説明

潤滑剤の分析法

【課題】潤滑剤の潤滑性や洗浄性の低下を正確に示すことができる、潤滑剤の分析法を提供する。
【解決手段】水相中に油分(潤滑油分)を界面活性剤により分散してなる潤滑剤の分析法であって、被測定試料である前記潤滑剤中より、その中に含まれている金属石鹸を、例えば、被測定試料に、水と相溶性を有しかつ親油性を有する溶剤を加え油分を分離した後、沈殿物を、微細孔を有するフィルターで濾別する方法により分離する工程、及び分離した金属石鹸量を測定する工程を有することを特徴とする潤滑剤の分析法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、伸線工程等で使用される潤滑剤の劣化を判定するための分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電線の製造における伸線工程では、摩擦の低減、伸線の洗浄のために潤滑剤(伸線潤滑剤)が用いられている。この潤滑剤は、界面活性剤により、油分を水相中に乳化分散させ安定化させてなるものであり、伸線工程における潤滑性と洗浄性の面で重要な役割を果たしている。
【0003】
潤滑剤は、使用中に劣化し、潤滑性と洗浄性が低下する。潤滑性や洗浄性が低下した場合は、潤滑性や洗浄性を回復させるために潤滑剤を交換する必要がある。そして、その交換の要否や時期を判断するために、潤滑剤の劣化の程度を判定する必要があり、種々の判定法が提案されている。
【0004】
従来、一般的に行われている判定法は、潤滑剤の濃度、pH、金属イオン濃度、濾過残渣等を分析して、潤滑剤の劣化を判定する方法である。例えば、特許文献1には、潤滑油(潤滑剤)の酸性度により溶断する線材を用い、酸性度を検出する方法が開示されている。この方法では、潤滑油が劣化し酸化状態になると、線材が溶断して警報が発せられ、潤滑油の劣化を知ることができる。
【0005】
特許文献2には、潤滑剤中の金属磨耗粉の増減を、センサーコイルを用いて検出する装置が開示されており、又、特許文献3には、潤滑油(潤滑剤)中の金属磨耗粉の増減を、磁束密度検出器を用いて検出する潤滑油劣化検出装置が開示されている。特許文献3に記載の方法では、潤滑油中に含有される金属を磁石によって吸着し、金属の吸着により減少した磁石の磁束密度を磁束密度検出手段により検知して分析し、潤滑油の劣化を判定する。
【0006】
さらに、特許文献4では、潤滑油(潤滑剤)の劣化を光学式に検出するために使用する光学式劣化検出装置用セルが開示されている。この方法では、セル中に導入された試料潤滑油の吸光度又は透過率を光電分光光度計又は光電光度計により測定して、潤滑油の劣化を判定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】実公平7−033037号公報
【特許文献2】特公平3−030817号公報
【特許文献3】実用新案登録公報第2519657号
【特許文献4】実公平5−024202号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、伸線工程で使用される潤滑剤において問題となる劣化とは、潤滑性や洗浄性の低下である。前記の従来技術の方法は、いずれも直接的に潤滑性や洗浄性を測定する手法ではないため、潤滑剤の正確な劣化状態を表しているとは言えない。
【0009】
潤滑性の低下については、摩擦試験機により潤滑性を直接的に測定する方法も考えられる。しかしこの方法によっては、潤滑剤の洗浄性の寄与を考慮することができないため、劣化の正確な分析は困難である。
【0010】
本発明は、伸線工程で使用される潤滑剤のように、水相中に油分(潤滑油分)を界面活性剤により分散してなる潤滑剤の劣化を分析する方法であって、前記潤滑剤の重要な機能である潤滑性や洗浄性の低下を正確に示すことができる分析法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、前記課題を達成するために鋭意検討した結果、
水相中に油分(潤滑油分)が界面活性剤により分散している潤滑剤において、潤滑性と洗浄性は、潤滑剤中の界面活性剤により発現していること、
潤滑剤の潤滑性・洗浄性の低下は、潤滑剤中の界面活性剤の減少が主原因であること、
潤滑剤を使用するにつれて、潤滑剤中で増加してくる金属イオンと、潤滑剤中の界面活性剤が反応して金属石鹸が生成することにより、潤滑剤中の界面活性剤が減少してくること、に着目し、潤滑剤中に生成した金属石鹸量(すなわち、金属石鹸中に含まれる金属量)を分析することにより、潤滑性と洗浄性の低下を正確に示す分析を行えることを見出し本発明を完成した。
【0012】
すなわち、本発明は、水相中に油分(潤滑油分)を界面活性剤により分散してなる潤滑剤の分析法であって、前記潤滑剤である被測定試料中より、その中に含まれている金属石鹸を分離する工程、及び分離した金属石鹸量を測定する工程を有することを特徴とする潤滑剤の分析法(請求項1)である。
【0013】
劣化が進んでいない場合、前記潤滑剤中では、界面活性剤は油分と結合し、エマルションとして潤滑剤中に分散している。しかし、潤滑剤の使用により潤滑剤中に銅イオン等の多価(2価以上)の金属イオンが混入すると、金属イオンが界面活性剤の親水基と結合するとともに界面活性剤の疎水基が集合体化し結晶化し、不溶物として析出する(図1及び後述の説明を参照)。金属石鹸とは、この結晶化し析出した不溶物を言う。
【0014】
そして、この金属石鹸の析出量は、潤滑剤中の界面活性剤(金属石鹸に含まれるもの以外の界面活性剤)の減少量に対応し、この減少量は、潤滑剤の潤滑性と洗浄性の低下に対応している。従って、析出した金属石鹸を潤滑剤中より分離しその量を分析する(潤滑剤中の金属石鹸の濃度を測定する)ことにより、潤滑剤の潤滑性と洗浄性の低下を正確に示す分析結果が得られるのである。
【0015】
本発明は、請求項1に記載の潤滑剤の分析法に加えて、そのより具体的な態様として、以下に記載の潤滑剤の分析法を提供する。
【0016】
請求項2に記載の発明は、前記潤滑剤である被測定試料中に含まれている金属石鹸を分離する工程が、前記被測定試料に、水と相溶性を有しかつ親油性を有する溶剤を加えて油分を分離した後、前記被測定試料中の沈殿物を、濾別する方法により行われることを特徴とする請求項1に記載の潤滑剤の分析法である。
【0017】
ここで沈殿物とは、潤滑剤の使用により生じた前記金属石鹸であり、潤滑剤中に析出した固形分である。金属石鹸の分離は、この固形分を、微細孔を有するフィルターで濾別して行うことができる。しかし、潤滑剤中には油分が分散されているため濾過が困難であり、特にフィルターの孔径が微細であるほど困難になる。そこで、潤滑剤に、水と相溶性を有しかつ親油性を有する溶剤を加えると、水と該溶剤からなる混合溶剤に界面活性剤の疎水基が溶けるようになり、界面活性剤の効果が弱くなり油分が合体し分離する。このようにして油分を分離することにより、濾過を容易にすることができ、本発明の潤滑剤の分析法を効率よく行うことができる。
【0018】
請求項3に記載の発明は、水と相溶性を有しかつ親油性を有する溶剤が、アセトンであることを特徴とする請求項2に記載の潤滑剤の分析法である。
【0019】
水と相溶性を有しかつ親油性を有する溶剤は、水と相溶性を有し均一に混合するものでなければならない。又、界面活性剤の疎水基が、水と均一に混合してなる混合溶剤中に溶けるようにする必要があるため、この作用を発揮できる程度の疎水性を有するものでなければならない。このような溶剤としては、炭素数5以下の有機溶剤を挙げることができるが、扱いやすさ等の観点から、アセトンが好ましい。
【0020】
請求項4に記載の発明は、分離した金属石鹸量を測定する工程が、前記金属石鹸中に含まれる金属量の誘導結合プラズマ発光分光分析により行われることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の潤滑剤の分析法である。
【0021】
金属石鹸量は、その中の金属量に比例する。従って、金属石鹸量の測定方法としては、金属石鹸中の金属量を測定する方法を挙げることができる。金属量の測定方法としては、蛍光X線分析、原子吸光分析、発光分光分析等を挙げることができるが、中でも誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP発光分析)による方法が、定量精度が高いため好ましく用いられる。具体的には、濾別された析出物(金属石鹸)を、通常のICP発光分析で行われる前処理を行って得られた試料について、標準溶液とともにICP測定を行って金属量を定量する。なお、誘導型プラズマ発光分光質量分析法(ICP−MS)による方法も好ましく用いられ、請求項4における誘導結合プラズマ発光分光分析とは、ICP−MSも含む意味である。
【0022】
以上説明したように、本発明の潤滑剤の分析法によれば、伸線工程等で使用される潤滑剤について問題となる潤滑性や洗浄性の低下を正確に示す分析値を、潤滑剤中の金属石鹸濃度を測定することにより得ることができる。その結果、従来の方法(磨耗金属の混入の磁気的、光学的測定やpHの変化の分析等)では困難であった、潤滑剤そのものの性能評価を行うことができるので、本発明を使用することにより、潤滑剤の交換の時期や要否を正確に判断することができる。
【発明の効果】
【0023】
水相中に油分を界面活性剤により分散してなる潤滑剤において問題となる潤滑性や洗浄性の低下を正確に示す分析値を、潤滑剤中の金属石鹸濃度を測定することにより得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】水相中に油分を界面活性剤により分散してなる潤滑剤中に、(磨耗金属より発生した)銅石鹸が生成し劣化する様子を示す模式説明図である。
【図2】水と相溶性を有しかつ親油性を有する溶剤を、潤滑剤に加えることにより、油分が分離する様子を示す模式説明図である。
【図3】参考例における銅石鹸量の推移を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
次に、本発明を実施するための形態について説明するが、本発明の範囲はこの形態に限定されるものではなく本発明の趣旨を損なわない範囲で種々の変更をすることができる。
【0026】
[測定対象の潤滑剤及びその劣化]
本発明の測定対象となる潤滑剤は、界面活性剤(乳化剤)によって油分を水(水相)に分散、安定化させてなるもので、電線用銅線の製造における伸線工程において摩擦の低減、伸線の洗浄のために用いられている伸線潤滑剤をその代表例として挙げることができる。図1(a)は、本発明の測定対象(被測定対象)となる潤滑剤において、界面活性剤(乳化剤)により、油分の粒子(油滴)が水相に分散されている様子を示す。なお、図1及び図2においては、界面活性剤を、円と棒との組合わせで表しているが、円が親水性基であり、棒が疎水性基を表している。
【0027】
伸線潤滑剤は、一般的には、油分の粒子の粒径が1〜100μm程度のものが用いられているが、粒径がそれより小さくソルブル等と呼ばれるマイクロエマルション等も用いられており、本発明の測定対象となる。本発明の測定対象となる潤滑剤に含まれる界面活性剤は、アニオン性界面活性剤であり、カチオンである金属イオンと会合するものである。本発明の測定対象となる潤滑剤としては、例えば、ルーブライト(日本油剤研究所製)、メタルシン(共栄社製)、ラップル(日新化学社製)等の商品を挙げることができる。
【0028】
このような潤滑剤が使用されると、金属の摩耗により、潤滑剤中に金属イオンが含まれるようになる。図1(a)は、潤滑剤中に2価の銅イオンが含まれている様子を示している。この多価(2価以上)の金属イオンが界面活性剤の親水基と結合すると、界面活性剤の疎水基が集合体化し結晶化して金属石鹸を生じる。図1(b)は、多価の金属イオン(2価の銅イオン)と界面活性剤の親水基が結合し、金属石鹸(銅石鹸)が生じている様子を示している。
【0029】
このように界面活性剤が金属石鹸を形成すると、油分を水相中に分散させていた界面活性剤が機能しなくなり、油分の分離が引き起こされる。図1(c)は、金属石鹸(銅石鹸)の生成により油分の分離が引き起こされる様子を示している。生成した金属石鹸は、不溶物として析出する。
【0030】
[水と相溶性を有しかつ親油性を有する溶剤の添加による油分の分離]
図2は、被測定試料である潤滑剤に、水と相溶性を有しかつ親油性を有する溶剤であるアセトンを添加することにより油分が分離する様子を示す。図2(a)は、アセトン添加前の状態を示し、図1(a)と同様に、界面活性剤(乳化剤)により油分の粒子(油滴)が、水相に分散され乳化されている様子を示す。
【0031】
図2(b)、(c)は、アセトンが添加されていく時の様子を示す。図2(b)に示されるように、外相(水相)にアセトンが添加されると外相の疎水性が増し、外相に界面活性剤の疎水基が溶けるようになるので、油分の界面に界面活性剤が吸着しにくくなる。すると図2(c)に示されるように、界面活性剤の効果が弱くなり、油分の粒子が合体し分離し、最終的には、図2(d)に示されるように、油分が合一して分離する(油分は比重が軽いので通常は上層になる)。
【0032】
[具体的手順の例]
次に、本発明の潤滑剤の分析法の一具体例について、その具体的手順を示す。
【0033】
(1)潤滑剤の秤量
先ず、被測定試料である潤滑剤の秤量が行われる。この例では、三角フラスコに潤滑剤を約1ml採取し、重量測定する方法により行われている。
(2)アセトンの添加
水と相溶性を有しかつ親油性を有する溶剤であるアセトンを添加して油分を分離する工程である(図2(b)、(c)に対応)。この例では、秤量した潤滑剤を含む前記三角フラスコにアセトン10mlを加え、油分を分離する。
(3)沈殿物(銅石鹸)の濾別
潤滑剤中に析出している銅石鹸を、微細な孔を有するフィルターにより濾別する工程である。この例では、孔径0.2μmのフッ素樹脂製フィルターであるフロロポアを使用して、油分を分離した潤滑剤を濾過する。濾過分離した沈殿物は、フロロポアとともに三角フラスコに入れて乾燥させる。
【0034】
(4)IPC測定の前処理
次に、沈殿物中の金属量(銅量)の定量が行われるが、この例ではIPC測定による定量が行われている。IPC測定の前処理は、具体的には、次のようにして行うことができる。
・前記のようにして乾燥された試料に、硫酸10mlを加え、加熱して、界面活性剤等を分解して炭化物とした後、硝酸を添加し炭化物を揮散させる。
・その後、ビーカーに移し入れ蒸発乾固させたものを、硝酸5ml+水5mlで加温し溶解させ、50mlメスフラスコで一定容とし、IPC測定用の試料を調整する。同時に、銅標準溶液を調整する。
(5)IPC測定
上記のようにして調整された試料、及び銅標準溶液についてICP測定を行い、銅量を定量する。
【0035】
[参考例]
図3は、伸線装置の一例において、潤滑剤を交換後、約1月毎に、本発明の方法により銅石鹸量を測定したときの、銅石鹸量の変化を示すグラフである。潤滑剤の交換当初、銅石鹸はほとんど発生していないが、時間の経過とともに、銅石鹸量が増加していること、すなわち潤滑剤の劣化が進んでいることが示されている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水相中に油分を界面活性剤により分散してなる潤滑剤の分析法であって、前記潤滑剤中より、その中に含まれている金属石鹸を分離する工程、及び分離した金属石鹸量を測定する工程を有することを特徴とする潤滑剤の分析法。
【請求項2】
前記潤滑剤である被測定試料中に含まれている金属石鹸を分離する工程が、前記被測定試料に、水と相溶性を有しかつ親油性を有する溶剤を加えて油分を分離した後、前記被測定試料中の沈殿物を、濾別する方法により行われることを特徴とする請求項1に記載の潤滑剤の分析法。
【請求項3】
水と相溶性を有しかつ親油性を有する溶剤が、アセトンであることを特徴とする請求項2に記載の潤滑剤の分析法。
【請求項4】
分離した金属石鹸量を測定する工程が、前記金属石鹸中に含まれる金属量の誘導結合プラズマ発光分光分析により行われることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の潤滑剤の分析法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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