説明

溶接方法及び溶接装置

【課題】焼戻しするときの溶接部の温度を高精度に制御可能な溶接方法及び溶接装置を提供する。
【解決手段】本発明の溶接方法は、母材を溶接する溶接処理と、溶接処理で溶接された溶接部の熱影響部の温度が焼戻しの温度範囲未満となった後に、溶接部に溶接処理とは別に溶接が施されていない段階で、熱影響部をレーザ照射によって焼戻しの温度範囲に加熱する加熱処理と、を有する。溶接処理された溶接部に加熱処理を施した後に、溶接部の上に溶接を施す第2溶接処理を有していてもよい。第2溶接処理は、溶接処理で溶接された溶接部の熱影響部が焼戻しの温度範囲内に加熱されるように行われる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接方法及び溶接装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から鋼板や鋼管等の鋼材を接合あるいは補修する方法の1つとして、溶接が知られている。典型的な溶接では、母材の一部を加熱・溶融し、溶融した金属を含んだ溶接金属を鋼材間で共有させて2以上の鋼材を一体化する。通常の溶接方法では、溶接熱により母材の一部が焼入れされて、熱影響部が形成される。熱影響部は、焼入れにより部分的に硬化している。
【0003】
継続的に外力や振動を受ける鋼材加工物、例えば圧力容器や配管、各種機械装置、各種構造物にあっては、硬化した部分が応力腐食割れや脆性破壊の起点になるおそれがある。通常は、硬化した部分を焼戻しすることにより、熱影響部の機械特性が制御されている。
【0004】
焼戻しする方法としては、鋼材加工物全体を熱処理炉に入れて加熱する方法や、溶接部にヒーター等を巻きつけて溶接部を加熱する方法等がある。これらの方法では、溶接部が広範囲にわたっていると、大型の熱処理炉やヒーターが必要になってしまう。また、鋼材加工物の補修等で溶接を行う場合には、鋼材加工物の付帯物の耐熱性等の事情により、焼戻しに必要な時間だけ鋼材加工物を加熱することが難しいこともある。
【0005】
焼戻し用の熱処理を簡略化あるいは省略可能な技術として、テンパービード溶接が知られている(例えば、特許文献1)。テンパービード溶接は、複数回数の溶接を行うことによって複数パス、複数層の溶接ビードを積層する溶接方法において、パスごとの入熱によって先行パスの熱影響部を焼戻しすることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−271742号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
テンパービード溶接は、次のパスの溶接過程で前のパスの溶接部に対して焼戻し効果が得られるので、焼戻し用の熱処理を別途行う必要性が低い。しかしながら、従来のテンパービート溶接は、十分な焼戻し効果を得るためにパス数が増加してしまい、工程が複雑になることや溶接に要する時間が長くなること等の課題がある。特に、ティグ溶接等により上向姿勢で溶接を行う場合等には、溶融池の垂れ落ちを抑制するためにパスごとの入熱を低く設定することが多く、十分な焼戻し効果を得るにはパス数がさらに増加してしまう。
【0008】
本願発明者は、上記の課題を解決すべく、母材を溶接可能な溶接手段と、溶接手段による溶接方向後方に設けられて溶接部を加熱可能な補助加熱手段とを備える溶接装置を提案した。この溶接装置は、各パスの溶接処理で溶接された層に対して同じパスで焼戻し用の熱処理を行うことができ、パス数を減らすことが可能であるが、補助加熱手段により溶接部を加熱するときの温度を高精度に制御可能にする観点で改善の余地がある。
【0009】
本発明は、上記の事情を鑑み成されたものであって、焼戻しするときの溶接部の温度を高精度に制御可能な溶接方法及び溶接装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の溶接方法は、母材を溶接する溶接処理と、前記溶接処理で溶接された溶接部の熱影響部の温度が焼戻しの温度範囲未満となった後に、前記溶接部に前記溶接処理とは別に溶接が施されていない段階で、前記熱影響部をレーザ照射によって焼戻しの温度範囲に加熱する加熱処理と、を有する。
このようにすれば、溶接処理の直後に加熱処理が実行される場合と比較して、加熱処理が開始されるときの溶接部の誤差を減らすことができる。したがって、溶接処理の入熱等のばらつきによる影響をほとんど受けることなく、加熱処理中の熱影響部の温度を制御することができ、熱影響部を短時間で効果的に焼戻しすることができる。
【0011】
前記溶接処理された溶接部に前記加熱処理を施した後に、前記溶接部の上に溶接を施す第2溶接処理を有し、前記第2溶接処理は、前記溶接処理で溶接された溶接部の熱影響部が焼戻しの温度範囲内に加熱されるように行われてもよい。
このようにすれば、溶接処理と第2溶接処理とで溶接部の厚みを稼ぐことができるとともに、溶接処理で形成された溶接部の熱影響部を第2溶接処理の入熱で焼戻しすることができる。
【0012】
前記溶接処理では、所定の溶接方向に沿って溶接が行われ、前記加熱処理は、前記溶接処理で溶接された箇所を前記溶接方向の後方から追跡して加熱するように、該溶接処理と並行して行われてもよい。
このようにすれば、溶接処理と加熱処理とを並行して行うので、溶接部の熱影響部を短時間で効率よく焼戻しすることができる。
【0013】
前記加熱処理の前記レーザ照射は、前記溶接部が溶融するように行われてもよい。
このようにすれば、レーザ光が照射される領域に溶融部と非溶融部とが混在する場合と比較して、レーザ光が照射される領域の温度を高精度に制御することができる。
【0014】
前記加熱処理の前記レーザ照射は、前記溶接部に溶接ワイヤを供給しながら行われてもよい。
このようにすれば、溶接部の厚みを増すことができ、所望の厚みの溶接部を形成するのに必要なパスの数を減らすことができる。
【0015】
前記溶接処理では、所定の溶接方向に沿って溶接が行われ、前記加熱処理で照射されるレーザ光は、前記溶接部の一部を溶融するように加熱可能な第1スポットと、前記一部に対して前記溶接方向の後方の部分を溶融しないように加熱可能な第2スポットとを有してもよい。
【0016】
前記溶接処理は、アークを熱源として行われてもよい。
このようにすれば、母材を十分に加熱することが容易になり、また補助加熱手段の熱源がレーザ光であるので、加熱手段と補助加熱手段との間に磁気吹きを生じることがない。
【0017】
本発明の溶接装置は、母材を加熱する加熱手段を含んだ溶接手段と、前記溶接手段の溶接方向の後方に配置され、前記溶接手段に溶接された溶接部の熱影響部の温度が焼戻しの温度範囲未満となった後に前記熱影響部を焼戻しの温度範囲にレーザ照射によって加熱するように、前記溶接手段に対する相対位置が制御される補助加熱手段と、を備えている。
このようにすれば、溶接処理の直後に加熱処理が実行される場合と比較して、加熱処理が開始されるときに溶接処理の入熱等のばらつきによる影響をほとんど受けることなく、加熱処理中の熱影響部の温度を制御することができ、熱影響部を短時間で効果的に焼戻しすることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、焼戻しするときの溶接部の温度を高精度に制御可能な溶接方法及び溶接装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】第1実施形態の溶接装置の概略構成を示す図である。
【図2】溶接部を拡大して示す図である。
【図3】溶接手段により加熱されているときの熱影響部の温度を示すグラフである。
【図4】第1実施形態の溶接方法による熱影響部の温度を示すグラフである。
【図5】(a)〜(d)は、第1実施形態の溶接方法の工程図である。
【図6】第2実施形態の溶接方法を示す概念図である。
【図7】(a)〜(c)は、補助加熱手段の変形例の説明図である。
【図8】(a)、(b)は、補助加熱手段の変形例の説明図である。
【図9】(a)、(b)は、補助加熱手段の変形例の説明図である。
【図10】補助加熱手段の変形例の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施形態を説明する。説明に用いる図面中の構造の寸法や縮尺は、実際と異なることがある。
【0021】
[第1実施形態]
第1実施形態の溶接装置及び溶接方法について説明する。図1は、第1実施形態の溶接装置の概略構成を示す図である。図1に示す溶接装置1は、溶接手段2と、溶接手段2の溶接方向(溶接の進行方向)の後方に設けられた補助加熱手段3とを備えている。
【0022】
溶接手段2は、母材4を加熱して溶接する装置、例えばアーク溶接やレーザ溶接、ガス溶接等を施す装置である。本実施形態の溶接手段2は、ティグアークを熱源として溶接を施すことができる。母材4は、例えば炭素鋼あるいは低合金鋼からなる鋼材である。鋼材の具体的態様については、特に限定されないが、具体例として圧力容器や配管等が挙げられる。
【0023】
溶接手段2は、溶接トーチ(加熱手段)20、溶接電源21、溶接ワイヤ24等を含んでいる。溶接トーチ20には、タングステン等からなる電極22が取り付けられている。電極22は、溶接電源21と電気的に接続されている。溶接電源21は、溶接トーチ20にシールドガスを供給するとともに、溶接トーチ20を介して電極22に電力を供給する。電極22に電力が供給されると、電極22と母材4との間にアーク23が発生する。アーク23は、外気に曝されないようにシールドガスにより覆われる。ここでは、アーク23に、図示略の供給装置から自動あるいは半自動で溶接ワイヤ24が供給される。アーク23に曝された部分の母材4と、溶接ワイヤ24とがアーク23の熱により溶融し、溶融池41が形成される。溶融池41が冷却凝固することにより、溶接部の一部である溶接金属42が形成される。
【0024】
補助加熱手段3は、溶融池41に対して溶接方向の後方側をレーザ照射により加熱することができる。本実施形態の補助加熱手段3は、レーザ光源30、光学ヘッド31を含んでいる。レーザ光源30は、YAGレーザ、半導体レーザ等により構成され、レーザ光34を射出する。
【0025】
光学ヘッド31には、光ファイバー等を介してレーザ光34が入射する。光学ヘッド31は、光学素子群32、ミラー33等を含んでいる。光学素子群32は、例えばレーザ光34を平行化する機能や、レーザ光34のビーム径を調整する機能、レーザ光34の偏光状態を調整する機能等を有している。光学素子群32は、例えば複数のレンズ、偏光板等により構成される。ミラー33は、レーザ光34が光学ヘッド31から所定の方向に射出するように、光学素子群32から射出されたレーザ光34の光路を調整することができる。補助加熱手段3から射出されたレーザ光34は、溶接金属42の一部である被処理部43に照射される。被処理部43は、照射されたレーザ光34により加熱される。
なお、補助加熱手段3は、レーザ照射により加熱可能なものであれば、その構成に限定はない。例えば、半導体レーザを光源に用いる場合等に、光源から射出された光が光ファイバーを介することなく光学ヘッド31へ入射する構成が採用されることもある。
【0026】
ミラー33として、ガルバノミラー等の可動ミラーを用いることにより、補助加熱手段3から射出されるレーザ光34の進行方向を可変に制御することができる。これにより、母材4におけるレーザ光34の入射位置を制御することができる。ミラー33を可動ミラーで構成することにより、ミラー33を走査光学系として機能させることもできる。
【0027】
本実施形態の溶接装置1は、制御部5と、溶接手段2の溶接トーチ20を保持して移動可能なトーチ移動機構6と、補助加熱手段3の光学ヘッド31を保持して移動可能なヘッド移動機構7と、を有する。
【0028】
制御部5は、母材4上の溶接対象部の位置を示す情報や、溶接手段2の溶接トーチ20の位置を示す情報、補助加熱手段3の光学ヘッド31の位置を示す情報、溶接の処理速度を示す情報、外気温度を示す環境情報等に基づいて、溶接装置1の各部を制御する。これらの情報は、溶接を施す前や溶接中に、例えばユーザ(溶接作業者)から制御部5へ入力される。
【0029】
本実施形態の制御部5は、上記の各種情報に基づいて、溶接電源21の出力を制御して溶接トーチ20による溶接対象部への入熱を管理するとともに、トーチ移動機構6を制御して溶接対象部に対する溶接トーチ20の位置を管理する。また、上記の各種情報に基づいて、レーザ光源30の出力を制御して光学ヘッド31から射出されるレーザ光34の強度を管理するとともに、ヘッド移動機構7を制御して溶接トーチ20に対する光学ヘッド31の相対位置を管理する。制御部5は、溶接手段2に溶接された溶接部の熱影響部の温度が焼戻しの温度範囲未満となった後に補助加熱手段3が熱影響部を焼戻しの温度範囲に加熱するように、溶接装置1の各部を制御する。
【0030】
図2は、溶接部を拡大して示す図である。図3は、溶接手段により加熱されているときの熱影響部の温度を示すグラフである。図3のグラフにおいて、評価位置P1は後述する熱影響部内の所定位置における温度履歴を表し、評価位置P2は焼戻し領域44内の所定位置における温度履歴を表す。評価位置P1は、熱影響部最高硬さ試験の対象となる試験位置である。図3のグラフにおいて、縦軸は温度を表し、横軸は最高温度に到達した時間を原点とする時間を表す。
【0031】
図2に示すように、溶接部40は、溶接金属42、焼戻し領域44、焼入れ領域45を含んでいる。溶接金属42は、溶融した母材4および溶融した溶接ワイヤ24が一体となり冷却凝固した部分である。焼戻し領域44および焼入れ領域45は、熱影響部である。溶接金属42と焼入れ領域45との境界近傍(評価位置P1)は、焼入れにより最も硬度が高くなる部分である。
【0032】
焼入れ領域45は、溶接熱による焼入れ効果が発現する温度範囲Tよりも高温になる部分である。焼入れ効果は、一般的に概ね800℃から500℃までの温度範囲Tにおける温度履歴の勾配で決まると言われている。温度履歴の勾配が緩やかになるほど、すなわち、溶接部が概ね800℃から500℃までの温度範囲Tに滞在する時間が長くなるほど、焼入れ効果が弱くなる。
【0033】
焼戻し領域44は、焼入れ領域45よりも溶接金属42から離れている。焼戻し領域44は、溶接熱による温度ピークが、焼戻し効果が発現する温度範囲内になる部分である。この温度範囲Tに滞在する時間が長くなるほど、焼戻し効果が強くなる。焼戻し効果が発現する温度範囲Tは、母材4の材質により定まる。母材4が炭素鋼もしくは低合金鋼である場合には、焼戻し効果が発現する温度範囲Tは、概ね600℃以上700℃以下の範囲である。
【0034】
次に、本実施形態の溶接方法について、上記の溶接装置1を利用した溶接方法を例に挙げて説明する。ここでは、まず、溶接部の一部に着目した温度履歴を説明する。図4は、第1実施形態の溶接方法による熱影響部の温度を示すグラフである。図4のグラフにおいて、横軸は、溶接手段2によって評価位置P1への加熱が開始された時間を原点とする時間を示し、縦軸は、評価位置P1の温度を示す。
【0035】
本実施形態の溶接装置1は、溶接手段2が溶接した溶接部の熱影響部の靭性を回復すべく、補助加熱手段3が熱影響部を加熱するように、制御部5が各部を制御する。
【0036】
制御部5は、溶接手段2及びトーチ移動機構6を制御して、母材4を溶接する溶接処理を溶接手段2に実行させる。本実施形態の溶接処理は、溶接手段2に溶接された箇所が溶接線(溶接部)を形成するように、溶接手段2を溶接方向に移動させながら実行される。溶接手段2からの入熱による評価位置P1の温度は、母材の材質と、外気温度と、溶接トーチ20の出力と、トーチ移動機構6による溶接トーチ20の移動速度とに依存する。
【0037】
制御部5は、補助加熱手段3及びヘッド移動機構7を制御して、熱影響部をレーザ照射によって焼戻しの温度範囲に加熱する加熱処理を補助加熱手段3に実行させる。加熱処理は、溶接処理で溶接された溶接部の熱影響部の温度が焼戻しの温度範囲未満(ここでは、外気温度程度)となった後に、溶接部に溶接処理とは別に溶接が施されていない段階で実行される。
【0038】
本実施形態において、加熱処理は、溶接処理で溶接された箇所を溶接方向の後方から追跡して加熱するように、溶接処理と並行して行われる。詳しくは、制御部5は、母材4上の溶接部の各箇所が溶接されてから所定の時間遅れをもってレーザ光34の母材4上の照射領域になるように、ヘッド移動機構7を制御して光学ヘッド31の位置を管理する。
【0039】
上記の所定の時間遅れは、評価位置P1による溶接手段2への入熱が終了してから、評価位置P1の温度が放熱によって焼戻しの温度範囲未満となるまでの時間に応じて設定される。ヘッド移動機構7による光学ヘッド31の移動速度は、溶接トーチ20と光学ヘッド31と間の距離と、上記の時間遅れとに応じて設定される。
【0040】
補助加熱手段3によって加熱されているときの評価位置P1の温度は、補助加熱手段3による加熱が開始される直前の評価位置P1の温度(以下、加熱処理の初期温度という)と、母材の材質と、外気温度と、光学ヘッド31から射出されるレーザ光34の強度と、ヘッド移動機構7による光学ヘッド31の移動速度とに依存する。上記の加熱処理の初期温度は、加熱処理での入熱と、外気温度と、上記の時間遅れとに依存する。
【0041】
ところで、上記の初期温度は、溶接処理及び加熱処理を複数回数行ったときに、ばらつきを有している。加熱処理を複数行ったときの平均的な初期温度に対する実際の初期温度の誤差は、上記の時間遅れによって規定される初期温度の設定値が高いほど、大きくなる。すなわち、初期温度の設定値が高いほど、加熱処理中の評価位置P1の温度が所望の値に対して大きな誤差をもつ可能性が高くなる。この誤差を考慮して、加熱処理中の評価位置P1の温度が焼戻しの温度範囲に対して高くなり過ぎないように、補助加熱手段3による入熱にマージンをもたせると、十分な焼戻し効果が得られなくなる可能性や、処理時間が長時間になる可能性がある。
【0042】
本実施形態において、加熱処理が評価位置P1の温度が焼戻しの温度範囲未満になった後に実行されるので、溶接処理の直後に加熱処理が実行される場合と比較して、加熱処理の初期温度の誤差を減らすことができる。換言すると、溶接処理による入熱等のばらつきによる影響をほとんど受けることなく、加熱処理中の評価位置P1の温度を制御することができ、熱影響部を短時間で効果的に焼戻しすることができる。
【0043】
次に、本実施形態の溶接方法の全体のフローを説明する。図5(a)〜(d)は、第1実施形態の溶接方法の工程図である。本実施形態の溶接方法は、いわゆるテンパービード溶接であり、上記のように溶接処理と加熱処理と含んだ一連の処理を行うことによって複数の第1の溶接線(初期層)を形成し、各溶接線の上に第2の溶接処理と第2の加熱処理を行うことによって複数の第2の溶接線(上層)を形成する。以下同様に、必要な回数だけ一連の処理を繰り返すことによって、母材に所望の厚みで溶接を施すことができる。
【0044】
溶接装置1は、母材4の表層に初期層の第1パスの溶接を施す(図5(a)参照)。これにより、溶接金属42a、焼戻し領域44a、焼入れ領域45aが形成される。この焼入れ領域45aは、溶接と同じパス(第1パス)で補助加熱手段3によって加熱され、焼戻しされる。
【0045】
次いで、溶接装置1は、初期層の第2パスの溶接を施す(図5(b)参照)。第2パスでは、第1パスの溶接金属42aの一部、ここでは母材4の表面に沿う方向で溶接金属42aの半分程度と重なるように溶接を施す。これにより、溶接金属42b、焼戻し領域44b、焼入れ領域45bが形成される。
【0046】
次いで、溶接装置1は、第3パスの溶接を施す(図5(c)参照)。第3パスでは、母材4の表面に沿う方向で第2パスの溶接金属42bの半分程度と重なるように溶接を施す。これにより、溶接金属42c、焼戻し領域44c、焼入れ領域45cが形成される。同様にして母材に複数回数の溶接を行うことにより、母材4に初期層を形成する。初期層は、層状の溶接金属42d、層状の焼入れ領域45dおよび層状の焼戻し領域44dを含んでいる。焼戻し領域44dと焼入れ領域45dとを含んだ熱影響部は、通常であれば溶接熱により硬化しているが、上記の加熱処理で焼戻しされているので、靭性の低下が回復されている。
【0047】
次いで、溶接装置1は、初期層の上に溶接を施して上層を形成する(図5(d)参照)。図5(a)に示した溶接と同様の溶接を施すことにより、溶接金属42e、焼戻し領域44e、焼入れ領域45eが形成される。また、図5(b)に示した溶接と同様に、初期層の表面に沿う方向で溶接金属42eの半分程度と重なるように溶接を施す。これにより、溶接金属42f、焼戻し領域44f、焼入れ領域45fが形成される。同様にして初期層に複数回数の溶接を行うことにより、初期層上に上層を形成する。上層の溶接では、初期層の焼入れ領域45dに焼戻し効果を発現するように、すなわち上層の焼戻し領域44e、44fが初期層の焼入れ領域45dと重なるように、上層の層厚や溶接手段2による入熱、補助加熱手段3の入熱を調整する。具体的には、溶接部40が溶接手段2により加熱されてから補助加熱手段3により加熱されるまでの時間や、補助加熱手段3の出力を設定する。以下同様に、形成された上層を下地として、所望の数の上層を積層することにより、所望の層厚の溶接部が得られる。
【0048】
以上のような本実施形態の溶接装置1によれば、溶接処理と加熱処理とを同じパスで実行することができ、効率よく溶接を施すことができるとともに焼入れによる靭性の低下を回復することができる。また、加熱処理では、熱影響部の温度が焼戻しの温度範囲未満となった後に、熱影響部をレーザ照射によって焼戻しの温度範囲に加熱するので、熱影響部の温度を高精度に制御することができ、熱影響部を短時間で効果的に焼戻しすることができる。
【0049】
また、本実施形態では、溶接の初期層の上に、第2溶接処理と第2加熱処理とを含んだ一連の処理を行って上層を形成し、第2溶接処理は、初期層の溶接処理で溶接された溶接部の熱影響部が焼戻しの温度範囲内に加熱されるように行われる。したがって、所望の層厚の溶接部が得られるとともに、上層側を形成する溶接の入熱による下層側の焼戻し効果を高めることができる。よって、溶接部を所望の機械特性にするために必要な層の数を減らすことができ、母材に効率よく溶接を施すことができる。
【0050】
また、加熱手段の熱源がアークであれば、母材を十分に加熱することが容易になる。また、補助加熱手段の熱源がレーザ光であるので、加熱手段と補助加熱手段との間に磁気吹きを生じることがない。
【0051】
本実施形態の溶接方法は、下向姿勢のみならず上向姿勢等の溶接姿勢での溶接が要求される場合に特に有効である。下向姿勢以外の溶接姿勢では、一般に溶融池の垂れ落ちを回避可能な程度に溶接用の入熱が低く設定されるので、パスの数が増えてしまうとともに焼戻し効果が軽減してしまう。本実施形態の溶接方法は、溶接用の入熱を減らした場合でも焼戻し効果を高めることができるので、パスの増加による効率低下を回避することができる。このように、全姿勢で良好に溶接を施すことが可能であるので、多様な溶接対象に対応可能になる。
【0052】
[第2実施形態]
次に、第2実施形態の溶接方法について説明する。第2実施形態の溶接方法は、例えば第1実施形態で説明した溶接装置を利用して、行うことができる。第1実施形態と同様の構成要素については、同じ符号を付して、説明を簡略化あるいは省略することがある。
【0053】
図6は、第2実施形態の溶接方法を示す概念図である。
図6に示すように、第2実施形態において、加熱処理は、溶接部が溶融するように行われる。詳しくは、制御部5は、溶接手段2によって形成された溶接金属42が補助加熱手段3による入熱で溶融するように、補助加熱手段3を制御する。本実施形態では、溶接金属42が溶融した溶融池に第2の溶接ワイヤ35を供給しながら、加熱処理が行われる。これにより、第2の溶融金属(溶接部)46が形成される。
【0054】
ところで、溶接金属42が溶融しない温度の近傍までレーザ照射により溶接金属42を加熱すると、レーザ光34が照射されている部分の溶接金属42は、加熱温度の誤差によって部分的に溶融温度以上に加熱され、部分的に溶融することがある。レーザ光34が照射されている部分に溶融池と非溶融部とが形成されていると、レーザ光34の吸収率が溶融池と非溶融部とで異なるようになり、レーザ光34が照射されている部分の温度を高精度に制御することが難しくなる。
【0055】
第2実施形態の溶接方法では、レーザ光34が照射されている部分がほぼ全域にわたって溶融するように加熱処理を行っているので、レーザ光34が照射されている部分の温度を高精度に制御することができ、溶接部の熱影響部の温度を高精度に制御することができる。また、加熱処理は、溶接金属42が溶融した溶融池に第2の溶接ワイヤ35を供給しながら行われるので、溶接金属42と第2の溶融金属46を含んだ溶接部の厚みを稼ぐことができ、所望の厚みの溶接部を形成する上で必要なパス数を減らすことができる。
【0056】
なお、本発明の技術範囲は上記の実施形態に限定されるものではない。本発明の主旨を逸脱しない範囲内で多様な変形が可能である。例えば、溶接手段の加熱手段の熱源がレーザ光であってもよい。このようにすれば、加熱手段の出力を制御することが容易になる。また、上記の実施形態の溶接方法は、溶接装置1を利用しないで行うこともできる。例えば、溶接手段2と補助加熱手段3の少なくとも一方の位置あるいは出力を、制御部5に代えて手動で制御してもよい。第2実施形態では、補助加熱手段3によって溶融した溶融池に第2の溶接ワイヤ35を供給しながら加熱処理を行っているが、加熱処理は、溶接ワイヤを供給しないで溶融金属を溶融させるだけの処理でもよい。
【0057】
また、次に説明する変形例のように、補助加熱手段3から射出されるレーザ光の強度分布や数、照射領域の制御等により、溶接部の温度履歴を制御することも可能である。
【0058】
図7(a)〜(c)は、レーザ光の強度分布を調整した変形例を示す模式図である。図8(a)、(b)は、レーザ光の光線の数を増やした変形例を示す模式図である。図9(a)、(b)は、レーザ光の照射領域を可変に制御するようにした変形例を示す模式図である。図10(a)は、溶融金属の温度分布を示す分布図である。図7(a)〜(c)、図8(a)、(b)、図9(a)、(b)の各図には、母材表面におけるレーザ光のスポットの平面形状と、スポット内の溶接方向の光強度の分布とを図示している。
【0059】
一般にレーザ光源として、レーザ光の光軸に直交する面内におけるスポット形状が円形であり光強度の分布がガウス分布であるものが知られている。
図7(a)に示す変形例1では、レーザ光のスポットS1の平面形状が略円形になっている。スポットS1の強度分布は、ガウス分布よりも半値半幅が大きくなっており、光強度のピーク周りでブロードな分布になっている。このようにすれば、レーザ光の照射領域における入熱を均一化することができる。
【0060】
図7(b)に示す変形例2では、レーザ光のスポットS2の平面形状が、溶接方向を長軸とする略楕円形になっている。このようにすれば、同じ出力のレーザ光間で比較したときに、溶接方向での加熱時間を増やすことができ、焼入れ効果を軽減し、あるいは焼戻し効果を高めるように、焼入れの温度範囲あるいは焼戻しの温度範囲に熱影響部が滞在する時間を長くすることができる。
【0061】
図7(c)に示す変形例3では、レーザ光のスポットS3は、溶接方向に並ぶ2つのスポットに分かれており、各々スポットの平面形状が、略円形になっている。スポットS3の強度分布は、光軸を挟んで2つの光強度のピークを有している。このようにすれば、端的には1つレーザ光によって焼入れ期間を長くするとともに、焼戻しすることができる。
レーザ光のスポットの平面形状や強度分布については、変形例1〜3以外にも、所望の温度履歴が得られるように適宜変形可能である。
【0062】
図8(a)に示す変形例4では、独立した2つのレーザ光を用いており、2つのスポットS4a、S4bが互いに一部を重ね合わされて配置されている。スポットS4a、S4bの全体としての強度分布は、光強度のピーク周りでブロードな分布になっている。このようにすれば、レーザ光の照射領域における入熱を均一化することができる。
図8(b)に示す変形例5では、独立した3つのレーザ光を用いており、3つのスポットS5a、S5b、S5cが互いに一部を重ね合わされて配置されている。
レーザ光の数としては、変形例4、5以外にも所望の温度履歴が得られるように適宜変形可能である。
【0063】
図9(a)に示す変形例6では、1つのレーザ光を用いており、スポットS6が溶接方向に移動するようにレーザ光を走査している。走査周期で時間平均した光強度の分布は、溶接方向にブロードな分布になる。このようにすれば、レーザ光の照射領域の面積を確保しつつレーザ光源の数を減らすことや、レーザ光の照射領域を広げることができる。
【0064】
図9(b)に示す変形例7では、1つのレーザ光を用いており、スポットS7が溶接方向に蛇行して移動するようにレーザ光を走査している。走査周期で時間平均した光強度の分布は、溶接方向および幅方向にブロードな分布になる。このようにすれば、レーザ光の照射領域の面積を確保しつつレーザ光源の数を減らすことや、レーザ光の照射領域を広げることができる。
【0065】
図10に示す変形例8では、溶接部の一部を溶融するように加熱可能な第1スポットと、溶融した溶融部の一部に対して溶接方向の後方の部分を溶融しないように加熱可能な第2スポットとを有するレーザ光を用いて、レーザ照射を行っている。図10に示すように、第1スポットが照射された溶融加熱部は、第2スポットが照射された非溶融加熱部よりも温度が高くなっている。ここでは、第2スポットの照射領域は、第1スポットの照射領域よりも広範囲にわたっている。このようなレーザ光は、例えば変形例1〜7の2以上を組み合わせることで、実現することができる。このようにすれば、第2スポットが照射されている領域の熱影響部が、焼戻しの温度範囲に保持される時間を延ばすことができ、熱影響部を効果的に焼戻しすることができる。
【符号の説明】
【0066】
1・・・溶接装置、2・・・溶接手段、3・・・補助加熱手段、4・・・母材、5・・・制御部、6・・・トーチ移動機構、7・・・ヘッド移動機構、20・・・溶接トーチ、21・・・溶接電源、22・・・電極、23・・・アーク、24・・・溶接ワイヤ、30・・・レーザ光源、31・・・光学ヘッド、32・・・光学素子群、33・・・ミラー、34・・・レーザ光、35・・・第2の溶接ワイヤ、40・・・溶接部、41・・・溶融池、42・・・溶接金属

【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材を溶接する溶接処理と、
前記溶接処理で溶接された溶接部の熱影響部の温度が焼戻しの温度範囲未満となった後に、前記溶接部に前記溶接処理とは別に溶接が施されていない段階で、前記熱影響部をレーザ照射によって焼戻しの温度範囲に加熱する加熱処理と、を有することを特徴とする溶接方法。
【請求項2】
前記溶接処理された溶接部に前記加熱処理を施した後に、前記溶接部の上に溶接を施す第2溶接処理を有し、
前記第2溶接処理は、前記溶接処理で溶接された溶接部の熱影響部が焼戻しの温度範囲内に加熱されるように行われることを特徴とする請求項1に記載の溶接方法。
【請求項3】
前記溶接処理では、所定の溶接方向に沿って溶接が行われ、
前記加熱処理は、前記溶接処理で溶接された箇所を前記溶接方向の後方から追跡して加熱するように、該溶接処理と並行して行われることを特徴とする請求項1又は2に記載の溶接方法。
【請求項4】
前記加熱処理の前記レーザ照射は、前記溶接部が溶融するように行われることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の溶接方法。
【請求項5】
前記加熱処理の前記レーザ照射は、前記溶接部に溶接ワイヤを供給しながら行われることを特徴とする請求項4に記載の溶接方法。
【請求項6】
前記溶接処理では、所定の溶接方向に沿って溶接が行われ、
前記加熱処理で照射されるレーザ光は、前記溶接部の一部を溶融するように加熱可能な第1スポットと、前記一部に対して前記溶接方向の後方の部分を溶融しないように加熱可能な第2スポットとを有することを特徴とする請求項4又は5に記載の溶接方法。
【請求項7】
前記溶接処理は、アークを熱源として行われることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の溶接方法。
【請求項8】
母材を加熱する加熱手段を含んだ溶接手段と、
前記溶接手段の溶接方向の後方に配置され、前記溶接手段に溶接された溶接部の熱影響部の温度が焼戻しの温度範囲未満となった後に前記熱影響部を焼戻しの温度範囲にレーザ照射によって加熱するように、前記溶接手段に対する相対位置が制御される補助加熱手段と、を備えていることを特徴とする溶接装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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