説明

滑膜細胞および細切軟骨片の軟骨修復における使用

【課題】軟骨欠損の処置に適用される自家培養軟骨細胞移植術の問題点を解消し、該処置に有効な組成物および方法を提供すること。
【解決手段】滑膜細胞および細切軟骨片を含有する組成物の軟骨修復処置における使用、滑膜細胞および細切軟骨片を含有する軟骨修復用組成物、並びに次の工程(1)から(3)を含む軟骨修復のための処置方法:(1)軟骨修復処置を要する対象から採取された滑膜より滑膜細胞を調製する工程;(2)軟骨修復処置を要する対象から採取された軟骨を細切する工程;および(3)前記調製された滑膜細胞および前記細切軟骨片を同時に、軟骨修復処置を要する部位に充填する工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟骨修復のための処置方法および組成物に関する。より詳しくは、本発明は、滑膜細胞および細切軟骨片の軟骨修復処置における使用に関する。また本発明は、滑膜細胞および細切軟骨片を含有する軟骨修復用組成物に関する。さらに本発明は、滑膜細胞および細切軟骨片を同時に軟骨修復処置を要する部位に充填する工程を含む、軟骨修復のための処置方法に関する。
【背景技術】
【0002】
軟骨組織は、血流が乏しく、また、細胞分裂能が低いなどの理由で組織修復能力が乏しいため、外傷による軟骨欠損、関節リウマチなどの関節炎、あるいは変形性関節症などにより軟骨組織に変性、破壊、欠損が生じると生理的な治癒はきわめて困難である。部分欠損の場合、欠損した周囲の軟骨細胞が増殖するが、この反応はわずかであり充分には修復されない。全層欠損の場合は骨髄から生じた出血により骨髄中の軟骨前駆細胞が損傷部に遊走し、そこで軟骨細胞へ分化し、周囲に軟骨基質を産生することにより欠損部が修復されることがある。しかし、このような再生軟骨は線維軟骨であり、正常軟骨のような硝子軟骨ではない。さらに、広範囲な全層欠損では欠損部位全体は軟骨基質で満たされない。
【0003】
そこで、関節軟骨などの軟骨の欠損の治療には、骨髄刺激法、骨軟骨移植法、人工関節置換術などが採用されてきた。骨髄刺激法は、骨髄から出血を生じさせることにより軟骨前駆細胞およびその成長因子を損傷部位に供給し、該細胞から分化する軟骨細胞により軟骨修復を促進する方法である。本方法は、簡便であり侵襲も少ないことから広く行われる方法であるが、再生されるのは正常軟骨のような硝子軟骨ではなく、線維軟骨であるという問題を有する。骨軟骨移植法は、骨膜などの軟骨以外の組織を移植する方法であり、同種骨軟骨移植法および自家骨軟骨移植法に分けられる。同種骨軟骨移植法では、供給される骨軟骨からの感染症の問題があり、自家骨軟骨移植法では、採取できる骨軟骨片に限りがあることや、採取により正常軟骨部位に欠損部が生じるという問題があり、さらに移植後に移植軟骨の層状剥離が生じる場合がある。
【0004】
このような背景から、自家培養軟骨細胞移植術(Autologous chondrocytes implantation;以下、ACIと略称することがある)が開発され臨床応用されている(非特許文献1)。ACIは、自家軟骨片を軟骨欠損部に近接する正常軟骨や他の部位の正常軟骨から採取し、該軟骨片から軟骨細胞を単離後、インビトロ(in vitro)で培養して増殖させた軟骨細胞を、適当な基質と共に軟骨欠損部に移植する方法である。ACIは、大きな損傷にも対応でき、さらに、再生される軟骨は正常軟骨のような硝子軟骨であるという利点を有する。また、自己細胞移植であるため免疫反応および感染症の問題はなく、そのため臨床応用が容易であって治療成績が良い。一方、ACIは、体外で細胞培養を行うため、自己軟骨組織採取のための手術と軟骨細胞移植手術という2回の手術(以下、2期的手術と称する)を行う必要があり、そのため多大な費用や時間がかかるという問題を有する。また、軟骨に存在する軟骨細胞は少数であるため、利用細胞数に限界があるという問題がある。
【0005】
一方、採取した軟骨片を細切して得られる細切軟骨片を培養せずにそのまま軟骨欠損部に移植することにより、軟骨が再生されたことがマウスを用いた実験系で報告されている(非特許文献2)。この方法では、軟骨細片を培養せずにそのまま移植するため、1回の手術(以下、1期的手術と称する)で移植可能である。しかし、この方法では、正常自家軟骨組織の採取には限界があり、培養により細胞数を増やすこともできないことから、修復可能な軟骨欠損の大きさはACIよりもさらに限られる。
【0006】
また、ACIの問題点である利用できる軟骨細胞数に限界があるという問題を解消するために、滑膜組織や、滑膜組織に存在する軟骨前駆細胞を軟骨修復に利用する試みが近年なされている(特許文献1)。関節内組織である滑膜組織には軟骨分化能を有する細胞が存在するとされ(非特許文献3)、滑膜組織由来の幹細胞が関節液内に存在し、組織修復に関与しているとする報告もある(非特許文献4)。これら滑膜組織由来幹細胞・軟骨前駆細胞は、骨髄由来幹細胞、脂肪組織由来幹細胞、筋肉組織由来幹細胞、靭帯細胞由来幹細胞などの間葉系組織由来の幹細胞と比較して、軟骨分化能に最も優れているという報告もある(非特許文献4)。さらに、間葉系幹細胞や軟骨前駆細胞、並びに、滑膜組織が軟骨分化するにあたり、形質転換成長因子(Transforming Growth Factor;TGF)や、骨形成タンパク質(Bone Morphogenic Protein;BMP)などの各種成長因子による刺激の他に、細胞外器質などの細胞周囲の微小環境が影響を及ぼしている可能性も示唆されており(非特許文献5)、軟骨細胞が産生する因子や軟骨細胞自体が幹細胞の軟骨分化を促進するという報告がある(非特許文献3、6、7および8)。
【0007】
滑膜組織を用いた軟骨修復の試みとして、滑膜組織を分離せずそのままゲルに包埋して培養(explant culture)またはヌードマウス皮下に移植することにより、滑膜組織内の滑膜細胞が軟骨に分化したことが報告されている(非特許文献3および6)。
【0008】
また、滑膜由来間葉系幹細胞を用いた軟骨修復の試みとして、分離培養した滑膜細胞から試験管内で軟骨様組織を作製して移植することにより、正常軟骨を採取することなく軟骨修復が可能なことが動物実験により報告されている(非特許文献9)。
【0009】
しかし、滑膜由来間葉系幹細胞を用いた軟骨移植法では、自家滑膜組織から多くの細胞が得られるが、細胞の培養期間に軟骨への分化を促進させる目的で種々の増殖因子や特殊な培養法が必要となるため、培養に要する費用と時間はACIよりもさらに増大する。また、ACIの問題点の1つである2期的手術を回避することはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特表2005-500085号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】ブリットバーグ(Brittberg M.)ら、「ザ ニュー イングランド ジャーナル オブ メディシン(The New England Journal of Medicine)」、1994年、第331巻、p.889-895。
【非特許文献2】ルー(Lu Y.)ら、「ジャーナル オブ オルソペディック リサーチ(Journal of Orthopaedic Research)」、2006年、第24巻、第6巻、p.1261-1270。
【非特許文献3】ニシムラ(Nishimura K.)ら、「アルスライティス アンド リウマチズム(Arthritis & Rheumatism)」、1999年、第42巻、第12号、p.2631-2637。
【非特許文献4】サカグチ(Sakabuchi Y.)ら、「アルスライティス アンド リウマチズム(Arthritis & Rheumatism)」、2005年、第52巻、第8号、p.2521-2529。
【非特許文献5】グラッセル(Grassel S.)ら、「フロンティアズ イン バイオサイエンス(Frontiers in Bioscience)」、2007年、第12巻、p.4946-4956。
【非特許文献6】シンタニ(Shintani N.)ら、「アルスライティス アンド リウマチズム(Arthritis & Rheumatism)」、2007年、第56巻、第6号、p.1869-1879。
【非特許文献7】ビ(Bi W.)ら、「ネイチャー ジェネティクス(Nature Genetics)」、1999年、第22巻、p.85-89。
【非特許文献8】リチャードソン(Richardson S. M.)ら、「ステム セルズ(Stem Cells)」、2006年、第24巻、p.707-716。
【非特許文献9】アンドウ(Ando W.)ら、「バイオマテリアルズ(Biomaterials)」、2007年、第28巻、第36号、p.5462-5470。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の課題は、軟骨欠損の処置に適用される自家培養軟骨細胞移植術の問題点を解消し、該処置に有効な方法および組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を行い、そして、細切軟骨片と非培養分離滑膜細胞の同時移植により、滑膜細胞による軟骨様組織形成が促進されることを見出し、本発明を達成した。
【0014】
即ち、本発明は以下に関する。
1.滑膜細胞および細切軟骨片の軟骨修復処置における使用、
2.前記滑膜細胞が軟骨修復を要する対象から採取された滑膜より調製された滑膜細胞である、上記の滑膜細胞および細切軟骨片の軟骨修復処置における使用、
3.前記細切軟骨片が軟骨修復を要する対象から採取された軟骨を細切することにより調製された細切軟骨片である、上記の滑膜細胞および細切軟骨片の軟骨修復処置における使用、
4.前記滑膜細胞および前記細切軟骨片が支持体に担持された滑膜細胞および細切軟骨片である、上記いずれかの滑膜細胞および細切軟骨片の軟骨修復処置における使用、
5.下記工程(1)から(3)を含む軟骨修復のための処置方法:
(1)軟骨修復処置を要する対象から採取された滑膜より滑膜細胞を調製する工程;
(2)軟骨修復処置を要する対象から採取された軟骨を細切する工程;
および
(3)前記調製された滑膜細胞および前記細切軟骨片を同時に、軟骨修復処置を要する部位に充填する工程、
6.前記調製された滑膜細胞および前記細切軟骨片を同時に、軟骨修復処置を要する部位に充填する工程の前に、前記調製された滑膜細胞および前記細切軟骨片を支持体に担持させる工程をさらに含む上記処置方法、
7.滑膜細胞および細切軟骨片を含有する軟骨修復用組成物、
8.前記滑膜細胞が軟骨修復を要する対象から採取された滑膜より調製された滑膜細胞である上記軟骨修復用組成物、
9.前記細切軟骨片が軟骨修復を要する対象から採取された軟骨を細切することにより調製された細切軟骨片である上記軟骨修復用組成物、
10.前記滑膜細胞および前記細切軟骨片が支持体に担持された滑膜細胞および細切軟骨片である上記いずれかの軟骨修復用組成物。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、滑膜細胞および細切軟骨片の軟骨修復処置における使用を提供できる。
【0016】
本発明によればまた、滑膜細胞および細切軟骨片を同時に軟骨修復処置を要する部位に充填する工程を含む、軟骨修復のための処置方法を提供できる。
【0017】
さらに本発明によれば、滑膜細胞および細切軟骨片を含有する軟骨修復用組成物を提供できる。
【0018】
本発明によれば、滑膜細胞と細切軟骨片との共存により、滑膜細胞の軟骨分化が促進される。この効果により、従来滑膜由来細胞を軟骨に分化させるために用いられていた増殖因子や特殊な培養器具を使用することなく、より確実に滑膜細胞を軟骨に分化させることが可能になる。そのため、軟骨修復用組成物を作製する際に必要な費用と時間を大きく減少させることができる。
【0019】
また、本発明により、分離した滑膜細胞を体外で培養することなく、細切軟骨片と混合して直ちに移植することが可能になるため、従来2期的手術が必要であった軟骨移植術を1期的手術で行うことができる。これにより、従来の軟骨欠損の治療方法と比較して、患者の負担が大きく軽減される。さらに、本発明は、ACIや細切軟骨組織片のみの移植では対応しきれない大きな軟骨欠損の治療にも応用可能であり、軟骨欠損の治療の適用を広げることができる。
【0020】
このように、本発明は従来の軟骨欠損治療方法の問題点を解消するものであり、軟骨修復に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】滑膜細胞と細切軟骨片とを同時移植すると、滑膜細胞のみを移植したときと比較して、移植後の滑膜細胞のDNA含有量が増加したことを示す図である。図中、SCは滑膜細胞のみを移植した移植片を、AC+SCは滑膜細胞と細切軟骨片とを同時移植した移植片のうち滑膜細胞部分を、ACは滑膜細胞と細切軟骨片とを同時移植した移植片のうち細切軟骨片部分(陽性コントロール;Positive Control)を、No Cellsは滑膜細胞および細切軟骨片を移植せずフィブリンゲルのみを移植した移植片(陰性コントロール;Negative Control)を意味する。*は、P<0.05で有意差が認められたことを示す。DNA含有量の測定は、移植後、1週間目(first week)および2週間目(second week)に行った。(実施例1)
【図2−A】滑膜細胞と細切軟骨片とを同時移植すると、滑膜細胞のみを移植したときと比較して、移植後の移植片のプロテオグリカン含有量が増加したことを示す図である。プロテオグリカンは軟骨分化の指標である。プロテオグリカン含有量は移植片の重量1μg当りに対する重量に換算して示した。図中、SCは滑膜細胞のみを移植した移植片を、AC+SCは滑膜細胞と細切軟骨片とを同時移植した移植片のうち滑膜細胞部分を、ACは滑膜細胞と細切軟骨片とを同時移植した移植片のうち細切軟骨片部分(陽性コントロール;Positive Control)を、No Cellsは滑膜細胞および細切軟骨片を移植せずフィブリンゲルのみを移植した移植片(陰性コントロール;Negative Control)を意味する。NDは、プロテオグリカンが検出されなかったことを示す。*は、P<0.05で有意差が認められたことを示す。プロテオグリカン含有量の測定は、移植後、1週間目(first week)および2週間目(second week)に行った。(実施例1)
【図2−B】滑膜細胞と細切軟骨片とを同時移植すると、滑膜細胞のみを移植したときと比較して、移植後の移植片のプロテオグリカン含有量が増加したことを示す図である。プロテオグリカンは軟骨分化の指標である。プロテオグリカン含有量は移植片のDNA含有量1μg当りに対する重量に換算して示した。図中、SCは滑膜細胞のみを移植した移植片を、AC+SCは滑膜細胞と細切軟骨片とを同時移植した移植片のうち滑膜細胞部分を、ACは滑膜細胞と細切軟骨片とを同時移植した移植片のうち細切軟骨片部分(陽性コントロール;Positive Control)を、No Cellsは滑膜細胞および細切軟骨片を移植せずフィブリンゲルのみを移植した移植片(陰性コントロール;Negative Control)を意味する。NDは、プロテオグリカンが検出されなかったことを示す。プロテオグリカン含有量の測定は、移植後、1週間目(first week)および2週間目(second week)に行った。(実施例1)
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明は、滑膜細胞および細切軟骨片の軟骨修復処置における使用、滑膜細胞および細切軟骨片を同時に軟骨修復処置を要する部位に充填する工程を含む、軟骨修復のための処置方法、並びに、滑膜細胞および細切軟骨片を含有する軟骨修復用組成物に関する。
【0023】
すなわち、本発明は、軟骨修復処置において、滑膜細胞および細切軟骨片を共存させることを特徴とする。滑膜細胞および細切軟骨片を共存させるとは、滑膜細胞集団および細切軟骨片集団を接触可能な状態で存在させることをいう。滑膜細胞集団および細切軟骨片集団の接触は、それら集団の一部における接触であってもよい。軟骨修復処置において滑膜細胞および細切軟骨片を共存させることは、滑膜細胞および細切軟骨片を混合して得られた混合物を軟骨修復を要する部位に充填することによって可能であり、また、滑膜細胞と細切軟骨片とを別々に調製した後にそれらを同時に軟骨修復を要する部位に互いに接触可能なように充填することによって可能である。
【0024】
滑膜細胞とは、滑膜から得られた細胞を意味する。滑膜は関節軟骨表面を除いて関節内部を覆う膜組織であり、滑膜組織には優れた増殖能と多分化能を有する幹細胞が存在することが報告されている(非特許文献3)。本明細書にいう滑膜細胞には、滑膜管壁細胞などの細胞滑膜組織を構成する細胞および幹細胞が含有されている。これら細胞の他、滑膜細胞には、間葉系細胞、線維芽細胞、線維芽細胞様細胞、マクロファージ、脱分化軟骨細胞および滑膜線維芽細胞様細胞を含み得る。
【0025】
滑膜細胞の滑膜からの分離調製は、滑膜細胞を周囲の滑膜組織から解離させ得る公知の方法を用いて実施できる。このような方法として、簡便には滑膜をタンパク質分解酵素で処理する方法が例示できる。タンパク質分解酵素として、好ましくはコラゲナーゼやトリプシン、より好ましくはコラゲナーゼを例示できる。タンパク質分解酵素処理は、周知の方法で実施できるが、具体的には、該酵素を含む溶液に滑膜を浸して、適当な条件下でインキュベーションすることにより実施できる。タンパク質分解酵素処理として、例えば37℃にて1時間インキュベーションする条件を挙げられるが、これに限定されず、滑膜細胞が滑膜から分離し得る条件であればいずれの条件であってもよい。
【0026】
滑膜細胞は幹細胞を有するため、適切な刺激に曝された場合、軟骨細胞へと分化し、さらに軟骨へ転換し得る。細胞の分化とは、特定の機能を持たない細胞であって、特定の機能を有する細胞に成熟し得る細胞が、特定の機能を有する細胞に成熟することをいう。特定の機能を持たない細胞であって、特定の機能を有する細胞に成熟し得る細胞を未分化細胞と称することがある。細胞の分化には、細胞の成熟度によって段階があり、未分化細胞の段階から、特定の機能を有する細胞に成熟するように運命付けられているが未だ機能を有さない前駆細胞と呼ばれる段階、さらに特定の機能を有する成熟細胞の段階へと分化する。
【0027】
軟骨への幹細胞の分化の促進には、軟骨細胞が産生する因子、例えばSox9や、軟骨細胞自体が関与することが報告されている(非特許文献7および8)。また、間葉系幹細胞や軟骨前駆細胞が軟骨分化するにあたり、TGFやBMPなどの各種成長因子による刺激の他に、細胞外器質などの細胞周囲の微小環境が影響を及ぼしている可能性も示唆されている(非特許文献5)。
【0028】
軟骨とは、豊富な細胞外基質とその中に点在する軟骨細胞を特徴とする結合組織をいう。軟骨における細胞外基質を軟骨基質という。軟骨基質の主成分は、コラーゲン、並びに、コンドロイチン硫酸、ケラタン硫酸プロテオグリカンおよびデルマタン硫酸プロテオグリカンなどのプロテオグリカンである。コンドロイチン硫酸は大量の陰電荷を持っているためナトリウムイオンを引きつける性質があり、この時引き付けられるナトリウム水和水のため、軟骨は豊富な水分を含んでいる。軟骨細胞は、軟骨基質の中の軟骨小腔に存在する。軟骨全体は、軟骨膜によって包まれている。血管は軟骨の中には侵入せず、軟骨細胞は、組織液を介した拡散によって酸素や養分を受け取り不要物を排出する。軟骨は、軟骨基質の成分によって、硝子軟骨、線維軟骨、および弾性軟骨などの種類に分けられ、それぞれ力学的特性が異なる。硝子軟骨には、関節面を覆う関節軟骨、気管を潰れないように囲っている気管軟骨、甲状軟骨などが該当し、最も一般的に見られる軟骨である。硝子軟骨は、均質無構造であり、半透明である。また、軟骨性骨化においては、硝子軟骨が骨の大まかな形をつくり、これが骨に置換される。線維軟骨は、椎間円板、恥骨結合、関節半月および関節円板などに見られる。その軟骨基質には、コラーゲンが多く含まれる。固く、強い圧力に耐えることができる。弾性軟骨には、耳介軟骨や、嚥下時に食物が気管に入らないように蓋をする喉頭蓋の軟骨などが該当する。その軟骨基質は、弾性線維を多く含み、硝子軟骨に比べ、弾力がある。
【0029】
細切軟骨片とは、軟骨を細切して得られる小片のことをいう。細切軟骨片は、その大きさが1mm3〜30mm3、好ましくは1mm3〜20mm3、より好ましくは1mm3〜10mm3、さらにより好ましくは1mm3〜5mm3、またさらに好ましくは1mm3〜2mm3、またさらにより好ましくは1mm3程度であることが適当である。その形状は正立方体である必要はなく、前述の大きさを有するものであれば、形状は特に限定されない。軟骨は柔らかい組織であるため、手術用の鋏やメスで容易に細切することができる。
【0030】
滑膜および軟骨は、軟骨修復を要する対象から採取されることが好ましい。滑膜および軟骨は、これらが存在する部位から、従来の骨軟骨移植術や自家培養軟骨細胞移植術において行われていた軟骨採取方法に従って採取される。好ましくは、軟骨修復を要する関節から採取される。軟骨修復を要する関節から滑膜および少量の軟骨を採取し、採取された滑膜および軟骨を材料として滑膜細胞および細切軟骨片を直ちに調製して軟骨修復を要する部位に充填することにより、1期的手術が可能になる。
【0031】
滑膜細胞および細切軟骨片は、滑膜細胞および細切軟骨片とが混合されたけん濁液として使用することができる。滑膜細胞および細切軟骨片とをけん濁する溶液は、ヒトなどの哺乳動物に注入できる液体であればいずれであってもよく、例えば、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)などが挙げられる。
【0032】
滑膜細胞および細切軟骨片は、また、支持体に包埋して使用することができる。支持体として、フィブリンゲル、コラーゲンゲル、およびアルジネートゲルなどを例示できる。好ましくは、軟骨修復を要する対象から得た血漿を用いて調製したフィブリンゲルが、自家組織であるため副作用がなく有用である。フィブリンゲルは、血漿にトロンビンおよびCaCl2を添加することにより調製できる。具体的には、滑膜細胞および細切軟骨片を自家血漿にけん濁し、トロンビンおよびCaCl2を添加することにより、フィブリンゲルに担持された滑膜細胞および細切軟骨片を調製することができる。支持体は上記例示したものに限らず、軟骨修復に有用なものであればいずれを用いることもできる。例えば、コラーゲンシートやヒアルロン酸シートなどの、人工的なまたは天然の生分解性膜を使用することもできる。
【0033】
滑膜細胞および細切軟骨片は、また、別々に調製し、それらを同時に軟骨修復を要する部位に互いに接触可能なように充填することによって使用することができる。滑膜細胞および細切軟骨片は、それぞれけん濁液として調製してもよいし、支持体に担持された状態に調製してもよい。
【0034】
滑膜細胞および細切軟骨片の軟骨修復を要する部位への充填は、自家培養軟骨細胞移植術において行われている細胞移植方法に準じて実施できる。
【0035】
軟骨修復とは、変性、破壊、欠損が生じた軟骨組織において、新たな軟骨組織を形成させることをいう。軟骨修復処置とは、変性、破壊、欠損が生じた軟骨組織において、新たな軟骨組織を形成させる治療をいう。
【0036】
本発明に係る軟骨修復のための処置方法は、滑膜細胞および細切軟骨片を同時に軟骨修復処置を要する部位に充填する工程を含む。より詳しくは、本発明に係る軟骨修復のための処置方法は、次の工程を含む:(1)軟骨修復処置を要する対象から採取された滑膜より滑膜細胞を調製する工程;(2)軟骨修復処置を要する対象から採取された軟骨を細切する工程;および(3)前記調製された滑膜細胞および前記細切軟骨片を同時に、軟骨修復処置を要する部位に充填する工程。
【0037】
滑膜細胞および細切軟骨片を同時に軟骨修復処置を要する部位に充填するとは、滑膜細胞および前記細切軟骨片を混合してけん濁液として軟骨修復処置を要する部位に充填すること、滑膜細胞および細切軟骨片を支持体に担持させて軟骨修復処置を要する部位に充填すること、並びに滑膜細胞および細切軟骨片を別々に調製し、それらを同時に軟骨修復を要する部位に互いに接触可能なように充填することのいずれであってもよい。
【0038】
本発明に係る軟骨修復のための処置方法は、上記工程のほか、上記工程(3)の前に、前記調製された滑膜細胞および前記細切軟骨を支持体に担持させる工程をさらに含むことができる。
【0039】
本発明に係る軟骨修復のための処置方法において滑膜細胞および細切軟骨片を軟骨修復処置を要する部位に充填するときに、さらに、軟骨への幹細胞の分化を促進し得る因子、例えばSox9(非特許文献7)や、軟骨への間葉系幹細胞や軟骨前駆細胞の分化を促進し得る因子、例えばTGFやBMPなどの各種成長因子(非特許文献6)、細切軟骨片内の基質を分解する酵素、例えばコラゲナーゼ、コンドロイチナーゼなどを共に注入することもできる。
【0040】
本発明に係る軟骨修復のための処置方法が適用される対象として、軟骨修復を要する動物、例えば、ヒトや非ヒト哺乳動物を挙げることができる。非ヒト哺乳動物として、ウマ、ウシ、イヌ、ネコ、およびウサギなどを例示できる。
【0041】
本発明に係る軟骨修復用組成物は、滑膜細胞および細切軟骨片を含有することを特徴とする。本軟骨修復用組成物は、滑膜細胞および細切軟骨片を含有するけん濁液として製造されてもよく、また、滑膜細胞および細切軟骨片を支持体に担持させた組成物として製造されてもよい。さらに、本軟骨修復用組成物は滑膜細胞および細切軟骨片のほか、幹細胞、間葉系幹細胞、軟骨前駆細胞の軟骨への分化を促進し得る各種成長因子、例えばSox9(非特許文献7)、TGF、およびBMP(非特許文献6)など、並びに細切軟骨片内の基質を分解する酵素、例えばコラゲナーゼ、コンドロイチナーゼなどを適宜含むことができる。
【0042】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下に示す実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0043】
細切軟骨片と非培養分離滑膜細胞の同時移植による軟骨形成を、白色家兎を用いて検討した。
【0044】
(材料および方法)
1. 滑膜細胞と軟骨の調製および処理
白色家兎は12-14週齢(New Zealand White rabbit、体重:2.0-2.5kg)のものを用い、その膝関節から滑膜と関節軟骨を採取した。採取した滑膜を0.3% コラゲナーゼと共に37℃で1時間インキュベーションすることにより酵素処理し、滑膜細胞を分離した。採取した関節軟骨は1mm×2mm程度の大きさになるように細切して細切軟骨片を得た。また、家兎から採取した血液を2000rpmで15分間遠心分離処理し、血漿を採取した。
【0045】
2. 滑膜細胞と細切軟骨片の移植
分離した滑膜細胞を培養せずに1×106/mlの濃度となるように血漿にけん濁し、その200μlにトロンビンとCaCl2を添加することにより血漿中のフィブリノゲンからフィブリンゲルを形成させ、その上に細切軟骨片を添加した。このように作製した組成物を免疫不全マウス(ヌードマウス)の背部皮下に移植した。また、細切軟骨片を加えず、非培養分離滑膜細胞のみを同様に同一のマウスに移植し、比較対象とした。さらに、滑膜細胞や細切軟骨片を加えずにフィブリンゲルのみを移植したものを陰性コントロールとした。
【0046】
3. 滑膜細胞の軟骨分化の評価
滑膜細胞の軟骨分化の評価は、移植後1週間目および2週間目に移植片を摘出して実施した。組織学的検討は、トルイジンブルー染色およびサフラニン-O染色により実施した。また、移植片のDNA含有量およびプロテオグリカン含有量を測定した。滑膜細胞と細切軟骨片とを移植した移植片は、摘出後、滑膜細胞部分(以下、AC+SCと称することがある)と細切軟骨片部分(以下、ACと称することがある)とを切断分離し、それぞれについて評価を行った。また、非培養分離滑膜細胞のみを移植した移植片(以下、SCと称することがある)、および滑膜細胞や細切軟骨片を加えずにフィブリンゲルのみを移植した移植片(以下、No Cellsと称することがある)は、摘出後、そのまま評価に用いた。トルイジンブルー染色およびサフラニン-O染色は、周知の方法に従って行った。DNA含有量の測定はヘキスト染色法(Hoechst dye法)により、また、プロテオグリカン含有量の測定はDMMB(Dimethylmethylene Blue)法により実施した。これら方法は当業者には周知である。
【0047】
(結果)
1. 組織学的検討
サフラニン-Oでの染色性は、細切軟骨片と滑膜細胞とを同時移植した移植片の滑膜細胞部分(AC+SC)において、滑膜細胞のみを移植した移植片(SC)と比較して、増加していた。また、トルイジンブルーで染色される部位は、AC+SCにおいて、SCと比較して増加していた。このことから、AC+SCでは、軟骨分化の指標であるプロテオグリカンが、SCと比較して増加したことが判明した。
【0048】
2. 移植片中のDNA含有量
滑膜細胞と細切軟骨片とを同時移植すると、滑膜細胞のみを移植したときと比較して、移植後の滑膜細胞のDNA含有量が有意に増加した(図1)。
【0049】
3. 移植片中のプロテオグリカン含有量
滑膜細胞と細切軟骨片とを同時移植すると、滑膜細胞のみを移植したときと比較して、移植後の移植片のプロテオグリカン含有量が増加した(図2-Aおよび図2-B)。プロテオグリカン含有量を移植片の重量1μg当りに対する重量に換算した場合(図2-A)、その増加には有意差が認められた。
【0050】
上記のように、組織学的検討および移植片中のプロテオグリカン含有量の測定の結果、滑膜細胞と細切軟骨片とを同時移植して、移植部位において共存させると、移植後の滑膜細胞の軟骨分化が促進されることが明らかになった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
滑膜細胞および細切軟骨片の軟骨修復処置における使用。
【請求項2】
前記滑膜細胞が軟骨修復を要する対象から採取された滑膜より調製された滑膜細胞である、請求項1に記載の滑膜細胞および細切軟骨片の軟骨修復処置における使用。
【請求項3】
前記細切軟骨片が軟骨修復を要する対象から採取された軟骨を細切することにより調製された細切軟骨片である、請求項1または2に記載の滑膜細胞および細切軟骨片の軟骨修復処置における使用。
【請求項4】
前記滑膜細胞および前記細切軟骨片が支持体に担持された滑膜細胞および細切軟骨片である、請求項1から3のいずれか1項に記載の滑膜細胞および細切軟骨片の軟骨修復処置における使用。
【請求項5】
下記工程を含む軟骨修復のための処置方法:
(1)軟骨修復処置を要する対象から採取された滑膜より滑膜細胞を調製する工程;
(2)軟骨修復処置を要する対象から採取された軟骨を細切する工程;
および
(3)前記調製された滑膜細胞および前記細切軟骨片を同時に、軟骨修復処置を要する部位に充填する工程。
【請求項6】
前記調製された滑膜細胞および前記細切軟骨片を同時に、軟骨修復処置を要する部位に充填する工程の前に、前記調製された滑膜細胞および前記細切軟骨片を支持体に担持させる工程をさらに含む請求項5に記載の処置方法。
【請求項7】
滑膜細胞および細切軟骨片を含有する軟骨修復用組成物。
【請求項8】
前記滑膜細胞が軟骨修復を要する対象から採取された滑膜より調製された滑膜細胞である請求項7に記載の軟骨修復用組成物。
【請求項9】
前記細切軟骨片が軟骨修復を要する対象から採取された軟骨を細切することにより調製された細切軟骨片である請求項7または8に記載の軟骨修復用組成物。
【請求項10】
前記滑膜細胞および前記細切軟骨片が支持体に担持された滑膜細胞および細切軟骨片である請求項7から9のいずれか1項に記載の軟骨修復用組成物。

【図1】
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【図2−A】
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【図2−B】
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【公開番号】特開2010−194031(P2010−194031A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−40841(P2009−40841)
【出願日】平成21年2月24日(2009.2.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年8月25日 社団法人 日本整形外科学会 発行の、「日本整形外科学会雑誌、第82巻、第8号」にて発表、および 平成20年10月23日に、社団法人 日本整形外科学会 主催の、「第23回 日本整形外科学会基礎学術集会」にて公開
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】