説明

温度分布の観測方法、観測装置、及び、観測対象物

【課題】 生体ファントムや電気絶縁部材、或いは、その模擬体などとして使用される観測対象物内部の温度分布を非侵襲で観測することができる観測方法、及び、装置、並びに、これによる温度分布の観測に好適な観測対象物を提供することをその目的とする。
【解決手段】 3次元の形状を付与された観測対象物であって、透光性のマトリクスに感温液晶を内包する微小カプセルを分散させた観測対象物にスリット光を照射し、感温液晶から放射される反射光、乃至、散乱光の観測を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、3次元の形状を付与された観測対象物中の温度分布を観測するための方法、装置、及び、当該観測に適する観測対象物に関し、例えば、生体等の形状や性状を模して作成された生体ファントム中の温度分布を観測するための方法、装置、及び、当該観測に適する生体ファントム、或いは、電気絶縁部材、乃至、電気絶縁部材の特性評価のために当該電気絶縁部材の形状や特性を模して作成された模擬体の温度分布を観測するための方法、装置、及び、当該観測に適する電気絶縁部材、或いは、その模擬体に関する。
【背景技術】
【0002】
高周波電磁界(RF−EMF)を利用した移動体通信機器の急速な普及とともに、電磁界が生体に及ぼす作用についての関心が高まっており、各国において高周波電磁界に曝された場合の単位質量の生体(人体)組織に吸収される単位時間当りのエネルギー量(SAR/比吸収率)に規制を設けることが検討されている。
【0003】
ここで、高周波電磁界の生体に対する作用は、電磁エネルギーの吸収による熱作用が支配的であると考えられることから、SARは、高周波電磁界に暴露後の温度上昇により評価されることが一般的である。
【0004】
しかし、生体(人体)内における温度上昇を直接測定することはできないため、生体の形状や電磁的特性などの性状を模して作成された生体ファントムを使用した種々のSARの測定方法が検討されている。
【0005】
生体ファントム中の温度上昇の直接的な測定方法としては、生体ファントム中に温度を測定するための光ファイバー温度計を埋め込むことが考えられるが、光ファイバー温度計では、単一の測定点の温度しか測定できないため、暴露領域全体の温度分布やその変動を観測することは困難である。
【0006】
また、A. W. Guyは、生体ファントム表面における温度分布を赤外線カメラにより観測する方法を提案している("Analysis of electromagnetic fields induced in biological tissues by the thermographic studies on equivalent phantom models",IEEE Trans. Microwave Theory & Tech.,MTT-19, 1979, pp. 205-214)が、この方法では、生体ファントム内部における温度分布やその変動を観測することはできない。
【0007】
このため、M. Miyagawaは、非イオン界面活性剤(nonionic surface active agent/NSAA)を配合した生体ファントムを使用する温度分布の観測方法を提案している("Visualization and 3-D measurement of local SAR using a gel phantom",Proc. 1998 IEEE EMC Symposium, Denver, Co., 1998. Vol. 2, pp851-756)。
【0008】
この方法は、NSAAが所定温度(クラウディングポイント)以上で曇りを生じることを利用したものであり、生体ファントム内の3次元的な温度分布を非破壊的に可視化できる利点がある一方で、クラウディングポイントを挟む温度変化以外の温度変化を観測できない問題があり、また、クラウディングポイントがNSAAを配合する母材の影響を受けるため、クラウディングポイントと母材の電磁的特性を独立に選定することが困難であるという問題がある。
【0009】
また、小型電子機器から重電機器に至る様々な電気機器においてエポキシ樹脂などよりなる電気絶縁部材が広く使用されているが、電力用回転機(発電機、電動機)、電力用静止器(トランス)、電力用ケ−ブル接続部、電力用ケ−ブル終端部、ガス絶縁設備支持部等においては、機器の正常動作、安全動作を確保するうえで、電気絶縁部材の絶縁信頼性が極めて重要とされており、また、小型電子機器においても、電源回路周辺部のプリント基板などの電気絶縁部材に関しては、同様に、高い絶縁信頼性が必要とされている。
【0010】
そして、このような電気機器の稼働中、或いは、通電試験や耐環境試験などの特性評価中に、絶縁部材が絶縁破壊、或いは、絶縁劣化などの故障に至るメカニズムには、電流リークや電磁誘導などによる電気絶縁部材中における温度上昇が関連している。
【0011】
従って、稼働中、或いは、特性評価中の電気絶縁部材の内部における温度分布を非侵襲で観測することが出来れば、稼働中の電気機器の保守点検に有用であり、また、絶縁破壊などのメカニズムを解明し、より優れた電気絶縁部材の開発を行う上でも有用であると考えられている。
【0012】
しかしながら、稼働中、或いは、特性評価中の電気絶縁部材内部における温度を非侵襲で観測する方法は従来存在しなかった。
【非特許文献1】A.W.ガイ(A. W. Guy)著,「等価ファントムモデルについてのサーモグラフ測定による生体組織中に誘導される電磁界の分析(Analysis of electromagnetic fields induced in biological tissues by the thermographic studies on equivalent phantom models)」,IEEE Trans. Microwave Theory & Tech.,MTT-19,1979年,p.205−214
【非特許文献2】M.ミヤガワ(M. Miyagawa)著「ゲル状ファントムを使用した局部SARの可視化、及び、3次元測定(Visualization and 3-D measurement of local SAR using a gel phantom)」,Proc. 1998 IEEE EMC Symposium, Denver, Co.,1998年,第2巻p751−756
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上記の状況に鑑みてなされたものであり、観測対象物内部の温度分布を観測することができる観測方法、及び、装置、並びに、これによる温度分布の観測に好適な観測対象物を提供することをその目的とする。
【0014】
また、本発明は、観測対象物内部の3次元的な温度分布を観測することができる観測方法、及び、装置、並びに、これに好適な観測対象物を提供することをその目的とする。
【0015】
また、本発明は、生体組織(例えば、筋肉)に近似する性状(特に電磁的特性)や形状を付与された生体ファントムである観測対象物内部の温度分布を観測することができる観測方法、及び、装置、並びに、これに好適な観測対象物を提供することをもその目的とする。
【0016】
また、本発明は、生体ファントムである観測対象物を高周波電磁界に暴露させ、電磁エネルギーの吸収による観測対象物内部の温度分布の変化を観測することができる観測方法、及び、装置、並びに、これに好適な観測対象物を提供することをもその目的とする。
【0017】
また、本発明は、稼働中、或いは、特性評価中の電気絶縁部材内部の温度分布を観測することができる観測方法、及び、装置、並びに、これによる温度分布の観測に好適な電気絶縁部材、或いは、電気絶縁部材の特性評価用の模擬体を提供することをもその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明は、上記課題を解決したものであり、 3次元の形状を付与され、透明のマトリクスに感温液晶を内包する微小カプセルを分散させた観測対象物にスリット光を照射し、前記感温液晶から放射される反射光、乃至、散乱光の観測を行うことを特徴とする温度分布の観測方法、3次元の形状を付与された観測対象物中の温度分布を観測するための観測装置であって、前記観測対象物に対してスリット光を照射する光源と、前記スリット光のビーム面に向けて配置された画像記録装置とを備え、前記観測対象物が、透明でゲル状、乃至、固体のマトリクスに感温液晶を内包する微小カプセルを分散させて構成されていることを特徴とする観測装置、或いは、透明でゲル状、乃至、固体のマトリクスに感温液晶を内包する微小カプセルを分散させたことを特徴とする観測対象物である。
【0019】
即ち、本発明では、観測対象物を透明のマトリクスに感温液晶を内包する微小カプセルを分散させて構成しているため、スリット光の照射を受けた感温液晶から、その温度に応じた波長(色相)の反射光、乃至、散乱光(以下、単に散乱光という)が放射されることになり、観測対象物内部のビーム面上における温度分布を散乱光の色によって可視化することが可能となる。
【0020】
また、本発明では、観測対象物の画像をCCDカメラなどの画像記録装置により撮影して記録することが可能であり、また、この場合には、撮影画像の各画素のRGB値からの換算などにより、数値による温度データを得ることも可能となる。
【0021】
なお、感温液晶の温度と、散乱光の波長(色相)との相関は、感温液晶の種類毎に異なっており、また、観測方向によって散乱光の波長(色相)がシフトするため、数値による温度データを得るためには、使用する感温液晶、及び、観測方向について予め散乱光の波長(色相)と温度の較正曲線を作成しておく必要がある。
【0022】
また、ビーム面上における温度分布を直接的に観測する意味ではビーム面に垂直な方向から上記の散乱光を観測することが好ましいが、散乱光の強度分布は、スリット光の光源方向で最大となり、光源方向から離れるに従って小さくなる傾向があるため、得られる散乱光の強度に応じて、スリット光の光源寄りの角度から観測を行い、観測結果を座標変換することによりビーム面上の温度分布を求めるようにすることも可能である。
【0023】
また、本発明で使用する感温液晶は、特定波長域の光を選択的に反射する配列構造を持ち、温度による当該配列構造の変化により散乱光の波長域が変化する典型的にはコレステリック型の液晶である。
【0024】
このような感温液晶としては、温度上昇とともに散乱光の波長域を長波長側から短波長側へとシフトさせる複数種類の液晶が知られており、観測温度域と観測可能な波長域(例えば、肉眼での観察の場合には観測可能な波長域は可視光領域となる)に応じてこれらのいずれかの液晶を選択し、或いは、複数種類の感温液晶を配合したものを使用することが可能である。
【0025】
また、本発明のマトリクスは、スリット光や感温液晶の散乱光を観測に支障を来さない程度に透過させる透明性を有することが必要であり、また、観測中における対流を生じない程度のゲル状、或いは、固体であることが好ましい。
【0026】
また、感温液晶を内包する微小カプセルは、スリット光や感温液晶の散乱光に対する透明性を有し、かつ、少なくとも観測温度域において感温液晶やマトリクスに対して溶解や化学反応を生じない材質から構成することが好ましく、また、微小カプセルのマトリクス中での安定した分散状態を維持するためには、マトリクスと同程度の比重を有する材質から構成することが好ましい。
【0027】
この観点から、エポキシ樹脂、ポリビニルアルコール(PVA)、又は、カラギーナン水溶液を主成分とするマトリクスを使用した場合には、微小カプセルを構成する材料を尿素樹脂とすることが特に好ましい。
【0028】
また、マトリクスに対する温度追従性を高めるためには、微小カプセルのサイズは出来るだけ小さくすることが好ましく、例えば微小カプセルの形状が球状である場合には、その半径を100μm以下、特に、30μm以下とすることが好ましい。
【0029】
また、本発明では、観測対象物に照射するスリット光を、スリット光のビーム面に垂直な方向に移動させつつ感温液晶からの散乱光の観測を行うことも可能であり、これにより、観測対象物内部の3次元的な温度分布を観測することが可能となる。
【0030】
また、本発明における観測対象物に使用するマトリクスは、カラギーナン水溶液にスクロース、及び、塩化カリウム、又は、プロピレングリコールを配合させたものとすることが好ましく、これにより、観測中のマトリクスに対流が生じない程度のゲル性状を保ちつつ、移動体通信において使用される900〜1500MHzの高周波電磁界に対する電磁的特性を生体の組織(例えば、筋肉)に近似させた生体ファントムとして使用できる観測対象物を得ることが可能となる。
【0031】
また、電力用回転機(発電機、電動機)、電力用静止器(トランス)、電力用ケ−ブル接続部、電力用ケ−ブル終端部、ガス絶縁設備支持部や、小型電気機器の電源回路周辺部に使用される各種の電気絶縁部材を透光性のマトリクスに感温液晶を内包する微小カプセルを分散させて構成することも可能であり、この場合には、上記本発明の方法を適用することにより、電気機器の保守、点検などに際して、電気絶縁部材内部の温度分布を監視することが可能となる。
【0032】
また、透光性のマトリクスに感温液晶を内包する微小カプセルを分散させた観測対象物に、上記のような電気機器に使用される各種の電気絶縁部材に近似する形状や電磁的特性を付与することも可能であり、このような観測対象物は、通電試験や耐環境試験などの各種の特性評価中に、その内部の温度分布を観測することが可能であるため、絶縁破壊や絶縁劣化のメカニズムの解明や、より優れた特性の絶縁材料や絶縁構造の研究開発に有用に使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下、図面に基づいて、本発明の実施形態を説明する。
【0034】
図1は、電磁界の放射を受ける観測対象物内の温度分布の3次元的な観測を行うための観測装置10の構成を示す説明図であり、図2は同装置10のブロックダイアグラムである。
【0035】
図示されるように、観測装置10は、液状、或いは、ゲル状の観測対象物11を収容し、当該観測対象物11に所期の形状を付与するためのアクリル製の透明容器12と、光源であるハロゲンライト13から導かれた光をシート状のスリット光14にして観測対象物11を照射するライトガイド15と、スリット光14のビーム面に対して所定角αの方向に配置され、観測対象物11の画像を記録するためのCCDカメラ16とを備えている。
【0036】
ここで、ライトガイド15は、スリット光14のビーム面に垂直な方向(図2中のy方向)に伸びる不図示の軌道上に保持されており、観測対象物11に対するスリット光14の照射位置をスリット光14のビーム面に垂直な方向において調整することが可能となっている。
【0037】
また、観測対象物11に分散させる感温液晶を内包する微小カプセル(以下、MTLC)としては、無色透明で、球形の外形形状を有する直径20〜30μmの尿素樹脂カプセルを使用した。
【0038】
また、17は、観測対象物11に高周波電磁界を暴露するための電波源であり、当該電波源17は、ダイポールアンテナ18と、発振器19により生成された高周波信号を増幅するための増幅器20と、増幅器20からアンテナ18に伝達される信号の強度を検知するためのセンサー21から構成されている。
【0039】
まず、上記観測装置10においてCCDカメラ16により得られる撮影画像から数値による温度データを導くため作成した較正曲線を図3に示す。
【0040】
図3は、水をマトリクスとして0.006%のMTLCを分散させた観測対象物11の温度と、この観測対象物11にスリット光14を照射したときの、スリット光の進行方向に対して135度(α=45度)の位置に設置したCCDカメラ16の位置から見た感温液晶の散乱光の色相値Hとの関係を示している。
【0041】
図3から明らかなように、感温液晶の散乱光の色相値Hと温度には明確な相関があり、色相値Hから温度を一対一で導くことが可能である。
【0042】
一方、CCDカメラ16で撮影される画像は、各画素がRGB色空間で表現されているが、色相値Hは、R値、G値、B値中の最大値をmax、最小値をminとして、式(1)により導くことができるため、各画素のRGB値から式(1)、及び、図3の較正曲線を使用して、各画素位置における数値温度データを得ることが可能である。
【数1】

【0043】
なお、散乱光の色相値と温度の相関は、使用する感温液晶の種類毎に異なっており、また、同じ感温液晶であっても、観測を行う角度(α)により散乱光の色相値にシフトを生じるため、数値温度データを得るための較正曲線は、使用する感温液晶、及び、観測を行う角度(α)毎に作成する必要がある。
【0044】
また、上記観測装置10において、アンテナ18からの高周波電磁界による観測対象物11内部の温度分布の変化を観測するには、観測対象物11が対流を生じない性状を有していることが必要と考えられる。このため、上記観測装置10を使用して、観測対象物11中の対流を確認するための予備実験を行った。
【0045】
この予備実験では、水をマトリクスとして0.006重量%のMTLCを分散させた観測対象物、及び、カラギーナン水溶液(水98重量部に対してカラギーナン2重量部を溶解させたもの)を0.5重量%の塩化カリウムで架橋することでゲル化させたマトリクスに0.006重量%のMTLCを分散させた観測対象物を準備し、これを貯留した容器12を下方よりホットプレートで加熱することで生じる対流の様子を観察した。
【0046】
その結果、マトリクスとして水を使用した場合には、図4(a)に示されるように、温度が上昇することで着色された部分がまだら模様となり、マトリクス中に対流を生じていることが確認された。
【0047】
これに対して、マトリクスとしてゲル化させたカラギーナン水溶液を使用した場合には、図4(b)に示されるように、容器12の下方より順次高温を示す色相の層が形成され、伝導による熱伝搬が支配的であり、対流を生じていないことが確認された。
【0048】
続いて、生体に近似する電磁的特性を有する観測対象物(生体ファントム)を得るために、表1に示すA〜Iの9種類の組成のマトリクスにそれぞれ0.006重量%のMTLCを分散させた観測対象物を作成し、同軸プローブ(Agilent Technologies 85073C)を使用して、500MHz〜2.45GHzの波長帯における複素誘電率(比誘電率ε′、及び、損失ε″)の測定を行った。
【表1】

【0049】
なお、表1中の数値は、全て重量%であり、カラギーナン水溶液としては、水98重量部に対してカラギーナン2重量部を溶解させたものを使用している。また、組成A〜Iのマトリクス(或いは、これにMTLCを分散させた観測対象物)は全て無色透明であり、可視光に対する十分な透明度を有しており、更に、組成A、B、F〜Iのマトリクス(或いは、これにMTLCを分散させた観測対象物)は、対流を生じない程度のゲル状の性状を有していた。
【0050】
上記測定の結果を図5に示す。なお、図5中の各実線、又は、破線上の5つのプロットは、それぞれ、図の右方より順次500MHz、900MHz、1.5GHz、1.95GHz、2.45GHzの波長帯における複素誘電率の測定値である。
【0051】
また、図中Mで示される実線は人体の筋肉の複素誘電率であり、実線M上の5つのプロットは、右方より、それぞれ、500MHz、900MHz、1.5GHz、1.95GHz、2.45GHzの波長帯における複素誘電率の値を示している。
【0052】
図5から明らかなように、移動体通信において利用されている900MHz、及び、1.5GHzの2つの周波数帯に対して、それぞれ、組成G、及び、組成Bのマトリクスを使用することで人体の筋肉に近似する複素誘電率を有する観測対象物を得ることができる。
【0053】
なお、組成Eのマトリクスの1.5GHz帯における複素誘電率も人体の筋肉に近い値を有しているが、このマトリクスは、粘性が低く、ゲル状の性状を示さないため、電磁波による温度上昇を観測するための生体ファントムには適さない。
【0054】
続いて、装置10を使用し、上記組成Bのマトリクス中にMTLCを分散させた観測対象物11を容器12に貯留し、ダイポールアンテナ18から1.439GHzの周波数帯の電磁波を入力電力40Wで放射させて、観測対象物11に生じる温度分布の経時的な変化を観測した。
【0055】
なお、このとき、アンテナ18は、図2に示すように、容器12のアンテナ側端面から1.6cm、CCDカメラ側端面から1.5cmの位置に配置し、CCDカメラ16は、スリット光の進行方向に対して135度(α=45度)の位置に配置して観測を行った。
【0056】
図6(a)〜(d)は上記観測の結果であり、軌道上におけるライトガイド15の位置を、容器12のCCDカメラ側端面から1.5cm離間させたときの、電磁波の放射開始から、それぞれ、1、3、5、10分後のCCDカメラ16による観測対象物11の撮影画像を示している。
【0057】
図示されるように、電磁波の放射により観測対象物11の内部において、温度が35℃程度であることを示す赤の反射光が観測されるレイヤー(図中Rで示される部分)、温度が38℃程度であることを示す緑の反射光が観測されるレイヤー(図中Gで示される部分)、温度が42℃程度であることを示す青の反射光が観測されるレイヤー(図中Bで示される部分)が形成され、それぞれのレイヤーが時間とともに左方(アンテナから遠ざかる方向)に移動していく様子が観測された。
【0058】
また、ライトガイド15を軌道上においてy方向に移動させながらCCDカメラ16により観測対象物11の画像を撮影することにより、観測対象物11内部の3次元的な温度分布を観測することができた。
【0059】
また、このようにして得られたCCDカメラ16による撮影画像の各画素のRGB値から、式(1)、及び、図3の較正曲線を使用することにより、観測対象物11内部の数値化された温度分布データを得ることができることは明らかである。なお、上記組成Bのマトリクスを使用した観測対象物11の場合の観測可能範囲は、容器12のCCDカメラ16側端面からy方向に3cm程度、ライトガイド15側端面からx方向に5cm程度の領域であった。
【0060】
以上、本発明の一実施形態についての説明を行ったが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載される範囲において種々の改変が可能である。
【0061】
例えば、上記実施形態では、図1に示されるが如き直方体形状のアクリル製容器12にゲル状の生体ファントムとしての観測対象物11を貯留して温度分布の観測を行う場合について説明したが、観測に支障を来さない程度の透明性を有してさえいれば容器の材質や形状は任意であり、例えば、人の頭部の形状の容器にを使用すれば、移動電話の実使用の態様に即した態様で、電磁波による生体ファントム内の温度上昇の観測を行うことも可能である。
【0062】
また、上記実施形態では、ゲル状の観測対象物11に3次元の形状を付与するために容器12を使用したが、固体の観測対象物を使用した場合には、容器を使用する必要がないことは明らかである。
【0063】
また、上記実施形態では、主として電磁波の人体への影響調査の目的で温度分布の観測を行う場合を想定して説明を行ったが、同様の態様の観測を、人体などによる電波吸収の少ない高効率のアンテナ開発など、他の目的のために行うことも可能である。
【0064】
また、上記実施形態では、本発明の利用態様として、生体ファントムとしての観測対象物11に高周波電磁界を暴露することによる温度分布の変化を観測する場合について説明したが、本発明は、例えば、電磁加熱調理器による食品中の立体的な温度分布の変化を観測するなど、広く、人体や生体以外の媒体に対する電磁界の影響を調査する目的にも使用することができ、或いは、高周波電磁界に代えて、超音波を暴露することによる観測対象物11内の温度分布の変化を観測することにより、超音波による人体や、人体以外の媒体への影響の調査や超音波診断機の検知領域の測定等を行うことも可能である。
【0065】
また、電気絶縁部材に近似する形状、物性を有する透光性の樹脂中に感温液晶を内包する微小カプセルを分散させた観測対象物を使用して通電試験や耐環境試験などの特性評価を行うことも可能であり、この場合には、上記実施形態と同様の態様によって特性評価中の観測対象物内部の温度分布を観測することが可能となるため、このような観測対象物は、絶縁破壊や絶縁劣化のメカニズムの解明や、より優れた材質、構造の電気絶縁部材の開発研究における有用な試験体(模擬体)として使用することができる。
【0066】
また、エポキシなどの透光性の樹脂にマトリクスに感温液晶を内包する微小カプセルを分散させた電気絶縁部材を実製品としての電気機器に使用することも可能であり、この場合には、上記実施形態と同様の態様により、電気機器の稼働中における電気絶縁部材の温度分布を観測することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】本発明の一実施形態に係る観測装置の構成を示す説明図。
【図2】本発明の一実施形態に係る観測装置のブロックダイアグラムを示す説明図。
【図3】本発明の一実施形態に係る観測装置について求めた較正曲線。
【図4】観測対象物の撮影画像を示す説明図。
【図5】観測対象物の複素誘電率の測定結果を示す説明図。
【図6】観測対象物の撮影画像を示す説明図。
【符号の説明】
【0068】
10 観測装置
11 観測対象物
12 容器
13 ハロゲンライト
14 スリット光
15 ライトガイド
16 カメラ
17 電波源
18 アンテナ
19 発振器
20 増幅器
21 センサー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
3次元の形状を付与され、透明のマトリクスに感温液晶を内包する微小カプセルを分散させた観測対象物にスリット光を照射し、
前記感温液晶から放射される反射光、乃至、散乱光の観測を行うことを特徴とする温度分布の観測方法。
【請求項2】
画像記録装置により前記観測対象物の画像を撮影することを特徴とする請求項1に記載の観測方法。
【請求項3】
前記感温液晶から放射される反射光、乃至、散乱光の波長、乃至、色相から数値温度データを導出することを特徴とする請求項1又は2に記載の観測方法。
【請求項4】
前記マトリクスが、ゲル状、乃至、固体であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の観測方法。
【請求項5】
前記スリット光を、当該スリット光が形成するビーム面に垂直な方向に移動させつつ、前記反射光、乃至、散乱光の観測を行うことを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の観測方法。
【請求項6】
前記観測対象物の用途が、生体ファントムであることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の観測方法。
【請求項7】
前記マトリクスは、カラギーナン水溶液に塩化カリウム、及び、スクロースが配合されて構成されていることを特徴とする請求項6に記載の観測方法。
【請求項8】
前記マトリクスは、カラギーナン水溶液にプロピレングリコールが配合されて構成されていることを特徴とする請求項6に記載の観測方法。
【請求項9】
前記観測対象物が電気絶縁部材、又は、電気絶縁部材の特性評価に使用される模擬体であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の観測方法。
【請求項10】
3次元の形状を付与された観測対象物中の温度分布を観測するための観測装置であって、
前記観測対象物に対してスリット光を照射する光源と、
前記スリット光のビーム面に向けて配置された画像記録装置とを備え、
前記観測対象物が、透明でゲル状、乃至、固体のマトリクスに感温液晶を内包する微小カプセルを分散させて構成されていることを特徴とする観測装置。
【請求項11】
透明でゲル状、乃至、固体のマトリクスに感温液晶を内包する微小カプセルを分散させたことを特徴とする観測対象物。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2006−10320(P2006−10320A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−183297(P2004−183297)
【出願日】平成16年6月22日(2004.6.22)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年6月3日 社団法人電子情報通信学会主催の「2004 International Symposium on Electromagnetic Compatibility EMC’ 04 Sendai」において文書をもって発表
【出願人】(800000080)タマティーエルオー株式会社 (255)
【Fターム(参考)】