説明

濃度定量方法

【課題】DNAプローブのハイブリダイゼーション反応の計測において、ある程度のばらつきが生じる蛍光測定のデータを用いても、正確な定量を可能とする標的物質の濃度算出方法を提供する。
【解決手段】標的物質と特異的に結合可能なプローブを担体上に固定したプローブ担体と試料溶液とを接触させ、該試料溶液中の標的物質と前記プローブとの反応に基づくシグナルを経時的に測定し、前記試料溶液中の標的物質の濃度を算出する方法であって、前記シグナルの経時的なデータを取得する工程と、前記データからシグナル変化の傾きが遷移する遷移点を判定し、該遷移点に達した時間(遷移点到達時間)を決定する工程と、あらかじめ取得した遷移点の遷移時間と前記標的物質の濃度の関係を示すプロファイルに基づいて、前記標的物質の濃度を算出する工程と、を有することを特徴とする濃度定量方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はいわゆる担体上に固定したプローブと試料溶液中のDNA等の標的試料をハイブリダイゼーション反応させた場合において、得られたシグナルの経時変化をモニターすることで、標的DNAの濃度を定量する濃度定量方法である。
【背景技術】
【0002】
ハイブリダイゼーションを行う標的試料(標的DNA等)は、採取した血液などの検体から遺伝子を抽出し、増幅、さらに蛍光色素などで標識化したものを用いる。標的DNAを適当な塩濃度やpHに調製された反応液中に溶解し、プローブと適当な温度にて接触させると、標的DNAとプローブDNAとの間でハイブリダイゼーション反応が起きる。検体中にプローブと特異的に結合する標的DNAが存在する場合には、標的DNAがプローブに結合する。ハイブリダイゼーション反応の後、適当な塩濃度を有する洗浄液で余分な標的試料の溶液を洗い流し、乾燥させた後、蛍光スキャナにて検出を行う。その際、標的DNAは前もって標識化されているので、その標識から発せられるシグナル強度から、検体中に存在する遺伝子の含有量を判定することができる。
【0003】
ハイブリダイゼーション反応のシグナル経時変化をモニターすることは、検査時間の短縮を行うために有効な方法である。ある一定時間反応させ、洗浄や乾燥工程を行った後、蛍光輝度を取得して判定するのではなく、標的DNAとプローブとの反応過程を時系列にモニターして、ハイブリダイズ量の経時変化から標的DNAの遺伝子の含有量を判定するものである。
【0004】
従来のハイブリダイゼーション反応の計測では、ハイブリダイゼーション処理だけでも約8〜12時間以上要しており、検出処理全体ではさらなる時間を要していた。特許文献1によると、ハイブリダイゼーション反応はDNAの分子数Xは以下の式(1)のように増加していくと予測される
X=C(1−exp(−t÷α)) ・・・ (1)
ここでCは、試料溶液中に含まれる標的DNAの分子数であり、標的DNAの濃度を決定するための値である。αは、ハイブリダイゼーション反応が起こるときの反応速度と脱離速度の比から決まる定数である。このため、αに対して十分長い時間をかけてハイブリダイゼーションを行う必要があった。
【0005】
これに対して特許文献1および非特許文献1には、実時間観察が可能な装置によってハイブリダイゼーションが進んでいく過程を観察・検出する方法が示されている。そして得られたハイブリダイゼーションの時系列変化について得られたデータを用いて、ハイブリダイズ量を式(1)に最小自乗法によってフィッティングさせることにより、標的DNAの濃度を早期に定量することを可能としている。また、非特許文献1では、これらのハイブリダイゼーション過程の実時間観察結果と理論式について詳細に比較考察している。
【特許文献1】特開2006−038816号公報
【非特許文献1】西村耕平,「ハイブリダイゼーション過程の実時間観察結果と理論式の比較考察」,奈良先端科学技術大学院大学修士論文(NAIST−IS−MT0351095),2005年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に示される方法では、蛍光色素の退色に関して全く考慮がされていないので、レーザーの照射時間とともに減少する強度分のために、ターゲット濃度が正しく判定できない場合がある。これに対して、蛍光褪色量を見積もる方法も考えられるが、褪色の時間変化を見積もることは困難であり、また見積りが可能であるとしても反応式に組み込むのは計算量(フィッティングパラメータ)がより多くなる。
【0007】
また、蛍光検出におけるばらつきの問題(同じ条件で実験しても蛍光輝度値にばらつきが生じる)に対して何ら考慮されていなので、蛍光輝度値に基づく従来の方法では定量検出に限界があった。
【0008】
上記に鑑み、本発明はある程度のばらつきが生じる蛍光測定のデータを用いても、より正確な定量を可能とする濃度算出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
標的物質と特異的に結合可能なプローブを担体上に固定したプローブ担体と、試料溶液とを接触させ、該試料溶液中の標的物質と前記プローブとの反応に基づくシグナルを経時的に測定し、前記試料溶液中の標的物質の濃度を算出する濃度算出方法であって、前記シグナルの経時的なデータを取得する工程と、前記経時的なデータからシグナル変化の傾きが遷移する遷移点を判定し、該遷移点に達した時間(遷移点到達時間TXA)を決定する工程と、あらかじめ取得した遷移点の遷移時間(TX)と前記標的物質の濃度の関係を示すプロファイルに基づいて、前記標的物質の濃度を算出する算出工程と、を有することを特徴とする濃度定量方法を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、経時的なデータにおいて、シグナルの増加量が前後で特徴的な値を示す遷移点を決定し、この遷移点に達するまでの遷移時間に基づいて濃度を決定することができるので、輝度の絶対値に関する情報が不要であり、蛍光輝度のばらつきの影響を受けない。また、予め遷移時間に対するプロファイルを取得しておくので、蛍光退色が大きくても問題なく定量が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
図1は本発明による標的物質の濃度定量方法の手順を示すフローチャートである。はじめに濃度未知の標的物質を含む試料溶液を用いて、標的物質と特異的に結合可能なプローブを担体上に固定したプローブ担体とのハイブリダイゼーション反応を開始する(101)。次に経時的に単位時間のハイブリダイゼーション反応シグナルを取得する(102)。シグナル取得は、ハイブリダイゼーション反応の検出装置によって行う。蛍光を介してシグナル検出する場合は、検出装置に汎用の蛍光顕微鏡や共焦点顕微鏡等を用いることができる。より高いSNでの検出を行う場合には、エバネッセント光を利用した検出装置等を用いて、試料溶液中の蛍光物質によるバックグラウンドの上昇を低減することが望ましい。次に得られた単位時間のシグナルと経時データを分析し、遷移点到達時間であるかを判定する(103)。本発明における「遷移点」とは、経時的なデータにおいてシグナルの増加量が前後で特徴的な値を示す点を意味する。例えば単位時間のシグナル変化の傾きが反応開始時間のシグナル変化の傾きと比較して所定の値以下になった場合を遷移点としたとき、その遷移点の時間を遷移点到達時間と判定する。所定の値としては、シグナル変化の傾きが遷移する点として遷移点を用いることから、初期反応のシグナル変化の傾きに対する単位時間のシグナル変化の傾きの割合が好ましく用いられる。なお、遷移点はシグナルが最大となる場合等、他の定義を用いてもよい。ここで、単位時間のシグナルが遷移点でなかった場合は102に戻ってシグナル取得を継続する。遷移点に到達したら、プロファイルに基づいて標的物質の遷移点到達時間TXAから濃度を判定する(104)。遷移点到達時間TXAは、測定対象である標的物質の遷移点に到達するまでの時間を示す。あらかじめ作成した遷移時間と標的物質の濃度の関係を示すプロファイルに基づいて、標的物質の濃度を判定する処理である。プロファイル作成方法については、次の図2の説明で述べる。また、図1の濃度定量方法について後ほど詳細に説明する。
【0012】
図2は本発明による濃度と遷移時間の関係を示すプロファイルを作成する手順を示すフローチャートである。はじめに、濃度既知の標的物質を含む試料溶液を用いて、標的物質と特異的に結合可能なプローブを担体上に固定したプローブ担体とのハイブリダイゼーション反応を開始する(201)。次に経時的に単位時間のハイブリダイゼーション反応シグナルを取得する(202)。次に遷移点到達時間(TXA)であるかを判定する(203)。単位時間のシグナルが遷移点でなかった場合は202に戻って単位時間のシグナル取得を継続する。202の処理は図1の102、203の処理は図1の103と同様の処理である。遷移点到達時間TXAと判定された場合は、その遷移点到達時間TXAを該濃度の遷移時間TAとし、該濃度の遷移点情報(濃度、遷移時間)を記録する(204)。これら201から204までの処理を複数の濃度既知の標的物質を含む試料溶液について繰り返し行う。最後に、複数の濃度の遷移点情報を回帰分析し、濃度と遷移時間の関係を示すプロファイルを作成する(205)。濃度既知の遷移点情報が多いほど、より正確なプロファイルを作成することができる。図2のプロファイル作成方法についても、後ほど詳細に説明する。
【0013】
図3は本発明による濃度定量方法が適用される情報処理装置の構成を示すブロック図である。標的物質の濃度定量方法は、外部記憶装置201、中央処理装置(CPU)202、メモリ203、入出力装置204から構成される装置に実装される。外部記憶装置201は、本発明を実現するプログラムや、ハイブリダイゼーション反応の結果、プロファイルを保持する。中央処理装置(CPU)202は本発明を実現するプログラムを実行するなど、すべての装置の制御を行う。メモリ203は中央処理装置(CPU)202が使用するプログラム、及びサブルーチンやハイブリダイゼーション反応結果、プロファイル等のデータを一時的に記録する。入出力装置204は、ユーザーとのインタラクションを行う。多くの場合、本発明の標的物質の濃度定量方法を実現するプログラム実行のトリガーはこの入出力装置を介してユーザーが出す。また、ユーザーの結果確認、プログラムのパラメータ制御は、この入出力装置を介して行う。
【0014】
図4は標的物質と特異的に結合可能なプローブを担体上に固定したプローブ担体とのハイブリダイゼーションの様子を示した図である。生体内でほとんどの場合、DNAは2重らせん構造をしていて、その2本鎖の間の結合は塩基間の水素結合で実現されている。一方、RNAは1本鎖で存在する場合が多い。塩基の種類はDNAの場合はATGCの4種類、RNAの場合はAUGCの4種類であり、それぞれ水素結合ができる塩基対はA−T(U)、G−Cのペアとなっている。一般にハイブリダイゼーション反応とは、1本鎖状態の核酸分子同士がその中にある部分塩基配列を介して部分的に結合する状態をいう。本発明で想定している反応は、図4の上側の基板にくっついた核酸分子(プローブ)の方が下側のサンプル中にある核酸分子より短いか同等の長さである。よって、試料溶液中に存在する標的物質の核酸分子がプローブの塩基配列を含む場合は、このハイブリダイゼーション反応はうまくいき、試料溶液中の標的物質の核酸分子はプローブにトラップされることとなる。
【0015】
次に図5を用いてプローブ担体とのハイブリダイゼーションの例としてDNAマイクロアレイを用いた操作手順全般について説明する。501の“サンプル”とは対象としている核酸が含まれているはずの液体や固体である。例えば感染症の原因菌の特定をするために本発明を適用した場合、ヒト、家畜等の動物由来の血液、喀痰、胃液、膣分泌物、口腔内粘液等の体液、尿及び糞便のような排出物等細菌が存在すると思われるあらゆる物がサンプルとなる。また、食中毒、汚染の対象となる食品、飲料水及び温泉水のような環境中の水等、細菌による汚染が引き起こされる可能性のある媒体がサンプルとして用いられることもある。さらに、輸出入時における検疫等の動植物も検体としてその対象となる。
【0016】
次に、502の“生化学的増幅”方法を用いて501のサンプルを増幅する。例えば感染症の原因菌の特定をするために本発明を適用した場合、16s rRNA検出用に設計されたPCR反応用プライマーを用いてPCR法によって対象核酸を増幅したり、或いはPCR増幅物を基にさらにPCR反応等を行って調整したりする。また、PCR以外のLAMP法などの増幅方法により調整してもよい。
【0017】
その後で、増幅されたサンプルまたは501のサンプルそのものに、可視化のために各種標識法により標識する。この標識物質としては、通常Cy3、Cy5、Rodaminなどの蛍光物質が用いられる。また、502の生化学的増幅の実験手順の中で、標識分子を混入することもある。
【0018】
そして、標識分子が付加された核酸は、504のDNAマイクロアレイとハイブリダイゼーション反応(505)を行う。この様子は図3に示した通りである。例えば感染症の原因菌の特定をするために本発明を適用した場合、504のDNAマイクロアレイは、原因菌に特異的な塩基配列を持つプローブ(人工核酸)を基板に固定したものとなる。各菌のプローブの設計は、例えば16s rRNAをコーディングしているゲノム部分より、当該菌に対し非常に特異性が高く、十分かつそれぞれのプローブ塩基配列でばらつきのないハイブリダイゼーション感度が期待できるように行う。504のDNAマイクロアレイのプローブを固定する担体(基板)は、ガラス基板、プラスチック基板、シリコンウェハー等の平面基板が考えられる。また、凹凸のある三次元構造体、ビーズのような球状のもの、棒状、紐状、糸状のもの等を用いても、本発明の実施形態や効果には影響ない。
【0019】
通常、前記基板の表面はプローブDNAの固定化が可能なように処理したものが使用される。特に、表面に化学反応が可能となるように官能基を導入した場合、ハイブリダイゼーション反応の過程でプローブが安定に結合している為に、再現性の点で好ましい形態である。本発明に用いられる固定化方法は、例えば、マレイミド基とチオール(−SH)基との組合せを用いることが挙げられる。即ち核酸プローブの末端にチオール(−SH)基を結合させておき、固相表面がマレイミド基を有するように処理しておくことで、固相表面に供給された核酸プローブのチオール基と固相表面のマレイミド基とが反応して核酸プローブを固定化する。マレイミド基の導入方法としては、まず、ガラス基板にアミノシランカップリング剤を反応させ、次にそのアミノ基とEMCS試薬(N−(6−Maleimidocaproyloxy)succinimide :Dojin社製)との反応によりマレイミド基を導入する。DNAへのSH基の導入は、DNA自動合成機上5'−Thiol−ModifierC6(Glen Research社製)を用いる事により行うことができる。固定化に利用する官能基の組合せとしては、上記したチオール基とマレイミド基の組合せ以外にも、例えばエポキシ基(固相上)とアミノ基(核酸プローブ末端)の組合せ等が挙げられる。また、各種シランカップリング剤による表面処理も有効であり、該シランカップリング剤により導入された官能基と反応可能な官能基を導入したオリゴヌクレオチドが用いられる。さらに、官能基を有する樹脂をコーティングする方法も利用可能である。
【0020】
ハイブリダイゼーション反応開始直後から、DNAマイクロアレイの基板に励起光を照射し、センサで蛍光画像を経時的に撮像(506)する。得られた経時的なDNAマイクロアレイ蛍光画像(507)のプローブ蛍光強度からシグナルを算出し、遷移点到達時間の判定を行う。そして、遷移点到達時間から、プロファイルに基づいて標的DNAの濃度を判定する。ここでは、感染症の原因菌特定の目的を想定して説明したが、本発明にかかわる濃度定量方法は、以下に述べる感染症の原因菌特定に限ったものではなく、MHCなどの人間の体質判定や、癌などの疾病に関わるDNA、RNAの解析に用いてもよい。
【0021】
以下、図5を用いて説明した操作の流れを、標的試料にオリゴ合成したコントロールDNA、プローブにコントロールDNA検出用のプローブを用いたモデル実験によって具体的操作を説明する。
【0022】
<プローブDNAの準備>
標的試料であるコントロールDNA検出用プローブとして配列番号1に示す核酸配列を設計した。
5’HS−cgtacgatcgatgtagctagcatgc 3’ (配列番号:1)
配列番号1に示すプローブは、DNAマイクロアレイに固定するための官能基として、合成後、定法に従って核酸の5’末端にチオール基を導入した。官能基の導入後、精製し、凍結乾燥した。凍結乾燥した内部標準用プローブは、−30℃の冷凍庫に保存した。
【0023】
<DNAマイクロアレイの作製>
[1]ガラス基板の洗浄
合成石英のガラス基板(サイズ:25mm×75mm×1mm、飯山特殊ガラス社製)を耐熱、耐アルカリのラックに入れ、所定の濃度に調製した超音波洗浄用の洗浄液に浸した。一晩洗浄液中で浸した後、20分間超音波洗浄を行った。続いて基板を取り出し、軽く純水ですすいだ後、超純水中で20分超音波洗浄をおこなった。次に80℃に加熱した1N水酸化ナトリウム水溶液中に10分間基板を浸した。再び純水洗浄と超純水洗浄を行い、DNAチップ用の石英ガラス基板を用意した。
【0024】
[2]表面処理
シランカップリング剤KBM−603(信越シリコーン社製)を、1%の濃度となるように純水中に溶解させ、2時間室温で攪拌した。続いて、先に洗浄したガラス基板をシランカップリング剤水溶液に浸し、20分間室温で放置した。ガラス基板を引き上げ、軽く純水で表面を洗浄した後、窒素ガスを基板の両面に吹き付けて乾燥させた。次に乾燥した基板を120℃に加熱したオーブン中で1時間ベークし、カップリング剤処理を完結させ、基板表面にアミノ基を導入した。次いで同仁化学研究所社製のN−マレイミドカプロイロキシスクシイミド(N−(6−Maleimidocaproyloxy)succinimido)(以下EMCSと略す)を、ジメチルスルホキシドとエタノールの1:1混合溶媒中に最終濃度が0.3mg/mlとなるように溶解したEMCS溶液を用意した。ベークの終了したガラス基板を放冷し、調製したEMCS溶液中に室温で2時間浸した。この処理により、シランカップリング剤によって表面に導入されたアミノ基とEMCSのスクシイミド基が反応し、ガラス基板表面にマレイミド基が導入された。EMCS溶液から引き上げたガラス基板を、先述のMCSを溶解した混合溶媒を用いて洗浄し、さらにエタノールにより洗浄した後、窒素ガス雰囲気下で乾燥させた。
【0025】
[3]プローブDNA
<プローブDNAの準備>で作製したコントロールDNA検出用プローブを純水に溶解し、それぞれ、最終濃度(インク溶解時)10μMとなるように分注した後、凍結乾燥を行い、水分を除いた。
【0026】
[4]インクジェットプリンターによるDNA吐出、および基板への結合
グリセリン7.5wt%、チオジグリコール7.5wt%、尿素7.5wt%、アセチレノールEH(川研ファインケミカル社製)1.0wt%を含む水溶液を用意した。続いて、先に用意した7種類のプローブ(表1)を上記の混合溶媒に規定濃度なるように溶解した。得られたDNA溶液をインクジェットプリンター(商品名:BJF−850 キヤノン社製)用インクタンクに充填し、印字ヘッドに装着した。なおここで用いたインクジェットプリンターは平板への印刷が可能なように改造を施したものである。またこのインクジェットプリンターは、所定のファイル作成方法に従って印字パターンを入力することにより、約5ピコリットルのDNA溶液を約120マイクロメートルピッチでスポッティングすることが可能となっている。
【0027】
続いて、この改造インクジェットプリンターを用いて、1枚のガラス基板に対して、印字操作を行い、アレイを作製した。印字が確実に行われていることを確認した後、30分間加湿チャンバ内に静置し、ガラス基板表面のマレイミド基と核酸プローブ末端のチオール基とを反応させた。
【0028】
[5]洗浄
30分間の反応後、100mMのNaClを含む10mMのリン酸緩衝液(pH7.0)により表面に残ったDNA溶液を洗い流し、ガラス基板表面に一本鎖DNAが固定したDNAマイクロアレイを得た。
【0029】
<標的DNA>
DNA合成業者(株式会社ベックス)に依頼して配列番号2の標的コントロールDNAを合成した。フォスフォロアミダイトを使って5’末端にCy3標識されている。脱保護、DNAの回収は定法により行い、精製にはHPLCを用いた。合成から精製までの一連の工程はすべて合成業者に依頼して行った。なお、本説明では標的コントロールDNAを用いているが、標的DNAとして細胞から抽出したDNAを生化学的増幅してラベル標識したもの等を用いてもよい。
5’Cy3−gcatgctagctacatcgatcgtacg 3’ (配列番号:2)
<ハイブリダイゼーションモニター>
<DNAマイクロアレイの作製>で作製したDNAマイクロアレイと<標的DNA>で作製した標識化検体を用いて検出反応を行った。
【0030】
(DNAマイクロアレイのブロッキング)
BSA(牛血清アルブミンFraction V:Sigma社製)を1wt%となるように100mM NaCl/10mM Phosphate Bufferに溶解し、この溶液に<DNAマイクロアレイの作製>で作製したDNAマイクロアレイを室温で2時間浸し、ブロッキングを行った。ブロッキング終了後、0.1wt%SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)を含む2xSSC溶液(NaCl 300mM、Sodium Citrate (trisodium citrate dihydrate, C65Na3・2H2O) 30mM、p.H. 7.0)で洗浄を行った後、純水でリンスしてからスピンドライ装置で水切りを行った。
【0031】
(ハイブリダイゼーションモニター)
水切りしたDNAマイクロアレイをハイブリダイゼーション用チャンバにセットし、以下に示すハイブリダイゼーション溶液、条件でハイブリダイゼーション反応を行いながら、蛍光顕微鏡(ZEISS製 stereo lumarV12)で約1分おきに蛍光画像を撮像し、経時的にハイブリダイゼーション反応シグナルを取得した。
【0032】
<ハイブリダイゼーション溶液>
6xSSPE/10% Form amide/Target
(6xSSPE: NaCl 900mM、NaH2PO4・H2O 60mM、EDTA 6mM、p.H. 7.4)
<ハイブリダイゼーション条件>
50℃ 2hr
※チャンバ内溶液の温度調整はペルチェで行う。
【0033】
図6はDNAマイクロアレイに標的DNA濃度5nMの溶液によってハイブリダイゼーションモニターを行い、1分、30分、60分、120分経過時に撮像した蛍光画像である。1分と30分の蛍光画像を比較すると、プローブ輝度が大きくなっていることが確認できる。また、60分と120分を比較すると、プローブ輝度は大きく変化していないことが確認できる。この蛍光画像から、輝度がほぼ飽和しているため、これ以上ハイブリダイゼーション反応を行っても輝度の増加が見込めないことがわかる。
【0034】
図7はDNAマイクロアレイに標的DNA濃度5nM、7.5nM、10nMの溶液を用いてハイブリダイゼーションモニターを行い、5nMは120分、7.5nMと10nMの溶液は60分間反応させ、経時的にあるプローブ輝度を取得し、経時変化を示したグラフである。10nMが最も輝度が高く、プローブ輝度が最大になる時間も早い。次いで7.5nM、5nMの順となっている。本実施例では、後でこれらの既知濃度の測定データから遷移点を算出し、濃度と遷移時間の関係を示すプロファイル作成方法について説明する。
【0035】
図8は単位時間のシグナル増分の傾きから遷移点を算出する方法を説明するための図であり、図1の103、図2の203に示す遷移点到達時間の判定方法の一つを説明するためのものである。最初に初期反応時の傾きを計算する。この初期反応時の傾きは単位時間(T1、T2、T3、・・・、Tn)あたりに計算し直す。ある単位時間Tnの傾きと最初の単位時間T1の傾きの比(Tn/T1)が一定値(初期反応時の傾き判定閾値:例えば1/2)以下になった場合、初期反応時の傾きの計算を完了する。初期反応の傾き(Tn/T1)に対して、単位時間の傾きがさらに低くなって所定の一定値(遷移点の傾き判定閾値:例えば1/4)以下になった場合、その単位時間のグラフの中央点を遷移点、その時間を遷移点到達時間とする。
【0036】
図9はシグナルが最大となる点を遷移点として算出する方法を説明するための図である。これは図8で説明した方法とは異なる遷移点到達時間の判定方法の一つである。プローブ輝度のシグナルをモニターしていき、単純にシグナルがピークとなる点を遷移点とする。ハイブリダイゼーションのシグナル検出に電流検出方式等を用いれば、蛍光の褪色に影響されない場合もあり、褪色によるピークが出ないので、最大となる点を見つけることができない。このような場合では、図8で説明したシグナル増分の傾きから遷移点を算出する方法を用いることが望ましい。
【0037】
次に、濃度既知試料から遷移点情報を取得し、濃度と遷移時間の関係を示すプロファイル作成方法について説明する。図2の手順に従い、濃度既知試料のハイブリダイゼーションモニターを行う。そして、図8、図9で説明した方法で遷移点を算出し、遷移点情報を記録する。これを標的DNA濃度5nM、7.5nM、10nMの溶液について行ったものが図10に示す濃度既知試料からの遷移点情報取得について説明するための図である。ここでは、シグナル増分から遷移点を算出する方法を用いて遷移点を決定している。初期反応の傾きと比較して単位時間の傾きが1/2以下となったところで初期反応の傾きの計算を完了し、単位時間の傾きがさらに低くなって1/4以下となったところの中間点を遷移点として算出した。それぞれの遷移点到達時間は5nMで35分、7.5nMで27.5分、10nMで22.5分となった。これらの遷移点到達時間と濃度を示す遷移点情報をプロットし、回帰分析を行い、濃度と遷移時間の関係を示すプロファイルを作成したグラフを図11に示す。
【0038】
次に、図11のプロファイルに基づいた測定試料の濃度定量方法について説明する。図1の手順に従い、測定試料のハイブリダイゼーションモニターを行う。測定試料のプローブ輝度の経時変化を実線、既知濃度の経時変化を点線で示したグラフを図12に示す。今回使用した測定試料の濃度5nMであるが、プロファイル作成時の既知濃度のものとは異なり、既知濃度のプローブ輝度は最大値が約1000に対して、測定試料のプローブ輝度の最大値は約1400となっている。また、初期反応の傾きも大きく異なっている。測定試料の遷移点も同様にシグナル増分から遷移点を算出する方法を用いて算出したところ、遷移点到達時間は35分となった。この遷移点到達時間をプロファイルにあてはめると、図13に示すように測定試料の濃度は5nMとなり、正しい結果が得られた。このように、プローブ輝度にばらつきが生じた場合等において、遷移点到達時間から測定試料の濃度を算出する方法は、輝度の大きさによる影響を受けないという点において非常に有効な方法だと言える。
【0039】
また、これら2つの遷移点を用いて、より精度の高い濃度定量を行うこともできる。プロファイル作成時に、シグナル増分の傾きによる遷移点(第一の遷移点)と、シグナルが最大となる点による遷移点(第二の遷移点)の両方について遷移点到達時間として記録しておく。測定試料の濃度定量時には、最初にシグナル増分の傾きから算出した遷移点で判定し、その後、シグナル最大の遷移点でも判定する。低濃度ターゲットの場合、傾きの遷移点とシグナル最大の遷移点の時間に開きがあるので、先に傾きの遷移点で早めに判定をしておき、後でシグナル最大の遷移点で同じ濃度となるかを判定することでより正確な判定をおこなうことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の濃度定量方法の流れを示した図である。
【図2】本発明のプロファイル作成方法の流れを示した図である。
【図3】本発明を実現するための情報処理装置の構成を示すブロック図である。
【図4】ハイブリダイゼーションの様子を示した図である。
【図5】ハイブリダイゼーション反応実験の実験手順全般について説明するための図である。
【図6】DNAマイクロアレイのハイブリダイゼーションモニター時の蛍光画像を示した図である。
【図7】ハイブリダイゼーションモニター時のプローブ輝度の経時変化を示すグラフである。
【図8】単位時間のシグナル増分の傾きから遷移点を算出する方法を説明するための図である。
【図9】シグナルが最大となる点を遷移点として算出する方法を説明するための図である。
【図10】濃度既知試料からの遷移点情報取得について説明するための図である。
【図11】濃度と遷移時間の関係を示すプロファイル作成方法を説明するための図である。
【図12】測定試料のプローブ輝度の経時変化を示すグラフである。
【図13】プロファイルに基づいた測定試料の濃度判定を説明するための図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的物質と特異的に結合可能なプローブを担体上に固定したプローブ担体と試料溶液とを接触させ、該試料溶液中の標的物質と前記プローブとの反応に基づくシグナルを経時的に測定し、該試料溶液中の標的物質の濃度を算出する濃度算出方法であって、
前記シグナルの経時的なデータを取得する工程と、
前記経時的なデータからシグナル変化の傾きが遷移する遷移点を判定し、該遷移点に達した時間(遷移点到達時間TXA)を決定する工程と、
あらかじめ取得した遷移点の遷移時間(TX)と前記標的物質の濃度の関係を示すプロファイルに基づいて、前記標的物質の濃度を算出する算出工程と、
を有することを特徴とする濃度定量方法。
【請求項2】
前記遷移点が、前記標的物質と前記プローブとの反応開始時から一定時間までのシグナル増分に対し、シグナル増分が所定の値以下となる点である、ことを特徴とする請求項1記載の濃度定量方法。
【請求項3】
前記遷移点が、前記シグナルの値が最大となる点であることを特徴とする、請求項1記載の濃度定量方法。
【請求項4】
複数の遷移点から前記遷移点到達時間(TXA)を決定し、遷移時間(TX)を算出することを特徴とする請求項1記載の濃度定量方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2009−162555(P2009−162555A)
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−340475(P2007−340475)
【出願日】平成19年12月28日(2007.12.28)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】