説明

溶接方法

【課題】狭開先溶接の溶接割れや機械特性劣化を簡易な手段で防止する溶接方法を提供する。
【解決手段】所定条件で行われる溶接において母材にできる溶融池の固有振動数よりも小さい加振振動数、好ましくは20Hz以下、更に好ましくは1〜5Hzの振動数の振動を、偏心モータ等の機械的な振動を発生する装置によって母材に与えながら、母材を溶接する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は溶接方法に関する。本発明は特に、狭開先を溶接するのに適した溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
狭開先溶接においては、開先底部の融合不良、ビード止端部の濡れ不良、溶接金属中央部(最終凝固部)の溶接割れ・機械特性劣化等の問題が発生しやすい。品質の良い狭開先溶接を可能にする技術が求められている。
【0003】
特許文献1には、溶接によって発生する残留応力やひずみを低減することを目的として、例えば62.5Hzの振動数で被溶接部材を加振機によって振動させ、その加振機を溶接機に連動して移動させながら溶接する装置及び方法が開示されている。
【0004】
非特許文献1には、磁気撹拌を伴うTIG溶接における磁場周波数と結晶粒の微細化の関係について記載されている。
【0005】
非特許文献2には、パルスティグ溶接においてビード形成や凝固組織におよぼすパルス周波数の影響に関する実験が記載されている。
【0006】
非特許文献3には、電磁撹拌を伴うTIG溶接において、交番磁場周波数と結晶粒の微細化の関係に関する実験が記載されている。
【特許文献1】特開平7‐284923号公報
【非特許文献1】大前堯ほか;溶接学会論文集第3巻第1号(1985)
【非特許文献2】渡辺健彦ほか;溶接学会論文集第5巻第1号(1987)
【非特許文献3】渡辺健彦ほか;溶接学会論文集第6巻第1号(1988)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、狭開先溶接の溶接割れや機械特性劣化を簡易な手段で防止する溶接方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
以下に、[発明を実施するための最良の形態]で使用される番号を括弧付きで用いて、課題を解決するための手段を説明する。これらの番号は、[特許請求の範囲]の記載と[発明を実施するための最良の形態]との対応関係を明らかにするために付加されたものである。ただし、それらの番号を、[特許請求の範囲]に記載されている発明の技術的範囲の解釈に用いてはならない。
【0009】
本発明による溶接方法は、所定条件で行われる溶接において母材(2)に生成される溶融池の固有振動数よりも小さい加振振動数で母材(2)に加振する加振ステップと、所定条件で母材を溶接するステップとを備える。
【0010】
本発明による溶接方法において、加振振動数は20Hz以下である。
【0011】
本発明による溶接方法において、加振振動数は1Hz以上5Hz以下である。
【0012】
本発明による溶接方法における加振ステップにおいて、母材(2)は偏心モータ(4)によって加振される。
【0013】
本発明による溶接方法は、防振用のゴム(8)を介して母材(2)を固定面(6)に固定するステップを備える。偏心モータ(4)は母材(2)に接続される。
【0014】
本発明による溶接方法は、偏心モータ(4)を台(6)に設置するステップと、防振用のゴム(8)を介して台(6)を固定面に設置するステップと、台(6)に母材(2)を設置するステップとを備える。
【0015】
本発明による溶接方法において、台(6)は、母材(2)の開先(3)を挟む第1領域(2‐1)と第2領域(2‐2)とを共に含む下面を面接触によって支持する。
【0016】
本発明による溶接方法は、固有振動数よりも大きい加振振動数で母材に加振する第2加振ステップを備える。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、狭開先溶接の溶接割れや機械特性劣化を簡易な手段で防止する溶接方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、図面を参照しながら本発明による溶接方法を実施するための最良の形態について説明する。図1は、実施の第1形態を説明するための図であり、表面が水平となるように設置された母材2を側面から見た図である。台6が大地に対して固定される。台6の上側には防振ゴム8が設置される。防振ゴム8の上側には母材2が設置される。母材2は狭開先を有しており、狭開先が上側に向けられた状態で設置される。母材2には治具10を介して加振機4が設置される。加振機4は、例えばアンバランスモータ(偏心モータ)である。加振機4は、溶融池の固有振動数よりも小さい振動数の振動を母材2に与える。
【0019】
母材2の狭開先に対してアーク溶接等の方法により溶接が施される。母材2のアークが照射されている部分に溶融池ができる。溶接が施されている間、加振機4のスイッチがオンにされ、加振機4により母材2に振動が与えられる。その振動の振動数は、溶融池の固有振動数よりも小さい。母材2の振動は防振ゴム8に吸収されて減衰し、台6にはほとんど伝わらない。これにより、母材2が振動により台に対してずれることが防止される。
【0020】
溶融池が振動することにより、溶融金属の流動性が高くなる。これにより、以下の効果が得られる。
(1)開先底部の溶込みが安定して得られる。
(2)ビード止端部の濡れ性が向上する。
(3)凝固時の結晶成長方向が多方向化し、最終凝固部での溶接割れを防止できる。
(4)凝固組織が微細化し機械特性が向上する。
こうした効果により、良好な狭開先溶接が可能となる。特に加振機が発生する振動数が溶融池の固有振動数よりも小さいと、こうした効果が高い。
【0021】
溶融池の固有振動数、あるいは共振周波数は、溶融池の径と深さ、表面張力、重力の関数である。溶融池の径と深さは、溶接方法(MAG、MIG、TIG、SMAW、SAW、レーザ、電子ビーム等)と溶接条件(電流、電圧、速度、トーチのオシレート等)に依存する。表面張力は溶融金属の温度、ワイヤの材料、母材の材料に依存する。溶融金属の温度は溶接方法、溶接条件に依存する。溶融池の固有振動数はこうした条件により変化するが、概ね50Hzの近傍である場合が多い。そのため、加振機が発生する振動の周波数は50Hzよりも小さく設定される。更に、上記の諸条件が異なる場合の固有振動数のずれ、及び共振ピークの幅を考慮すると、加振機が発生する振動の周波数を20Hz以下に設定することにより、簡便に溶融池の固有振動数よりも小さい振動数の振動を与える溶接方法を実施できる。
【0022】
非特許文献1によれば、磁気撹拌を伴うTIG溶接において、アルミニウム合金では磁場強度100〜300ガウス、磁場周波数5〜10Hzで、ステンレス鋼では磁場強度200〜300ガウス、磁場周波数1〜5Hzで、結晶粒の顕著な微細化が確認されている。このデータから推測して、本実施の形態における加振機による機械的な振動も、10Hz以下の振動数で溶接金属の結晶粒径が微細化することが期待できる。
【0023】
非特許文献2の、特にFig.5とその説明によれば、パルスティグ溶接において、パルス電流の周波数が1Hzから5Hzの間で、溶接金属の平均結晶粒径が顕著に小さくなっている。このデータを援用して、本実施の形態における加振機による機械的な振動は、好ましくは1Hzから5Hzの振動数に設定される。
【0024】
さらに、非特許文献3によれば、電磁撹拌を伴うTIG溶接において、磁場周波数0.5〜1Hzで結晶粒径の微細化が確認されている。こうした各種文献のデータから、溶融池に対して10Hz以下、1Hz前後〜数Hz程度の振動数を加えることによって結晶粒径の微細化が期待できる。従って加振機4は、20Hz以下、好ましくは10Hz以下、更に好ましくは1Hz〜5Hzの振動数の振動を母材2に与えるものが選択される。
【0025】
母材2に加振機4を取り付けて振動を与えることにより、パルスティグ溶接、電磁撹拌等の機能を備えていない溶接機に対しても簡易に本実施の形態の溶接方法を実施することができる。更に、加振が機械的な手段(偏心モータ等)によって行われることにより、非特許文献1〜3等に記載の技術と比べて、加振の方向(開先の延長方向、開先の幅方向、母材表面に垂直な方向など)を所望の方向に設定することが容易であり、加振条件の設定の自由度が大きい。本実施の形態のように加振機4と母材2とが防振ゴム8によって台6から振動において分離されて一体的に振動することにより、こうした加振条件の制御が容易に行われる。
【0026】
図2は、母材2を上方から見た図である。母材2は開先3を挟んで第1領域2‐1と第2領域2‐2とを有する。防振ゴム8が備える少なくとも1つの上面は、第1領域2‐1と第2領域2‐2とを共に含む母材2の下面を面接触により支持することが好ましい。これにより、第1領域2‐1と第2領域2‐2とが片持ち支持にならず、開先の形状が安定する。その結果、溶融池の不規則な振動が低減し、上記の加振機の振動による効果がより確実に得られる。
【0027】
図3は、実施の第2形態を説明するための図である。台6は、防振ゴム8を介して大地に対して固定される。台6には加振機4が設置される。台6の上面に母材2が狭開先を上方に向けて設置される。加振機4は、実施の第1形態と同じものである。台6の上面は、実施の第1形態における防振ゴム8と同じように、第1領域2‐1と第2領域2‐2とを共に含む母材2の下面を面接触により支持することが好ましい。
【0028】
溶接が施されるとき、加振機4のスイッチがオンにされ、加振機4により台6に振動が与えられる。台6の振動は母材2に伝達される。母材2にできた溶融池が固有振動数よりも小さい振動数で揺すられる。こうした構成によれば、加振機4を母材2に取り付ける工程無しに、実施の第1形態と同様の効果が得られる。そのため、多くの母材2を次々に台6に載せて溶接する作業に適している。
【0029】
図4は、実施の第3形態を説明するための図である。本実施の形態においては、実施の第1形態の構成に加えて、第2加振機5が治具10を介して母材2に取り付けられている。第2加振機5は、加振機4よりも振動数が大きい振動を母材2に与える。その振動数は、溶融池の固有振動数よりも大きい。溶接が施されるとき、加振機4によって溶融池の固有振動数よりも振動数が小さい振動が与えられると共に、第2加振機によって溶融池の固有振動数よりも振動数が大きい振動が与えられる。これにより、実施の第1形態と同じ効果に加えて、固有振動数よりも大きい振動が加えられることにより、溶接後の残留応力が低減する効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】図1は、実施の第1形態を説明するための側面図である。
【図2】図2は、実施の第1形態を説明するための上面図である。
【図3】図3は、実施の第2形態を説明するための側面図である。
【図4】図4は、実施の第3形態を説明するための側面図である。
【符号の説明】
【0031】
2…母材
4…加振機
5…第2加振機
6…台
8…防振ゴム
10…治具

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定条件で行われる溶接において母材に生成される溶融池の固有振動数よりも小さい加振振動数で前記母材に加振する加振ステップと、
前記所定条件で前記母材を溶接するステップ
とを具備する
溶接方法。
【請求項2】
請求項1に記載された溶接方法であって、
前記加振振動数は20Hz以下である
溶接方法。
【請求項3】
請求項2に記載された溶接方法であって、
前記加振振動数は1Hz以上5Hz以下である
溶接方法。
【請求項4】
請求項1乃至3に記載された溶接方法であって、
前記加振ステップにおいて、前記母材は偏心モータによって加振される
溶接方法。
【請求項5】
請求項4に記載された溶接方法であって、
更に、防振用のゴムを介して前記母材を固定面に固定するステップ
を具備し、
前記偏心モータは前記母材に接続される
溶接方法。
【請求項6】
請求項4に記載された溶接方法であって、
更に、前記偏心モータを台に設置するステップと、
防振用のゴムを介して前記台を固定面に設置するステップと、
前記台に前記母材を設置するステップ
とを具備する
溶接方法。
【請求項7】
請求項6に記載された溶接方法であって、
前記台は、前記母材の開先を挟む第1領域と第2領域とを共に含む下面を面接触によって支持する
溶接方法。
【請求項8】
請求項1乃至7に記載された溶接方法であって、
更に、前記固有振動数よりも大きい加振振動数で前記母材に加振する第2加振ステップ
を具備する
溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−152399(P2007−152399A)
【公開日】平成19年6月21日(2007.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−351489(P2005−351489)
【出願日】平成17年12月6日(2005.12.6)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【Fターム(参考)】