説明

潤滑グリース組成物

【課題】超高真空下および200〜300℃の高温下でも良好に使用できる、イオン液体を基油としたグリースを提供すること。
【解決手段】下記成分(a)及び(b)を含有する潤滑グリース組成物。
(a)アニオンが、ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミドであるイオン液体、
(b)増ちょう剤として、下記式(1)で表されるジウレア化合物
R1NH-CO-NH-R2-NH-CO-NH-R3 (1)
(式中のR2は、炭素数6〜15の芳香族系炭化水素基を示す。R1及びR3は、互いに同一でも異なっていてもよく、それぞれ、炭素数6〜12の芳香族系炭化水素基、炭素数6〜12の脂環式炭化水素基、または炭素数8〜20の直鎖アルキル基を示し、R1およびR3中に占める芳香族系炭化水素基の割合は50〜100モル%である。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高真空又は超高真空下や高温下でも使用可能な潤滑剤組成物に関する。詳しくは、宇宙空間(宇宙ステーション)で使用する装置や真空装置、半導体装置(スパッタリング装置)等の0.1Pa以下の高真空又は超高真空下や、難燃性、熱安定性から、通常の有機系潤滑剤では使用できない最高温度が200〜300℃となるような装置又は機械等の高温下で使用可能な潤滑グリース組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高真空又は超高真空下や高温下で使用されるグリースの基油として、イオン液体が着目されている(特許文献1)。
グリースは、潤滑油に比べ、金属に付着し易い、少量で使用できる、漏洩し難い等の点から、転がり軸受の潤滑に適している。グリースは、基油と増ちょう剤とを含有する半固体状の潤滑剤である。増ちょう剤は、基油を保持し、半固体状とする役割を有する。
イオン液体には多くの種類があるが、極性の強いイオン液体の場合、一般的によく使用される増ちょう剤(たとえばリチウム石けん)を含ませても増ちょうせず、半固体状にならない等の短所が見られた。
また、宇宙または高温下で使用されるグリースの基油は非水溶性であること、かつ低温から高温まで適度な動粘度を有することが求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005-154755号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、超高真空下および200〜300℃の高温下でも良好に使用できる、イオン液体を基油としたグリースを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明により、以下のグリース組成物を提供する:
1.下記成分(a)及び(b)を含有する潤滑グリース組成物。
(a)アニオンが、ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミドであるイオン液体、
(b)増ちょう剤として、下記式(1)で表されるジウレア化合物
R1NH-CO-NH-R2-NH-CO-NH-R3 (1)
(式中のR2は、炭素数6〜15の芳香族系炭化水素基を示す。R1及びR3は、互いに同一でも異なっていてもよく、それぞれ、炭素数6〜12の芳香族系炭化水素基、炭素数6〜12の脂環式炭化水素基、または炭素数8〜20の直鎖アルキル基を示し、R1およびR3中に占める芳香族系炭化水素基の割合は50〜100モル%である。)
2.(a)イオン液体のカチオンが、1-(2-メトキシエチル)-1-メチルピロリジニウム又は1-ブチル2,3-ジメチルイミダゾリウムである前記1項に記載の潤滑グリース組成物。
3.(b)増ちょう剤が、R1およびR3中に占める芳香族系炭化水素基の割合が100モル%である式(1)で表されるジウレア化合物である前記1又は2項記載の潤滑グリース組成物。
4.更に、0.1〜5.0質量%の脂肪酸アミン塩を含む前記1〜3のいずれか1項記載の潤滑グリース組成物。
【発明の効果】
【0006】
本発明のグリース組成物は、超高真空下および200〜300℃の高温下でも良好に使用できる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
〔イオン液体〕
本発明のグリース組成物において基油として使用するイオン液体は、常温溶融塩とも呼ばれる、室温で液体となる溶融塩である。本発明で使用するイオン液体はまた、非水溶性である。
本発明で用いるイオン液体は、アニオンがビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド(TFSI)である。このイオン液体は疎水性であり、高温での蒸発量も少ない。一方、後述する実施例において、比較として用いたトリス(ペンタフルオロエチル)トリフルオロホスフェート(FAP)塩は、疎水性だが、高温での蒸発量が多い。なお、蒸発量はTG-DTAを用いて測定できる。
カチオンは、特に限定するものではないが、好ましくは1-(2-メトキシエチル)-1-メチルピロリジニウム、1-ブチル2,3-ジメチルイミダゾリウム及びメチルトリオクチルアンモニウムが挙げられる。より好ましくは1-(2-メトキシエチル)-1-メチルピロリジニウム及び1-ブチル2,3-ジメチルイミダゾリウム、特に好ましくは1-(2-メトキシエチル)-1-メチルピロリジニウムである。
本発明において用いるイオン液体としては、アニオンがビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミドであり、カチオンが1-(2-メトキシエチル)-1-メチルピロリジニウムであるものが最も好ましい。
【0008】
本発明において用いるイオン液体の-20℃における動粘度は、7,000mm2/s未満であるのが好ましい。-40℃における動粘度は、10,000mm2/s未満であるのが好ましい。一般に、宇宙用潤滑剤の使用温度範囲が-20℃〜80℃、好ましくは-40℃〜80℃であるため、-20℃での動粘度が7,000mm2/s未満、-40℃における動粘度が10,000mm2/s未満だと、このような低温下でも使用可能な程度に充分な流動性を有する。尚、現在、-40℃で使用可能な真空用グリースの基油はフッ素油しかない。しかし、フッ素油は、耐放射線性に劣り、基油の分解が認められる。同じく真空用基油として用いられる。アルキルシクロペンタン油(MAC油)は、耐放射線性に優れるが、-40℃では動粘度が高く、使用が難しい。高温では粘度が低くなるため、使用用途の想定上限温度である80℃に余裕を持たせた100℃の動粘度を定めた。クライテリアは、一般的な産業で問題なく使用されている低粘度潤滑油であるポリαオレフィン(低粘度)の値を適用した。100℃の動粘度が4 mm2/s以上であることが好ましい。4 mm2/s未満だと高温で油膜厚さが薄くなり、良好な潤滑状態を保ち難くなるためである。
他方、宇宙での使用を考えた場合、静止軌道上では、α線、β線、γ線等放射線が飛来する。なかでも透過性がもっとも強いγ線は、厚さ1mmのアルミニウム壁でも遮断されることなく通過し、10年間におよそ105Gyの放射線に曝される可能性がある。したがって、γ線照射に対して変化しないグリースが望まれる。本発明のイオン液体を含有するグリースは、γ線照射に対して変化しないので好ましい。
カチオンが1-(2-メトキシエチル)-1-メチルピロリジニウムであるイオン液体は、-40℃においてフッ素油並の動粘度を有し、なおかつ耐放射線性が優れる。
【0009】
〔増ちょう剤〕
本発明における増ちょう剤としては、次の式(1)で表されるジウレア化合物を使用することができる。
R1NH-CO-NH-R2-NH-CO-NH-R3 (1)
式(1)中、R2は、炭素数6〜15の芳香族系炭化水素基を示す。R1及びR3は、互いに同一でも異なっていてもよく、それぞれ、炭素数6〜12の芳香族系炭化水素基、炭素数6〜12の脂環式炭化水素基、または炭素数8〜20の直鎖アルキル基を示し、R1およびR3中に占める芳香族系炭化水素基の割合は50〜100モル%である。
式(1)中のR1およびR3中に占める芳香族系炭化水素基の割合は50〜100モル%、好ましくは75〜100モル%、より好ましくは100モル%である。50モル%未満では、増ちょう剤量がある程度少量では流動状であり、軸受等を潤滑するグリースとして適さない。増ちょう剤量を多くすると基油の比率が高くなり、グリースの攪拌抵抗が高くなるので好ましくない。
増ちょう剤の含有量は、潤滑剤組成物を半固体状にするのに有効な量であり、グリース組成物全体に対して、好ましくは1〜30 質量%、さらに好ましくは5〜30質量%である。増ちょう剤量が多すぎると、グリースが硬くなり撹拌抵抗が大きくなる可能性がある。逆に増ちょう剤量が少なすぎると、グリースが軟化し漏洩する可能性がある。
【0010】
増ちょう剤として用いられる式(1)で表されるジウレア化合物は、通常、ジイソシアネートとモノアミンとを反応させることにより得ることができる。
上記反応後にR2となるジイソシアネートとしては、例えば、2,4-トリレンジイソシアネート、2,6-トリレンジイソシアネート、ジフェニルメタン−4,4’−ジイソシアネート、ナフタレン-1,5-ジイソシアネート等の芳香族イソシアネートおよび、これらの混合物があげられる。ジフェニルメタン−4,4’−ジイソシアネートが特に好ましい。
R1、R3となるモノアミンとしては、例えば、アニリン、ベンジルアミン、トルイジン、クロロアニリン等の芳香族アミン;オクチルアミン、ノニルアミン、デシルアミン、ウンデシルアミン、ドデシルアミン、トリデシルアミン、テトラデシルアミン、ペンタデシルアミン、ヘキサデシルアミン、ヘプタデシルアミン、オクタデシルアミン、ノニルデシルアミン、エイコシルアミン等の直鎖アミン;シクロヘキシルアミン等の脂環式アミン、又はこれらの混合物があげられる。芳香族アミンとしては、トルイジンが好ましい。直鎖アミンとしては、オクチルアミン、デシルアミン、ドデシルアミン、オクタデシルアミンが好ましい。脂環式アミンとしてはシクロヘキシルアミンが好ましい。
【0011】
本発明者らによれば、アニオンがTFSIであるイオン液体を基油とした場合、Li石けんや、脂肪族ジウレアのような末端にアルキル基を持つ一般的な増ちょう剤では増ちょう能力が小さく、末端基、すなわち式(1)中、R1及び/又はR3が芳香族成分の場合、増ちょう能力が大きいことが分かった。如何なる理論にも拘束されるものではないが、これは、Li石けんや、末端にアルキル基を持つ増ちょう剤が、極性が小さい基油には好適であるものの、アニオンがTFSIであるイオン液体は極性が高いため、そのようなイオン液体内では基油を保持するための3次元的網目構造を形成しにくいためと考えられる。
【0012】
〔添加剤〕
本発明の潤滑グリース組成物には、通常の潤滑グリース組成物に一般的に使用されている錆止め剤、酸化防止剤、極圧剤、界面活性剤等の添加剤を添加しても良い。錆止め剤を含有するのが好ましい。
【0013】
〔錆止め剤〕
本発明において使用可能な錆止め剤は、脂肪酸アミン塩である。具体的には、炭素数1〜22、好ましくは1〜20の脂肪酸と、アミンとの塩が挙げられる。脂肪酸は飽和でも不飽和でも良く、更に直鎖でも分岐でも良い。アミンは一級、二級、三級アミンのいずれでも良く、官能基は脂肪族、脂環式、芳香族でも良い。
尚、潤滑剤組成物の錆止め剤として従来用いられている錆止め剤である、スルホネート、脂肪酸アミド、窒素元素を二個以上持つ化合物、コハク酸エステル、コハク酸ハーフエステル、亜硝酸塩、モリブデン酸塩、二塩基酸塩等は、本発明のグリース組成物に含ませた場合、効果が充分ではなく、発錆が認められた。なお、スルホネート、亜硝酸塩、モリブデン酸塩、二塩基酸塩は、イオン液体へ溶解せず、沈降や分離が認められた。
本発明のグリース組成物の全質量に対し、脂肪酸アミン塩防錆剤の含有量は、好ましくは0.05〜5.0質量%、より好ましくは0.1〜1.5質量%である。
【0014】
〔混和ちょう度〕
本発明のグリース組成物の混和ちょう度は、好ましくは220〜385、より好ましくは250〜340である。混和ちょう度が385を上回ると、漏洩しやすい。一方、混和ちょう度が220を下回ると、撹拌抵抗が大きくなる。
【実施例】
【0015】
〔試験グリースの調製〕
表1及び表2に示す成分を用いてグリースを製造し、次に示す方法により物性を評価した。
実施例、比較例1、2
反応容器に、表1及び表2に示すイオン液体の半量と、ジイソシアネート全量とを取り、70〜80℃に加温した。別容器に、イオン液体の残りの半量とモノアミン全量とを取り、70〜80℃に加温し、これを反応容器に加え攪拌した。発熱反応のため、反応物の温度は上昇するが、約30分間この状態で攪拌し続け、反応を充分行なった後、昇温し、155℃〜175℃で30分保持し冷却した。これを3段ロールミルで混練し、目的のグリースを得た。
さらに、実施例2−1,2−3は錆止め剤を加え、3段ロールミルで混練し、目的のグリースを得た。
比較例3、4
反応容器に、表1及び表2に示すイオン液体の全量と、増ちょう剤成分全量とをとり、攪拌しながら、約200〜210℃まで昇温したが、増ちょう剤成分は完全には溶解しなかった。なお、約200〜210℃は、イオン液体ではなく、鉱油等汎用の基油を含む通常のグリースを製造する際に増ちょう剤成分が完全に溶解する温度である。
比較例5
市販MAC油グリース(添加剤入り):NYE社製レオルーブ2000
比較例6
市販フッ素油グリース:ソルベイ社製ブレイコート601EF
【0016】
試験方法
1.基油の低蒸発特性
この試験は、真空下での低蒸気圧性の代替評価である。
TG−DTAにて減量%を測定した。試料量10mg
試験条件:雰囲気 N2,温度 280℃一定にし、減量を測定した。試験時間 10時間
○:減量 22%以下
×:減量 22%超
2.混和ちょう度 JIS K2220.7
3.基油の低温動粘度(-20℃、-40℃) JIS K2283
基油の動粘度(-20℃) ○: 7000mm2/S未満、×:7000mm2/S以上
基油の動粘度(-40℃) ○:10000mm2/S未満、×:10000mm2/S以上
4.基油の耐放射線性
Co60-γ線を105Gy照射後の基油の状態を、赤外分光分析により評価した。
○:状態変化なし(赤外分光分析変化なし)
×:変化あり(分解と思われるガス発生)
5.錆止め性 湿潤試験(JIS K 2246準拠)
SUS440Cステンレス鋼板(60×80×1mm)にサンプルを塗布し試験に供した。温度49℃、湿度95%RH、試験時間14日間
○:合格 発錆なし
×:錆が認められる
6.非水溶性
水1にイオン液体0.1(体積比)を加え、攪拌し、非水溶性であるか否かを目視により判定した。なお、水及びイオン液体の温度はいずれも25℃とした。
○:非水溶性・・水に溶解しない
×:水溶性・・・水に溶解する
【0017】
【表1】

【0018】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記成分(a)及び(b)を含有する潤滑グリース組成物。
(a)アニオンが、ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミドであるイオン液体、
(b)増ちょう剤として、下記式(1)で表されるジウレア化合物
R1NH-CO-NH-R2-NH-CO-NH-R3 (1)
(式中のR2は、炭素数6〜15の芳香族系炭化水素基を示す。R1及びR3は、互いに同一でも異なっていてもよく、それぞれ、炭素数6〜12の芳香族系炭化水素基、炭素数6〜12の脂環式炭化水素基、または炭素数8〜20の直鎖アルキル基を示し、R1およびR3中に占める芳香族系炭化水素基の割合は50〜100モル%である。)
【請求項2】
(a)イオン液体のカチオンが、1-(2-メトキシエチル)-1-メチルピロリジニウム又は1-ブチル2,3-ジメチルイミダゾリウムである請求項1に記載の潤滑グリース組成物。
【請求項3】
(b)増ちょう剤が、R1およびR3中に占める芳香族系炭化水素基の割合が100モル%である式(1)で表されるジウレア化合物である請求項1又は2記載の潤滑グリース組成物。
【請求項4】
更に、0.1〜5.0質量%の脂肪酸アミン塩を含む請求項1〜3のいずれか1項記載の潤滑グリース組成物。

【公開番号】特開2013−23621(P2013−23621A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−160960(P2011−160960)
【出願日】平成23年7月22日(2011.7.22)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成21年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「SBIR技術革新事業/超高真空対応潤滑油、及びグリースの開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(000162423)協同油脂株式会社 (165)
【Fターム(参考)】