溶接ヒューム回収装置
【課題】 良好な溶接品質を保ちつつ、溶接ヒュームを効率良く回収する。
【解決手段】 シールドガス噴射ノズル12の外周面12Bとヒューム吸引ノズル14の内周面14Fとの間に形成されるノズル断面の面積をSとし、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材22との軸方向の隙間寸法をLとし、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材22との間に形成される吸引開口部の側面積をS′とし、ノズル断面の面積Sと吸引開口部の側面積S′とが等しいときの隙間寸法Lを最適値L0としたときに、隙間寸法Lを、0.7×L0 ≦L≦ 1.2×L0の範囲に設定する。これにより、溶接欠陥が発生しない良好な溶接品質を保ちつつ、溶接ヒュームを効率良く回収することができ、溶接作業を行うための良好な作業環境を確保することができる。
【解決手段】 シールドガス噴射ノズル12の外周面12Bとヒューム吸引ノズル14の内周面14Fとの間に形成されるノズル断面の面積をSとし、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材22との軸方向の隙間寸法をLとし、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材22との間に形成される吸引開口部の側面積をS′とし、ノズル断面の面積Sと吸引開口部の側面積S′とが等しいときの隙間寸法Lを最適値L0としたときに、隙間寸法Lを、0.7×L0 ≦L≦ 1.2×L0の範囲に設定する。これにより、溶接欠陥が発生しない良好な溶接品質を保ちつつ、溶接ヒュームを効率良く回収することができ、溶接作業を行うための良好な作業環境を確保することができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーク溶接によって発生した溶接ヒュームを回収するのに好適に用いられる溶接ヒューム回収装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、溶接トーチによって溶接ワイヤを連続的に送出し、被溶接物と溶接ワイヤとの間に発生したアークの熱を用いて溶接を行うアーク溶接が知られている。ここで、アーク溶接等に用いられる溶接トーチには、通常、アルゴン、ヘリウム等の不活性ガス、炭酸ガス等のシールドガスを噴射するシールドガス噴射ノズルが設けられている。
【0003】
そして、アーク溶接を行うときには、シールドガス噴射ノズルからシールドガスを噴射し、このシールドガスによってアークと溶融金属を覆い、溶接雰囲気内に空気が侵入するのを抑えることにより、溶融金属中に酸化物が生成されるのを防止し、溶接品質を高めることができる。
【0004】
一方、溶接作業時には、アークの熱によって気化した溶接ワイヤ等からなる溶接ヒュームが発生し、この溶接ヒュームによって作業環境が低下してしまうという問題がある。このため、従来技術では、溶接作業時に発生した溶接ヒュームを回収するヒューム回収装置が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
【特許文献1】特開平11−291046号公報
【0006】
この特許文献1によるヒューム回収装置は、シールドガス噴射ノズルを外周側から取囲む筒状のヒューム吸引ノズルを取付け、このヒューム吸引ノズルによって溶接ヒュームを吸引するもので、溶接ヒュームが作業現場に拡散するのを抑え、良好な作業環境を保つことができる。
【0007】
しかし、特許文献1による従来技術では、アーク溶接時にヒューム吸引ノズルによって溶接ヒュームを吸引することにより、シールドガス噴射ノズルから噴射されたシールドガスの一部がヒューム吸引ノズルに直接的に吸引されてしまう。このため、アークと溶融金属とを覆うシールドガスが不足した状態でアーク溶接が行われることにより、溶接部分にブローホール等の溶接欠陥が生じて溶接品質が低下してしまうという問題がある。
【0008】
これに対し、シールドガス噴射ノズルの先端側にヒューム吸引ノズル(ヒューム捕集用フード)を設け、該ヒューム吸引ノズルの上部側に上部吸込口を設けると共に下端側に下部吸込口を設け、下部吸込口とトーチとの間に軸方向の隙間をもって鍔部材を設けた溶接ヒューム回収装置が提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0009】
【特許文献2】実開昭49−58823号公報
【0010】
この特許文献2の従来技術によれば、アーク溶接時にヒューム吸引ノズルの上部吸込口と下部吸込口によって溶接ヒュームを吸引するときに、下部吸込口にシールドガスが直接的に吸引されるのを、鍔部材によって遮ることができるようになっている。この結果、作業環境を良好に保った状態で、十分なシールドガスを供給しつつ適正なアーク溶接を行うことができ、溶接品質を高めることができる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかし、特許文献2による従来技術では、ヒューム吸引ノズルに上部吸込口と下部吸込口とを設けているため、これら2つの吸込口による吸引速度を増大させて溶接ヒュームの回収効率を高めようとすると、シールドガスの一部が鍔部材を迂回して下部吸込口に直接的に吸引されてしまい、溶接部に溶接欠陥が発生してしまうという問題がある。
【0012】
このように、特許文献2による溶接ヒューム回収装置は、ヒューム吸引ノズルに上部吸込口と下部吸込口とを設け、下部吸込口とトーチとの間に鍔部材を設けているだけで、ヒューム吸引ノズルに対する各吸込口の位置、ヒューム吸引ノズルと鍔部材との間の隙間の大きさ、鍔部材の面積等について十分な検討がなされていない。この結果、特許文献2による溶接ヒューム回収装置は、溶接ヒュームを効率良く回収することと、アーク溶接時に十分なシールドガスを供給して溶接品質を高めることを両立させることが困難であるという問題がある。
【0013】
本発明は上述した従来技術の問題に鑑みなされたもので、良好な溶接品質を保ちつつ、溶接ヒュームを効率良く回収することができるようにした溶接ヒューム回収装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上述した課題を解決するため本発明は、溶接対象物に向けて溶接ワイヤが送出される溶接トーチに設けられ、前記溶接ワイヤと前記溶接対象物との間に発生したアークに向けてシールドガスを噴射する筒状のシールドガス噴射ノズルと、該シールドガス噴射ノズルを外周側から取囲んで設けられ、前記アークによる溶接時に発生した溶接ヒュームを吸引する筒状のヒューム吸引ノズルと、該ヒューム吸引ノズルの吸引口との間に軸方向の隙間をもって前記シールドガス噴射ノズルに取付けられ、前記シールドガスが前記ヒューム吸引ノズルに吸引されるのを遮る鍔部材とを備えてなる溶接ヒューム回収装置に適用される。
【0015】
そして、請求項1の発明が採用する構成の特徴は、前記ヒューム吸引ノズルと前記シールドガス噴射ノズルとを軸方向と直交する断面位置でみたときに前記シールドガス噴射ノズルの外周面と前記ヒューム吸引ノズルの内周面との間に形成される環状のノズル断面の面積をSとし、前記ヒューム吸引ノズルの吸引口と前記鍔部材との軸方向の隙間寸法をLとし、前記ヒューム吸引ノズルの吸引口と前記鍔部材との間に形成され、前記隙間寸法Lと前記ヒューム吸引ノズルの内周面側の円周との積として表される円柱状の吸引開口部の側面積をS′とし、前記ノズル断面の面積Sと前記吸引開口部の側面積S′とが等しいときの前記隙間寸法Lを最適値L0としたときに、前記隙間寸法Lを、
0.7×L0 ≦L≦ 1.2×L0
の範囲に設定したことにある。
【0016】
請求項2の発明は、前記ノズル断面の面積Sと前記吸引開口部の側面積S′とが等しいときの前記隙間寸法Lを最適値L0としたときに、前記隙間寸法Lを
0.8×L0 ≦L≦ 1.1×L0
の範囲に設定したことにある。
【0017】
請求項3の発明は、前記鍔部材の外周縁部と前記ヒューム吸引ノズルの開口側の周縁部とは、同軸上に配置された同一形状の円形、楕円形、または小判形としたことにある。
【0018】
請求項4の発明は、前記鍔部材のうち前記ヒューム吸引ノズルと対向する吸引ノズル対向面には、前記鍔部材の中心側から外周側に向けて傾斜した凹湾曲面状または円錐面状の傾斜面を設ける構成としたことにある。
【発明の効果】
【0019】
請求項1の発明によれば、ヒューム吸引ノズルの吸引口と鍔部材との軸方向の隙間寸法Lを、ノズル断面の面積Sと吸引開口部の側面積S′とが等しいときの最適値L0に対し、0.7×L0 ≦L≦ 1.2×L0の範囲に設定することにより、シールドガスがアークに達する前にヒューム吸引ノズルに吸引されるのを鍔部材によって遮ることができ、かつ、アーク溶接によって発生した溶接ヒュームをヒューム吸引ノズルによって確実に吸引することができる。この結果、ブローホール等の溶接欠陥が発生しない良好な溶接品質を保ちつつ、溶接ヒュームを効率良く回収することができ、溶接作業を行うための良好な作業環境を確保することができる。
【0020】
請求項2の発明によれば、ヒューム吸引ノズルの吸引口と鍔部材との軸方向の隙間寸法Lを、ノズル断面の面積Sと吸引開口部の側面積S′とが等しいときの最適値L0に対し、0.8×L0 ≦L≦ 1.1×L0の範囲に設定することにより、溶接欠陥が発生しない良好な溶接品質を保ちつつ、溶接ヒュームの回収効率をほぼ最大限にまで高めることができる。
【0021】
請求項3の発明によれば、同一形状をなす鍔部材とヒューム吸引ノズルの吸引口とが軸方向で正対するので、溶接ヒュームが鍔部材の外周縁部を通過してヒューム吸引ノズルに吸引されるときの流速を、鍔部材の全周に亘ってほぼ均一化することができる。これにより、大量の溶接ヒュームをヒューム吸引ノズルによって円滑に吸引することができ、溶接ヒュームの回収効率を高めることができる。
【0022】
請求項4の発明によれば、シールドガス噴射ノズルと鍔部材の吸引ノズル対向面との接合部分が、傾斜面によって滑らかに連続するようになる。これにより、溶接ヒュームがヒューム吸引ノズルに吸引されるときに、傾斜面に沿って流れる溶接ヒュームに層流となるように整流作用を与え、シールドガス噴射ノズルの外周面と鍔部材との接合部分に渦が発生するのを抑えることができる。この結果、溶接ヒュームを円滑にヒューム吸引ノズル内へと導くことができ、溶接ヒュームの回収効率を一層高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明に係る溶接ヒューム回収装置の実施の形態を、アーク溶接用の溶接トーチに設けた場合を例に挙げ、添付図面を参照しつつ詳細に説明する。
【0024】
まず、図1ないし図8は本発明の第1の実施の形態を示している。図中、1はアーク溶接に用いられる溶接トーチで、該溶接トーチ1は、溶接対象物となる母材2に向けて溶接ワイヤ3を送出すものである。
【0025】
ここで、溶接トーチ1は、例えば小径な円筒状に形成され、その内部に溶接ワイヤ3が挿通されるものである。この場合、溶接ワイヤ3は、ワイヤリールからワイヤ送給モータ(いずれも図示せず)によって巻出され、溶接トーチ1によって案内されることにより、母材2に向けて連続的に送出される構成となっている。
【0026】
そして、溶接用電源(図示せず)の一方の極を溶接トーチ1を介して溶接ワイヤ3に接続し、他方の極を母材2に接続した状態で、溶接ワイヤ3の先端を母材2に接近させることにより両者間にアーク4を発生させ、このアーク4の熱によって溶接ワイヤ3と母材2とを溶融させて溶接作業を行う構成となっている。この場合、アーク溶接時には、アーク4の熱によって気化した溶接ワイヤ3等からなる溶接ヒュームが発生するので、溶接トーチ1には後述の溶接ヒューム回収装置11が設けられている。
【0027】
11は溶接トーチ1に設けられた溶接ヒューム回収装置で、該溶接ヒューム回収装置11は、アーク溶接時に発生した溶接ヒュームを回収するものである。ここで、溶接ヒューム回収装置11は、後述のシールドガス噴射ノズル12、ヒューム吸引ノズル14、鍔部材17等により構成されている。
【0028】
12は溶接トーチ1に設けられたシールドガス噴射ノズルで、該シールドガス噴射ノズル12は、溶接ワイヤ3と母材2との間に発生したアーク4に向けて、アルゴン、ヘリウム等の不活性ガス、炭酸ガス等からなるシールドガスを噴射するものである。ここで、シールドガス噴射ノズル12は、溶接トーチ1よりも大径な円筒状に形成され、溶接トーチ1を外周側から覆った状態でこれと同軸上に配置されている。
【0029】
また、シールドガス噴射ノズル12の基端側には、当該シールドガス噴射ノズル12よりも小径な導管13が接続され、噴射ノズル12の先端側は噴射口12Aとなっている。そして、導管13を通じてシールドガス噴射ノズル12に供給されたシールドガスは、図1中に矢示Fで示すように、シールドガス噴射ノズル12の噴射口12Aからアーク4に向けて噴射され、該アーク4及び溶融金属を覆う。これにより、溶接雰囲気内に空気が侵入するのをシールドガスによって遮断し、溶融金属中に酸化物が生成されるのを防止できる構成となっている。
【0030】
14はシールドガス噴射ノズル12を外周側から取囲んで設けられたヒューム吸引ノズルで、該ヒューム吸引ノズル14は、アーク4によるアーク溶接時に発生した溶接ヒュームを吸引して回収するものである。ここで、ヒューム吸引ノズル14は、図2等に示すように、シールドガス噴射ノズル12よりも大径な有底円筒状に形成され、シールドガス噴射ノズル12に固定される底部14Aと、該底部14Aからシールドガス噴射ノズル12の噴射口12Aに向けて軸方向に延びる円筒部14Bと、該円筒部14Bの先端側に開口し溶接ヒュームを吸引する吸引口14Cとを有している。この場合、ヒューム吸引ノズル14の軸方向寸法は、シールドガス噴射ノズル12の軸方向寸法よりも小さく設定されており、吸引口14Cは、シールドガス噴射ノズル12の噴射口12Aの位置よりも所定寸法だけ軸方向に引っ込んだ位置に開口している。
【0031】
そして、ヒューム吸引ノズル14の底部14Aの中心部には導管挿通孔14Dが穿設され、ヒューム吸引ノズル14は、導管挿通孔14Dを導管13を挿通した状態でシールドガス噴射ノズル12の基端側に同軸上に固定されている。また、ヒューム吸引ノズル14の円筒部14Bには、吸引した溶接ヒュームを排出するための円筒状の排出口14Eが突設されている。
【0032】
そして、ヒューム吸引ノズル14の排出口14Eには、例えばゴムホース等からなる吸引管15の先端側が接続され、該吸引管15の基端側はヒューム吸引機16に接続されている(図1参照)。従って、ヒューム吸引機16を作動させることにより、アーク溶接時に発生した溶接ヒュームは、図1中に矢示Rで示すように後述の鍔部材17を迂回しつつヒューム吸引ノズル14内に吸込まれ、該ヒューム吸引ノズル14から排出口14E、吸引管15を通じてヒューム吸引機16へと吸引された後、回収される構成となっている。
【0033】
17はヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと対面してシールドガス噴射ノズル12の先端側(噴射口12A側)に取付けられた円板状の鍔部材で、該鍔部材17は、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cとの間に、軸方向の隙間寸法Lをもって対面している。ここで、鍔部材17は、その外周縁部17Aがヒューム吸引ノズル14の開口側(吸引口14C側)の外周縁部と同一形状をなす円形状に形成され、ヒューム吸引ノズル14と同軸上に配置されている。また、鍔部材17のうちヒューム吸引ノズル14と対向する吸引ノズル対向面17Bは、鍔部材17の中心側から外周側に向けて一様な平坦面となっている。
【0034】
そして、鍔部材17は、シールドガス噴射ノズル12の噴射口12Aと、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cとの間を仕切る位置に配置されることにより、シールドガス噴射ノズル12から噴射されたシールドガスが、アーク4等に供給されずにヒューム吸引ノズル14に直接的に吸引されるのを遮るものである。また、ヒューム吸引ノズル14の開口側の外周縁部と同一の円形状に形成された鍔部材17が、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと軸方向で正対することにより、溶接ヒュームが鍔部材17の外周縁部17Aを通過してヒューム吸引ノズル14に吸引されるときの流速を、鍔部材17の全周に亘ってほぼ均一化し、大量の溶接ヒュームをヒューム吸引ノズル14によって円滑に吸引することができる構成となっている。
【0035】
ここで、図2及び図3に示すように、シールドガス噴射ノズル12の外周面12Bの直径をD1とし、ヒューム吸引ノズル14の内周面14Fの直径をD2とし、ヒューム吸引ノズル14とシールドガス噴射ノズル12とを軸方向と直交する断面位置でみたときに、シールドガス噴射ノズル12の外周面12Bとヒューム吸引ノズル14の内周面14Fとの間に形成される環状のノズル断面の面積をSとすると、このノズル断面の面積S(図5中に格子状のハッチングを付した部分)は、下記数1のように表される。
【0036】
【数1】
【0037】
一方、ヒューム吸引ノズル14の内周面14Fの直径をD2とし、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との軸方向の隙間寸法をLとし、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との間に形成される円柱状の吸引開口部の側面積(周廻りの面積)をS′とすると、この吸引開口部の側面積S′(図6中に格子状のハッチングを付した部分)は、下記数2のように表される。
【0038】
【数2】
【0039】
ここで、発明者は、シールドガス噴射ノズル12の外周面12Bとヒューム吸引ノズル14の内周面14Fとの間に形成されるノズル断面の面積Sと、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との間に形成される吸引開口部の側面積S′とが、下記数3の関係となるときに、良好な溶接品質を保つことと、溶接ヒュームの回収効率を高めることが両立することを見出した。
【0040】
【数3】
【0041】
従って、上記数3の関係を満足するときの、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との軸方向の隙間寸法Lを最適値L0とすると、この最適値L0は、下記数4のように表される。
【0042】
【数4】
【0043】
このように、シールドガス噴射ノズル12の外周面12Bの直径D1と、ヒューム吸引ノズル14の内周面14Fの直径D2とにより、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との軸方向の隙間寸法Lの最適値L0を算出することができる。
【0044】
従って、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との軸方向の隙間寸法Lを最適値L0に設定することにより、良好な溶接品質を保つことができると共に、溶接ヒュームの回収効率を高め、溶接作業を行うための良好な作業環境を確保することができる。
【0045】
ここで、発明者は、上述の溶接ヒューム回収装置11を用いて、実際のアーク溶接時におけるヒューム吸引ノズル14の吸引流量と、溶接ヒュームの回収効率との関係を調査した。
【0046】
この場合、アーク溶接に用いるシールドガスは、アルゴンが79%、二酸化炭素が20%、酸素が1%の混合ガスであり、シールドガス噴射ノズル12から噴射されるシールドガスの流量は25リットル/minである。そして、母材2として一般構造用鋼材(SS400)の平板材を用い、溶接電流値を340Aとして溶接速度30cm/minでアーク溶接を行い、このときに発生した溶接ヒュームを回収したものである。
【0047】
なお、溶接ヒュームの回収効率とは、下記数5によって表されるものである。
【0048】
【数5】
【0049】
ここで、図7中の特性線18は、本実施の形態による鍔部材17を備えた溶接ヒューム回収装置11を用いて溶接ヒュームを回収した場合を示し、特性線19は、鍔部材17を有していない溶接ヒューム回収装置を用いて溶接ヒュームを回収した場合を示している。
【0050】
この場合、図7に示すように、鍔部材17を有する溶接ヒューム回収装置11を用いた場合でも、鍔部材17がない溶接ヒューム回収装置を用いた場合でも、吸引流量が増加するにつれてヒューム回収効率が高まる。しかし、吸引流量が過大になると、シールドガス噴射ノズル12からアーク4に向けて噴射したシールドガスの一部が、アーク4に達する前にヒューム吸引ノズル14に直接的に吸引されるため、溶接部にブローホール等の溶接欠陥が発生し、溶接品質が低下してしまう。
【0051】
ここで、鍔部材17を有する溶接ヒューム回収装置11を用いた場合には、特性線18中の点18Aで示すように、ヒューム吸引ノズル14の吸引流量が0.42m3/minのときにヒューム回収効率が約70%となる。そして、吸引流量が0.42m3/minを超えると溶接部にブローホール等の溶接欠陥が発生するため、実用化できる溶接品質を保った範囲での最大のヒューム回収効率は約70%であることが分かった。
【0052】
一方、鍔部材17がない溶接ヒューム回収装置を用いた場合には、特性線19中の点19Aで示すように、吸引流量が0.19m3/minのときにヒューム回収効率が約51%となり、吸引流量が0.19m3/minを超えると溶接部に溶接欠陥が発生するため、実用化できる溶接品質を保った範囲での最大のヒューム回収効率は約51%であることが分かった。
【0053】
これにより、鍔部材17を備えた本実施の形態による溶接ヒューム回収装置11は、鍔部材17を持たない溶接ヒューム回収装置に比較して、良好な溶接品質を保ちつつ、アーク溶接時に発生する溶接ヒュームを効率良く回収することができる。
【0054】
しかも、本実施の形態による溶接ヒューム回収装置11は、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との軸方向の隙間寸法Lを、上記数4に基づいて最適値L0に設定することにより、アーク溶接による良好な溶接品質を保った状態で、溶接作業持に発生した溶接ヒュームの回収効率を70%まで高めることができ、溶接作業を行うための良好な作業環境を確保することができる。
【0055】
ここで、本実施の形態による溶接ヒューム回収装置11は、シールドガス噴射ノズル12の外周面12Bとヒューム吸引ノズル14の内周面14Fとの間に形成されるノズル断面の面積をSとし、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との軸方向の隙間寸法をLとし、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との間に形成される吸引開口部の側面積をS′とし、ノズル断面の面積Sと吸引開口部の側面積S′とが等しいときの隙間寸法Lを最適値L0としたときに、前記隙間寸法Lを、下記数6の範囲に設定している。
【0056】
【数6】
【0057】
そこで、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との軸方向の隙間寸法Lを上記数6の範囲に設定した理由について述べる。
【0058】
まず、図8に示すように、隙間寸法Lを最適値L0に設定したときの最大のヒューム回収効率70%を1とし、隙間寸法Lを最適値L0から変化させたときのヒューム回収効率と最大のヒューム回収効率との比をヒューム回収効率比とすると、隙間寸法Lとヒューム回収効率比との関係は特性線20として表される。
【0059】
ここで、上述の如く鍔部材17がない溶接ヒューム回収装置では、溶接品質を保った範囲での最大のヒューム回収効率が約51%となり、このヒューム回収効率51%のヒューム回収効率比は約0.73となる。従って、鍔部材17がない場合のヒューム回収効率比0.73を上回るためのヒューム回収効率比を0.75とすると、このヒューム回収効率比が0.75以上となる隙間寸法Lは、特性線20に基づいて上記数6の範囲に設定される。
【0060】
このようにして、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との軸方向の隙間寸法Lを、上記数6の範囲に設定することにより、鍔部材を持たない溶接ヒューム回収装置に比較して溶接ヒュームの回収効率を高めることができる。この結果、溶接欠陥が発生しない良好な溶接品質を保ちつつ、溶接ヒュームを効率良く回収することができ、溶接作業を行うための良好な作業環境を確保することができる。
【0061】
また、本実施の形態による溶接ヒューム回収装置11は、シールドガス噴射ノズル12の外周面12Bとヒューム吸引ノズル14の内周面14Fとの間に形成されるノズル断面の面積Sと、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との間に形成される吸引開口部の側面積をS′とが等しいときの隙間寸法Lを最適値L0としたときに、前記隙間寸法Lを、好ましくは下記数7の範囲に設定している。
【0062】
【数7】
【0063】
ここで、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との軸方向の隙間寸法Lを上記数7の範囲に設定した理由について述べる。
【0064】
まず、隙間寸法Lを最適値L0に設定したときの最大のヒューム回収効率70%を1としたときに、ヒューム回収効率比が0.95以上の範囲では、実質的なヒューム回収効率はその最大値70%に対して大きく下回ることがなく、ほぼ同等なヒューム回収効率が得られる。これに対し、ヒューム回収効率比が0.95未満の範囲では、ヒューム回収効率が急激に低下してしまう。従って、ヒューム回収効率比が0.95以上となる隙間寸法Lは、特性線20に基づいて上記数7の範囲に設定される。
【0065】
このようにして、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との軸方向の隙間寸法Lを、上記数7の範囲に設定することにより、鍔部材17を備えた溶接ヒューム回収装置11を用いて溶接ヒュームを回収するときのヒューム回収効率を、ほぼ最大値にまで高めることができる。この結果、溶接欠陥が発生しない良好な溶接品質を保ちつつ、溶接ヒュームを一層効率良く回収することができ、溶接作業を行うための良好な作業環境を確保することができる。
【0066】
次に、図9は本発明の第2の実施の形態を示し、本実施の形態の特徴は、鍔部材の吸引ノズル対向面に、鍔部材の中心側から外周側に向けて傾斜した凹湾曲面状または円錐面状の傾斜面を設ける構成としたことにある。なお、本実施の形態では、上述した第1の実施の形態と同一の構成要素に同一符号を付し、その説明を省略するものとする。
【0067】
図9において、21は本実施の形態による溶接ヒューム回収装置で、該溶接ヒューム回収装置21は、上述した第1の実施の形態による溶接ヒューム回収装置11とほぼ同様に、シールドガス噴射ノズル12、ヒューム吸引ノズル14、後述の鍔部材22等により構成されているものの、鍔部材22の構成が第1の実施の形態による鍔部材17とは異なるものである。
【0068】
22はヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと対面してシールドガス噴射ノズル12の先端側に取付けられた円板城の鍔部材で、該鍔部材22は、第1の実施の形態による鍔部材17に代えて本実施の形態に用いたもので、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cとの間に、軸方向の隙間寸法Lをもって対面している。また、鍔部材22は、その外周縁部22Aがヒューム吸引ノズル14の開口側(吸引口14C側)の外周縁部と同一形状をなす円形状に形成され、ヒューム吸引ノズル14と同軸上に配置されている。
【0069】
そして、鍔部材22は、シールドガス噴射ノズル12の噴射口12Aと、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cとの間を仕切る位置に配置されることにより、シールドガス噴射ノズル12から噴射されたシールドガスが、ヒューム吸引ノズル14に直接的に吸引されるのを遮るものである。
【0070】
ここで、鍔部材22のうちヒューム吸引ノズル14と対向する吸引ノズル対向面には、鍔部材22の中心側から外周側に向けて漸次拡径するように傾斜した、凹湾曲面状の傾斜面22Bが設けられている。これにより、シールドガス噴射ノズル12の外周面12Bと鍔部材22の吸引ノズル対向面との接合部分が、傾斜面22Bによって滑らかに連続するようになる。
【0071】
従って、アーク溶接時に発生した溶接ヒュームが、図9中に矢示Rで示すようにヒューム吸引ノズル14に吸引されるときに、シールドガス噴射ノズル12の外周面12Bと鍔部材22の吸引ノズル対向面との接合部分に渦が発生するのを抑え、傾斜面22Bに沿って流れる溶接ヒュームに整流作用を与えることにより、溶接ヒュームを円滑にヒューム吸引ノズル14内へと導くことができる構成となっている。なお、傾斜面22Bの凹湾曲面形状としては、例えばホーン型スピーカ等に用いられるエクスポネンシャル形状、またはハイパボリック形状を採用することが望ましい。
【0072】
本実施の形態による溶接ヒューム回収装置21は上述の如き構成を有するもので、本実施の形態においても、第1の実施の形態と同様に、シールドガス噴射ノズル12の外周面12Bとヒューム吸引ノズル14の内周面14Fとの間に形成されるノズル断面の面積をSとし、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材22との軸方向の隙間寸法をLとし、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材22との間に形成される吸引開口部の側面積をS′とし、ノズル断面の面積Sと吸引開口部の側面積S′とが等しいときの隙間寸法Lを最適値L0としたときに、前記隙間寸法Lを、上記数6の範囲に設定することにより、溶接ヒュームの回収効率を高めることができる。この結果、溶接欠陥が発生しない良好な溶接品質を保ちつつ、溶接ヒュームを効率良く回収することができ、溶接作業を行うための良好な作業環境を確保することができる。
【0073】
しかも、本実施の形態による溶接ヒューム回収装置21は、鍔部材22の吸引ノズル対向面に、鍔部材22の中心側から外周側に向けて漸次拡径するように傾斜した凹湾曲面状の傾斜面22Bを設ける構成としている。これにより、溶接ヒュームがヒューム吸引ノズル14に吸引されるときに、傾斜面22Bに沿って流れる溶接ヒュームに層流となるように整流作用を与え、シールドガス噴射ノズル12の外周面12Bと鍔部材22の吸引ノズル対向面との接合部分に渦が発生するのを抑えることができる。この結果、溶接ヒュームを円滑にヒューム吸引ノズル14内へと導くことができ、溶接ヒュームの回収効率を一層高めることができる。
【0074】
なお、上述した第1の実施の形態では、鍔部材17の外周縁部17Aとヒューム吸引ノズル14の開口側の外周縁部とを、同一形状をなす円形に形成した場合を例示している。しかし、本発明はこれに限らず、例えば図10に示す第1の変形例のように、鍔部材17′の外周縁部17A′とヒューム吸引ノズル14′の開口側の外周縁部とを、同軸上に配置された同一形状の楕円形に形成してもよい。また、両者を同一形状の小判形に形成してもよい。
【0075】
また、上述した第1の実施の形態では、鍔部材17の外周縁部17Aと、ヒューム吸引ノズル14の開口側の外周縁部とを同一形状をなす円形に形成した場合を例示している。しかし、本発明はこれに限るものではなく、例えば図11に示す第2の変形例のように、鍔部材17″の外周縁部17A″と、ヒューム吸引ノズル14の開口側の内周縁部(内周面14F)とを同一形状をなす円形に形成してもよい。
【0076】
また、上述した第2の実施の形態では、鍔部材22のうちヒューム吸引ノズル14と対向する吸引ノズル対向面に、鍔部材22の中心側から外周側に向けて傾斜した凹湾曲面状の傾斜面22Bを設けた場合を例示している。しかし、本発明はこれに限らず、例えば図12に示す第3の変形例のように、鍔部材22′の中心側から外周側に向けて傾斜した円錐面(テーパ面)状の傾斜面22B′を設ける構成としてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】本発明の第1の実施の形態による溶接ヒューム回収装置を概略的に示す全体構成図である。
【図2】図1中のシールドガス噴射ノズル、ヒューム吸引ノズル、鍔部材等を拡大して示す断面図である。
【図3】シールドガス噴射ノズル、ヒューム吸引ノズル等を図2中の矢示III―III方向からみた断面図である。
【図4】シールドガス噴射ノズル、鍔部材等を図2中の矢示IV―IV方向からみた断面図である。
【図5】シールドガス噴射ノズルの外周面とヒューム吸引ノズルの内周面との間に形成されるノズル断面の面積を示す斜視図である。
【図6】ヒューム吸引ノズルの吸引口と鍔部材との間に形成される吸引開口部の側面積を示す斜視図である。
【図7】ヒューム吸引ノズルの吸引流量とヒューム回収効率との関係を示す特性線図である。
【図8】ヒューム吸引ノズルと鍔部材との隙間寸法と、溶接ヒュームの回収効率比との関係を示す特性線図である。
【図9】第2の実施の形態によるシールドガス噴射ノズル、ヒューム吸引ノズル、鍔部材等を示す図2と同様な断面図である。
【図10】第1の変形例によるヒューム吸引ノズルと鍔部材とを示す図2と同様な断面図である。
【図11】第2の変形例によるヒューム吸引ノズルと鍔部材とを示す図3と同様な断面図である。
【図12】第3の変形例による鍔部材を示す図9と同様な断面図である。
【符号の説明】
【0078】
1 溶接トーチ
3 溶接ワイヤ
4 アーク
11,21 溶接ヒューム回収装置
12 シールドガス噴射ノズル
12B 外周面
14,14′ ヒューム吸引ノズル
14C 吸引口
14F 内周面
16 ヒューム吸引機
17,17′,17″,22,22′ 鍔部材
17A,17A′,17A″,22A 外周縁部
17B 吸引ノズル対向面
22B,22B′ 傾斜面(吸引ノズル対向面)
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーク溶接によって発生した溶接ヒュームを回収するのに好適に用いられる溶接ヒューム回収装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、溶接トーチによって溶接ワイヤを連続的に送出し、被溶接物と溶接ワイヤとの間に発生したアークの熱を用いて溶接を行うアーク溶接が知られている。ここで、アーク溶接等に用いられる溶接トーチには、通常、アルゴン、ヘリウム等の不活性ガス、炭酸ガス等のシールドガスを噴射するシールドガス噴射ノズルが設けられている。
【0003】
そして、アーク溶接を行うときには、シールドガス噴射ノズルからシールドガスを噴射し、このシールドガスによってアークと溶融金属を覆い、溶接雰囲気内に空気が侵入するのを抑えることにより、溶融金属中に酸化物が生成されるのを防止し、溶接品質を高めることができる。
【0004】
一方、溶接作業時には、アークの熱によって気化した溶接ワイヤ等からなる溶接ヒュームが発生し、この溶接ヒュームによって作業環境が低下してしまうという問題がある。このため、従来技術では、溶接作業時に発生した溶接ヒュームを回収するヒューム回収装置が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
【特許文献1】特開平11−291046号公報
【0006】
この特許文献1によるヒューム回収装置は、シールドガス噴射ノズルを外周側から取囲む筒状のヒューム吸引ノズルを取付け、このヒューム吸引ノズルによって溶接ヒュームを吸引するもので、溶接ヒュームが作業現場に拡散するのを抑え、良好な作業環境を保つことができる。
【0007】
しかし、特許文献1による従来技術では、アーク溶接時にヒューム吸引ノズルによって溶接ヒュームを吸引することにより、シールドガス噴射ノズルから噴射されたシールドガスの一部がヒューム吸引ノズルに直接的に吸引されてしまう。このため、アークと溶融金属とを覆うシールドガスが不足した状態でアーク溶接が行われることにより、溶接部分にブローホール等の溶接欠陥が生じて溶接品質が低下してしまうという問題がある。
【0008】
これに対し、シールドガス噴射ノズルの先端側にヒューム吸引ノズル(ヒューム捕集用フード)を設け、該ヒューム吸引ノズルの上部側に上部吸込口を設けると共に下端側に下部吸込口を設け、下部吸込口とトーチとの間に軸方向の隙間をもって鍔部材を設けた溶接ヒューム回収装置が提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0009】
【特許文献2】実開昭49−58823号公報
【0010】
この特許文献2の従来技術によれば、アーク溶接時にヒューム吸引ノズルの上部吸込口と下部吸込口によって溶接ヒュームを吸引するときに、下部吸込口にシールドガスが直接的に吸引されるのを、鍔部材によって遮ることができるようになっている。この結果、作業環境を良好に保った状態で、十分なシールドガスを供給しつつ適正なアーク溶接を行うことができ、溶接品質を高めることができる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかし、特許文献2による従来技術では、ヒューム吸引ノズルに上部吸込口と下部吸込口とを設けているため、これら2つの吸込口による吸引速度を増大させて溶接ヒュームの回収効率を高めようとすると、シールドガスの一部が鍔部材を迂回して下部吸込口に直接的に吸引されてしまい、溶接部に溶接欠陥が発生してしまうという問題がある。
【0012】
このように、特許文献2による溶接ヒューム回収装置は、ヒューム吸引ノズルに上部吸込口と下部吸込口とを設け、下部吸込口とトーチとの間に鍔部材を設けているだけで、ヒューム吸引ノズルに対する各吸込口の位置、ヒューム吸引ノズルと鍔部材との間の隙間の大きさ、鍔部材の面積等について十分な検討がなされていない。この結果、特許文献2による溶接ヒューム回収装置は、溶接ヒュームを効率良く回収することと、アーク溶接時に十分なシールドガスを供給して溶接品質を高めることを両立させることが困難であるという問題がある。
【0013】
本発明は上述した従来技術の問題に鑑みなされたもので、良好な溶接品質を保ちつつ、溶接ヒュームを効率良く回収することができるようにした溶接ヒューム回収装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上述した課題を解決するため本発明は、溶接対象物に向けて溶接ワイヤが送出される溶接トーチに設けられ、前記溶接ワイヤと前記溶接対象物との間に発生したアークに向けてシールドガスを噴射する筒状のシールドガス噴射ノズルと、該シールドガス噴射ノズルを外周側から取囲んで設けられ、前記アークによる溶接時に発生した溶接ヒュームを吸引する筒状のヒューム吸引ノズルと、該ヒューム吸引ノズルの吸引口との間に軸方向の隙間をもって前記シールドガス噴射ノズルに取付けられ、前記シールドガスが前記ヒューム吸引ノズルに吸引されるのを遮る鍔部材とを備えてなる溶接ヒューム回収装置に適用される。
【0015】
そして、請求項1の発明が採用する構成の特徴は、前記ヒューム吸引ノズルと前記シールドガス噴射ノズルとを軸方向と直交する断面位置でみたときに前記シールドガス噴射ノズルの外周面と前記ヒューム吸引ノズルの内周面との間に形成される環状のノズル断面の面積をSとし、前記ヒューム吸引ノズルの吸引口と前記鍔部材との軸方向の隙間寸法をLとし、前記ヒューム吸引ノズルの吸引口と前記鍔部材との間に形成され、前記隙間寸法Lと前記ヒューム吸引ノズルの内周面側の円周との積として表される円柱状の吸引開口部の側面積をS′とし、前記ノズル断面の面積Sと前記吸引開口部の側面積S′とが等しいときの前記隙間寸法Lを最適値L0としたときに、前記隙間寸法Lを、
0.7×L0 ≦L≦ 1.2×L0
の範囲に設定したことにある。
【0016】
請求項2の発明は、前記ノズル断面の面積Sと前記吸引開口部の側面積S′とが等しいときの前記隙間寸法Lを最適値L0としたときに、前記隙間寸法Lを
0.8×L0 ≦L≦ 1.1×L0
の範囲に設定したことにある。
【0017】
請求項3の発明は、前記鍔部材の外周縁部と前記ヒューム吸引ノズルの開口側の周縁部とは、同軸上に配置された同一形状の円形、楕円形、または小判形としたことにある。
【0018】
請求項4の発明は、前記鍔部材のうち前記ヒューム吸引ノズルと対向する吸引ノズル対向面には、前記鍔部材の中心側から外周側に向けて傾斜した凹湾曲面状または円錐面状の傾斜面を設ける構成としたことにある。
【発明の効果】
【0019】
請求項1の発明によれば、ヒューム吸引ノズルの吸引口と鍔部材との軸方向の隙間寸法Lを、ノズル断面の面積Sと吸引開口部の側面積S′とが等しいときの最適値L0に対し、0.7×L0 ≦L≦ 1.2×L0の範囲に設定することにより、シールドガスがアークに達する前にヒューム吸引ノズルに吸引されるのを鍔部材によって遮ることができ、かつ、アーク溶接によって発生した溶接ヒュームをヒューム吸引ノズルによって確実に吸引することができる。この結果、ブローホール等の溶接欠陥が発生しない良好な溶接品質を保ちつつ、溶接ヒュームを効率良く回収することができ、溶接作業を行うための良好な作業環境を確保することができる。
【0020】
請求項2の発明によれば、ヒューム吸引ノズルの吸引口と鍔部材との軸方向の隙間寸法Lを、ノズル断面の面積Sと吸引開口部の側面積S′とが等しいときの最適値L0に対し、0.8×L0 ≦L≦ 1.1×L0の範囲に設定することにより、溶接欠陥が発生しない良好な溶接品質を保ちつつ、溶接ヒュームの回収効率をほぼ最大限にまで高めることができる。
【0021】
請求項3の発明によれば、同一形状をなす鍔部材とヒューム吸引ノズルの吸引口とが軸方向で正対するので、溶接ヒュームが鍔部材の外周縁部を通過してヒューム吸引ノズルに吸引されるときの流速を、鍔部材の全周に亘ってほぼ均一化することができる。これにより、大量の溶接ヒュームをヒューム吸引ノズルによって円滑に吸引することができ、溶接ヒュームの回収効率を高めることができる。
【0022】
請求項4の発明によれば、シールドガス噴射ノズルと鍔部材の吸引ノズル対向面との接合部分が、傾斜面によって滑らかに連続するようになる。これにより、溶接ヒュームがヒューム吸引ノズルに吸引されるときに、傾斜面に沿って流れる溶接ヒュームに層流となるように整流作用を与え、シールドガス噴射ノズルの外周面と鍔部材との接合部分に渦が発生するのを抑えることができる。この結果、溶接ヒュームを円滑にヒューム吸引ノズル内へと導くことができ、溶接ヒュームの回収効率を一層高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明に係る溶接ヒューム回収装置の実施の形態を、アーク溶接用の溶接トーチに設けた場合を例に挙げ、添付図面を参照しつつ詳細に説明する。
【0024】
まず、図1ないし図8は本発明の第1の実施の形態を示している。図中、1はアーク溶接に用いられる溶接トーチで、該溶接トーチ1は、溶接対象物となる母材2に向けて溶接ワイヤ3を送出すものである。
【0025】
ここで、溶接トーチ1は、例えば小径な円筒状に形成され、その内部に溶接ワイヤ3が挿通されるものである。この場合、溶接ワイヤ3は、ワイヤリールからワイヤ送給モータ(いずれも図示せず)によって巻出され、溶接トーチ1によって案内されることにより、母材2に向けて連続的に送出される構成となっている。
【0026】
そして、溶接用電源(図示せず)の一方の極を溶接トーチ1を介して溶接ワイヤ3に接続し、他方の極を母材2に接続した状態で、溶接ワイヤ3の先端を母材2に接近させることにより両者間にアーク4を発生させ、このアーク4の熱によって溶接ワイヤ3と母材2とを溶融させて溶接作業を行う構成となっている。この場合、アーク溶接時には、アーク4の熱によって気化した溶接ワイヤ3等からなる溶接ヒュームが発生するので、溶接トーチ1には後述の溶接ヒューム回収装置11が設けられている。
【0027】
11は溶接トーチ1に設けられた溶接ヒューム回収装置で、該溶接ヒューム回収装置11は、アーク溶接時に発生した溶接ヒュームを回収するものである。ここで、溶接ヒューム回収装置11は、後述のシールドガス噴射ノズル12、ヒューム吸引ノズル14、鍔部材17等により構成されている。
【0028】
12は溶接トーチ1に設けられたシールドガス噴射ノズルで、該シールドガス噴射ノズル12は、溶接ワイヤ3と母材2との間に発生したアーク4に向けて、アルゴン、ヘリウム等の不活性ガス、炭酸ガス等からなるシールドガスを噴射するものである。ここで、シールドガス噴射ノズル12は、溶接トーチ1よりも大径な円筒状に形成され、溶接トーチ1を外周側から覆った状態でこれと同軸上に配置されている。
【0029】
また、シールドガス噴射ノズル12の基端側には、当該シールドガス噴射ノズル12よりも小径な導管13が接続され、噴射ノズル12の先端側は噴射口12Aとなっている。そして、導管13を通じてシールドガス噴射ノズル12に供給されたシールドガスは、図1中に矢示Fで示すように、シールドガス噴射ノズル12の噴射口12Aからアーク4に向けて噴射され、該アーク4及び溶融金属を覆う。これにより、溶接雰囲気内に空気が侵入するのをシールドガスによって遮断し、溶融金属中に酸化物が生成されるのを防止できる構成となっている。
【0030】
14はシールドガス噴射ノズル12を外周側から取囲んで設けられたヒューム吸引ノズルで、該ヒューム吸引ノズル14は、アーク4によるアーク溶接時に発生した溶接ヒュームを吸引して回収するものである。ここで、ヒューム吸引ノズル14は、図2等に示すように、シールドガス噴射ノズル12よりも大径な有底円筒状に形成され、シールドガス噴射ノズル12に固定される底部14Aと、該底部14Aからシールドガス噴射ノズル12の噴射口12Aに向けて軸方向に延びる円筒部14Bと、該円筒部14Bの先端側に開口し溶接ヒュームを吸引する吸引口14Cとを有している。この場合、ヒューム吸引ノズル14の軸方向寸法は、シールドガス噴射ノズル12の軸方向寸法よりも小さく設定されており、吸引口14Cは、シールドガス噴射ノズル12の噴射口12Aの位置よりも所定寸法だけ軸方向に引っ込んだ位置に開口している。
【0031】
そして、ヒューム吸引ノズル14の底部14Aの中心部には導管挿通孔14Dが穿設され、ヒューム吸引ノズル14は、導管挿通孔14Dを導管13を挿通した状態でシールドガス噴射ノズル12の基端側に同軸上に固定されている。また、ヒューム吸引ノズル14の円筒部14Bには、吸引した溶接ヒュームを排出するための円筒状の排出口14Eが突設されている。
【0032】
そして、ヒューム吸引ノズル14の排出口14Eには、例えばゴムホース等からなる吸引管15の先端側が接続され、該吸引管15の基端側はヒューム吸引機16に接続されている(図1参照)。従って、ヒューム吸引機16を作動させることにより、アーク溶接時に発生した溶接ヒュームは、図1中に矢示Rで示すように後述の鍔部材17を迂回しつつヒューム吸引ノズル14内に吸込まれ、該ヒューム吸引ノズル14から排出口14E、吸引管15を通じてヒューム吸引機16へと吸引された後、回収される構成となっている。
【0033】
17はヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと対面してシールドガス噴射ノズル12の先端側(噴射口12A側)に取付けられた円板状の鍔部材で、該鍔部材17は、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cとの間に、軸方向の隙間寸法Lをもって対面している。ここで、鍔部材17は、その外周縁部17Aがヒューム吸引ノズル14の開口側(吸引口14C側)の外周縁部と同一形状をなす円形状に形成され、ヒューム吸引ノズル14と同軸上に配置されている。また、鍔部材17のうちヒューム吸引ノズル14と対向する吸引ノズル対向面17Bは、鍔部材17の中心側から外周側に向けて一様な平坦面となっている。
【0034】
そして、鍔部材17は、シールドガス噴射ノズル12の噴射口12Aと、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cとの間を仕切る位置に配置されることにより、シールドガス噴射ノズル12から噴射されたシールドガスが、アーク4等に供給されずにヒューム吸引ノズル14に直接的に吸引されるのを遮るものである。また、ヒューム吸引ノズル14の開口側の外周縁部と同一の円形状に形成された鍔部材17が、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと軸方向で正対することにより、溶接ヒュームが鍔部材17の外周縁部17Aを通過してヒューム吸引ノズル14に吸引されるときの流速を、鍔部材17の全周に亘ってほぼ均一化し、大量の溶接ヒュームをヒューム吸引ノズル14によって円滑に吸引することができる構成となっている。
【0035】
ここで、図2及び図3に示すように、シールドガス噴射ノズル12の外周面12Bの直径をD1とし、ヒューム吸引ノズル14の内周面14Fの直径をD2とし、ヒューム吸引ノズル14とシールドガス噴射ノズル12とを軸方向と直交する断面位置でみたときに、シールドガス噴射ノズル12の外周面12Bとヒューム吸引ノズル14の内周面14Fとの間に形成される環状のノズル断面の面積をSとすると、このノズル断面の面積S(図5中に格子状のハッチングを付した部分)は、下記数1のように表される。
【0036】
【数1】
【0037】
一方、ヒューム吸引ノズル14の内周面14Fの直径をD2とし、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との軸方向の隙間寸法をLとし、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との間に形成される円柱状の吸引開口部の側面積(周廻りの面積)をS′とすると、この吸引開口部の側面積S′(図6中に格子状のハッチングを付した部分)は、下記数2のように表される。
【0038】
【数2】
【0039】
ここで、発明者は、シールドガス噴射ノズル12の外周面12Bとヒューム吸引ノズル14の内周面14Fとの間に形成されるノズル断面の面積Sと、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との間に形成される吸引開口部の側面積S′とが、下記数3の関係となるときに、良好な溶接品質を保つことと、溶接ヒュームの回収効率を高めることが両立することを見出した。
【0040】
【数3】
【0041】
従って、上記数3の関係を満足するときの、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との軸方向の隙間寸法Lを最適値L0とすると、この最適値L0は、下記数4のように表される。
【0042】
【数4】
【0043】
このように、シールドガス噴射ノズル12の外周面12Bの直径D1と、ヒューム吸引ノズル14の内周面14Fの直径D2とにより、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との軸方向の隙間寸法Lの最適値L0を算出することができる。
【0044】
従って、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との軸方向の隙間寸法Lを最適値L0に設定することにより、良好な溶接品質を保つことができると共に、溶接ヒュームの回収効率を高め、溶接作業を行うための良好な作業環境を確保することができる。
【0045】
ここで、発明者は、上述の溶接ヒューム回収装置11を用いて、実際のアーク溶接時におけるヒューム吸引ノズル14の吸引流量と、溶接ヒュームの回収効率との関係を調査した。
【0046】
この場合、アーク溶接に用いるシールドガスは、アルゴンが79%、二酸化炭素が20%、酸素が1%の混合ガスであり、シールドガス噴射ノズル12から噴射されるシールドガスの流量は25リットル/minである。そして、母材2として一般構造用鋼材(SS400)の平板材を用い、溶接電流値を340Aとして溶接速度30cm/minでアーク溶接を行い、このときに発生した溶接ヒュームを回収したものである。
【0047】
なお、溶接ヒュームの回収効率とは、下記数5によって表されるものである。
【0048】
【数5】
【0049】
ここで、図7中の特性線18は、本実施の形態による鍔部材17を備えた溶接ヒューム回収装置11を用いて溶接ヒュームを回収した場合を示し、特性線19は、鍔部材17を有していない溶接ヒューム回収装置を用いて溶接ヒュームを回収した場合を示している。
【0050】
この場合、図7に示すように、鍔部材17を有する溶接ヒューム回収装置11を用いた場合でも、鍔部材17がない溶接ヒューム回収装置を用いた場合でも、吸引流量が増加するにつれてヒューム回収効率が高まる。しかし、吸引流量が過大になると、シールドガス噴射ノズル12からアーク4に向けて噴射したシールドガスの一部が、アーク4に達する前にヒューム吸引ノズル14に直接的に吸引されるため、溶接部にブローホール等の溶接欠陥が発生し、溶接品質が低下してしまう。
【0051】
ここで、鍔部材17を有する溶接ヒューム回収装置11を用いた場合には、特性線18中の点18Aで示すように、ヒューム吸引ノズル14の吸引流量が0.42m3/minのときにヒューム回収効率が約70%となる。そして、吸引流量が0.42m3/minを超えると溶接部にブローホール等の溶接欠陥が発生するため、実用化できる溶接品質を保った範囲での最大のヒューム回収効率は約70%であることが分かった。
【0052】
一方、鍔部材17がない溶接ヒューム回収装置を用いた場合には、特性線19中の点19Aで示すように、吸引流量が0.19m3/minのときにヒューム回収効率が約51%となり、吸引流量が0.19m3/minを超えると溶接部に溶接欠陥が発生するため、実用化できる溶接品質を保った範囲での最大のヒューム回収効率は約51%であることが分かった。
【0053】
これにより、鍔部材17を備えた本実施の形態による溶接ヒューム回収装置11は、鍔部材17を持たない溶接ヒューム回収装置に比較して、良好な溶接品質を保ちつつ、アーク溶接時に発生する溶接ヒュームを効率良く回収することができる。
【0054】
しかも、本実施の形態による溶接ヒューム回収装置11は、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との軸方向の隙間寸法Lを、上記数4に基づいて最適値L0に設定することにより、アーク溶接による良好な溶接品質を保った状態で、溶接作業持に発生した溶接ヒュームの回収効率を70%まで高めることができ、溶接作業を行うための良好な作業環境を確保することができる。
【0055】
ここで、本実施の形態による溶接ヒューム回収装置11は、シールドガス噴射ノズル12の外周面12Bとヒューム吸引ノズル14の内周面14Fとの間に形成されるノズル断面の面積をSとし、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との軸方向の隙間寸法をLとし、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との間に形成される吸引開口部の側面積をS′とし、ノズル断面の面積Sと吸引開口部の側面積S′とが等しいときの隙間寸法Lを最適値L0としたときに、前記隙間寸法Lを、下記数6の範囲に設定している。
【0056】
【数6】
【0057】
そこで、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との軸方向の隙間寸法Lを上記数6の範囲に設定した理由について述べる。
【0058】
まず、図8に示すように、隙間寸法Lを最適値L0に設定したときの最大のヒューム回収効率70%を1とし、隙間寸法Lを最適値L0から変化させたときのヒューム回収効率と最大のヒューム回収効率との比をヒューム回収効率比とすると、隙間寸法Lとヒューム回収効率比との関係は特性線20として表される。
【0059】
ここで、上述の如く鍔部材17がない溶接ヒューム回収装置では、溶接品質を保った範囲での最大のヒューム回収効率が約51%となり、このヒューム回収効率51%のヒューム回収効率比は約0.73となる。従って、鍔部材17がない場合のヒューム回収効率比0.73を上回るためのヒューム回収効率比を0.75とすると、このヒューム回収効率比が0.75以上となる隙間寸法Lは、特性線20に基づいて上記数6の範囲に設定される。
【0060】
このようにして、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との軸方向の隙間寸法Lを、上記数6の範囲に設定することにより、鍔部材を持たない溶接ヒューム回収装置に比較して溶接ヒュームの回収効率を高めることができる。この結果、溶接欠陥が発生しない良好な溶接品質を保ちつつ、溶接ヒュームを効率良く回収することができ、溶接作業を行うための良好な作業環境を確保することができる。
【0061】
また、本実施の形態による溶接ヒューム回収装置11は、シールドガス噴射ノズル12の外周面12Bとヒューム吸引ノズル14の内周面14Fとの間に形成されるノズル断面の面積Sと、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との間に形成される吸引開口部の側面積をS′とが等しいときの隙間寸法Lを最適値L0としたときに、前記隙間寸法Lを、好ましくは下記数7の範囲に設定している。
【0062】
【数7】
【0063】
ここで、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との軸方向の隙間寸法Lを上記数7の範囲に設定した理由について述べる。
【0064】
まず、隙間寸法Lを最適値L0に設定したときの最大のヒューム回収効率70%を1としたときに、ヒューム回収効率比が0.95以上の範囲では、実質的なヒューム回収効率はその最大値70%に対して大きく下回ることがなく、ほぼ同等なヒューム回収効率が得られる。これに対し、ヒューム回収効率比が0.95未満の範囲では、ヒューム回収効率が急激に低下してしまう。従って、ヒューム回収効率比が0.95以上となる隙間寸法Lは、特性線20に基づいて上記数7の範囲に設定される。
【0065】
このようにして、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材17との軸方向の隙間寸法Lを、上記数7の範囲に設定することにより、鍔部材17を備えた溶接ヒューム回収装置11を用いて溶接ヒュームを回収するときのヒューム回収効率を、ほぼ最大値にまで高めることができる。この結果、溶接欠陥が発生しない良好な溶接品質を保ちつつ、溶接ヒュームを一層効率良く回収することができ、溶接作業を行うための良好な作業環境を確保することができる。
【0066】
次に、図9は本発明の第2の実施の形態を示し、本実施の形態の特徴は、鍔部材の吸引ノズル対向面に、鍔部材の中心側から外周側に向けて傾斜した凹湾曲面状または円錐面状の傾斜面を設ける構成としたことにある。なお、本実施の形態では、上述した第1の実施の形態と同一の構成要素に同一符号を付し、その説明を省略するものとする。
【0067】
図9において、21は本実施の形態による溶接ヒューム回収装置で、該溶接ヒューム回収装置21は、上述した第1の実施の形態による溶接ヒューム回収装置11とほぼ同様に、シールドガス噴射ノズル12、ヒューム吸引ノズル14、後述の鍔部材22等により構成されているものの、鍔部材22の構成が第1の実施の形態による鍔部材17とは異なるものである。
【0068】
22はヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと対面してシールドガス噴射ノズル12の先端側に取付けられた円板城の鍔部材で、該鍔部材22は、第1の実施の形態による鍔部材17に代えて本実施の形態に用いたもので、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cとの間に、軸方向の隙間寸法Lをもって対面している。また、鍔部材22は、その外周縁部22Aがヒューム吸引ノズル14の開口側(吸引口14C側)の外周縁部と同一形状をなす円形状に形成され、ヒューム吸引ノズル14と同軸上に配置されている。
【0069】
そして、鍔部材22は、シールドガス噴射ノズル12の噴射口12Aと、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cとの間を仕切る位置に配置されることにより、シールドガス噴射ノズル12から噴射されたシールドガスが、ヒューム吸引ノズル14に直接的に吸引されるのを遮るものである。
【0070】
ここで、鍔部材22のうちヒューム吸引ノズル14と対向する吸引ノズル対向面には、鍔部材22の中心側から外周側に向けて漸次拡径するように傾斜した、凹湾曲面状の傾斜面22Bが設けられている。これにより、シールドガス噴射ノズル12の外周面12Bと鍔部材22の吸引ノズル対向面との接合部分が、傾斜面22Bによって滑らかに連続するようになる。
【0071】
従って、アーク溶接時に発生した溶接ヒュームが、図9中に矢示Rで示すようにヒューム吸引ノズル14に吸引されるときに、シールドガス噴射ノズル12の外周面12Bと鍔部材22の吸引ノズル対向面との接合部分に渦が発生するのを抑え、傾斜面22Bに沿って流れる溶接ヒュームに整流作用を与えることにより、溶接ヒュームを円滑にヒューム吸引ノズル14内へと導くことができる構成となっている。なお、傾斜面22Bの凹湾曲面形状としては、例えばホーン型スピーカ等に用いられるエクスポネンシャル形状、またはハイパボリック形状を採用することが望ましい。
【0072】
本実施の形態による溶接ヒューム回収装置21は上述の如き構成を有するもので、本実施の形態においても、第1の実施の形態と同様に、シールドガス噴射ノズル12の外周面12Bとヒューム吸引ノズル14の内周面14Fとの間に形成されるノズル断面の面積をSとし、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材22との軸方向の隙間寸法をLとし、ヒューム吸引ノズル14の吸引口14Cと鍔部材22との間に形成される吸引開口部の側面積をS′とし、ノズル断面の面積Sと吸引開口部の側面積S′とが等しいときの隙間寸法Lを最適値L0としたときに、前記隙間寸法Lを、上記数6の範囲に設定することにより、溶接ヒュームの回収効率を高めることができる。この結果、溶接欠陥が発生しない良好な溶接品質を保ちつつ、溶接ヒュームを効率良く回収することができ、溶接作業を行うための良好な作業環境を確保することができる。
【0073】
しかも、本実施の形態による溶接ヒューム回収装置21は、鍔部材22の吸引ノズル対向面に、鍔部材22の中心側から外周側に向けて漸次拡径するように傾斜した凹湾曲面状の傾斜面22Bを設ける構成としている。これにより、溶接ヒュームがヒューム吸引ノズル14に吸引されるときに、傾斜面22Bに沿って流れる溶接ヒュームに層流となるように整流作用を与え、シールドガス噴射ノズル12の外周面12Bと鍔部材22の吸引ノズル対向面との接合部分に渦が発生するのを抑えることができる。この結果、溶接ヒュームを円滑にヒューム吸引ノズル14内へと導くことができ、溶接ヒュームの回収効率を一層高めることができる。
【0074】
なお、上述した第1の実施の形態では、鍔部材17の外周縁部17Aとヒューム吸引ノズル14の開口側の外周縁部とを、同一形状をなす円形に形成した場合を例示している。しかし、本発明はこれに限らず、例えば図10に示す第1の変形例のように、鍔部材17′の外周縁部17A′とヒューム吸引ノズル14′の開口側の外周縁部とを、同軸上に配置された同一形状の楕円形に形成してもよい。また、両者を同一形状の小判形に形成してもよい。
【0075】
また、上述した第1の実施の形態では、鍔部材17の外周縁部17Aと、ヒューム吸引ノズル14の開口側の外周縁部とを同一形状をなす円形に形成した場合を例示している。しかし、本発明はこれに限るものではなく、例えば図11に示す第2の変形例のように、鍔部材17″の外周縁部17A″と、ヒューム吸引ノズル14の開口側の内周縁部(内周面14F)とを同一形状をなす円形に形成してもよい。
【0076】
また、上述した第2の実施の形態では、鍔部材22のうちヒューム吸引ノズル14と対向する吸引ノズル対向面に、鍔部材22の中心側から外周側に向けて傾斜した凹湾曲面状の傾斜面22Bを設けた場合を例示している。しかし、本発明はこれに限らず、例えば図12に示す第3の変形例のように、鍔部材22′の中心側から外周側に向けて傾斜した円錐面(テーパ面)状の傾斜面22B′を設ける構成としてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】本発明の第1の実施の形態による溶接ヒューム回収装置を概略的に示す全体構成図である。
【図2】図1中のシールドガス噴射ノズル、ヒューム吸引ノズル、鍔部材等を拡大して示す断面図である。
【図3】シールドガス噴射ノズル、ヒューム吸引ノズル等を図2中の矢示III―III方向からみた断面図である。
【図4】シールドガス噴射ノズル、鍔部材等を図2中の矢示IV―IV方向からみた断面図である。
【図5】シールドガス噴射ノズルの外周面とヒューム吸引ノズルの内周面との間に形成されるノズル断面の面積を示す斜視図である。
【図6】ヒューム吸引ノズルの吸引口と鍔部材との間に形成される吸引開口部の側面積を示す斜視図である。
【図7】ヒューム吸引ノズルの吸引流量とヒューム回収効率との関係を示す特性線図である。
【図8】ヒューム吸引ノズルと鍔部材との隙間寸法と、溶接ヒュームの回収効率比との関係を示す特性線図である。
【図9】第2の実施の形態によるシールドガス噴射ノズル、ヒューム吸引ノズル、鍔部材等を示す図2と同様な断面図である。
【図10】第1の変形例によるヒューム吸引ノズルと鍔部材とを示す図2と同様な断面図である。
【図11】第2の変形例によるヒューム吸引ノズルと鍔部材とを示す図3と同様な断面図である。
【図12】第3の変形例による鍔部材を示す図9と同様な断面図である。
【符号の説明】
【0078】
1 溶接トーチ
3 溶接ワイヤ
4 アーク
11,21 溶接ヒューム回収装置
12 シールドガス噴射ノズル
12B 外周面
14,14′ ヒューム吸引ノズル
14C 吸引口
14F 内周面
16 ヒューム吸引機
17,17′,17″,22,22′ 鍔部材
17A,17A′,17A″,22A 外周縁部
17B 吸引ノズル対向面
22B,22B′ 傾斜面(吸引ノズル対向面)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接対象物に向けて溶接ワイヤが送出される溶接トーチに設けられ、前記溶接ワイヤと前記溶接対象物との間に発生したアークに向けてシールドガスを噴射する筒状のシールドガス噴射ノズルと、
該シールドガス噴射ノズルを外周側から取囲んで設けられ、前記アークによる溶接時に発生した溶接ヒュームを吸引する筒状のヒューム吸引ノズルと、
該ヒューム吸引ノズルの吸引口との間に軸方向の隙間をもって前記シールドガス噴射ノズルに取付けられ、前記シールドガスが前記ヒューム吸引ノズルに吸引されるのを遮る鍔部材とを備えてなる溶接ヒューム回収装置において、
前記ヒューム吸引ノズルと前記シールドガス噴射ノズルとを軸方向と直交する断面位置でみたときに前記シールドガス噴射ノズルの外周面と前記ヒューム吸引ノズルの内周面との間に形成される環状のノズル断面の面積をSとし、
前記ヒューム吸引ノズルの吸引口と前記鍔部材との軸方向の隙間寸法をLとし、
前記ヒューム吸引ノズルの吸引口と前記鍔部材との間に形成され、前記隙間寸法Lと前記ヒューム吸引ノズルの内周面側の円周との積として表される円柱状の吸引開口部の側面積をS′とし、
前記ノズル断面の面積Sと前記吸引開口部の側面積S′とが等しいときの前記隙間寸法Lを最適値L0としたときに、
前記隙間寸法Lを
0.7×L0 ≦L≦ 1.2×L0
の範囲に設定したことを特徴とする溶接ヒューム回収装置。
【請求項2】
前記ノズル断面の面積Sと前記吸引開口部の側面積S′とが等しいときの前記隙間寸法Lを最適値L0としたときに、
前記隙間寸法Lを
0.8×L0 ≦L≦ 1.1×L0
の範囲に設定してなる請求項1に記載の溶接ヒューム回収装置。
【請求項3】
前記鍔部材の外周縁部と前記ヒューム吸引ノズルの開口側の周縁部とは、同軸上に配置された同一形状の円形、楕円形、または小判形である請求項1または2に記載の溶接ヒューム回収装置。
【請求項4】
前記鍔部材のうち前記ヒューム吸引ノズルと対向する吸引ノズル対向面には、前記鍔部材の中心側から外周側に向けて傾斜した凹湾曲面状または円錐面状の傾斜面を設ける構成としてなる請求項1,2または3に記載の溶接ヒューム回収装置。
【請求項1】
溶接対象物に向けて溶接ワイヤが送出される溶接トーチに設けられ、前記溶接ワイヤと前記溶接対象物との間に発生したアークに向けてシールドガスを噴射する筒状のシールドガス噴射ノズルと、
該シールドガス噴射ノズルを外周側から取囲んで設けられ、前記アークによる溶接時に発生した溶接ヒュームを吸引する筒状のヒューム吸引ノズルと、
該ヒューム吸引ノズルの吸引口との間に軸方向の隙間をもって前記シールドガス噴射ノズルに取付けられ、前記シールドガスが前記ヒューム吸引ノズルに吸引されるのを遮る鍔部材とを備えてなる溶接ヒューム回収装置において、
前記ヒューム吸引ノズルと前記シールドガス噴射ノズルとを軸方向と直交する断面位置でみたときに前記シールドガス噴射ノズルの外周面と前記ヒューム吸引ノズルの内周面との間に形成される環状のノズル断面の面積をSとし、
前記ヒューム吸引ノズルの吸引口と前記鍔部材との軸方向の隙間寸法をLとし、
前記ヒューム吸引ノズルの吸引口と前記鍔部材との間に形成され、前記隙間寸法Lと前記ヒューム吸引ノズルの内周面側の円周との積として表される円柱状の吸引開口部の側面積をS′とし、
前記ノズル断面の面積Sと前記吸引開口部の側面積S′とが等しいときの前記隙間寸法Lを最適値L0としたときに、
前記隙間寸法Lを
0.7×L0 ≦L≦ 1.2×L0
の範囲に設定したことを特徴とする溶接ヒューム回収装置。
【請求項2】
前記ノズル断面の面積Sと前記吸引開口部の側面積S′とが等しいときの前記隙間寸法Lを最適値L0としたときに、
前記隙間寸法Lを
0.8×L0 ≦L≦ 1.1×L0
の範囲に設定してなる請求項1に記載の溶接ヒューム回収装置。
【請求項3】
前記鍔部材の外周縁部と前記ヒューム吸引ノズルの開口側の周縁部とは、同軸上に配置された同一形状の円形、楕円形、または小判形である請求項1または2に記載の溶接ヒューム回収装置。
【請求項4】
前記鍔部材のうち前記ヒューム吸引ノズルと対向する吸引ノズル対向面には、前記鍔部材の中心側から外周側に向けて傾斜した凹湾曲面状または円錐面状の傾斜面を設ける構成としてなる請求項1,2または3に記載の溶接ヒューム回収装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2009−172652(P2009−172652A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−14929(P2008−14929)
【出願日】平成20年1月25日(2008.1.25)
【出願人】(000005522)日立建機株式会社 (2,611)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年1月25日(2008.1.25)
【出願人】(000005522)日立建機株式会社 (2,611)
【Fターム(参考)】
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