子の硫化物の周りにアモルファスのSiO2 が無い場合も蛍光は観察されない。微粒子状の硫化物が埋設されるマトリックスが結晶化したSiO2 の場合に発光が観察されない理由は必ずしも明らかでないが、以下のように推察される。硫化物の微粒子の周りが結晶である場合、結晶相の粒界が重大な欠陥として作用し、硫化物の内部において紫外線等によって励起された電子は周囲の結晶粒界に流れてしまうため発光が生じない。他方、周囲がアモルファスである場合、結晶粒界のような局所的に集中した欠陥がないため、硫化物の内部において励起された電子は周囲のアモルファスに流れないため、硫化物の内部で発光できる。もっとも、アモルファスにも多数の欠陥が存在するが、これらの欠陥は結晶粒界ほどには電子を強力にトラップすることができないものと考えられる。
【0026】
上記のとおり、前記薄膜蛍光体はアモルファスのSiO2 酸化物中に微粒子の硫化物が分散された組織(以下、「発光組織」という。)を有することが重要であり、全組織に占める発光組織の面積割合が大きいほど強い発光が得られるが、発光組織が25面積%程度以上、好ましくは30面積%程度以上あれば肉眼観察可能な強力な発光を得ることができる。
【0027】
また、前記薄膜蛍光体が肉眼観察可能な発光をするには、Si、Zn、Ce、O、Sが所定量共存することも重要である。ここで、実施形態に係る薄膜蛍光体の好ましい組成における各元素の成分比率について説明する。前記薄膜蛍光体の膜中のZnとCeの合計の原子数とSの原子数はほぼ同程度となっていることから、成分比を簡便に記するために、Zn、Ce、Sから構成される成分と、SiとOから構成される成分を分けて表現することとする。なお、上記5元素以外、Fe、Pb、Na、La、Ca、Nd、Prなどの不純物元素が不可避的に含まれることがあるが、不純物は全量で100ppm程度以下に止め、また各不純物についても10〜20ppm程度以下に抑えることが好ましい。
【0028】
Zn、Ce、Sの成分比率
蛍光体を形成するZn、Ce、S、Si、Oの成分の内、Zn、Ce、Sの原子数の合計(3成分合計)を100としたとき、ZnとCeの原子数の合計が40.0以上、60.0以下とされる。ZnとCeの合計が40.0未満では、膜中のS量が多すぎるため、膜を作製することが困難になる。同様に、ZnとCeの合計が60超の場合も、膜中のZnあるいCeの金属成分が多すぎて、蛍光膜を形成することが困難になる。また、前記3成分合計に対するZnの原子数の比率が5.0以上、55.0以下とされ、Ceが0.5以上、55.0以下とされる。Znの比率が5未満でも、55超でも蛍光膜が得られ難くなる。上記のとおり、Ce比を調整することにより、発光色を制御することができるが、Ceの原子数の比率が0.5未満でも、55超でも蛍光膜が得られ難くなる。より好ましい範囲は、ZnとCeの合計が42以上、53以下であり、Znが10以上、50以下、Ceが10以上、50以下である。
【0029】
Si、Oの成分比率
蛍光体を形成するZn、Ce、S、Si、Oの成分の内、Zn、Ce、S成分の原子数の合計(3成分合計)を100としたとき、SiとOについては、Siの原子数の3成分合計に対する比率が5.0以上、100.0以下、Oの原子数の比率が8.0以上、120.0以下とされる。Siの比率が5.0より小さい場合も、100.0より大きい場合も蛍光膜になり難い。同様に、Oの比率が8.0より少ない場合も、120.0より大きい場合も蛍光膜になり難い。
【0030】
上記薄膜蛍光体は、スパッタ、熱蒸着、イオンビーム蒸着などの物理蒸着法により容易に製作することができる。ここでは、生産性に優れたスパッタを例に挙げて説明する。なお、スパッタとしては種々の実施形態があるが、マグネトロンスパッタが好ましい。マグネトロンスパッタではRF放電を用いたスパッタリングにより、大面積の薄膜を高い成膜速度で容易に形成することができ、工業的生産性に優れる。
【0031】
まず、スパッタリングに際し、蒸着成分を供給する蒸着源であるスパッタリングターゲットを準備する。前記ターゲットとしては、所定量のZnSとSiO2 とCeの各粉末を焼結したZnS−SiO2 −Ceターゲットや、ZnSとSiO2 とCe23の各粉末あるいはZnSとSiO2 とCeO2 の各粉末を焼結したZnS−SiO2 −Ce23ターゲットあるいはZnS−SiO2 −CeO2 ターゲットを用いることができる。前記ZnS−SiO2 −Ceターゲットとして、簡便には所定量のZnSとSiO2 の粉末の焼結体に金属Ceのチップを貼り付けたものを用いることができる。
【0032】
スパッタリングターゲットとして、前記ZnS−SiO2 −Ce23を用いた場合、ターゲット組成と薄膜組成はおおよそ同じになるが、膜成分の内、蒸気圧の高いZnとSが分解蒸発し、膜中の組成はターゲット組成と比べてZnとSがやや少ない組成となる。一方、ZnS−SiO2 −Ceターゲットを用いた場合、膜形成過程でCeがSと結合し、結合相手を失ったZnが蒸発し、膜中のZn量はターゲット組成に比べて減少する。また、ZnS−SiO2 −CeO2 ターゲットを用いた場合、酸素量の多い膜となる。
【0033】
いずれのターゲットを用いても、薄膜蛍光体の成分比率が所定の範囲内にあれば、蛍光発光が可能である。スパッタリングにより製作された薄膜は、やや黄色の透明膜となっている。この薄膜蛍光体に対して波長340nmの長波長紫外線を照射すると可視光の蛍光を発光する。この蛍光は、薄膜を熱処理することなく、室温成膜で得られた薄膜に対して明確に肉眼観察することができる。雰囲気温度300℃で加熱しながら成膜した場合、あるいは室温成膜後に300℃の熱処理をした場合でも同じ様な蛍光発光が観察される。
【0034】
スパッタリングにおける蒸着過程で、硫化物は自己組織化でナノ粒子化し、かつ、ナノ粒子を取り囲むようにアモルファスSiO2 酸化物が膜中で自己組織化する。これによって、蛍光発光が可能で、かつナノ蛍光体に対する表面被覆と同等以上の耐久性を備えた薄膜蛍光体が得られる。また、この薄膜蛍光体では、高温の熱処理なしで蛍光発光が得られ、しかも蒸着源の組成制御あるいは蒸着プロセス制御によって発光色制御が可能になる。前記薄膜蛍光体の膜厚は特に限定されないが、一般的には、30nmから20μm 程度とされる。通常、紫外線により励起する薄膜蛍光体の場合は厚めの膜厚に、電界により励起するタイプの薄膜蛍光体の場合はやや薄めの膜厚に設定される。
【0035】
以上のように、実施形態に係る薄膜蛍光体は、スパッタなどの物理蒸着によって容易に製造することができる。また、加熱成膜や成膜後熱処理を必要とすることなく、肉眼観察可能な明るい蛍光を発光させることができ、しかも成分調整によって発色を可視光領域全体にわたって制御することができる。
【0036】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はかかる実施例により限定的に解釈されるものではない。
【実施例】
【0037】
表1に示す種々の組成のターゲットを準備し、RFマグネトロンスパッタ法によってガラス基板(コーニング社製、#1737)及びポリカーボネート基板に、試料として厚さ1μmの薄膜蛍光体を成膜した。スパッタに際して、スパッタリングガスとしてArを使用し、ガス圧を3mTorrとして、室温で1W/cm2 の電力を印加して成膜した。この際、予備実験として、予めガラス基板に薄膜蛍光体を成膜し、膜厚を触針式膜厚計で測定することで、成膜速度を算出した。
【0038】
表1のターゲット組成について、ZnS−SiO(あるいはSiO2)−CeとあるのはZnS−SiO(あるいはSiO2 )の粉末焼結体にCeチップを貼り付けたもの、ZnS−SiO2−CeO2 −Si(試料No. 14)とあるのはZnS−SiO2 −CeO2 の粉末焼結体にSiチップを貼り付けたもの、ZnS−SiO2−Ce−ZnO(試料No. 18)とあるのはZnS−SiO2 の粉末焼結体にCeチップ、ZnOタブレットを貼り付けたもの、ZnS−SiO2−CeO2 −ZnO(試料No. 19)とあるのはZnS−SiO2 −CeO2 の粉末焼結体にZnOタブレットを貼り付けたものである。なお、チップとは金属の小片を、タブレットとは粉末の粒状焼結体を意味する。
【0039】
ポリカーボネート基板に成膜した各試料の薄膜蛍光体(蛍光膜)について、成分分析を行った。Ce、Zn、S、SiについてはICP発光分析法で分析し、Oについては、EPMAによってSiとOの分析を行い、SiとOの成分比を算出し、これを組み合わせて、Ce、Zn、S、Si、Oの成分比率を求めた。その結果を表1に併せて示す。表中の成分比率については、ZnとCeとSの原子数の合計を100としたときの各元素の原子数の比率を示す。
【0040】
また、ガラス基板に成膜した蛍光膜に対して、市販のブラックライト(最大強度波長352nm)を照射し、蛍光の有無、発光色を目視で観察した。観察結果を表1に併せて示す。なお、蛍光膜を真空中400℃で30分加熱保持する熱処理を施した後、ブラックライトを照射する蛍光観察も行ったが、熱処理前と同等の蛍光が観察されるに止まった。
【0041】
表1より、Zn、Ce、S、Si、Oの成分比率が適正な発明例に係る試料では全て蛍光発光が目視観察され、またCeの組成比率が高いほど赤色になることが確認された。例えば、発明例の試料No. 1〜3、8及び9をCeの組成比率が低いものから順に並べると、No. 2,9,1,3,8であり、これらは順に青色、黄色、緑色、橙色、赤色を呈している。他方、組成比率が適正でない比較例では蛍光は肉眼観察されなかった。
【0042】
【表1】

【0043】
次に、発明例の試料No. 1〜3の蛍光膜に対して、フォトルミネッセンス評価を行うため、入射波長325nmの紫外線を照射し、蛍光の波長分光測定を行った。その結果、図1〜3に示す。図1はNo. 1に、図2はNo. 2に、図3はNo. 3に対する波長分光分析結果を示すグラフである。同図より、試料No. 1では、波長360nm〜750nmの範囲で蛍光発光が認められ、530nmの発光が最も強かった。このため、目視では発光色は緑色を呈した。また、試料No. 2では、波長360nm〜700nmの範囲で蛍光発光が認められ、450nmの発光が最も強かった。このため、目視での蛍光は青色を呈した。また、試料No. 3では、波長360nm〜700nm以上の範囲で蛍光発光が認められ、600nmの発光が最も強かった。このため、目視での蛍光は橙色を呈した。
【0044】
次に、発明例の試料No. 1と比較例の試料No. 4の蛍光膜に対してX線回折分析を行った。その結果、得られたX線回折分析結果を示すグラフを図4(No. 1)及び図5(No. 4)に示す。試料No. 1の発明例では28度付近に半値幅が10度程度のZnS起因のブロードなピークが現れた。一方、試料No. 4の比較例では28度付近に立方晶のZnS起因の鋭いピークが現れたほか、27度付近にウルツ型ZnSに対応する小さなピークが表れ、この薄膜中の硫化物は多結晶のZnSであることが確認された。
【0045】
次に、発明例の各試料の蛍光膜についてTEM観察(倍率175万倍)を行ったところ、格子状の模様を示す微結晶からなる微粒子が無模様のアモルファスのマトリックス中に分散した組織が確認された。観察画像を画像解析して前記微粒子の粒径を調べたところ、2nm〜10nm程度であった。また、発明例の各試料の蛍光膜に対し、ランダムに選んだ3箇所の観察画像(倍率175万倍)をそれぞれ画像解析し、各視野における発光組織の面積率を測定し、その平均値を求めたところ、発明例の試料では発光組織は25〜65面積%であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫化物が酸化物中に微細分散した混合蛍光体であって、
前記硫化物はZn、Ce及びSによって形成され、かつ微結晶で形成された微粒子を有し、前記酸化物はSi及びOによって形成され、かつアモルファス酸化物を有し、前記硫化物の微粒子が前記アモルファス酸化物中に分散した、混合蛍光体。
【請求項2】
前記硫化物を形成するZn、Ce及びSは、これらの元素の原子数の合計を100とした場合に、Znが5.0以上、55.0以下で、Ceが0.5以上、55.0以下で、かつZnとCeの合計が40.0以上、60.0以下であり、
前記酸化物を形成するSi及びOは、前記硫化物を形成するZn、Ce、Sの原子数の合計を100とした場合に、Siが5.0以上、100.0以下で、Oが8.0以上、120.0以下である、請求項1に記載した混合蛍光体。
【請求項3】
前記硫化物の微粒子は平均粒径が0.5nm以上、100nm以下である、請求項1又は2に記載した混合蛍光体。
【請求項4】
物理蒸着によって形成された、請求項1から3のいずれか1項に記載した混合蛍光体。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載した混合蛍光体の製造方法であって、物理蒸着により基板の表面に蒸着源からZn、Ce、S、Si及びOの粒子を供給し、堆積させて薄膜形態の混合蛍光体を製造する、混合蛍光体の製造方法。
【請求項6】
請求項4に記載された混合蛍光体を製造するための蒸着源であって、硫化亜鉛粉末及び酸化ケイ素粉末と、さらに酸化セリウム、硫化セリウム、セリウムの粉末の内の1種又は2種以上を含む混合粉末が焼結された粉末焼結体である、混合蛍光体の物理蒸着用蒸着源。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−168458(P2010−168458A)
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−11767(P2009−11767)
【出願日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】